【ミストルティンの寓話騎士 第三話 二】


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【case2:Eiserne Jungfrau】


 これは、双葉学園とは別で起こった事件。
 この世界《にちじょう》ではよくあることであり、そして隠蔽されることもまたよくある、
 どこにでもある安っぽい悲劇。

 その日、その女子高の生徒達が全員死んだ。ただそれだけ。
 正確には、登校した生徒達全員。五百二十名、その悉くが殺された。
 その惨劇を回避できたのは、病欠やサボり、そしてひきこもりの不登校の少女たちだけである。
 その数、八名。
 そしてその少女達は、ただ運良く回避できただけに過ぎない。

 本当に、そうだろうか?

 そう疑問が湧くのもまた当然。世界に運命という絶対律があり、偶然は必然ならば。


“そうね”

 笑い声が響く。

“故に、あの子たちが生き延びた理由は一つ”

 それは悪意を孕んだ声。

“あの七人が生き延びたのは――”

 絶対的な、殺意の元に。
 彼女はその娘たちへと声を届かせる。

“ただの、食後のスイーツ”


 ――そして。
 取るに足らない惨劇が開始される。


 皆槻直と結城宮子の前には、新しい血が飛び散っていた。
「うわぁ……」
 ほぼ全校生徒が殺害された事件。
 当然、封鎖された校舎に立ち入るものなどいない。いるはずがない、常識として。
 だがその埒外もまた当然存在する。
 それは、彼女たちのように、ラルヴァが起こしたであろう事件を調査・解決しようとするものだったり。
 そして――
 新たなる犠牲者だったり。
「間違いない、新しい被害者ね……」
 血は新鮮な赤色。数日前に殺された血痕ではない。
 そしてその血の主は、すでに事切れている。
 どれだけの恐怖と苦痛を味あわせられたら、こんな顔をするのだろうかと、想像することすら痛ましい表情を張り付かせて。
「ひどい……」
 直は、拳を握り締める。
 これは、彼女の美学とは相容れない。絶対に。
 戦いの果ての死、などでは断じてない。そもそも彼女達はただの人間。ただの一般人。
 それをこんな、拷問と玩弄の果ての……殺すことが目的ですらなく、「遊んでいたら死んだ」かのような。
 宮子は、その遺体の目をそっと閉じさせる。
「……とにかく、ここにラルヴァがいるのは間違いないわね。
 見つけ出して、退治しないと……」
 そういいながら、血に染まった廊下を見つめる。
 すると……

「た、たすけてください……!」

 疲弊したか細い少女の声が、二人の耳に届いた。 



 少女は、武上華菜、と名乗った。
 引きこもりの不登校児。
 だが、何故か気がついたら学校にいた。自分でもわからない。
 ただ、呼ばれた気がする、とだけ。
「そんな、こんなひどいことになってるなんて……」
 恐怖と嫌悪にむせび泣きながら、華菜は言う。怖い、と。
「でも、一人でも……よかったよ、本当に」
「ありがとう……本当に怖くて。
 私、ここから出たいの……お願い、助けて」
 華菜が懇願する。だが、その時……

「あなた、誰」
 直が、言う。
「え、誰って……」
「学校の生徒で、残っているのはいないのよ。
 この中で私達が見つけた、新しい被害者は七人。
 生き残ったのも七人……もう、いないの」
「わ、私は……いや、ちょっと待ってよ。
 新聞見てないの? あの時の事件で……」
「そうね。あの日、学校に行かずに、あの事件に会わなかったのは七人。
 でも……」
 一息ついて、続ける。
「残りの一人は、死んでいた。ひきこもりの末、自ら命を絶って」
「……」
 直たちは、すでにそれを調べていた。事件の情報収集は、基本だ。
「そう、これで五百二十+七+一、総勢五百二十八名……この学校の生徒は全員亡くなった。
 じゃあ、あなたは誰なの? 最後の一人、自殺したはずの女の子の名前を騙る、あなたは」
 その言葉に、少女はうつむき、そして……
「うふ、ふふふふ……」
 くぐもった笑いは、
「あは、あははははは、あっははははははははははははははははははははははは!!」
 哄笑へと変わる。
 そして。
「! ナオ、跳んで!」
 宮子が叫ぶ。その声に従い跳躍したその刹那、
 巨大な鋼の棘が空間から飛び出し、直前まで直のいた場所を串刺しした。
「惜っし~い。もう少しだったのになぁ」
 くすくす、と。
 鈴を転がすような声で笑う少女。
 血に染まった校舎にそれはどうしょうもなく不釣合いで。
 似合いすぎるほどに、邪悪だった。
「……ラルヴァ」
「ええ、そうよ」
「武上華菜を殺し、その体を……乗っ取ったの?」
 宮子の言葉に、華菜の姿をした少女は笑いながら言う。
「はあ? なんで? 私が、華菜を? ちょっと、なにその発想?
 あはは、おかしすぎ! ねぇ、乗っ取るって何? 私ってば何者? それ、あはははははは!」
「……っ」
 そのあまりにも馬鹿にした笑いに、宮子は憮然とする。
「私が、この私が! あの子を殺すはずないじゃない!
 だってさぁ……」
 メキメキ、となにやら音が響く。
 その音は、彼女の腹から。
 そして――
 腹が爆ぜ、そこから鎖が幾重も飛び出す。

