【喫茶アミーガ本日も開店中】


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 双葉島と呼ばれる人工島、その島内のとある喫茶店の前に私は来ていた。
 店の前には何台ものバイクが並んでいる。バイクに詳しくない私でも、それらが年代ものであることが分かる。おそらく、ここなのだろう。
 喫茶“アミーガ”。入り口にはそう書いてあった。
 名前の由来は、オーナーが大のクラシックゲーム好きだからだと友人は教えてくれた。だが、何故“アミーガ”という名前がそれに繋がるのか、全く分からない。そう告げると、友人は笑いながら『そりゃ、アタリ前だな』というだけで、本当の意味を教えてはくれなかった。
 ガラス戸を押し開いて中に入る。店内はそれほど広くはなく、十人程度が入れば満員となるだろう。インテリアは今風のものではなく、六十年代後期から七十年代にかけてみられた流行デザイン。白を基調にしながら、スツールなど、部分的に派手な赤の色を使い、まるでキューブリックのセットのようだ。もちろん、そこから醸される雰囲気は決して下卑でも品のないものでもなく、今のモダンデザインに慣れた私にとっては、非常に新鮮に映る。BGMもやはり、その年代に近い懐メロが流れている。おそらく、この曲は当時のアイドル歌手の山本リンダという人が唄っていたもののはずだ。
 空いているカウンターに座ると、制服姿にエプロンといういでたちの女性がお冷を持って現れた。制服から察するに、この辺りの高校生なのだろうが、それにしては身長が大きいし、なんとも目のやり場に困った体型をしているではないか。しかも、制服をラフに着こなしているため、胸元の谷間がチラチラと見え隠れしている。全く嬉し……ではない、困ったものだ。
「……お客さん? あのー、ご注文は?」
 大きなつり目気味の瞳をパチクリとさせながら、私の顔を覗き込む。一瞬、ドキッとする。
「あ……ああ、すまない、お嬢さん。そうだな、ハイチを頂こうか」
「ハイチ、ですか? 珍しいですね。普通、ブルマンか、ブレンドが多いんだけど。マスター、ハイチってありましたっけ?」
「あいよ」
 そう気さくに答える人物こそ、私の捜し求めた人に違いなかった。パイプタバコをくゆらせながら、瓶から取り出した豆をコーヒーミルに入れるとゆっくりと回し、コーヒー豆を挽いていく。
 うむ、この人こそ伝説のバリスタに違いない。そう思い、私はマスターの一挙手一投足を目に焼きつけようとする。
「おいおい、マスターじゃないだろ、おやっさんだろ! 何度言ったら分かるんだ」
 そうウェイトレスに声をかけた人物は、私よりも壁際に座っていた二人組みの内のひとりだった。妙に長いモミアゲに太い眉毛、深い彫り。見るだけで、体感温度が五度ほど上がりそうなほどに暑苦しい顔。しかも、それが二つ並んでいる。双子なのだろう。しかし、彼らは何故、胴着姿なのだろう? 格闘系の部活を抜け出して来たのだろうか?
 そのふたりに声をかけられたウェイトレスは、先ほどの私への物腰とは一八〇度真逆の厳しい目つきをし、ドンとテーブルに拳を叩きつける。
 私の目の前のコップが一ミリほど浮いた。
「あぁっ!? あんたたち、まだダベッてたの? さっさと練習に戻りなさいよ、変態兄弟っ!!」
『ところで、今日、千乃たんは来ないのか?』
 一分の狂いもなく、全く同じ言葉をふたりが話す。双子というのは凄い……。おや、急に寒気がしてたじゃないか。マスターが冷房の温度でも下げたのだろうか? いや、これはもしかして、冷気というより、殺気というものか?
