【宮城退魔帳 その二】


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【宮城退魔帳 その二】

 差し込む朝日で目が覚める。
 俺は仮の寝床であるソファーから起き上がりカーテンを開く。外は快晴だ。
 腕の怪我ももう違和感が無く痛みも無い。傷口は残るだろうが治癒の異能の効能には驚くばかりだ。
 俺達が双葉学園に来てから既に三日が経っていた。
 現在、俺と相沢さんは部屋の入居手続きが完了するまでの間、仮の住いとして千晶さんの部屋にお世話になっている。
 それ自体は問題ない、むしろありがたいことではあったのだけれども困ったことがあった。
 それは、低血圧なのか千晶さんも相沢さんも朝が凄く弱く完全に目が覚めるまで暫くかかること。
 現在朝の六時前、日も昇り窓の外からは雀の囀りが聞こえてきている。
「そろそろ、か」
 昨日、一昨日と同じなら二人とも6時にアラームをセットしている筈だ。
 六時ジャスト、案の定目覚まし時計特有のけたたましい音が鳴り響く。
 俺はとりあえずそれをBGMにしながら三人分の朝食を作りにかかった。事前に千晶さんの許可は取ってある。お世話になっているせめてもの恩返しだ。
 まず冷蔵庫から紅鮭を取り出しオーブングリルに入れ弱火で少しずつ焼き上げる。
 鮭が焼けるまでの間に軽く味噌汁を拵えよう。
 先ずは鍋に水を張り昆布を浸す。これは既に昨晩仕込んで置いたから問題ないのでこのまま火にかける。
 鍋が煮立つまでの間に器に納豆、菜のお浸し、卵を盛り付けておこう。
 グリルののぞき窓から紅がいい具合に焼けていることを確認して火を止める。あとは冷めるのを防ぐため直前までここまま置いておこう。
 ある程度鍋が温まってきたら昆布を取り除きすばやく味噌を溶いた。仕上げに豆腐と油揚げを入れて出来上がりだ。
 そうして朝食の支度がほぼ終わりかけた頃、二人はのそのそと起きだしてきた。
「おはようござっ…」
 俺は反射的に回れ右をしている。
 二人の格好はというと寝巻きははだけて下着が露になっていたり上半身裸にTシャツだったりと年頃の男性にとって非常に刺激の強い格好だった。
「二人ともその格好をどうにかして下さい!」
 俺は後ろを見たい衝動を理性で捻じ伏せそう叫ぶのが精一杯だった。
 二人はその一言でやっと完全に覚醒する。
「「きゃああーーーっ!」」
 朝の爽やかな空気の中に悲鳴が木霊した。


「いやー、ゴメンね大声だして」
「慧護さんごめんなさい…」
 千晶さんは照れ隠しか笑いながら、相沢さんはしゅんとして謝る。
「いえ、いいですよ事故みたいなものですし」
 味噌汁を啜りながら答える。
「それよりも今日の予定は何でしたっけ?」
 本当は分かっているが多少強引にでも話を変えてしまいたかった。
「そうね、今日は双葉区内の各施設を回ってもらうわ。そして最後に部屋に案内ね。」
「はい、ありがとうございます」
 まだどうにも気まずかった。

「はい、先ずはここ、明日から貴方達の学び舎となる双葉学園の高等部の校舎群よ」
 千晶さんが指差しながら説明する。
「各校舎には第六十一~九十までの番号が振られており、各学年ごとに三~四クラスが入っています。」
「はい、千晶先生。質問です。何故六十番からなんですか?」
 相沢さんが手を上げて質問する。確かに何故六十番からなのだろう?
「そうね、この学園は小中高大一貫校だから小学校から順に校舎の番号が割り振られているの。小学校は一~三十番。中学校は三十一~六十番という感じにね」
 千晶さんは続けていう。
「あと、各学年のクラス数は約50ちょっと。残った校舎は部活棟や特殊教室棟、ラルヴァの襲来によって校舎が破損した場合の予備として割り振られているわ」
「なるほど、メモメモ・・・」
 相沢さんがそう言いながらメモ帳に書き込みをする。
「それで、僕達の編入されるクラスは何番校舎ですか?」
「まぁそう急かすな少年。それは今から説明するから。ついてきなさい」
 そういって千晶さんは歩みだす。
 俺達はそれに続いて歩く。その間道を覚えようと周囲の景色に意識を巡らせていた。
 周囲の校舎に打たれた番号が移り変わっていく。八十八、七十三、六十九・・・。
「そしてここが貴方達の学び舎、65番校舎よ」
 目の前に立つ何の他の校舎とそう変わりないがこれから世話になることを思うと妙に感慨深い。
「貴方達が編入されるの二年十八組はこの校舎の2階階段上って左側です」
「校舎内は他に目立つような場所は無いのでここまでですね。次は中央アーケード街に行きます。必要品があれば今のうちに買っておくのもいいかもしれないわ」
「はーい」
 相沢さんが何故かやたら嬉しそうに返事をしつつ俺達は中央街に向かった。


