【それゆけ委員長! 完全版 そのに】


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それゆけ委員長完全版 そのに 

「で、なんで、貴方がピ、ピンカートンでしたっけ? その探偵社のことを知っているんです?」
「お姉さんでいいわよ~」
 いつの間にか、残りの一つの席に座っていたウェイトレスがトレーで自分を扇ぎながら言う。そして、笹島の方へズズッと上体を寄せ、それに釣られて、他の三人も顔を近づけるように前のめりになる。
「いい? ピンカートン探偵社っていうのはね、一八五〇年代に設立された、探偵社ってのは名ばかりの警備会社よ。設立者はアラン・ピンカートン。彼はリンカーンの暗殺を未然に防いだことで有名な人よね。で、この探偵社、当時の企業はもちろん、政府の合法非合法を問わない、様々な依頼を受けていたっていうわ。そう警備や要人保護以外もね。簡単に言うとスパイ行為や殺人とかも。まあ、実際、最盛期には準軍事組織として恐れられるレベルだって聞くわ、今でいうPMCみたいなものかしら。あと、組織構成を参考にFBIが作られたなんて話もあるのよねー。とにかく、色々と噂は絶えない探偵社なの」
「でも、それは昔の話だろ?」
 召屋が続きを促す。
「まあ、その後、色々あって、結局は衰退しちゃったのよねー。出る釘は打たれるってやつよ。で、今では普通の警備保障会社兼探偵社として存続しているわ。表向きはね」
「表向きって、それって、どういうことですか?」
「委員長さん、あなたも双葉学園の生徒なら“THE EYE”って名前くらい聞いたことあるでしょ?」
「え、ええ…とっ。私たちみたいな特殊な能力を持つたちを使って、企業や政府依頼の様々な活動を行う組織だったかしら。要人警護といった表向きのものから、決して口外できない仕事の処理まで」
「正~解! やっぱり委員長さんは賢いわね。どこかのボンクラと大違い」
「大きなお世話だ。大体、THE EYEなんて探偵の俗称じゃねーか」
「目がどうかしたんですか?」
 正解した笹島の前にどこからだしたのか、ミニシュークリームをぽんと置く。
「はい、委員長さんにはご褒美。そうなの。何故か、ここ日本では、ピンカートン探偵社の対ラルヴァ&異能者部門はそう呼ばれているのよ。良く分からないけど……」
「いいえっ! 良く分かりますっ!!」
 鼻息荒く立ち上がる笹島。
「だってその方が“悪の組織っぽい”じゃないですかっっ!!」
「ねえ、まーくん、この子どういう子なのかしら?」

「すいません、こういう子なんです……」
「ところで、目がどうかしたんですか?」
「よーし、燃えて来たわ。なんとしても瑠杜賀さんの旦那様を探してあげないとね」
「ああ、先ほどの目のお話は、笹島様の燃え盛る瞳のことなのですか? なるほど、それなら納得ですね!」
 熱血お馬鹿娘と、どこかのネジが一本どころか、数本抜けてそうなメイド服の少女を交互に見ながら、これから、一番大変な目に合うのは召屋なのではないかと思い、心配になるウェイトレスだった。
「ところで……」
 すっかり冷めてしまったコーヒーの残りを立ち上がったまま一気に飲み込むと、笹島はウェイトレスに問い詰める。
「その悪の秘密結社もこの双葉島のどこかにアジトを構えているってことですか?」
「いや、だから、ピンカートンは悪の秘密結社でもなんでもないんだけど……。まあ、企業、政府の研究所が何かと多いから、仕事には事欠かない見たいねえ」
「よし、今からそのアジトの捜索よ。瑠杜賀さん、召屋くん。行くわよっ! 悪の秘密結社から、彼女の大切な人を奪還するのよ!」
 強引に瑠杜賀を引っ張りながら、鼻息も荒く、意気揚々と外へ出て行った。引きずられながらもお辞儀をしつつ、傘立てに刺さっていた傘を忘れずに抜き、しかと握り締めているポンコツメイドの姿がなんともいじましい。
 一方。
「あ、あの……」
「なーに?」
 召屋とウェイトレス、ふたりだけが残ったテーブルには、ナポリタンとコーヒー三杯分の値段が記載された注文票二枚が、クーラーの風にゆらゆらと揺られていた。
