【真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 2-3】

真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 二節


2-3 夜霧を裂いて


 能力のコントロールに失敗した私は“全裸”で学園のどこかに飛ばされており、状況を確認するまでとても戦場復帰所ではなかった。
また周囲が暗闇というのも具合悪い。裸を見られる以上にこの状況でこの有様は、見つかりにくい特性以上に、動けないのだ。下手に物音を立てれば、人は殺到するのが目に見えている。
さっさと『自己転移』して女子寮に戻ればいいじゃないかと思うでしょ? でもね、この手の失敗をした後は使おうとしたテクニックはきっちり5分使えなくなってしまう。
ここで言うならば、自分を飛ばす『自己転移』と瞬間に消えて攻撃を凌ぐ『転移防御』がそれに当たる。
しかも女子寮には初等部が待機しているだけでなく、その初等部を守るのを含めた非常時の警備(主に大学部)が敷き詰められており、自室に飛べば連中が雪崩れ込んでくると言う超が付くほど面倒臭い事になる。
必要物資は学園内で全て揃えられる(こういう緊急事態は武器はおろか、食料・消耗品も無償で)ために寮に戻る必要がないだけでなく、避難所の役割があるためである。
此処を拠点に戦うのは、押されすぎて止むに止まれず以外まず無いし、そうなったら実質的に我々は負けと同義である。
(目が慣れない。小さい窓からの夜空しか見えないから、中々闇に順応しないわ)
視力が中々闇に慣れない為に精神と聴力を集中させて、冷静になって周囲を観察する。全裸であるという状況と共に、三浦や千鶴が戦っている現在が私を十二分に焦らせるのだ。
(……明かりが漏れている?)
抜き足差し足、殆ど手探り状態の状況で光の漏れている場所に近寄る。光が漏れている先に辿り着くと、その先を見渡せるくらいに開いている。
(!!)
光の漏れている先を除くと円卓が置かれており、白いベレー帽にオーバーニーソックス、魔法少女のような格好している幼女に三浦の様に筋骨隆々な男が座っている。
だが、その状況を一発で理解させたのは魔法少女の格好した幼女の横に座っていた『水分 理緒』だった。この幼女は差し詰め『藤神門 御鈴』か、普段はブレザーなのに、何たってこんな格好をしてるんだ。
これは同い年で普段着物や浴衣を纏っている水分だが、非常時のためにブレザーを着ている今の状況は分りにくかった。私から見ても大人びて色気を醸し出している表情で分った。
(よりにもよって、醒徒会会議室の隣の部屋かよ!!)
醒徒会の会議室は、こういった非常時には司令室に変る。耳を澄まして聞いてみると北東地区の防衛線が極めて苦戦している事が分る。
《発 双葉北東地区防衛隊隊長 宛 醒徒会会長 我ラルヴァ群集トノ戦闘ヲ継続中。群集トノ戦線激化、負傷者多数、防衛線徐々ニ後退シツツアリ》
北東戦線の悲鳴にも似た電文は醒徒会の空気は一層濁る。
「北西部で2-Cの星崎真琴嬢の抜け駆けと、2-Bの如月千鶴嬢の策が一定の戦果と偵察が成功、優勢になりつつあります。しかし依然状況は厳しいです」
「北東部に援軍は回せないのかぁ!!」
「会長、飛行するラルヴァが居る以上学園施設を空には出来ません。だからといって、大学部をそちらに回すにしては極めて時が足りません……」
「大学部の討状之威殿が援軍を率いて北東部に向かっております、現在進行中です」
私達の戦線は私の引っぱたきと千鶴の氷壁はそれなりに効果はあったようだ。だが、全体はかなり混沌としているようだ。
……いやいや! 今はそれどころではなくって!!
このまま見つかれば、想像もしたくないことが起きかねない。取り敢えず何とかしなくては……そう思っていたとき、私は急場の凌ぎとしてはもっとも確実で、下品な方法を思いついてしまった。
会長の幼女と加賀杜紫穏は小さくて無理、エヌR・ルールとガチムチは大きすぎて問題外……とすれば。

