【とらとどらの事件簿 一冊目】


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 灰色と土色しか見えない地面を、二人の男と一人の女、それに一人の子供が全力疾走している。いや、正確には一人の子供はもう一人の女に抱えられ、その肩には一匹のカラスが乗っている。一方、一人の男は完全にへばっていてフラフラだ。
 しかもその後ろからは、どこのファンタジー映画から飛び出てきたんだと言わんばかりの、石の巨人が早足で迫ってきている。
 何の映画の撮影だ、と言いたげな場面であるが、これはれっきとした現実の世界である。

 もっとも、双葉学園を有する学園都市、双葉区内の現実、ではあるが。

「ちょ、おま、たの、む、から、やす」
「休める状況かドアホー!!」
「あんたの連れなんだから、そっちで解決しなさいよ!!」
「ねーぐぁー吉、ここをきり抜けるにはどうすればいいと思う?」
「ぐぁー」
 五者五様に言葉を叫ぶ。一番最後のは子供の肩に乗っているカラスの鳴き声だ。
 さて、俺達がなんでこんな目に遭っているか。それをこの俺、中島虎二《なかじまとらじ》の視点から解説しよう。







 とらとどらの事件簿
 一冊目「カラス沢山と少しのモグラ」






 ことの始まりは放課後、クラス担任の話が終わって適当極まりない礼をした直後の事だ。
「お前、今日は部活あんの?」
「休むことも鍛錬の内、とか言われちまった」
「それ、高校の部活で言うことか?」
「お前はまた図書館ごもりだろ? 何が楽しいんだか」
「読書はいいぞ、お前も少しは本を読め」
「じゃあ眠くならない本をくれ」
 友人の錦《にしき》 龍《りゅう》、通称ドラとそんなグダグダな会話をとしていたときだった。
 こいつと俺は十年来の腐れ縁、趣向だとか何だとかは全然違うが、多分そのおかげで友人をやっているんだと思う。
 ……先に言っておく。俺もあいつも、健全な趣味の持ち主だ。
 だべりながら廊下を歩いていたその時、窓側に居たドラが外に目をやって立ち止まる。
「どーしたよ? 女子陸上部の胸ゆれにでも気を取られたか?」
 そんな冗談にも、ドラは耳を貸そうとしない。俺の位置からはドラが何を見ているのかは分からないが、その目つきから尋常じゃないのは分かる。
「……わりぃ、トラ。先に行っててくれ」
「おい待てって! 廊下走るとまた叱られるぞー!!……ったく」
 そういい残し、ドラが唐突に駆け出してしまう。一体何を見たんだ、という疑問を抱え、俺も窓から見下ろすと……何かが、居た。
 小さい人影が、さらに小さい影を抱えている。


「大丈夫、怖くないですからね……」
「ぐぁー……」


「はぁ、あ、あの、バカドラが、人の体力、を、考えろって、んだ……」
 俺とドラの体力差は酷い。根っからの体育会系である奴と、生まれてこのかたマジメに運動をしたことのない俺との間には、恐らく十倍ではきかない差があるだろう。
「おいお前、大丈夫か!?」
 ドラは一足も二足も先に到着し、そこに居る小さい子を抱き上げようとしていた。着ているのは高等部の女子制服だが、背丈は初等部の生徒かと思うほど小さい。遠くから一目見ただけで「可愛い」と思えるような子だ。その子が、自分の腕に小さなカラスを抱えて震えていた。
「わ、私はいいですから、この子を、助けてあげげてください……右足、ケガしてます……」
 そう言いながら、顔に苦痛を浮かべるその子。その子のほうには目に見える傷は無い。
「いや、お前だって辛そうだろ!? 何があった!?」
 混乱しているドラの脇をすり抜け、抱えられてるカラスを吊り上げる。
「うみゅう……」
 その直後、カラスを抱えていた子が苦しがる。カラスの様子を一別し……やはりそうか。それなら話は早い。
「ドラ、その子とこいつ連れて第三保健室行くぞ」
「え、第三? なんでまた」
「カラス連れ込んで何も言われないのなんて、あそこぐらいだろ」

