【魔女と空 前編】


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【魔女と空】 前編


「空では一人で飛んで一人で死ぬ――それが魔女の誇りよ」
 そう言って天を睨みつける彼女は美しかった。
 だがそこに痛々しさを感じてしまったのは錯覚だったろうか?


 久世空太(くぜ そらた)の最も古い記憶は、父の肩の上で見上げた真っ白な飛行機の姿である。
 青い空に音もなく舞い上がっていく飛行機に手を差し伸ばし、いつか自分もあの場所へ――そう願っていた空太の手は今、夢を掴むことなくラルヴァを撃ち落とすべく突き出されていた。
 人差し指と中指を揃えて伸ばし、親指を立てる変則的な指鉄砲。その先から青白い閃光が放たれる。
 バババっと三連射。
 しかしどれもラルヴァの身体を掠めるだけで命中しない。
「下手くそっ! ちゃんと狙いなさいよ!」
「ならもっと機体を安定させてくれっ!」
 少女の罵声に負けじと叫び返す。
 機体と呼んだが今、空太が乗っているのは残念ながら飛行機ではない。
 少女の操る箒の上だ。
 ――魔女(ウィッチ)。多くの異能者を擁する双葉学園においても飛行能力者は少ない。そのなかでも特に異彩を放つのがこの魔女であった。
「おい、引き離されているぞ!」
「うるさいっ! アンタなんか載せてるからでしょう!」
 空太に叫び返すのは瀬野葉月(せの はづき)。魔女のなかでもトップクラスの才能をもつ少女だ。
 戦場は雲海。この高度とスピードは他の魔女達には到達できない境地だ。
 だが景色を楽しむ余裕など微塵もなく、敵を追う目は雲すら透かさんと追い続けている。
「障壁をもっと弱めてくれ! 光弾の軌道がずれる!」
「このスピードで弱めたらアンタ、ふっ飛ばされるわよ! そんなこともわかんないの!?」
 葉月の言うことはもっともだ。魔女が箒に跨るという行為によってひとつの結界のような力場を形成する。それがあるからこそ風圧など様々な問題を超えて高速で飛行出来ているのである。
「分かった。ならせめてもっと接近してくれ。これ以上射程を伸ばすと当たっても効きそうにない」
 叫びたいのを我慢して返す。冷静にならなければいけない時にはそうすることが出きるのが空太という人間であった。
「私一人だったらあんな奴すぐにでも落とせるのに!」
 そして一見クールに見えて激しやすいのが葉月という少女である。
「無茶言うなよ。とにかく、もう一度接近しよう。奴の頭の向きを見逃すなよ」
「そっちこそ次は当ててよね!」
 葉月の言葉とともに箒ごと前傾する。空太は葉月の腰にまわした腕に力をこめる。最初に感じた少女のぬくもりにドキドキするような余裕はもうない。
 二人を乗せた箒がさらに加速した。



 久世空太が異能に目覚めてから二年ほどになる。
 そのパラノーマルアビリティは光撃(こうげき)と呼ばれるタイプのもので、物理的な破壊力を持った光線を発するという能力であった。
 空太は主に指先から光を発し、それを誘導するようなことは出来なかったが高い破壊力と速射能力を持っている。
 そして適正があったのだろう、初めて発現した時から驚くべき早さでその異能を使いこなしていった。
 生身で重火器並みの破壊力を持ち、発動に難しい条件をもたず、ほとんどのラルヴァに効果を発揮するということで、この異能持ちは実戦では重宝されている。空太が短期間で多くの経験を積んできたのもそのためだ。
 それはすなわち、一人の少年がいやがおうにも戦士として生きていくことが定められたという事である。
 いつか、空に駆け上がる日がくる。そう願い、そのための努力もしてきた。
 それがほんの少し日常から外れた瞬間に指先から零れ落ちてしまった。
 ラルヴァの危険性はよく知っている。実際に戦いの場に身をおくようになり、それと戦う者の存在が人の世界に必要だということも分かる。
 だからこそ双葉学園でのカリキュラムも真剣に受け、己を鍛えることを厭わなかった。
 戦うことが嫌なわけでもない。ラルヴァに襲われた一般人を助けたことも何度もあるし、共に戦う仲間達のことも大切だと思っている。
 それでも。
「ちくしょう、いい天気だなぁ」
 放課後の暇な時間、こうして空を見上げることが多くなった。
 かつてはそこに自らがいることを疑わなかった場所。
 今は遠くにあって羨望のまなざしを向けるところ。
 初恋のようなものだ。決して想いが叶うことはなく、年を重ねるごとに振り返っては懐かしさを確かめるもの。
 そんな風に自嘲して諦めている自分がいる。
 もう自分は出来る事としなければいけない事を知っている。夢を好きだという気持ちだけで求めてはいられなかった。
「あ……」
 見上げた空に光が見えた。
 複数の光。青や赤。金色に緑色などさまざまな光がいくつも青い空に舞っている。
 それは明らかに航空機の動きとは違った軌跡を描いていた。
 「魔女、か」
 ――魔女(ウィッチ)。
