【キャンパス・ライフ2 その2】


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   キャンパス・ライフ2 その2


 らのらのhttp://rano.jp/1046

 血濡れ仔猫は真夜中の住宅街を逃げ回っていた。
 民家の屋根。アパートの屋根。電柱のてっぺん。空中を飛び回るがごとく重たいスカートを翻す。その顔は尋常ではない必死さに覆われていた。彼女はいつものように、獲物を追っているのではない。追われているのだ。
 彼女に残る一抹の良心がそうさせたか、血塗れ仔猫は市街地戦を避け、学園のグラウンドに飛び込んだ。しかし、それが連中の計画通りだということを知らずして。
 背後の夜が、白に閃く。
 それはただの白なんて明るさではない。夜も眼球も焼き尽くす、世界の終わりのような真っ白さ・・・・・・。
 生命の危機を直感した彼女は、ありったけの力を振り絞って真上に跳躍した。
 容赦なく炸裂した原爆クラスの熱線。もしもまともに浴びていたら、黒ずくめの彼女はヤケドどころでは済まなかった。開いた口が塞がらず、冷や汗をかく。常識や周りのことなどまるで考えない、本当にとんでもない奴らだ!
 血濡れ仔猫ですら呆然としてしまう、悪名高き連中。それはあろうことか、あの醒徒会に真正面から反逆を仕掛けた、とびっきりの問題児たち。よりにもよって、最低最悪の部類に入る異能者らと鉢合わせしてしまった。そのうちの三人が、揃ってグラウンドに彼女を待ち受けていた。
「血塗れ仔猫、堪忍なさるのね」
 大きめの白衣を身にまとった高等部の生徒、××××××××は機嫌よくそう言った。
「はじめまして、血塗れ仔猫さん。××××××××です。私の力は××ちゃんのヒエロノムスマシンによって増幅され、広島型原爆の三十倍の出力を展開することができます。これ以上無駄な抵抗はやめて下さい」
 荒い息を立てながら、血塗れ仔猫は彼女ら三人の陰を見つめる。くっ、と歯を軋ませたあと、華奢な彼女らをいっぺんに血祭りに上げるため、鞭を振るおうとした。
 だが。すっと前に出てきた金色の瞳と、血塗れ仔猫の紅い視線が交錯したとき。
 ドクン。
 動きを止められた。血濡れ仔猫は脂汗をたくさんかき、その場にひざまずく。何が起こったのかは彼女も理解できない。三人目の少女――×××××と目が合った瞬間、脳内を強引に干渉されて身体に著しい影響が出たのだ。
 もがき苦しむ黒の異形に、××が蔑むようにこう語りかける。
「クフフ、無様ですわね血塗れ仔猫」
「もともとラルヴァですし・・・・・・。初めから私たちの敵であることは間違いないと思いますよ、××ちゃん」
 びくっと背筋を震わせて言葉を失う。××××は陶製のような冷たい微笑を保ちながら、彼女に向かって両手に放熱棒を展開させていた。「あなたに荷粒子砲を撃ちます」
 作り物のような青白い笑顔で、そう死刑を宣告した。
「今やあなたは狩りの獲物。・・・・・・×××、やっちゃって?」
「うん、わかったよ××ちゃん」
 ××××の広げている両手に、ばちばちと放電現象が発生する。そして淡々と、容赦なく、××による超科学の結晶・荷粒子砲は炸裂した。血塗れ仔猫はその巨大な光線のなかに、自分に死が迫り来るのを垣間見た。
 攻撃が終了し、××××は両腕の排熱装置から水蒸気を吹き上げた。そして、ぽつりとこう言った。
「残念。逃げちゃった」
 濃厚な煙が晴れると、血塗れ仔猫の姿は影も形もない。××は目を丸くした。
「ちっ! あとちょっとで醒徒会を差し置いて、血塗れ仔猫を撃破できるところでしたのに! まだ逃げ出せる気力があったなんて!」
 そう地団太を踏む××をよそに、ぺたんとグラウンドに座りこでいる×××はこう呟く。
「疲れましたあ・・・・・・」