「何故、こんなことに…」
 一人呟く。俺の両手には片側10kg近い荷物がぶら下がっていた。
「それでねーこのお店、安い割りにいいものが多いのよー」
 千晶さんがはしゃいでいる。
「そうなんですかー。あっ、これ可愛い!」
「でしょう!それでねこっちのクレープ屋も昔からの定番でねー」
 その先は聞き取れない。しかし、女性というのは買い物に関しては異常なまでの情熱を燃やすと聞いたことがあるがこれほどだとは思わなかった。
 時計を見る。本来俺達を引率するはずの千晶さんもすっかりはしゃいでしまい本来の時間を大幅に過ぎているはずだった。
 楽しんでいる二人には悪いが次に急がなければならない。
「あのー千晶さん」
「はい?」
 心なしかその声色には不機嫌な成分が多量に含まれている気がした。
「楽しんでいるところ悪いんですが、そろそろ次に行かないと・・・」
 そういって時計を指す。アーケードの中央に設置された大時計はもうすぐ3時を示そうとしていた。
「ああ、もうそんな時間…。えー中央アーケード街の紹介はここまでにして次は本日最後の施設、対ラルヴァ機関ALICEへと向かいます。時間が無いのでダッシュで」
 千晶さんは頬に生クリームをつけたまま走り出す。タイトミニの割りにはかなりの早さだ。
「あっふぃあふぃふぁんまっふぇくふぁふぁーい」
 まだクレープを頬張っていた相沢さんも食べながら追いかける。
 そして俺一人が残された。
「…。俺に一体どうしろと?」
 走る事自体は可能だが、間違いなく袋が保たない。
 両腕にそれぞれ10kg超の荷物を抱えながら俺は途方に暮れるのだった。


「ぜぇ…ぜぇ……」
 あの後荷物の紐が切れないように細心の注意を払いながら可能な限りの速さで追いかけたが結局追いつけなかった。
 結局道すがらに人に道を尋ねながらたどり着くことは出来たが、かなり無駄な時間がかかってしまった。
「少年遅かったじゃないか」
 その声で施設前の駐車場で待っている二人の姿を見るける。千晶さんの頬にはまだ生クリームが付いたままだった。
 しかしなんでこの人は余裕ぶっているのだろうか?
 言いたいことは山ほどあるが今はヘバって何も言えない。
「慧護さんごめんね」
 相沢さんが朝と同様に申し訳なさそうに謝る。
「おや、相沢さんが悪いわけではないから気にしなくてもいいよ」
「でも…」
 まだ申し訳なさそうにしている相沢さんに笑顔を返す。
「えー、ゴホン。お前ら惚気るのはいいがせめて場所を選んでくれ。それ行くぞ」
 いつの間にか背後に立っていた千晶さんが少し照れたように言い、早足で施設内部へと入っていった。
「…俺達も行こうか?」
「うん」
 お互いに相手の顔を見ずに言う。だって照れた顔なんかあまり見られたくないじゃないか。


