【danger zone5~正当なる資質(前編)~】


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ラノでまとめて読む
【danger zone5~正当なる資質】

 星の海

 地上から400kmの衛星軌道上、航空学的には"宇宙空間"に分類される蒼闇の中を周回する、ISS国際宇宙ステーション。

 1999年に組み立てが開始された当初、予定されていた2016年の運用停止は、やはり当初から計画に組み込まれていた三年間の延長がされた。
 最終的には、俺翼か仏蘭西少女の発売日並みに再延長を重ねる積もりだったタイムテーブルは、予算という最も強力な異能が発動したことによって圧縮され、
総工費1800億ドルを費やした、人類史上最も高価な建造物は、2019年末の運用終了と、解体の開始が正式に決まった。
 ステーションに滞在する科学者や宇宙工学者達は、宇宙での活動で得た貴重なデータと、次期計画で継続使用する機器の撤収準備を進めていた。

 最初は、どこに行っても空気を読まないアメリカ人宇宙飛行士のジョークかと思った。

 何かが居た。

 どうやら生物であるらしい。
 その物体は四肢を持ち、直立していた、体格は長身な人間くらいだが、、その姿は地球における霊長とは似ても似つかない。
 皮膚は金属質の外骨格で覆われている、黒く光沢のある全身、異常な肥大化を見せる頭部、口吻は甲殻類の、あのウネウネした奴。

 要するに、宇宙を舞台にした超有名映画に出てきて、シガニー・ウィーバーと戦った怖~い宇宙生物、あれがそのまんま居た。

 もしかしたら、リドリー・スコットは過去、脚本執筆かコンテ切りの過程で、ラルヴァとの交流があったのかもしれない。
 知人やスタッフをそのまま出す漫画家のように、あるラルヴァの友人を自作の準主役にしたとしても不思議じゃない。
 スターウォーズやハリーポッター、また、東映怪獣映画では、ラルヴァがブレーンとしてキャスティング協力しているという説もある。

 諸般の事情で、以後、宇宙ラルヴァと呼称するラルヴァは、複数の実験棟モジュールが繋がった宇宙ステーションを満遍なく蹂躙した。
 自身の触れた物を原子分解する異能を操り、実験棟の壁を抜け、与圧された居住区と宇宙空間を自在に行き来し、衛星軌道上を縦横に駆け回った。

 当初は大半の人間が、それを悪趣味な着ぐるみだと思っていたが、ステーションのスタッフ達の一人は、その異形の正体に気づいた。
 かつて政府内でラルヴァ対策に係わり、到底出世の望めない部署から、苦学して宇宙開発の道へと進んだ、ひとりの技術者。

「ラルヴァが出た~~~~~!!」

 このアホンダラは、NASAの中でも限られた人間しか知らない、ラルヴァと異能のことをペラッペラと喋りやがった。

 事態は、ステーションの運行を管理するテキサス州ヒューストンの、米国航空宇宙局ジョンソン宇宙センターに報告された。
 通信内容は国家による機密指定を受け、封鎖されたセンターの一角が、NASAの中でも異能とラルヴァを知る人間で固められる。
 幸い、人身や生命維持機関への被害はまだ出ていないが、あんなキモいのが素っ裸で、ステーションのあちこちを走り回っていては、
あと半年ちょっと先、年の瀬に控えた、国際宇宙ステーションの慌しい引越し作業に、支障をきたす事は必至だった。
 NASA職員も人の子、ステーション撤収だけでなく、年末には帰省やらクリスマスのお祈りだの、色々と用事がある。

 NASAと、その上部組織であるアメリカ合衆国政府は、この問題の早急な解決を、統合参謀本部のラルヴァ対策機関に要請した。
 トヨタ社が提唱した"カイゼン"と呼ばれる業務効率向上計画は、アメリカを始めとした世界各国の企業に影響を与えたが、
最近の世界各国政府の中には、日本の官僚組織が持つビジネススタイル"マルナゲ"や"タテワリ"がマイブームだという人間が増えていた。


 テキサス州ヒューストン  ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港

 しばしば"全米最低"の機内サービスと評され、ゆえに格安チケット定番キャリアのひとつとなっている、ユナイテッド航空のエアバスA-330から、
三人の日本人女子学生がローディングゲートに降り立った。
 正確には、日本人二名と、ほぼアメリカ人ながら日本国籍の半端者一名。

