【danger zone 七夕特別編 〜Milkyway NINJA〜】


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【danger zone 七夕特別編 ~Milkyway NINJA~】

 最初にあの人に会った時、あの人は空を飛んでいた。

 わたしの生まれ育った黒姫の藜里《あかざざと》、その麓にある廃校で、ラルヴァと呼ばれる、人を殺す生き物に囲まれ、襲われたわたしの元に、空からやってきた。
 昔わたしが通っていた、今は廃墟となった小学校、わたしは高校受験の勉強に疲れると、よく廃校まで散歩にきた。
 空を飛ぶラルヴァ、後になり、それと深く係わる生活をするようになってから知った、飛行型ビーストラルヴァ、麒麟。
 ビールのラベルに描いてある、そのまんまの姿、動物園のキリンとはぜんぜん似てない動物が、生きて動いて、空を飛び、人を喰う。
 あの人は、麒麟に腕の肉を食われ、脇腹を抉られ、廃校の中庭に追い詰められたわたしの所にやってきた、空からやってきた。
 窓を厚い板で塞いだ校舎の壁に、四方を囲また中庭、空からやってくるラルヴァに、食べられてしまう寸前だったわたし。
 あの人は、壁しか無い校舎の中庭、四階建ての校舎の屋上から、何一つためらうことなく、わたしの所に飛び降りてきた。
 わたしを襲うために、急降下してきたラルヴァを、落ちる速さで追い抜くと、中庭に積んだ草の上に落ち、そのまま起き上がってラルヴァに襲いかかった。
 人間を襲うラルヴァを襲う人間、麒麟は反転し、飛んでバケモノから逃げようとした、あの人はわたしを少し見ると、麒麟を追って飛び上がった。
 空を飛ぶラルヴァを追って、木を昇り壁を蹴り窓枠に噛み付き、校舎の屋根まで登ると、高く高く飛び上がり、そして銀色の銃で、麒麟を撃ち墜とした。
 飛べない人間が、飛べるラルヴァを追いかけて飛び、人を殺すラルヴァを、あの人は殺した、死ぬ運命のわたしを生かしてくれた。
 麒麟に追われ、腕や足を怪我したわたしを助けてくれたあの人が、麒麟を倒し、わたしの所に落ちて来て、最初に言った一言は今でも覚えてる。
「なんだ、生きてるのかよ、面倒ね」

 あの後、あの人は面倒だ面倒だといいながら、わたしを救急車に乗せてくれた、わたしはヘリコプターで遠くの病院に連れていかれた。
 病院で怪我の手当てを受けるわたしの所に、ある学校のえらいひとだというおばさんがやってきて、わたしに言った。
 あなたには、私の学校に入る才能と適性があるという、今日のラルヴァのことを忘れ、その学校の事も忘れ、元の生活に戻るか、
それとも、能力を持った人間がラルヴァを研究し、ラルヴァと戦う、そのおばさんの学校に行くのか、それはわたしの自由だという

 わたしは、骨まで食われて治療の長引いた、腕の怪我を治すため、松本の病院に通院しながら、ラルヴァに襲われる以前からの予定通り、
黒姫藜里《くろひめあかざざと》の家を出て、受験で合格した静岡の高専に入学した。 


「醒徒会風紀委員、第七小隊 サポート委員 飯綱百《いづな もも》、以上で巡回報告を終了します」
「ご苦労さ~ん、モモ、あんた凄いわね、風紀委員の仕事も報告も、一度もサボってないじゃない、ねぇアイス」
「一週間に十日サボってるような奴はデンジャーだけだ、百《もも》を見習え、あと、会長のおやつを盗るな、御鈴がまた泣いてたぞ」

 わたしは今、双葉学園に居る。
 あの時わたしを助けてくれた、空からやってきて、空を飛んでラルヴァを墜とした、あの人は、風紀委員会に、居たり居なかったりする。
 わたしは、あの人に憧れ、あの人になりたくて、双葉学園への入学を決めた、一度入学した高専を捨て、故郷を捨て、大事なものを全部捨ててきた。
「では、これから第七小隊は、学生に酒類を提供しているという通報のあったバーの、取り締まりに着手したいと思います」
「よし、モモ、ちょっと待て、店をブっ潰す前に、ツケを払ってくるから」