「『他者転移』」

「「「 キャアアアアアアアアアアア!! 」」」
私がテクニックの確実性を高めるために少し集中して『テレポート』を行使すると、隣の部屋から女三人の絶叫と共に私の手元に服が現れる。
手元に出現した制服を、私は何事もなかったかのように着始める。うう、胸の辺りと腰回りがキツい……でも、スカートよりもズボンの方が、こう言うときは役に立つ。正直かなり嫌だが、着るしかない。
しかも下も上も下着を着けていないから、色々と擦れて痛い……だけど、贅沢は言えないよね。
「お…おまっ! 何で下着姿になってるんだよ!?」
「し…知らない!! 何で俺は下着姿になってるんだ!! くそっ!! これは俺の役じゃない、早瀬の役だ!!」
戦況そっちのけでてんやわんやの醒徒会を尻目に、私はそそくさと服を着て制限時間の経過を待つ。
私は同じ位の体型の成宮金太郎から制服『だけ』を転移させて手元に引き寄せたのだ。
それにしても胸がキツイし、ノーブラだから乳首が浮き出る。二番ボタン外さないとキツいよこれ。
水分の方が良いと思うだろうけど女の子だし、スカートだと……その、『見えて』しまうだろ?
「早く服をっ! 服を着なさいよ!!」
「藤神門よぅ……無茶を言わないで下さいよ、有るわけ無いじゃないですか……男子寮には戻れませんし」
幼女は真っ赤になりながら成宮に言うが、成宮も何時もの悪そうな素振りがなりを潜めてばつが悪そうにこう答える。
女子寮がああいう状況ならば、男子寮も同じ様になっている。初等部を守る意味でも例え醒徒会でも戻れないのが、戦場が学園の時の約束事である。
また、非常事態の際は戦闘地域の一般人の立ち入りは禁止される(この場合は学園全体と周囲1㎞)ため、成宮の秘書に頼むと言うことは出来ない。
「ん……?向こうの部屋??」
だが、幼女会長の白い猫……じゃない愛らしい猫みたいな白虎が私の居る部屋に顎をくいっくいっと向ける仕草をした。
「向こうの部屋に何か居る……?」
まずい、感づかれた。あの白虎、愛らしい姿をしていてその実かなり感覚は鋭い。後30秒なのだが、それまで……
「あっ……!!」
「あ!! 俺の制服!! 俺の制服じゃねーか!!」
見つかりました。ええ、服を盗んだ本人にバッチリ。
「ほっ…星崎さんじゃないの! C組の!!」
「見つかってしまいましたか水分さん……」
唖然とした表情で私を見つめる水分の耳に、私は咄嗟に顔を近づけた。
(……悪い、ある事情ですっぽんぽんでこの部屋に飛ばされちゃったのよ……同学年のよしみで、あの成宮にちょっと制服を借りるって言っておいてほしいの)
私がこう言うと、水分はニッコリと笑ってこう耳打ちした。
(じゃあね、後でそのオッパイ触らせて?)
何でみんな胸に行くんだろうなー……水分なら、浴室で度々顔を合わすぞ。だが、断れないよな……同性の気軽さもあるしな……。
(良いけど……何で?)
(……興味あるからね、なんでそんなに大きいのかなって)
そう言い置くとぽんっと私の肩を叩き、こう言い置いた。
「成宮君、良くやったじゃない。女の子に恥かかせないようにするなんて」
「え?」
私は水分の作ってくれた隙を突いて出口に走る。
「あっ、ああ!!」
「水分さん有り難う! この借りは約束通りにするよ!!」
これだけ言うと時間が経過して私の能力が使用可能になり、そのまま『自己転移』で防衛線まで戻っていった。
成宮は、ただこの光景を黙って見ているだけしかできなかった。
「それにしても、オッパイ揺れていたな」
「俺、谷間見ちゃったぁ」
ガチムチの龍河弾と早瀬はしみじみとこんな事を言うと、女三人に無言で睨み付けられた。


