【春部里衣の日常そのさん】


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 のんびりと屋上で昼寝を決め込んでいた召屋正行《めしやまさゆき》は、久方ぶりの平穏が破られたことに、憤りを感じていた。
 目の前にいる女性は一体、自分の幸せをどれだけ踏みにじれば幸せになるのか? 黒い感情が湧き上がる。
 ただ、風紀に厳しいはずの目の前の女性は、いつものピリピリとした雰囲気とは違っていた。
「……実は貴方に言いたいことがあってきたの」
 なにやら、おかしな様子だ。何故なら、いつもは、不正やサボりに毅然とした態度で挑んでいる。それが、二年C組の委員長の笹島輝亥羽《ささじまきいは》の見知っている姿だった。だが、目の前にいる彼女は、頬を赤らめ、目の前にいる授業をバックれている召屋に、モジモジとした口調で声をかけていたからだ。
(こ、これは、もしかして……)
 絶対にないであろう、希望的観測をちょっとだけ期待する召屋。男のプライドとして、少しだけ、大人びてみることにした。
「いや、委員長の気持ちは分かるけどさ、俺はどっちかというと巨乳派で……」
 間髪入れず、召屋の顔面に右ストレートが炸裂する。
「何を言っているのかしら?」
 拳についた血を払い落とす。
「私が言いたい、の……はねぇ……」
 急に声が小さくなる。
「ド、ドラ吉くんを……その、召喚して欲しいの……」
 まるで、初めて男性に告白する女の子のように頬を赤らめる委員長。指は『の』の字を超高速で描いていた。
「はあ……」
 鼻血をティッシュで丸めたもので止血しながら、なんと回答していいのやら悩む召屋。
 ドンガラガッシャーンッ!!
「てっんっめー、こんな所にいやがったのかっ?」
 屋上の戸を蹴破る豪快な効果音と共に、これまた召屋には嫌というほど聞き覚えのある声がする。
「やっほーメッシー!」
 その横には、何故か赤点仲間の有葉《あるは》もいた。
 もちろん、蹴破った人物は、その有葉千乃《あるはちの》の(自称)フィアンセである春部里衣《はるべりい》だった。
「いやもう、どうでもいいよ……」
 自分が、確実にろくでもない状況にいることを理解し、諦める。
「あんた、自分で約束しておいて、逃げるってどういうことかしら?」
 鋭い視線を向ける。ところが、その視線の先に召屋はおらず、先ほどまで、召屋に懇願していた女性がそこにいた。つまり、笹島だ。
「貴方みたいな、ガサツな女性とお話するより、重要な案件があったので」
『ブチッ』と堪忍袋の緒が切れる音が召屋にも聞こえる。
「私を無視するとはいい度胸ね! さあ、今すぐ、即座に、問答無用で、私と勝負よっっ!!」
 ニヤリと微笑む笹島。
「も・ち・ろ・ん・望むところよ、掛かってきなさい!」
 委員長は、挑発するように右手をクイっと動かす。
「ふん、貧乳の癖に生意気ね」
 その言葉に笹島は顔を真っ赤にする。
「こ、こう見えても、ビ……Cカップはあるんですからね。それのどこが貧乳なのよ!? このデカ女!」
「はあ!? Cカップ以下は、全部、なんの価値もない貧乳に決まってるじゃない?」
 大きく胸を張り、強調しなくても十分なものを更に強調する。そのボリュームは、自身の言葉を絶対なものとするのに十分だった。
「……くっそう。この乳デカ女め」
