【立浪姉妹の伝説 最終話】

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   立浪姉妹の伝説 -その栄光と末路- 


   最終話 みかとみきの末路


 奇跡的に目覚めた立浪みきは、まだ夢を見ているかのようなぼんやりした目で、自分たちを祝福している生徒たちを眺めていた。立浪みかはそんなみきの両手をとると、本当に嬉しそうにしてこう言った。
「みき、お前は助かったんだよ! よく戻ってきた! よく乗り越えてみせた! あたしはとっても嬉しい、お前を守ることができてお姉ちゃんはすごく幸せだよ!」
 みきは、ゆっくりと下を向いて自分の体を見る。
 まったく見慣れない真っ黒なドレスには、自分の手によって搾り出された生徒たちの血液が、べっとりと大量に付着していた。両手にも彼らの血が、生々しくこびりついている。
 みきは悟る。結局、自分は自分の中に眠っていた凶暴な力に負けてしまい、学園のみんなに危害を加えてしまったことを。
 悪夢の中で黒い自分自身がそそのかした、宿命に負けてしまったことを。
 何よりも自分が今、あの黒い自分自身になってしまっていることを。
「・・・・・・あああああああああああああああ!」
 絶望の叫び声をみきは上げた。突然駆け出し、生徒の輪から抜け出してしまう。
「み、みき!」
 みかは傷だらけの体に鞭を撃って、その黒いドレスを追い始めた。


