【ある中華料理店店員の七夕の日】


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「織姫ー、会いに着たぞー!」
「えー、嫌っすよ濡れるし。 帰れ」
「折角一年に一度会いに着たのに酷いなお前!」
「そーれ、そーれ」
「やっ、ちょ、石投げんなこら! いてー!! あ、足吊ったゴボゴボゴボ……」
「おー、天の川って結構な速さあったんすねー」




七夕の日




 ……酷い悪夢を見た気がする。
目が覚めると、恐ろしいほどの汗が全身を覆っていた。
おっぱいに関する何かが出ていたような気はするが酷い疲労感だけが体に残っていた。
念のために股間に手をやるが何時も通りだが、体を動かした際に全身から何とも言いがたい不快感を感じる。
頭から水を被ったみたいに寝巻き代わりのTシャツと短パンまでグショグショだ。
間違いなく脱いで絞ると結構な量の汗が出ることだろうそれらを脱ぎ、洗濯籠に放り込んだ。
汗で湿った体が外気に触れたことで一瞬涼しいように思えたが、一分もしないうちに日本独特のネットリとした暑さが身を包む。

「あぢぃ」

枕もとの時計を見ると短い方の針は4の数字付近を指していた。
窓から覗く空はまだ暗いが、もう1時間もしないうちに東の空が白ばみ始めるだろう。
二度寝も考えたが、一枚しかない布団が汗でグッショリな上に暑すぎて寝れる気がしない。
昨日は昼から夜までバイトと、休憩時間にこちらの弱みに付け込んだ外道巫女が人を便利屋みたいに扱き使ったおかげで寮に帰ってきた時点で疲労困憊。気がついたら寝ていた。
軽く腕を回してみる……大丈夫、筋肉痛は無いようだ。
――ふと、ある事に気付いた。
昨日寝る前に動かしていた筈の扇風機の音と風が全く無い。
スイッチを数回押してみる、カチッ……カチッカチッ……動かない。

「おいおい、勘弁してくれよ」

この部屋で唯一の涼を取れる機械はこの暑さのせいか、それとも実家から持ってきた中古品の為かご臨終なされたようだ。
生暖かい空気をかき混ぜるだけの存在だったとはいえ、有るか無いかで相当な差がある。
苦学生がバイトで稼いだ金で何とか入っているような低価格の寮にはクーラーなどという文明の利器は存在しない。
最悪の場合、団扇だけでこの夏を過ごさねばならないと思うとため息がこぼれた。





 結局それから二度寝も出来ず、Tシャツと短パンを流し台で軽く石鹸をつけて洗濯したり、布団をどうしようか悩んでいる間に夜が明け始めていた。
若干寝不足な気はするものの、普段から5時半くらいには起床している身にとっては余り不都合は無い。
軽くランニングを済ませると近くの公園に行って日課を済ませる。
勿論、俺「拍手 敬」の朝の日課といえば太極拳だ。
ゆっくりと体を動かして、型を続けていく。
大きく息を吸って、同じように大きく吐く。
体を動かしながら空気を全身に取り入れて巡回させ、体の中にある古い空気を外に出すイメージだ。
幼い時から毎日休むことなく続けた結果が、「転がり目玉」との戦いの際に使った相手の攻撃を捌く技術に繋がっている。
斬撃や刺突、遠距離攻撃に関して無力なのはなんとかしたくはあるがどうしようもないしなぁ。
そういえば、一度超人系の能力者が戦っているのを見たことがある。
ラルヴァの攻撃を生身で受け止め、拳一つで打ち砕くのをみて正直羨ましいと思った。
先日、二礼にかけてもらった加護のような力が自分にもあればとも思う。
しかし、無いものに頼って今の自分の技術を衰えさせるのもおかしな話だ。
ゆえに、愚直であろうとたとえ周りから「年寄りくさい」と言われようとも日課として続けている。
一時間ほど型を続けると折角着替えたTシャツがまた汗でボトボトになってしまったが、これも何時ものことだ。
公園の片隅にある水飲み場で口を濯ぎ、シャツを脱いで汗を搾る。
空を見上げると、7月7日の梅雨真っ只中だというのに突き抜けるような青空が広がっていた。
気がつかないうちに太陽は東の海から全身を空へと浮かび上がらせていたらしい。

パァンッ!

