【ミストルティンの寓話騎士 第三話 三】


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 双葉学園の生徒達は、今日、夢を見た。
 正確には、生徒――ではなく、双葉学園にいる者、いや、この物語に関わるもの達が、である。
 夢を見る。確かにそれはありきたりの普通のことだ。それ自体には、特筆することは何もない。
 だが、同じような夢を、多数の人間が見た、それならば話は違う。
 無論、全ての人間が、ではない。また、見たものの忘れてしまった者もいるだろう。途中で醒めてしまった者もいるだろう。
 だが、それでも。
 双葉学園の生徒達は、今日、夢を見た。
 正確には、生徒――ではなく、双葉学園にいる者、いや、この物語に関わるもの達が、である。
 だからその者の数だけ、この夢はある。
 夢を見た一人一人が体験したエピソード。
 これは、そのひとつである。


 語来灰児は、目を覚ます。
 目を覚ますというよりは、意識を取り戻すといったほうが正しい。何故なら此処は夢の中なのだから。
「劇場……?」
 そこは奇妙な場所だった。
 黄金と天鵞絨で作られた巨大な劇場。縦に長く造られた円形。天上はなく、天蓋もなく。だが、その先は見えない。無限に続く螺旋階段。
 しかも、もっとも奇妙なのは――
 その黄金に、継ぎ目がない。溶接の痕すらもない。
 全てが一体成型で造られた、巨大な黄金の螺旋劇場であった。

「然り」

 その劇場に、声が響く。
 男のようであり、女のようであり、少年のようであり、老人のようであり、特徴的であり、平凡な声。
 誰でもない声。それが黄金に反響する。
「誰だ」
 灰児は、その声に問いかける。
 この劇場は何だ、此処は何だ、と。
「此処は――夢で御座います。誰もが見る夢。誰もに繋がる夢。
 星幽の海にたゆたう、我が黄金螺旋劇場に御座います」
「アストラル……だと?」
「然り」
 アストラル。その単語を灰児は知っている。
 陰秘学《オカルティズム》にて、あるいは神智学にて、人間を構成する世界の一つ。
 そして心理学で現す所の――
「集合無意識の世界、か」
「然り。流石は語来灰児殿、博学でいらっしゃる」
「君は何故、私の名を知っている」
「此処は我が劇場に御座いますが、同時に貴方の世界でもあるので御座います。
 集合無意識の水面の下、深く深く潜れば、全ては繋がっているので御座います故に」
「趣味が悪いな。つまり、覗き見したということか」
「そうとって戴いても構いませぬ。私は道化なればこそ」
「道化、ね。ならば聞こう。君は誰だ。道化を名乗り、この劇場の主を名乗る君は」
「私は誰でも無く、そして誰でもあるので御座います。
 我は恐怖。我は語り部。黄金螺旋劇場の支配人。舞台の外で踊る道化。
 ですがあえて言うならば――」
 仮面の道化の姿が消える。
 そして、劇場の舞台に黄金のスポットライトが当たる。
 そこに並ぶは無数の仮面、それをつけた者達。
 男がいた。女が居た。少年がいた、少女がいた。老人がいた、若者が居た。
 巨人が居た。小人がいた。痩せたものがいた。太ったものがいた。
 怪物が居た。魔物が居た。妖精がいた。悪魔が居た。機械がいた。
 それらに共通するのは、皆様々な仮面を被っている。

