【ROND1】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 インターフェイスページを経由していないかたは一度ご覧ください

 できるだけラノのバージョンで読んでください

 RAID ON NORTHERN DRAKE

     1

〈48.00Kg:14.05%〉
 電子音とともに現れたそのデジタル数値を見て、保健医の浅川比奈子(あさかわ・ひなこ)
は眉をしかめた。
「だめよ重換さん、もっと体重つけなきゃ。痩せすぎよ、それは」
「そうはおっしゃいますがね……」
 と、体重計から降りてつぶやいたのは、双葉学園高等部の認定制服を着ている少女だった。
左腕の、白地に緑線が入った腕章は、現在保健委員としての仕事中であることをあらわしてい
る。委員会活動時に着用が推奨されている名札には、こうあった。
 ――重換質(しげかえ・まこと)――
 大きくふりがなも振ってある。初等部の児童のことを考えているだけではなく、ここの学園
には一風変わった姓名の持ち主が多いので。
 保健委員会が音頭をとる自己管理キャンペーンの一環として、委員たちは自分たちの体重と
体温を記録することになっていた。保健室につきものである、長椅子前のパイプ椅子に戻って
データを書き込みはじめた質に対し、浅川はその眼前に回って腕を組んだ。たわわなバストが
さらに押し上げられる。
「ダイエット信仰は女の敵です。あなたも保健委員なのだから、その身をもってふくよかな健
康美を示してもらわないと」
「先生はいいですよね、ちゃんと摂った養分が欲しいところにいくんだから。わたしは、あと
200グラム肉がつくと、オタフク面になっちゃうんですよ。全部顔にくる。はあ、胸にくれ
ばいいのになあ」
 身長164センチで48キロとなれば、かなり細い。しかし、彼女にとっては、現状が最終
決壊ラインなのであった。質は傍目から見れば充分な小顔なのだが、女の子にとっての自分の
容貌というのは、鏡に映ったものですらない。ケータイのカメラで自己撮りしてみたときの見
映えこそだ。
 一方、保健医も自説を曲げるつもりはないらしい。
「体質改善で、ちゃんと必要なところにお肉はいくようになります。まずは食べるの」
「いや、だからといって、勝手にわたしの定食メニューを激盛りにされましても、その、こま
るんですけど」
「あなたのためなのよ。でも、学食から回ってくるデータによると、あなた一度も残したこと
ないのよねえ? それなのにどうしてお肉がつかないのかしら」
 このところ、並の食券を出しているはずなのに特別学生定食激盛りが出てくるので、質とし
ては、ちょっとカマをかけてみただけだったのだが、浅川はいともあっさりとうなずいた。
 予約禁止、競争率十倍近い特学激盛りを、勝手に一生徒用に割り当てるというのは、職権乱
用なのではあるまいか。
「……特学激盛りとなれば、ぶっちゃけ定価の三倍での転売も可能ですよ。もちろん食べてま
すけどね、半分は。それでも大盛りと量どっこいだし」
「どうして半分しか食べないの? 残りはどうしてるわけ?」
「すごい勢いで友人連がおかずやパスタをさらっていくわけですが。智佳や弥乃里にいたっち
ゃ、わたしが食べるつもりだった分まで持ってっちゃう」
「――ちょっと注意しないとだめね」
 そういう浅川の目にあるのは、冗談ではなく本気の光だ。質はさすがに語気を強くする。
「セ ン セ イ、わたしの肉とわたしの友人関係、どっちが大事なんですか?」
「どっちも大事よ。とくにあなたの体重は」
 と、保健医浅川は、完全なる真顔で答えるのだった。

     ※

 重換質、十六歳、双葉学園高等部二年L組――
 ダイエットをしているつもりはない。先ほど浅川との会話でいっていたように、大盛り分は
食べている。