「あ~、あたしエコノミーに乗る日が来るなんて思わなかったわ、飯マズいし、体いてぇ」
「わ、わたし、飛行機に乗ったの、はじめてです、乗る時、階段に草鞋を脱いできちゃいました、降りたら拾っとかなきゃ」
「おまえら、オノボリさんじゃないんだから、あんまり浮かれるな、…しかしながら…とりあえず写真でもとらないか?」

 風紀委員長の山口・デリンジャー・慧海と、逢洲等華 そしてサポート委員として、正規の風紀委員への昇格に向け、頑張る飯綱百《いづな もも》。
 双葉学園の異能者が、テキサスにやってきた。

「よし、まずはレンタカー・カウンターでコーヴェットかコブラをレントするぞ、あたしの運転《ラン》なら30分で着けるぜ」
 山口・デリンジャー・慧海にとってテキサスは、故郷カンザスの隣町、銃と車の取り締まりが緩いので、幼い頃からよく遊びに来ていた。
「デンジャー、国民の血税たる学園補助金で行く公費出張だ、我々にはバス代しか支給されていない」
 漆黒の制服に袱紗で包んだ二刀、異国にあっても物静かな居住まいの逢洲、しかしどっかウキウキしていたらしく、旅行バッグはキティちゃん。
「あの~、あのバスじゃないですか?あ、出ちゃいますよ~」
 逢洲と同じく、初めての海外旅行の百は緊張していて、成田での待ち合わせに、風紀委員として訓練や出動をする時の服装でやってきた。
 裁《た》っつけ袴に刺し子の着物、ローデシア軍の市街地迷彩を思わせる濃灰色の忍び服に、慧海は無理でも御鈴なら入れそうな柳行李を下げている。

 一応、三人の異能者がラルヴァや異能者と戦うために必要な銃や刀、その他の"凶器"は、特例で機内持ち込みが許可された。
 警戒のため三人の後席についた機内警備員《スカイマーシャル》と、慧海はずっと英語で銃と車とフットボールの話をしていた。


 空港を出てすぐの巨大なバスターミナルに集う、車体も座席も日本の路線バスの倍はありそうな、グレイハウンドの中距離バス。
 ヒューストン市街地へと向かうシャトルバスステーションの脇にある、青いペイントに、星とロケットが描かれたラッピングバスの停留所。
 慧海達がチケットも買わずに追いかけたバスには間に合わなかったが、時刻表によると、次のバスは10分刻みで出るらしい。
 子供じみた宇宙模様のバスはすぐにやってきた、主に仕事をリタイアして旅行三昧を楽しむ、爺さん婆さんのツアー客と共に乗り込む。
 そのバスの行き先は、ヒューストン最大の観光スポット、市街北部の空港から外周道路を経た、東端のとある場所が終点となっていた。
 関東に例えるなら、熊谷あたりにある国際空港に着陸して、外環道経由で木更津の辺に来た感じだろうか。

 1601 NASA PARKWAY, HOUSTON, TEXAS 77058 LYNDON B. JOHNSON SPACE CENTER

 国際宇宙ステーションで、ラルヴァの侵入を受けたNASAは、宇宙ロビイストと呼ばれる政治家連中に尻を叩かれ、事態の解決に動き出した。
 異能とラルヴァについて知っているスタッフ以外を閉めだし、協議を開いた結果、対ラルヴァ活動のスキルを有する異能者の急派を決定した。
 会議の出席者が集まった直後に誰かが発した、「異能者がヤればいいじゃん」の一言、会議は2分で終了、解散し、計画は動き出した。

 中央情報局《ラングレー》のコンピューターが、登録された世界中の異能者から、適任者を選び出す、サスペンス映画ではお約束のシーン。
 消去法の結果、選ばれたのは日本の異能者、日本にいくつかある異能者教育機関のひとつに在籍する、三人の学生を選び出した。
 対ラルヴァ戦の実績は合格レベル、学業成績はそこそこ、選別を丸投げされたコンピューターがやったことは、鉛筆転がしとさほど変わらなかった。

 情報局のデータベースによって、日本の異能者三人が選ばれたのは、様々な条件が勘案された結果だった、人間の目による再精査は省かれた。
 今回の異能者派遣のため、緊急に用意されたロケットのペイロード制限に合う体格が限られていたという事情もあったが、主たる理由は、来月に控えた異能者国際会議。
 アメリカ及び欧州各国の異能者達は、国際会議の場で催される異能者カーニバルと、学生パレードの準備で、それどころではなかった。
 多くの国で軍人や予備役学生と兼任する国家異能者は多忙で、苦学生も多い、学業やバイトで忙しい奴を呼ぶ訳にはいかない。