「我が仮面舞踏会を率いる、ただの怪物に御座います」

「ラルヴァ、だと――」
 だが灰児の知識の中に、このような者は存在しない。
 誰だ。これらは何だ。
 そして灰児は、注意深くそれらを観察し、とある共通点に気付く。
 その仮面の意匠――
「寓話……」
 ファウストがいた。エリザベートがいた。ヴラドがいた。ジルドレェがいた。ジャンヌがいた。シンデレラがいた。ドワーフがいた。双子ヘンゼルとグレーテルがいた。クロウリーがいた。ジークフリードがいた。
 それらはみな、寓話童話神話伝説御伽噺、それらの登場人物の仮面を被り踊っている。
「然り。彼らは皆、寓話の仮面を被りし、我が舞踏会の演者、人形達に御座います」
 まさか。
 しや、そんなはずがない。
 これだけのグリムが一度に存在するなど、あってはならない――!
「その通り!」
 道化は手を叩く。
「然り、然り、然り。
 彼らはグリムではない。彼らは――
 私が騙りし物語」
「なん、だと――」
 灰児は理解する。
 眼前の道化は言った。自らを語り部、と。
 つまり。
「君が彼らを作り出したというのか。グリムの劣化品を」
「御慧眼、流石でございます!」
 道化は称える。
 だが――
「在り得ない。劣化版、模造品とはいえ、グリムを作り出す――?
 そんなこと、出来るはずが無い」
「人が思い描ける全ては、必ず実現できるとジュール・ヴェルヌは言いました。
 強い思いは現実と結びつく。意思は現実となる、これは魔術の基礎にして奥義で御座いましょう」
「人……だと。まさか、君は」
 彼の言葉から、灰児は一つの可能性を思い浮かべる。
 グリムを生み出す。それを語り、騙る。劇場で踊る。その劇場は何処にある? そう、それは現実にには無い。
 それは――
「そうか。君は……グリムに取り憑かれた、人間――否、人間だったもの、か」
 グリムの第三段階。生命の樹における第三階層。
 創造。
 此処は、それによって造られた、異界の劇場。
「然り、に御座います。
 我がグリムは“恐怖劇《グランギニョル》”――物語を産み出す物語」
 そう、最近――異常な頻度で増殖するグリム達。
 あれが、本来発生する自然現象ではなく、誰かによって作られた人為現象だったとしたら。
 グリムを魔術のひとつではないか、と語る研究者もいる。 
 それはグリムの成長が、生命の樹の構造と酷似しているからだ。活動界より原型界へと段階を踏み到達し、やがて神の領域へと至る。
 神とは、すなわち世界の根源。世界の法則。
 まさか、とは思う。在り得ない。だがしかし――
「君は、到達したというのか」
 灰児は問う。ありえないはずだ。だが、しかし。
 そして道化は語る。
「然り。私は到達した」
 宣言する。
 自らは、原型へと到達したのだと。
「原型領域へと到達し、世界を己がルールへと書き換える。
 そう、そして世界は――この地球、物質世界とは、限りますまい?」
「……なるほどな。可能性のひとつとは考えていたよ。
 魔術の世界には詳しくないが、受け売りで聞いたことがある。
 魔術では、人間をミクロコスモス――ひとつの宇宙、すなわち世界と認識すると。
 グリムが魔術である、というのが正しいなら。
 最終段階に到達したグリムが、そのルールで世界を書き換えるというのなら――
 君はそのルールで、世界《じぶん》を書き換えた」
「然り! 我が物語――物語を産む物語。それを語り、紡ぎ、笑いし者。
 私は道化。私は語り部。誰でもあり、誰でもない、舞台の外で笑うもので御座います」
 グリムの核となった人間は、物語に狂わされる。
 それは幼児への退行、残虐性の暴走、金銭欲の増幅など様々なパターンがある。
 だがみな一様に、グリムの孕む悪意によって、大なり小なり、狂わされてしまう。その欲望、願望に付け込まれて。
 だが、この男は――語り部を名乗る彼は、そうではない。
 元から狂っていたのだから。