――10時46分 北西地区防衛線。
「チッ! モールが壊れやがった!!」
三浦は眼前のラルヴァの頭部にモールを命中させて砕いたが、モールも耐えられなくなり先端の球体部分が真っ二つになって砕けてしまった。
私が不本意ながら戦場離脱をした後も戦闘は続く。状況は徐々に攻撃の手に変りつつあったが、先程のラルヴァ達よりも1ランク強い部隊が投入され、実際には一進一退の攻防・鬩ぎ合いであった。
千鶴や他のショットガンを持っている面々は、壁を越えて飛んでくる飛行するラルヴァを抱えているラルヴァ共々まるで高角砲で対空射撃を行うが如く撃ちまくり、侵入阻止を試みる。
やはり千鶴の氷壁はかなりの戦果を上げている。壁越えをしなくてはいけないことで勢いを削がれるため、落ち着いて対処できる点が非常に大きい。
ショットガンの効果そのものは期待されていなかったが、少なくとも対空射撃の効果と結果は表され北東部に比べて優勢なのも頷ける。
だが、時が経つにつれで強力なラルヴァが登場となると非力な攻撃だと効かなくなり、徐々に押されるようになる。
「油断するな三浦、こいつ等さっきよりも強い! ちょっと後ろに下がって気を練れ、お前気を練っていないだろ!」
「大丈夫だぜ如月、気を練るのは疲れていない今なら一瞬で出来る。如月は坂上と菅の防御力のフォローに入ってくれ、今のところ俺は大丈夫だ」
千鶴の言う通り、先程のラルヴァとは多少違ったラルヴァがそれ程数が居るわけではないが、姿を現すようになった。前面に立って戦っていたラルヴァと容姿そのものはほぼ同じだが比べると一回り大きく、表皮の色も群青色に染まっていた。
中でも特筆すべきは各々の部位が中世のプレートメイルの様になっていることだ。この表皮が意外に硬く、決定打になりにくいため威力の弱い攻撃だと手応えがない。
「モール壊れているじゃねーか!!」
「何言ってるんだ如月、俺の本当の武器は『肉体』だぜ?」
「気も練ってないのに?」
戦線が一進一退の状況を繰り返している最中だが、経験豊富なこの二人は意外と余裕らしい。
「三浦っ 如月っ! 一匹そっちに行ったぞ!!」
だが刹那、群青色のラルヴァが三浦に突進を始め、咄嗟に振り返った坂上撫子が叫ぶ。
「くっ!」
瞬時にラルヴァの姿を認識した三浦と千鶴はバックステップで一旦下がり、鋭い群青色のラルヴァの攻撃が三浦の胸部スレスレで空を切る。
空振りの攻撃に隙を見た三浦は、後ろに飛ぶように近寄れない間合いまで急速後退。
「よしっ……ふううぅぅ……」
三浦は壊れたモールを投げ捨て目を瞑り、徒手空拳のまま集中する。
「ほら見ろ、初めからやっとけよ」
少々呆れたように千鶴は言う。だが焦っていないのは三浦が実力者でその辺りは信用できるという現れだろう。
三浦や千鶴の説明通り、一瞬の集中と共に彼の全身は蒼い炎のように淡く光を帯びて身体に現れる。私は気というモノを見た事がないが、三浦の場合は蒼い光を帯びるのだろう。
呼吸を一通り整えて見開くと、既に攻撃態勢の群青色のラルヴァが一気に三浦の間合いを詰めて飛び掛かる。
「フオオオオオオオオオォォォォッ!!」
腹の底から出る気合いと共に、三浦の右腕に先程よりもハッキリと認識できる程激しい蒼い炎の様な光に包まれると、腕を肩の高さに垂直に伸ばしてラルヴァを迎える――!
「gugyuuuu!!」
彼の激しい気の纏ったゼロ距離ラリアットがラルヴァの首元に深々と食い込み、カウンターの勢いも加わって群青色のラルヴァの全身がまるで扇風機の様に回転して地面に叩付けられてピクリともしない。
背を向けで倒れたにも関わらずピクリともしないのは、余りの威力に首の骨が折れたのだろう。
「……ラリアット一撃かよ……」
坂上も菅も口をあんぐりと開ける。
「見掛け倒しじゃねぇか」
お前の一撃が強烈すぎるんだって……。
「よっしゃ如月、俺に防護用の氷壁を張ってくれ! 真琴さんの分までちょっと暴れてくるぜ!!」
「ちょっ! お前すぐに調子に乗るんだから、油断するなよ!! ったく!」
この状況に気をよくしたのか、三浦は全身に気を纏って千鶴に身体の動きに合わす氷壁を張って貰うと、一人で前に突っ込んでいった。
行き成り群青色のラルヴァを片腕でなぎ倒されたラルヴァ達は、三浦の姿を見て迎撃どころか右往左往をはじめ、顔の造形の均整の取れていないラルヴァ達に至っては逃げ惑いはじめる。
それでも表皮などがしっかりとしているラルヴァは、三浦が突撃を始めると何とか反応して攻撃を仕掛けるが、
「話にならんな」
「グヘッ!!」
ラルヴァの攻撃よりも遥かに早く繰り出した別名『熊手打ち』と呼ばれる掌で繰り出される突きの殴打技『掌底』が深々とラルヴァの顎を抉るように食い込むと、元々人間離れしている顔の造形が更に食い込み歪んで、衝撃で怪我したクチバシから体液を吐き出しながら身体ごと宙に浮く。
そして近くにいた、咄嗟に何も出来なかったもう一匹のラルヴァに向かって三浦は軽く助走を付けて地面を蹴り、宙を浮くように飛んでドロップキックを放つ。
「ギャアアアアアア!」
誰の目から見ても丸太のような脚を持つ三浦の両足から繰り出されるドロップキックを頭部にまともに喰らったラルヴァは、深々と両足の跡を付けて鬱血して滲んだ箇所から血を噴きだたせ、砕けたクチバシから痛々しいほどの血と欠片が吹き出し、人間のような悲痛な悲鳴を上げてまるで強風で飛ばされる発泡スチロールの如く飛ばされていき、ピクリとも動かなかった。

