【偽猫参り・惨】


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「ふたばぁあー」
「ファイ! オ! ファイ! オ!」
 用水路脇に男達の野太い声が響き渡る。
 普段は猫達が集まる猫場と呼ばれる静かな場所だが、夕暮れのひと時、講道館正統派柔道部のランニングコースと重なるのだ。
 講道館正統派柔道部、通称第一柔道部の部長二階堂悟郎は、このランニングコースを変えたいと常々思っていた。
 何せ自分が近寄っただけで猫達の警戒具合が尋常ではないのである。自分が一体何をしたと問いたいくらい、悟郎は猫に嫌われているのだ。
 しかし部室に近いため、柔道部は練習の前はここを走ることが伝統として決まっているので部長といえど個人の一存でどうにかできる問題ではない。武道とはとにかく伝統を重んじるものなのだ。
 そんな訳で、今日も猫の低い威嚇の唸り声が響くなか悟郎たちは走っていた。
「醒徒会より緊急告知です。学園内の運河にラルヴァが侵入しました。上陸も可能ということですので、付近の生徒はすぐに避難してください」
 そこに近くのスピーカーから、緊急放送が流れてきた。
(全く、叉武郎兄さんは何をやってるんだ)
 水中戦なら必ず魚類と合体変身する兄も出撃していたはずだ。逃がしてしまうとは情けない。
「聞いたな」
 不安そうな部員達に先んじて悟郎は声をかける。
「ここは危険だ。部室に戻るぞ」
 学園に籍を置く以上、ラルヴァに対する心構えは教えられるが実際に戦闘経験がある者は多くはない。
 そんな部員達にとって、戦闘経験のある悟郎の落ち着いた態度はとても頼もしいものだった。
 慌てる事も無く、部員達は冷静に来た道を引き返した。
 しかし部員達の行く手を遮るように水柱が立ち、その中から緑色の人影が現れた。
 前に長く突き出た顔、首の無い体つきと地につく長い尻尾、リザードマンと呼ばれる種類のラルヴァだ。
「デミヒューマンか丁度良い」
 手足があると言う事は柔道の技がかけられると言う事だ。
 悟郎も能力としては戦闘向きだが、不測の事態に瞬時に対応できるような便利な能力ではない。
 それでも彼は部員が逃げる時間を稼ぐため、ラルヴァに向かっていった。
「うらあぁぁ!」
 悟郎が構えると、リザードマンはそれに誘われ組み付いてきた。
 鰐特有の大きな口で噛み付こうと、上半身を左右に振って迫ってくる。
「おら、足元がお留守だぜ鰐野郎!」
 悟郎はその隙を見逃さず膝を基点にして、リザードマンの腰から上と下をひっくり返してやった。見事な腰車だった。
「受け身も無しにコンクリートに叩き付けられたんだ、ラルヴァと言っても堪えただろう!」
 しかし、柔道には他の柔術と違い当て身の技が無いので追い討ちをかけられない。
 怒ったリザードマンは、まだふらつく手で悟郎の足を掴み力任せに振り回される。
「ぐぅ!」
 胴着が破れたので、かろうじて逃げる事は出来たが、柔道家として単純な力に負けた自分が許せない。
(くそう、アローがいてくれたら……)
 悟郎は両親との相談の末、実家に置いてきてしまった愛犬を思い出した。そのせいで悟郎はこうも合体の相手に苦労しているのだ。
「部長、大丈夫ですか」
 数名の部員が戻ってきて、リザードマンの前に立ちはだかった。
「いや、いい。お前らは逃げろ」
 部長として、部員達を危険な目には合わせる訳にはいかない。
「俺達だって、戦えます」
 悟郎は部員達の目を見て、考えを改める。
 主将として自分が鍛えた部員達は、決してただ守るべき存在ではない。あれは覚悟を決めた男の目だ。
「わかった、じゃあ猫を捕まえてくれ」
「そんな……」
「わかりました、猫ですね」
 血気盛んな一年生を二年生が制する。
「ああ、頼む」 
 部員達は猫を捕まえに走っていった。
「待たせたな、ラルヴァ野郎」
 ふらつく足を気力で抑え、悟郎は構えた。
「グオォォォ」
 何とか立ち上がった悟郎にリザードマンが迫ってくる。
「やぇぇ!」
 その勢いを利用し、リザードマンの腕を掴んで引きずりながら倒れこむ。そしてその途中で蹴り上げた。やや変則的だが、巴投げである。
(早くしてくれ、長くは持たない)
 遠くへ投げて時間を稼いだものの、さっき振り回されたダメージは大きかった。
「部長!」
 部員が腕の中に暴れる猫を抱え戻ってきた。その引っかき傷に苦労を思わせる。
 悟郎は差し出された猫に手を伸ばして、触れた瞬間に思い切り叫んだ。
「合体変身!」
 辺りが光に包まれその中から、バイクが似合いそうな特撮ヒーローのスーツに似た姿が現れる。
「柔の技を見せてやる!」
 かろうじて引っかかっていた程度の胴着を破り捨てると、悟郎はリザードマンに向かっていった。
「ギシャァァアー」
 先程の投げを警戒してか、リザードマンは拳に時折尻尾での足払いを繰り出し牽制してくる。
 悟郎はそれを捌いて接近していった。
 犬好きの悟郎にとってあまり認めたくない事実だが、猫の柔軟さは柔道ととても相性が良かった。
「キャットクロー!」
 拳から突き出た爪が、ラルヴァの鱗に包まれた肌を切り裂く。
「グギャアァァ」
 リザードマンが苦しそうな声を上げる。いきなり柔道とは何の関係も無い攻撃だったが、かなり効いているようだ。
 分が悪いと判断したか、リザードマンが運河に向かって逃走を始めた。
「逃がすか!」
 悟郎は背を向けたリザードマンの尻尾を掴んむと、ジャイアントスイングの要領で振り回した。
「うおおおおーっ! 大・雪・山おろしーっ!」
 そして、完全に相手の足が浮いたところで、縦方向をひっくり返し放り投げる。
「グァァァ!」
 頭をおさえながら、リザードマンがのっそりと立ち上がる。
「まだ立ち上がるか」
 悟郎は運河を背に、リザードマンの正面に回り込んだ。
「グガアアァァァ!」
 退路を断たれたリザードマンは、ヤケになって突進してきた。
「真空! 地獄車!!」
 悟郎はそれを受け止め、巴投げの要領で回りながら何度も地面にリザードマンの頭を叩き付け、真上に投げ飛ばす。
 続けて自分も飛び上がり、リザードマンの体を掴みあげた。
「真空竜巻落とし!」
 そしてそのまま回転しながら勢いを付け地面に落下していく。
 激突の衝撃で河岸のコンクリートが崩れ、水しぶきが上がった。
「ゲ、グエェェェ」
 抜けるような断末魔を残し、リザードマンが爆発四散した。
「柔良く剛を制す!」
 気のせいかまともな柔道の技が無いような気がしないでもないが、とにかく勝った。
「部長」
 避難していた部員達が戻ってきた。
「おお、皆無事か」
「部長こそ大丈夫なんですか」
 さっき猫を持ってきてくれた部員が、心配そうに声をかけた。
「何心配するな。こんなの、いつも猫に引っかかれたのと変わらんよ」
 実際変身すれば、ある程度の傷は変身を解けば治ってしまうのだ。 
「それより部室から胴着を持ってきてくれないか? このままじゃ変身が解けない」
 変身後は全身スーツに身体を包まれているような感覚なので特に気になることは無いが、今悟郎は全裸である。
「わかりました胴着ですね」

