【廃墟】

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   彷徨える血濡れ仔猫 『廃墟』

 新興都市の双葉島にも、廃墟というものがある。
 それも、いちだんと悪い噂の絶えないものがある。住民たちはその廃墟を「幽霊病院」と呼び、恐れていた。あそこはうかつに入ったらいけないと、子を持つ親なら誰もがそう教えたことがあるだろう。
 そこはかつての名を「西双葉総合病院」と言った。表向きは中央区にある大学病院と並び、主要な診療科が備わった大規模な病院であった。が、裏では超科学・超能力・魔法力などといった多様な方面からの異能者が、被験者やラルヴァに対して非合法な生体実験を行ってきた、曰く付きの病院なのであった。
 今ではそのような倫理観を度外視した研究は行われていないが、過去は明確なルールというものがなく、過度の探究心が引き起こす非人道的な研究・実験が裏で横行していた。
 西病院跡はその名の通り、双葉島の西端部に位置している。町から自転車を走らせればすぐ、海沿いにたたずむ窓ガラスのない、黒ずんだ廃墟が見えてくる。



「ほーら、着いたぜ。もう今更逃げようったって、そうはいかないからな?」
 自転車のスタンドを蹴り上げるように立てながら、小山真太郎は言った。そして、とても嫌そうにゆっくりとスタンドを上げたのは、彼に無理やり連れてこられた久本昭二である。
「別にこんなとこ来たくて来たわけじゃないもん・・・・・・」
 昭二は小さな声でそう言った。日は沈んでしまい、錆びついた細い街灯の黄色い明かりが、三人を照らしている。自転車に鍵をかけてきた三人目・野口道彦は、声を弾ませながらこう言う。
「何だかワクワクしてきたぜ。見ろよ、あの真っ暗なたたずまい。いつ、何が出てもおかしくないよな!」
 幽霊病院は敷地も建物もかなり大きく、外から眺めると、町一帯がまるごと死んでしまっているかのような錯覚を覚える。三人の少年たちは、崩落した壁の穴から侵入した。
 ことの始まりは、もう何度校長や担任から聞かされたのかもわからない、血塗れ仔猫の話題からだった。先日、謎の異形である血塗れ仔猫によって、高等部の異能者が犠牲となった。
 噂程度にしか認識していなかった学園の生徒たちに衝撃が走り、誰もが早めの下校を心がけたり、夜間の外出を控えたりし始めるなど、血塗れ仔猫の学園生に与えた影響は大きかった。
 絶対に夜は表を出歩くな。担任に釘を刺されたあとの放課後、道彦が幽霊病院の話を持ちかけたのだ。
 真太郎はその刺激的な誘いに乗った。ほとんど関係のない昭二を強引に誘い、高鳴る鼓動を胸に自転車を漕いできた。
「こういう冒険は俺、けっこう好きなんだ。いくつになってもいいもんだぜ。出歩くなと言われれば言われるほど、こうして夜道を歩きたくなってくるもんだ」
「シンちゃんもそう思うだろ? ここで肝試しとかやったら面白そうだよな!」
「女の子も連れてナ」
 真太郎と道彦は病院の敷地でげらげら笑った。いるはずのない人間たちに気遣うよう、二人に注意を促すのは昭二である。
「二人とも、ちょっとは静かにしようよ。声が大きいよ」
「あん? 誰かいるわけでもないし、住宅地も遠いし、別にいいじゃん?」と、道彦が言う。
「何だよ、ここの入院患者たちに気を遣えっていうのか? お前もなかなか人を怖がらせるの上手だなあ! あははは」
「そういうわけじゃないよ・・・・・・。僕もう怖いからやだよ、早く帰りたいよ」
「ここまでついてきてそりゃないよ。大丈夫、ちょっと中を歩いて帰るだけだから。モバイル学生証もあるし、連絡だってとれるんだ。こんな生ぬるいのは、肝試しのうちには入らない」
 と、道彦は落ち着いた様子で言った。
 じゃりじゃりと、ロータリーに広がるコンクリート片を踏みしめながらエントランスへ向かう。懐中電灯を正面玄関に向けると、「病」の黒文字が浮き出て、昭二が「ひっ」と悲鳴を上げた。もともと西双葉総合病院という文字の飾りがついていたのだろうか、今では接着されていた部分の黒い跡が残るのみである。
 カバンからペンチを取り出していた道彦は、「お?」と不審な声を上げる。
「何? 何なの?」と、震えだした昭二。
「どうした? 何かあったか?」と、近寄る真太郎。
 道彦は不敵な笑みを浮かべながら、その昔、自動ドアだったものを手で引いて開けてみせた。からからと、廃墟とはとても思えない滑らかさで扉は動く。
「てっきり入り口が閉ざされてるもんだと思ってたけど、すでに施錠が解かれているようなんだ」
「俺たちのほかにもここに来た奴らがいたってことか。ちぇっ。一番乗りだと思ってたのになあ」
 真太郎は残念そうにそう言うと、周りに散乱している破片をひとつ拾い上げた。辺りが暗いため、よく確認できずに重たい破片を拾ってしまった。手首の間接に強く圧し掛かるそれを、真太郎はややむきになりながら上手投げで放ってみせる。
 闇に飲み込まれた大きなコンクリート片は、アスファルトに落下した鈍い音を一度だけ響かせた。