 選別結果に従い、アメリカ合衆国統合参謀本部のラルヴァ対策室から、日本政府の頭越しに東京の双葉学園へと正式な依頼が舞い込んだ。
 世界各国の異能関係者がニューヨークに集まって、ワイワイ楽しくやる異能者カーニバルでは、日本をハブったくせに虫のいい話。

 学園では、世界の異能者から選ばれた三人、山口・デリンジャー・慧海と逢洲等華、飯綱百の海外派遣が正式に決まり、出張予算が組まれた。
 ケチ臭いアメリカの異能者機関が送ってきたのは、ツアー流れのエコノミー航空券三枚のみ、滞在費や現地交通費はそっちで何とかしろ、との事。
 ともあれ、万事は繰り合わされ、三人の異能風紀委員が、ラルヴァに乱された宇宙の風紀を守るため、ロケットの街ヒューストンにやってきた。
 ヒマだったし。

 日本、そして世界の異能者にとってこれまで前例の無い、宇宙空間への異能者派遣と、無重力下での対ラルヴァ活動。
 生徒課長の都治倉喜久子《つじくらきくこ じゅうななさい》から、その話を受けた山口・デリンジャー・慧海は「無理」の一言でニベもなく断った。
 NASAと中央情報局が選び出したのは、狭い閉鎖空間での接近戦に熟練した異能者、慧海は海兵隊時代の実績があり、何より今んとこヒマ。
 しかし、慧海の発現させた異能弾丸を発射するのは、大口径小型銃のデリンジャー、重力下でも結構な反動《キック》がある。
 無重力状態でも拳銃の発砲は可能だが、射手は手加減のないキックで壁に叩きつけられ、宇宙空間で撃てば星の彼方に飛んでいく。
 慧海だってゴルゴ13が宇宙で狙撃する話くらい読んだ事あるし、作中のデイブみたいな超武器職人の知り合いは日本に居ない。

 予想通りの返答を受けた生徒課長の都治倉喜久子は、ガンダムPGキットほどの大きさの、紫檀の箱を出した。
「先ほどカンザスシティより届きました、あなたのお母さまからのプレゼントです」
 数十分前、緊急立ち入り禁止措置が取られた双葉学園の海上訓練場に飛来したミグ31ファイアフォックス戦闘機が、何かを投下したのは知っていた。
 亜音速で飛びながら狭い海水浴場に落とす技量を持つ奴はそうそう居ない、重大な荷物だということは慧海にも察しが着いた。
 慧海は紫檀の箱を開ける、真紅の布が貼られた中身、慧海のパーソナルカラー、それは即ち、これは慧海だけのために作ったもの。
 つまり、母から娘へ、プロのガンスミスからプロのガンマンへの、これで何かをやれというメッセージ、半端な仕事は許さないという、プロの意思。
「驚いた、ママ、いつのまにこんなオモチャを作ったの?」
「ご存知でしょ?あの方が本気になれば、パリ列車砲だって一晩で作れるってことを」
 慧海が完成まで三週間を要したデリンジャー用のサイレンサーも、彼女の母親ならチョイと撫でただけで完成させられただろう。
 紅いビロードに包まれ、ものすごく高級なチョコレートのように並んでいたのは、銀色に輝くレミントン・デリンジャー拳銃。
 銃器は予備を含めて、常に複数持ち歩く慧海のスタイルに合わせて、七丁の小型拳銃が収まっている。
 ひとつ摘み上げ、慧海好みのファイア・ドラゴンの彫刻《エングレーヴ》が入った、プラチナ仕上げのデリンジャーを中折れさせた。
 相変わらず母親の調整、調律した銃は作動が滑らかだ、ガンスミス仲間からは「あの人は鋼鉄をバターの塊に変える」と言われている。
 真っ先に目に入る銃身と薬室、ふたつの穴は、慧海が今、首から下げている41口径のデリンジャーよりずっと径が大きい。
 銃身外径を変えないまま、慧海の母が持つ神業の旋盤技術で、装填弾薬のサイズを決める内径を削り広げたデリンジャー。
 ライフリングは削り落とされ、滑膣銃身にはバイトの加工痕が残っている、銃身は鏡面仕上げより粗面のほうが火薬ガスは安定する。
 大幅に内径拡大《ボア・アップ》された銃身とチャンバーの肉厚は、通常弾を装填して撃てば、一発で銃身破裂するほど薄い。
 普通に撃てば射手を殺す、二穴ガバガバのビッチ銃、しかし、慧海は紫檀の箱に銃と共に入っていた、カーボンファイバー製の弾箱を見て納得した。