 彼女は燃費が悪いのだ。いわゆる「浪費遺伝子」持ちである。平均より、一日200キロカ
ロリーほど余計に代謝する。簡単にいえばご飯茶碗に軽く盛った一杯分。
 うらやましがられることが多いが、食費はかさむし、休みの気だるさにまかせて食事すらも
サボって終日ゴロゴロしていたらなけなしの胸が減っていたりするし、本人としてはあまりう
れしい体質ではない。となりの芝は青いのだった。
 保健委員の仕事といえば、今日は転んで擦り傷をつくった子がふたりだけで、平和、かつヒ
マだった。もっとも、昼間部の授業が終わり、委員会活動がはじまるころには、初等部はとっ
くに下校時刻をまわっている。今日の初等部は短縮授業だったので、普段以上に残っている児
童もすくなかった。
 フレームとタイヤはロードバイクだが、見映えと軽さよりも全天候対応性を重視した、ロン
グフェンダーのタイヤカウルつきの愛車にまたがって、質は学園の正門を出た。
 双葉学園を擁するこの島内の交通網は、いちおうひととおりそろってはいるものの、ちょっ
とずれた時間に登下校をする生徒・学生からすれば利便性がいまいちだった。委員会の当番が
あると下校が遅くなるので自転車を買ってみた質だったが、朝のダイアを無視してギリギリま
で寝ていられるので、けっきょく非番の日もチャリ通になっていた。
 質もいちおう、いわゆる〈異能〉持ちだ。ここの学園は、前世紀の末からその姿を現すこと
が急速に増えてきた、怪物(ラルヴァ)と戦うための異能者を集めている。ラルヴァの台頭に
呼応するかのように、〈異能者〉もまた多く見いだされるようになっていた。
 だが、質の身分は事実上の昼間部生で、一般生徒と変わりない。
 有用な能力を持つ生徒・学生は、シフトを組んで昼夜を問わず現れるラルヴァに対処してい
る。ゆえにクラスメイトであっても、三日のうち二日、下手をすれば一日しか顔を合わせない
こともざらだ。重宝されている能力を持った生徒・学生は、昼間部の授業と夜間部の授業を交
互に受けるような状態になっていた。中には、もっと中途半端な時間にしか授業を受けられて
いない者もいる。
 そうした事情に対応するため、学園も24時間開校態勢となってはいるが、昼間部が多数派
だという事実は動かなかった。異能を持たない一般生徒が最近多くなってきたというのもある
し、そもそも質のように、使い勝手がいまひとつだったり、直接戦闘の役には立たない能力を
持っている者もいるからだ。
 質の場合は実に中途半端で、招集されれば出撃しなければならないが、志願しない限りシフ
トに組み込まれることはない、その程度の能力であった。そのため、質は自分の力というのを
さほど意識してはいない。実は、彼女の異能は保健委員の仕事となんの関係もなかった。
 質はいつもどおりに家路を進む。休日に島の外環道へ乗り出しでもしない限り、32段変速
のトップギアを使う機会はない。2-6の経済巡航モードで約10分――中央キャンパスから
3キロ半ほど離れたところに、質が入居している寮はあった。
 若い娘のひとり暮らしは物騒だということで、両親が選んでくれたオートロック式のマンシ
ョンタイプだ。入居者は大学部の人のほうが多かった。近所に文系のうちの三学部が使ってい
る講堂があるので、そこに通っている学生にとっては一等物件らしい。
 自転車に乗ったまま、質はワイヤレスキーでマンションの玄関ドアのロックを解除した。そ
のとたんに、植え込みの影に座っていたらしい人物がふたり、立ち上がって自動ドアをスライ
ドさせる。
「おっかりー」
「まってたぞマコ」
「自分らの巣にお帰りください」
 手を振る覘弥乃里(てん・みのり)と四方山智佳(よもやま_ともか)の横を、質は自転車
で素通りして郵便ポストと宅配の受け取り口のほうへ向かった。その奥に自転車置き場がある。
「今日もゴミチラシばっか。荷物は母からか。冷蔵ってことは食べ物ですね」