「オレだけ見てりゃいいんだ、オラ!」

三浦の一喝に、殺す気満々だった交戦していないラルヴァ達は一瞬怯み後ずさる。
しかしそんな中、殺人欲求に抗うことが出来ないのか勇敢なのかは分らないが、一匹のラルヴァが三浦に突っ込んだ。
「suaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
「次はお前か!」
近接戦闘の間合いに入った瞬間、足を踏み出してエルボーを鳩尾に喰らわすと、苦しみに前屈みになった所を腕を取りボディスラムに抱え上げ、そのまま自ら体を捻りながら横方向へ倒れ込み、同時に相手を頭部から地面へ叩きつけた。
「『ノーザンライト・ボム』、どこで覚えたんだよ三浦よぅ」
プロレスラーの北斗晶が夫の佐々木健介に伝授したと言われている所謂『ノーザンライト・ボム』で地面に叩付けられたラルヴァは頭部が割れて鮮血が流れ、そのまま動かなくなった。
この一撃が決定的になり、交戦していないラルヴァ達の大半が戦意を喪失、逃げだそうとするが入り口を千鶴の氷壁で固められ、それ以外はおおよそ自力で越えられない壁に取り囲まれている為に逃げ出せず、宛ら地獄絵図と化している。
一方は氷壁を突破しようとしてその反撃効果により力尽きているラルヴァまで現れていた。
「人に危害を加えようとして危なくなって逃げるか? ふざけるな!!」
三浦は周囲を見渡して障害がないと認識すると、先程の気を纏うとき同様に目を瞑り呼吸を整えて集中する。そして逃げ惑うラルヴァ達が一番集まっている場所に向けて両手をかざす。
「フオオオオオオオオォォォォォォォォォ!! ハアアアアアアアアアッッ!!」
咆哮にも似た気合いと共に三浦が纏っていた蒼い炎のような気が掌に集中し、一際輝く光となって集まり大きな球体になった。

「これでも喰らいやがれやラルヴァ―――――――!!」

気合いと咆哮と共に集めた気を前面に向け、一番集まっている場所に投擲する。
しかし逃げ惑うラルヴァ達はそれに気がつかない。気の投擲速度が早いのもあってまるでボーリングのように無数のラルヴァ達がはじけ飛ぶ。
光が収まった後、プスプスと何かが焦げる音と共に、壁や氷壁で逃げ場を失った各種ラルヴァ達が地面に転がっている様は、宛ら地獄絵図と言えよう。
「……おいおい、良いところ星崎や三浦、如月に全部持って行かれたじゃねーか……」
「接近戦最強だな。坂上や菅も居るんだろ? 勝てるわけないよなぁ」
「おいあのレスラー何とかしろ」
未だ交戦を続けているラルヴァを除けば、壁を越えて侵入した陸上のラルヴァはほぼ全滅したことになる。
喜びの歓声が所々で聞こえてくるのと同時に、主要な落とし所と見せ場を『星崎真琴チーム』と坂上撫子、菅誠司に持っていかれた事について、前衛の面々は溜息混じりに聞こえてくる。
こんな光景に更に気をよくした三浦は、ボディビルダーのようなポーズを取りながら、
「I am strong!! I am strong!!」
気合いを込めて清々しく吼える。こんな光景を見せられてしまっては、流石に笑うしかない。歓声よりも笑いを込めた野次が多くなる。

私はと言うと、急いでいたこともあり少々ズレた場所に到着した。まぁ何というか最初に陣取った建物の屋上だが、三浦がノーザンライト・ボムをラルヴァに喰らわせた頃に到着した。
かなり情けない戦場離脱だったが、取り敢えず千鶴や三浦、坂上に菅が無事で良かった。そう思いながら拍手しようとした瞬間、私は遠くから何かが急速接近していることに気付く。
何かは分らなかったが、明らかに人型と言うことだけは確認できた。だが、三浦や他の面々は気付いていない。視点が低いので気がつかないのだ。
「三浦君! 油断するな!! こっちにまだ何か近づいてくる!!」
私は普段喋らない方なのだが、お腹から力を入れて絶叫する。しかし三浦には届いていない。笑いや歓声に掻き消されて聞こえないのだ。
「……五月蠅いし自分に酔っていて聞こえないのか!……よし!!」
この状況では何をやっても無駄だ。そう思った私はラルヴァの死体をテレポートさせ、高度40メートルの位置に転送し叩き落とした。