Tシャツの水を切る音が辺りに響いた。
両肩の部分を掴んで力いっぱい振ってから引くと、良い音が鳴ると同時に裾の方からシャツに染み込んだ水気が霧状となって散っていく。
生地が痛むからあまりやってはいけない行為ではあるが、どうせ一枚数百円の安物のTシャツだ。
水洗いもしたし、トレーニング用としては匂いさえつかなければこのまま乾かして良いだろう。
汗で塗れた髪も頭から水を被せて乱暴にかき混ぜる。

「うひゃぁっ!」

火照った体に突き刺さるような水の冷たさが気持ち良い。
冷たい水で急激に冷やされていくせいか、反応した体が勝手に呼気を荒げる。
しばらくすると体が冷たさに慣れて呼吸も落ち着いてきた。
しかし、お年寄りが準備運動と水掛け無しに水に飛び込んで心臓麻痺が起こるのが良く分かるな。動悸も結構凄いし。
余り浴びすぎると今度は体が冷えても、外気が暑いままだから汗が止まらなくなるので名残惜しいが頭を流水からずらす。
傍にあらかじめ置いていたタオルで頭を拭いていると、見知った顔が公園へと入ってきたのに気がついた。
相手もこちらを確認したのだろう、軽く会釈してくる。

「おはようございます、今日もあっついですねぇ!」
「うむ、おはよう」

高校生では平均的な俺の身長を10cm以上もオーバーした、しかし体重は俺以下だろうガリガリの先輩。
今年度の醒徒会メンバー選出選挙で立候補していた蛇蝎先輩がタオルの入った桶を片手に現れた。
選挙戦でやけにヒョロい人がいるなーと思っていたら、俺と同じ苦学生だったらしく朝にこうして会うことがある。
何でも「家で顔を洗う水道代が無駄だから」だそうだが、そこまで切り詰めて何か買いたい物でもあるんだろうか。
寡黙な人のようで、何度か顔を合わせても余り会話した記憶もない。
この公園で出会ってすぐの頃に、、

「中々に良い動きをする。貴様、我輩に下らんか?」

と良く分からん誘いを受けたことがあった。
何やら部活動みたいなものの勧誘らしかったが今のバイトと学校で精一杯なことを伝えると、

「そうか、今後気が変わることを期待する」

と頷いて、あっさりと引き下がってくれた。
俺も貧乏だから分かるが、お互い滲み出る不幸オーラというか報われない悲しさというかそういうのを感じ取ってくれたのだろう。
貧乏は辛いな、うん。
ともあれ、そういう経緯で顔見知りになったわけだ。
今では何処のスーパーが安いかとかの情報をくれる凄い良い人だと思う。
生活雑貨ってどうしても切り詰めにくいからなぁ、安いトイレットペーパーの店とか教えてくれるの凄い助かるし。
お返しに余りもののチャーハン持って行ったりすると凄い感謝してくれるけど、冷えた中華は基本マズイからなぁ。
あまり良い物返せないのが心苦しいが、そのうち何かで恩を返せば良いだろう。
何時もの調子でいくらか会話を交わし、別れを告げると寮に帰ることにした。





 寮に帰ってきて時計を見ると7時、普段はこれから朝飯食べて学校に向かうところだが今日は日曜日。
とりあえず溜まった洗濯物やら久々に勉強に励む真似やら色々やってるうちにすっかり朝飯を食べ忘れていたことに気付く。
時計を見るともう9時半になっていた。
どうりでさっきから気温がじりじり上がってきていたわけだ。
さて、どうするべきかな。

ニア ソーメンを食う
   チャーハンを食う
   水を飲む
   食べない
   おっぱいの妄想で腹を膨らませる

ソーメンでも食うか。
水を張った鍋をコンロにしかけ、火を点す。
途端に夏の気温を上回る熱気とガスコンロ特有のガス臭さが鼻をついた。

「……あぢぃ」

冷えたソーメン食ってひんやりしたいのに何で俺余計に暑い目にあってんだ……?
じっとりと汗ばむ肌、頬を伝う汗の雫を首から提げたタオルで拭う。
鍋の水が沸騰するまでしばらくかかる。
折角作るのにツユと麺だけで済ませるのも味気ない、と思いまな板を水で流す。
冷蔵庫の中を物色すると、酒のつまみ用に買って来ていたキュウリがあった。
モロミをつけて齧るつもりだったのにモロミが無くて入れっぱなしになっていたやつだ。
何日前に買ったものか思い出そうとしたが、暑くて頭が働かないし多分大丈夫だろうと判断する。
昨日の晩に洗って水切り台の上に置きっ放しにしてあった包丁を手に取り、キュウリを切っていく。
まずは長いので四等分に、今度は切り口が半円になるように切り落とす。
あとは短冊切りになるようにスライスしていく。ほとんど切ってから、