 質は自転車を駐め、弥乃里と智佳が存在していないかのようにひとりごちながら、紙ゴミ専
用のダストシュートへチラシを放り込む。質は両親のことを「ちち・はは」と呼んでいた。
 エントランスへ戻ってみると、ふたりはエレベータホールへつながる二枚目のガラス戸の前
で待っていた。あきらかに上がり込んでいくつもり満々だ。
「お帰りくださいといったはずですが?」
「殺生なこといわず、うちらに鍵を預けてくれてもいいんよ。そしたら、毎日ご飯の支度して
お帰りを待ってますのに」
 そういう弥乃里へ向け、質は冷えた段ボール箱を投げつけ、
「寮の鍵は複製禁止、貸与禁止、そのくらいわかってるでしょう。そもそもチップ入りだから
コピーできないし」
 といって、センサーへ向けてキーから赤外線を飛ばした。ロックが外れ、自動ドアが開く。
「マコは相変わらず素直じゃないな。帰れといいつつ荷物を持たす」
 にやにやしながらエレベータの呼び出しボタンを押す智佳へ、望みどおり荷物を持たせてや
ろうと、質は鞄を投げつけた。
「どうせ帰れっていってもいうこと聞く気ないくせに。食材代がわりに作ってもらいますから
ね」
「おけー、任せてくれてよろしよ」
 段ボールを掲げて、弥乃里が景気よく応じる。弥乃里は料理が得意だ。智佳にしても、質よ
りは上手い。
 弥乃里と智佳は学園指定の寮ではない物件を借りてルームシェアをしており、生活費が厳し
くなると、しょっちゅう質のところに転がり込んできては食費を浮かせて帰っていく。
 とはいえ、質の部屋の食糧品は、半ばはふたりに料理させるためのストックだというのも事
実だった。質自身はあまり料理が得意でないし好きでもない。
 七階にある質の部屋で、さっそく荷物を開けた弥乃里と智佳は大歓声をあげていた。
「やほー、鍋セットだよ、最高だよー!」
「マコのママ上、やっぱあたしらのことを考えてくれてるんじゃないのお?」
 公式お相伴に認定されたと、ふたりは意気あがる。質自身よりも勝手知ったる手早さで、弥
乃里は土鍋と卓上ガスコンロを用意しはじめていた。智佳はエプロンを二枚取り出して片方を
弥乃里へパスし、自分の分を制服の上から着ける。
「母め、余計なことを……」
 質たち三人はこの学園都市で知り合ったのであり、互いの親とは会ったことがない。手紙で
弥乃里と智佳のことを書いたことはあったが、そんなに人恋しさが出ていただろうか。いまま
での友人たちと別れてこの島へやってきた質にとって、ふたりが貴重な友人であることは間違
いなかったが。
 送られてきたのは水炊きの具材のようで、メインは地頭鶏、野菜もたっぷりだった。女子の
ことを考えた、質の母なりの気遣いのようだ。保健医浅川なら、低カロリーすぎると苦情を申
し立ててくるところだろうが、学内ですら本来は干渉されるいわれもないのだから、プライベ
ートで気にする必要はないだろう。
 質は冷蔵庫の野菜室から水増し用にキャベツを取り出し、弥乃里に渡した。水炊きはダシか
ら作ろうとすると二、三時間はかかるようだが、セットには濃縮鶏ガラスープがついている。
弥乃里と智佳は手慣れたもので、質の仕事といえば、普段は使っていない和室に折り畳みちゃ
ぶ台を広げ、卓上コンロにボンベをセットしてその上に置くくらいのことだった。もののつい
でに、無洗米を取り出してジャーへ放り込む。どうせ雑炊になってしまうのだから吸水時間は
気にしない。
 おいそぎモードでセットしていたジャーが電子音をあげるころに、ちょうど水炊きもできあ
がった。


 盛大に食べて飲んで(もちろん麦茶である)、仕上げの雑炊まで平らげ、三人ともに満足の
吐息をついたころには、時計は午後八時をまわっていた。至福の時間というのはすぎるのが早
いものだ。
「ありゃ、もうこんな時間。しょうがないから泊まっていくか」