 猟用大口径銃並の、13mmの外径、フルメタルジャケットの弾頭部分だけを拡大延長したような、薬莢部分の無い、尖頭弾丸。
 排莢のための切り欠きのない弾丸基部《リム》には、斜めに切られた4つの穴が開いている、中央にはごく普通の雷管。

 かつて、ジャイロジェット・ピストルという銃器があった。
 中空の弾体に推進薬を詰め込み、尻の炸薬を叩いて点火させることで、弾丸がジェット噴射で飛んで行く、ピストルサイズの無反動砲。
 効率の悪い樹脂系火薬の燃焼ガスで飛んで行く弾丸は、初速ゼロからゆっくり加速し、弾速が頂点を迎えるとすぐに失速する。
 命中率最悪、近くても遠くてもパワー不足の変態銃は、銃器として優れた所が皆無に近かったので、商業的には大失敗した。

 ジャイロジェットの専用弾丸、マニアの間では一発300ドルで取引されている、13mmの超小型ジェット弾。
「50発入りがひと箱、慧海さんなら15~6発も試射してイメージを掴めば、無限弾丸の能力で発現可能でしょう」
 異能銃の天才ガンスミスである母親が作った、特製の無反動デリンジャーとジャイロジェット弾を手にした慧海は、
スー族の精神的指導者を務める慧海の叔父が、可愛い姪の頼みを受けて慧海の愛銃《デリンジャー》と右肩にお揃いで彫った、炎を吐くドラゴンのように笑った。
「…これ、撃ってみたいわね、このポンコツのビッチ銃が、唯一生かせる場所で」
 慧海はボア・アップ・カスタムされたデリンジャーを、体の各所に収納すると、早速、試射をすべく生徒課長執務室を出た。

 人間には、生まれ持っての運とかめぐり合わせとか役割とか言えるものがあるらしい、そういう星の下に生まれついた奴ってのは居るもんだ。
 慧海は、射撃のプロ競技"ビアンキ・カップ"の正式種目、ムーヴァーといわれる、左右に動く標的を撃つ練習がしたかった。
 ちょうどパシリの最中だった醒徒会ショムの早瀬速人が、校舎を出た慧海の目の前を、絶妙のタイミングで横切った。

 慧海がとっさに取った行動の半分は、魔弾の射手としての反射的なもの、そして、残り半分はやさしさで出来ていた。
 己が銃の前で動く標的となった奴が顔見知りなら、状況によっては命までは取らないのが、慧海の優しさ。

☆☆☆

 慧海は、このデリンジャー・ジャイロジェットコンヴァージョンでヒトを仕留めるには、5mほどの間合いが最もいいと知った。
 それ以上の距離を取ると、ただ吹っ飛んで一回転しながら壁に叩きつけられた後、音速で走って逃げられるという結果となる。



 白い円筒器《チャンバー》の中に居た。

 身長168cmの飯綱百が、両手を広げると指が左右の壁につきそうになる、チューブ状の空間、奥行きは広い。
 全長20mほどのチャンバーの中、NASAにスカウトされた異能者、山口・デリンジャー・慧海と、飯綱百が、向かい合っていた。
 素手格闘より遠い5mの間合い、お互いが肩幅に足を開き、重心を落として両手をくつろげる、双葉学園でよくやった、模擬戦の構え。
 慧海は練習用のデリンジャー、マルシンのエアガンに装填し、百は背中に差した、乱取り稽古に使う竹光の小太刀に手をかけた。
 チャンバーの両端から、双方が駆け出した、その積もりなんだろうが、二人とも前に進めないまま、空間で足を動かしている。
 力強く足を踏み出した慧海と百は同時に、前へ進めないまま、地を離れ宙に浮き上がった、前進のエネルギーで壁や天井に叩きつけられる。
 溺れた子供のようにもがく二人は、空間を泳ぎながら双方近づこうとするが、どうにも動かなかった体は、意思に依らず突然進みだし、二人は激突し絡み合った。
 映画バーバレラを思わせる、官能的な空中浮遊ラブシーン、慧海は、すんでの所でファーストキスを百に奪われるところだった。