「これ、どっちも払わないとダメ?」
「うん!!」
 神様でさえも蕩けさせる、悪魔のような微笑みで、ウェイトレスは召屋を見返していた。
「それと、言い忘れたことなんだけど……」
 そっと、ウェイトレスが召屋の耳元で囁く。別段、誰に聞かれても問題ないだろうに。おそらく、彼女なりの演出なのだろう。
「あとコレね」
 そう言って、ウェイトレスは胸ポケットに紙切れを押し込むのだった。


 ズンズンと委員長は商店街を進んでいた。ポンコツメイドを引きずりながら。その細身の身体のどこにそんな力があるのかと思われるほどの勢いで、グングンと引きずっていく。特に目的もなく。
「そういえば、アジトはどこにあるのかしら?」
 ようやく、自分のやっている無意味さに気が付いたのか、いきなり、馬鹿みたいな自問自答をする。だが、そんな馬鹿な自答に答える馬鹿もいた。
「私も一週間ほど、島をくまなく探したのですけれど、見付からず……」
 引きずられた状態を苦にすることもなく瑠杜賀が言葉を返す。
「委員長ーっ!!」
 後方から、息を切らして走ってくる大男がいた。もちろん、召屋だ。
「あら? 召屋くん、遅いわよ」
「お、おそいじゃねー、コーヒー代払いやがれっ! ハァハァ……」
 体力不足の召屋にとっては、かなりの体力を消耗したらしく、ゲロも吐きそうな勢いだ。
「それはともかく、あのウェイトレスさんから何か聞いてないの? 探偵社のこと?」
 その言葉に釣られ、思わず、胸ポケットにあるメモ帳の切れ端を取り出す。
「あ? ああ、そのことか。それならこれに……というか、マジでコーヒー代払えよ」
 ヒョイとその切れ端を奪うと、マジマジと見て、ジト目で召屋を見返す。
「ちょっと、何これ、どういうこと?」
「いや、だから、探偵社の住所……。そ、それより、コーヒー代払えよ、委員長!」
「そんなことはどーでもいいの! これに書いてあることはどういうことなのっ? 彼女は一週間も探して見付からなかったって言っているのよ!?」
 その有無を言わせぬ勢いに気圧される召屋。
「いや、でもな、それが双葉区支社の住所でね。普通に企業だから、タウンページにも載ってるんだってあいつが……ところで、コーヒー代を払っ……」
 召屋の後半の台詞を意図的に無視しつつ、それまで引きずっていたメイドを首根っこを掴んで、強引な腕力で引きずり上げると、自分の顔に近づけ、詰問する。
「瑠杜賀さ~ん、これは一体どういうことかしら?」
 笑顔ではあったが、その言葉には怒気が、目には確実に殺気が篭っていた。
「ええ、一週間ほど、自らの足を使って、双葉島をくまなく探したのですけど、この中心区域を残す、というところで挫折しまして。それで、せっかくなので、双葉島の名物という学園に入学しようと……。あら? どうしました、お顔の色がすぐれませんが。心なしか、私を掴んでらっしゃいます右腕も震えてらっしゃいますけれど……」
「タウンページで調べるとか、104に掛けてみるとかの知能は貴方に無いの?」
「さあ?」
「で、それで、ここに行けばいいのね?」
 こめかみの血管が今にも切れそうな状態で、極力、やさしく問いただす。それは、相手のためではなく、あとわずかでブチ切れそうな自分の心を落ち着かせるためのものだった。
「ええ、おそらく、そちらに旦那様がいらっしゃいますと思います」
「いや、それ以前に俺の話聞いてくれない?」
「うっさいボンクラ! さあ、瑠杜賀さん、行くわよ」
「はい」
 完全に無視される召屋。もちろん、探偵社に着くまでの道のりにおいても、彼の存在そのものが一切無視されており、あと一歩で、解脱できるレベルまで悟りを啓いていた。チャクラが開くのもそう遠くないだろう。


「ここ?」
「ここなんだけどさ……」
「ここでしょうか?」
 三者三様の思惑を抱えつつ、ピンカートン探偵社双葉島支店のビルに前に立つ三人。屋上には“ピンカートン探偵社は、どんな揉め事でも解決します!”などという、安っぽいキャッチフレーズと共に三流タレントが薄っぺらく微笑むなんとも陳腐な看板まで立っていた。