 第三保健室、広い双葉学園のなかでも、高等部棟に存在する保健室である。
 ここには、常駐保険医がいつも出かけているというきわめてマズい特徴がある。もっともコールボタンを押せばすぐに来てくれるため、学内には居るのだろうが……
 そういった事情があるため、逢引に使われることが結構多く、風紀委員も頭を悩ませていると聞いたことがある。
 もっとも今日はそういった輩とは遭遇せず、きわめて迅速にカラスの治療を終えることができた。
「ありがとーございます」
「ぐぁー」
 ベッドに寝かされた子どもとカラスが、シンクロするようにお辞儀をする。先ほどまでとは打って変わった、人懐っこい笑みだ。
「よく分かったな、カラス治せばあの子も治るって」
 ドラが疑問の声をあげる……少し考えれば分かることだろう、この脳筋が
「見た感じそこの子には怪我は無い。実際無かったしな。けど、痛がってる……このカラスを助けてくれ、と言って。実際に苦痛を共有している様子だったからな。多分、異能か何かの影響で感覚がシンクロしていた、ってところだろう」
「うわ、すごーい」
 子どもがパチパチと拍手する、なんかからかわれてる気もするが、あまり考えないようにしよう。
「そういや、なんであんなところに――」
 ドラが質問をしようとしたところで、異様な音に気づく。


 ドタン、ドタンというモノスゴイ足音が、こちらに迫ってくる。この部屋めがけて、一直線で。
 俺も、ドラも、子どももカラスも、全員がドアのほうに顔を向ける。次第次第に足音が大きくなり、叫び声まで混じってくる。その声はまるで冥府から命を獲りに来た死神のように響く。

「ち~の~に~な~に~を~し~た~!!」
 直後、保健室のドアが弾け飛び、特撮ヒーローのような蹴りが見舞われる
 照準の先は、ドアの目の前に立っていたドラ。だが、奴の動きもまた鋭かった。今まさに叩きつけられんとした足に、ドラが己の左腕を叩きつける。内から外に流すような円運動によって蹴りの方向は狂い、使っていなかったベッドに突っ込む形となった。
 幸いにもベッドは壊れず、その強力なバネの力によって蹴りを放った人影は中空に放り出される。まるで猫のように宙を回転し、その二つの足で見事着地。俺達が審査員だったら十点オール間違いなしだ。

 着地したのは、俺はおろかドラを見下ろすほどの長身を持った、しなやかな美女。高等部の制服を着ているからには高等部なのだろうが、その背丈、そのバスト、その身のこなしは、高校生という次元をはるか超越したところに存在している。ここまでの逸材は、この学園でも珍しい部類だろう。

「あんたたち、千乃に何した……?」
 その彼女が、恐ろしくドスの聞いた声で問いかける。ジャキンという音と共に十本の指から、電灯の明かりを跳ね返す鋭利な刃を持った爪が伸びる。仕込み武器にしても彼女の『異能』だとしても、モロ臨戦態勢じゃねーか!!
「お、おい、どうすればいい……?」
「知るか!!」
 恐る恐る構えを取るドラに、ベッドの後ろへ隠れる準備をする俺。もはや交戦は免れなさそうだ。
「分かってるのよ!? あんたたちが千乃をこのいかがわしい第三保健室に担ぎ込んだのは!! ナニをしていたの!? そう、千乃があまりにも愛らしく穢れを知らない天使のような存在だからって、それを二人がかりで押さえつけて、その白く汚れた欲望で自分達の色に染め上げようとしたんでしょう、この変態|性慾《せいよく》の破廉恥漢《はれんちかん》の性犯罪者が!!」
「よく分からんが誤解だ!!」
 ドラが反論しようとするが、彼女の目に煮えたぎるマグマの前には、説得という名の水など一瞬で蒸発させられてしまうのは明白。このままドラに任せて逃げようか……と思ったその時。
「春ちゃん、どーしたの?」
 まるで助け舟を出したかのような子ども……この流れから言うと、千乃という名前なのだろう……が、声をかけてくる。
「待ってて千乃!! この変態どもを始末したらすぐ――」
「その二人がね、私を助けてくれたのー」
「……はい?」


 事情を説明すること数分、ようやく彼女も頭を冷やしてくれたらしい。
「……ごめん」
「いえ、別に俺達に被害無かったですし」
 決まりが悪そうに頭を下げる彼女、春部里衣《はるべ りい》先輩。なお、彼女が蹴り飛ばしたものの、外れただけで損傷が無かったドアを再び嵌めなおしたのはドラだ。
 一方の、カラスを助けようとして自分まで苦しむ羽目になった子ども、有葉千乃《あるは ちの》先輩。驚くべきことに身長差半メートル近いこの二人は同学年、同クラスだという。
(両方とも名前は聞いた事あるが……まさか、こんなところでバッタリ、とは)
 そんなことを考えながら、事態を整理する。
「……要約すると、校庭の片隅で小さくなってるこのカラスを有葉先輩が見つけて、こいつが元気ないのはなんでか聞いてみよう、って事で、異能で使役したら……って事か?」
「うん、そーですよ」
「なんて無茶な……」
「何が無茶よ!! 今時これだけ美しい博愛心を持った人がどれだけ居ると思うの!?」
「それで、このカラスはまだ何か言いたい事があるのか?」
 春部先輩はスルーし、有葉先輩に問いかける。この人の能力は『完全使役』、特定条件をクリアした物は生物、ラルヴァを問わずに使役できるという相当強力な能力だが、その相手とあらゆる感情を完全にリンクさせてしまうのが欠点らしい。もっとも、今回はそれを使用したらしいが。
「うんとね、ぐぁー吉、仲間とはぐれてさびしいって」
「探すわよ」
 高所から見下ろすような威圧感バツグンの説得に、今度はスルー出来なかった。