 二人は、無重力空間に居た。

 互いを攻撃しようにも、浮き上がったりくるくる回ったりするだけ、百は空を泳ぎながら小太刀を抜き、慧海はデリンジャーを発砲した。
 バックハンドで抜刀し、体のひねりを活かし、斬りつけようとした百はその場で横回転し、スウェイして反動を逃がそうとした慧海は縦回転する。
 突然、二人の間に重力が戻った、揃ってチャンバーの床に胸から落っこちる、クッションの乏しい慧海は、体より心が痛そうな悲鳴を上げた。
 荒っぽい減速の感触が伝わってきた後、ドンっという艦載機並みの着陸衝撃が二人を襲い、慧海と百は抱き合いながら円筒の中を転がる。
 今度は百の胸がクッションになってくれた、慧海はDカップの胸に包まれ、この柔らかくていい匂いのオッパイは緩衝だけでなく、痛みを忘れるモルヒネにもなると思った。
 超音速旅客機 コンコルド
 いにしえの名機にして、英仏共同事業最大の失敗作、NASA実験機として余生を過ごしていた機は、かつてない酷使を受けていた。
 地上で無重力体験が出来る放物線飛行を終え、ジョンソン宇宙センターの4000m滑走路に着陸したコンコルドは、まだまだとばかり離陸ウェイへと進む。
 限られた時間の中、模擬戦訓練が可能な機内スペースを備え、速やかに無重力状態を起こす高機動飛行を連続して行えるのは、この前世紀の化石のような機だけだった。
 老いたる鷲は、50年前に製造されて以来はじめての連続フルパワー飛行で、残り少ない機体寿命を削りながら、空に生きる者の本懐を遂げていた。

 到着から発射まで40時間、事実上一日半しかない、宇宙空間での対ラルヴァ戦を想定した訓練、慧海と百は、合計28回の弾道飛行を重ねた。
 映画「アポロ13」の撮影のため弾道飛行を経験したトム・ハンクスより、10回ほど多い。

 藜の里と野尻湖で、戸隠忍者の水術を会得した百と、海兵隊フロッグメン部隊の研修でスイミングとダイビングを叩き込まれた慧海。
 無重力に極めて近い、水中での活動に熟練していた二人は、やがて無重力空間に多少慣れ、ラブシーンはだいぶソフトなものになった。

 山口・デリンジャー・慧海と飯綱百は、ジョンソン宇宙センターのトレーニング施設をほぼ全て借り切り、速成の宇宙飛行士訓練に勤しんでいた。
 二人に課せられたのは、宇宙船の運行を専門スタッフに任せ、シャトルの乗客として宇宙に行くペイロード・スペシャリストではなく、
自ら操縦し、衛星軌道到達からドッキング、そして大気圏に突入して地球へと帰還するまで、宇宙船運行のすべてを受け持つというアストロノート。
 当初、慧海とコンビを組み、宇宙へと派遣される予定だった逢洲等華は、ジョンソン宇宙センターに隣接したホリディ・インの一室に居た。
 訓練の合間、慧海と百は、船外活動に備えてロケットに搭載される予定の、密閉与圧された宇宙服を着て、逢洲のツインルームを訪れた。

「…ゴホ…ゴホ…済まん、わたしとしたことが…こんな時に風邪をひくなんて…」
「アイス、おまえ…遠足の前に熱出すタイプだったろ?」
「わたし、逢洲委員長の替わりを務めるべく、頑張ります!」
 逢洲はホテルにチェックインした直後、高熱に倒れた、慧海がホテル一階のコンビニで買ってきた、日本ではたぶん薬事法に怒られる成分の入った風邪薬はよく効いたが、
閉鎖空間で換気も限定された国際宇宙ステーションに、風邪はご法度だった、現地のスタッフも風邪をひけば完全隔離される。

 慧海と百は、放物線飛行の無重力空間や宇宙センター内の訓練プール、そしてカマボコ型の資材倉庫をひとつ占拠した即席の道場で訓練を重ねた。
 想定していたのは、無重力での戦闘、閉鎖された狭所での接近戦、相手は、世界中のどんなデータベースにも存在しない、宇宙ラルヴァ。
 国際宇宙ステーションからの情報によれば、言語による意思疎通は不可、その肌は刃物が通じず、銃で撃っても壁を通り抜ける異能で逃げられる。
 現在、ステーション内では、合計4体の宇宙ラルヴァが確認されているという、そんな数字は現場に着いたら水増しされることは二人とも承知していた。

 逢洲のダウンによって、補欠要員の飯綱百とコンビを組むことになった慧海は、限られた時間の中でステーション内をクリアするため、二手に分かれての戦闘を決定した。
 原則的にコンビプレイの対ラルヴァ戦闘、危険が伴う単独でのサーチ&キル、異能を止める異能を持ち、何より強靭な体と精神を持つ忍びのモモを、慧海は信頼していた。