 パラノーマルアビリティとしては特定のアイテムを使用することで発揮される異能とされるが、彼女達は自らを誇りをこめて魔女と呼ぶ。
 そう。彼女らはまさに魔女の名の通り、箒に跨って空を飛ぶのだ。
 魔女といっても異能としてはあくまで空を飛ぶだけだ。怪しげな魔法や薬を使ったりはしない。
 とはいえその能力は非常に有用であった。
 実戦では主に偵察や輸送要員として活用されているが、飛行型ラルヴァに対して対応可能な異能としても高い評価を得ている。
 何しろ新幹線に並走できる速度を持ち、ヘリコプターよりも高い運動性でどこにでも離着陸ができるのだ。ただ飛ぶだけなどとバカにする者はいない。
 今空太が見ているのはまだレベルが低い魔女達なのだろう。どれも動きが頼りない。
 魔女達がいう「魔力」が粒子となって光を放って尾を引き、空に軌跡を描いている。その色がさまざまなのは個人差なのだろうか。
「いいよな」
 ぽつりと言葉がでた。
 空を自由に飛ぶというのは多くの人間が抱く幻想だ。それを実際にやってのける者がいるとなればうらやむのも当然だろう。
「一人だけ動きが違うな。あれが教官か?」
 見上げる先にはひときわ目立つ赤い光。他の魔女達よりも高く、速く宙を舞っていた。
 他の魔女はそれを追うように飛んでいるがまるで追いつけていない。
「青いの動きは安定してるがえらく遅いな。緑は妙にふらついてるし、紫はなんかおっかなびっくりだし金色はビリヤードの玉じゃないんだからそんなに直角に曲がらんでも」
 自分が初めてパラグライダーで飛んだ時を思い出しながら好き勝手に批評を続ける。
 編隊飛行もままならず、まるでカルガモの親子の行進のようにヨタヨタと空を飛ぶ魔女達は、幻想的ではあったが笑いを誘うものがあった。
 ひょっとすると、いつかその後ろに乗らせてもらう機会があるかもしれない。
 そんな空想を携帯の着信音が吹き飛ばした。
「──非常召集」
 学園の多くの異能者達はまだ訓練生といったレベルでそうそう実戦に赴くことはない。出かけてもせいぜいバックアップとして現場の空気を知るための経験値稼ぎといったところだ。しかし空太はすでに前線で戦う戦士として派遣されるレベルに達していた。
 その空太が召集されたということは間違いなくすぐさま実戦に投入されるということだ。
 空太は携帯をしまうと指定された集合場所へ向かって駆け出した。
 一度振り返って魔女達を見上げてみるが、着陸したのか空にはその輝きは見られなかった。


 集合場所に集まった面子は自分を含めて五名。どれも知った顔だった。そのなかでも三島大地(みしま だいち)という少年は何度もチームを組んだことがある馴染みの顔だった。
「よう久世。お前がいなきゃハーレムだったんだがなぁ」
 と開口一番におどける大地。他の三名の少女達も召集されたというのに慣れたものかその様子に笑いを浮かべる余裕すらあった。
「それにしても射撃系ばっかだな」
 自分の光撃をはじめとして大地の雷球、他の三人も霊弓や神銃の使い手だ。共通しているのは射撃系、しかも実弾を必要としないものだ。──つまり。
「軽量装備でなおかつ遠距離ってことは、よっぽど足場の悪いところで戦うってことか」
 夜の農道を走る軽トラックの荷台の上で戦ったことを思い出す。
「わたし、建設中のビルの上で戦ったことあるよ」
「あたしはモーターボートの上」
「お前らはまだいいって、俺なんかヘリコプターからつり下げられた状態で戦わされたぞ」
「私はバイクの後ろですね」
 などと自らの経験を笑いまじりで語り合う。良い意味で力の抜けた面々であった。
「おっと、お出迎えよ」
 そう待つ事なく、その場に迎えのバンが到着した。運転しているのは組織の職員だ。
「お願いします」
 ひと声かけて乗り込む。運転手はこれから埠頭へ向かい、他のスタッフと合流すると言う。
「やっぱり船の上かなぁ」
 そうごちる少女だが、あらためて運転手に質問したりはしない。教えてくれるなら最初から言うものだと知っているからだ。
「ちょっと三島、あんまりくっつかないでよね」
「安心しろ。俺はバストサイズが85以下の女には興味がない」
「死ねっ」
「女の敵ね」
「あの、近くに寄らないでください」
 齢相応のじゃれあいに空太も苦笑する。これから向かうのは死地であるが、張りつめた状態では気力が続かないと誰もが分かっているのだ。
 頼もしい仲間に安心しつつ、どういった敵とどのような状況で戦うことになり、どう対応するのが良いかとシミュレートを始める。異能とはいっても万能ではないし、一人で出来ることなどたかがしれている。
 力を合わせないと生き残れない。それを経験から学び、常に考えるようになっていた。またそれが出来る才能が空太の評価を高め、こうして頻繁に呼び出されることになっていた。
(どうせならもっと別の方面で才能が欲しかったけどな)
 そう心の中で愚痴をこぼしてみても、身体に染み付いた戦士としての本能は、これからの戦いにむけて備えることをやめはしなかった。