「貴方達が双葉学園と共に所属するもう一つの組織がALICE<<アリス>>、Anti Larvae InterCepting Engineです。」
 ブリーフィングルームに千晶さんの声が響く。そこにはさっきまでの少しおちゃめな雰囲気は消え、間違いなく教師としてここにいた。
「アリスは双葉学園の創設とほぼ同時期に設立された対ラルヴァ機関で戦闘系の異能を持つ学生・職員によるラルヴァ討伐を目的とされた組織です。」
「システムとしては単純で感知の異能者がラルヴァを検知・報告するか、専用の並列処理コンピュータが全国の警察・緊急回線を傍受してその中からラルヴァであると思われるものがピックアップします。
 次にローテーションで待機している異能者に召集がかかり、門<<ゲート>>と呼ばれる転送装置によって各地に送られます。この門は基本片道切符なので帰還は異能によって行われるわ」
 千晶さんの説明は続く。
「また、この派遣される異能者は戦闘要員二名と結界要員一名の三名一チームで構成されています」
 そこで俺は疑問に思い手を挙げる。
「千晶さん、その結界要員というのはどういうものですか?戦闘要員は呼んで字の如くですからわかるんですけど」
「良い質問ね。宮城君。この結界要員と言うのは一般人から異能やラルヴァを秘匿するための人員なの。その手段は様々だけど本来の異能を使用する者は割と少なく主に根源力を使用した装置が用いられるわ」
「装置、ですか?」
「そう。これらは<超科学>に分類される異能者によって造られた物が殆どでほぼすべてが一品物よ」
 そこで千晶さんはテーブルに手を置きこちらを向く。
「今日のところは小難しい説明はこのくらいにしておきましょう。残りに関しては簡単な資料が配布されていますから後ほどそれを参照してね。」
 千晶さんが資料の束を閉じ、プロジェクターの電源を切る。
「さて、今日のところはこれでおしまい!あとは帰るだけ!その前に」
 千晶さんはお腹を押さえる仕草をする。
「お腹減ったしご飯でも食べに行こっか!」
 時計を見る。時刻は既に6時を回っていた。


「ヘイラッシャイ!」
 屋台から威勢の良い声が響く。屋台の看板には大車輪とある。
「おっちゃん久しぶり。元気してた?」
 千晶さんは屋台の大将と思われるおじさんに気軽に話しかける。
「おや千晶ちゃんじゃねぇか!ちょっと見ないうちに一層美人に磨きがかかってたんで気づかなかったぞ!」
「やぁね、おっちゃんったら相変わらず調子良いんだから」
 千晶さんが少し照れるように返した。
「ところでその後ろのお二人のお連れさんは?」
「この子達は明日からこの学園に編入されるの。今日は学内の案内をね」
「なるほどねぇ。カップルで編入って訳かい!」
 大将がカカと笑いながらこちらを見る。
「そっ…、そんなんじゃありません!」
 相沢さんが大声をあげて否定する。事実だけどなんかショックだ。
「おっちゃんあまり若い子をいじるのはよしなよ」
 千晶さんがちょっと嗜めるように言う。
「ガハハハ、スマン。このくらいの可愛い子をみるとついな。お詫びに杏仁奢るから許してくれな?お嬢ちゃん」
「そういうことなら…」 
 相沢さんはまだ少しムスっとしながらそう返す。
「さて、一区切り着いたし何を注文するかい?」
 こうして夕食の時間は賑やかに過ぎていった。


 夕飯を食べ終え三人で帰宅の路に着く。
「良い店だったでしょ?」
 千晶さんが聞いてくる。
「えぇ、量も多いし味も良かったし親父さんも味のある良い人でした」
「ちょっと意地悪でしたけどね。でもあの杏仁豆腐はすごくおいしかったです!」
 俺達はそれぞれ答えを返す。
「でしょう?あの店は私がまだ生徒だった頃からあのまんまでね?」
 千晶さんがそう話しているとき、俺達に支給されたPDAが一斉に鳴り出した。
「一体何が」
 俺達はPDAを開いて内容を確認する。そこにはこうあった。
「緊急・ラルヴァ出現警報。師走地区四丁目にてカテゴリービースト・スレッジハマーの出現を検知。近隣の生徒・職員は次に指示する経路どおりに非難をお願いします。」
「スレッジ…ハマー…?」
 千晶さんが呟く。心配になり顔を覗き込むと、その表情はどんどん蒼くなってゆく。その目は焦点を見失っている。
 その時、少し先の道から全高五メートル程の黒い影が出現する。近くの電柱を見る。ここは師走地区四丁目だった。
「千晶さん、しっかりして下さい!」
 そう呼びかけるも千晶さんは全く反応せず地面にへたり込んでしまっていた。
 黒い影はまるで怪獣映画のような効果音を伴いながら、少しずつこちらに接近してきていた。ラルヴァの歩みは遅いがこのままでは逃げ切れない。
「相沢さん、千晶さんを連れて避難してくれ!」
 両手の荷物はこの際諦めるしかあるまい。運がよければ後で回収しに来よう。
「分かった!でも慧護さんは?」
「俺はヤツに向かって時間稼ぎをする!なに、この学園には他にも異能者が多く居るはずだからそれまでの間さ、大丈夫だ」
 俺は相沢さんにサムズアップを返す。
「うん…。慧護さん、無事でね…」
「ああ、大丈夫だ」
 俺はもう一度、相沢さんに向かって笑顔を向けたあと、近くの電柱脇に荷物を置くとラルヴァに向かって走っていった。