 当初の予定では、二人一組の相互支援によって、宇宙ステーション内の各個モジュールを順繰りに索敵し、交戦撃退する予定だった。
 至近距離を逢洲、中距離を慧海が受け持ち、双方を補い合いつつ展開すれば、無茶な単独交戦をせずとも12分ほどで全てのブロックをクリア出来る。
 しかし、クナイと手裏剣、投擲武器を主とし、小太刀は止めを刺す時のみに用いていた百と、拳銃を武器とする慧海、互いに中距離《ミドルレンジ》ファイターの二人は、
無敵無敗のコンビとして地上のラルヴァや異能者に恐れられている、アイス&デンジャーのオールレンジアタックのような、高速度の各個撃破は出来ない。
 二人が到達し、地上に帰還する宇宙船の滞在期間は有限、燃料や酸素、何より、許された予算内での機材レンタル費用の制約は厳しい。
 結果として、百と慧海の即席コンビは、双方の守備範囲をスタンドアローンで戦う、危険な仕事を短時間で済ませなくてはならなかった。

 慣れない無重力環境で、双方の体が密着せんばかりの状態で格闘する接近戦訓練、普段の二人ほどの精彩に欠けていることは否めなかった。
 フォロー無し、バックアップ無しの無重力空間、こんな甘い備えで未知の宇宙へと出動してもいいのか、互いの心を、不安が襲う。
 こんな時、いつも助けてくれる漆黒の制服を纏った風紀委員長、双剣と予測能力の異能者に助けを求めたい気分だった。

「おまえら、いつまでそんなお遊戯をやっているつもりだ?」

 倉庫の入り口、漆黒の制服に逆光を浴びて、二刀を下げた双葉学園きっての接近戦スペシャリスト、逢洲等華が立っていた。
 逢洲の口と鼻には、塗装工が使うような、立体成型のゴツいマスク、額にはひえピタの風邪装備、どっちもNASAの売店で買ったもの。
 NASAで採用、ってのはあやしい通販グッズの枕詞、実際にNASAで使ってるのは、予算不足から、多くは型遅れの安物だったが、
慧海も百も、そして逢洲も、NASAで開発とか、宇宙計画に採用とか聞くと、なんとなくそれが凄い物のように思えてくる。
 実際にNASAで働く職員も、それは同じらしく、風邪をひいた逢洲が、NASAマスクで防御した上で訓練に参加することを許可した。
 NASAって、何かすごい響きがある。

 打ち上げセンターの片隅、臨時の訓練場として占拠した、ガラクタだらけで狭っくるしい倉庫で、逢洲が加わり再開された、接近戦訓練。
 急遽、現地の土産物屋で調達した二本の竹刀を構え、慧海と百の相手をする逢洲、風邪の熱で頭に血の上った逢洲は、普段の5割増しで危険だった。
 慧海は、発射前の準備で打ち上げセンターのスタッフに呼び出されるまで、逢洲からの特訓を受けた、二本の竹刀で徹底的にボコられた。
 涙目になった慧海が悲鳴を上げれば上げるほど、逢洲は更に激しく責める、もう風邪の苦しみなどどっかいったような、なんとも言えない嬉しそうな表情をしている。

 当然、飯綱百も逢洲から接近戦、密着格闘の訓練を受けたはずだが、逢洲が百以外の人間を人払いして訓練を始めた狭い密室。
 逢洲と百が中で一体ナニをしていたのか、二人は決して話そうとしないし、慧海も知らない、なんだか聞きにくい雰囲気。
 少なくとも、密室から出てきた逢洲は、風邪が悪化して熱に浮かされた、それでいて満ち足りた表情をしていて、
激しい"訓練"で忍び服を乱れさせた百は、接近戦のスキルが上がったせいか、上気した顔はなんだかちょっぴりオトナになったように見えた。

 予定発射時刻まで二時間、カウントダウンが始まる、慧海と百が、軍隊式に互いの装備を確認し、宇宙飛行士の船内作業服に袖を通す頃、
直前まで激しい訓練を行った逢洲は、無理が祟り、管制センターの至近にあるホリディ・インの一室でブっ倒れていた、体の酷使より興奮のしすぎで風邪をこじらせたらしい。