「殺してあげる前に、殺されちゃったんだからさぁっ!!」

 唸る鋼の蛇。二人は走り、それを避わす。
 鎖はまるで生きているかのように、地を砕き壁を走り、二人を追いかける。
「ほらほらぁっ、早く走らないと追いついちゃうわよ? もっと早くぅ!」
 笑う。笑うラルヴァ。
 鎖は生物のように、二人を追う。
 そして……
「それだけじゃないわよぅ?」
 その言葉と共に、床が爆散した。
「!」
 床から生える、太い針。
 それが宮子の足を貫く。
「あうっ!」
「ミヤっ!」
 そして、その刺棘に足を取られた瞬間、唸る鎖が宮子の全身を縛り上げる。
 その光景に気を取られた一瞬の隙を突き、直の体にもまた鎖が巻きつく。
「く……!」
「うああっ!」
 少女の腹を破り生える、血に染まった鎖が二人を拘束する。
「つーかまえたっ」
 まるで鬼ごっこで勝ったかのような、そんな童女のような笑顔で、二人を縛り上げる。
「んー、拍子抜けよねー。かっこよく攻め込んできたのにもうおしまい?
 ほらほら、もっと頑張りなさいよぉ。でないと……」
 別の鎖が、じゃらりと音を立てる。
 鎌首をもたげて引っ張って来たのは、死んだ少女の亡骸。
「あなたたちも、こうなっちゃうよ?」
 めきめきと音を立て――
 ぱきゃん、と軽快な音を立て、その亡骸の頭は砕け散った。
「っ!」
「く……っ、そ……!」
 頭の中身が、体の中身が飛び散り、床に、壁に、そしてラルヴァの顔に染みを作る。
 ラルヴァはそれを美味しそうに舐める。
「ふふ、やっぱり浴びるなら女の子の血よね。
 処女じゃないしただのゲスだけど、まあ贅沢は言えないかな」
 その光景に、直は怒りを燃やす。
「やめ、ろ――」
「なによぅ。なんで? あんたらだって、アレでしょ? ラルヴァを殺したりしてるんでしょ?
 ならなんで私が人間を殺しちゃいけないの?」
「ふざけるな!」
 直は叫ぶ。
「それは戦いじゃない。私は――お前のように、弱者を一方的に痛めつける奴が、嫌いなんだ!」

「あはははははは! そうね、確かにそう。本当にそうよねぇ、だったら――」
 ラルヴァは笑い、そして――その顔を、憤怒と悪意に歪める。
「なんでそいつらを守るのよ」
 一転。
 周囲の空間が変わる。
 これは映像。
 空間に投影された、怨念だ。
「私は見てた」
 華菜が、殴られていた。殴っている相手の中には、先ほどに直たちが見た顔もある。
 みな、笑っていた。楽しそうに。当然のように。
「私は聞いていた」
 華菜が、犯されていた。それを見ながら、万札を数えている女の子の中には、先ほどに直たちが見た顔もある。
 みな、笑っていた。楽しそうに。当然のように。
「私は、知っていた」
 華菜の体験してきた絶望、羞恥、悲嘆、それら全てが映し出される。
「私が間に合えば――もっと早く、私に力があれば――」
 マンションの屋上に立つ華菜の姿。
「もっと早く、私が私になれていれば!」
 ここまで苦しむ前に、殺せてあげた!
 きれいなままで、殺せてあげたのに!