 そのラルヴァは巨大だった。羆のような体つきに異常に発達した腕を持ち、体格は羆より二周り以上大きく五メートル以上の体高を誇っていた。
「あの腕がスレッジハマー<<大槌>>と呼ばれる所以か・・・」
 俺はそう独り言、ラルヴァと対峙する。
 そして、俺が奴の間合いに入った瞬間、その体格からは想像出来ないほど俊敏な一撃が振り下ろされた。
 他の異能者が来るまでの間、それだけの間保てば良い。そう思っていたが楽観視が過ぎただろうか?
 巨躯から繰り出される攻撃は無慈悲なほど強力で、その間隙も絶え間ない。
 その一撃を躱すごとにアスファルトの道路が砕け陥没し、飛礫が膚を叩いて少しずつ、だが確実にダメージが蓄積してゆく。
 半日間両腕に大荷物を持って移動したり、食事直後に急激な運動をしたこともあり予想以上に体力の消耗が早い。
「これはこの場で躱し続けるよりどこか広い場所に誘導した方が良いか…?」
 そう考えながらも体力はジリジリと消耗してゆく。あまり考える時間は無い。
 俺はタイミングを図り一気にラルヴァとの間合いを詰める。崩壊した道路に蹴躓きそうになりながら。
 しかし、ここに来てスレッジハマーは今まで縦に振り下ろしていた腕を、横に薙いだ。

 慧護さんが巨獣に向かって走ってゆく。心配だけど今は慧護さんを信じるしかない。
 千晶さんは未だ込んだままだ。その目は虚ろで現実に焦点が合っていない様に見えた。
 早く避難しないと慧護さんが命を張ってまで時間稼ぎをしてくれている意味が無くなってしまう!そう思い私はいきなりだが多少強引な手を使うことにした。
 千晶さんの頬を数度、軽く平手で張りその瞳を覗き込む。
「千晶さん、聞こえますか?」
 段々とその瞳に光が戻り、焦点がこちらに合っていくのが分かる。
「相…沢……さん?」
「そうです。今の状況が分かりますか?」
「えぇ…、ラルヴァが出て、それで私・・・」
 半ばうわ言のように呟く。
「そうです。だから、今は避難しましょう」
 そう言いながら私は千晶さんを立たせる。
「慧護さん、死なないで…」
 私はそう呟き、千晶さんと一緒に避難を開始した。


「危なかった…」
 まさに間一髪だった。とっさにヘッドスライディングの様に頭からダイブしてなければあの豪腕の餌食になっていただろう。
 なにはともあれ奴の背後の回ることが出来た。後は思い通りの場所まで誘導できるかどうかだ。
 さっきPDAに映し出された避難経路図が確かならば、この先は広場になっている筈だ。
 振り返り、再びこちらを狙い始めたラルヴァに対し、俺は奴の間合いギリギリを保ちながらおびき寄せていった。

「打撃力が足りないな…」
 集合場所に集まった面子を見て俺は俺はため息を吐く。
 アリスから緊急の召集を受けて即応できたのは俺達三人、内一人は連絡手段しか持たないテレパスだ。
「そんなことは無いだろう、田中」
 この暑い季節にコートを羽織った眼鏡の男が返す。
「相手は過去十数年に何人もの人を殺害した凶悪なラルヴァだ。油断するとお前も犠牲者リストの仲間入りを果たすことになるぞ、鷹津」
 俺はそう鷹津尚吾<<たかつしょうご>>に返す。
「いや、俺そこまで近づかないから。近接戦闘はあんたの性分でしょう」
 そう言いながら鷹津はコートを叩く。
「ところで橋本、ラルヴァの動きはどうだ?」
 俺はPDAで情報を収集していた橋本恵<<はしもとけい>>に話しかける。
「はい、目標は師走地区四丁目に出現した後暫くその場に停滞して道路を破壊、その後急に進路を変え現在こちらに向かっています。」
 俺はしかめ面をしながら考える。
「不可解だな…」
 目標の動きもそうだがここまで被害が少なすぎる。
「あ、追加情報が入りました。目標の至近に学園生徒のGPS反応捕捉しました。どうやら誰かが交戦しているみたいです。」
 橋本はこんな時でも淡々としたペースに変わりが無い。
「鷹津、狙撃位置についてくれ。ここで迎え撃つ。橋本はその生徒にテレパスでコンタクトを取ってくれ。俺は橋本を安全圏まで連れて行ってからまたここに戻る」
 そう言いながら俺は橋本を抱きかかえる。こいつのテレパスは精度は高いが集中力を要し、その間一切の行動が取れないのが欠点だった。
「即、行動に移ろう。解散!」