 その欲望、そして狂気により、グリムの悪意すら呑み込んだ。
 そして、逆にその法則を支配し――人としての名を捨て、人外の存在へと昇華した。
 すなわち、ラルヴァへの変化――否、進化。
 確認される中で唯一――最終段階へと到達した、グリムである。
「そして君はグリムを産み出す――恐ろしいよ。これが全て……」
 彼のように、原型へと到達したなら。
 彼は自らを書き換えるだけに終わった。それはある意味、人類、世界にとっては僥倖だ。
 だがもし、続くこの人形達が――
「安心めされよ。其れは無い。無いのでございます」
「何故、だ?」
「逆に問いましょう。そしてご教授願いたく存じます。
 何故グリムは――原型へと到達できるのか」
「それは――」
 灰児はしばし熟考する。
「……人を利用する、からだろう」
 何故グリムは人にとりつき、欲望を叶えるのか。
 人間の欲望、それは強いエネルギーだからだ。強い望みは行動を動かす。
「然り! 逆に言えば、幻想、空想、架空――その存在たちは、人間ほどの強き欲望、そして魂を持たぬのです。
 何故ならば、そうなぜならば!
 神の座に近づき、神と相対する権利は、神の子たらヒトにこそ許された唯一の資格ゆえに」
「……」
 神がどうとか、そういう事は置いておくにしても、確かに人間の力というものはすさまじい。それは灰児も確かに認めることだ。
 だからこそ、グリムは自らが現実となるために、人間と結びつく。
「だが――我らの語りし仮面舞踏会は、人ではない。
 かつて人でありながら、現実でありながらも、空想、幻想を望み、物語に成りたがった者たち」
 人間である自らを捨て、物語の仮面を被り、物語そのものに成った者。
「彼らを、寓話演者《グリムアクター》」
 そして、
「世界と成らなくても良い。ただただ、狂おしくその実存を望み望まれ、そして我が仮面となりし物語」
 それは彼によって産み出された、人間を必要としない物語。鋳型によりて造られた贋物。仮面を被りし人形。
「彼らを、寓話人形《グリムドール》」
 彼らこそが、道化の率いる黄金螺旋劇場の踊り手達。
「彼らは人ではない。故に、神の領域にたどり着けぬので御座います。
 未来《さき》はなく、ただ現在《いま》を踊るのみ。演目が終わればまた明日、同じ踊りを繰り返す。
 そしてワルツが狂い咲き、我らが物語が世界を満たす」
「……」
 灰児は沈黙する。
 気圧されてでも、恐怖してでもない。彼らの恐ろしさは理解した。その脅威も。
 だが、ひとつだけ解せない。
 何故、このような夢を見せる? 何故、このような事実を語る?
「それは」
 その心を呼んだかのように、道化は告げる。
「ひとつ勘違いをしておられる。我らは人の敵ではない」
「何――?」
「私は人の願いを叶えましょう。オリジナルのグリムと同じように、滑稽に、丁寧に、人の望みを叶えましょう。
 そう、現実なんていらない、幻想になりたい、と願った彼らの望みを叶えたように」
 人間で無くなった寓話演者たち。
 彼らは望みを叶えた。そして――
「おお、おお! おられぬか、他にもおられぬか!
 下らぬ現実から脱却し、物語の主人公となりたいと願う、人間の皆様!
 望むならば与えましょう! その仮面をお被りなさい! 人の名をお捨てなさい!
 おお、おお、御照覧あれ!
 人としての生、存在を望みつつも、心のどこかで恐怖と刺激を求める観客の皆様型!
 貴方達の望むとおりに踊りましょう、歌いましょう、過激に、滑稽に、愚鈍に、優雅に!」
「……お前達は」
 そう、これは劇場。彼らは演者と人形。
 ならば当然――観客がいる。
 それは、ここに招待された全ての人。
 夢見る全ての人間達。
 彼らのために。彼らがために。
「私達は、踊るので御座います。歌うので御座います。演ずるので御座います!
 恐怖劇を! 輪舞曲を! 人が血と恐怖、悲鳴と絶望を心のどこかで望む限り!
 そう、それこそが――我がグリム。そして我らは――」