 クズどもが、ただ楽しいから、面白いからという理由だけで、浮浪者に乱暴させた。
 それで病気に罹った。
 クズどもが、ただ楽しいから、面白いからという理由だけで、薬品をかけた。
 それで、肌が焼け爛れた。

 そして絶望し、死を選んだ。
 ただそれだけの、よくある陳腐な単なる悲劇。

「あなた、一体――」
「お前、は……?」

 二人の声に、ラルヴァはただ笑う。
 そして、その手を顔面にかける。
 血が滲む。血が流れる。血が沸騰する。血が凝固する。
 それは、血の仮面。
 彼女の血で、武上華菜の断末魔の血で出来た、仮面。

 そう、これはただの悲劇だ。。
 ならばこそ――「ただの悲劇」で終わらせてなるものか。


“憎いですか?”

 声が響く。
 ああ、憎いに決まってるじゃない。

“許せませんか?”

 当然よ。
 これを許せるものか。

“何を望みますか?”

 彼女が失った美を。復讐の甘美と共に、それを再び取り戻す。

“あなたには、その手段がないのに?”

 そんな事は判ってる。
 私には自由に動く体がない。意思もない。心もない。魂もない。
 ただの人形。
 でも――

“その呪いは、実に素晴らしい!” 

 私には呪いがある。
 あの子が私に込めた呪い。断末魔の憎悪。
 ただの人形の私に込めた、血と叫びが、私に呪いをもたらした。

“ならばこそ――”

 そう、ならばこそ。

“貴女には、踊る権利がある。義務がある。資格がある!”

 そう、悲劇はいらない。私が欲しいのは――

“仮面を授けましょう。あなたはこれよりプリマドンナとして――”

 恐怖劇を、踊り狂う!




「何、これは――」
 直たちはそれを見る。
 ただの、傷だらけのデッサン人形。
 武上華菜が呪いと憎悪と怒りを込めて、デッサンナイフを叩きつけ傷つけ、自らの血を擦り込んだ、歪な木製のヒトガタ。
 それに、血の仮面が張り付く。
 怨念が、結集する。凝固する。
 その姿は――
 処刑器具、拷問器具が集まり、人間のカタチになった、デキソコナイの滑稽な人形。
 針金。ペンチ。棘。鎖。手錠。針。車輪。檻。
 それらが出鱈目に寄り集まって生まれた、不恰好で、だからこそ凄惨で恐ろしい――