 軽く涙目になっている笹島。どうも胸は、彼女にとってかなりのコンプレックスのようだった。
 ある意味、緊迫した対峙が続く二人の光景を尻目に、無駄にデカイ男と、その傍にいつの間にか座っていた、無駄に小さい男の娘の二人組には緊張感の欠片もなく、まるで、テレビのプロレス中継を飯を食いながら見ているがごとく、実にダラダラとその光景を眺めているだけだった。
「春ちゃんときいちゃん、どっちが勝つんだろうねー?」
「俺が、知るか」
 召屋は、鼻に詰めたティッシュを抜きながら、どっちに転んでも自分にろくでもないことが起きるだろうことに絶望しつつ、それなりにこのバトルの行く末を楽しもうと思うことにした。
「これは6対4で春部さんの勝ちだね」
 いきなり、自分の後ろから声が聞こえてきて驚く召屋。
「うぉぃ!? 松戸《まつど》、なんでお前がここにいる?」
「なんか、面白そうなイベントがあるって感じたから」
 青白い顔で目の下にくまがはっきりと現れている、ひょろひょろとした決して健康的ではないこの男は、数ある科学部の中でも駄部と噂される、第四科学部部長の松戸科学《まつどしながく》だった。召屋のクラスメイトでもあり、彼の使う魔力が封入された特殊警棒の製作者でもあった。ただ、科学部に在籍しているくせに、本人は魔術系という、なんとも奇特な人物である。
「春部が勝つ理由ってのはなんだ?」
「見てれば分かるよ」
 軽く、召屋の肩を軽く叩き、目の前にある二人の女性を指差し、目を向けさせる。
「ほら、そろそろ始まるよ」
 松戸が指差す方向には、春部と笹島が対峙し、一触即発の緊張した空気が漂ってた。
「とりあえず、女の子ってことで、顔は許してあげる。でもね、それ以外は……」
 言葉も終えずに、彼女は四肢の部分的な獣化を成すと、笹島に一気に詰め寄り、彼女のガラ空きの腹に右ストレートを放つ。
「……っ!?」
 辛うじて、先ほど食べた昼食を嘔吐するのを抑えつつ、その場に蹲る。
「そう、容赦はしないわ」
 仁王立ちで、蹲った笹島の前に立つ。傲岸不遜な態度とは裏腹に、頭部から生えたネコミミが嬉しそうにヒョコヒョコ動くのが、なんとも緊張感を台無しにしていた。
「さあ、続きをしましょう」
 髪を掴み、強制的に立ち上がらせる。が……。
「馬ぁ~鹿!」
 笹島はそう言いながら顔を上げ、舌を出すと、自分を持ち上げていた腕を間髪入れずに横殴りする。
 彼女の髪の毛を掴んでいた腕が、数本の黒髪と共に弾かれる。
(おかしい、ヒットした感触がない……)
 笹島は自分の右の拳を見る。仄かに輝いている。これは、彼女の能力発動の証でもあった。実際に相手にダメージを十分に与えていれば、輝きは消えているはずである。それが消えてないということは……。
「あんたのへなちょこパンチなんて、私に効くわけないでしょ?」
 殴りつけたはずの左腕をくにくにと自由に動かし、ダメージが無いことをアピールする。
「……それに、何? その分かりやすい能力!? どう見たって、その輝いてる部分で殴らなければ、意味なさそうじゃない?」
 その言葉に笹島はムッとする。毅然とした態度で、その言葉を否定する。
「馬っっっ鹿っじゃないのっ? “わざと”光らせてるに決まってるでしょ? 大体ね、ヒーローの必殺技は分かりやすいものって相場が決まってるでしょうがっ!!」