 やがてバンは埠頭に到着し、その一角で空太達五人を降ろして去っていった。
「ねえ、あれって」
「うん、……だねぇ」
 そこには十数人の大人達と数人の少年少女達が作業をしていた。テントはすでに組立てられ、仮設指揮所らしきものができあがりつつある。
 そしてそれを脇に立って眺めている数名の女生徒。──魔女達がいた。
「魔女か……」
 六名の魔女。魔女だと分かるのはその格好だ。いかにも魔女らしい黒い三角帽子とマントを身につけ、手には帚を持ってる。
 ただ魔女達のほとんどがジャージを着ていることがユーモラスであった。
「あ、ひょっとしてさっき飛んでいた連中か?」
 確かにこちらが車で移動する時間があれば、空を飛んで先に到着していてもおかしくはない。
 魔女のうちの一人が空太達の方を向き、声をかけてくる。
「よく来てくれた。私が今回の責任者である柊キリエだ。よろしく頼む」
 そう名乗った女性は堅い口調でそう言った。
 背が高い。180センチはあるだろう、この場の誰よりも長身である。髪はベリーショート。銀髪で目は青い。柊と名乗ったがどう見ても日本人ではない。その眼鏡の奥の眼光にはつい姿勢を正して敬礼すらしてしまいそうな迫力があった。
「そう硬くならなくていい。こう見えても私もまだ学生で君達とそう齢も違わない。療養中なため今日は直接参加はせずに指揮だけをとる」
 見ればマントの下はブレザーである。そして包帯を巻いた右腕を吊り、帚の代わりにアルミ製の杖を付いている。足にも包帯が巻かれていた。
「久世です。こちらこそ宜しく。知っていると思いますがこちらの五名は顔見知りで、バラバラですが何度か一緒に討伐に参加しています」
 どうやら相当の手練であるらしいキリエに空太が代表して声をかける。
「ああ知っている。今回のメンバーはきちんと吟味したうえでの人選だ。紹介しておこう、うちの後輩達だ」
 キリエに促されて後ろの魔女達が頭をさげる。
 ジャージ姿の四人は見るからに緊張しているが、一人だけ制服の少女は不機嫌そうに顔をそらしていた。
「先に言っておく。魔女と射撃系異能者の組み合わせで分かる通り、キミ達には空中戦をやってもらう」
 キリエは全員を一瞥するとそう言い放った。


 それぞれ簡単な自己紹介の後、ブリーフィングが行われる。テントの下の仮設指揮所でキリエから概要が説明された。
 討伐対象は『コルウス』。そう分類されるラルヴァだ。ラテン語でカラスを意味する。
 名前の通りカラスに似た外見で、広げた翼の先から先まで二メートル前後の大きさ。巨大化して凶暴になったカラスといったところだ。事実本物のカラスがラルヴァ化したとの説もある。そして厄介なことにカラス同様に知能も高く群れを作る。
 通常の武器での殺傷は可能だが、かなりの高高度と長距離の飛行ができ取り逃がすことも多いという。
「そのコルウスの群れが現在双葉区に向けて飛行中だ」
「なんで学園に?」
「そういえば最近学園内でもちょくちょく出現してますね……」
「学園は海からの霊脈の流れの上にありますから。海の方角からの妖魔の類いはそれに沿って東京方面に向かうという説もあります。それこそが学園がここに建設された理由だとも聞きますね」
「その辺に関してはこの際おいておく。確認されている群れは50羽ほどのもので、海上のこの付近の上空を移動していると予想される」
 ディスプレイ上のマップを指差して言う。かなり曖昧だ。
「今は追跡していないんですか?」
「あの、先輩達や防空隊の仕事じゃないんですか?」
 空太の質問を遮って魔女の一人が問う。聞けば誰もまだ実戦に参加したことがないという。動揺するのも当然であろう。
「他の魔女と防空隊は別任務で出動中だ。その警戒範囲にコルウスどもがひっかかったというわけだ。向こうは手一杯でこちらに割ける人員はない」
「そんな……」
 双葉区外縁部の空港区画には防空隊の秘密基地がある。そこには人を乗せて飛べるほどの式神を使う高位の術者や、小型のジェット戦闘機まで配備されているという噂だ。それらが出動しているという任務が気になるところではあるが……。
「心配するな。この程度の任務はこれくらいの戦力で十分だ」
「ああ、簡単な任務で経験値を稼がせようということですね」
「そんなところだ」
 空太がキリエのフォローをする。手が足りていないというのが事実であろう。キリエの言葉も正しいが本来ならば経験を積んだ上級生が同行するべきだ。それが出来ないほど防空隊の任務が大変だということだが、不安をあおっても仕方が無い。
「役割についてだが魔女はそのまま魔女、射撃系異能者はガンナーと呼ぶ。二人ひと組でコールサインはレッド、ブルー、グリーン、ゴールド、パープルだ」
「そのままですね」
 招集前に見ていた魔女達の魂源力の色のことだろう。
「分かり易いだろう? 咄嗟に名前が出てこないことを考慮してだ。組み合わせはこうだ」
 空太の相方はレッド。あの一人だけ抜きん出ていた飛び方をしていた魔女だ。どうやら教官だと思ったのは勘違いだったようだ。