「鋼鉄の処女――」

 二人の前に立つのは、正しく処刑具人形。アイゼルネ・ユングフラウ。
「その子のための……復讐で、こんなことを……」
「その子が、そんなことをして――喜ぶとでも!?」
「当たり前じゃない。世を憎み、世を呪って死んだ娘が、その復讐を喜ばないとでも?
 ええ、したり顔で言う人っているわよねぇ。
 その子は生前に、復讐を考えたのか、とか。
 馬鹿じゃない? 弱くて脆い子はね、負け犬はね、そんなことを考える事すら出来ない!
 死ぬ気なら立ち向かえる?
 呪うぐらいなら殴れ?
 はっ、馬鹿じゃない? そんなの――強い人間の勝手な持論よ!
 強いからいいよねぇ、弱い人間の気持ちなんてわからない。わかったふりをするだけ、わかったつもりで……優しい自分に浸れるから!」
「違う!」
「あはははははは。何が違うの? あなたたちは何を救った? 違うでしょう、ラルヴァを倒す、殺すだけ。
 正義の味方気取りで、価値観の違う存在を殺して、酔ってるだけよ?
 違うって言うのなら――
 なんであなた達は、華菜を救ってくれなかったの?
 そうよね、救う理由なんて無いものね、だって――ラルヴァに襲われたわけじゃない、ただいじめられてるだけの弱い女の子なんていくらでもいる! そんなのを助けるぐらいなら、ラルヴァを倒したほうがいい。そう、そうよ? ラルヴァを倒せば、そいつに殺されるかもしれない多くの人間が助かるから、だから――人間によっていじめ殺される、どこにでもいるそんな女の子に気付く必要ないものね!」
「違うっ!!」
「勘違いしないでね? 責めてるわけじゃないもの。
 自分の手の届く範囲しかどうにもならないのは当然だもん。
 それが限界。だからさ、あなたたちは目に付くラルヴァを殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くせばいい。
 ええ、最高よね。ラルヴァにも心はある。動物にも心があるのと同じ。血の色はどんなかしら? その悲鳴は?
 ああ、考えるだけでドキドキして胸が高まる! 自分とは別の生物、自分達を害する敵だから倒していい、殺していい、なんて素敵な免罪符!
 本当、あなた達って最高」
「ふ、ざけるな……!!」
「ふざけてなんかないわよ。だから私は、異能者《あなたたち》が大好き。
 だから……」
 鎖がほどける。
 二人は床にそのまま投げ出される。
「あなた達は殺しちゃわないわ。あなたたちがラルヴァを殺していくのを楽しませてもらう。
 あなたたちも恐怖劇の大事な大事なブリマドンナ。
 そして……」
 仮面が笑う。 
「それが違う、って言ったよね? ならその偽善が何処まで通用するか楽しみ。
 だからここでは殺さない。
 でもいつか殺してあげる。私があなたたちを覚えていたら、の話だけどね?
 だって――」
 鋼鉄《アイゼルネ》の処女《ユングフラウ》は笑う。
「何処の誰でも言いそうな、陳腐でどうでもいい正義なんて、私の胸には届かないもの。
 あの子の嘆きが誰にも届かなかったように」
 それは何処にでもある話。どこにでもある安っぽい悲劇。
 理由は、その基点は何だったかはもう思い出せない、そのくらいに些細な、いうなればボタンをかけちがった程度。
 いじめられ、疎まれ、そして犯され殴られ踏み躙られる、何処にでもある弱者の、ただひとりだけの地獄。
 それを生き地獄だと、同情する余人は言ってくれるだろう。だが、言ってくれるだけだ。
 ひとつの国どころか、地方、いや市、町、区――そのぐらいに地域を切り刻んでも、そのどこにでもあるような、安く陳腐な生き地獄。
 転じて世界を見渡せば、貧困にあえぐ国、戦火に晒された国に起きる多くの悲劇に比べれば、なんと陳腐で矮小。
 そんな程度、五時のワイドショーのネタにすらならない。
「自分だけが、不幸だと――」
 ナオの言葉に、
「思うはずないじゃない?」 
 そう彼女は即答する。
「だから知らしめてあげる。世界に。華菜のだけじゃない、みんなの苦痛、苦しみ、悲しみ、屈辱を。
 みんなの不幸を、平等に。そう、これが私の、華菜への愛!
 私の愛が世界を包む、私の棘で抱いてあげる!
 あは、あはははは、あははははははははははははははははは!!」

 笑いながら、影へと溶ける。影へと消える。
 その前に、直は問いかける。

「お前は、何者だ――?」





【case3:Wladislaus Drakulya】


(死にたくない)
 闇の中、
 彼はそう考えていた。
 彼は死んでいる。すでにこの世のものではない。
 だが、何故彼はそう思うのか?
 死者はものを考えない。死者は語らない。死者は歩かない。
 だがそれでも――
(死にたくない)
 その思考が、体を焼く。
 生への渇望、命への羨望が狂気となって荒れ狂う。
(死にたくない)
 彼にもはや体は無い。在るのはその執念のみ。
 それでも、手を伸ばす。渇望を形に。憎悪を姿に。
 ただ。
 それはただ――

(生きたい――!!)



 それを聞き届けたのは、誰か。
 それは誰でもない誰か。それは誰でもある誰か。
 それは語り部。
 それは道化。
 彼はその声を聞き届け、そして彼に賛辞を贈るのだ。

 然り。
 然り。
 然り!
 素晴らしい。おお、おお……なんと素晴らしいその渇望か!
 生きたいというのは生物の本能。
 故に寓話はそれを叶えない。
 だが。だが、だが!
 死してなおのその渇望。嫉妬、羨望、憎悪――
 ここまでの感情が渦巻くそれはもやは、本能という陳腐な言葉では語れない。
 ――衝動である。
 素晴らしい。人は此処まで狂えるのか。
 憎み、焦がれ、それはまるで愛にも似た憎悪。

 よろしい、ならばいまこそ君の物語は始まる。
 生に焦がれる物語。
 死を拒絶する物語。
 受け取るがいい。
 さあ、貴方は。貴方様は――――
 その名は――――!!