「そやねー」
 座椅子でくつろぎながら好き勝手をぬかす智佳と弥乃里へ、さすがに質は苦言を呈した。
「寮に入ってるわけじゃないんだから門限とかないでしょ。片づけは免除してあげるからお帰
りください」
「おっしゃ、片づけもやっておくからお泊まり決定ね。パジャマはこないだ置いて帰ったし。
お風呂と洗濯機借りるよ」
「お金持ちはええよねえ、ホント。全自動で洗濯脱水乾燥とか、夢のようだわあ」
 藪蛇に頭を抱える質をよそに、智佳と弥乃里は「お泊まりお泊まり」とはしゃぎながら鍋を
タワシでこすり、自動食器洗機に茶碗やグラスを並べていった。
 食事の後片づけをすました闖入者二名は、クローゼットから着替えを取り出すと、制服のタ
イとスカートをたたみ、ブラウスと下着は洗濯乾燥機へ放り込んでスイッチを入れ、そのまま
浴室へとなだれ込んでいく。
「あんたたちいつの間にパジャマのみならずブラやパンツの替えまで……」
「マコも一緒に入ろうぜい」
「流しっこしよ、揉みっこしよー」
「三人も入れるほど広くない。食休みもとらないと身体に良くないし」
 質のいいわけはごくまっとうだったが、あろうことかふたりは全裸のままで戻ってきた。
「いわれてみればそうだ。よし、30分休んでマコも一緒に入ろう」
「うんうん」
「あんたらはいつから醒徒会広報局員になったんですか」
『あはは、全裸がユニフォーム!』
「ハモるな! バスローブくらい羽織ってきなさい」
「バスローブなんて、うちはホテルでしか見たことないわ。そっか、まこちは風呂上がりはバ
スローブ姿なのかあ。せくすぃー」
 そういう弥乃里は、たしかに色気も素っ気もなかった。とはいえ質よりもずっと出るべきと
ころは出ている。智佳はスレンダー美人の系統だが、質に比べるとふくよかなラインだ。
「ま、食休みついでに、近日ありそうな動員について話すとするか」
 バスローブを羽織ってきた智佳が、ダイニングの椅子に座ってそういった。
「そんな話あるの?」
「確定じゃないよ。でもま、たぶんある。しかも手薄なところでイレギュラーだから、あたし
らも引っかかるかな」
 智佳と弥乃里も、異能者だ。智佳の能力は「情報集約〈Intelligent Node〉」と呼ばれてお
り、いわば高性能の検索エンジンのようなものだった。存在する情報から演繹して「まだ存在
していない」情報をすら引き出せる、一見魔法のような能力だが、智佳自身の脳裏にその情報
が収められているわけではない。
 専用の端末に即興で検索スプリクトを打ち込むことで情報を得る、超科学系異能の一種だ。
一度に調べられる項目はひとつだし、端末はオンラインでネットにつながっている必要がある。
調べたいことがはっきりしているときは便利だが、「なにから調べればいいのかわからない」
ような状況ではそもそも使いようのない能力だった。
「なにを調べてて『未来のラルヴァ討伐の動員』なんて情報が出てきたの?」
 質の質問に対し、
「いや、大したことじゃないよ。今年の上半期に世界中で出現したラルヴァのデータまとめて
っていわれたから、普通に『2019年、ラルヴァ出現』で検索かけてたんだけど。そしたら『日
本国D山系で大発生、双葉学園異能者チーム緊急動員』なんてのが出てさ。そんな話まだ聞い
てないじゃん? つまりこれから起きるってこと」
 と、智佳はこともなげに答えた。
「それ以上は調べなかったわけ?」
「レポートまとめるだけで大変だったんだって。まあ、ラルヴァの出現が増えてる感じはした
ね。大発生ってのもありえうる、うん」
 専用端末は智佳の私物ではなく、基本的に学外持ち出し厳禁だ。当然といえば当然の処置で
あって、どんな情報でも出てくる魔法の箱と、その鍵を一緒にしておくのは危険すぎる。智佳
の異能について知っている人間はごくわずかだ。異能者ではない担任教師はその中に入ってい