「いや、馬鹿は委員長だと思うよ……」
 傍観者その一の召屋は、頭を掻きながら、本人に聞こえない程度の声で呟く。
「あれがあるから、春部さんの方に分があるんだよ。委員長の能力は、本人の性格含めて、酷くピーキーなんだ。ラルヴァに使うには、同士討ち覚悟、対能力者として使うにしても、今度は分かりやすくて、避けられやすい。ま、当たればデカイんだけどねー」
 傍観者その三の松戸が、勝手に解説を始める。
「カ、カッコイイー!」
 一方、傍観者その二の有葉は、目を輝かせながら、笹島のその台詞に素直に感動していた。

「よく、分からないけど、小細工使って、私との勝負を避けるあの変態よりは真っ当ってのは分かったわ。なるほど。でも、やっぱり、私はあんたが嫌い」
 猫が獲物に襲い掛かるような体制で四つんばいになる。春部、そして、全身の筋肉を一気に開放すると、そのまま、委員長めがけて突進する。
(このまま、受け止めて、返す刀で、全力でブチ当てるっ!!)
 受け手の笹島もその攻撃を避けるつもりなど毛頭ない様子だ。
 だが――――。
 何か、異質なものを感じ、本能で、僅かに体を逸らし、春部の一撃をかわそうとする。だが、反応が遅すぎた、笹島のわき腹に焼き火鉢を押し付けられたような激痛が走る。
 見ると、そこには、ブラウスが破け、脇の表皮も切り裂かれ、血が滲んでいた。
「猫の爪にはご用心よ」
 爪に僅かに付着した血を舐めながら笑う春部。
「あ、貴方、何てことをするの? ブラウスだってただじゃないのよ? それなのに、破くなんて、しかも、血は落ちにくいのに……全くもって最低ね」

「おいおい、凄い生活感が漂ってるな。イメージがどうにも……」
「いやー、委員長は苦学生だからね。知っているか? 彼女は実家に残した5人の妹のために、この双葉学園で頑張っているのだよ」
「知らねーよ、第一そんな、お涙ポロリな話をされても……」
「きいちゃん、やっぱり、カッコイイー!」
(いやもう、お前の基準がわからねえわ)そう思う召屋だった。

 裂傷を負っている脇ではなく、破れたブラウスを気にしながら、笹島は、ようやく自分が厄介な相手をしていることに気づく。だが、同時にそれを喜ばしくも思っていた。
(やっぱり、強敵あってこそ、ヒーローの立場が映えてくるというものよね)
 そしてニヤリと笑う。
「ブラウスはまあいいわ。でもね、その程度のなまくら爪で、私に致命傷を与えられると思ったら、大間違いよ」
「ふん、次は無いわよ。これで終わりにしてあげる」
 猫が獲物を狙う時のように、稀有な敏捷力と跳躍力で、間合いを詰めると、そのまま、体格差を利用して、笹島を床に叩き付け、押さえ込む。そして、開いた側の腕の爪を伸ばし……。
「……!?」
 確実に仕留められると思った一瞬、悪寒を感じ、笹島から遠のく。離れて見てみれば、笹島の右腕の輝きが細長く伸び、まるで鋭利な槍のようなものを形作っていた。
「ただ、殴るだけが能とか思ってたの? 私だって、この程度のことはできるの。そうそう、こんなことだってできるのよ」
 そういうと、右手を突き出しながら、力を右手に集中させる。すると、その輝きは大きくなり、槍とは異なる、巨大なものが生成されていく。
「どうよ!?」
 笹島の掲げた右手を中心に、黄金色の巨大な腕が顕現していた。

「しかし、春部もじっと見てないで、このチャンスに攻めればいいだろうに……」
 至極最もな意見を述べる召屋。
「ロマンがないなあ。このロマンを解さないとは、君はなんて残念な現実主義者だい?」
「メッシー、カッコワルー」
 常識なんてものは相対的であり、その場での多数意見を占める側が常に常識なんだ。今、ここにいる自分に置き換えて、しみじみとそう思う召屋だった。

 春部、笹島の両者はここにきて、膠着状態へと陥っていた。というよりも、春部が攻めあぐねていた。春部は確かに直情的な性格ではあるが、正体不明の物や能力もはっきりしないところに突貫を仕掛けるほど馬鹿ではない。ただ、残念ながら、理論的に目の前のものを解析できるほど、賢くもなかった。
(これは、ちょっと困ったわねえ……)
「そちらからこないなら、こちらから行くわよ」
 これまで、防戦一方だった、笹島が攻勢に転じる。その巨大な黄金の拳を前面に押し出し、春部に迫る。
 相手への能力の迷いが、僅かな隙を生み、春部の動きを鈍らせた。いつもなら、難なくかわせるはずの一撃だったが、得たいの知れない目の前の力に戸惑ってしまう。
(間に合わない!?)
 腕を交差させ、ダメージだけでも軽減させようと身構える。
 ところが、春部の直前で拳は大きく開き、彼女の身体を包み込む。まるで、それは人間がオモチャの人形を持ったようだった。
「な、なにこれ!?」
「残念、殴ると思った? このモードはね、圧撃のためにあるの。まあ、確かにそのまま殴ることも出来るけどね。それじゃあ、せっかくの拳が台無しだよね。格好悪いじゃない!」
 輝く拳が、春部の身体を包み込むように締め付けていく。ミシミシという音がする。さすがに柔軟な猫の身体能力を持つ春部でもこれはたまらないだろう。
(こ、これはマズイわねえ……)
 輝きの中、薄れる意識で、春部は自分が彼女に負けたことを感じ取っていた。