 オメガサークル、とよばれる秘密結社がある。
 異能者研究の機関だ。
 故に、異能者の死体が出れば、それを非合法な手段で回収する事も多い。
 葬儀屋に手を回し、死体を摩り替えたり。
 学園の“掃除屋”にメンバーを潜入させ、そして横流しさせたり、である。
「うーわ、こりゃアレだな。使えねぇ」
 研究員の一人が、ソレを見てぼやく。
 双葉学園の商店街炎上。
 その事件の犯人と呼ばれる異能者。
 被検体Nβ207。
 彼の所属していた組織の名は、スティグマ。コードネーム……ギガフレア。
 だがその名ももはや意味を成さない。
 何故ならソレは――
「ただの灰じゃねぇの。遺伝子調査もできねぇよ、これじゃ」
「ったく。こんなゴミ、もって来たの誰だ」
 ぼやきながら、研究員はその黒い燃えカスのファイルにボールペンで雑に書き込む。
 被検体Nβ207、ロスト。
 役立たず、と。
「次のNβ208……今度は女か。うわ、もったいねぇ」
 研究員は頭を大げさに抱える。その遺体が美少女であったからだ。
「くそー、生きてるときにお目にかかりたかったぜ」
「いいじゃん別に。外傷なし、データによると死因は遠距離攻撃による心臓麻痺、ってことだし……」
「なるほど」
 研究員達はにやりと笑いあう。
「バラす前に、楽しめるって事か」
「まったくだ。さっきのゴミとは大違いだ、死んだ後も役に立ってもらわないと」
 ギガフレアだったモノに嘲笑と罵声を浴びせながら、研究員たちは少女の遺体、その乳房に手を伸ばす。
「へへへ……ん?」
 その時、研究員達は異常に気付く。
 薄暗く青白い研究室に、赤い光が見える。
 それは研究員達の後ろから。
「何、だ……?」
 彼らは振り向き、そして――見てしまった。

 燃えている。
 灰が燃えている。
 その火種が大きくなり、炎を上げ、そして人の姿を取り始める。
「ひ、なんだ……なんだこれは!」
 研究員は非常ベルを押す。
 鳴り響く警報。シャッターが下りる。
 だが――
 シャッターに穴が開く。赤い紅い、杭のように凝縮された炎が、超硬合金とセラミックの多重積層シャッターを突き破る。
「ひいいいいっ!」
 そして炎が人の形をとる。
 その頭部と思われる部分に張り付くは、仮面。
 真紅の仮面。炎の色、血の色。赤い仮面。
 そして、その仮面を貼り付けた顔が――口を開ける。
 炎の牙が、研究員達を飲み込んだ。


 彼は、生きたかった。
 その異能、炎とはすなわち、命の炎。
 彼は、羨ましかった。
 生きている人間が、死した今、その羨望はさらに燃え上がる。
 彼は、憎かった。
 世界の全てが。
 そして、死した今――死から蘇った今、その憎悪と殺意は、生きる全てへと向けられる。

 炎にその施設は飲まれる。
 研究員達、警備員達、そしてそこにいたオメガサークルの異能者たち――
 誰も彼もが一切合財の区別も無く、その血を啜られ、肉を燃やされて死に絶えた。
 その死と灰の世界で、それは笑う。
 自らの新たなる生誕を呪う。
 この忌むべき世界に再び、一個の存在として立ったその悲劇を歓喜する。 

 彼の物語を称えよう。

「――謳え! 命を憎む物語を!
 ――燃やせ! 世界を焼き尽くす炎で!!
 僕は戻ってきた! この憎むべき世界に!
 そうだ、そうだ、そうだ! これが僕の物語!!」

 彼は笑う。
 その名は。その物語は。その仮面は――“吸血鬼ドラキュラ”。

 ヴラド=ギガフレア。
 紅蓮の串刺し公。

「待、て……!」
 息も絶え絶えな異能者が、なんとか声を絞り出す。
 もはや彼の残された命は少ない。
 数瞬後にも、尽きてしまうだろう。
 だからこそ、せめて――自身の疑問を晴らしたかった。
 何だ、コレは。
 何なのだ。

「……お前は、何者だ――?」










「お前は、何者だ――?」

 その問いに。
 仮面のラルヴァは、答える。

「――寓話。寓話演者《グリムアクター》」

 或いは、

「寓話人形《グリムドール》」

 そう、手にした自らの力を、あるいは自らの存在を誇るように。

「物語に成り得た、現実」

 或いは。

「現実を侵した物語」

 彼らは――

「我らは――」












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