ド オ オ オ オオオォォォォ……

「三浦!! 自分に酔いしれるな!! 一匹デカイのが来るぞ!!」
ラルヴァが地面に叩付けられて地響きと共に歓声や笑いが止まる一瞬の隙を突いて私は叫ぶ。
「ま…真琴さん!?」
「真琴ちゃん!!」
流石に今度こそ聞こえて三浦や千鶴は気がついた。しかしやはり聞こえ無かった時間が長すぎた。私の声に気付いて辺りを哨戒した頃にはその『人型』が頭上で旋回しているのだから。
この人型は見た目だけでも大きいのは分るが、壁を越えるために飛行するラルヴァが二匹掛かりで両脇を抱えて飛んでいる様は滑稽と言う言葉よりも、その勢いによる威圧の方が遥かに大きかった。
今、学園を襲っているラルヴァとは大きく容貌が異なり、肌の色が赤いこととスキンヘッド、頭部に漫画で見るような鬼の角が生えていることを除けば、極めて人間的な肉体を持ち全て筋骨隆々、分厚い筋肉を包み込んだ筋肉ダルマのラルヴァだった。
そして着地してその本当の威圧感が分る。三浦自身も相当大きいのだろうがこの『ラルヴァ』の大きさは三浦を越え、少なくとも2メートルはゆうに越えているだろう。
「やれやれ」
だが、対峙しても三浦は自分から打って出ない。それどころか先程まで纏っていた蒼い炎のような気が見えなくなり、何でもなく立ち回っていた彼の呼吸が乱れていた。武器もなく気を纏っていない状況の今では、自分から打って出て戦えないのだろう。
一分ほど対峙すると、この筋骨隆々なラルヴァは深呼吸を急速で行う。
(……今の内に気を練……え!?)
呼吸した隙を見て気を練る集中をしようとしたものの、目を瞑ろうとした瞬間に異変に気付く。
「くっ!……熱ちいぃ!!」
息を吸い込んで吐いた瞬間、口からバレーボール大の『火球』を2~3発吐き出す。咄嗟に気付いた三浦は寸前の所で避けきったものの、その熱は本物で千鶴が張った物理防御用の氷壁を纏っていても熱く感じられた。
「危なかった……コイツ火を吐くのかよ!!」
息が乱れたまま安堵する三浦だったが、このラルヴァの攻撃はここで終わっていない。気が付くと三浦の目の前に接近されており、右腕を掴まれていた。
「掴まれている……うおっ!? くっ!!」
三浦が思考を巡らそうとした一瞬、ラルヴァはその隙を突いて三浦を力任せに投げようとする。力んだ様子も見せずに軽々と投げようとした状況に彼は驚き戸惑ったが、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
辛うじて反応が間に合った三浦は、渾身の気合いと共に足をラルヴァの顔に交差するように挟み全体重を掛けて、自分の頭を振り子の錘のように使って後方に倒れこんで自らの脚力でラルヴァの上半身を前のめりにさせ、頭部を地面に強打させた。
「すげぇ、俺フランケンシュタイナーを生で見られるとは思わなかった」
ほぼ突如現れた筋骨隆々のラルヴァとの一騎打ちの状況になっているこの戦いを見ていた男子は思わず呟く。
咄嗟且つ危急の状況でこんなカウンターの大技を繰り出せるのはそれなりに実力と経験、そしてセンスが無くてはまず無理だ。
投げをフランケンシュタイナーで切り返した三浦は、一気に近接の間合いを外して一気に激突しない距離まで急速に下がる。
一方のラルヴァは頭を抱えてもんどり打ってはいるものの、未だ健在の状況であり少しすればまた襲ってくるだろう。
(まずいな……呼吸が整わん……気が上手く練れない)
荒い呼吸を急いで整えながら必死で気を練ろうとする三浦。だが中々上手く行かない上に、痛みのピークが過ぎたラルヴァはゆらりと起き出す。
三浦にしてみれば実に思わぬ所で、執念場を迎えてしまったのである。

2-4に続く。



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最終更新:2009年08月18日 12:59
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