「メッシー、メッシー」
 心配そうに有葉が、召屋のズボンを引っ張る。
「あ、ああ、あれはやべえな。委員長が手加減してくれるといいんだが……」
 有葉はそれに首を横に振って、その意見を否定する。
「そうじゃないよ、あのままだと、きいちゃんが危ないよ」
「どういうことだ? どう見たって、決着はついて……」
「いや、ついてないね」
 松戸が言うと同時に、笹島の能力が解除される。手加減してのものなのか、それとも全てのダメージを相手に与えたのかは、本人にしか分からない。
 だが、有葉以外のこの場にいる全員が、その姿に息を飲む。
「なんだ、ありゃ?」
「ちょっと、なによ……これ?」
「これはまずいね」
 全長2メートルもありそうな、巨大な猫類の生き物がそこにいた。確かに姿形は猫だが、その大きさは、ライオンや虎のそれを大きく越えるものだ。それだけで、十分にこの生き物が、既知を越えた殺傷能力を持つのは伺いしれる。
 所々、身体にまとわり付いた制服の切れ端が、その元が春部だったことを示す、唯一の印だった。
 獣の咆哮が、屋上にこだまする。笹島の敵意が、戦意が、雲散霧消しそうになる。なんとか、途切れそうになるそれを、なけなしの勇気とプライドで繋ぎとめる。
 だが、その僅かな敵意を感じ取った巨猫は、それを感じ取ったかのようにゆっくりと、笹島の方へと近づいていく。
「さ、さあ、かかってきなさいっ!!」
 その声は震えており、虚勢を張っているのはあきらかだ。
「メッシー、なんとかしてっ!!」
「なんとかしろって言ってもな……」
 いや、考えている暇はない。召屋はあるものを召喚すると、それを、その元は春部だったものに投げつける。きっと、大丈夫なはず。そう信じるしかなかった。
「ちゅー」
 巨大な猫の前に小さなネズミが着地する。本能なのか、注意がネズミの方へと向く。
 逃げ出すネズミ。それを追いかける元春部。
「ふーぅ……」
 自らの危機が去ったことに胸をなでおろす笹島。
「おい、委員長、大丈夫か?」
「難儀でしたね」
「危なかったねー。でもカッコよかったよー」
 三人が、笹島の傍に駆け寄っていく。有葉は、笹島の無事を見届けると、屋上の出入り口に向かって走り出す。
「じゃあ、私ははるちゃんを追いかけるね」
「っておい! 大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、あの春ちゃんは敵意がない人は襲わないから……じゃーねー」
 トテトテと、走り去る有葉。
「委員長立てるか?」
 召屋はへたり込んでいる笹島を起こそうする。だが、それを払いのけ、自分で立ち上がる。
「お、大きなお世話よ。べ、別に召屋くんに助けられたなんて思ってないんだからっ!」
 フラグが立った。そう思った召屋だったのだが……。
「……何てこと言うわけないでしょ。神聖な女同士の戦いを穢してくれて、どうしてくれるの? 私のプライドはズタズタよ。肉体の苦痛をもって償いなさい」

 風紀委員の逢洲等華《 あいすなどか》は昼の見回りの真っ最中だった。授業をサボる不届き者を見つけ出すという理由もあったが、別の目的もある。クラブ棟裏手にある小さな空き地。そこに彼女が愛して止まない猫たちがいるはずだった。
 確かにそこに愛する猫たちがいた。だが、いつもとは風景が違う。
「え、えーと。随分、育ちがいい子がいるみたいね……」
 逢洲の目の前では、数匹の猫に混じって、一匹の巨大な猫がのんびりと日向ぼっこをしていた。

 その事件から一週間、校内は、校舎を走り回った巨大な猫の噂でもちきりだった。ただ、その話を、ついぞ、召屋が聞くことはなかった、何故なら、全身打撲で、一週間ほど学校を休んだからだった。
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