 八月某日。
 休暇も佳境に入った学園生たちのモバイル学生証に、醒徒会会長・藤神門御鈴の演説動画が臨時に配信された。
 これは血塗れ仔猫の事件に関する声明で、醒徒会長がじきじきにこのような行動に出るのは、学園として異例中の異例である。
 その映像で、御鈴は熱心に生徒たちに語りかけていた。


 まだまだ暑い日が続いてはいるが、生徒諸君は夏休みを楽しんでおられるだろうか。
 こんにちは、生徒会長・藤神門御鈴だ。
 元気にしていたか? 白虎も元気にしておるぞ。「がおー」
 しかし、せっかくの夏休みであるのに、心中穏やかでない生徒もいるだろう。かく言う私も、そうであるのだ。
 犠牲となった七人は残念だった。可哀想だ。高等部から二名。中等部から四名。そして初等部の無力な子供までが、一人犠牲となった。
 私は悲しい。とっても悲しい。
 仲間が死んでしまったのだ。これ以上悲しいものはないぞ。一緒にこの島に暮らし、遊び、学び、力を磨きあう仲間がこうして殺されてしまったのは、かけがえのない兄弟を奪われたも同然だ。
 私は悔しい。とっても悔しい。
 私は何だ? 醒徒会会長だ。
 醒徒会とは何だ?
 それは学園の頂点であり、生徒たちのトップであることを意味する。
 どんなに理不尽で強大である破壊に対しても。
 脅威に対しても。殺戮に対しても。
 必ずそれらを抑えることができる最後の砦。
 しかし、そんな選ばれし我々でも・・・・・・。
 最強の異能を持ち合わせる我々でも・・・・・・。
 七人の命を救ってやることができなかった・・・・・・。
 ぐすっ・・・・・・! 悔しい、悔しいぞ・・・・・・。
 えぐっ、ひっく・・・・・・。もしも、もしもな、私が白虎を連れてな、血塗れ仔猫に襲われている七人のもとへ駆けつけることができたらな、みんな、みんな助かっていたんだぞ・・・・・・?
 なぜなら醒徒会は最強であり、抑止力だからだ・・・・・・。それでも、我々は七人の学友たちを護ってやることはできなかった。我々醒徒会の誰もが、この事件を屈辱に思っている。

 ・・・・・・だが、これまでのような悲劇はもう起こらない。
 我々七人はすでに、血塗れ仔猫の討伐に向けた調整・訓練に入っているのだ。二学期が始まる頃には、みんなが安心して学校に通えるようになる。
 醒徒会会長・藤神門御鈴は、学園のみんなに約束する。
 必ず、我々醒徒会が、憎き血塗れ仔猫を始末する!
 だから、みんな無理しないで戦おうとせず、ぜひとも我々を応援していてほしい。
 それでは、九月の始業式にまた会おう。

(フェードアウト。画面隅で白虎が、がおーと叫ぶ)


 もう、夏休みが終わるんだなあ。
 会長の動画を見終わった遠藤雅は、ベッドに寝転んでそう言った。
 雅は、血塗れ仔猫の赤い瞳を思い出す。そういえば類似したものを過去に見た。それは与田が自分に仕向けた格闘型ロボットで、あの無機質な赤い視線は今思い出しても、背筋を舐められるような悪寒を感じて恐ろしい。
 しかし。雅は血塗れ仔猫の瞳が、あのロボットのように恐ろしいものだとは思えなかった。
(あの色は、何かもっと深くて大きな感情の色が混ぜ込まれている)
 不思議と、血塗れ仔猫に対して親近感のようなものが芽生えていたのだ。遠藤雅は、他の異能者たちがとった行動とはまったく方向性の異なる、独自のアプローチをしてみたいと思った。
 できることなら、会って話をしてみたい。
 何か壮絶な過去を背負っているのなら、すべて聞いてあげて共有したい。
 七つの人命をバラバラに砕いた殺人鬼に対して、雅はそんな思いを抱いていたのだ。
 雅本人は知る由もないだろうが、この他人と一線を画したセンスこそが「雨宮の血筋」。
 相手の心の傷を理解し、癒す力の根源であった。