「じゃ、昭二、とりあえずお前一人だけで回ってみろよ」と、道彦が言った。
「嫌に決まってるじゃないか! どうして僕が!」
「お前は俺たちに弱みを握られてること、忘れたわけじゃないよなあ?」
 真太郎の意地悪に、昭二はたまらずぐっと拳を握る。彼はとある少女に恋をしている。
「大島亜由美のことか」と、道彦もからかうように言った。「よりによって一生懸命書いたラブレターが、俺たちに見つかっちまうとはなあ」
 昭二は唇を強く噛んだ。そして、おとといの悪夢のような出来事を振り返った。
 計画は問題なかったはずであった。中等部の昇降口が開けられてから、昭二は真っ先に教室へと向かい、片思いをしている大島亜由美の机と向き合った。カバンから取り出した便箋入りの封筒を、机の中に入れる。
 しかし、何たる残酷な偶然か、真太郎と道彦の二人組みが校庭でサッカーをするため、早めに教室へやってきてしまったのだ。この二人は性格が悪いので、クラスのみんなからもあまり良く思われていない。
 ラブレターは取り上げられ、それは結果として弱みを握られたかたちとなってしまう。今でも手紙は、真太郎が隠し持ったままであった。
「いいか? 大島に告白するんならさあ、この廃墟を歩き回るぐらいの勇気ぐらいあってもいいと思うんだよ。ここで泣いて音をあげるようじゃ、呆れられてフラれちまうぞお?」
 真太郎は昭二の華奢な肩を拘束するよう片腕で抱き、ささやきかけるようにそう言った。ぶるぶると、昭二は涙をこらえて震えている。
「まあ、一周してくる程度でいいんだよ。何かあったら俺たちがいるし、それほど怖くはないと思うぞ。もしもお前がやり遂げてみせたら、俺はお前を見直すよ?」
 道彦の言葉が悔しかった。こんな風に見下げるようなものの言い方をされるのは、自分が弱いからだ。昭二は運動が苦手で、声も小さい。背は低くて体格も良くない。ほんのそれだけで不当な扱いを受けてきたのだから、コンプレックスは人並みではない。
 だから、二人の煽りに乗るかたちでこう言った。
「わかったよ・・・・・・。行くよ。回ってくるよ。それで、手紙は返してもらえるんだよね?」
 その返事に気をよくし、真太郎がこう言う。「よーしよし。よく言った。それができたら、ラブレターを返してやる。じゃ、早速行ってきな!」
 背中を押されるように言われた昭二は、鳥肌をびっしり立てつつ病院の戸を開けた。
 細い背中と、小さな懐中電灯の光が闇に消えていったとき、真太郎はこえらえきれず噴き出した。
「あー、面白え。相変わらずの弱虫だなあいつは。そんなんでよく、大島に告る勇気が出せたもんだ」
「言えてる。ほんと、あいつらしくない行動だよ。んで、お前さあ、もしもあいつが帰ってこれたなら、ラブレター返してやるのかい?」
「返すわけねーじゃん。あんな楽しいネタ、滅多に手に入らないぞ? 今回は肝試しだけど、次はどんなことして強請ってやろうか」
 ま、ほどほどにな、と道彦は肩をすくめた。
 そのときだった。
「ぎゃあああああああっ」
 何事かと、瞬時に二人は闇を覗く。耳を澄ますと、ばたばたと廊下を走り回る音が聞こえてきた。
「何やってんだあいつ」
「何だよもう、びっくりしたなあ・・・・・・。あいつあそこまで怖がりだったのか・・・・・・?」
 絶叫はなおも廃墟の中を伝わって、ここまで響いてきた。
 やだああああああ。
 こんなの嘘だああああ。
 死にたくない、死にたくないいいいい。
 だから行きたくないっていったんだああああ。
 来るなあ、こっち来るなあ! やだあああああああああああああ。
 やー、やあああー、許して、やだあああ。
(どたどたと階段を転げ落ちていくような音。かしゃんと軽い音を立てたのは、恐らく懐中電灯だろう。二人は目を丸くしてお互い顔を見合わせる)
 ひー、ひー、・・・・・・ぐえええええええええ。
 どうしよおおお、痛い、痛いよおお、あぎいいいいいいいいいいいい。
 許し、許じ・・・・・・はぎゃやあああああああああああああああああああああ。