 放課後の夕暮れ、双葉学園の一年生、風紀委員となったわたしは、海を見ていた。
 双葉学園に入ったわたしは、学園の治安を守り、対ラルヴァの精鋭部隊でもある風紀委員、その一員になるという、狭き門を通過した。
 学園の内外で異能者を取り締まり、ラルヴァとの戦いでも最前線に立つ、生徒の中では最も高い権限を持つ風紀委員。
 異能と身体能力の、腕に覚えのある何人もの生徒が参加を希望し、合格者は50人にひとり、と言われる、風紀委員審査。
 風紀委員の間では「歓迎パーティー」と呼ばれている、風紀委員長や生徒課長の立案する独特の異能者選別方法は、毎回違っていて、
 わたしが聞いた話では、まず書類審査に合格した風紀委員希望者は、毎回違う面接室に、校内放送で呼び出される。 
 ノックして入ると、部屋の中は真っ暗、一応、部屋の周囲を自分の目で調べる前にノックした生徒は、不合格。
 暗い部屋、声だけが聞こえる、座って質問に答えるように指示され、暗闇の中で椅子を探して腰掛け、闇の中、面接官の姿を探しながら待つ。
「バン、はい死んだ」
 いつのまにか、椅子の後ろに立っていた風紀委員長が、面接を待つ生徒に銃を突きつけ、不合格を告知する。
 そして、本当に撃つ。
 落伍者の多くは病院送り、合格した人間の半分が、その後の訓練で叩き落される、そんな風紀委員への道を、わたしは運よく通過した。

 撃たれることなく面接を通過した候補者に課せられる、異能の力より、それを使う人間の体と頭を極限まで絞る、風紀委員研修。
 異能者の悪事と、そして強力なラルヴァと戦う、鋼の異能者を作り上げる訓練は主にあの人が、風紀委員長の山口さんが担当した。
「ラルヴァを人間の劣位種と考え、ボクちんの強力な異能で無双ヒャッハーしたいと思ってる奴は、実戦に出たら5分と生きられないと思え。
向こうは死ぬ気で来るんだ、パラメータの数字なんてすぐに5~6個飛ぶ、それがわからず仲間を危険に晒す奴は、ラルヴァに殺される前に、あたしが殺す」

 わたしは運よく面接に合格し、訓練を修了した、風紀委員第七小隊に加わったわたしに出来ることなんて、そんなにない。
 わたしが生まれてすぐの頃からやっている武術、黒姫のわたしの家に伝わる、武術の大会には出られない、御留流の業。 
 戸隠流忍術。
 委員長の山口さんが持っているデリンジャーや、もう一人の委員長の逢洲等華さんが持っている二振りの太刀に比べれば、
あまりにも小さく非力な、わたしの小太刀や、クナイ、寸鉄、鉄菱、手裏剣、そして、委員長二人の強さには遠く及ばない、忍の体術。
 金の行を以って根源の河を塞き止める。
 わたしの家に伝わる忍術、その秘伝、異能者の根源力と、異能の発動を、鉄の忍具を撃ちこんで、停止凍結させる術。
 異能の力もまた、水流る河と同じ"流れ"、その流れに鉄を打ち込むことで、流れを止める、どんな強力な異能でも、停止に例外は無い。
 ラルヴァと戦うための異能を、人に向ける禁忌の力、わたしが学んだ忍術と同じく、余所者には伝えぬ秘術だったが、
わたしが生まれる少し前、ラルヴァと異能者が急に増えて以来、掟は崩れ、わたしの実家は、子供に忍術を教える教室になった。
 忍術は広まり、わたしひとりが継承した異能は忘れ去られる、両親も、わたしの一族の忍び頭である祖母も、そう望んだ。