「ちょっと、なんで、悪の秘密結社がこんなに堂々と看板掲げてるのよっ」
「いや、だからな……」
「なるほど、ここに旦那様がいらっしゃるんですねー!」
 嬉しそうに問答無用で、進み始めるポンコツメイドこと瑠杜賀。
「ちょ、ちょいまて!」
「しょうがないでしょ、こっちも腹を括りましょ!!」
「いや、そういう問題じゃないんだけど……」
 微塵の迷いもなく、建物の入り口に向かうふたりを見ながら、召屋は、有葉千乃《あるはちの》と関わってた方が、まだ、自分の意見を聞いてくれるだけ(まあ、基本的に却下されるが)、数倍楽なんじゃないかとようやく理解する。
(このふたりと関わるのは今回だけにしょう)
 固く誓う召屋だが、そんな願いが叶うことは、おそらくない。絶対に。本人もそう思っていた。


「いらっしゃいませ、ピンカートン探偵社へようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」
 受付カウンターに座っていた女性が微笑みながら応対する。
「今すぐ、返しなさい!!」
 一体なにを返せばいいのかと一瞬怪訝な顔をするが、すぐにいつも通りの営業スマイルに戻ると受付嬢二人は、声を揃えてもう一度質問する。
『どんな御用でしょうか?』
「え、えっとー、こ、この子の探し人を出しなさいって言っているの! あ、あれ? そういえば、貴方の探している人ってどんな名前なんだっけ?」
「アラン・スミシー様です」
「何よ、そのありそうでなさそうな名前は?」
 その名前を聞いた受付嬢の一人の右手が僅かに動いていた。おそらくカウンター裏の警報ボタンを押したのだろう。間髪なく、詰め所から現れたと思われる、周囲に不穏な男たちが集まり始めた。
「そーよねえ、こうでないといけないわっ!」
「千客万来ですねえ」
「いや、だからね……」
 全身黒づくめの男たちが約十名。各々が手に警棒や漆黒のナイフなどを携えている。さすがに拳銃の所持が認められていない日本の中でも色々と無法地帯な双葉島でも、獲物に飛び道具は一切無かった。
「もうしわけないのですが、今日のところは帰って頂けませんでしょうか?」
 冷や汗を掻きながら、受付嬢がカウンターから引き上げつつ、やさしく問う。
「お嬢さん方、こっちも仕事だから、帰ってもらえませんかね?」
 黒づくめの集団のリーダーらしき男が優しく諭すように言う。ただ、その言葉の端々には剣呑としたものが含まれていることにも笹島と召屋は気が付く。
「いやー、ホント、スイマセン。実はですね……」
「ふん、問答無用よっ!」
 召屋が仲をとろうとするのも関係無しに、ガードマンらしき黒づくめの男たちに右腕をグルグル回しながら突入していく。
「不本意ですが、笹島様が進みますならば、私も」
 そう言って、絶えず離さずにもっていた傘を片手に進んでいく。
「だから、ちょっと待てって!!」
 色々と面倒なことになりそうな目の前の現実から逃げるのと男としてのプライドを天秤に掛ける。結局、天秤はほんの僅かに男のプライドの側に傾いた。
 いつものごとく、後ろのポケットから伸縮式の特殊警棒を抜き出すと、女性人二人の後追って、黒づくめの男たちの中へと突入していく。ブツブツと文句を言いながら。
「ホントは、こんなことしてもしょうがねえのになあ……」
「さあ、ショータイムといきましょう!」
 その笑顔は召屋が見たことが無いほどに嬉しそうだった。実際にろくでもないことになるのは目に見えていたが、それも仕方ないだろう。そう腹を括る。
「こいつら、学園の生徒だ。どんな能力を使うか分からんから気をつけろ!」
「なっなんだこの女、刃物が効かないっ? カーボン鋼だぞ!?」
 躊躇無くメイドにナイフを切りつけた男が気が狂わんばかりに叫ぶ。
「いいから、山下、吉村さんを呼んで来い! すぐにだっ!!」
「は、はいっ」
 様々な声が錯綜する。笹島は、利き腕でない左手を前に出しながらゆっくりと前進していく。
