【ROND2】


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     2

 工克巳(たくみ・かつみ)は、尊敬する裏醒徒会長、蛇蝎兇次郎(だかつ・きょうじろう)
に、一日でも早く学園の覇権を握ってもらわねばならないと強く実感していた。
 このままでは、学園はラルヴァの脅威に対応できなくなる。
 だいたい、昨今の各地での多発的なラルヴァの発生は、明らかに監視体制が不足しているこ
との現れであり、加えて初動態勢の遅れが事態の悪化に拍車をかけていた。
 その弥縫策に追われる中で今回の事態だ。なんたる失態の上塗り。蛇蝎が学園を掌握してい
れば、最少限の被害で収拾できていただろうに。
 おかげで克巳にまで召集令状がまわってきてしまった。先月風紀委員によって取り潰された
ロボ研の跡地から、面白そうな図面が出てきたという話を、裏醒徒会の幹部である笑乃坂(え
みのさか)に聞いたばかりだったのだが。
 さっさと片づけて、分析のために学園へ帰らなければならない。
 もっとも、新装備を試してみる機会と考えれば、島内での買い物に使える電子マネーも入っ
てくるし、ラルヴァ討伐に招集されること自体は悪いことではない。克巳はいままでに三度お
声がかかっており、中等部の生徒としては申し分ない戦果を挙げていた。
 克巳の異能力はいわゆる超科学系統にあたり、基本的には魂源力で動き、ラルヴァに対して
打撃効果のあるデバイスを製作することができる。しかし克巳が自前で作って自在に操れるの
は「鋼鉄の毒蛇〈Steel Viper〉」だけだ。それ以外の装置に関しては設計図と材料が揃って
いるものを組み立てることしかできないし、作ってみてもまともに動く保証はない。
 だが〈鋼鉄の毒蛇〉は胸を張って自慢できる装置だった。322個の体節をつなげた、直径
9センチ、全長2メートルの金属製完全自律型兵器。名に反して毒はないが、80枚もの回転
ブレードをそなえており、ひとたび放ってしまえば、克巳が気絶しようが死のうがエネルギー
切れまで目標を切り刻み続ける。
 これまでの三度の招集で、撃破したラルヴァは中級−4ランクをも含む実に13体。克巳本
人の無力はともかく、〈鋼鉄の毒蛇〉は非常に強かった。
 にもかかわらず討伐チーム入りしていなかったのは、克巳自身が蛇蝎の部下としての務めを
優先してシフト希望を出していなかったというのもあるが、〈鋼鉄の毒蛇〉を使い切ったら最
後、完全に非戦力化してしまうからだった。
〈鋼鉄の毒蛇〉は克巳自身の魂源力(アツィルト)をチャージすることのみで稼働し、そのイ
ンターバルは最低3時間。リミッターなしの、フル・パワーモードあらため殲滅形態〈デスト
ロイ・モード〉では、せいぜい3分しか動かない。
 3時間に一度、3分間しか戦力にならない隊員を抱えられるほどのチームは総じてエリート
組に限られ、もちろんそうした所帯は克巳程度を必要とはしていない。したがってこれまでは、
既存のチームに一発限りの火力を付与する目的で喚び出されていた。異能者チームの編成とい
うのは考え抜かれた上に決定されているものなので、克巳は最も重要な局面で〈鋼鉄の毒蛇〉
を放つことができていた。
 今回は長丁場の作戦で、決め打ちは利かない。試作品の装備をいくらかバックパックに放り
込んで、克巳はB−747の搭乗タラップに足をかけた。