 あの時、空を飛んでわたしを助けてくれた、双葉学園醒徒会直属の風紀委員長、山口・デリンジャー・慧海さんは言った。
「モモを選んだ理由?そりゃオッパイだろ、こんなでっかいオッパイを拝みながら毎日仕事出来るだけで、あたしは幸せよ」と、
委員長がわたしを選んでくれた、本当の理由は知っていた、わたしの異能のことを誰よりも深く知ってくれた山口さんが、
生徒課長にかけあってくれたからだということは、後で教えてもらった、そして、もう一人の委員長も、私を認めてくれた。
「異能者の暴走は、ラルヴァよりも危険だ、それを抑止する風紀委員に敗北は許されない、そのため、飯綱殿、ぜひ貴君の力をお貸し願いたい、
…それに…その発育のいい身体は…その…私は…好きだ…もしパイタ~っチ!とかさせてくれれば、もっと好きになるかもしれぬ…」
 双葉学園の風紀を維持し、人々の安寧を守るには、このとても強いけどヘンテコな風紀委員長に替わり、わたしたち風紀委員が頑張らなくてはいけない

 わたしの、168cmの背と88Dの胸、忍術の邪魔になる体は、今のところ、恩人である風紀委員長ふたりにも触らせてない。

 わたしは、海を見ていた。
 人工島と埋立地に囲まれ、狭苦しく区切られた海にも、海の無い黒姫にはなかった潮風が吹き、わたしの黒く短い髪をなぶった。
 わたしが東京湾に浮かぶ人工島の学校、双葉学園に来てから、少しの時間が経った。
 高専から双葉学園への、突然の転校、表向きの理由は、わたしがダメモトで受けた、奨学金制の国立学園、双葉学園への編入試験に合格したという体裁。
 学費無料で、普通高校には及ばないまでも、わたしがそれまで行っていた高専より、幾分就職しやすいという双葉学園に合格した事を、
両親は喜んでくれて、衣食住無料で、補助金という小遣いまで出る双葉学園に通うこととなった私に、仕送りまでしてくれる。
 たとえ異能の存在を知ってる親にも、異能をもってラルヴァと戦う、この双葉学園の本当の姿を、わたしが口にしたならば、
わたしも家族もどこかに連れていかれることは、曖昧な言い回しで説明された。

 誰にも言ってはいけない、異能のこと、ラルヴァのこと、親にも友達にも、どんなに、大切な人にも。

 わたしが黒姫藜里《くろひめあかざざと》の故郷を出て、静岡の高専に、後に双葉学園へと編入するときの、ただひとつの心残り。
 たかちゃん、と、いう人が居た、わたしが生まれた長野の黒姫で、ずっと戸隠忍術を一緒に修行していた、家族よりも近いひと。
 小学生の時から、ずっと一緒に遊んだ友達、彼氏なんて恥ずかしいものじゃないと思う、でも、小学生の時も、中学に入ってからも、
たかちゃんとはいつも一緒だった、わたしがある時、キスをしたくなって、たかちゃんに頼んだら、たかちゃんはキスをしてくれた。
 たかちゃんとするキスは、とっても幸せで、たかちゃんとキスできれば、彼氏なんていらないと思った。

 そして中学を卒業し、わたしは静岡の高専へ、たかちゃんは、忍術の最強を証明するために、東京の武術学校に行ってしまった。
 たかちゃんやわたしの、直接会ったことのない兄弟子筋に当たる、戸隠流忍術の達人、スティーブ・ジェナム。
 ホイス・グレイシーも出場した第三回アルティメットに優勝し、第四回でも善戦しながら、本業の警察署長の仕事が多忙となっため、引退したニンジャ。
 ジェナムの後を継ぎ、忍術で空手やボクシングに勝ちたいという、たかちゃんの夢、そのために東京の、武道を学ぶ高校に行ってしまった
 忍術は人と闘うだけのものじゃない、山河と草花を知り、道具や機械を知り、異能を知り、鉄を知る、それが忍び、だからわたしは、技術を学べる高専に入った。
 たかちゃんと会えない、高専の生活に、意外と早く馴染んでいく自分がイヤだった、やることが多くなり、たくさんのしがらみが絡みつく。
 わたしの記憶からたかちゃんを奪う、高専が嫌いだった、だから、わたしは異能を認められた後、双葉学園への編入を決めた。
 生まれ育った黒姫藜里《くろひめあかざざと》から、遠く引き離された静岡の高専での、しなきゃいけないこと、色々ないやなことから逃げるためじゃない。
 たかちゃんのことを、忘れるために。