「瑠杜賀さん、刃傷沙汰はダメよ、ミネ打ちにしなさい」
「刃傷沙汰というのは?」
「ミネで打てって言ってんのよっ」
「それでは致命傷は与えられませんけど?」
「それでいいのよっ。相手は普通の人なんだから」
 そういいながら、探偵社の男の警棒による打撃を左腕で受け止める。痛みに顔を歪めながらも、渾身の右ストレートを即座にお見舞いする。
 男が数メートル、ありえないスピードで吹っ飛んで、壁に叩きつけられる。
 これが、彼女の能力、復讐《レイジング》の《・》弾丸《ブリット》だった。自分に与えられたダメージを増加させ、相手に返す。今の笹島は、今日一日の様々なストレスが溜まっており、増加率はMAX状態になっていた。その勢いで余剰の能力を使ってもうひとりを吹き飛ばす。
 一方、ミネ打ちを命じられた瑠杜賀も着々と男たちを屠って行っていた。相手の攻撃を一切避けようともせず、攻撃を仕掛けてきた相手に返す刀で斬りつける。人でないからこそできる荒業だった。また、ミネ打ちと言えど獲物は真剣。刀身そのものにも重みもあるし、瑠杜賀の太刀筋も恐ろしく鋭い。確実に一撃で骨にヒビが入るだろう。事実、彼女の周りには苦しそうに蹲る男たちが、エントランスに累々としていた。
「……って、俺の出番はない?」
 女性陣二人の活躍を尻目に、警棒を構えたままなにもできなかった召屋は、おそろしくバツの悪い気持ちになっていた。
 だが、終わったと見えたその時、召屋は背筋が寒くなるほどの気配を感じる。同様に笹島もその気配に気が付く。
「ちょっと、何?」
「お嬢ちゃんたち、これはちょっと“お痛”が過ぎるんじゃないかな」
 ゆっくりと、そして悠然と現れる声の主。身長は召屋よりも低いものの、その胸板、上腕や太腿のサイズは遥かに大きく太い。腕のサイズだけでも笹島のウェストほどありそうだ。短く刈そろえた頭髪には白髪が混じっており、赤銅色の肌と、深く刻み込まれた皺が、彼の経験の多さを物語っていた。また、スーツの左襟には瞳を模したバッチが付けられている。おそらく、“THE EYE”の一人なのだろう。
「うーん、ウチの島でこういうことやられると困るんだよね。お嬢ちゃん、しかも、あんた学園の生徒だろ? こんなところに来ちゃいけねえよ」
 そう言うと胸のポケットから、アメリカンスピリッツを一本取り出し咥える。それを手で覆い、その手が開いたときには、アメリカンスピリッツの先に火が灯っていた。まるでマジックだった。男は大きくタバコを吸う。チリチリと先が燃え尽きていく。そして、肺に溜めた煙を一気に吐き出す。煙で周囲が白くなる。
「ふぅー。さて、今、ここで帰ってくれれば、オジサンからは何のお咎めもなしだ。いい条件だろ? ただ、そこのメイドさんには用があるんで残って貰うけど。だからね、さっさと帰りな、お嬢ちゃん。あと、そこのデカブツくんも」
 そんなことを言われて、帰る笹島ではなかった。人一倍正義感が強く(召屋除く)、責任感が強い(召屋除く)彼女にとって、こんな状況で瑠杜賀を置いて帰るなどできようも無かったからだ。彼女にとって、目の前にいる男は、時代劇における悪代官であり、成敗すべき存在であった。ただ、彼の存外な威圧と、能力が分からない恐怖が、彼女を積極的な行動に移させるに躊躇させてもいた。
「どうするね?」
 尋常でない肺活量で、一気にタバコ一本を吸い終わらせると、几帳面にも懐から取り出した携帯灰皿にその吸殻を収め、次の一本を口に咥える。
「これが吸いきるまでに決めてくれないかねぇ?」
 のんびりと言う男だったが、そこには一分の隙もない。
 脂汗だけが溜まっていく。一度、汗で滲んだ手のひらをスカートで拭き取ると、僅かに残った能力を右手に集め強く握り締める。
「それでは」
 張り詰めた緊張感を破って、いきなり、瑠杜賀が切りかかる。躊躇なく、澱みなく、その刀身を上段から男の肩口に斬りつける。
 だが……。
「痛いなあ。そりゃ、部下もやられるワケだ。でも、捕まえたよ」