「じゃあよろしくね。金色かぁ。キラキラしてていいよね」
 さっそくガンナー役の面々は気さくに話しかけ、緊張をほぐそうと努めている。
「ということでよろしくなウィッチブルー」
「……へんなところ触ったらふり落とします」
「心配ない。俺はバストサイズが85以下の女には興味がない」
「死ねっ」
「女の敵ね」
「あの、近くに寄らないでください」
「おふざけもいいが最後まで聞け。今回のチームリーダーだが、久世。お前だ」
「はい」
「ちょっと待って下さい! なんでこいつなんです!?」
 一人の魔女が叫ぶ。レッドである。
 ジャージではなく制服を着た少女で、他の魔女と違って緊張もしていなければ怯えてもいなかった。
 自己紹介では瀬野葉月(せの はづき)と名乗った。
 女性にしては背が高くスタイルもいい。さきほどは大地が「巨乳」と呟いて他の少女達から足を踏まれたほどだ。艶やかな黒髪は背中まで伸び、マントの漆黒にとけ込んで、きつい目元は少女を大人びて見せて可愛さなど微塵もなくまさしく美人と呼ぶべきであった。
 そんな美人が不機嫌さを隠しもせずにこいつ呼ばわりするのだから、空太でなくとも鼻白むだろう。
「適任だからだ」
 しかしキリエは冷ややかに切って捨てる。
「各自の能力を把握しての配役だ。聞く耳もたん」
「でも……」
 なおも食い下がろうとするがキリエの一瞥で口を閉ざす。
「久世は戦闘経験豊富で戦闘能力も高い、しかも何度かチームを率いての任務を成功させている。それをふまえての配役だ」
「……はい」
 納得したわけではないだろうがそれ以上の抗弁はない。
「では、装備課の者から装備を受け取って装着。通信機もいつものやつと違うから操作確認を忘れるな」
「はい」
 ガンナー達は背筋を伸ばして返事をし、魔女達はそれを見て慌ててならう。軍隊ではないので敬礼はない。
「それと久世には話がある、残れ」
 他の者がテントから出て行く。装備といっても魔女と異能による射撃能力持ちなのですぐに済むだろう。
「なんでしょう?」
「ふん」
 キリエは空太が落ち着いているのに笑みを浮かべる。この年頃では葉月の態度に怒りをおぼえてもおかしくはないはずだ。
「怒ってはいないんだな」
「ええ。まあ初陣で腕に自信がある奴ってあんなところだと思うので。萎縮するよりはましかと」
「そうか。……瀬野は、な。あれは天才だ」
「天才、ですか」
 魔女の天才というのもぴんとこない。
「帚で飛ぶことに関しては本物の『魔女』にも匹敵する。いずれ私よりも上をいくだろう」
 どこか嬉しそうなキリエ。自由に空を飛び、そしてその才能がある。それはさすがに空太の心に棘を刺した。
「あれは誰よりも速く誰よりも高く飛ぶ。だがな、空は一人では飛ぶものじゃない。あいつをフォローしてやってくれ」
「それは、分かるような気がします。でも、なんで俺に?」
「そこで分かると言える奴がどれ程いるか……お前の経歴は調べさせてもらった。空を目指しているお前だからこそ分かると言える。だからだよ」
 ニヤリと不敵に笑う。美人であるからこそ迫力がある。
「調べたって……」
「あの面子は以前から選別を進めていたということだ。魔女は空を飛ぶことには優れていても、戦うことに特化した異能ではない。せいぜい障壁でコルウスをはじき飛ばす程度が関の山だ」
 なるほどと納得する。本来ならばもう少し先で顔合わせや訓練があったのだろうが、状況がそれを前倒しにしてしまったということだ。
「今回のことはいいきっかけとしたい。いきなりですまないが上手くやってくれ」
「分かりました。最善を尽くします」
「いい返事だ。リーダーに向いているなキミは」
「文句を言って状況が良くなるならいくらでもゴネますけどね。ああでもひとつ。目指しているっていうの間違いですよ。さすがにもうやめました」
「ふん」
 再びあの不敵な笑み。
「それは違うな。キミに諦めることはできはしない。キミもまた魔女と同じく空に魅入られている。キミは必ず空を目指す」
「それは女のカンですか?」
 キリエの青い目から逃げるように背を向ける。
「いいや──魔女としての言葉さ」
「……準備してきます」
 空太は逃げるようにテントから離れた。


 出発前の準備が始まっていた。
 装備課の人間が通信機や端末をメンバーに装着し、その操作説明を行っている。
「あれ、遠野?」
 葉月に通信機の操作説明をしていたのはクラスメイトの遠野彼方であった。彼方は異能者ではないし装備課の人間でもない。
「や、おつかれ」
 といつものお気楽な笑顔を浮かべる彼方。場の緊張感にまったくそぐわない。
「いや、お使いで来たら手伝わされちゃって」
「いつもそんなだな。で? お使いって?」
 あちこちをフラフラ歩いているせいでいいように使い走りを頼まれている友人に苦笑する。
「うん、やっちゃんからの伝言だけど聞く?」
 やっちゃんというのは知り合いの予知能力者のあだ名だった。それほど優れた能力者ではなく、的中率も曖昧、予言内容も曖昧といったところだが何かと空太に良くしてくれている。