「みきぃ! どこへ行くんだぁ! 待て、待ってくれぇ!」
 みきは立ち止まらない。民家の屋根をつたって、ふわりと飛んでいくように南へ向かう。みかは怪我に苦しみながら、彼女の黒い背中を追い続けた。穴の開いたわき腹から、血が飛び出てくる。保健委員による治癒魔法を受けたが、完全に治らなかったのだ。片目をぎゅっと瞑ってこらえながら、みかは走り続けた。
 やがて急な坂道が見えてきて、上っていくたび水平線がどんどん広がっていった。姉妹の暮らしてきた双葉島の全景が、眼下に見えるようになった。
 人工林の山道を抜け、ぱっと開けたところで、逃げ続けていたみきは追い詰められる。
 待ち構えていた手すりにぶつかり、前のめりになった。視線の先には、一面に広がる緑の東京湾が。
 人の手によって造られたわざとらしい岩肌に、白い波が高くかかっている。しぶきを上げている。台風が遠くで近づいているため、海はとても荒れていた。
「みき! 何を考えてるんだぁ!」
「こないでぇ、姉さぁん!」
 そう、みかのほうを向いて手すりにもたれた。
 ここは裏山に設けられた展望台である。真下は急崖となっており、東京湾に面している。
 東を向けば羽田に離着陸する航空機を眺めることができる。南のほうは海ほたると木更津の街が見え、よく澄みわたった晴れた日には、遠く、みなとみらいまで望むことができる。
 磯の香りが突風に運ばれ、みきのドレスを浮かす。ばさばさと横にたなびく髪を押さえながら、みかはさび付いた黒い望遠鏡の隣にいる、みきと向き合っている。
 青ざめた表情でみきは歯を鳴らしていた。がたがたと震えながら後ろの手すりを両手で握っており、いつ投身してもおかしくない張り詰めた空気が姉妹の間に流れていた。
「馬鹿なことしてんじゃねぇ! 早くこっちに来い!」
「やだあ! 私はもう死ぬしかないのお!」
 と、みきは目を大きく開けて、叫ぶように言った。
「私は大好きなみんなを傷つけた! 血祭りに上げた! 私はみんなの血で真っ赤に染まってしまったあ!」
「だからって死ななくてもいいじゃねえか! せっかく元に戻ったのに!」
「もう後には引き返せないいい!」と、みきは強く首を左右に振って、叫ぶ。「結局私は黒い自分に言われたように、生徒のみんなを痛めつけてしまった。半殺しにしてしまった。黒い自分に乗っ取られて、熊のときのように殺戮を楽しんでしまった!」
「お前は何も悪くない! 悪いのはお前の中にある黒い存在だ! 何度出てこられても、あたしが何度でもやっつけてやるから!」
「また乗っ取られるぐらいなら死んだほうがましだよお! またみんなを苦しめるぐらいなら死んじゃったほうがましだよお! もういやあ! どうして私の中にはこんなにも醜い血が流れているのぉ? こんなのが私の『宿命』だというのなら、いっそのこと生まれてこなければよかったあ!」
 みきは、この島じゅうに聞こえるよう、悲痛な心の叫びを喚き散らした。
「私は『ラルヴァ』なの! 殲滅されるべき有害な存在なの! 島の子供たちを手にかけるのが私の宿命なら、いっそのこと今ここで死んでしまいたい! そうよ、私は『ラルヴァ』よ。血塗れ仔猫よ。マイクのように異能者全員から抹殺されるべき『ラルヴァ』なのよ! 『ラルヴァ』は『ラルヴァ』らしくみんな始末されて、この地球上からいなくなってしまえばいいのよおおおおおお!」
「もうしゃべんじゃねえやあ泣き虫みきぃ!」
 我慢の限界を超えたみかは、みきに近づいて殴り倒してしまった。すかさずみかはみきの襟元をぎりぎりつかみ上げ、翠眼を燃やして彼女に怒鳴りつける。
「どうしてお前が黒い自分に乗っ取られた? 言いように操られた? お前が弱いからじゃねえか! 何でもっと仲間を信じてやれねえんだ! 自分を強く持つことができねえんだ! 自分の異能に誇りを持つことができねえんだ! 猫の血筋に誇りを持とうとしねえんだ! そんなんだから、お前は悪いラルヴァに付け入られるんだよお!」
 長女は気弱な次女を、心を鬼にして叱りつけた。
「お前は独りじゃねえんだ! もしまたお前が暴走を起こしても、あたしがいるし、みんなだっている! 見ただろう、あれだけの仲間を。聞いただろう、暴れるお前にも送られた大きな声援を!」
 みきは、校庭に残ってくれた異能者たちのことを思い出す。失ったとばかり思っていた仲間たち。彼らが鞭を振るう冷酷な自分に投げかけてくれた、温かい言葉の数々。
「だからもう、お前は自分の影に怯える必要なんてないんだよ。あたしたちなら必ずお前を止められる。あたしたちを悪く言う奴らからは、みんなが守ってくれる。もう何一つ怯えることはないんだ。だから、もっとあたしたちのことを信用しておくれ・・・・・・」