 ――仮面舞踏会!

 ――仮面舞踏会!

 ――仮面舞踏会!


 劇場が沸く。
 観客席に渦巻くのは愉悦と好奇。忌避と嫌悪。

 彼らはまさしく、人の望んだもの。
 故に、敵ではない。人類を害し、滅ぼそうとするものではない。
 だが、しかし。

「お前達は、危険だ」

 それを言ったのは灰児か、それとも――他の誰かか。
 同じく、たった今、夢の中でこの狂った仮面舞踏会に招かれ、しかし拒絶し、立ち向かう誰かの声か。

「貴様らと、戦う」

「ほう!」
 その声に、その意思に。
 道化師は愉悦する。
 そう、そうだ。それでこそだ。
 物語には敵が必要だ。
 悪に立ち向かう英雄が必要だ!

「然り。然り。然り然り然り!
 よろしい、なれば君は我が敵だ。君の敵意を我々は歓迎する。
 だが如何にする? 君に戦う術は無い」 

 そう、ここで戦う事は出来ない。
 何故ならこれはただの夢なれば。

「故に。現実の舞台で、我らがお相手いたそうではないですか。
 開幕を。開演を!
 我らは楽しみにさせていただきます――」


 そして、幕は落とされる。

 だから、これはその後の事。
 皆が夢から醒めた、その後で起きたひとつの出来事。
 だが、それは取るに足らないこと、という事ではない。
 それはひとつの意思。
 弱い人間の――強い反撃、その狼煙。




「では、私の裁量で君を【ワンオフ】へと認定しよう」
 灰児は言う。
「ほう」
 誰でもない誰かは、その言葉に仮面の奥で目を細める。
「名を捨て魔へと至ったのなら、私は君に名を与えることで君への攻撃手段とする。
 此処ではあいにくと、私にはその程度しか君に手は出せないからね」
 名という概念を与えることで、律の外の存在を律の内へと貶める。
 それは、何のことはない、ただの屁理屈、言葉遊びに過ぎぬ。
 どれだけ悪口雑言を重ねようと、眼前のものに傷など与えられようもない。
 だが――
 それでも、人の身として、出来る事がある。
 自分には異能は無い。ただの人間だ。
 そしてここには、双葉学園の異能者の知り合いもいなければ、助手も居ない。
 ただの脆弱な人間、ただの弱者。
 だが、だからこそ――成せる事もある。

 これは反撃の狼煙。
 自分ひとりの、どうということではない、ただの言葉。
 だが、それでも。
 これが夢ならば。
 そう――道化の言うとおりに、夢で繋がる、人々の心の海ならば。
 その波紋は、波となり届くはず。
 敵の存在を知らしめる。
 戦いの意思を立ち上げる。
 現に――灰児の胸にも届いている。
 見知らぬ誰かの意思。
 恐怖劇を目の当たりにし、憤る心が、届いている。
 気のせいだと笑えばいい。それでもいい。
 それでも、ただそれだけで、負ける気はしない。
 この身はヒーローではなく、ただ一人の弱い人間だからこそ。
 弱いだけの人間が、戦う意思をここに示す。
 人類の敵としての、【ワンオフ】の存在を此処に刻む。

「その虚飾に飾られた姿。私は君に皮肉を込めてこの名を贈ろう。
 登録番号202……【黄金卿《エル・ドラド》】と」
「拝領いたしましょう。
 これより我が名は【黄金卿】、エル・ドラドなり!」


 人類の敵が、ここに誕生した。

 その銘――仮面舞踏会









 そして。
 反撃の狼煙が上がる。





【case4:Cinderella】


 踊る。踊る。ここは舞踏会場。
 灰被り姫の支配する、豪奢にて華麗な学校《おしろ》。
 踊るのは、赤く焼け爛れた鉄の靴を履いた女性達。
 歌うのは、悲鳴と懇願。
 許してください。助けてください。熱い熱いごめんなさいゆるして、私が悪かった、もういじめないからだからおねがい許してあついあついアツイアツイアツイアツイ――――!
 なんと耳に心地よく響く声。
 それを聞き届け、彼女は愉悦していた。
 だが答える義務は無い。
 もとより、それが目的なのだ。
 復讐を。
 甘美なる復讐を。凄惨なる報復を。
 そして私に、着飾ったドレスと麗しい王子様を。
 それこそが、手に入れた力。
 渇望し切望し憎悪と辛酸と悲嘆と慟哭と絶望の果てに手に入れた、私の魔法。
 シンデレラの仮面。
 そう、今や私は恋焦がれたお姫様になれたのだ。
 肌の焼ける臭いが鼻腔をくすぐる。
 血の芳醇な香りが胸に満たされる。
 これこそが幸せ。
「さあ、もっと踊りなさい! 死ぬまで、いいえ死んでも! 私を楽しませて!」
 姫は笑う。
 これぞ至上。これぞ至福。
 私は全てを手に入れた――