 瑠杜賀の右手首を握りながら、彼女の身体を持ち上げ、そのまま地面に叩き付ける。金属か何かがひしゃげる音がすると共に、瑠杜賀の身体から右腕が引き千切られる。
「オッサン、テメエ!!」
 珍しく、怒りをあらわにする召屋。今にも飛びかかりそうな勢いだった。
「大丈夫よ。いや、まあ大丈夫じゃないけど」
「問題ありません」
 ぎこちなく立ち上がる瑠杜賀。ただ、関節に問題が起きているのであろう、うまく動くことが出来ないでいた。
「大丈夫なわけあるかーっ!! う、腕もげてんだぞ! なんかやばそうな動きしてんだぞ? 首の角度だって変だし。きゅ、救急車を呼ばないと」
「良く見なさい。血なんて出てないでしょ」
「え!? あ、ホントだ。何で?」
「彼女はロボットよ」
「違います。自動人形《オートマトン》です」
 瑠杜賀が即座に訂正する。
「嬢ちゃん、どうするか決めたかい? そろそろ吸い終わるからよ」
 男は悠然とタバコを吸い、ことの成り行きを見守っていた。
「ええ、決めたわ。私のクラスメイトをこんな目に合わせて、許せるはずがないわ」
「さすが、変態長ですね」
「アンタのためにやってんだから、言葉選びなさいっ」
「先ほどの喫茶店でご自分で……」
「ウッサイ、このポンコツロボット!」
「まあいい。それなら、こっちからいくとしようかね、お嬢さん」
 いつのまにやら接近していたのか、男の巨大な拳が笹島の腹部を直撃する。息ができなくなるほどの重みだった。思わず、膝を落としてしまう。
「さて、次だ」
 ゆっくりと召屋の方に振り向く。だが、すでに召屋は攻撃態勢に移っていた。男の顔面目掛けて警棒を叩き込む。衝撃と同時に、付与された能力が発動し、電撃を放つ。普通の人間なら、暫くは麻痺するはずだ。
「やったか?」
「兄ちゃん、そいつは俺に効かないなあ。だって、なあ、ほら」
 そう言って、見せた男の手のひらには、小さな雷球のようなものがバチバチという音を立てながら輝いてた。そのまま、それを召屋の胸に押し当てる。召屋の全身が痙攣する。
「電撃使いに電撃は効かないだろう」
「―――ッ!?」
 その場に力なく倒れこむ召屋。
「どうだい? 麻痺する気持ちってのは? 結構つらいもんだろ? それとな、こんなことも出来るんだぜ」
 召屋の胸倉を掴んで無理やり立たせると、左手を彼の肩に添える。すると、召屋の右腕がまるで生き物のように勝手に動き出し、自分の顔を殴りつけ始める。
「どうだい? 自分で自分を殴るってのは? でも、これは結構コントロールが大変でねえ」
 麻痺した状態で自分で殴りつけられるという屈辱の中にあって、召屋は僅かに動く唇で言葉を紡いでいく。
「と…っ……て……おきを……」
「何だって?」
「お、おみ、ま…い……して…や……る」
 男の真上の空間が歪む。そして、何かが落下してくる。黒い影が男の顔に被さり、男の視界が真っ暗になる。
「な、なんだ、い、いてぇっ、引っ掻きやがった!? こいつ、何しやがるっ」
 男は自分の顔に張り付いたものを引き剥がして放り投げる。その方向を見やると、そこには一匹の三毛猫が走り去っていく姿があった。
「くだらん手品を使いやがって、こいつのどこがとってお……」
 そこまで言ったところで、誰かが肩を叩くのに気づき、男は思わず振り返ってしまう。
「これがその“とっておき”よ」
 そこには、満面の笑みで、右手を煌々と輝かせている笹島がいた。


「これで、粗方片付いたのかしら? そうであって欲しいけど……」
 壁にめり込んだまま気絶している大男を見ながら呟く。ロビーにはすでに笹島と瑠杜賀以外に立っている者はいない。召屋も未だ麻痺した状態から回復しておらず、床に倒れこんだままだ。
「じゃあ、この建物をしらみつぶしに調べましょう」
「ええ」
 二人はエレベーターへと向かおうとするが、ふと見ると、エレベーターの階を示すランプが動いていた。それは、ロビーのある一階へと進んでいることを意味していた。
「まだおかわりがあるの?」
「そういえば、お腹がすきました」
 エレベーター到着し、チーンという緊張感の欠片もない音とともに扉がゆっくりと開いていく。