「しまった、こんなに切ってどうすんだよ」

一人しか食べるものがいないにも関わらず、一本丸々を薬味用にしたキュウリはかなりの量になっていた。
やはり暑さに脳がまいっているようだ。
クーラーの無いボロい寮住まいにため息が出る。
唯一の暑さ対策だった扇風機も熱帯夜に天に召されてしまった。
今は汗をかきながら団扇で涼をとるしかない。全く持って貧乏が恨めしい。
今頃は級友どもは女友達と海水浴やプール、クーラーのガンガン効いた喫茶店で涼んでいるんだろう。

「あいてっ!」

変な考え事をしていたせいで手元が狂ってしまった。
右手の指先に走った一本の線から薄く赤がにじむ。
絆創膏が必要な程ではないと判断し、応急処置として口に咥えた。
汗を流しているせいで味覚がおかしいのか、それとも血中の塩分が足りないのか血は鉄臭さがあまりしなかった。
指を口から出して、生ぬるい水道水で傷口を洗っているとコポコポという音が聞こえてくる。
鍋の上を白い泡が出ては消えを繰り返していた。湯が沸いたようだ。
火を点けたときとは比べ物にならないくらいの湿気と温度がTシャツから伸びる生身の腕を襲う。熱い。
キュウリと指はとりあえず置いておいて、実家から送られてきたどうみても去年のお歳暮の残りである古いソーメンを2輪取り出した。
留め具になっている紙の輪を千切ってキッチン隅に置いてあるゴミ箱に放り込み、ソーメンを未だに沸き続ける湯に浸す。
均一に熱が通るように、扇形に広げるとしばらくの間放置。
勝手に湯を吸ったそうめんは柔らかくなり放っておいても鍋の外に飛び出ている部分もそのうち湯の中に沈むだろう。

「あぢぃ」

もう一度呟くと、冷蔵庫の中から沸かした麦茶を入れておいた2Lのペットボトルに直接口をつけて飲む。
よく冷えた麦茶が喉、食道を通り胃に入っていくのが良く分かる。
ペットボトルから今度は取り出してきたガラス製のビールコップに注ぎ、冷凍庫からブロック状の氷を三つ取り出して放り込む。
開け放った窓の外から聞こえ続けるセミの声に混じって、氷のひび割れる音が聞こえた。
すぐに結露を始めて水滴が浮かぶコップを回す。麦茶に浮かぶ氷がコップに当たってカラカラと音を立てる。
こうすることですぐに中に入った麦茶が冷えて、さらに温度も均一になるのだ。
ある程度回して、おもむろに一気飲む。
さっきの冷蔵庫から出してすぐ飲んだ麦茶よりもさらによく冷えた麦茶が喉を通り抜けていく。

「っぷはぁー!」

タンっと言う音と共にコップを洗い場に叩き付け、一息。
横を見るとソーメンもうまい具合に茹で上がり、そろそろ引き上げても良さそうだ。
カチリっと音を立ててガスコンロのスイッチを切り、用意してあったステン製のザルに中身を空けていく。
おっと、勢いよく流し込んだせいで数本横に流れてしまった。
勿体無いが熱い中数本のソーメンを拾う為に湯気が上がる流し台に手を突っ込む気にはなれない。
中身が空になったにも関わらず未だに白い湯気を出す鍋に蛇口から水を流し込む。
うちには鍋が一つしかないのでソーメンを冷やす為には使った鍋を一度冷やして使うしかない。
水がもったいないとは思うものの、数回水を入れては鍋をまわして捨てる。
先ほどの氷の入った麦茶と同じ方法だ。
いっきに熱を奪われて生暖かくなった鍋に半分ほど水を張り、冷蔵庫から製氷機のプラスチック製受け篭ごと氷を取り出すと幾つかをコップに移して残り全部を鍋に開けた。
ピシピシピシと氷の割れる音が響く。
鍋に張られた水が冷えるまでに、今度はザルに入ったままのソーメンを水道水で適当に洗い流す。
そろそろ良いかなと指を鍋に入れると、