 その時。
「……姫、侵入者が」
 兵士の一人が、恭しく頭を下げて報告を行う。
 侵入者? 私の城に?
 だが、シンデレラは勘違いをしている。侵入者など、別段不思議ではない。
 これは、本来のグリムではなくただの出来損ないの仮面に過ぎぬ。
 霧の領域で閉ざすことなど出来はしない。
「まあいいわ。殺しなさい」
 姫は静かに命令を下す。
 パーティーを邪魔する相手にかける情けは無いのだ。
 その命令に従い、兵士は侵入者を排除しに向かう。
 たかが人間、自分の手に入れたこの力には勝てはしない。
 だが――

 轟音が響く。
「!?」
 扉が開く。そして、そこに現われたのは――

「トランプの兵隊なんて、それはちょっとお話が違うと思うんだけど。
 足りないな、想像力が貧困すぎる。これだから――」

 メガネをかけた、学生服の少年が、

「くだらない現実だ。わざわざ遠くまで来て、こんな不出来な芝居を見せられるなんて」

 兵士達の残骸を踏み躙りながら、現われた。



「な、誰だ――なん、でっ」
 兵隊達の残骸を見て、シンデレラは狼狽する。
「僕が誰かなんてどうでもいいことだと思うけど。
 しかし、ひどい有様だね、これは」
 焼ける肉の臭いに顔をしかめる少年。
 ああ、これは駄目だ。しばらく焼肉は食べられそうに無いじゃないか。
「ひどい、は――っ」
 シンデレラは、ヒステリックに叫ぶ。
「ひどいって何!? 知らないのよ、こいつらが私に何をしたか! 私がどれだけ今まで――」
「ああ、興味ないよ、それ」
「な……!?」
 シンデレラは絶句する。
「ああ、君の背景なんてどうでもいい。
 どうせ、いじめられたからとかなんだとか、その程度だろう?
 本当にありきたりで、どうでもいい」
「だ……黙りなさい! あなたは自分がそういう経験がないから――」
「当たり前だよ。僕は君じゃない。だから君の考えも経験も理解できないし、理解しようとも思わない。
 それとも何かい? 君は同情して欲しかったのか? 理解して欲しかったのか?
 なら君は間違ってる。
 復讐を望むのか、救済を祈るのか、どちらかにすべきだった。
 君が前者を望み実行した時点で、救済という道はとっくに閉ざされてるのさ」
「知ったふうな口を利かないでっ!」
 シンデレラは叫ぶ。それほどまでに、眼前の少年の態度が気に入らなかった。
 正論だ。そう、確かに正論だ。
 どうしょうもなく正しくて、それゆえに腹が立つ。
 そんなのは――
「まあ、正直言うと、少しなら共感できなくも無いさ。
 現実なんてつまらないしくだらない、煩わしくて不快なだけだ。ああ、確かにそうだ。
 だけどさ――」
 少年は、シンデレラの目を初めて直視する。
 その静かな眼光に、シンデレラは背筋に寒いものが走る。
「関係ない人間まで殺すのは、復讐とは言えないだろう?」
 ――違う!
「違う、そいつらは……私を、私を!
 いじめていじめて、だから……!」
「だから殺していい? まあどうでもいいんだよそんなことは。
 お前をいじめていた人間がどうなってもさ。僕にとっては等しく、知らない誰かだ。
 だけど些か多すぎないかな? それともあれかい。君はこういうのか。
 見てみぬ振りも、また同罪だと」
「そ、そうよ。その通りよ、だから――」
「ああ、たしかにそうだ。見ない振りして自分は関係ないと言う連中は確かにくだらない。
 だが逆に聞こう。
 君は、全校生徒の名前と顔が一致するか?」
「な――?」
 何を言っている、この男は?
 そんなこと――
「出来るはずがないだろう。じゃあ、たとえば別の学年の全員は? 全員じゃなければ、別の学年のクラスひとつ、でもいい。
 君はその全てを、把握できているかい?」
「何を屁理屈を――」
「屁理屈じゃないさ。見てみぬ振りは同罪、ああ確かにそうだ。
 だが、知らなかっただけ、気付かなかっただけの人も同罪か?
 面白いな、それなら全人類が等しく死刑にでもならないと、道理が通らない」
 少年は笑う。