 予知能力は予言を聞くことによってその予知通りの結果を招いてしまう危惧があるため、当事者に伝える際には細心の注意が必要とされる。彼方を経由して伝えようとするのは事前に選択させようという意図からだろう。
「ああ、聞かせてくれ」
 やっちゃんの予知は役に立つことはあまりないが心配してくれる心遣いは無駄にはしたくない。
「うん、『落下注意』、だって」
「……そうか、憶えとく」
 やっちやんの予言はいつもこんな感じだ。頭上注意とか足元注意、前回は『車に気をつけてね』だった。当たったことは当たっていたが予知というより心配するお母さんの言葉としか思えない。
「あ、そうそう。グリカラの割引券を貰ったんだよね。今日は無理だろうけど今度行こうよ」
 大人数が一度に入れる大部屋のあるカラオケ屋のことだ。部屋の使用料だけでなくドリンクも食事も半額だよと笑う彼方。あちこちでお使いを頼まれているがしっかりそのお駄賃は頂いているようだ。
「おう、また今度な」
 じゃあね、と言って、てくてくと去っていく彼方。
「どうした?」
 キリオに何やら話しかけている彼方を、睨み付けるように見ている葉月の様子に気が付いた。
「どうしたって、なにあれ? これから飛ぶっていう奴に『落下注意』なんて言う?」
「いや、やっちゃんっていうのは予知能力者でさ、討伐に行く時はああいうの教えてくれるんだよ」
「……人ごとだと思って。がんばれの一言も言えないなんて」
「あー……」
 えらくイラついてるなぁと頭をかく。
「あいつはあれで普通なんだよ。いつもがんばってる奴にはがんばれとか言わない。必要なら無理も無茶もするし、怪我よりも優先すべきことがあればする。だから気をつけろとも言わないってだけさ」
 なにそれと皮肉めいた笑みをうかべる葉月。
「男の友情ってやつ? 僕ら分かってますなんての?」
「がんばれ、気をつけてねって言われて俺の不安が消えるんならそう言うだろうさ。別に男の友情とかどうかじゃなくて普通だろ?」
 そこまで言って葉月の態度は実は不安からくるのではないか、と思いついた。そういえばこいつも初陣なんだっけ。
「ま、チームがきちんと機能してればそう危険はないさ。せいぜい慣れない俺達が箒から振り落とされるくらいだろ」
 おどけて言った空太の言葉に葉月の顔から表情が消える。
「チーム? 冗談でしょ。仲良しごっこで空は飛べないわ」
「おい」
 葉月は空太から顔をそらして空を見上げた。
「憶えておきなさい」
 その表情と冷たい声に空太は言葉を失った。
「空では一人で飛んで一人で死ぬ――それが魔女の誇りよ」
 そう言って天を睨みつける彼女は美しかった。
 だがそこに痛々しさを感じてしまったのは錯覚だったろうか?


 葉月を先頭に、上から見下ろして五芒星を描くように立つ魔女達。相方のガンナーがそれぞれその脇で飛行準備を待つ。
 初めて目の当たりにする魔女の飛行。しかもそれに同乗するのだ。それに注目するのは当然だ。
 葉月は空太の視線を強く感じながらも落ち着いて準備を始める。
 個人ごとに持つ始動キーとなる呪文を唱え、横向きに持った帚を宙で手放す。それは地に落ちずにその場に留まった。うっすらと赤色の魔力の輝きが灯る。
 すらりとした脚をあげその帚に跨がる。スパッツを履いているので見られても大丈夫。スカートとマントの裾に気をつけてランディングポジションに座る。
 魔力──学園が言うところの魂源力を巡らせる。
 身体に馴染んだその位置。自分があるべき居場所におさまった安心感。どこまでも飛べるし誰よりも高く速く飛べるという自信が溢れる。
 ただひとつの不満はその後ろに他人を乗せなければならないことだ。
「いいわよ」
「ああ」
 空太の感覚は、葉月が帚に跨がった瞬間にその周辺が不可視の力場に包まれたのを感じていた。事前の説明では魔女はこの力場そのもので飛ぶということだ。
 緊張して帚に跨がる。種類までは分からないが木製の柄に尻を乗せる。
「おお?」
 かすかに下がったものの、帚は空太の体重をなんなく受け入れた。鉄棒に跨がって遊んだあの頃のように必死でバランスを取る必要があるかと身構えていたが、頼りない棒にしか見えない柄はしっかりと空太を支えている。その感覚はバイクに近いだろうか。
「思ったよりずっと安定しているんだな」
 それどころか下手な作りの椅子などよりも座り心地が良い。
「いいからもっと前に詰めて。バランスが悪い」
 不機嫌さを隠さない葉月だが、空太はそれに腹を立てる余裕もなく素直に従う。
「腕はここに。変なとこ触ったら許さないから」
「わかった」
 葉月に身を寄せ、両腕を腰にまわす。友人のバイクでタンデムするのと同じだ。
 とはいえ触れているのは男ではなく少女の柔らかい身体である。マント越しとはいえ温もりはしっかりと伝わるし、その髪からは良い匂いがする。しかも大地が賞賛したように葉月は巨乳である。ちょっと腕を動かすだけでその弾力を確かめることになりそうだ。