「おおぅ」

指先を冷やす氷水の感触に思わず声が漏れた。
余りの暑さに頭から被りたい衝動を抑えつつ、まだ熱いままのソーメンをザルごと鍋に漬け込む。
熱を奪い、氷水が均等に伝わるように多少乱暴にかき回すと事前に用意しておいたスダレの張った皿に一掴み盛り付ける。
余所の家では氷水を張った器にソーメンを浸して食うそうだが、うちは昔からザル蕎麦みたいに皿に盛るのが普通。
こうすることでソーメンが水を吸いすぎてふやけることも無く歯ごたえが残るのだ。
氷だけが入ったコップに麦茶をなみなみと注ぎ込み、市販のソーメン出汁をコーヒーカップに入れる。
ソーメンの出汁を入れるような食器はうちには無い、別に不具合は無いとはいえ全く持って貧乏が恨めしい。
キッチンから8畳一間のフローリングに敷かれた御座の上に置いてある卓袱台に食器を移動させていく。
食器と言っても「ソーメンの盛られた皿」「麦茶の入ったコップ」「切っただけのキュウリが入った出汁入りコーヒーカップ」と後は箸だけだが。
ああ、大事なものを忘れていた。
冷蔵庫からチューブ式の磨りわさびを取り出すとコーヒーカップに少量入れていく。
世間一般では生姜をいれるらしいが、これも俺の昔からの習慣だ。
窓には生暖かく風もないが、雲は無くて突き抜けるような青空が広がっている。
遠くの方で運動部系の学生が出した掛け声がかすかに聞こえた。耳に入るのは大部分がセミの大合唱だが。
ともあれ、卓袱台の前に敷かれた座布団に腰を下ろし箸を手に取り。

「いただきます」

ソーメンを一掴み、コーヒーカップに入れて啜る。
キュウリのシャキシャキとした歯ごたえと、少し固めのソーメンが良い塩梅だ。
喉を通った後に鼻に抜けていくわさびの香りも素晴らしい。食が進む。
ふと時計を見るともう午前10時だ。
後、2,30分もしない内に寮を出ないとバイト先の店長に遅刻だと怒られるだろう。
苦学生のわが身を嘆きながらソーメンを啜る。美味い。
外からは相変わらずやかましいセミの声と幾分悲鳴の混じったような声と不穏な物音が響いてくる。
構いはしない、恐らくはまたあのロリ会長の琴線に触れるようなことをどっかのバカが口にしたのだろう。
数ヶ月前から続くもはや日常の1シーンだ。
こちらに被害がこないように祈りつつ、またソーメンを一口啜った。





 本日7月7日は日曜日であり、学園も当然休み……の筈なんだが。

「今日はここで店ですか?」
「昼の間はなぁ、夜になったらプロレスやってる所の傍に移動だぁ。
 よおぅく働けよ若人ぉ!」

何時も通りにカッカッカッと豪快に笑う店長と一緒にひぃひぃ言いながら屋台を押して出てきた先は学園の傍。
なんでも醒徒会主催の七夕イベントがあるそうで、結局普段と変わらない道を登校するように移動したわけだ。
そういえば、昨日人をあれだけ扱き使ってチャーハン用意しとけとまで言いやがった外道巫女が来なかったな。
一日一回あのクラスを拝まないとおっぱい欠乏症になりそうなんだが。
二礼が下ろす神も聞いた話では最大限の神楽を奉納すると巨乳になるらしい、信仰するのに羨ましいと思ってしまう。
うちの神さまは別に下りてきてくれる訳でもないし、本当にいるのかと疑ってしまうのは間違いなく神道を学ぶものとして失格だろう。
実家の親父様にばれたら「この罰当たり者めがぁっ!!」と怒鳴られた上に本殿への階段100往復くらいさせられるかもしれんね。
でも、もしいるのなら巨乳な神さまが良いなぁ。なんて考えつつ屋台を展開していく。
そういえば露店での営業許可なんて取ってないけど大丈夫なのかね、これ。
主に住んでいるのが学生な上に、学校間近の道だからか車通りは無いとはいえ風紀委員に見つかるとヤバイ気がするんだが。

「店長、営業許可とか取ってるんですか?」
「あぁ? んなもんねぇよ」
「……勝手に営業ってヤバクないですかね?」
「気にするねぇい、そんなことぉっ!」

再びカッカッカッと笑い飛ばされる。
いや、さすがにそこは笑い飛ばすのはマズイんじゃないだろうか。
折角閉店の危機からなんとか免れたっていうのに、今度は営業停止の危機か?
多分その辺に風紀委員いるだろうから見つかるとヤバイような、ああでも風紀委員に許可の申請してもらえば良いのか――

ピー!!