「――故に。お前の復讐の正当性は通らないんだよ」

「あ――」
 亀裂が入る。
 駄目だ、これ以上こいつに喋らせてはいけない。

「僕は復讐を否定しない。ああ復讐結構、大いにやればいいさ。
 だけど、関係ない人間まで巻き込むのはただの殺戮だ。無関係の人々を責め殺して楽しむ。
 それは復讐じゃない。
 そう、大方お前は、復讐だからやってもいい、と思っていたんだろう?
 そうやって仮面をつけて自分を誤魔化して、自らの残虐性を正当化する。
 実にいいね、反吐が出るほど――」

 やめろ。
 それ以上言わないで。
 私は生まれ変わった。私は力を手に入れた。
 私はもう――

「腐った、人間だよ」

「やめろぉおおおお――――――!!」

 吼える。
 シンデレラの絶叫、恐怖と絶望が、新たなる悪夢を呼ぶ。
 継母たちの目をえぐり殺した、白き鳩。
 その群れが、少年を襲う。
 これ以上喋らせるな。黙らせろ。
 殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――!!

 その圧倒的殺意の群れに対し、
 少年は、
 笑った。

「つまらない。くだらないな、指摘されると逆切れか。
 この世界も、なるほどそれを反映して実に醜くくだらない。
 狂って腐った暴虐にして虚飾の城。
 ああ、そんな現実は――」

 本を取り出し、開く。
 ページが風にめくられる。
 それは魔道書。
 力ある物語。



「――もっと荒唐無稽《デタラメ》な、幻想で塗り潰す」


 力が、はじけた。
 塗り潰す。覆い隠す。
 悪夢によって歪められた現実を、更なる幻想が侵食する。
 それは結界。
 翠の輝きに満たされた、都。
「何だ、これ――何よ、これは――!!」
 鳩たちが、翠玉《エメラルド》の彫像になって落ち、砕ける。
「え――?」
 女の子たちの足を焼いていた、赤熱した靴すらも、翠玉《エメラルド》の靴となり――
 その火傷も、痛みも、嘘のように引いていく。
「何、なによこれ。お前は、一体――」
 狼狽し、恐怖に総身を震わせながらシンデレラは後ずさる。
 何だこれは? 自分が支配していた城は何処にいった?
 目の前の化物は、何者だ?

「名乗る義務はない――けどね。魔術を使った以上は、名乗るのが魔術師としての作法か。
 僕の名は、小津頼人(おづらいとょ)。魔術名(マジカルモットー)は、【OZの虚言使い(フェイクマスター)】
 ……何処にでも居る、ただの魔法使いさ」


「殺せぇええええええええっ!!」
 生き残った兵士たち、騎士たち、そして――王子が一斉に襲い掛かる。シンデレラを守るために。
 だが――

「ハートレス・ランバージャック」
 頼人の言葉と共に、ブリキで出来た巨人が現われ、その斧を振るう。
 一撃。
 一撃で、兵士や騎士、王子たちは砕け散る。


 心無きブリキの樵。。頼人の操る使い魔。
 だが、異能は一人につき一つのはず。結界と、そして使い魔を操れるのは何故――?
 実は、この能力は、彼の魔術はその法則と相反してはいない。
 なぜならば、それは虚像である。
 現実には存在しない、ただの虚実。幻に過ぎない、ただの影。
 頼人の、嘘。