 双葉学園の岸壁で、わたしは海を見ていた、高専とあまり変わらなかった学生生活、でも、なんだか、イヤじゃない気分。
 あの時わたしを助けてくれた風紀委員長との、風紀委員の仕事は、疲れるけども、まるで藜《あかざ》の里に居た時のような、修行の日々。
 異能を以って罪を犯した生徒に、忍び刀やクナイ、手裏剣を撃ちこんで異能の河を止め、他の風紀委員が捕縛するのを助ける。
 ラルヴァには役立たずだと思ってた忍術、でも、ラルヴァを動かしているのも異能、わたしが根源の河を止めれば、
 他の生徒が普通の格闘や武器でラルヴァを倒す手伝いが出来る、人を傷つけることしか出来ないと思っていた、忍術の新しい力。
 異能者でもラルヴァでも、誰に対しても無敵の山口さんは、わたしを実戦の場に蹴り込むことで、わたしの可能性を教えてくれた。

 わたしは岸壁から海を見ていた、人工島と湾岸の埋立地に挟まれた、狭い海の向こう、東京の灯りが遠くに見える。
 風紀委員になったら頭に叩き込まれる、学園の地理情報では、2kmほどの海を挟んだ向こう側には、お台場の埋立地がある。

 たかちゃんは、東京都が新設した武術専門高校に行った、戦前の武専を再建すべく、お台場に設立した全寮制の武道、スポーツ学校。
 忍術で世界に勝つ、わたしにも話してなかった夢のために、藜《あかざ》の里を出て、わたしを置いて、東京の学校まで行ってしまった。
 わたしは海の向こうを見ていて、ずっと忘れてた、たかちゃんのことを思い出して、少しいやな気持ちになった。

 人工島の陽は暮れ、夏の残り日がどんどん陰り、浄化装置で10年まえよりずっと綺麗になった、青い海はだんだん暗い色になる。
 双葉学園の灯りと、向こう岸の灯りが、暗い海に反射して、銀色にキラキラと光った、まるで、天の川みたいだと思った。
 今日は、七夕の日。
 去年も一昨年も、その前も、ずっとずっと、七夕の日は、黒姫藜里の、綺麗な天の川の下、たかちゃんと一緒だった。
 二人で野尻湖のお祭りに行ったり、花火をしたり、いっしょに藜の里を出て、松本の街まで冒険をしにいったり。
 そして、三年前の七夕、たかちゃんとの、最初のキス、その次も、その次の次も、七夕の日はたかちゃんと一緒だった。

 今年の七夕、たかちゃんと遠く離れて三ヶ月、わたしは双葉学園の生徒になり、東京湾に浮かぶ島から、海を見ている。
 勝手に釣り糸を垂れて、針や糸を放置する生徒を取り締まる、風紀委員の仕事を終えたわたしは、寮へ直帰する前の時間。
 岸壁の工事が終了して間もなく、まだ何もない、人もろくに居ない、コンクリートの北岸、お台場に面した海の前で、足を止めた。
 たくさんの灯りに囲まれた、狭い海の向こう、たかちゃんの居るお台場、たかちゃんの居ない最初の七夕、海辺でひとりぼっちのわたし。
 お台場と人工島を隔てる、暗い海に映る銀色の光が、目の中でちらちらと揺れた。

「ハーイ!モモちゃ~ん、こんなトコで何してんの~」
 後ろから声がした、背後の気配に敏感な忍びに気づかれず、わたしに近づける、数少ないひとが、いつのまにか後ろにいた。
 わたしは振り返った、左右どちらの手でも抜けるように背中に差した小太刀と、ブレザーに収めた鉄の忍び道具が、ガチャと鳴る。