 遠くでカウントダウンが聞こえる、窓から打ち上げタワーが見える逢洲の部屋のドアが無造作に開けられた、シャツ一枚の逢洲は咄嗟に毛布で体を隠す。
 青いアストロノート・スーツ姿の慧海が、NASAマスクを着けただけの姿で、風邪ウィルスが充満する、逢洲のツインルームに入ってきた。
 ベッドの枕元に座った慧海は、黙って逢洲の冷えピタを剥がし、自分のおデコで熱を測った。触れ合う額、慧海の匂い、マスク越しに頬をくすぐる吐息。
 熱に浮かされた逢洲は思わずそのまま、慧海をベッドの上にガバっとしちゃいそうな顔をしたが、慧海が新しい冷えピタを貼ったことで、一旦落ち着く。
「……すまんデンジャー…できれば…貴様らだけで…行かせたく…なかった…」
 マスクをつけた慧海はベッドに腰掛け、宇宙船操縦用の黒い編み上げブーツを履いた両足をブラブラさせながら、ぶっきらぼうに話し始めた。
「しょうがないだろ、ラルヴァより怖い風邪菌撒き散らすわけにはいかないし、そのために補欠のモモを連れてきたんだ」
 逢洲の枕元、無遠慮に尻を乗せる慧海の、放り出された手、逢洲は手を伸ばそうとして止めた、触れただけでも、自分の悪いモノが伝染りそうな気がした。
 慧海は逢洲の心を知って知らずか、そのまま、所在なさげにシーツの上に留まる逢洲の手に、無造作に自分の手を重ねた。
「デンジャー…頼みがある…死ぬなよ…生き残れ…危なくなったら…百と一緒に逃げてこい…わたしの望みはそれだけだ…」
 ベッドの上で天井を見上げる逢洲、背を向けながら手を重ねる慧海、互いに指を絡ませる、新谷良子が「エロ繋ぎ」と命名した手の繋ぎ方。
「そして…その宇宙に住まうラルヴァ…もし可能なら、殺さず解き放ってくれないか…この空は…きっと我らだけのものでない…」
 逢洲は、慧海と繋いだ手をきゅっと握る、きっと今、逢洲の手は風邪の熱ではない、体の芯から発する、別のもので熱くなっている。
「…もうひとつ…いいか?…デンジャー、いや…慧海、わたし…おまえにずっと言いたかったことがある…こんな気持ちは初めてなんだ、聞いてくれ…」
 慧海は何も言わず、背を向けたまま、逢洲と重ねた手を握り返す、今の慧海の手は、逢洲より熱いかもしれない、逢洲は、更に強く、もっと強く握り返した。

「…宇宙で二人っきりになったからって…百のオッパイに何かしてみろ?…たとえ銀河の果てだろうと…貴様を斬りに行く!」

 剣道家の握力で、指を折られんばかりに手を握られた慧海は、痛みに返事もできぬまま、左の掌でベッドをバンバンと叩いた、まいったまいった。
 部屋の入り口脇で二人の会話を聞いていた百は、委員長二人のそっけない言葉に感動し、目頭を抑えていた手を、あわてて自分の胸に当てた。
 今朝行われた船内作業服の採寸、慧海の体型は相変わらず子供サイズだったが、百のバストは89のD、学園にきてから少し大きくなっていた。

 発射までのカウントダウンは、あと30分を切った。

 慧海と百は、発射台の下にある宇宙飛行士待合室に移った、通常の宇宙飛行士が、出発前に家族と触れ合いや、精神集中をする場。
 二人は、日本から持ってきた電子生徒手帳とポメラを広げながら、ギリギリまで対ラルヴァ戦闘のシミュレーションを続けていた。
 通常、宇宙飛行士に課せられる高G下での機材操作訓練や、グルグル回転するカゴの中で三半規管の強さを鍛える訓練はメニューに無かった。
 多少なりとも英語のわかる慧海は、タイムテーブルの最終確認中に、背後から聞こえるNASAスタッフの声は聞かなかったことにした。
「減圧訓練やってないのか?」「オマエがやったっつったから進めたんだぞ?」「オレは段取りしたとしか言ってねぇよ」「どーすんだよ?」
 宇宙飛行士の必須となる訓練の大部分は、緊急の打ち上げには足りない時間とスタッフの中で、帳簿上にのみ存在するものとなった。

 21世紀初頭、NASAはスペースシャトルの運用を2010年に停止し、以後はロケット型の宇宙輸送船に移行すると発表した。
 10年後の現在、観光客やスポンサーへのウケがいいスペースシャトルの退役は未だ延長を重ねられ、シャトルとロケットの混在は続いていたが、
アメリカの宇宙開発における新造機の設計は既に、確実性が高くコストも安いロケット中心へとシフトされつつあった、なんとも夢が無い。