 彼の魔術は――古典文学、「オズの魔法使い」を力の源として具現させたもの。
 パスワーキング、と呼ばれる「物語の追体験」の初歩魔術を極めたものだ。
 オズの魔法使いに出てくるエメラルドの街。それはその街の支配者であるオズの作ったもの。
 すなわち、詐欺師であるオズを投影した、嘘偽りの街。
 故に――

 この結界魔術の中では、嘘がまかり通り、そしてまた全ては嘘となる。
 そう書けば、なんとも便利にして無敵に思えるだろうが、その実そうではない。
 何処まで行っても、嘘は嘘なのだ。ただのまやかしに過ぎない。
 例えば、真剣を「これはおもちゃのビニールの刀だ」と言おう。
 なるほど、それを信じさせることが出来れば、確かに相手はそう思うだろう。そしてこの結界魔術は、それを可能とする。
 だが、いくら玩具に見えても真剣。触れれば斬れる、それは道理。
 故に。ただのまやかしに過ぎぬ。
 だが――

 グリムによってもたらされる現実の侵食。それはつまるところ、捏造された現実だ。故に、それは元々虚構にすぎぬ。
 虚構だったものが相手ならば――
 どんな現実だろうと、思うがままに虚構へと回帰させる。
 幻想回帰。それが、この魔術の真価。
 いわば――【寓話殺し】とでも呼ぶべきだろうか。
 嘘を嘘で塗り固め、偽の現実を暴き立てる。そして物語を物語へと戻す。
 狂った悪夢の天敵。それが彼――フェイクマスター。


「や、やめて――離したくない、この力、これを私は――」
 シンデレラは叫ぶ。
「戻りたくないの、私は――!」
 その懇願に、
「君は彼女達の命乞いに、答えたのか?」
 冷徹に、告げた。
 処刑宣告を。
 そしてその言葉の通りに、ハートレスランバージャックの斧が――
 心無く、振り落とされた。









 エメラルドの街が消える。
 結界をといた後に残るのは、傷一つない女の子たちと、そして――


 恐怖で頭髪を真っ白にして気絶している名も知らぬ少女。
 その傍らに落ちている、ひびの入った仮面。
「……くだらない」
 頼人は、つまらなさそうに、その仮面を踏み砕いた。
 それで終わり。
 ここにまた一つの、恐怖劇が幕を下ろした。












 そして。
 これはもう一つの夢。




 If you can imagine it, you can achieve it. If you can dream it, you can become it.
(想像できたなら、現実となる。夢見ることができたなら、そう成ることができる)
                            ウイリアム・アーサー・ワード



 そんな碑文が、図書館の門に刻まれていた。
 図書館に刻まれるには、些か風変わりなものだな、と不思議に思う。
 図書館――そう、図書館だ。だがそもそも、ここはどこだ? 図書館が目の前にある。だがそれ以外には、何も無い。
 何も無いというのもおかしな話だが、それが納得出来てしまう。
 そう、違和感を感じないという違和感。その矛盾を流せてしまう空気。
 まるで、夢の中にいるようだ、と思った。

 ――そう、此処は夢と現の間、幻と実の狭間。

 耳に、声が響く。小さな、しかし凛と澄んだ少女の声色。
 それと同時に、閉ざされた図書館の扉が音もなく開いていく。
 明晰夢。夢を夢と認識した時、夢の中で人は自らを保てる。
 スクリーンに映される映像を眺めるだけでなく、その世界に自らの足で立つ。
 まさに、幻想と現実の間の世界。
 その門の向こうにある、図書館の中は一言で言うと、ただ広大だった。
 図書館、という言葉が陳腐に見えるそれは、館というよりは世界だった。
 天井が見えず、ただ本棚が壁となり突き立っている。
 その壁一面に納められた本は、まるで迷路のように入り組み、壁の突き当たりなど見えそうに無い。
 縦横に無限。それでいて、狭苦しさなど感じさせぬ広大にして静謐な空間。