「あんたたち、あれだけやってもまだ懲りてないの?」
「こ、懲りて、な、などいない!」
「そ、そうだ! お、俺たちは千乃たんファンクラブの会員だ、からな」
「よーし、表へ出なさい。二度とそんな口をきけないように、ギッタンギッタンのボッコボコにしてあげるわっ」
 今度は暑くなってきたな。
「春ちゃん、よしなよ。ウチで喧嘩はご法度だ」
 やさしいが、重みのある声で、ウェイトレスをマスターがたしなめる。
「す、すいません……、つい。ところで、私のスクーターもう直りました?」
「おいおい、馬鹿言っちゃいけねえよ。プジョーのジェットフォース、しかもスーパーチャージャー付きなんて珍品、そう簡単に直るわけがねえ。あ、お客さん! はいこれ、ハイチね」
 そう言って、目の前にカップが置かれる。しまった、隣の騒ぎでその技を堪能することができなかったじゃないか。全く。しかし、なんと良い香りだろう。
 それでは一口。うむ、この軽やかな香味と、適度な酸味、えぐ過ぎない苦味。飲み心地のよい絶妙なバランスこそハイチ! 日本人は何かというとブルーマウンテンを有難がるが、私にとっては、あれは香りだけの深みのないどうしようものなく物足りない黒い液体だ。やはり、ハイチかドミニカが私の舌に合う。なにより、これだけの味わいを引き出すとは、さすが伝説のバリスタだ。その技の一端を見ることが出来なかったのが返す返すも残念だ。
 ふと、窓際の席に目をやると、長く、美しい黒髪を赤いリボンを後ろでで留めた少女がケーキを美味しそうに食べていた。二人座席だったが、ひとりのようだ。
「うーん、やっぱり、ここのケーキは美味いっスねー」
 まるで、露天商におけるサクラの台詞のよう露骨さだったが、私の食欲をくすぐるに十分な言葉だ。なにより、ケーキを食べる横顔が本当に美味しそうではないか。
「ウェイトレスさん」
「はい?」
「あの子と同じものを頂けるかな? こんな風体だが、甘いものにも目がなくてね」
「ええ、分かりました」
 いい笑顔で注文の追加を注文票に書き入れ、マスターに声をかける。その時だ、ガラス戸が開いて人がふたり、入ってきた。
「雅、雅、本当だよ! ここのケーキおいしいんだって!」
「わ、分かったから引っ張るなよ……」
 おそらく、兄妹なのだろう。なんとも微笑ましい光景じゃないか。ウェイトレスが、お冷を持って注文を訊きにいく。何言か告げると、妹の少女が酷くしょんぼりし始める。辛うじて兄の方の声だけが聞こえてきた。
「しょうがないだろ? また、別の日に食べにくればいいじゃないか」
 私は、先ほど私が注文したケーキを運んできたウェイトレスに、下世話なこととはしりつつも事の仔細を尋ねてしまう。
「あー、うーん、ちょっと言いづらいんですけど、お客さんのケーキが最後の一個なんですよ……。ウチのケーキは人気があって、結構売り切れるのが早くて。あ、ゴメンなさい。気にしないで下さいね。いつものことだから」
「それは残念なことをしたな……。そうだ、このケーキを彼女に譲ってやってくれないか?」
「えっ!? 良いんですか?」
「ああ、別に私はそれで構わないよ。少し残念だけどね」
「スイマセン!」
 そう言って、私の注文票に横線を入れると、私の目の前にあったケーキをトレーに置き、しょんぼりしている少女の方へと歩き、その目の前にケーキの皿を置く。そして、なにやら少女に耳打ちする。
 少女はバツが悪そうにこちらへ歩いてくると、小さな頭をペコリと下げた。
「あ、ありがとうございますっ、おじさん!」
 うーん、こう見えても二十代前半なんだがな……。苦笑しながら、そのカワイイ頭を撫でる。まるで、仔猫を撫でる時のように気持ちがよい。
 元気良く自分の席に帰った少女が、目の前にあるケーキをめい一杯頬張る。その至福そうな笑顔もまた、日向ぼっこをしている仔猫のようだった。
 私は少し冷めかけたコーヒーを飲んでいると、扉が開く。また、来客のようだ。
「おやっさん、俺のバイクの修理できたかい?」
「おー、弾か。もう出来ていると思うがね。ちょっと待ってろ。おーい、改《あらた》ちゃん。あれ、どうなっている?」
 店の奥から声がする。