「あいつ、ほんとに何してんの?」
「さあ・・・・・・? 相当怖い思いしてるんじゃね・・・・・・?」
「いくらなんでもこれじゃ大島もドン引きもんだろうに・・・・・・」
 仕方ねえなあと、真太郎はモバイル手帳を開いた。強引に学校で聞き出した番号をかけ、叫びっぱなしの昭二に電話をかける。
 しばらく呼出の状態が続き、時間は刻々と過ぎていった。道彦が戸に耳をつけ、様子をうかがっている。
「あー? 電話出ねえぞあいつ」と、真太郎が電話を耳から離した。
「静かになったな。耳を澄ますと着信音が聞こえてくるぞ」
「どっかで落としたかあ? 階段転げ落ちたみたいだしなあ」
「怪我してないといいなあ。・・・・・・してるかあ。イタイイタイ言ってたし。しょうがない、助けに行こうかシンちゃん」
「ほんっと、面白くねー野郎だなあ。がっかりだぜ」
 二人は病院の中へと入った。



 内部はひどい荒れ果てようだった。広いロビーは待合客のための椅子が雑然として横に転がっていたり、後ろに倒れたりしている。
 もともとは赤だったのだろう、色あせた肌色のソファーから黄色いスポンジ状の中身が露出しており、それは死体から飛び出る生々しい内臓を連想させた。
「雰囲気出てるなあ・・・・・・けっこう怖いぞ」と、道彦は言う。
「なかなか楽しいじゃねえか・・・・・・。けっ、そうこなくっちゃなあ・・・・・・」
 割れて落ちている蛍光灯の破片。先へ続くように散らばるA4の書類。廊下もまた、ひどい有様であった。しっかり足元を照らして歩かないと、昭二がひどい目にあったように、自分も転んでしまうに違いない。真太郎は気を引き締める。
 二人は階段を上がって、一般病棟へと足を踏み入れた。
「うーん? さっきから俺、電話かけてんだけどさあ、着信音、聞こえてこないよなあ・・・・・・?」
「そういえばずっと静かだなあ。あいつ、電源切ったのか?」
「世話が焼けるなあ! もう夜遅いし、とっととあいつ捜し出して帰ろうぜ!」
 真太郎は声を荒げた。怖気づこうとしている自分自身をしっかりさせたくて、そう大声をあげた。そろそろ彼も、真っ暗な病院を歩いていて性根が尽きかけているのだ。
 ベージュの壁。緑色のリノリウム。いかにも病院らしい、沈鬱な雰囲気漂う空間である。昼間に来ればよかったと真太郎は後悔した。
 こう、懐中電灯を照らさないと色が判別できないぐらい真っ暗な時に、わざわざやってくる必要はなかったのだ。先ほど奮い立たせたばかりの気力はどんどん、闇へと吸い取られていった。
「おーいコラぁ! 昭二! 泣き虫昭二ぃ! いい加減に出て来い! 隠れてねーで早く出て来い!」
 やけくそになって怒鳴り散らす真太郎の肩を、道彦がぐっとつかむ。「おい、あれ見ろよ!」
 突然肩を捕まれて息を呑んだ真太郎は、激高しかけて道彦を睨みつけた。「何だよいきなり! びっくりしたなあ!」
「あれ見ろって言ってんだろ! 廊下の先に懐中電灯が落ちてるぞ!」
 真太郎はそれを聞いて、まっすぐ指をさされたほうをぱっと振り返る。
 ・・・・・・だから、後ろで道彦がロープのようなもので突然首をぐるぐる巻かれ、つかまれて、音もなく廊下の天井へと吸い込まれていったことを知らない。