 島の最西端にある病院の廃墟で、血塗れ仔猫は傷ついた己の体を休めていた。
 絶体絶命のピンチを辛うじて離脱できた。××××の荷電子砲を、すんでのところで回避できた。あとほんの数秒タイミングが遅かったら、片足を持っていかれたことだろう。今回ばかりは彼女も、死ぬかと思った。
 状態が良好なベッドへうつぶせに倒れこむと、彼女はたくさん涙を流した。
 不特定多数から向けられる強い軽蔑の視線。暴言。暴力。
 それらがみんな、彼女の心にこたえるのだ。
 おかしな話だと彼女自身も思う。自分はもうラルヴァであるはずなのに、どうして人間どものそのような視線や行為を苦痛に感じるのだろう、と。
 生粋のラルヴァとなった自分が、人間どもを殺すことや、悲しませることに、何の抵抗があるのだろうか? そして、人間たちから憎悪の視線を集めることに、いったいどうして強い抵抗が生まれようとでもいうのか?
 いや、私はラルヴァになったのだから、抵抗など何一つない。
 それは間違いのないことだ。だからこそ、七人の少年少女をこの手にかけた。
 でも、とどめなくあふれ出てくるこの涙。彼女はますます混乱する。当惑の余り、ここ数日は深い眠りについていなかった。それが余計に、血塗れ仔猫の心身に疲労を積み重ねていく。
 誰が泣いているんだ?
 私の中で、誰が号泣しているのだ?
 私の中の誰が、良心を傷つけて涙を流しているのだ?
 あたかも人の肌を鞭でえぐったときに噴出してきた血液のごとく。
 何か自分の中にある別の存在も、その心に大きな深い穴がえぐられ、涙があふれ出る。
 子供を鞭で叩いて傷つけるたび、内部のどこかに眠り続ける自分の心にも、修復の難しい生傷が走っていった。それはかなり強い痛みを生んだ。
 ・・・・・・考えても考えても、真実に至らない。星空や満月に話し持ちかけても、彼らは何も教えてくれない。
 ふう、と熱いため息をついて横になる。涙粒が顔面を横断して流れ落ち、枕に染み込んだ。
 勝負を挑んでくる異能者たちは、誰もが彼女を殺すつもりでかかってきた。
 恨み。悲しみ。憎しみ。怒り。
 一定の感情を共有した彼らは、一斉となって彼女を取り囲むよう追い回し続けた。血塗れ仔猫はその黒い背中に、尋常でない量の憎悪を浴びてきた。
 狩りだ。
 これは自分を獲物とした狩りなのだ。
 今や立場は逆転を見せた。力の有り余る異能者たちはこぞって、島に潜む自分を執拗に追い回し、殺すつもりでいる。強い憎悪でもって、私は異能者たちに血祭りにあげられようとしているのだ。
 上等だ。
 血濡れ仔猫は笑った。ニヤリと斜めに口を吊り上げ、巨大な牙を見せる。
 そうさ、私は血塗れ仔猫。この島の敵であり、人類の敵。異形。「ラルヴァ」。
 ラルヴァはラルヴァらしく、これからも島の住人を恐怖のどん底に突き落としてやるさ。
 そう妄想にふける禍々しい不気味な笑顔を、なおもあふれ出てくる熱い涙が汚して、台無しにしていた。