「あれならもう終わりましたよ。仁ちゃんに表に出すように言っておきますねー」
 この喫茶店の奥はどうなっているのだろう? 確かに店の前にバイクが何台も停まっていたが、それと関係があるのだろうか? 私が暫く考え込んでいると店の外が騒がしい。なにやら口論をしているようだ。すると、ほどなく、少年が店に飛び込んでくる。
「おやっさ~ん、なんか、龍河さん、凄く怒ってますよ。俺じゃどうにもなりませんよ~」
 少年が、半泣き状態でマスターに泣きついてた。相当その龍河くんとやらが怖いのだろう。豪快に戸が開く。
「おやっさん、あ、あれはどういうことですかっ?」
 そう言って、青年が指差した先には、緑の目の付いた顔のような赤いフロントカウルや爬虫類かなにかの背びれのようなものが後ろに付いた、ど派手なバイクがそこにあった。
「どうだ、お前にピッタリだろ?」
 そう言うマスターの顔はなんとも自慢げだった。
「パワーユニットを魂源力《アツイルト》エンジンを換装したスーパーマシンだぞ。最高時速三〇〇キロ、しかも燃料補給無しだ。この俺の超科学系能力全てを注いだ力作だ。何の文句がある?」
「俺はパンク修理を頼んだだけじゃないですか? それに、あの外観は……」
 確かに、あれは私もどうかと思う。それより、あれじゃ車検をパスしないだろう。
「あれがいいんじゃないか! 嫌なら、パドックに入れて、あいつ等に外させろ」
 少し、不満そうにマスターが言う。
「じゃ、じゃあ、そうしますよ」
 気まずそうに青年は店を出ると、先ほど涙目だった少年と共にバイクを押し、店の裏手へと消えていった。
 この喫茶店は一体どうなっているのだ? バイクショップなのか? それとも、やっぱり喫茶店なのか? そういえば、壁にはレース写真のパネルが飾られている。単なるマスターの趣味なのだろうか?
 色々と思い悩んでいると、突然、携帯のメール着信音のようなものが鳴り響く。ひとりふたりではない。何人もだ。私以外のお客全員? いや、ウェイトレスまでも懐やポケットから携帯電話らしきものを取り出して、何かを確認していた。
「おやっさん!」
「あいよっ!」
 そういうと、マスターはカウンターの下から虫かごを出し、胴着姿の男のうちのひとりに手渡す。中にはコーカサスオオカブトムシが入っている。もしかして、ここはペットショップなのか?
「おやっさん! タマ借りていきますよっ」
 そういって、店の片隅で昼寝としゃれ込んでいた三毛猫をヒョイと抱え上げ、外へ駆け出していく。
「かわいそうな目にだけは合わせるなよっ」
「押忍!」
 店の奥で、なにやら紙を沢山広げ、一心不乱に描きなぐっていた少女も、紙と筆記類をそそくさとまとめ始めていた。
「コミケが近いっていうのにもう……」
 ブツブツ言いながら、店を出て行く。
「うーん、面倒だなあ。別に私が出なくてもあの変態ふたりで十分じゃないの?」
 ウェイトレスもエプロンを外し、なにやら準備をしている。
「そう言うなって、春ちゃん。スクーターちゃんと直しておくからさ!」
「じゃあ、お願いねっ!?」
 そう言って、元気良く外へと飛び出していく。
 気づけば、お客といえば、私と兄妹の三人だけになっていた。
 あまりにも突然、あまりにも不思議な光景に、私はおもわずマスターに聞いてしまう。
「あの人たちは、なに者なんです?」
「ああ、あいつらかい?」
 パイプ煙草をくゆらせて一服すると、心底嬉しそうな表情で続けて言った。
「あいつらは、“正義の味方”だよ」
 その言葉の意味は私には分からなかったが、彼らが、マスターの自慢なのは間違いないようだった。


「ど~け、どけどけどけ~っ!!」
 突然、怒声が外から響く。それに釣られて、私は思わず店の外に目をやる。
 そこには、腰に布を巻いた半裸状態の青年が、先ほどのど派手なバイクに跨って走り去っていく姿があった。
 やはり、この喫茶店はなんなのだろう? いや、この双葉島はなんなのだろう? ますます、謎は深まるばかりだった。



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