 よく目を凝らすと、確かに先のほうに、懐中電灯のつくる微細な点が見えるのだ。ようやく手がかりはひとつ見つかった。
「あれは昭二のか! じゃあ、あいつは近くにいるのか?」
 また一つ、真太郎は発見する。懐中電灯は彼に無言で示すよう、何者かの手首を照らしていた。それを見て、やっと真太郎は安堵の息をつくことができた。
「やっと見つけたぞこの弱虫がぁ! あーもう、おめーがそこまで根性無しだとは思わなかったぜ!」
 一気に廊下を駆けて、落ちている懐中電灯のもとへと向かう。ぱたぱたと自分が廊下を走る音を耳にし、どこか違和感を覚えた。だが、それよりも今は昭二である。
 無様に仰向けに倒れているのだろう、手の平を天井に向けている。今、昭二がどんな間抜け面をしているのかは、廊下が暗いためうかがい知れない。真太郎は、この情けない男を引っ張り上げて起こしてやるため、手を取った。
 自分の体重をしっかりかけて、よっこらしょ。
 ・・・・・・え?
 真太郎は、その感覚がまるで理解できなかった。
 なぜなら中学生男子の手を取って、ぐっと体を持ち上げるには、それなりの力加減というものが必要であるからだ。いくら昭二が小柄で華奢だとはいえ、腕一本だけで起こすことは難しい。だからこそ真太郎は足腰に力を入れ、ぐっとその手首を持ち上げた。
 ・・・・・・へ? ・・・・・・はぁ?
 それなのに。昭二の体は非常に軽かったのだ。学校帰りのカバンよりも、自転車を漕ぐときのハンドルよりも、ずっとずっと軽かった。先ほど拾い上げたコンクリート片と、ほとんど同じ重さであったのだ。
 意味が、わからない。
 だから、真太郎は昭二の体を懐中電灯で照らす。
 何もない。昭二の体はそこにない。あるはずのものがそこにない。明かりは何事もなかったかのように、緑色の廊下に光の玉を作っている。
 ますますわけがわからなくなって、今度は自分の持っている手首に明かりを向ける。
 真太郎の両目が、裂けたように大きく開いた。
 疑問はすぐに氷解する。彼は、昭二のちぎれた腕のみを持っていたのだ。
「ひぎっ・・・・・・! ぎゃああああああああああああああ!」
 彼は絶叫して腕を放った。べちんと、しっかりとした重量感の伝わる嫌な音が闇に響く。
「何だよ、何だよこれえええええ!」
 腰が抜けて、懐中電灯もがちゃんと落としてしまう。しりもちをついてから少し後ずさり、そこでようやくはっと気がついた。
 道彦が、いない。
 先ほどの違和感はこれだった。いつの間にか、足音が自分ひとりだけのものになっていたのだ。いったい、いつ、どこで、どんなときに、どんな風に道彦は消えてしまったのか。真太郎にはまったくわからない。
「道彦、道彦ぉおおおおおお!」
 真太郎は一人となってしまった。この明かりのない真っ暗な廃墟で、一人ぼっちとなってしまった。他の二人は闇の中へと消えてしまった。その事実がたまらなく辛かった。
 もしかしたら、生きては帰れないのかもしれない。
 不意にそんな考えが脳裏をよぎったためか、気丈で意地の悪い彼の両目から涙が溢れ出た。