「……むう」
 いかんいかんと雑念を払う。ここで迂闊に少年らしい生理現象を発生させてしまっては二度と乗せてもらえないばかりか、この場にいる少女達全員に袋叩きにされかねない。
 そういえば同じ男の大地はどうしているだろうかと振り返ってみれば、涼しい顔で年下の魔女に抱きついている。ハズトサイズ85以下には興味ないというのは本当だった。
「いい? 安定するようになっているから少しぐらい手を離しても平気だから。でもスピード上げている時は片手だけでも掴まっていること。聞いてるの?」
「あ、ああ。聞いてる」
 こほんとひとつ咳払い。フライト前だ、バカやってないで切り替えろと自分を叱咤する。
「言っておくけど勝手に落ちても助けないからね」
「無茶言うな」
 改めてお尻の位置を確認。両足を浮かせてみたが帚は安定している。バイクのように足を乗せるステップがあるわけではない。しかし不思議と両足で踏ん張っているような感覚がある。馬具でいうところの鐙があるかのようだ。
「準備はいい? それじゃあいくわよ」
「オッケー、皆いいな? とりあえず慣れるところから始めよう。20メートルほどまで上昇してくれ」
 空太の言葉に後ろから返事が返る。流石にどれも緊張しているのが分かる。
 葉月は帚に魔力を送る。バイクのようにアクセルを開けるのとは違う。そっと促すように合図を送るのだ。
「おお」
 帚の反応は素直だ。ふわりと30センチほど浮かび上がり、空太が転げ落ちていないのを確認したかのように少し間をおいてから上昇を始める。
 周囲から悲鳴と歓声があがる。葉月の帚に続いて他の魔女達の帚も舞い上がった。
「凄いな、これが魔女の帚か……」
 感覚はエレベーターの上昇に近い。上から吊り上げられるという感じはなかった。
「こんなの飛んでいるうちにはいらないわよ」
 そう言う葉月だが、その表情は先ほどより柔らかい。地から足が離れてしまえば魔女の独断場だ。後ろの荷物への不満も少しは和らぐというものだ。
「はい、これで20メートルよ。どう? 初飛行の感想は?」
 高度計があるわけではない。ただ魔女には分かるということらしい。
「スゲぇとしか言えない……正直これは体験してみなけりゃ分からないな」
 下を見ればこちらを見上げる人々の顔。その中でひらひらと手を振る彼方がおかしい。こちらも手を振ってやろうかとも思ったが、彼方がキリエに頭をこづかれているのを見てやめた。
「よし。それじゃあ、ゆっくりと螺旋機動で上昇してくれ。ガンナーはいまのうちに慣れておこう」
 落ち着いた声で指示を出しながらも、空太は初めて乗る魔女の帚に高揚していた。
 これまで体験してきたものとはどれも違う方法での飛行。興奮しないわけがない。
「各魔女はゆっくりでいいからピッチとロールに変化つけてみてくれ。ガンナーはおのおの身体で憶えること」
『ピッチトロールってなんだよ?』
「あー、すまん。前後左右の傾きってことで理解してくれ」
 常識だと思っていた言葉が通じない。そんなにマニアックな言葉でもないんだがなぁと首をひねる。
「とにかく揺さぶってみてどのくらいなら大丈夫か確認頼む」
『了解』
「ふーん、アンタ妙なことに詳しいのね」
「詳しいっていうか、うわっ」
 二人を乗せた帚が突然大きく右に傾いたかと思うとそのまま反転。視界が逆さまになる。
「で、どう? 身体で憶えた?」
 背面飛行のままで葉月。三角帽子が落ちないことはいまさら追求する気にもならない。
「なんならこのままループしてもいいけど?」
『は、葉月ちゃーん』
 心配して他の魔女から通信が入る。
「空中戦やろうっていうんだからこれぐらいは慣れてもらわなきゃ」
『で、でも……』
「いや、いい。意外と落ちたりしないもんなんだな」
 帚の柄を太ももで必死に挟み込み、葉月の腰にまわした腕には力が入っているものの、空太は平然と答えた。不思議な力が作用しているのか、落下する気配はない。
「……お尻を帚から外したら落ちるわよ」
 くるりと反転。元に戻して葉月がこぼす。思ったほど空太が動揺しなかったのが気に入らないようだ。
「もう少し手荒くしてもいいから色々やってみてくれ」
「……そう」
「くっ」
 次の瞬間、他の魔女達の帚を置いてきぼりにして急加速。
 ジクザク飛行に急激なターン。急上昇(クライム)からストールターンで倒立姿勢に入り、一気に急降下(ダイブ)。
 他の魔女すら震え上がるようなアクロバット飛行が繰り広げられる。
「うわぁ、あの女絶対サドだな」
「……ちなみに私達にあれをやれと言われても無理ですから」
「いや、絶対に言わないから」
「こっちはこちでやってきましょ」
「そうね」
「でも大丈夫なの?」
「大丈夫だろ、たぶん。久世はきっとマゾだから」
『誰がマゾだ誰が』
 通信機から聞こえる空太の声は落ち着いていた。いやむしろどこか楽しそうですらある。
『……プガチョフ・コブラを体験できるとは思わなかったな。そうか翼断面とか関係ないから揚力が……』