「と言っても、カラスに友人なんて居ないしな、俺達……」
「当たり前だろ、だからここまで来たんだ」
 今、俺達が居るのは有葉先輩が苦しんでいた場所から少し離れたところ。彼女がカラスを拾った場所らしい。
 周りの樹からは、人工島なのにどこから住み着いたか、セミの鳴き声がうるさい程に聞こえてくる。
「もう夏だね~……?」
「どうしたの? 千乃、まだどこか……」
 頭にはてなマークを浮かべた有葉先輩が、服のありとあらゆる場所のポケットをまさぐる。
「何か忘れ物か?」
「ぐぁ?」
「……学生証、落としちゃった」
 三人と一匹が、悲鳴のような大声をあげる。


 双葉学園における学生証は、様々な機能、データが詰まった超重要品だ。なくしてしまったら、翌日からまともに学園生活が送れるかすら怪しい。

「どこで落としたか、分かる?」
「……多分、ぐぁー吉を見つけてから、そんなに経ってないときだと思います」
 慌てて捜索に入り、学生証はあっさり見つかった。見つかったが……
「……?」
「……あ」
 俺達四人と、数匹のカラスの目が合った。カラスの一匹は、くちばしからストラップがくくられた学生証をぶら下げている。
「返せー!!」
「カー!!」
 春部先輩が飛び掛ったのにビックリしたカラスたちが、一斉に飛び立って逃げていく。
「くそ、追いかけなきゃ!!」
「けどどっちだよ!」
「ぐぁー!!」
「ぐぁー吉が、あっちって言ってる!!」
 有葉先輩が指差した方向へ走り出す。先頭を走る有葉先輩、意外と足速いな……ヘタしたら俺より早いかもしれない。


 双葉区の中央近くに、大量の石が積みあがっている広場がある。一見すると昔の特撮であったような採石場だが、人工島であるここに、そんな物がある筈がない。ならば、ここはどこか。
 正解は『双葉区の街並みを作った際の資材置き場』。街に使っている石畳やらブロック塀やらの建築資材を用意する際に、一箇所に山積みとしていた場所だ。現在も修繕用や将来の拡張用として、ある程度の量を確保している。
「おい、こんな所にカラスいるのか?」
「もうちょっと先って言ってますよ」
 カラスを追ってやってきた俺達四人と一匹は、その資材置き場を通り道として先を急ぐ。
「子どもが遊びそうな感じするけどな、この場所」
「結構危ない物も多いし、来るなって言われているんじゃない?」
「私、噂話で聞いたことがあります。ここにラルヴァが出るって」
「まさか、『血塗れ仔猫』じゃないよな……」
 学園を震撼させている殺人鬼の名前がドラから出て、一瞬静まり返る。それを否定するかのように、有葉先輩が言葉を続けた。
「そっちじゃなくて……なんでも、すっごく大きな石の巨人が出て、追い掛け回されるそうです」
「……大きな石の巨人って、あんな?」
「そうそう、あんな、ってええぇぇぇぇ!?」
 思わず立ち止まった俺たちの目の前にあるのは、大の字で寝ている石の巨人らしき物。というよりは、石が人の形に集まっているだけの物だ。建築資材に使っていた石を、誰かが持ち出したのだろう。
「……何? これ」
「さあ、子どものいたずらか何かじゃ?」
 興味津々でその石の集まりを見ていた……そのせいで、物陰で何かの目が光っているのに気づくのが遅れた。

 がたがた、がたがた、がたがた
「う、動いてますよ!?」
 唐突に石がガタガタと振るえはじめ、物陰へと移動していく。ビックリした有葉先輩は、思わずドラの陰へと隠れる。

 がたがた、がたがた、がたがた
 ある程度まで陰に近づいた石は、浮き上がって一直線に物陰まで飛んでいく。
「……嫌な予感しかしない」
「同感ね」
 しかし、足がすくんでしまい動けない。それは隣の春部先輩も似たようなものらしい。

 がたがた、がたがた、がたがた
 目の前の石が全て物陰に吸われて……それが、顔を出す
「出たー!!」
「グルァァァァァァ!!」
 噂どおり、全長五メートルほどの石巨人が目の前で咆哮をあげている。俺達は、脱兎のごとく逃げ出した。というか少なくとも無能力者の俺には無理だ!!