 わたしは、後ろに居た風紀委員長、生徒や教師には恐れられているけど、わたしが誰よりも信じている山口さんの前で直立した。
「委員長、岸壁のパトロールは終了しました、報告書は寮に直帰した後、pdfで作成し、本日中に送信します」
 革のブーツにウエスタンハット、肩まで捲くったシャツには竜の刺青、全身を校則違反で固めた風紀委員長は、苦笑いしながら手を振った。
「ん、いいのいいの、釣りなんてさせときゃいいんだし、さっきも紫苑に会って、お願い見逃して~、って頼まれちゃったしな」
 一応、漁業権も絡み、何より釣りの仕掛けをゴミとして捨ててく人間の多い、岸壁釣りを取り締まるのは風紀委員の仕事のうちのひとつ。
 釣りどころか、時に岸壁に立って、千葉あたりから飛んでくる陸ガモを撃って昼飯にする不逞の輩も、私の目の前に一人いる。
 その分、わたしたち風紀委員が頑張らなくてはいけない、異能を河を止める異能と、わたしが習い覚えた忍術で。
 それが今のわたしのすべきこと、たかちゃんと藜《あかざ》の里で忍術修行してた頃にはなかった充実感、わたしは今、満ち足りていた。
 委員長の山口さんはそのままブーツを鳴らし、歩き去ろうとした、突然、わたしと、岸壁の下に広がる海を見比べて、ニヤ~っと笑う。
「どうした、モモちゃん、海に財布でも落としたか?」
 同学年で、年はひとつ下の15才だけど、この学園で一番尊敬するひと、山口・デリンジャー・慧海さんの、こういう鋭い所は少し憎らしい。
 敵となるラルヴァや異能者の本質や習性を、事前の調査と自らの目、そして勘で熟知する、それがこの人を、学園最強たらしめている。
 「だって、モモ、泣いてんじゃん」
 わたしは、いつのまにか涙を流していた、海の向こう、ほんの2kmほど先にある、お台場の灯りを指差す。
 双葉学園での充実した生活、黒姫藜里に置いていたものを忘れさせてくれる日々、わたしは、ただひとつ足りないものに手を伸ばした。
「会いたいひとが…居るんです…会いたいです…ずっと離れていたんです…ほんの少しでもいい…たかちゃんに会いたい」
 わたしは、この学園の来るきっかけを作ってくれた山口さん、同じ風紀委員なのに、ろくに話したことのない山口さんに、
今までのことを、全部話した、そんなに長くはかからなかった、藜《あかざ》の忍び里で一緒に過ごした、わたしと、たかちゃんの話。
 黙って話を聞いていた風紀委員長の山口さんは、涙を止められないわたしを見て、それから、わたしを革のブーツで岸壁の下に蹴り落とした。
 ほぼ直角な岸壁の10m下、清浄装置で江ノ島の海水浴場並みに綺麗な海、船の接岸のために14mの水深がある海に落とされたわたしは、沈んでいく。
 風紀委員に敗北は許されない、甘ったれて心の折れたわたしを、蹴り捨てるんだろうか、処分されたって文句はいえない。
 このひとはそれをやる、山口さんはこないだも、捕獲したラルヴァに虐待行為をしていた風紀委員を、ガソリンをかけて焼殺してる。