     ※

 所属は航空自衛隊だが、いわゆる政府特別便と呼ばれているB−747はつつがなく千歳へ
着陸し、そこから東へ約150キロ、道央S町の陸自駐屯地まではヘリでの移動になった。こ
こは、通報を入れてきた第二師団ではなく、第五旅団戦車隊の駐屯地だ。さらにバスへ分乗し
て、二手にわかれて山のほうへ向かうこと二時間弱。宿営地兼拠点になるという大農場に到着
したときには、すっかり夕方になっていた。分遣隊のほうも、20キロほど東の、やはり大規
模な農園に到着しているはずだ。
 バスからぞろぞろと降りる学園生たちは、やはり、対ラルヴァ戦を控えた隊員というより、
林間学校にやってきた学徒の群れにしか見えない。
「作戦開始は夜明けですから、早く寝ておくように。それと、急造のチームですから、お互い
に理解を深めておくこと」
 そういって、都治倉つじくら生徒課長は各チームの班長に鍵を渡していく。観光農場も兼ね
ているのでコテージがあるのだが、どうやら今夜はチームごとに食事をして休めという趣旨ら
しい。ほとんどのチームは男女混成なので、就寝時に男は追い出される。テントか農場の建物
の大部屋での雑魚寝か、どちらかを選べとのことだ。
 機中と車内では智佳、弥乃里と並びの席でここまでやってきた質にとって、気の進まない時
間のはじまりのようだった。
 質の所属する第8分隊(この場合の「分隊」は完全に記号的なもので、軍事上の編成員数と
関係はない)は、6人構成らしい。
 火焔系の能力者らしいがやたらとすぐに転ぶ娘だとか、妙に暑苦しく盛り上がっちゃってる
人とかがいて、やや不安になってくる。いちおうあとの3人は大丈夫そうだが、異能力を持っ
ていない人まで混ざっていた。まあ、質の異能力も戦闘で役に立つものとはいえないので、他
人のことはいえないのだが、そこまで人手が足りないのだろうか。
 前衛が4人で、中衛が質で、援護が転がり娘——と、バランスがいいとはいえない編成のよ
うだが、質はとりあえずメンバーを確認してみることにした。そのうちふたりとは同学年なの
で、いちおう見かけたことくらいはある。
 E組の刀遣いの河越明日羽(かわごえ・あすは)が、たぶん実戦経験の一番豊富な人材だろ
う。本営詰めのテレパス係の友人で、受信役に設定されていた。従って彼女が分隊長を兼ねる
ことになる。
 C組の拍手敬(かしわで・たかし)は異能を持っていないが、太極拳の遣い手で、打撃には
魂源力を込められるとのことだった。本人の話では、今月のやりくりが苦しいので臨時報奨金
に釣られたとか。
 一年生の神楽二礼(かぐら・にれい)は前出の柏手敬と知合いだそうだ。同じチームに配属
されたのはたまたまだろうと笑っていたが、ふたりでラルヴァを数体退治したことがあるとも
いっていた。おそらく上層部はそういう情報もつかんでいるのだろう。
 いずれにせよ「鋼のB組」を称されるほどのクラスの一員であるので、実力的には問題なさ
そうだ。風紀委員も務めているが、まだ見習なので警邏シフトには入っておらず、今回の招集
に引っかかったらしい。
 そして三年生の二階堂悟郎(にかいどう・ごろう)。柔道部とのことで、今回の蟲型怪物と
は相性があまり良くなさそうだが、哺乳類と合体して身体能力を向上させる異能者らしい。
「ヒグマがいれば、クマー・パゥワー! うをををーーー!!」とすごいテンションで叫んでい
た。しかし、できればヒグマには出てほしくないと質は思う。
 援護役は火焔遣いの米良綾乃(めら・あやの)、唯一の中等部生だ。ころころ転んでばかり
いるが、急峻な斜面の多い戦場で大丈夫なのだろうか。そもそも北の大地の原生林を延焼させ
てしまわないのか心配になってくる。とはいえ、自衛隊や米軍が対処することになれば山肌が
剥き出しになるほど砲弾を撃ち込むことになるだろうし、結局異能者がラルヴァを掃討するの
が一番なのだろう。
 明日羽は見た目どおりの、先輩風を吹かせることのできる性格らしく、二礼と綾乃とはだい
ぶ打ち解けているようだ。質はもうひとつ溶け込めないまま、機中で説明されたことの確認と
基本方針の策定にだけしっかりと参加し、あとはなんとなく時間がすぎるのを待っていた。
 選抜メンバーのうちでも特に使えると見込まれた三分隊ほどは、久留間戦隊や政府直属の特
務隊とともにすでに展開しており、封鎖線をラルヴァが突破しないよう監視しているとのこと
だった。

