【ミストルティンの寓話騎士 第三話 一】


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 物語は、現実になりたがっている。
 そういう話を聞いたことは無いでしょうか。
 それはこの学園でまことしやかに囁かれる、噂話。
 グリムと呼ばれる、現象体ラルヴァ。螺子繰れた御伽噺。

 ですが――本当に、ただ、それだけなのでございましょうか?

 現実になりたがる物語があるのならば。
 物語になりたがる現実もまた、在り得るのではないでしょうか?

 無論これは、ただの可能性のお話でございます。
 そして――

 あらゆる可能性は、現実に成り得るのでございます。
 つまり、人は望む物語になれる。
 たとえるなら、役者が舞台の上で様々な仮面を被り、さまざまな登場人物に成り得るように。
 それでは。
 貴方は、何になりたいですか?
 竜を打ち倒す英雄騎士?
 白馬の王子を待ち続けるお姫様?
 杖を振るだけで奇跡を可能とする魔法使い?
 処女を襲い、その鮮血を啜る吸血鬼?
 軍勢を指揮し、祖国に栄光をもたらす将校?
 未開の地を切り開き、宝を探しあてる冒険者?
 七つの海を制覇し、未知なる冒険に旅立つ海賊?
 なんでもいい。そう、なんでもいいのです。
 望みさえすれば、貴方は何にでもなれる。
 大切なのは、欲し、望み、願い、信じ、そして焦がれる事にございます。
 ただ強く。
 あるがままに強く。
 夢と現、幻と実、在と虚の垣根を越え、境界を打ち砕くほどの強い願い。
 それさえ出来るならば、
 貴方は――物語の主人公になれる。

 さあ、望んで御覧なさい。
 さあ、思い描いて御覧なさい。


 あなたは、どんな物語になりたいですか?







【case1:Doktor Faustus】


 歯車が軋み、砕ける。
 黒いクロームがひしゃげ、油が血のように飛び散る。
「ぐ……ぅああああっ!!」
 その痛みをダイレクトに総身で感じ、時坂祥吾は絶叫を上げる。
 永劫機メフィストフェレスを握り締めるのは、巨大な腕。
 竜の姿を持つ、悪魔の巨大な腕だった。
 双葉学園都市の森にラルヴァが出るという噂があるという。
 間が悪く祥吾は、その森に足を踏み入れ――
 それと、出会ってしまった。

 黒いクロームの輝きを持つ鱗、それに包まれた10メートルはある体躯。
 巨大な尻尾、翼、そしてねじくれた角。
 黄金の輝きを持つ瞳。
 それは、そうそれは――歯車であるか、肉であるかの違い。

「悪魔……」
「愛すべからざる光……」

 そう、その銘は。

「メフィストフェレス……ッ!!」

 戯曲ファウストに記される悪魔が、そこに在った。

『GRUAAAAAAAAAA!!』

 魔竜メフィストフェレスが咆哮を上げ、永劫機メフィストフェレスを握り潰そうと力を入れる。
「ふふふ、弱い。弱すぎる、流石は紛い物、悪魔の模造品。
 本物たる悪魔メフィストフェレスには敵いっこない!」
 仮面の男が、大仰に手を広げる。
 それは、双葉学園の生徒なのだろう。学生服を着た、年の頃も祥吾と変わらぬ少年。
 ただ、その黒い仮面だけが違った。
 悪意に歪んだおぞましい仮面。
 それは、巨大な魔竜よりもよほど、悪魔という形容詞が似合っている。
「お前……っ、なに……もの、だっ……!」
 祥吾が全身の苦痛に耐えながら、声を絞り出す。
 これほどの悪魔を召喚するとは、何者なのか。
 その問いに、彼は笑い、宣言する。

「我は……ドクトル・ファウスト。ファウストなり」

「ファウスト……? 馬鹿な、何を……」
「信じずともかまいません。人は恐ろしいもの、強きもの、美しきものから……
 そして真実から目を逸らすもの。
 お前がいくら否定しようと……この私がファウストである事は、変わらぬ」
 仮面のファウストは、笑う。
『在り得ない。ファウスト博士は、すでに死した人物であり、そして――実在したヨハン・ゲオルグ・ファウストをモデルとした架空の登場人物! 今此処に存在するはずがありません、在るならばそれは名を騙る贋物!』
 発条仕掛けの森の中から、メフィストが叫ぶ。
 それに対し、ファウストは告げる。
「否。君も悪魔を名乗るならば聞いた事はないかね?
 とある魔術師の残した言葉である。
“悪魔が実在するか否かは問題ではない。そこに悪魔が居るかのように力が働く、それこそが大切なのだ”――と。
 そう、悪魔、偉大なる魔龍、恐怖の大公メフィストフェレスを呼び出すことの出来る、偉大にして強大なこの力!
 それを操る私がここにいる。それで十分。
 転じて言うならば!
 私がここに在り、この力を操り、この名を名乗る以上――
 私こそが、ドクトル・ヨハン・ファウスト!
 死した老人も、架空の博士も、過去の物語――否、贋物である!」