 という事で、今に至る。なんとか物陰に潜り込み、奴の追撃からしばし逃れる。
「け、けど、あいつは、何者だ……?」
「ぜぇ、ぜぇ、ふう……多分、奴は『念土竜《サイコ・モール》』だろう」
「さいこ、もーる?」
 図書館に篭って身につけた知識が役に立つとは思わなかった、という訳で解説開始。
「ありていに言えば、念動力を手に入れた巨大モグラだ。その念動力で石や金属の塊の中に潜り込んで巨人を形作り、戦う。俺達はたぶん、奴の縄張りに入ったせいで怒られたんだな」
「それはいいけど、どうするんだ?」
 そう、倒し方。これがもっとも大変だ。
「奴の本体ごとブチ抜くのが一番楽らしい。本体は巨体の中央に置くのが普通らしいから、どこにあるかは目測だけで分かるが……いけるか?」
「私は無理ね、この爪を石に立てたら、爪のほうが割れかねないわ」
「せめて本体がもっと下にあればな……拳が届かない」
「名前が思い浮かばない」
「ぐぁー」
 最後の有葉先輩の言葉はよく分からないが、ともかく個々の能力だけで突破は無理なのは分かった。
「何か策は……うん?」
 足元には、幾本ものロープが転がっている。恐らく資材を縛っていたものなのだろう。あたりの地形を見る、このあたりには、石がうずたかく積まれている山がいくつもある。
「……やってみるか?」


 念土竜は、自分の縄張りを荒らした奴を見失っていた。とっととヤツラを倒して、飯を探さなければ。いっそのこと、ヤツラが飯でも構わない。モグラは、非常な大食漢なのだ。
「ぐぁー!!」
 どこからか、カラスの鳴き声がする。その方向へ向き直ると、自分の鎧より高いところに、カラスが飛んでいる。ヤツラの仲間!!
 念土竜は走り出す、一番目の飯はヤツに決まりだ。


「これでいいですか?」
「そのまま、さっきの所まで誘導!!」
「はーいっ、ぐぁー吉、よろしくです!!」
 有葉先輩が、カラスのぐぁー吉を操って念土竜を誘導している。先ほどまでの使い方ではない、本当の異能の使い方だ。
「そのまま、そのまま……」


(あの野郎、ちょこまか動きやがって)
 念土竜は考えている。
 このボディは大きいとは言え、上空を飛んでいるカラスに直接拳を届かせるほどのリーチは出ない。先ほどからブンブン腕を振り回しているが、戦果はゼロだ。
 届かない攻撃を続けていた石巨人が、一瞬だけ動きを止める。足元に何かが引っかかったのだ。構わず引きちぎろうと動かすが、意外と丈夫で動かない。こんなもので転ぶ訳が無い……と念土竜が考えた、次の瞬間、


 幾重にも寄り合わせて運動会の綱引きで使うような物にして石山の間に張り巡らせたロープに、念土竜が引っかかった。無論、パワーを考えれば時間稼ぎにしかならないが、一撃を叩き込む時間稼ぎが出来れば十分だ。
「どっせぇぇぇぇぇい!!」
 念土竜の死角に居た春部先輩が、その瞬発力をフルに稼動させ、石巨人の膝裏に渾身のドロップキックを叩き込む。人体と同じ構造をしている以上重心の取り方も同じであり、見事にバランスを崩した石巨人が膝をつき、うつぶせに倒れる。起き上がろうともがいているが、その動きは緩慢だ。
「後は任せたぜ、ドラ!」


 念土竜は焦っていた。
(腹が減って力が出ない……!!)
 元来、モグラは非常に空腹に弱い。半日何も食べないだけで死に掛けるほどだ。同じモグラの名前を関する念土竜も、やはり空腹には弱い。念動力でもがいてはみるが、力が出ないうえにその巨体、なかなか起き上がれない。
(何か、乗った?)
 どこからか、体の中心に何者かが乗った感触があった。