 其処に、一人の少女が佇んでいた。

 司書だ、と何故か理解する。
 司書にしては、その背格好はまさに少女のものであり年齢が足りているようにも見えない。
 服装も、図書館には似合わぬドレスである。司書という職業にはまったく見えない。
 だが、それでも彼女は此処の司書であると理解する。
 ――夢とは、そういうものだ。
 佇む姿に、少女は静かに言葉をかける。

「――そう、物語は現実になりたがっています」

 それは、図書館の門に刻まれた言葉を指しているのか。

「此処は夢と現の間、幻と実の狭間。
 集合無意識の領域に存在する、永劫図書館《ビブリオティカ・アエテルヌム》」

 永劫図書館。それが此処の名前?
 なるほど、確かに名前に相応しいと思う。
 だが、それは実のところ、何の答えにもなっていない。
 物語が現実になりたがっている? 意味がわからないと思った。
 そんな荒唐無稽、あるはずがない。

「いいえ。在り得ます。
 現実と幻想の壁は薄く曖昧になり、両者は垣根を越えようとしている。
 わかっているはずです。
 あなたたちならば。
 そう――」

 少女は言う。

「まるで御伽噺のような荒唐無稽な能力を操り、怪物と戦うあなた達ならば」

 それは――
 そう、異能者たちが、かつて存在しなかったはずの存在だと――

「違います。異能者も怪物も、確かに存在し続けた、人の歴史と共に」

 その不安を、静かに否定する。
 あなた達は、架空の書割ではない、と。
 だが。

「あの時に――1999年に、しかしそれは変わった」

 そう、今となっては誰も知り得ず、記憶されぬ、忘れられたあの時。
 そこに何があったか、知る者は黙して語らず、知らぬ者は目を逸らす何か。
 それは今、この話においてはどうでもいいこと。
 大切な事実は、その時より――この現実において、異能や怪物といった、常識の裏とも呼べる存在が爆発的に増え始めたこと。
 それは現実と幻想の境界が曖昧になった、と表現してなんらおかしくは無い。
 境界が崩れたからそうなったのか。
 そうなったから境界が崩れたのか。
 それは鶏が先か卵が先かを論ずると同じく、答えの出ぬ輪。
 論ずる自体が意味なき事。
 故に――
 真実として、ここに異能も魔も存在する。ただそれだけの事実。
 ならば。

「わかっているはずです。あなたは、見てきたはず」

 何を?

「現実を侵す悪夢。空想に焦がれる現実。
 変質し、到達し、望みを叶えてしまった彼らの話を、あなたは見たはずです」

 そう、それは事実だ。
 何故なら、たった今――
 このページを手に取って読んでいる以上は、それを読んできた筈なのだから。

 では、彼女は何を望むのか。

「あるがままを」

 そう、少女は言う。司書は言う。

「願わくば、狂った物語に終焉を」

 そして。

「子供達の物語に、未来を」

 めでたし、めでたしを。

 そのために、魔術を貴方に授けましょう、と少女は語る。
 それは、グリムと似て非なる術。
 世界を侵さぬ物語。
 幻想を紡ぎ力にする物語。
 あなたの、物語。


 それを手にし学び会得するか否かは、あなた次第。
 その意思があるなら、教えましょう。
 その意思が無くとも、恨みも嘆きもしません。ただあるがままに、あなたはあなたでいてください。
 そしてあなたの物語を紡いでください。


 それでは、ようこそ永劫図書館へ。
 あなたは、寓話狩人(グリムイェーガー)。


 手の中に一冊の本が現われる。
 それは魔道書。あなたの物語。

 そして、扉が閉まりはじめる。夢から醒めるときが来た。
 だが、それでいい。此処は夢ならば、また次の夢で。
 否、現実であろうとも、意思があればまた来れる。
 意思は現実に成る。それが魔術の奥義なれば。

 だが最後にひとつ聴き忘れたことがある。
 彼女は誰だ。彼女の名前は?

「私は、少女《アリス》。ただの少女《アリス》。そう――」



 ――夢語りアリス。

 永劫図書館の司書にして魔女。






 そして、扉が閉まる。
 これは夢の終わり、そして始まり。






 ――さあ。

 御伽噺《フェアリーテイル》を始めよう。








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