 容赦ないラルヴァの猛攻をかわし続ける。広場入り口まであと数十メートル。
 そこで不意に脳内に声が響いてきた。
「CQ、CQ。ラルヴァと交戦している貴方、聞こえますか?こちらアリスの者です。返信はイメージで十分です」
 やっと待ち望んだ者が来た。そう思いながら俺は返事をする。
「聞こえる。今ラルヴァを広場らしき場所におびき寄せている。あと、こちらは攻撃手段を持っていない」
「わかりました。そちらの位置はこちらでも捕捉しています。広場にこちらの異能者が二人待機しています。それまで持ちこたえてください。」
 あくまでその口調は静かで淡々としている。
 こっちの体力もそろそろ限界に近づいてきている。あと二十メートル。
 続く二撃を躱してあと十メートル。
「十分です。後はこちらで引き受けます。隙を作りますので離脱して下さい」
 また声が響く。
 返事をする余裕はもう無い。
 0メートル。広場に到着する。それと同時に花火の様な爆発音が響き、奴はたたらを踏む。
 俺はこの隙を逃さず残った気力と体力を振り絞りラルヴァに背を向けて全力で走り出す。。
 広場の中央を通り過ぎ男とすれ違う。 
「お疲れさん。後は任せろ。その先の茂みにさっきのテレパスがいるからそこに駆け込め」
 その男はすれ違いざまにそういう。俺はその男の言われるまま茂みに突っ込んだ。

「さて、やるかね」
 俺は首を回しながら標的と相対する。獲物を取り逃がしたラルヴァはその瞳に怒りを湛えながらこちらを睨む。
 そんな奴に大して俺は微笑みながらこう返した。
「おいおいそんなに見つめるなよ。照れるだろ?もしかして俺の肉体美に惚れたか?でもな、…」
 その先の言葉は不要だった。奴は怒りに任せてその名の所以たる両腕を振りかざす。
 俺はその攻撃を避けもせずただ見ていた。
 再び発砲音が響き、大槌は空しく空を切るばかりだった。
「次はこちらから行かせて貰うぞ」
 俺はそう宣言した後、目標に肉薄その脚に正拳を叩き込む。が効果は殆ど無かった。
「堅ぇなこいつ…。鷹津、AP弾を使ってくれ!」
 俺は学生証に内臓された通信機能で鷹津を呼び出す。
「もう使ってる。しかし全弾ほぼ表層で止めらた。SVD<<ドラグノフ>>じゃ駄目だ。AMR<<対物狙撃銃>>でも無いと貫けん。」
 俺は舌打ちしながらその返答を聞いている。
「やはり火力が足りなかったか…。そのまま狙撃を続けてくれ」
 打撃力が足りなくても何とかしなければならない。被害を拡大させるわけには…。しかし今からだと応援も間に合わない。
「田中、お前の全力でアレと力比べして何秒あいつの動きを止めれそうだ?」
「頑張っても二十秒ってところだろうな」
 俺は攻撃を躱しながらそう返す。
「…三十秒、頼む」
「わかった。トチるなよ」
 俺は自身の異能・筋力増加<<マッスル・ブースター>>を限界まで作用させ、ラルヴァの豪腕を受け止める。
 恐ろしいまでの衝撃と共に脚が地面にめりこみ、全身が悲鳴をあげる。
「鷹津、後は任せた」