 わたしは一応、刀と鉄を体中に身につけたまま泳ぐ、忍びの水術を会得していた、野尻湖や松本湖で、たかちゃんと一緒に学んだ水遁。
 海の底に落ちる力に抗わず、水の抵抗で体が停止した後、ゆっくり浮上して、海面に顔を出したわたしの真上から、山口さんが落ちてきた。
 わたしは水遁で慌てて斜め下に泳ぎ、落ちてきた山口さんを避ける、山口さんも一度沈んだ後、達者な泳ぎで浮かび上がってきた。
「…や…山口さん…どうなってるんですか?、これは、わたしを…どうするんですか?」
 制服の下に鉄の武器を持ち、草鞋を履いたわたしの横で、山口さんは、ブーツでの立ち泳ぎに苦労しながら言った
「だってモモ、言ったじゃねぇか、会いにいくって、さっさと行こうぜ、大丈夫、あっちに着いたら、邪魔者は消えるから…ひっきゃっきゃ!」
 たしかにわたしは、会いたいとは行ったけど、行くとまでは言ってない、でも、心で言ってしまったかもしれない、山口さんは、それを聞いてくれた。
「あたしのキャデラックで橋を突破しようとも思ったけどな、今、警護してるのはアイスだ、コンニャクみたいに斬られっちまうよ」
 わたしと山口さんは、約2km先にあるお台場まで泳ぎ始めた、泳ぎながら会話するため、着衣泳に強い平泳ぎで、海を進む。
「引き潮があるから、左に流されないように泳げよ、あと、右に行き過ぎても、脱走者監視のソノブイがあるから気をつけろ。
 山口さんは、水術修行をしている上に草鞋履きのわたしと、ブーツを履き、予備も含めて5丁の銃を体中に持ったまま、普通に並んで泳いでいる。
 二人で泳ぎだした、2kmかそこらの凪ぎ海、でも、引き潮が複雑な海流を作り、体中に鉄を抱えたわたしと山口さんを流そうとする。
 わたしは、少し先行して泳ぐ山口さんに、声をかけた、もしかして、海を見て泣いていたわたしの頭は、海に落とされて冷やされたのかもしれない。
「山口さん、あの、山口さん、潮が片流れし始めてます、これ以上は危険です……もういいです、手遅れになる前に引き返しましょう」
 山口さんは、「大丈夫大丈夫♪」と言い、わたしよりフラつきながらも、ブーツで不恰好にバタ足し、どんどん先へと泳いでいく。
 わたしは草鞋で水を蹴って追いつき、先を泳ぐ山口さんの肩を掴んだ。
「…もう…いいんです!」
 湾岸の灯りに照らされた、夕暮れの海、微かな銀色の光に包まれた山口さんは、わたしを見る、青緑の瞳が燃えるような光を宿す。
「・・・あんたは…弱いわよ…」
 わたしは、このまま沈んでしまいたくなった、風紀の仕事を放り出して海に飛び込んだのに、こんなに近くにあるものにさえ、届かない。
 山口さんは、両手で顔を覆って泣きそうになったわたしの、腕を掴んだ、頭ひとつ分、背の低い山口さんの、わたしよりずっと細い腕。
「弱いのか?」
 わたしより泳ぎ疲れた様子の山口さんは、わたしの腕を恐ろしい握力で掴んだ、わたしの異能じゃない、忍術じゃない、この腕をしっかりと掴んだ。
 意思を、掴んだ。
 わたしは、引き潮で流し戻されそうな双葉学園、忍びのわたしに、風紀委員という生きがいを与えてくれた、人工の島を振り返った。
 そして、岸壁から見ると近かったのに、海に居ると果てしなく遠いお台場を見た、今のわたしが、心から会いたいひとの暮らす所。

「山口委員長、ここからは忍びの泳術"のし"でいきます、はぐれないようについてきてきださい」
「よっしゃ!、さっさと泳いで、お台場の地ビールでカンパイしようぜ!」
 人工島とお台場、そして世界一密度のある東京湾の、無数の灯りを反射している、銀色の海、ひとの作った灯りで、地上に流れる天の川。
 最初は威勢がよかったけど、少し遅れ始めた山口さんを待つ間、わたしは空を見上げた、去年はたかちゃんと見た、七夕の空。