     ※

 AM4:24——
 緯度の高いこの地方は、夏至前後の日の出が異様なまでに早い。すでに作戦開始からは30
分近くが経過しており、覘弥乃里の「位相界の眼〈Ethereal Eye〉」が捉えた目標へ向け、送
信テレパスを介した指示で次々と各分隊が誘導されていく。
 工克巳の配属された第十一分隊は、東部側から投入されて、破竹の勢いで突き進んでいた。
 ただし、ちょっとうるさかったが……
「どうしてこの私があんたなんかの指示に従わなきゃならないの!?」
 忌々しげに叫びながら、春部里衣(はるべ・りい)がその爪で大々蚊〈ガガガンボ〉をバラ
バラにする。体長一メートルほどまで巨大化しすぎたあまり飛ぶことすらできなくなったガガ
ンボとかいう、もはや可哀相なレベルに達している虚弱なラルヴァだ。とはいえ草木の汁を吸
って次々と枯らしてしまう、害虫には違いないので、農園に出てくる前に処分する必要はある。
彼女の異能は、猫の身体能力を模倣するというもののようだ。
「私が指令通信の受信係なんだから仕方ないでしょう。べつにあなた個人に命令しているわけ
じゃないわ。でも、進路指示には従ってもらいますからね!」
 春部の敵意に満ちた爛々たる目を向けられながらも、理知的だが相手の神経を確実に逆撫で
する物いいをしたのは、笹島輝亥羽(ささじま・きいは)だった。そういいながら、木刀で大
々蚊を粉砕する。彼女の異能は受けたダメージを二倍以上にして相手に返すというものだそう
で、こういう貧弱な相手では能力を発揮しようがない。かといって、危険なラルヴァはたいて
いが一発で人間を殺す攻撃力を有しているのでカウンターもへったくれもない。使い勝手はか
なり悪そうだ。
 それにしても、上層部はなにを考えて仲の悪いふたりを同じチームに入れたのだろうか。そ
の上、克巳のみたところ、この分隊は直接打撃戦闘にばかり特化しすぎている。
「ガナル・クロー!」
 というかけ声とともに、二匹いっぺんに大々蚊を葬ったのは、どうみても特撮ヒーローのコ
スプレをしているとしか思えない人型生命体だった。デミヒューマンラルヴァだといわれたら、
克巳は即座に信じただろう。しかし、彼も立派な学園生だ。木山仁(きやま・じん)というら
しい。
 特撮ヒーローのような人材が、6人しかいないこの分隊になぜかもうひとりいて——
「トォヤアァッ!」
 額にクワガタムシの意匠が映える、画像をウェブ上にアップデートしたら版権的な問題が発
生しそうな恰好をした大男が、やはり大々蚊をちぎっては投げていた。
 その彼、二階堂志郎(にかいどう・しろう)は、7人兄弟妹の中3人がこの討伐隊に招集さ
れているといっていた。空手家なので、直立していない蟲相手の戦いはあまり面白くなさそう
だ。また、彼の異能は春部センパイのものとは違い、合体相手を必要としていた。まだクワガ
タが出るには早い季節なので、相棒を見つけるには相当苦労したようだ。宿舎に帰ってきたの
は結局空が白みはじめてからだったか。
「ちぃ、ミヤマなら本州にもいる。もっと珍しいやつがよかった……」
 などといっていたところをみると、どうやらひと晩徹夜くらいは問題ない体力の持ち主らし
い。いまも空手とはあまり関係のなさそうなパンチや、額の立派な角を使った頭突きで、大々
蚊を蹴散らしていた。
「どうでもいいけどお前はぜんぜん働かないなあ」
 キレのいいキックで大々蚊を一匹バラして、錦龍(にしき・りゅう)が克巳へあきれたよう
な声をかけてきた。とはいえあまり悪意を感じない。なんでも、異能がないので学園に残った
親友がいるのだという。非戦闘員のカバーは馴れているのだろう。彼も空手部員で、若手のホ
ープらしい。そういえば昨夜は二階堂センパイと結構盛り上がっていたようだ。
「おれ、いちおう遠距離担当なんで。近寄ると危ないのとかが出れば役に立ちますよ、たぶん」
 最年少らしく、ひかえめな態度で克巳は応じた。いちおう護身用に、グロック17と、魂源力
を流せるように改造した圧電ナイフは持ってきたので、大々蚊くらいは倒せそうだが、いがみ
合う女性陣ふたりがすごい勢いで狩っていくのでわざわざ弾を使う必要もなさそうだった。ガ
ナリオン=木山氏も、ときおり手を止めて「もう、あのふたりだけでいいんじゃないかな」と
つぶやいている。
 30匹はいた大々蚊が全滅するのに、1分少々しかかからなかった。まともな武器を持って
いれば一般人でも倒せる弱い怪物とはいえ、いや、だからこそ逃げ惑う大々蚊を追いつめて殲
滅していく速度としては早すぎる。
(怖え、いがみ合う女マジ怖え)
 克巳が内心で偽らざる感想を述べたところで、笹島センパイが顔をあげた。
「次の目標は南東700メートル。数は12。いくわよ」
「ふん、私だけでさっさと片づけてやるわ。あんたなんかと1分でも顔を突き合わせたくない」
 そういって、春部センパイはしなやかな動きでさっさといってしまう。
「隊列を崩すなといわれてるでしょう!」
 笹島センパイは独断専行を咎めながらも、対抗心剥き出しで、遅れまじと駆けっていった。肩
をすくめてから、ミヤマ仮面とガナリオン、錦センパイも続く。周囲はところどころに灌木の茂
る高原地帯で、そんなに走りやすい足場ではない。
「次の機会までに移動用のデバイスを造ったほうがよさそうだな……」
 と、身体能力としては十人並以下の克巳は、この先の難儀を思ってぼやくのだった。