 田中が目標の一撃を受け止め膠着状態に入る。
 俺はそれを見ながら愛銃を構える。残り二十秒。
 狙うは奴の眼球、およそ四センチ四方。銃身は既に熱を持って精度を失いかけている。失敗は許されかった。
 スコープを覗きながらおおよその照準を合わせる。残り十秒。
 残りを経験と勘で狙いを絞りトリガーを引いた。

 俺は茂みから息を整えてその戦いの結末を見ていた。
 巨獣の目から血が迸り、咆哮をあげる。そして徐々ににその輪郭薄めてゆく。
「逃げられてしまいましたが相手が相手ですし、撃退できただけでも上々の結果ですね」
 隣にいた女性が声をかける。あのテレパスの人だった。橋本というらしい。
「あれで仕留められなかったんですか?」
 俺は橋本さん訊いている。
「ええ、通常ラルヴァを退治すると幽霊の様に消えるのではなく灰となって消えてゆくのです。ラルヴァについては基本的な知識の筈なのですが…」
 そこで言い難そうに言葉を切る。
「いえ、気にしないで下さい。俺、まだここに来て三日目で学園にも明日から編入なんで何も知らないも同然なんです」
「そうでしたか」
 彼女は俺の答えに納得したように頷く。
「橋本とそこのアンタ、ちょっとこっちに来てくれ!」
 先ほどすれ違い、ラルヴァと戦っていた男が呼んでいる。
「どうしました?田中さん」
 俺と橋本さんは田中と呼ばれた彼に向かって歩いてゆく。
「あれ?鷹津さんはどうしましたか?」
「あいつはするべきことはしたし後は帰って寝るってさ」
「あの人らしいですねぇ」
「っとスマン。紹介がまだだったな。俺は大学部三年、アリス所属の田中敦<<たなかあつし>>だ」
 大柄で筋肉質の彼が手を差し出す。
「明日から高等部二年に編入予定の宮城慧護<<みやしろけいご>>です。アリスにも所属予定です」
 そう言いながら俺は差し出された手を握り返す。
「そうか、これからよろしくな。ところでこの鞄、さっきのラルヴァが消え去り際に落としていったんだがお前のか?」
 そういって田中さんは白い鞄を突き出してくる。
「いいえ、違います。誰のなんでしょう?」
 俺はそう返す。
「よく見ると一部に血痕みたいなものが付着してますね。もしかしたら過去の犠牲者のものなのかも知れません」
 と橋本さんが鞄の底に近い部分を指差しながら言う。
「本当だな…、ちょっと持ち主には悪いが中を確認させてもらうか…」
 そう言いながら田中さんは鞄の中の物を出そうとする。
「ちょっと待って下さい。さすがにここであける訳にもいかないでしょう。一旦本部に現状を報告してからにしましょう。向こうにはデータバンクに直結している端末もありますしその方がいろいろ良いでしょう」
 そう橋本さんが提案する。
「そうだな…。じゃあ本部に報告頼む」
「わかりました」
 橋本さんはPDAを通話モードに切り替え、報告を始めた。

 それから三十分後、俺達はアリス本部施設内のブリーフィングルームに居た。
 相沢さんたちには既に無事を伝え、事の次第をかいつまみ説明したあとそのまま解散することにした。
 アパートの地番は受け取っているから多分大丈夫だろう。
 そして、田中さんは机の上に鞄の内容物を一つ一つ慎重に取り出してゆく。
「これは…、生徒手帳兼学生証?」
 俺は現在においてもオーソドックスなタイプの手帳を指す。
「みたいですね。ですがここは十年程前から現在の形の電子証を導入していますからこれはそれ以前のものでしょうか?」
 田中さんが手帳を手に取り中を見る。
「持ち主の名前は岩田圭介、2007年当時で高等部一年だったみたいだな。橋本、この情報を元にデータバンクに検索を掛けられるか?」
「やってみます」
 既に橋本さんは端末を弄っている。
「出ました。岩田圭介…十二年前にあのラルヴァ<<スレッジハマー>>と遭遇、殺害されています…」
 俺達はただ、黙祷し彼の冥福を祈ることしか出来なかった。

 私は薄暗い部屋の中、ベッドの上で足を抱えている。
 もう十二年も前の事なのに未だ脳裏に焼き付いて消えない惨劇。
「もう、吹っ切れたと思ってたのになぁ…。圭介・・・苦しいよ」
 その言葉は誰にも受け取られることはなく、ただ虚空に散っていった。




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