 天の川の両岸には、神様の作った星の河によって引き離された織姫と彦星が居て、一年に一度、晴れた七夕の日に、二人は、
神様の情けで、天の川に遣わされた一筋の流れ星、シギの翼に乗って、星の河で、一年に一夜だけの逢瀬を楽しむという。
 わたしには、結婚し働かなくなったため、神の怒りに触れたという織姫と彦星が河の両岸で、一年に一度の触れ合いしか許されぬ理由が、わかる気がした。
 仲睦まじい織姫と彦星、きっと二人の心は、とうに離れていたんだろう、二人ともそれぞれの河の岸で、もっと大事なものを見つけてしまっている。
 もしも本当に会いたいと望んだなら、神様の遣わすシギなど居なくても、自分で河に飛び込み泳ぎ渡り、大事な人の胸に飛び込んでいるだろう。

 わたしは今、星の川を渡っている、会いたいひとに会うために、大切なものを全て捨てて、たかちゃんに会うために。

 現代の武専といわれる、お台場の全寮制武術高校、その生徒達はきっと驚いただろう。
 海に沿ってテラス状になった食堂、舞台設定はオシャレだが、おいてるテーブルや並んでる飯は、粗末で栄養本位な学食メニュー。
 そこに突然、岸壁の非常階段を上って、びしょ濡れの制服に身を包んだ、女子二人が上陸してきたんだから。
 わたしは小太刀を差して、草鞋履き、山口さんはブーツにウェスタンハット、首からは拳銃を下げている。
 武道学生の男女達をかきわけて、自衛隊迷彩服を着た、先生らしき人が、わたしたち不法侵入者二人の元に駆け寄ってきた。
 わたしが状況をどう説明しようか迷ってる横で、山口さんは、空に向けてデリンジャーを一発撃った、硝煙と水蒸気が立ち上る。
 「よし、乾いた」と言い、先生に銃を突きつけ、それから、「これのほうがいい」と、電子生徒手帳の身分証明ページを示した。
 一応、都の公務員である武専の師範は、学園の外でも権限を持つ、風紀委員長のIDを見て、上官の前の兵卒のように直立した。
「え~と、すぐに呼んでこい…その…誰だっけ?」
 山口さんは、さっき岸壁でわたしが話した、たかちゃんのことは、かなり忘れてしまったらしい。
「た…たかちゃんです!…黒姫藜里《くろひめあかざざと》の戸隠流忍者、虎骨法のたかちゃんです!」
 武芸百般の専科学校だけあって、それだけでわかったらしく、先生は呼びに行ったが、それとすれ違いに、一人のひとが入ってきた。
 制服や、各々の武道の服を着た生徒達の中でもかなりヘンな、そして見慣れた、黒姫藜里の、濃い灰色の忍び服と、手拭いの覆面。
「たかちゃん!」
 わたしを置いて、東京に行ってしまったひと、拒まれるかもしれない、嫌われるかもしれない、何も考えず、たかちゃんの胸に飛び込んだ。
 たかちゃんは、お台場の武専まで強引に会いにきたわたし、ものすごい迷惑をかけてしまったわたしを、黙って抱きしめてくれた。
 わたしが背に回した手に、大きな木を繋いだものが当たる、水蜘蛛、忍びが堀や河を渡る、簡易水上器具。
「ちょうど、百《もも》の待つ、彼の岸へと渡河せんとしていた折りだった、水蜘蛛の普請をしていたら、日暮れの刻となってしまった」
「もう!たかちゃん!そんな小さな水蜘蛛で潮のある海に出たって、猫くらいしか浮かべられないよ!」
「しかし私は、水術が不得手で、泳ぎ申さん」
「 知ってるわよ、藜《あかざ》の里に居たころからずっと、だから百《もも>は、忍びの術で水を渡って、たかちゃんに会いにきたの」

 山口さんが後ろで、なんでお客様にコーヒーの一杯もくれねぇんだよ!と、学食の店員に食ってかかってるのが聞こえる。
「委員長、お願いです、あと10分、いえ、5分でいいから、たかちゃんと…お話しさせてください」
 山口・デリンジャー・慧海さんは、革のブーツを脱いで、ひっくり返して海水を出していたけど、振り返って私を睨んだ。
「ハァ~?、5分で何が出来るっつーんだよ?モモはそんな早漏な男のために、ここまで泳いできたわけじゃねぇだろ?」
「私は五分では無理である」
 わたしはたかちゃんの口に毒菱を打ち込もうとしたが、水でダメになっていた。

