【ラルヴァ警報機】


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 俺が夜に起床してまず行うことは、パソコンの電源を入れることである。
 ネットゲームを立ち上げ、インカムの位置を調整していたとき、いきなり邪魔は入った。
「メシ置いていくぞ」
 背後から親父の声。俺のこめかみに血管が浮き上がった。
「入ってくんじゃねーよ!」
 そう思い切り怒鳴りつける。すると親父はうつむき加減になり、
「あんまり遊んでばかりいるなよ?」
 おずおずとそう言ってきた。
「うっせえ、とっとと出てけ!」
 しつこかったので灰皿を投げつけた。重たい透明の灰皿は親父の顔面をかすめ、壁に新しい穴を開けてしまう。そのままゴトリと落下した。
 すると親父がギロリと俺を睨みつけてきた。
「あ?」気に入らない俺は腰を上げる。「何が言いてえんだこのやろう」
 立ち上がったとたん親父の身長を一瞬で追い越してしまい、こいつの薄らハゲを悠々と見下ろすまでに至る。親父は俺に睨まれ返され、申し訳なさそうにぽつり、
「なんでもない」
 と呟いて、そそくさ部屋を出て行った。
 俺はむしゃくしゃした気分でネットゲームへと戻った。キャラクターのログインはとっくに完了しており、ギルメンたちは呼びかけてみても反応の無い俺のことを不思議そうに見ている。


 俺は双葉島に暮らす、中卒の男である。
 一緒に暮らしていた妹が唐突に異能者と化したので、俺までそれまでの中学校を転校させられ、こんな流刑地のような島に移住させられた。
 友達も恋人もいた幸せな日々を、強引に奪われた。荒んだ俺は家族全員を恨み、部屋に引きこもりきりになり、何かあれば家の中で派手に暴れて、とうとう高校にも進まなかった。お袋はそんな俺を相手にしていて疲れきってしまい、つい三ヶ月前に妹を連れて家を出て行った。
 悲しくも寂しくもなかった。むしろ愚痴や文句をぶつけてくる人物が二人も消えてくれたので、前よりも段違いに過ごしやすい。馬鹿な親父は俺に従順だし、おかげで気楽な毎日を送らせていただいている。家族崩壊の結末なぞザマぁみろとしか感じない。
 けれども、一つだけ不満が残った。
 俺の部屋の壁に、「ラルヴァ警報機」が取り付けられていることだ。
 危険な人外生物「ラルヴァ」の発生するこの町では、ラルヴァ警報機の設置が推奨されている。超科学系統のメーカーがこぞって市場競争を繰り広げたため、一般家庭への普及率は低くないと思われる。
 まさにそれが自分の目の前に取り付けられているのだが、正直なところ邪魔でならない。パソコンを置くスペースに干渉しているためである。この機材が無ければ、もう一枚液晶モニターを置くことができた。
 でも、実際のところ俺だってラルヴァに殺されたくはない。モニター一枚の犠牲で命が保障されるのならば、無難なところだろう。とは言っても、未だにこの警報機が作動したことはなく、もはや無用の長物と化していることも事実だ。
 ネトゲでの三時間に及ぶ狩りを終えた俺は、休憩を取ることにした。
 後ろに親父の置いていった夕飯がある。ご飯に市販の素を混ぜて作っただけの、いかにもまずそうなチャーハンだ。通販サイトを適当に眺めつつ、俺はせっせとチャーハンを口に運んでいた。
 だが次の瞬間、「ピー!」という音が部屋いっぱいに響いた。俺は危うく、口の中のものを噴出しかける。
 最初何の音かわからず、「え、え?」とアタフタしてしまう。音は非常に甲高く、全く鳴り止む気配がない。右往左往しているうちに、警報機のランプが血の色のごとく赤くなっているのに気付いた。これが作動しているということは、つまり――。
(ラルヴァが襲ってくる!)
 後から理解が追いついていき、一瞬にして目の前が真っ暗になってしまった。俺の身に危機が迫っているのだ。冗談じゃない、死にたくない!
 ところが警報音は止み、ランプも消灯してしまう。残されたのはバスドラムを叩き続ける、俺の心臓の音のみになった。
 ふと俺はインターネットを思いつき、行きつけの掲示板を開く。思ったとおり、先ほどのラルヴァ警報についてすでにスレッドが立っていた。
 ざっと見てみたところ、結局「誤報」らしかった。
「舜!」
 親父が必死な大声で部屋に飛び込んでくる。俺はこの警報機に対し、
「人がメシ食ってるときになんだよ! クソが!」
 と、腹の底から怒鳴り散らした。怒りを大爆発させた。
 熱で脳が溶け出しそうなぐらい頭に来ていた。死に直面して、涙が滲むほど怖い思いをさせられたのである。こんな警報機なぞ叩き割ってしまおうかとさえ思っていた。
 それでもやがて両肩の力が抜けていき、俺はため息をつきながら椅子に座った。こんな機材に振り回されているのも、馬鹿馬鹿しいと感じたのだ。
 それにしても、親父が俺の名前を呼んだのは久しぶりのことだった。俺のことを心配し、自らの危険も顧みず駆けつけてきてくれたのか。こんな糞親父のことなど嫌いなことには変わりないが、胸のうちには深い感謝の気持ちが芽生えていた。
 照れくさいが、礼だけ入っておこう。はにかみながら後ろを振り向く。


 親父が血走った眼球をむき出しにして、灰皿を振り下ろしていた。




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