 座りこんでいるみきは、黒いドレスの裾をぎゅっと摘んだ。こんな真っ黒になってしまった自分でも、一生懸命庇ってくれる・守ってくれる人たちがいるのだ。
「そして、お前が死んじまったら、マイクの願いはどうなるんだい?」
 みきははっとして口を半開きにした。
「あいつはな、ラルヴァの血が流れているあたしたちに、本当の生き方を教えてくれたんだ。あたしたちが今後幸せな人生を歩んでいくための、ヒントを伝えてくれたんだ。そんな彼が託してくれた願いを、お前が代わりに叶えていこうとは思わないのかい?」
「マイク・・・・・・!」と、みきは嗚咽を漏らしながら言う。
「だから・・・・・・みき。あたしたち姉妹は、生きていていいんだよ? たとえこの体のなかにラルヴァの血が混在していても、もうそれは何もおかしいことじゃない。そんな血が流れているからと言って、始末されるべきものなんかじゃないんだ。
 家へ帰ろう。早くそんな服を脱ぎ捨てて、いつもの生活に戻ろうよ・・・・・・」
 みきは涙をいっぱい流して姉に抱きついた。みかも泣きながら、次女の体を強く抱きしめる。
「明日はみくが朝食を作るんだろう? 約束してたじゃないか・・・・・・」
「みくちゃ・・・・・・」
 毎日笑ってばかりの、天使のような妹の幼い顔。自分がいなくなってしまったら、誰があの子を守ってやれるのだろう。寂しがりやで、甘えん坊で、怒りんぼなあの子の側に、誰がいてやれるのだろう。
「猫の血筋はあたしたちだけじゃない。もう一人いる。まだ小さいみくのためにも、みき。お前はもっともっとしっかりしてなきゃいけない。お前だって、『お姉ちゃん』だろう」
「・・・・・・けど、姉さん」と、みきは下を向いて口を挟んだ。
 みかは悲しそうな顔になって、みきを直視する。
「それでも私はね、島の子供たちを殺すのが嫌。こればかりはどうしても嫌。七人の子供たちの中にはね、みくちゃにすごくそっくりな子がいたの。もしも私が生きていたら、私はその子を殺してしまう。絶対にお腹をねじ切って惨たらしく殺してしまう。
 ・・・・・・嫌だ。そんなの嫌だ。だから姉さん、おとといの夜の約束どおり、私を殺して」
 みかの表情が強張った。自分を見上げるオッドアイは力を無くして、生気が感じられない。彼女はみかがこれだけ言っても、なお「死」を希望しているのだ。
「泣き虫な次女からの、最後のお願いです。私を殺してください。真っ黒になってしまった私を、今のうちに殺してください。そうすることで島の子供たちを、何よりも私のことを、守ってください。お願いします、姉さん」
「バカヤロウ・・・・・・。お前はお姉ちゃんに、どれだけ甘ったれれば気が済むんだ・・・・・・」
「もうこれ以上、私の大好きなものが踏みにじられていくのが嫌なんです。耐え難い苦痛なんです。私の綺麗なオッドアイが血に染まるのは、死んでしまいたいぐらい辛い。お願いします。姉さんが私を止めてください。私を血塗れた宿命から、救ってください」
 みかは毅然とした顔になると、口を一文字にきゅっと結んで立ち上がった。左手に緑色のグラディウスを握る。
 ばしゃんと、すぐ隣では荒波が岩肌に叩きつけられる音が聞こえてきた。みかは声の震えを懸命に抑えながら、みきにこうきいた。
「マイクのことも・・・・・・いいのか」
 みきは、こくりと頷く。
「みくの心が傷つくぞ・・・・・・」
「これから私のせいでもっともっと深く傷つけるぐらいなら・・・・・・」
「私はもっともっと、辛いんだぞ・・・・・・?」
「・・・・・・こんな泣き虫で、弱っちい妹でごめんね、『お姉ちゃん』」
 かつての呼び名が流れた瞬間、みかのグラディウスが白く光る。魂源力を込められるだけ込めて、一気にみきの命を絶つ気だ。
 ・・・・・・怖い夢を見てしまって、いつも夜中に自分を起こしたあの日々のように、長女は次女を優しく寝かしつけようとしている。
「わかった。『お姉ちゃん』がお前のこと、守ってやるからな。いつ、どんなときでも、あたしがお前のことを守ってやるからな・・・・・・」
 みかのグラディウスが、魂源力によって大きさを増した。緑色の刀と化したそれを、彼女は両手で握りなおす。涙のこらえきれない真剣な表情をして、妹をしっかり見据えた。
「ありがとう・・・・・・お姉ちゃん」
 今日まで何度、みかに「甘ったれんな」と怒られてきたことだろう。お姉ちゃんと呼ぶのを止めるよう言われたのも、その一環であった。
 でも、みきは知っている。本当は「お姉ちゃん」と呼ばれるほうが、妹思いのみかにとって何よりも嬉しいことを。
「最期まで甘ったれで、ごめんなさい・・・・・・」
 みきはオッドアイを閉じた。『宿命』から解き放たれることを心から喜んだ彼女は、ようやく安らかな笑顔になることができたのであった。みかの一太刀によって、マイクのいる天国へ旅立つことを希望した・・・・・・。