     ※

 ほとんどいじめ状態の第11分隊に比べると、第8分隊の初戦の相手は手強かった。
「——のわっ、あぶねっ!」
 弾丸のように突っ込んできた破城飛蝗〈バッタリングラム〉を、敬が得意の太極拳で受け流す。
勢いのベクトルが少々変わるだけで威力はまったく死なないため、怪物飛蝗はそのままエゾカラ
マツに衝突して、その幹をぶち折った。体長1.5メートルもある上に、やたらとデコっパチな
面構えをしている蟲だ。
 サイドステップで一匹の側面を取り、跳びかかろうとたわめはじめていた右の後肢を斬り飛ば
しながら、明日羽が警告を発する。
「そいつの頭突きをまともにくらえば軽トラックくらいは一発で横倒しになる、気をつけて!」
 右のバネだけを失った破城飛蝗は、明後日の方向へすっ飛んでいった。
「なにその交通事故。めっちゃヤバいじゃないっすか」
 そういいながら、二礼は敬を盾にする。
「おい、俺の真うしろはかえって危ないぞ。もうそのくらいわかってるだろ」
「ちゃんと『捌き』ができれば横に逸らすこともできるはずっすよ」
「……軽トラ横倒し級の勢いを横にズラせるわけないだろ」
「いい機会だから挑戦してみたらどうっすか?」
 などと掛け合いをしている、仲の良いふたりを遠目に、質は綾乃のかたわらに陣取っていた。
貴重な支援火力の遣い手を護衛している、というわけではない。ただ単に彼女の発する炎を恐れ
て破城飛蝗が近寄ってこないからであって、要するに二礼が敬を盾にしているのと状況的には変
わらなかった。これが夜間であれば、飛んで火に入る夏の虫、の言葉のとおりにガンガン突っ込
んできて、たいへん危険なことになっていただろうが。
「重換先輩、でしたっけ? すごく、情けない図式だと思うわけですが」
 左手に火焔をまとわせ、突撃体勢を取ろうとする破城飛蝗を牽制しながら、綾乃が質へ遠慮な
い声を浴びせる。
 質にとってはべつにショックな科白でもない。
「わたしのことは戦力外だと考えてくれていいよ」
「はぁ……。私の憧れの先輩に、ものすごく強くてカッコよくてキレイなかたがいるんですけど」
「うん、わたしはそういうのじゃないから。……待った、撃たないでいい」
「なんでです?」
 こちらへ突っ込むのをあきらめたか、横を向いた破城飛蝗へ、火焔弾を投げつけようとしてい
た綾乃は、質に制止されて不機嫌そうになった。
 それに対し、
「あっちに任せておけばよさそう」
 といって質は右手を指し示す。
 そこには、破城飛蝗をいままさに引き裂いているクマ怪人の姿があった。怪人目がけてべつの
破城飛蝗が頭突きをかましたが、クマ男は左の掌底を差し伸べるだけで砲弾同様の攻撃を受け切
った。そのまま破城飛蝗の頭をつかんで、足元の岩にたたきつける。
 死ぬと同時に風化したかのように崩れていくラルヴァでなければ、かなりグロい光景となって
いるところだろう。
 クマ怪人の正体は、昨日の熱望を本当に果たしてしまった二階堂悟郎だ。クマ牧場から、活き
が良くて人なつこい助っ羆がきてくれたのである。二階堂家の異能は融合相手に依存するところ
が大きそうで、ヒグマとの合身を果たした悟郎は、もはや柔道技の有無などどうでもいいくらい
の強さになっていた。
「ベアー・ハーァグッ!!」
 下級ラルヴァとはいえ、小口径の銃弾ならはじき返すこともある破城飛蝗の外骨格が、ベア階
堂の一撃を受けて飴細工のように砕け散った。剛腕がうなるたびに破城飛蝗が引き裂かれ、打ち
砕かれ、たたき潰される。
「強……クマ強……」
 鬼神のごときクマ怪人の活躍に、綾乃が茫然とつぶやく。敬と二礼、明日羽も、もはや破城飛
蝗の相手はしていない。とりあえず頭突きしてみる、仲間がやられたらそっちへ向かって頭突き
してみる、を身上としている単純な蟲ラルヴァの群れは、レミングスのようにクマ怪人へ特攻を
繰り返し——ほどなく全滅した。
 仁王立ちのクマ仮面が、右手を天へと突きあげた。
「うををおおおー! いくぞー、いぃち、にぃい、さぁーん!」
『クマー!!』
 完全にテンションマックスのクマ階堂にあわせて、一同で唱和する。質はお義理だったが敬と
綾乃は割とノリノリのようだ。他の人はどうだったのか。
 そう思って質は明日羽の様子をうかがってみたが、どうやら次の指示が入っているようだ。殲
滅確認と同時に次のターゲットをまわしてくるとは、司令部はずいぶんと人使いが荒い。
「真西へ1400メートル、3体確認。いくよ!」
『クマー!』
 もうクマさんに全部任せておこう——すくなくとも、このときの質はそう思っていた。