 それはなんという傲慢なる宣言。
 全ては偽者。自こそが、オリジナルだと、ファウストは宣言する。

「物語……まさか、お前は」
 祥吾には心当たりがひとつだけあった。
 かつて遭遇した、ピーターパン事件。
 そう……現実を侵す夢、実存を望む物語。
「現象体ラルヴァ……グリム……!」
「否!」
 だがファウストはそれを否定する。
 確かに、ひとつだけ決定的な違いがある。
 この森には、霧がなかった。あの、悪意を孕んだ霧が。現実と幻想の境界を曖昧にし、人の心の海から物語を呼び出す、あの霧が。
 故に眼前の者は、よく似ているが、グリムではない。
 では何だ。
 ファウスト博士の物語を被り、名を語り、力を振るう眼前の者は、誰だ。何なのだ?
「がああああああああああああああああっ!!」
『きゃあああああああああああああああっ!!』
 魔竜メフィストフェレスが力を込める。
 永劫機メフィストフェレスのダメージが二人にフィードバックされる。
「脆い。脆い脆い脆すぎるッ! やはり君達では駄目だ、駄目にすぎるっ!」
 笑い、そして叫ぶファウスト。
 認めない、と。眼前のメフィストフェレスの名を持つ鉄屑を断固認めない、と叫ぶ。
 そしてその否定の意思は力となり――


「はあああああっ!!」
 裂帛の気合と共に、魔竜メフィストフェレスの腕が寸断される。
「何……!?」
 ファウストが予期せぬ攻撃に目を見張る。
 それは当然、祥吾の攻撃ではない。永劫機メフィストフェレスからフィードバックされるダメージで、動ける状態ではなかった。
 ならば誰だ。
 その、魔竜の腕を切り裂いた、桃色の光の軌跡の使い手は誰だ。

 戒めから開放された永劫機メフィストフェレスの機体がほつれ、歯車となって虚空に消える。
 その場から、メフィストの体が投げ出されて地面に落ちる。
 その弱々しい姿を守るように立つのは三人の少年少女。

「大丈夫ですか?」
「先客がいたとはな。助太刀する」
「後は、私達に任せて」

 彼らは、ラルヴァ討伐パーティー……名を“ダイアンサス”。
 森にラルヴァが出る、という噂を聞きつけ、討伐にやってきた異能者たちだ。

「……ていうか、でかいんですけど、撫子先輩」
「……だな」
 腕を両断され絶叫する魔竜メフィストフェレスを見上げて、堂下大丞は冷や汗を流す。
 でかい。
 怪物というより、怪獣だ。
 しかも先ほどは、3メートルはあるロボットを握り潰しかけていた。
 ……勝てるのかなあ。そう、大丞は内心の不安を必死に表に出さないようにする。
「大丈夫。撫子の爪で切り裂けたという事は、あれの密度はそう強くないはずよ」
 吉明ユリが言う。確かに、坂上撫子の能力である刃は、彼女よりも魂源力の「密度」が弱い者にしか通用しない。
 故に、あの竜は撫子よりも「弱い」という話が成り立つのだ。
 だが――
「正直、そう単純な話でもないだろう。彼らの力――あの機体を握り潰すほどのラルヴァだ。
 隙を作れればいい、と思ってはいたが」
 腕を切り落とせるとは、撫子自身も思ってはいなかった。
 攻撃を加えることで、脱出の手助けが出来ればいい、そう思って斬りかかったのが、こういう結果になるとは。
 一撃が聞いたことの達成感や満足感より、むしろ違和感のほうが多い。
 そして、仮面の男――ファウストの表情。
 笑っている。
 あの攻撃など、大して効果はない。無意味だ、と笑い飛ばすかのように。
「ふん――新手か? まったく、次から次へと沸いてくる――地獄の亡者のようだ。
 だが――
 メフィストフェレス!」
 ファウストの声と共に、切り落とされた腕が再生する。
「っ、ダメージがない……?」
「気を抜くな、私の刃で切れる以上は――対処は出来る! いくぞ大、ユリ!」
 三人が走る。