「だいたい、このあたりか?」
 ドラが、念土竜の体の上で構えをとる。よくテレビ等でやる瓦割りの体勢だ。
 ドラの異能は、自分の攻撃と共に根源力《アツィルト》を叩き込むものだ。威力も高いらしいし、しっかり放てば少しぐらい距離が離れてても通用する……問題は、ちゃんとした空手の型をとらないと、効果を発揮しないことだ。そのせいで単なる殴り合いには弱い。
「おーいトラ、このあたりでいいんだよな?」
「多分なー」
 俺の返事を聞いたドラは、その足元に狙いを定める。
「フゥー……セイヤ!!」
 ドラの手刀が、石巨人の身体ギリギリに振り下ろされる。実際に叩き込んでも意味ない上、拳を痛めるから嫌らしい。
 その叫びと拳による風圧が、あたり一帯に風を巻き起こしたように感じた。
「やった?」
「やりましたー!!」
 春部先輩が疑問符を出し、有葉先輩はカラスと一緒に歓喜の声をあげる。ドラの放った根源力の一撃が念土竜の本体を直撃したのだろう。石の巨人は倒れたままその結合を解か、バラバラと崩れ落ちる。

 ……その上に立っていたドラを巻き込んで。
「……お、おい、トラ、てめぇ……」
「どーだ? 中のヤツは」
「た、多分気絶してる、だけ、だ……覚えてろよ、おい……」
 生きも絶え絶えで石から這い出てきたドラはスルーする。
「風紀委員には連絡したし、早くカラスを追いかけないと……」
「ぐぁー吉は、あっちの方だって言ってます」
 気絶している念土竜は後から来るだろう風紀委員に任せる事にして、カラスを引き続き追いかけることにする。



 資材置き場を抜けて目の前に広がっていたのは、人工の森だった。たぶん都市開発計画の一環で造られたものなのだろう。その奥に、ひときわ大きな樹が立っていた……樹齢二十年ではきかないサイズだ。多分、他の場所から根っこごと持ってきたのだろう、何でそんな事したのかは知らないが。
「しっかし……壮観だな、これは」
 その樹には、いたるところにカラスが止まっている。きっとカラスの塒《ねぐら》なのだろう。さっきからカーカーカーカーうるさくて耳が割れそうだ。
「ぐぁー!! ぐぁー!!」
「カー!! カー!!」
「……何言ってるの、こいつら」
「で、どいつが千乃の学生証をパクった訳?早く出さないと刻むわよ」
「まあまあ先輩、少しは話を……」
 すぐにでも切り込みそうな春部先輩を抑えながら、話がつくのを待つ。
 そのうち、一匹のカラスが群れから出てきて、くちばしに引っかかっていた学生証を有葉先輩に返す。
「うん、ぐぁー吉、元気でねー」
「ぐぁー」
 それを受け取った有葉先輩は、口の中でなにやら呪文らしきものを呟く。恐らく、使役解除のコマンドだろう。ぐぁー吉が、名残惜しそうに有葉先輩を振り向きながら、群れの中に帰っていった。
「じゃーねー、ぐぁー吉ー、また遊ぼうねー」
 有葉先輩は、樹が見えるまでずっと手を振り続けていた。


「今日はありがとう、千乃を助けてくれて」
「ドラっち、トラちゃん、またねー」
 途中の道で先輩二人と別れた俺達は、寮への帰路を歩いている。全力で走って体力を使い果たした俺も、根源力をありったけ叩き込んだドラも、もうヘロヘロだ。途中の自販機で飲み物を買って、かっ喰らっている。
「しっかし、酷い目に遭ったな……」
「ああ……」
 すっかり疲れきったのか、ドラの声、というか様子が上の空だ。
「ん、どうした? 何か考え事か?」

「いや……有葉先輩って、可愛いなって」

 ……俺の時間が凍結した。コーラを噴出す余力さえない。
「……どうした? 普段なら『このロリコンどもめ!』とか言い出すだろうに」
「あ、ああ……うん、そうか……」
 ドラの声の調子に、やや真剣なところが混ざってる。こいつ本気か!?
 ……いや、多分こいつは知らないんだろう。俺も実際に知り合うまでは、名前とその事実しか知らなかったんだから。会った直後は疑ったが、ちらりと見えた学生証に事実は書かれていた。
 有葉千乃先輩の、性別。
 俺は、そのことを説明しないでおいた。放置しておくと面白いことになりそうな気配があったのも確かだが、それ以上に恐ろしかった。
(『ワイ、男の千乃ちゃんが好きなんや!!』とか言い出したら、俺の精神と腹筋が崩壊する……)
 それでなくても、色々と犯罪的だ。
 十五年以上付き合ってきて初めて知った事実、冒頭で言っていた『二人とも、健全な趣味の持ち主』に、自信がもてなくなってきた……




(二冊目があれば)続く






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