ない。二年L組では、本人のほかには質と弥乃里しか知らないだろう。
「最近はたしかにいろいろ手一杯っぽい? 主力張れる強豪チームはだいたい出ずっぱりやし、
かといって醒徒会は学園から動けへんし……」
 弥乃里のいうとおり、ここ数週間の学園ラルヴァ対策チームは大車輪の活躍で、成果は目醒
ましいが常に綱渡り状態でもあった。稼働率は限界まで高まっている。警戒チームのスクラン
ブル率というのは、高ければいいという性質の数値ではない。むしろ逆だ。
 質は麦茶をもう一杯そそいで、のどを潤した。それからぼやく。
「わたしらが徴用されるような事態っていうのはあんまり想像したくないな」
「でも、みーにいままでお声がかかったことがないってのは意外なんだよね。どう考えても強
い能力なのに」
「えー、そんなことないんよ?」
 智佳に話を振られて、弥乃里は左手と首を同時に振った。質も、弥乃里の異能が実際に効果
を発揮している場面を見たことはなかったが、どんなものなのかは知っている。
「『位相界の眼〈Ethereal Eye〉』か。絶対座標であらゆるラルヴァを捉える神眼――ってい
うとすごくカッコいいし強そうだね」
「そんなすごいことないって」
 本人はそういうが「位相界の眼〈Ethereal Eye〉」は実際にすごい異能力である。不可視状
態のエレメント系ラルヴァであっても弥乃里の能力は見逃さない。もっとも、弥乃里には「そ
こにラルヴァがいる」という事実が視えるのみで、そいつがどんなタイプでどの程度危険なの
か、などの付帯的な情報はさっぱりわからない。加えて弥乃里自身は見た目どおりの女子高生
で戦闘力皆無だ。不可視のラルヴァが目の前にいるということが異能で察知できたとしても、
もちろん肉眼では見えない。
 いずれにしても弥乃里が学園側からシフト入りを要請されないのは不思議なことだ。自衛能
力が皆無だからよほどの大規模戦でないと使えないとみられているのかもしれないが。
 ——しかしながら、それと自分が左右から挟み込まれて服を剥がされかけているのは別問題
だろうと、質は思うのだった。
「こら、あんたたち、まだ10分もたってない!」
「さすがにこの季節でもバスローブ一枚じゃ寒くてさ」
 そういいながら智佳は質のジャージ――もちろん制服からは着替えていた――の上を手際よ
く脱がせていく。
「かんにんな、そろそろ我慢できなくってしもうて」
 といいつつ弥乃里は質のジャージの下を素早く抜き取っていた。
「だから、三人は入れるほど広くないって。先に入ってきなさい」
「フロントホックのブラを着けていながらなんて説得力のない子だ」
 最後の抗弁をする質に対し、智佳はほとんど舌なめずりをしながらブラを取り払う。
「後ろホックじゃ上手く止められないだけだし。不器用で悪うございました」
「そやから、普段手が届いてないところも洗ってあげるのー」
 弥乃里が異様なまでに研ぎ澄まされた指使いで質の最後の守りを奪い取る。
 両脇から抱えられ、質は引き立てられた。
 バスローブを投げ捨て、
「よーし、いってみようか」
 と智佳がいえば、
「裸の親睦タイムやねえ」
 するりとバスローブを足元に落として弥乃里が応じる。
「変態! 脱がせ魔! あんたたちなんなんですか!」
 抗議を繰り返す質だが、これは引かれ者の小歌というものだろう。
 風呂場に連れ込まれた質の、抑揚ひかえめの身体が、エロ娘ふたりにさんざん撫でられたり
揉まれたり舐められたり甘噛みされたのはいうまでもない。

     ※

 智佳の預言は、一週間後に現実となった。
 このところ各地でラルヴァの出現が多くなっており、平行して複数の討伐作戦が実施されて
いた。
 そんな、実動部隊の多くが出払っている最中に、夏の山開きを間近に控えたD山系で蟲型の
ラルヴァが大発生したという通報が寄せられてきたのだ。