(どういうことだ……?)
 違和感は、祥吾もまた同じだった。
 永劫機メフィストフェレスが全力で引き剥がそうとしたあの指は、恐るべき強度と力を持っていた。
 だが、あの彼女の爪の一撃は、腕をいとも簡単に切り裂いた。
 何故だ?
 その差は一体――
 魂源力の刃に弱い? 物理攻撃への耐性?
 違う。違うはずだ。違うと思える理由は特にない、勘のようなものだ。
「ぐ……っ」
 祥吾の体は動かない。上半身を立てるぐらいが精々だ。
 やれることなど何もない。
 永劫機は、実体化させる事が出来ない。ダメージが大きく、残された時間ももはやない。
 出来ることなど何もない。
 もはや、祥吾に残された力はなく、一般人……それも傷つき動けない重傷者だ。
 だから、なにも出来ない。
 だがそれは――諦める理由にはならない。
 せめて、見る。
 敗北を受け入れない。三人と、敵の戦いを見る。
「……?」
 そして気付く。
 先ほど、永劫機と戦っていた魔竜の動きと違う。
 そして――
「今度は、刃が通じてない」
「ええ……でも、永劫機を絞めていた時ほどのパワーも……感じられません」
 メフィストもまた、それを見る。

「おかしい……!」
 撫子は焦る。
 両断できたあの腕、確かに通じた攻撃。
 それが通用しない。刃が立たないのだ。
 その動きから察するに。
「おそらく……あれは魂源力によって作られた、映像のようなもの」
 ユリが言う。
 そう。
 異能による「召喚」と呼ばれるものには、いくつかのパターンがある。
 次元、時空に楔をいれ、こじ開け、文字通りに「呼び出す」もの。
 そして、自らの魂源力により、対象を一時的に再現し作り出すもの。
 永劫機メフィストフェレスの場合、黄金懐中時計を核として周囲の分子、粒子、そして魂源力で永劫機を組み上げる。
 これは祥吾の異能ではなく、黄金懐中時計に仕組まれた機構。
 そうやって「召喚」された永劫機を、祥吾とメフィストが操るのだ。
 では、魔竜メフィストフェレスの場合は?
「再現された竜……じゃあさっき攻撃が通じて、今は通じないのは」
 大丞もまた、その解にたどり着く。

「そうか……あいつ、魂源力の密度、出力、そういったものを……」
「ええ。調整しているんです、おそらく。それも恐るべき速度とタイミングで」
 メフィストが言う。
「永劫機を捕らえた時、その全力、全密度を手に、指に集中させていた。
 だから……力比べでは勝てなかった」

「なるほど。そしてその手に密度を集めていたからこそ……」
「撫子先輩の攻撃が当たった腕は、薄かったから」
「切り落とすことが出来た……不意打ちが功を奏したって事なのね!」
 だが、転じて言えば。
 不意打ちさえ喰らわなければ、その類稀なる魂源力の操作能力は三人を相手にして一歩も引かぬ。
 撫子の爪の威力は既に把握している。
 そして、それに釣り合うだけの力を、攻撃を受ける部分に集中し、はじき返す。
 それだけで事足りる、ただそれだけの事――と言うには、あまりにも馬鹿げている。
 最低の力で最大の効果。だが、言うは易しのそれを実際に行えるのがどれだけいるだろうか。

 魂源力を操り、様々な幻覚を作り出し、質量、実像を与える、精妙にして緻密なるその技術。
 それはまるで、楽器の調律――いや、交響楽団の指揮のごとく。

“指揮者《コンダクター》”ドクトル・ファウスト。

 まさに、稀代の魔術師の名に相応しい――!


「それなら――」
 撫子と大丞が目配せする。
 今までの戦いで、思い知った。
 相手は――この魔竜を繰る魔術師は、実に精妙で緻密。芸術といってもいい美しさと繊細さで竜を繰り出してくる。
 まるで、楽しむかのように、弄ぶかのように。
 それは余裕だ。紛い物のメフィストフェレスを容易く戦闘不能にまで追い込んだ。
 そう、イレギュラーさえなければ、勝利は不動という認識から来る、圧倒的余裕、慢心。
 そしてそれは事実である。
 大丞達《イレギュラー》が現われなければ、永劫機は戦闘不能に留まらず、完璧に破壊され、時坂祥吾はその命を失っていただろう。
 だが、奇跡は二度起きぬ。
 戦いの最中、ファウストは魔竜を操りながらも、結界を敷いていた。
 戦いの場をコントロールし、魔竜の外れた、否、敢えて外した攻撃に魂源力を乗せ、魔法陣の基点を築く。
 舞台を闖入者に汚させぬための、基本にして単純なる人払いの結界。
 それを既に敷き終えている以上――もはやいかなる者とて、この場に立ち入ることはならぬ。
 恐るべきは、この場の誰にもそれを気付かれぬ技量。
 そして仮に結界に気付き、破壊し乗り越えたとしても――その時点で、対処の術は組み上げられる。
 故に、ファウストはただ、眼前の三匹の羽虫に対して絶妙なる技を繰り出し続ければよい。
 そして、彼我の実力差を存分に思い知らせ、此処にいる者全員を打ち倒すのだ。