風紀委員が持つ笛の音が辺りに響き渡った。
その音はこの双葉学園においてはパトカーのサイレンにも等しい。

「はいそこ、少し待ちなさい」

はい、終わったー。俺のバイト生活終わったー。
この後は屋台の強制撤去に取調べ、下手するともうすぐ夏休みだってのに休学か停学処分なんてことも……いや、待て。
こういうタイミングで現れる風紀委員ってことは――おっぱい、いや外道巫女の嫌がらせだと期待して振り返る。

「……えーと」
「何か?」

流れるような黒髪は美しく太陽の光を綺麗に反射させ輝いていた。
腕には風紀委員の腕章、そして腰には二本の刀がベルトで固定されている。
目尻は鋭く非常に整った顔立ちでこのクソ暑い中一つの汗も掻いていない。
そして、それよりも何よりも「胸が無い」。二礼の出現を期待していただけにこれは痛い、辛い、俺に大ダメージ。
いやいや、というかこの街で間違いなく醒徒会の面々の次に有名なこの人は

「ふ、風紀委員長……」
「分かっているならさっさと営業許可証を提示しなさい」

逢洲 等華(あいす などか)その名の通り氷の仮面をつけたような全学生の恐怖の対象であり、学園の警察類似機構である二人いる風紀委員長の一人だ。
もう片方の金髪ロリっ子な風紀委員長と合わせて巨乳好きの間では「二つの壁(法的な意味で)」とか呼んでたりする。
どちらにばれても間違いなく殺されると思うけど。

「無いのか? だったら店主……はこちらの方か、店名は?」
「ちゅっ中華料理店『大車輪』の臨時店舗屋台です」
「ああ、この間のトラック事故の」

言いながら何処かから取り出した書類を捲りだす風紀委員長。
なんだ、その何処かから何かを取り出すのは風紀委員の基本スキルなのか?
二礼の時とは違って目で見ていたはずなのに何処から取り出したのか一切見えなかったんだが。

「あった、これか。神楽見習い風紀委員に路上販売の特別許可証を届けるよう連絡が入ってる筈なんだが」
「へ、そ、そんなの聞いてないしもらってないデスヨ?」
「またあいつは……見習い期間が延びても構わないのか」

キョドる俺を見て頭痛でもするのだろうか、深くため息を吐いた。
えーと、とりあえず良く分からんが話の流れからして許可は出てるってことなのか。

「分かった、学生証は持っているな?」
「は、はい!」
「貸して……よし、臨時の許可証を転送しておいたから他の風紀委員が来たら見せなさい」
「分かりましたっ!」

なんていうか、特に怒ってるわけでも無さそうなんだけど横に立たれるだけで物凄い寒気というか生物的な恐怖というか。
思わず服従せざるを得ないようなオーラを出す人だ。
手渡された学生証のモバイルモードの画面には「特別許可:逢洲 等華」という画像が浮かび上がっている。
これもしかしたら悪用しようと思えば便利に使えるんじゃないかなぁ、なーんて。

「もしその許可証を悪用した場合、即退学処分になるから気をつけるように」
「わ、分かりましたぁっ!」

こちらの心を読んだ……!?
確か委員長の能力は確定予測だから、俺が変な事に使うかも知れないって予測したのか?
いやでも考えはしてもさすがに実行はしないしただ単に釘を刺してきただけか。
思わず声が裏返った俺を見てもクスリともせず、黒髪をこちらに向けて去っていくその背中を見送る。
ようやくその姿が建物の影に入った時点でどっと疲れが押し寄せてきた。極度に緊張していたせいだろうか。
とりあえずバイトは無くならず、停学にもならずにすんだようで……思わずテーブル備え付けの椅子に腰を下ろす。
ある程度武術の鍛錬に励んだ身だからこそ感じたのだろうか、相手がその気になればこちらが構えるまでもなく一刀の内に絶命せしめられていたことが分かった。
別に立ち会ったわけでもないというのに、横に立たれただけだというのに。