 風紀委員長の山口さんは、再びわたしに背を向け、苦労して濡れたブーツを履きなおしながら言った。
「双葉学園風紀委員、飯綱百《いづなもも》、現時刻を以って、着衣泳訓練を終了する、適時の休息の後、寮まで直帰せよ」
 それから、革のウエスタンハットを脱ぐと、濡れて栗色に近くなった髪を指で梳き、再びハットを頭に乗せた。
 深く被った帽子の縁越しに、横目で私を見て苦笑しながら、「ま、訓練してもらったのは、あたしだけどな」と一言付け加えた。
 わたしは、自分が泳いできた海を見た、夜中の海を泳いで帰れるだろうか、たかちゃんとの夜、泳ぐための体力を残しておかなくてはいけない。
「明日…明日の朝、0630…6時半から10分間だけ、連絡橋のゲートにジャミングをかける、その間に戻って来い」
 この風紀委員長は、出入者を管理する学園の重要拠点、連絡橋の監視システムを停止し、不法な侵入に目を瞑ると言っている。
 以前に別の理由で、システム停止をしたことがあったが、この人にとってジャミングとは、監視センサーを撃ち壊すことだった。
「んじゃ、今晩はよろしくやんな~、明日の朝は、ラジオでも聞いとけ、NHKでラジオ体操をやってる間が、ジャミングタイムだ」
 寄り添うわたしたちへの気遣いなのか、わたしに背を向けたまま、手近にあったコーヒーを奪い取って一口飲んでいる山口さん。
「あの、委員長…山口…デリンジャー…慧海さん…ありがとうございます、初めて会った時も、そして今も」
 慧海さんは、背を向けたまま何も言わず、濡れて重くなったウエスタンハットを脱いで、ひらひらと振ってから、また被りなおした。
 それから唐突にブーツを鳴らし、岸壁を走ると、海に飛び込んでいった、生徒達が「あのひとはラルヴァだ」と口を揃える、身軽な動き。
 ほとんど水しぶきをたてず海に落ちた慧海さんは、行く時の泳ぎは何だったのか、聞きたくなるほどの凄い速さで、泳ぎ去っていった。
 生徒課長から聞いた話では、慧海さんは昔、海の軍隊に居て、ブーツを履いたまま海を泳ぐ訓練をたくさんやったらしい。
 慧海さんに言わせれば、鮫の居ない海なんて天国みたいなもん、手抜きで泳いでも曹長に蹴っ飛ばされない海は、まさに天国。

「百《もも》よ、あの大層な美姫ながら、非常に面妖なる者は、おまえの知己か?」
「うん、わたしのが学校で、いちばん信じてるひと…そんなことよりたかちゃん…お話しよ…昔みたいに、朝まで…いっしょに、お話しよ…」

 昔ラルヴァに襲われたわたしを助けてくれたように、七夕の日に奇跡を起こしてくれた風紀委員長、わたしのとても大切な人は、
海辺の灯りと星明かりを受けて、銀色に光る地上の天の川を、海流に逆らって学園に向けて、ぐいぐいと泳ぎ去っていった。
 あの時、空からやってきて、わたしをラルヴァから助けてくれたあのひと、慧海さんは、星の海を渡って、帰っていった。

 きっとわたしは、もう、なんでもできる、なんでもできるからこそ、わたしの本当にしたいことがわかる。
 だってわたしは、今夜、星の海を渡って、たかちゃんに会いにきた。

 潮の引きで横向きの海流が生まれた海をものともせず、凄い速さで泳いでいく慧海さん、首の鎖が灯りを反射して、一瞬光った。
 それはまるで、七夕の夜、織姫と彦星ををめぐり合わせてくれる伝説の鳥、神様の遣わした、銀色に輝くシギのようだった。

 わたしたちの夜は、これから。

        【danger zone七夕特別編 ~Milkyway NINJA】 (おわり)
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