 いくら廊下を走っても、階段を駆け下りても、なかなかロビーへと到達できない。すでに真太郎はパニックに陥っていた。
「くっそおお! 出口はどこなんだよおおおおおお!」
 彼らは見通しが甘かった。ここはかつて総合病院であった。内科や外科、産婦人科など主要な診療科に加え、双葉島ならではの研究区域まであった。建物自体も非常に広くて複雑で、ましてこのような夜中に入ってしまっては、抜け出せる保証などない。
 今、彼は自分がどこにいるのかもわからない。涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃに濡らしながら、真太郎はひたすら走り続けた。
 と、やがて思いがけないものを目にする。
「あ、明かり・・・・・・?」
 廊下の奥のほうに、光の漏れている部屋を発見したのだ。懐中電灯のつくるそれよりも頼もしい、くっきりと廊下に照らし出された優しい明かりは、怯えていた真太郎を安心させた。
「誰かいる・・・・・・! やった、よかった、奇跡だ・・・・・・」
 安心したとたん、急に腰から力が抜けていきそうになった。しかし、もう少しの辛抱である。真太郎はその部屋に向かい、最後の力を振り絞る。
 そしてついに、部屋の戸を開けた。数時間ぶりに強い光を浴びて、目がちかちかと痛む。それから眼球が落ち着きを取り戻し、部屋の光景を彼に届ける。
 天井からぶら下がっている、道彦の死体が彼を出迎えた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 心臓が爆発したかのように動き、真太郎は真後ろに卒倒しかけた。本棚に後頭部を強打し、分厚い本がばさばさと落ちてきた。
「道彦ぉ、道彦ぉおおおおおお!」
 ひどいものだった。首を何重にもロープで巻かれ、あっけなくへし折られている。柔らかな肉のチューブを紐で縛り、ぶらさげているに過ぎない。あまりにもきつく締め上げられているため、首はほとんど輪状につぶれており、そこを視点にしてぐにゃりと曲がっていた。
 その死に顔は、ふだん冷静な彼とは思えないぐらい恐怖に満ちた表情をしている。人間がここまで長く舌を露出させているのを、真太郎は見たことがあるはずもない。
 もう、彼はどうしたらいいのかわからない。自分も道彦や昭二のように、殺されてしまうのだろうか? どんな殺され方をされるのだろうか? 想像もつかない。
 そして足音は聞こえてきた。一定の間隔で、機械的なペースでそれはこちらに迫ってくる。静かに真太郎のもとへと接近しつつある。
 真太郎はがくがくと震えだす。謎に包まれた「四人目の人物」。もしかしたら、こいつが犯人なのかもしれないのだ。
 そして、ついにそいつは姿を見せた。病的な黒いドレス、黒い尻尾、黒い猫耳、頬にかかった大量の鮮血。
 その鋭利な赤い視線と目が合ったとき、彼は涙を大量に浮かべながら、薄く笑った。
 ああ・・・・・・こいつだったのか・・・・・・。学校で散々聞かされてきた、今一番話題になっている人物じゃないか・・・・・・。これなら納得だ・・・・・・もう仕方がないや・・・・・・。
 真太郎はもはや自分の死に関し、なんら疑問を持つことはなかった。
 終焉を迎えるときに抱くあのむなしさにも似た悲しみを抱きながら、真太郎は血塗れ仔猫が手元に黒い鞭を呼び寄せたのを見ていた。



 一般人の中学生が三人、行方不明になった。
 前の血塗れ仔猫の事件のこともあり、夜でも即座に学園は動いた。モバイル学生証は、学園生なら肌身離さず携帯するよう指示している。GPS機能を使って居場所を割り当てることから、捜索は始まった。
 モバイル学生証の電源を切っていても、非常時にはこうして探り当てることのできる仕様である。学生の管理は厳重に行っているのだ。
 調査の結果、三人のモバイル学生証はある一箇所に集中していることが判明し、誰もが驚きの声を上げる。そこは、廃墟となっているはずの西双葉総合病院であった。
 彼らが車で駆けつけたときには夜も更けており、あと数時間で明け方となる時刻であった。
 万が一の場合を想定して、異能力保持者で組成された学園関係者たちは、数百人規模の異例な厳戒態勢で病院跡へと潜入していった。
 GPSを駆使してようやく彼らのもとへたどり着いたとき、こう、報告のため表現するのも酷なぐらい、非常に凄惨な光景が彼らを待ち受けていた。
 廃墟であるこの病院は、ところどころの部屋や病室で、医療器具やベッド、書類など、それらが一箇所に固められ積み上げられ、長いこと放置されていた。
 それらと秩序や調和を保つように、彼らの遺体もまた、頭部、胴体、手足と細かく分けられ、ひとつの肉の山となって机の上に積まれていた。
 関係者の一人が壁を強く殴りつける。「くそぉ!」と怒鳴り、床に散乱している書物を蹴り飛ばした。
 ちくしょう、またあいつか! 血塗れ仔猫か! ラルヴァか! 子供を殺すラルヴァか! 人殺しを楽しむラルヴァかあ!
 呆然として立ち尽くしている彼らを、真太郎少年の生首は薄ら笑いを保ったまま、ぼんやり眺めていた。

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最終更新:2009年07月28日 00:44
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