 銃声が裏山に響いた。


「え・・・・・・?」
 最初、自分が最期のときを迎えたのかとみきは思っていた。しかし、みかは銃なぞ使わない。
 違う。これは違う! みきは目を開いて首を上げた。
 姉の体が、ゆらりと真横に傾いていく。
 みきは、みかが頭部を打ち抜かれて血を吹きながら横に倒れていくのを見た。エメラルドの瞳が輝きを失って、くすんだ色になったのを目撃する。グラディウスが魂源力を失ってもとの緑色になり、左手から離れた。
 長女の体はそのまま手すりを乗り越え、頭から崖下へと向かっていく。
 からんと、みかのグラディウスがすぐ目の前に落ちて弾む。
 みきが身を乗り出して崖下を覗いたときには、みかは真っ逆さまになって東京湾に落下していくところであった。彼女は裏山のどこかから、狙撃を受けてしまったのだ。
 白く泡立つ荒波に体が呑まれてしまった瞬間。みきは絶叫する。
「お姉ちゃああああああああああああああん!」
 ひざまずいて、姉のグラディウスを胸に抱きしめた。ぴったり胸に付けて、愛する姉の存在を求めてすがるように抱きしめる。
 でももう、彼女を庇ってくれる長女はいない。泣き虫なみきを守ってくれるみかは、もういない。
「やだあ、やだあ、お姉ちゃん、私を置いていかないで、私を残してどっかに行っちゃわないでええええええ!」
 そして、慟哭を上げる黒いドレスに、今度は至近距離から一斉射撃が放たれた。
 腕、脚、わき腹に直撃して血液が跳ね飛んだ。肩と尻と額を掠めていき、一発がみきの心臓を一直線に目指して飛んでいった。彼女の黒いドレスは自分の血で赤く濡れていく。
 悲痛に歪む表情のまま、みきは体中を撃たれて吹っ飛ぶようにして崖下へと落ちていく。姉の後を追うようにして、荒れ狂う海に落下していく。溢れ出てきたたくさんの涙粒もまた、荒波へと飲み込まれていく。
 それでも彼女は、みかの遺したグラディウスをしっかり胸に抱きしめていた。