 通報元は陸上自衛隊の第二師団からであった。陸自北部方面隊の第二師団といえば、北鎮師
団の異名を取る最精鋭だが、対ラルヴァ戦は任務のうちに入っていない。現実には自衛隊とラ
ルヴァが交戦に至ることはある。
 だが、いわゆる「コペンハーゲン条約」において、各国政府は一般市民に対してラルヴァの
存在を当面秘匿するということで合意に達していた。大規模なラルヴァの発生に対して、世界
でもっとも手足を縛られた国防組織である自衛隊が動くことは不可能事に等しいのが実情だ。
 米軍はいろいろと理由をつけて、割とおおっぴらに戦っているのだが……。
 いずれにしても、市街地から遠いとはいえ、ラルヴァが大量発生したとあっては放置してお
くことはできない。急激な雪融けで土石流のおそれがある、という口実で周辺地域を厳重に封
鎖してもらった上で、学園執行部と醒徒会の役員たちは情報収集と作戦立案に取りかかった。
 居残り組は必ずしも戦力外というわけではない。醒徒会を筆頭に、学園の中核戦力は、常に
一定数以上が火急の事態にそなえて双葉区内にとどまっている。
 また、討伐作戦に起用される基準は、個々人の異能の強さよりも、チームを組んだ際の相性
や連携のほうが重視されていた。そして外部へ派遣される討伐チームの人数は、複数チームが
向かうことも多いとはいえ、基本的にひと組10名以内である。
 つまり、大規模戦であれば、本営の機能さえ充実させることができれば、あとはなんとかな
るというわけだ。
 ひとまずリストアップされたのはテレパス能力者だ。出現しているのは知能の低い蟲型のビ
ースト系ラルヴァばかりだということなので、機械的な通信手段に頼っても、傍受されたり妨
害される危険はほとんどないだろうが、味方の連携を保つのは最も重視すべき要素である。
 テレパスとひと口にいっても、送信のみできる者、受信のみできる者、特定の相手とのみ精
神的会話ができるもの——さまざまだ。送信できるテレパスにしても、知っている相手になら
メッセージを送れたり、一定範囲内の人間すべてに思念を伝えるタイプだったりする。受信テ
レパスも、受信対象が人の思念だったり、電気的な空中波だったりと、まちまちだ。
 本営つきの連絡要員として送信タイプのテレパスが10名ほど選ばれ、相手を任意選択でき
ない人にあわせて、親しい友人や、血縁者などから受信役が決められる。受信役を核に各分隊
が編成され、夜明けとともにラルヴァ大発生の報が入ってから5時間後、午前中のうちに、選
抜メンバーは全員が醒徒会棟の大会議室に集められた。
 弥乃里と智佳が司令部スタッフとして招集されるのは予想していたものの、まさか自分が打
撃要員として喚び出しをくらうとは思っていなかったので、質としてはなにか間違ったことに
なっていると思わざるをえないのであった。
 大会議室はやや定員超過ぎみで、選抜されたメンバーは百人少々といったところのようだ。
外部へ打って出るものとしては、近年まれに見る大規模作戦だ。
 喚び出された全員がそろったところで、会議室の東側に設えられている壇上にのぼっていた、
醒徒会長である藤神門御鈴(ふじみかど・みすず)が口を開いた。会長の身長は130センチ
台半ばしかないので、おそらく30センチほどの踏み台に載っているのだろう。
「——諸君、すでにことの概要は聞いていると思うが、今回は無理を聞いてもらってすまない。
ラルヴァ討伐への参加を希望していない者もいるだろう。しかし、ラルヴァから世界を守るの
が、我々双葉学園の生徒・学生の務めなのだ。力を貸してほしい」
 鈴を鳴らすような、という形容がぴったりくる声で、御鈴は切々と訴える。聴衆の中には、
「会長、おれたちに任せてください」だの、
「会長のためなら、この命惜しくなどありません!」などと、大仰に応じる者も少なくない。