「クロサワ、タマキチ、トラコ、ハチベー、無事だったか!?」
 駆けていった部員と入れ違いに、愛刀月陰と黒陽を携えた逢州等華が駆けて来た。
「情報ではリザードマンとの事だったが……貴様、何者だ?」
「お、俺は、にか……」
 悟郎は迷った。
 素直に能力の事を話してしまうべきか、しかし逢洲の猫好きはかなりの物だと聞いている。もし本当の事を言って猫を危険な目に合わせているとか言われたら敵わない。
「そうニカだ。選ばれた猫の戦士、ニカだ。リザードマンは私が倒した」
「で、どこの能力者か知らんが、クロサワを離せ」
 とっさに口からでまかせを並べてみたが、逢洲は冷たく一瞥しただけだった。
「ああ、いや、それは今はできない」
 繰り返し言うが、今変身を解けば全裸になってしまうからだ。
「何故だ? 何もやましい事が無ければ出来るはずだ」
 二振りの日本刀を構えた逢州の威圧感は、リザードマンの比ではない。
 悟郎は冗談抜きに、自分が勝てる未来が全く想像出来なかった。
「ええと、俺は二階堂悟郎。これは俺の能力で、クロサワに危険は無い。合体変身で傷付くのは俺だけで、猫には傷一つつかないんだ」
 結局悟郎は耐え切れずに全部話した。
「合体変身といったか。この間やけにタマキチがぐったりしていると思ったが、あれは貴様が原因だったのか!」
 逢洲が刀に手をかける。
「ち違う。あれはぐったりしてるんじゃなくて、うっとりしてるんだ。合体変身は結構気持ち良いものなんだって」
「合体!? 気持ち良い? …………破廉恥な」
 逢洲の顔が一瞬で茹で上がったように赤くなる。
「言いたいことはそれだけか?」
 逢洲は、月陰と黒陽を抜き放った。
「斬る!」
「え? いやちょ……待って……ぎゃあぁぁぁ」
 それ以来、この猫の集まる川原で柔道部の声を聞いた者は一人もいない。



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