「くぁうっ!」
 竜の丸太のような尻尾が横薙ぎに振るわれ、撫子を弾き飛ばす。
 だん、だん……と軽快な音を立てて、ボールのように転がる。
「先輩っ!」
 大丞が駆け寄る。撫子は、ごほっ、と咳き込む。
 血を吐き出したりしないことは僥倖だ。打ち所が悪ければ、あの一撃は内臓を破裂させていてもおかしくない。
 だが、動かない。あの攻撃をくらい、撫子は顔をしかめ、その場で大きく息を吐くのみ。
 それは、魔竜とその操り手にとって絶好の好機。
「まずは、二匹。――殺せ。チェックメイトだ」
 ファウストの指に従い、魔竜メフィストフェレスが咆哮をあげ、巨大な顎を開く。
 迫るは牙。
 精妙に緻密に、撫子と大丞の攻撃に耐え弾く硬度、そして彼らを噛み砕く強度を備えた、一撃必殺の牙。
 迫る。
 迫る。
 迫る――

 だが、その刹那の後に死を迎える運命にありながら。
 生贄達《かれら》は、笑っていた。


「――大」
「はい、先輩」
 仕込みは上々。
 相手の特性に感づいた以上、ならばとるべき手段はひとつ。
 そして、とるべき手もまたひとつ。
 手を繋ぐ。
 大丞の他者強化の異能。その力が、撫子に流れ込み、そして――

 本来の力を超越した、刃を生成する。

「な――」
 驚愕は、ファウストの口から。そして、彼らの死を直感し、再び永劫機を織り成そうとした祥吾の口から。

 一刀――いや、一刃両断。

 魔竜が絶叫する。断末魔の唸りを残して、その幻が消滅する。

 幻想によって編まれたソレは、確かに実体ではない。
 だが、その想像力が精密にして強固であるからこそ――
 腕を切り落とされてたところで、竜ならば生えてきてもおかしくは無い。
 だが、真っ二つに両断されて死なぬ生物など、怪物であっても在りはしない。
 少なくとも、それが創造主であるファウストの中での常識。
 現像を実体として結んだ時点で、そのルールすらも適応されたのだ。
 無敵の異形など創れない。
 故に――

 魔竜メフィストフェレスは、ここに滅びた。

「――」
 ファウストは瞠目する。
 まさか、魔竜メフィストフェレスが斃されるとは――
「勝負あったわね。さあ、諦めて……」
 ユリが言う。だがる、ファウストの驚愕も一瞬限り。
 そもそも――

 幻影をただ一度掻き消されただけの事。その事実に戸惑うものの、恐れる必要が何処にある?
「!?」
 揺らぐ。
 揺らぐ。
 空間が揺らぎ、更なる幻が現われる。

 巨大な爪持つ悪魔。
 百の女の腕を持つ悪魔。
 五つの山羊の足を持つ目玉。
 腐臭を放つ猫頭の蜘蛛。

 幾多もの悪魔の幻が現われる。そしてそれは、実体を持つ幻、魂源力で編まれた怪物。
「な、こんなに――!?」
 その、緊張の声を上げる撫子たちに向かい、ファウストは恭しく一礼をする。
「先ほどのメフィストフェレスのみが我が力と思ってもらっては――困る。
 だが――正直驚いたよ。まさか、倒されるとは思わなかった。
 故に――」
 腕を振る。
 次々と悪魔達がその実体をほどけさせる。
「今回のワルツは此処まで、としよう。
 誇れ。貴様達がこの私を、ヨハン・ゲオルグ・ファウストを退けたのだ。
 私の、敗北である」
 それは嘘だ。ファウストは微塵も自身が負けたなどとは思っていない。
 これは、相手を尊重し、勝者として称える――その皮を被った、欺瞞。冒涜であった。
 お前たちは、勝ちを拾わせてもらったのだ、と。
 その譲ってもらった勝利に甘く酔うがいい、と。
「……っ」
 その事実に歯軋りをする。
 この男は、強い。
 その撫子達の苦悩を堪能し、そしてファウストは深くお辞儀をひとつ。
「待て――!」
 立ち去るファウストにむかい、体を起こした祥吾が問う。

「お前は、何者だ――?」




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