 異能者の宇宙への出動、歴史上初めての、大気圏外における異能活動には、NASAが開発していた最新ロケットが供された。
 最新すぎると言ってもいだろう。
 そのロケットは、まだ人間を乗せた発射実験をしていなかった。
 チンパンジーを乗せて打ち上げる予定だった、動物実験用ロケットに、二人の異能者にあわせた、緊急改修が行われた。
 犬や猿を乗せる前提の設計、操作物の無かった操縦席には、機体各部のブースターと船外装備を操作するデバイスが追加され、
機関士席の前には、衛星軌道への到達や大気圏突入に必須の各パラメータや運行情報を表示するディスプレイと、演算機能が加えられる。

 慧海と百は、発射の3時間前に一度発射台に登り、宇宙飛行士に「フォルクスワーゲンの前部座席くらい」と言われたコックピットで、即席の操縦訓練を受けた。
 Su-34戦闘機から流用した並列座席、小柄な二人には案外乗り心地がいい、背後には、その戦闘機同様に電子レンジと冷蔵庫までついている。
 百の前には、NASA最新型ロケット、チンパンジー実験機に追加された操縦システム、プレステⅤのパッドがブラ下がっている。
 慧海の前には、今時珍しいTFT液晶のディスプレイ、そして千円くらいで売ってる関数電卓と、筆算用のレポート用紙と鉛筆。
 電子装置が軒並み壊れ、オメガのクロノグラフと計算尺で姿勢制御のタイミング調整をした、アポロ13よりはかなりマシだった。

 信州黒姫の藜里から双葉学園に来て、初めて高度情報端末を手にして以来、猿のようにゲームをやりまくっている百が操縦士に選ばれ、
高い数学センスを持ち、特に関数、変数の計算にかけては天才的、という設定になっている慧海が、航空機関士の役目を受け持つことになった。
 NASAでは、双方の適性がはっきりしない時は、くじ引きかコイン投げで決める予定だった、どっちにしてもチンパンジー。
 逢洲の体に合わせて成型されたシートは、超特急の改修作業の中で何とか修正されたが、百の90センチのヒップには少々キツい。

 基本的に、ヒューストンの管制センターと、ドッキング先の国際宇宙ステーションで運航制御される、チンパンジー・ロケット。
 機体の制御をするというプレステのパッドは非常用で、普段は機内の照明や空調の操作、テレビやラジオのチャンネル替えくらいしかできない。
 パラメーターが表示されるというディスプレイも、見て何かを変更できるわけでもなく「ワーすげぇ」と言うくらいしか用はない。
 電卓とメモ用紙は、ディスプレイに表示される関数や変数を検算するためと言われてるが、それでどうなるかと言われれば、どうにもならない。

 発射まで、あと300seconds、最終カウントダウンが始まった

発射台のタラップを昇る、二人の宇宙飛行士。
 山口・デリンジャー・慧海と飯綱百は、若田さんや向井さんの会見でお馴染みの、NASA宇宙飛行士の晴れ姿。
 ディープスカイ・ブルーのNASA制式ジャンプスーツを着て、宇宙への長い階段を登っていた。
 胸に刺繍されたネームタグと、NASAとJAXAのワッペン、その上には、二人のアイデンティティを示す二葉のマーク。
 日本を出る時、成田空港で三人が貰ったワッペン、双葉学園の校章が、両面テープで貼り付けられていた。

 タラップの一番上、チンパンジー・ロケットのハッチを前に、青い宇宙服の二人は立ち止まった。
 一瞬、見詰め合うと、何も言わず、何一つ打ち合わせることもなく、揃ってジャンプスーツのジッパーを下ろす。
 慧海と百は、宇宙飛行士訓練生が夢にまで見るという、NASAの青いツナギを、二人同時に脱ぎ捨てた。
 宇宙への入り口から、タラップ下の地上に放り出された二着のツナギ、その上から、黒い薄皮のパイロットブーツが落ちてくる。

 山口・デリンジャー・慧海は、NASAのツナギの下にブルージーンズと赤いウールシャツ、革のベストのウェスタン・スタイル。
 飯綱百は、濃灰色の裁っつけ袴に刺し子の着物、同色の手拭い頭巾、藜里の忍び服を着ていた。
 慧海はヘルメットバッグから取り出した革のウェスタンブーツを履き、テンガロンハットを被る。
 百は現地の藁を綯い、作り直した草鞋を足に結び、一尺四寸の板発条《いたバネ》刀、黒い忍び拵えの小太刀を背中に差した。
 二人の宇宙飛行士は、異能者の誇り、ガンマンと忍者の魂を身に纏い、チンパンジー・ロケットに乗り込んだ。

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