 こうして、2016年当時に名を馳せた猫耳姉妹・立浪みかと立浪みきは、ひっそりとその存在を抹消されたのであった。


 学園に非常事態宣言が発令された未曾有の大事件の翌日。双葉島や双葉学園に悲しいニュースが発表される。
 上級ラルヴァの出現により、高等部の姉妹が殉死・失踪してしまったというのだ。
 高等部二年・立浪みかがラルヴァとの戦闘の末、死亡した。遺体は早朝に東京湾から引き上げられたという。それ以外は何もわかっていない。
 高等部一年・立浪みきは行方不明らしい。どうやらラルヴァとの戦闘の末、敵と深く関わってしまったようだと学園側は学生たちに説明した。
 姉妹に理解を示していた学生たちは、深い悲しみにくれた。わけがわからない。理解ができない。あのとき校庭から抜け出した二人の身に、いったい何があったのか? 
 猫の姉妹は素早く移動してしまったので、後から展望台にたどり着いたときには、もうどこにもその姿は見られなかった。犬の異能者が嗅覚で、みきの血液が流れたことを発見したが、そこまでだった。姉妹とは関係のない、複数の人物の匂いも残されていることもわかったが、それらが誰であるのかを突き止めるまでには至らなかった。
 学園に調査を依頼しても、彼らは頑なにそれを拒んだ。展望台で上級ラルヴァが発生して姉妹は殉死した、としか繰り返さない。しかし、立浪姉妹の理解者たちは当然わかっている。どうせ誰かによって二人は消されたのだということを。
 数日後、そんな彼らに衝撃が走る出来事が起こった。
 何と高等部一年・与田光一が、高等部の学部長から表彰されたのである。
「悪質な上級ラルヴァによる学園壊滅の危機をいち早く察知し、独自研究を行った。それによる対策によって多くの人命が救われた」
 全校集会のさなか、急に始まった荘厳な表彰式に、事件に関わった誰もが絶句した。
 立浪みきを暴走させて怪我人を多く出したあの事故の首謀者が「表彰」だと?
 金の盾を高等部の生徒に向けて、与田は笑顔を浮かべている。たまらず抗議の声を上げようとした集団を暴力で押さえつけるかのように、真っ先に生徒の中から賞賛の声が沸いた。
「与田ぁー、よくやったぁー!」
「ラルヴァはやはり異能者によって世界から削除されるべき害悪なのだぁー!」
「お前こそが時期醒徒会の会長だぁー!」
 体育館を轟音のような声援が震わせる。立浪姉妹の仲間だった生徒たちは、茫然自失として立ち尽くす者もあれば、無念そうに下を向いて涙を零す者もいた。
 ポニーテールの少女が悪鬼のような表情で、こう大声で喚いた。
「私に一生治らない傷をつけた、たつな・・・・・・『ラルヴァ』を絶対に許さない! これからも私は無害だろうが友好的だろうが『ラルヴァ』など根こそぎ切り裂いてやる! 弟の仇をとり続けてやるうううううう!」
 どうして、こうなった?
 何が、あの後に起こったんだ?
 そう呆然としている彼らに対しても、与田は優しく微笑んでみせた。