「おーい、久世くーん?」
 空太が飛行機好きとというのは大地しか知らない。よって今の空太の様子はただ気味が悪くうつるだけだった。
『いつまでも遊んでいるんじゃあない』
 唐突にキリエから通信が入る。
『早く次のステップへ移れ。偵察班がコルウスどもを見つける前に終わらせろ』
「了解」
 流石にはしゃぎ過ぎたかと反省する。まだここは地上から見える距離だ。
「じゃあ皆のところへ戻ってくれ」
「……分かったわよ」
 震えて泣き言を言うかと思っていたが、悲鳴どころか嬉しそうな声まで出されてしまうとは完全に予想外だった。なんなのこいつ? と疑問を深めながらも、見事なインメルマンターンを見せて他の魔女達と帚を並べる。
「楽しそうだったなおい」
「いや、そうか? でも魔女って凄いんだな」
 大地のからかいにも気付かずに素直に答える。キリエの静止がなければずっと続けていそうであった。
「おかげで色々分かった。問題点もある」
「問題点?」
 ああ、とうなずいて、空太はこれは結構厄介だぞと言った。


「まずガンナーの異能について説明した方がいいな」
 縦列飛行の先頭で空太が解説を始める。
「俺達の異能は大雑把に言うと光線を撃つってやつだ」
「うわ。ぶっちゃけ過ぎだよそれ」
 ガンナー達の抗議の声は無視する。
「それぞれ射程や威力、連射力なんかは色々だけど、弾丸を必要としないという点で基本は同じだ」
 ひとくちに射撃系異能といっても様々だ。実際に弓矢や銃を使用する者もいれば空太達のように何も持たずに発現させる者もいる。今回のメンバーは全員荷物となる銃弾を必要としない者ばかりが選出されていた。当然帚に乗る為である。
「実際に見てもらう方が早いな」
 そう言って空太は右手を横に伸ばす。人差し指と中指を揃えて伸ばし、親指を立てる変則的な指鉄砲。
 精神のセーフティを外して魂源力を励起する。この感覚を言葉にして説明するのは難しい。散々訓練をしてきて身体に染み込んだ行為だ。もう無意識で一連の動作ができる。そして精神のトリガーをひく。
 シャっと空気を灼いて青白い光が解き放たれる。一瞬空中に青いラインが描かれた。
 銃火器のような銃声もなければ反動もない。そして威力や射程はそれに匹敵する。味方とすれば便利このうえのない異能であり、同時に敵に使用されたり悪用されるとなると非常にやっかいな能力であった。
「ま、こんな感じで。漫画と違ってビシューンとか派手な音はしないけどな」
 感嘆の声をあげる魔女達に苦笑が浮かぶ。凄いのはお互い様だろう。
「じゃあ次に三島……ガンナーブルー、小さい奴頼む」
「おっしゃ」
 大地も空太のように腕を伸ばす。広げた手のひらを上に向けて魂源力を励起。するとジジジと空気を灼いて野球のボールほどの球が発生する。青白く輝く球体の表面からはときおり小さな放電が枝を伸ばす。雷球だ。
 ひょいとそれを放り上げると、雷球は宙に浮かびあがり大地らを乗せた帚の周囲をくるくると回り始めた。
「わあ」
「シューティングゲームのオプションみたいだろ?」
 と自慢げな大地。もっと力を込めれば大きく出来るし、数も増やせると語る。
「ガンナーブルーの異能は自在に操れることが特徴だな。射程は短いが攻撃にも防御にも使える」
 空太に促されて雷球がまっすぐ飛んでいく。続いての指示で他三名のガンナーの手から放たれた矢や弾がそれを撃ち抜いた。この辺は慣れたもので見事に統制がとれている。
 ポンと弾けた雷球はまるで花火のよう。魔女達から溜め息がもれる。
「それじゃあ順番に三発ずつ発射。おおよそでいいから射程と連射間隔を憶えてくれ」
 空太からそれぞれ三連射。わずかな時間だが、魔女とは違った輝きが空を飾った。
「今ので分かったと思うけど、俺達のは基本的に撃ちっぱなしだ」
 なにかしらの物体に当たるか、射程距離まで飛ぶと拡散する。異能者によっては撃ちだした光線を曲げてみせたり、ミサイルのように自動追尾させられる者もいると説明する。
「つまり目標に向かってまっすぐ発射しなければいけないんだが、ここで問題がある。──魔女が飛ぶ時の障壁だ」
 いったん言葉を切って全員の顔を見回す。
「魔女は力場を形成して浮いているだろ? スピードをあげればそれだけ前面に力場が収束されて障壁となって風の抵抗から自身を守るようになっている。ウインドシールドってやつだな。飛ぶだけならいいが、これはガンナーの攻撃と干渉する」
 先ほどのアクロバット飛行での体感だ。ゆっくりと浮かんでいるだけならば気付かなかったであろう。詳しい理屈までは分からないが、空太は感覚でそれを理解していた。
「スピードをあげれば当然そうなるわ。まさかわざとゆっくり飛べ、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「場合によっては、な」
 剣呑な葉月の声にもひるむ事無く、身振り手振りをまじえて説明を始める。