「これが力の差ってやつなのかねー」

最強を目指したわけでもないし、自分の技術に誇りがあるわけでもない。
所詮は体を鍛える為だけにやっている趣味の一環のようなものだ。
それでも、この間の『転がり目玉』との戦闘で思ったよりも動けて相手の攻撃を捌ききったことで多少は自信が生まれたのだが。
まさか、自分の間合いで抜刀するのを止められる気がしないとはねぇ。

『こちらが先手を取って、相手の動きを止めに行ったとしても斬られるイメージしか浮かばない』

上には上がいるもんだ、と痛感する。
それと同時にあのクラスの人が相手にしなければならないラルヴァが目の前に出たらどうなるのかを考えかけて、すぐに止める。
多分俺は出来ることなら逃げるだろうし、逃げられなければ何とか足掻くだけだろう。
そんな絶望的な状況にならないよう努力するのが一番良いんだが。
こちとらただの苦学生だ、そういうのは戦闘能力の高い生徒達がやるだろう。
何人かろくでもない知り合いの顔が頭に浮かぶ。あいつとかあいつとかなら何とかなるんじゃないかなー。

「あれ、サボリっすか?」
「ちげーよ!」

声を聞いただけで誰か分かる、もはや慣れた掛け合いだ。
振り返れば今度こそ外道巫女が先日と同じようにアイス片手に立っていた。
うむ、さっきみたいな崖じゃなくて山は見ていて素晴らしい。心が洗われる。





 日が沈み、完全に夜の帳が落ちた中を岡持片手に家路に向かう。今日は本当に疲れた。
朝は早くに目が覚めるわ、風紀委員長には脅されるわ、炎天下でチャーハンを作ることになるわ、さらに移動してまたチャーハン。
休憩時間にテントの中を覗かせてもらったのは嬉しかったが、終わった直後の注文ラッシュは死ぬかと思った。

「折姫が勝つと思ったんだけどなぁ、まさかあんな結末になるとは」

脳裏に今日見た覆面の男女が繰り広げていた熱い戦いのシーンが蘇る。
うん、年に一度のビッグタイトルを無料で見れたのだから多少の苦労は我慢しよう。
しかし今日の間に何人前のチャーハン作ったのやら、岡持を握る左手が凄くだるい。
店長も売り上げが大分上がったのか嬉しそうに帰って行ったけど、少しくらいバイト代値上げ要求してみてもいいかなぁ。
元の崩壊した店舗の時と比べ物にならないくらい忙しくなってるし、値上げが無理ならバイト増やして欲しいところだ。
そういえば今日は休日だっていうのに何人も知り合いにあったせいか全然休日って感じがしなかった。
珍しく二礼の慌てる姿を見れたから貴重な日ではあったが。
そうそう、あいつ昨日の晩もチャーハン食いに来るって言って来なかった上に今日もチャーハン食う直前になって

「神楽見習い委員、こんなところで何をしているの!」
「あちゃー、見つかっちゃったっすか」
「ちょっと着いて来なさい、何時も気がついたらいないし今日という今日は許しませんからね!」
「えー、私まだチャーハン食べてないっすよ」
「い・い・か・ら・来・な・さ・い!」

てな感じで先輩の風紀委員に連れて行かれたんだっけ。
俺がやったわけじゃないが、昨日の恨みが晴らせたみたいで多少はすっとした。
それよりも作って余ったチャーハンをどうしたら良いのか悩んだけれど。肉入ってるせいで食えないからなぁ。
捨てるのも勿体無いし、さりとて肉だけ分けて食うことも出来んし。
丁度龍河の大将が通りがかったから良かったものの、危うく食い物を粗末にするところだった。
っと、食いもんの事考えてたら腹減ってきたな。
岡持の中には残り物で作った俺用の「肉無し、ただしラード多目で香りは満点のチャーハン」が入っている。
とっとと寮に帰って食って寝ないと明日も学校だ。



 しばらく歩くと、誰かが用意したのであろう笹が道端に飾られていた。
傍に置かれた小さな机の上にはご丁寧にボールペンと短冊まで設置してある。
道行く人が願いを書いて吊るす様にとは、粋な計らいじゃないか。
見た感じ誰も短冊を結んでいないのには哀愁を感じるが。
そこまで見てようやく今日が七夕だということを思い出した。
空を見上げるとさすがに東京湾に浮かぶ島だけあって天の川なんて見えはしないが、アルタイルとベガくらいは見て取れる。
これなら笹に結ばれた願いも天の川へと到達しやすいことだろう……天の川に到達するのかどうかは知らんが。
何故か今朝見たと思わしき妙な悪夢が脳を過ぎるが、どんな内容だったのかさっぱり思い出せない。
何か凄く不愉快で、何か望んでいたものに辿り着けそうでギリギリで無理だったような。
思い出そうとすればする程不愉快になるから碌なもんじゃなさそうだ、忘れたままにしとこう。うん。