「光一さま、学部長から表彰されたようですね。おめでとうございます」
 と、側近の牛島は笑顔で彼を讃えた。
 研究所で設計図と向き合っていた彼は、牛島のほうを見ずにこうそっけなく答える。
「計画は無事達成されたしね。まあ、安心したよ」
「おや・・・・・・? 学部長章といったらそうそういただくことのできない、かなり素晴らしい章であるのに。社長もとても喜んでいらっしゃいますよ? 光一さまは嬉しくはないのですか?」
「こんな予定調和の一つ一つに一喜一憂していたら、きりが無いよ」
 と、与田は設計図に書かれた直線に視線をなぞらせながらあっさりそう言った。
「・・・・・・さようでございますか。それにしても、光一さま? あそこまでして立浪姉妹の存在を消すのにこだわったのは、どうしてでございましょうか?」
「どういうことだい? 牛島?」と、与田は実につまらなさそうにきいた。
「いや・・・・・・。いくら姉妹が『ラルヴァ』だからといって、光一さまのこだわりようは鬼気迫るものがありました。会社のロボットや研究施設を際限なく利用し、資金も存分につぎ込みました。大混乱もありましたが、結果として無事に成功に終わりました。
 しかし、それほどにまで光一さまがあの姉妹に執心したのは、何か理由があってのことでしょうか。個人的な気持ちがあったのでしょうか」
「ないよ」
「は?」
 牛島はたまらず、気の抜けたような返事をしていた。
「そんな大げさな理由や動機なんて何一つないんだよ。少なくとも立浪姉妹に関してはね。今回の件で初めて会ったような連中だし、奴らを始末したところで何の感慨も無いんだよ?」
「そうですか・・・・・・」
 そう、牛島は納得しがたいような表情で言った。
 与田はペンを机に置くと椅子を回して、牛島と向き合う。
「なあ、牛島。学生が社会に認められて評価を得るためには、学生はどうしたらいい?」
 牛島は初め、与田が何を話し始めたのかよくわからなかった。
「就職活動でようやく、呑気な学生どもはその重要性に気づくだろうね。学生が一流企業に評価されて見事内定を勝ち得るために必要な、とても大切なものがある。牛島はどういうことだと思う? 一般的に考えて」
「例えば自分の研究分野で一定の成績や結果を出したり、何か仲間同士で力を合わせて、リーダーシップをとって一つの出来事を達成したりして・・・・・・、こ、光一さま! あなたまさか!」
「そうだよ。『結果を残すこと』だよ。『説得力』だよ。僕は、立浪姉妹という危険なラルヴァの存在を見出しただけでなく、生徒たちに呼びかけて、みんなで力を合わせて彼女らを始末したんだ。そのリーダーシップをとったから、僕は学部長に評価されたというわけさ」
 まあ、表向きには別のラルヴァによって死んだことになってるけどね、と与田は付け加えた。
 あの展望台で立浪みかを殺害したのは、与田光一であった。彼女に対して最初に紹介してみせた、一般人向けの対ラルヴァ護身銃で、妹に気をとられている姉の脳天を見事に打ち抜いたのだ。
 続いて立浪みき・・・・・・いや、『血塗れ仔猫』を攻撃したのは、醒徒会であった。醒徒会役員七人の背後を、ラルヴァ殲滅派の生徒たちが取り囲むようにして並び、冷たい眼差しで処刑の瞬間を傍観していた。
 姉妹に動きが出たという大きな一報を与田に伝えたのは、何と学部長であった。「何としてでもラルヴァの姉妹を討伐しろ!」というとても強い口調だった。
 それから、与田は車を展望台へと向かわせる。愚かなラルヴァの擁護派が校庭に残されて途方にくれているあいだ、教室に避難していた殲滅派に、彼の部下が姉妹の動向を伝えた。
 特にみきによって大怪我をした生徒たちは、ものすごい剣幕で醒徒会長に詰め寄った。
 あんな有害な物は処罰されて然るべきだ。生徒たちに被害が出たのだから、醒徒会は動くべきだ。私たちは殺されて恐ろしい思いをしたのだから、醒徒会はあのラルヴァを粛清すべきだ。学園で発生した残虐なラルヴァを、みすみす醒徒会は見逃すというのか? これだけ被害を受けた生徒たちの気持ちを踏みにじるのか?
 反論できない醒徒会は、立浪みきを抑止するという苦渋の決断に出る。殲滅派の生徒をテレポーターによって展望台へ移動させ、彼らの監視ので、醒徒会はみきを処刑した。
「立浪姉妹・・・・・・許せ!」
 と、当時の醒徒会は泣く泣く引き金を引いた。醒徒会によって放たれた七発の弾は、一発を除いてすべてみきの体に命中する。彼らの不幸な点は、与田によってみきの暴走が引き起こされたことをまったく知らなかったことである。あの日の昼休み、どうしてか彼らは学部長によって一同に集められていた。少なくとも引き金を引いた時点では、彼らは事の真相を知らなかった。
「学園生活において素晴らしい『努力の結果』を出すことによって、一般社会に恥じない実績を作ったのですね・・・・・・。さすがです、光一さま。表彰されるためとはいえ、そのためにあくまでも同じ学生である、立浪姉妹を始末するなんて・・・・・・」
「牛島。お前はひとつ誤解をしている」と、与田は言う。「学部長の賞なんてただの通過点なんだよ。立浪姉妹を消したがったのは学部長も一緒だし。表彰自体に特別な意味などは、ほとんどない」
「光一さま・・・・・・。では、何を考えておいでですか?」
「僕ね、二年後の高校三年生となった年に、醒徒会長に立候補するんだ」
 牛島は言葉を失った。
「醒徒会長になってね、学園の覇権を僕が握るんだ。与田家と双葉学園が、いよいよ一体化されるんだよ。僕の後ろには学部長が付いているからね、お墨付きもバッチリってわけだ。うちの得意とするロボット素材を使った戦闘訓練を存分に取り入れて、どこの異能者学校にも負けない、優秀な異能者を育て上げる学園に進化・・・・・・いや、『軌道を修正』させたい」
 与田はにこりともせず、淡々と語り続ける。牛島は額に嫌な汗をたくさん感じながら、己の目的のために学生を二人消した男の話を聞いていた。
「ラルヴァはこの地球上から全滅させるべき悪の総称だ。百害あって一利なしの害虫だ。一匹残しただけでも人間の育んできた麦畑をすべて食いつぶす、たちの悪い存在なんだ。そのためにも双葉学園の生徒たちにはもっと、異能者としての自覚を持たせなければならない。擁護派なんて反社会的な層を放置していた歴代の醒徒会の責任は、重い。・・・・・・僕が変える。この平和ボケの著しい悠長な生徒たちを、僕が再教育させてみせる。今回の件で、僕はいっそうその決意を固めた」
「やはり・・・・・・そのような気持ちを持つのも、過去にお母様をラルヴァに」
「牛島」
「はっ・・・・・・失礼いたしました! 失言です! お許しください!」
「・・・・・・フン、まあいい。だから、そのような野望を持った僕が手始めに取り組んだのが、凶暴なラルヴァである立浪姉妹の始末だったというわけさ。どうだ、理にかなった取り組みだろう? 理にかなった実績だろう? 将来的に醒徒会長になりたい自分が、リーダーシップをとってみんなで力を合わせて、ラルヴァの姉妹を始末してみせたんだ。
 素晴らしい実績じゃないか。その証明として全校生徒の前で『表彰』もされた。説得力と実行力のある、社会的に認められた醒徒会長候補にまで僕は到達したんだ。
 僕は胸を張って二年後の醒徒会選挙に出馬できる。素晴らしい『結果を残している』わけなのだからね・・・・・・」
 気の済むまで語り終えた後、与田は設計図に目を戻してしまう。もう、牛島のほうを向くことはなかった。
 牛島は戦慄した。この方は、自分が醒徒会長になるために学友二人を殺してしまった。死に追いやってしまった。その行為が学園によって『表彰』までされてしまった。すべては醒徒会長となって学園の覇権を握るために。双葉学園を与田一色にするために。
 野心溢れるこの青年は、つまらない仕事を終えたときに見せるような、非常に淡々とした調子で自分の研究に没頭していたのであった。