「目標に対してまっすぐ飛んではダメだ。常に斜めか平行に位置をとるようにしてくれ。もちろん都合良くいかないだろうから、その時は無理しないこと。互いの位置と射角を把握して、ひとつの目標にこだわらずに自分の受け持つ範囲に集中してくれ」
 葉月を除く四人の魔女で編隊を組ませ、それぞれをフォローし合える陣形をその場で作り上げて行く。位置を確かめては変更し、射撃方向と範囲を設定し、いくつかのパターンに応じた回避方法すら練り上げる。
 今回はコルウスという集団が相手である。何よりもパニックに陥らないようにすることを心掛け、いざという時は大地の雷球で盾を作り、攻撃よりも守りを優先することにする。即席ではあったが堅実なフォーメーションが組み上がる。空太にはそういった才能があった。
「で? わたしはどうするの?」
 菱形編隊で飛ぶ魔女達の周辺を飛び続けて仮想敵役をこなした葉月が痺れを切らして尋ねた。
「先行偵察に囮に味方のフォロー。まあ臨機応変にバックアップだな」
「バックアップ!? わたしが!? 冗談でしょ!」
 その言葉に憤慨する葉月。空太を振り落としかねない勢いだ。
「他と比べてスペックが桁違いなんだ。強い奴が全体を守る。これがセオリーだ。ガンナーだって地上では強いけど、空じゃ魔女と協力しなきゃまともに戦えないんだぜ?」
「別にコルウスぐらいわたしだけでも倒せるわよ」
「だろうな」
 そう肯定して次の言葉を封じる。
「でも柊さんも言ってたろ? 今回の任務はそれぞれに経験を積ませる為だって。いつまで経っても瀬野だけが飛び抜けていたんじゃチームとして問題があるだろ」
 何故そんな簡単なことも分からないのだろう、と空太もいい加減に疲れて来た。
 自分が初めて自覚して戦場に立った時などは逆に緊張で何もできなかったくらいだ。功を焦ってみたところで軍隊のように評価を得られるわけでもないのに。
「チームをないがしろにする奴は真っ先に死ぬぞ」
 空太が様々な感情を押し殺して言う。異能はどうしても特殊なスキル故に他者との連携がうまくいかないケースが多い。また周囲との関係を構築することがうまく出来ない異能者も珍しくはない。
 だが現実は非情で無慈悲だ。個人の感情だけでどうにかなるものではない。空太は戦場でそれを学んだ。
 まがりなりにも生き延びてチームリーダーを任されるようになったのは、指導者と仲間達のおかげだと理解している。彼らから受けた恩を次へと繋いで行く。それは義務だと思っている。
「一匹狼がかっこいいなんて嘘っぱちだ。狼は群れで生きる獣だ。一匹狼なんて群れから脱落したってだけだぞ」
 しかし葉月は頑なだった。
「群れて飛ぶのは狩られる側よ。群れなんていらない。私は一人で飛ぶわ」
 何がそこまで言わせるのか。空太は途方に暮れた。
『──こちらキリエ。聞こえるか?』
 その時、通信機からキリエの声が届いた。
『偵察班から入電。コルウスどもを見付けたぞ。準備は出来ているな?』
「こちらレッド。データ受信を確認。いけます」
 タイミング良く気まずい空気を断ち切られて安堵しつつ、端末に送られた情報を確認する。
『さて、諸君。キミらはまだチームとも呼べない烏合の衆だ。だが私は最適の人選をしたと自負している』
 キリエは一度言葉を切る。
『最高、などとは言わない。しかし最適の結果を生み出せると期待している。その為の教育と努力を強いて来た。私はキミ達を信じる。魔女とその仲間達を信じる。出撃しろ、最適の結果を要求する』
「了解。出撃します」
 キリエの命令を受け空太が指示を出す。さすが魔女。人を乗せるのが上手いなと思う。最高よりも最適を求める上司。悪くはない。
「レッドが先行する。各自編隊を崩さず追随。焦らなくていい、互いがフォローしろ。それがチームだ」
『了解』
 おのおのから返事がくる。緊張や不安が入り交じっていたが空太はそれ以上何も言わなかった。
「……いくわよ」
 葉月の帚が加速、上昇する。他の帚もそれを追う。
 空に五色のラインが描かれた。


「信じる、か。いい言葉ですね」
 光の尾を引いてあっという間に視界から消えた魔女達。
 彼女達が消えた方角を見上げて彼方が呟いた。日が暮れる前に帰ってこれればいいけれどと、続けてぽつりとこぼす。
「詭弁だな。ただそうあって欲しいと思い込むための逃げの言葉だ」
 痛みだした傷に眉を顰めてキリエ。
 先日のラルヴァとの戦いで受けた傷は深く、帚の修復はままならず、使い魔も療養中。何かあったとしても駆けつけることは出来ない。ふがいなさに腹が立つ。
「またそんなことを言う。でも魔女が言う『信じる』ですからね。その言葉には『力』があると思いますよ」
「ふん」
 不安になっているのを察して励ましているつもりだろうか? なんとなく面白くない。可愛い弟子達が接敵するまではまだ暫くかかるだろう。それまでこいつを虐めて待つのも悪くはないか。
 キリエは不敵に笑った。



続く


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