「折角だし俺も何か書くかな」

岡持を地面に下ろし、何が良いかとしばし悩んだ挙句これしか無いと思いペンを走らせた。

「おっぱい」

うむ、我ながら完璧だと思う。
これ以上のものは無いと断言できる、素晴らしい。
早速笹に結びつけると、一瞬淡く輝いたような気がするが……気のせいだろう。
頭の中に二十数年前に流行ったアメリカ産のホラーっぽいドラマの1シーンが流れた。
「あなた疲れてるのよ」だったか、再放送で見たときに妙に印象的なシーンだったので今でも覚えている。
確かに大分疲れてるし、笹に結ぶものも結んだんだから早々に帰るか――ってあれ?

何故か俺の岡持が無い。

もう大分暗いとはいえ見落とすはずがないし、そもそも動かした覚えも無いんだが。
とりあえず右を見る、無い。
続いて左を見る、無い。
後ろを見る。

「……お前何してんのよ」
「やっぱり肉入ってないチャーハンは微妙っすねー」

頬一杯にチャーハンを入れたままモギュモギュと口を動かす外道巫女が。ホラーかよ、おい。
というか人のチャーハン勝手に食って文句垂れるとかどういうことよ。

「えー、だって昨日も食べに行く筈が用事で無理。
 今日に至っては食べる直前でお預けっすよ、酷いっすよねー」
「勝手に人の晩飯食ってるお前の方がよっぽど酷いわこの馬鹿たれー!!」

チャーハンを奪い返そうとするも、器用に片手で皿を片手でレンゲを持ちながら避ける二礼。
疲れが酷い上に腹が減って力が出ない、ちくしょう。
おお、チャーハンよ外道巫女なんぞに食べられてしまうとは情けない。情けないのは俺の方だちくしょうめ。
あ、いかんまた涙が出そうだ。

「はい、どうぞ」
「……へ?」

半分ほどのチャーハンを平らげた外道巫女がレンゲをこちらに差し出してくる。
これは……間接キスですかね、しかも向こうから許可?

「何馬鹿面してるんすか、いらないのなら全部食べちゃうっすよ」
「あ、い、いや頂きます」

あれ、何で俺敬語使ってるんだろうか。
いやそれよりも、これは世に言う「あーん」の状況か!?
一体どうしたんだ外道巫女。

「はい、あーん」
「あ、あーん」

ガチン! 前歯が鳴る。
なんとか舌を噛むことは無かったものの、食い物を噛むつもりがそこに食い物が無かった時の痛みは思ったよりも大きい。
何があったのか、この外道巫女こっちが食いつく瞬間に手を引っ込めやがった!
容赦なく噛みあわせた歯がかなり痛い。ち、ちくしょうやっぱり外道巫女は外道巫女か。

「ふふふふふ、はい、今度は大丈夫っすよ」
「……」
「疑い深いっすねー、はい、あーん」
「あ、あーん」

文句言いたいところだが、たとえ相手が外道巫女で一度手痛い目にあっていたとしてもだ。
女子(しかも性格を覗けば可愛いといえる)に、この「あーん」をされて断れる男子などいない。
ひ、引かぬ!媚びぬ!省みぬ!!

パクリ

空きっ腹に響くチャーハンの匂い、多少冷めてはいるものの自慢の一品だ。
しかも巨乳の女子の手ずからされる「あーん」……至極!
世のおっさんどもがキャバクラに通う気持ちが理解できる気がする。
結局二礼はそのまま外道さを見せることなく、俺にチャーハンを「あーん」し続けた。

「お前さ、何でまたこんな所にいたんだ?」
「昼間の先輩に怒られて夜の巡回させられてたんすよ」

昼の……というとチャーハン食べかけた二礼を引きずって連れて行ったあの風紀委員か。
こんな外道の担当だと苦労するんだろうなぁ。

「昨日も今日もチャーハン食べられないかと思ってたんっすけどね。
 丁度いいところに岡持が落ちてて、その中に熱々のチャーハンが入っているとは」
「落ちてねー!」
「うるさいっすね、近所迷惑っすよ」