   三年後


「はぁ・・・・・・はぁ・・・」
 その少女は住宅の塀に寄りかかりながら、何とか夜道を前に進んでいる。
 どくん。どくん。
 心臓の鼓動が、頭の中にまで響いてくる。今にも禍々しい強大な存在が自分の胸を突き破って具現してきそうで・・・・・・苦しかった。
 立浪みきは、およそ三年ぶりに双葉島へと戻ってきた。
 彼女は生きていた。醒徒会による銃弾はどれも急所を外れて、胸に当たりそうだったものは、みかのグラディウスが弾いてくれた。長女は死してもなお、可愛い次女の命を守ってくれたのかもしれない。
 もはや島にいることのできなくなったみきは、ひっそりとその姿を消す。昔懐かしい田舎の廃屋を目指して、一人寂しく電車に乗った。立浪みかはもういない。みくは島に残したまま。姉妹はあの日の朝を最後に、バラバラになってしまった。
 モバイル手帳は、すでに学園関係者によって回収されていることだろう。学園生であることをすべて捨て、自分の育ってきた田舎で息を潜めるように暮らしていた。自分の中に眠っている恐ろしい爆弾も、しばらくのあいだは鳴りを潜めていた。
 ところが数年後。平和な田舎町で、猟奇的な怪事件が頻発するようになる。
 集落の飼い犬や鶏や牛が、相次いで惨殺されるという出来事が立て続けに起こっていたのだ。
 動物たちは鋭利な刃物ではなく、まるで「鞭」のようなもので叩かれ、顔面や脚を潰されていた。首を輪切りにされていたものまであったという。
 同一人物の犯行であることは、推定が容易であった。そして日に日に、どんどん事件の間隔は短くなっていった。
 立浪みきは、一度は退場させられた悪魔の意識が、もはや自己抑制が効かないぐらいに膨れ上がっているのをわかっていた。結局、彼女一人では無理だったのだ。立浪みか亡きあとでは、自分の弱さを克服することができなかったのだ。内なる破壊の衝動を押さえつけることはできなかったのだ。
 これ以上、田舎に留まって一般社会に迷惑をかけられない。彼女が目指した先は、皮肉にも自分が存在を消されたはずの双葉島であった。


 落合瑠子は、すっかり暗くなってしまった住宅街の夜道を駆ける。白く浮き上がる街灯に、小さな甲虫がこつんとぶつかって離れていった。
 こんな遅い時間に帰宅したら、またきっとパパに怒られてしまうに違いない。まーたあの男のところに行ってるかよう! と、目元を真っ赤にされて拗ねられるだろう。苦笑いを浮かべ、「悪い娘でごめんね、パパ!」と、愛する父親の顔を思い浮かべながら呟いた。
 しかし、その足が突然止まる。道路の真ん中でうずくまる、黒い女性の影を見つけたからだ。
「はぁー、はぁー・・・・・・」
「あなた、大丈夫? 苦しそうよ?」
「・・・・・・逃げて」
「え?」
「・・・・・・早く私から逃げてぇ・・・・・・。もう、だ、めぇ・・・・・・」
「どうしたの? しっかりして! 待っててね、人呼んでく――」
 そのとき瑠子は、黒いドレスを着込んでいるその少女から、黒い猫耳が生えたのを見た。尻尾がとびだしたのも見た。
 こちらを見上げてきたその顔から、ぎょろっと赤い瞳が睨みつけてきた。
 それが、瑠子の見た最期の光景であった。


 瑠子の心臓から抜き出された大量の血液を全身に浴びて、立浪みきは邪悪な笑顔を月に向けている。顔にかけられた血液の温かさ・重さ・匂いに全身を震わせて、恍惚としながらけたけた笑い出した。
 ずっと留まることなく溢れて出ていた涙が、収まった。それは彼女本来の心が完全に、自分の中に閉じ込められてしまったことを意味する。もう二度と、無粋な奇跡は起こらない。
 殺戮が始まる。愚かな人間どもへの復讐劇が幕を開ける。宿命に従い、立浪みきはこれから島の子供をその手にかける。喜んで子供たちを引きちぎり、粉々にし、血を飲み干すのだ。


 誰か彷徨える血濡れ仔猫を止めてやるものはいないのか?




【立浪姉妹の伝説】
作品 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 最終話
登場人物 立浪みか 立浪みき 遠藤雅 立浪みく 与田光一藤神門御鈴
登場ラルヴァ リンガ・ストーク ガリヴァー・リリパット マイク 血塗れ仔猫
関連項目 双葉学園
LINK トップページ 作品保管庫 登場キャラクター NPCキャラクター 今まで確認されたラルヴァ

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最終更新:2009年08月12日 02:00
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