 会長は人をその気にさせるのが巧みな、かなりの演説上手だ。学園理事の孫娘であり、式術
の遣い手としては世界で五指に入る実力者だといっても、それだけで醒徒会の長に選ばれたわ
けではなかった。幼いなりに、カリスマのある傑物なのだ。
 皆の軒昂な意気を確認し、御鈴はひとつ、力強くうなずく。
「本来なら、醒徒会のうちからもだれかに出てもらわねばならないところなのだが、これ以上
学園を手薄にするわけにもいかない。遊撃のバックアップチームとして、久留間戦隊に同行し
てもらうことにした。皆も知ってのとおり、実体のあるラルヴァ相手であれば久留間戦隊は無
敵に等しい。今回のミッションであれば、私たち醒徒会役員よりも頼りになるだろう」
 招集された面々とは向かい合う位置に座っていた、久留間走子(くるま・そうこ)はじめと
する5人が立ち上がって軽く一礼した。多くの常勝チームが各地で展開する中、学園で留守を
預かっていた久留間戦隊まで出払うとなれば、残る一級以上の異能者は醒徒会役員のほかには
シフト中の風紀委員のみということになる。これは異常事態だといってもいいだろう。
 しかし、今回のイレギュラーはそれだけにとどまらないようだ。
「全体指揮は生徒課長に執ってもらう。都治倉さん、皆を頼むぞ」
 御鈴に呼ばれ、学園執行部ナンバー2である都治倉喜久子(つじくら・きくこ)は、婉然と
微笑んだ。
「全員無事に帰還させるから、心配しないで。手薄なところは風紀委員をカバーにまわせば間
に合うはず。どんどん使ってもらって大丈夫よ、特にあの暴発娘を」
「ああ、やることなすこと過激だが、志は私たちと共有できるものを持っているさ、あの者も」
「今回ばかりは素直にいうこと聞くはずよ。あの娘はバカじゃないから」
 とまでいって、都治倉生徒課長は選抜メンバーのほうへ向き直り、声を張った。
「——さて、皆さん、わたくしの顔と名前くらいはご存知だと思いますけど、生徒課長の都治
倉です。今回の作戦指揮を執らせてもらいますが、いちおうみっつばかりの国の軍隊で佐官ま
での仕事はした経験があるので、基本的には安心してくれて結構よ。今回は緊急事態なので、
空自のB−747をまわしてもらっています。これからすぐに千歳基地まで飛んでもらって、
そこから現地へ移動。作戦開始は明日の夜明けよ。なにか質問あるかしら?」
 真っ先に手を挙げたのは、最前列に座っていた智佳だった。異能者のスカウトをメインの仕
事にしているだけあって、生徒課長はしっかりと学園生の顔と名前を憶えているらしく、
「四方山さん、どうぞ」
 と、即座に指名する。
「こんな大雑把な説明では質問のしようもない、というのがみんなの正直な考えだと思います
が」
「それもそうね。詳しい説明は機中ですることになりますから、では皆さん、30分後までに
は搭乗しておくように。必要な準備があったらすませておいてね。でも、遠足じゃないし、必
要なものはだいたい用意できると思うから、個人の必須装備以外は特に準備しなくても大丈夫よ」
「皆、頼むぞ」
 最後に会長の激励を受け、選抜メンバーは士気も高いまま一時解散した。中には「毎回会長が
活いれてくれるなら、俺、スクランブルシフトに志願しようかな」などと頬を緩めている生徒も
いる。
 そんな中、友人ふたりと別れて前線の兵士役を割り振られた質にとっては、大して意気あがる
展開ともいえない状況であった。
 航空自衛隊第701飛行隊のB−747は、学園都市の東に張り出している拡張メガフロート
上に整備されている空港に着陸しているはずだ。
 いちおう装備を整えてこようと、質は一度寮へ戻ることにしたが、自転車を駆るその背がいつ
もほどの快活さを欠いているように見えるのは、気のせいばかりでもないのだろう。


ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。