くいくいと自分の「風紀委員見習い」腕章を引っ張る外道巫女。
夜間の騒音被害で俺をしょっぴくつもりかこいつ。

「まぁ、短冊の願い事が適って嬉しかったですけどね」
「へ……?」

昼に来た1-Bの担任教師とのやり取りを思い出す。
確かこいつが書いた短冊の内容って『素敵なお婿さんが見つかるように』って言ってたような……
ま、まさかついに俺にデレたのかコイツ!
今まで散々ツンばっかりみせておいて究極のツンデレを演出するつもりだったのか!?

「……何ニヤニヤしてるんすか?」
「え、いやいや別に何でもないぞ」
「はいこれ、ご馳走様っす」
「おう……って半分俺が食ったんだけどな」

チャーハンの皿とレンゲを受け取り岡持になおす。
寮に帰ったら流し台に漬けて、明日の朝登校時にまた屋台に返却すればいい。
レンゲを見ると少しだけ頬に血が上った気がした。

「じゃ、また今度チャーハン食べに行くっすね」
「おー、店員の俺が言うのも何だけどあんまり食うと太るぞ?」
「それ女子には禁句っすよ、問答無用で懲罰台行きっす」
「ちょ、懲罰台は勘弁してくれ」
「ふふふ、今度行った時に杏仁豆腐サービスしてもらうっすよー」

何時も通りの馬鹿な掛け合い、こいつは本当に俺のことをどう思ってるんだかね。
こちらに軽く手を振って去っていく二礼の背中を見送る。
昼間に見た風紀委員長と似たような髪形の後姿が段々と闇に溶けていくまで俺はその場で立ち続けた。

空を見上げるとほとんど黒。

東京湾に浮かぶこの双葉学園からは空を見上げたって天の川なんて少しも見えやしない。

空は真っ黒で天の川は見えないけど、織姫と彦星は出会えたのだろうか。

ふいにそんなことが頭に浮かんだ。








 さて、帰るかと思い岡持を手にしようとして屈み込むと笹に結ばれた短冊が目に入った。
俺以外にも結んだやつがいたようだ。
位置が結構下だったのと上手く笹の葉に隠れて見えなくなっていたらしい。
他人の願い事って見ちゃダメなんだろうけど、つい見ちまうよなー。
なんとなく手にとってみる。ありゃ、白紙。
ああ、いやいや裏になってたのか。
ひっくり返して書かれている内容に目を通した。


『チャーハン食べたい 神楽二礼』


……あいつは本当に俺のことをどう思ってるんだろうね?



                                END











 これは七夕の日から数日、もしかしたら何週か後のお話





 おまけ:神楽 二礼は犬が好き





「ほれほれ、これが欲しいんすか? 涎垂らしてこの牝犬め」
「いやお前その発言はどうよ?」
「何か用っすか? 今調教するのに忙しいんすけど」
「涎だらだらで可哀相じゃねぇか、食わせてやれよ」
「えー」
「えーってお前ね、それうちの残り物のチャーシューじゃねぇか」
「しょうがないっすねぇ……」

 目を輝かせながら後ろ足だけで立ち上がり二礼に寄りかかる犬。
こらこらおっぱいに前足を置くだなんて羨ましいな犬のくせに。
そんな犬の頭を撫でて、右手の箸で摘んだチャーシューを犬の目の前に持っていく二礼。
犬はようやくありつける食事に尻尾が千切れんばかりに振りまくっている。

「と、見せかけて大外刈りっ」
「キャインッ!?」

左手で犬の右前脚を掴みつつ、注意をチャーシューに向けさせて。
視界の外、右足だけを動かし綺麗に犬の後ろ足を払う外道巫女。
半回転するように背中から落ちた犬が思わず高い悲鳴を上げる。
あ、あまりにも外道すぎる……

「酷いなお前!」
「ふふふ、この犬の『え、どうして?』って顔が良いんじゃないっすか」
「このドS巫女め」
「猫じゃこうはいかないっすからねぇ、やっぱり犬が一番っすよ
 すぐに懐くし、しつければ従順だし、からかいがいもあるっすからねー」
「……なんでお前こっち見ながら言うのよ?」



                                END


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