 この時点で、笹島に殆ど体力は残っていなかった。能力も先ほど全てを放出し、空っぽ。一方の瑠杜賀も仕込み刀を握る右腕は外れ、歩くのもやっとという状態だった。先ほどの男のような能力者がきたら、一瞬で戦闘が終わるだろう。嫌な汗が流れる。
「え?」
 エレベーターの中には、年のころなら十歳前後の外国人らしい少年が一人、ちょこんと立っていた。
「えっと、あの誰?」
 少年は、笹島を怖がるような目で見つめている。もしかすると、自分を害する人と思ったのかもしれない。急いで、閉のボタンを押そうとする。
「だ、旦那様っ」
 突然、瑠杜賀が、ぎこちない動きで少年に駆け寄っていく。それを見た少年は驚いた様子で、ボタンを押す手を止めた。
「えっ?」
「瑠杜賀!! どうしてここに? 家で待ってろって置手紙をしたじゃないか」
「えーっっ!?」
「いや…、だから、要人が一人保護されている……って言おうとしたのに」
 ようやく麻痺から回復した召屋が、ゆっくりと立ち上がりながら、ウェイトレスから聞いてた情報を話し出す。
「な、なんで言わないのよ!!」
 顔を真っ赤にして、召屋の方を指差す。
「だ、だって、言おうとしてもガン無視だっただろ……」
「そ、それはコーヒー代が、ま、まあいいわ。それより、瑠杜賀さん。貴方の旦那様は誘拐されたって言ってたじゃない!?」
 怒りと恥ずかしさの矛先を瑠杜賀へと向ける。だが、この人が何を言っているのか分からないという風で首を傾げるだけだった。
「私、そんなこと言ってませんけど? 探偵社の方に連れて行かれたとは言いましたが」
「だ、だって、ピンカートン探偵社から襲撃されたって言ってたじゃない!?」
「ああ、それですね。あれは、僕が時々探偵社に警護を依頼しているということを利用した、ライバル社の尖兵ですよ。つまり、ピンカートン探偵社の名を騙った賊ってところですね。それから逃れるため、こちらに暫く留まることにしたんですよ」
 床に散らばっている瑠杜賀のパーツを拾いながら、少年は答えていく。
「全くだ。お嬢ちゃん、勘違いも甚だしいな」
 何時の間にやら復活していた大男も会話に加わり始める。
「だ、だって、秘密結社で、悪の組織で……」
「あぁ? ウチはそんなんじゃねえよ。もちろん、金さえもらえればなんでもやるけどな。このアラン・スミシーさんの警護もその一つだ」
「全く、笹島様は粗忽ものなんですねえ」
「まったくだ」
 各々がにこやかに笑い始める。なんとも大団円な雰囲気がそこには流れていた。ただ一人を除いて。
(そうだ、これから、私よりも千倍邪悪な魔剣を探す旅にでよう……)


 翌日。いつものように、誰よりも一番に教室に登校した笹島は、自席に座りながら、昨日のことを思い出していた。身体の節々がまだ痛むが、それも良い思い出と考えれば気持ちが良い。探偵社側に生じた被害は、全てアラン・スミシーなる少年が保障してくれることになったのも幸いだった。
「よし、今日も頑張ろう!」
 気合を入れるためか、頬を両手でパーンっと叩く。同時に教室の扉が開く。
「おはよう御座います。笹島様」
 何事もなかったかのように、昨日と同じメイド服姿に傘を携えた瑠杜賀がそこにいた。その姿を確認するや、早瀬もかくやという素早さで、彼女を拉致し、屋上にまで駆け抜ける。
「な、なんでここにいるのよ! もうここに用はないでしょ?」
「ええ、そうなのですが、旦那様が『せっかくだから、しばらくは学園生活を堪能してこい』と仰られまして」
「しばらくってどのくらい?」
「さあ、旦那様がお屋敷にお戻りになられるまででしょうか。そうです! 笹島様、今度是非新居に遊びに来てくださいませ。ピンカートン探偵社の方々によるセキュリティーシステムを設置した別宅が、この島内にようやく完成しましたので。あら? 顔色がすぐれませんけれど……」
 今日も色々あるけど、なんとか頑張ってみよう、そう自分を元気付ける委員長だった。




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