 遠藤雅のアパートはとても賑やかである。
 飼い猫・アイは先日、三匹の元気な仔猫を産んだ。どうして子供ができたのかというと、与田の事件に関連して連れてきたあのキジ猫と、交配してしまったためだ。
 みんな、アイと同じ黒猫である。個性的なのは目の色で、一匹が緑。もう一匹が青と黄のオッドアイ。そして、最後の一匹が黄色である。本当にあのキジ猫が父親なのかと疑念を抱いてしまうぐらい、彼の遺伝子はこの子たちに微塵も感じられない。
 母猫から離れるようになった仔猫たちは、みーみー鳴いて部屋中を歩き回っている。雅はそんな彼らを見ると、思わず頬が緩んでいた。
「いいなあ、お前たちにはちゃんとお母さんやお父さんがいて」
 この子たちに比べて、自分の家族は何なんだろう。
 よくわからない理由で突然離婚となって、離れ離れになり。
 名古屋で父親や兄と殴り合いの喧嘩を繰り返しながら、荒んだ高校生活を送り。
 最終的には実家から離れるため、こうして双葉学園に入学をすることになり。
 異能力だとか、ラルヴァだとか、治癒だとか、立て続けに自分を巻き込んできた出来事によって、こう昔のことを思い出す機会がまったくなかった。夏休みも当たり前のように帰省せず、こうして訓練に明け暮れている。もはや彼らとは違う世界・次元で生きている。
「もしも家庭に恵まれていたとしたら、少しは違った生活になっていたのかな」
 どうも、一人でいるときの夜は感傷的な気分になってしまうようだ。
 雅は、壁際に立てかけてある笹の葉のもとへ寄った。みくが恐らく七夕の日に採ってきたのだろう、深い緑色をした笹。あれから一ヶ月以上たったが、今もこうして部屋に飾り、まるで生きているかのような瑞々しさを保ち続けている。保たせている。
 オレンジの短冊を手に取った。とても懐かしい、みくの丸い文字でその願いは書かれている。
『行方不明のお姉ちゃんと、また一緒に暮らせますように。 そして、大好きなマサと一緒にいつまでも戦っていけますように!』
 与田の研究所から解放されて帰ってくると、雅はこの短冊を発見する。ラップにかけられたごちそうの数々は、色とりどりでおいしそうなのに、とても冷たくなっていた。みくと一緒に食べるはずであった夕飯を、一人寂しく朝ごはんとして食べた。咀嚼するたびに、彼女の無邪気な笑顔と、温かな優しさと、まっすぐな好意を思い起こして、涙をたくさんにじませた。
「今あいつ、どうしてるのかなあ・・・・・・」
 みくが雅を救出するため研究所に突入してきたあの日。彼女は己の秘めた力をすべて解放させ、見事に与田を圧倒してみせた。ところが、何かがおかしくなっていったのはその後である。
 あの子は最後、与田を殺そうとしていた。それにぎょっとした雅は、たまらずみくに静止を促した。それから一緒にアパートへ帰るはずが・・・・・・。
 あの子は彼の顔をじっと見つめてから、『ばいばい』と逃げるように去ってしまった。
 それっきり、雅は猫耳少女の姿を見ていない。
 どうして、みくは姿を消した? どうして、みくは僕から離れた?
 与田の最後に放った言葉が頭にこびりついて離れない。
『あの目! あの赤い目! 君も見ただろ? どうみてもラルヴァじゃないか! あの子は人類の敵であり脅威であるラルヴァなんだよ!』


 ごくりと唾を飲み込んだ。背筋がぶるっと奮え、鳥肌が立つ。
 雅は「ふん」と顔を強張らせる。小便を終えてから、電気を消して布団にもぐりこんだ。
 脳裏に一瞬浮かんだ突拍子の無い推論に、衝撃を覚えてしまったのだ。
 ふん、馬鹿馬鹿しい・・・・・・!
 みくが赤い瞳をしたラルヴァであるなんて。


 そんなのまるで、「血塗れ仔猫」みたいじゃないか・・・・・・。
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