     ※

 真っ先に突っ込んでいったはずの、春部、笹島の両センパイがいやにしおらしく後続を待って
いるから、おかしいとは思ったのだ。
「どうした、並のラルヴァが12匹なら、恐れるほどでもないだろう。そんなに厄介そうなのが
いたのか?」
 と、追いついたミヤマ仮面志郎が訊ねる。それに対し、ふたりはまばらに細い樹が立ちならん
でいる林の一隅を指差した。
「ん……シカの角が転がっているのか。シカは英語でスタッグだ。ちなみにクワガタムシもスタ
ッグビートルというな。クワガタ仮面ならまだなんとかサマになるが、シカムシ仮面では台無し
だ」
 腕を組んでミヤマ仮面がそんなことをいっている間に、あとの三人も追いついてきた。克巳は、
ほとんどガナリオンと錦センパイに両脇から抱えてもらって移動してきた案配だ。とはいえ山道
の700メートルを5分で移動しろというのは普通の人間には無理な話だった。
「シカの角っていうか、毛皮もついているような」
「むしろ中身だけない……」
 たしか、シカの角というのは春に抜け替わるはずだよな——と思い出しながら、克巳は観察を
続けた。20センチもない、まだ三つ又になったばかりの、丸みを帯びた角だった。一冬経った
古い死骸ではない。最近ヒグマに襲われたのなら、もっとひどい状態になっているはずだ。毛皮
がきれいに残りすぎている。
 まるで、血肉だけが溶けてなくなってしまったかのよう……
「私たちとラルヴァの反応が完全に重なっているですって!?」
 笹島センパイが、送信されてきたテレパスの警告に驚く。
「——上だ!」
 錦センパイが叫び、克巳の襟を引っ張って大きく飛びさがる。樹の上から、タタミ一畳ほども
ある、ぬめぬめしたものが降ってきた。
「なによこれっ」
「うわ、キモッ!!」
 さすがに気持悪いらしく、女性陣ふたりもそそくさと距離を取る。
「ヒルか?」
「なるほど、こいつらがシカをミイラにしていたというわけだな」
 ガナリオンとミヤマ仮面は、得心いった、という感じでさっそく攻撃に移ろうとした。
 ——が。
 地面に落ちたと思ったら、巨大蛭〈メガリーチ〉どもはたちまち半身を起こし、あるいは再び
地上3メートルほどにまで跳ね上がって、その全身でもって押し包もうと迫ってきた。
「まて、ヒルというのはもっと慎ましく動くものだろう!」
 巨大蛭の異常な動きに面食らったのか、ミヤマ仮面はあわてて身をひるがえし、結果的にそれ
は正解だった。
「ガナル・クロー!」
 飛びかかってきた敵を迎撃したガナリオン木山だったが、鋭いカーネリアンの爪をまとったパ
ンチは躱されてしまい、巨大蛭に腕に巻きつかれてしまった。
「ぬおっ!?」
 とっさに振りほどいたが、そのわずかな一瞬で、ガナリオンの右腕は動きを止めた。
「く、力が入らない。ガナル・スーツはモース硬度七だぞ……なんでデカいだけのヒルに」
「気をつけて木山くん。そいつらは、接触するだけで相手から生体エネルギーを吸い取ってしま
うらしいわ!」
 おそらく、遭遇したラルヴァの情報を司令部に問い合わせたのだろう。笹島センパイが新たな
情報を伝えてきた。
「接触するだけって……防御力関係なしかよ!」
 後退しながら、ガナリオンは感覚を回復させるためか、右腕を振っている。どうやら一瞬しび
れただけで、大したことはないようだ。
「おれがやります、みんなさがって」
 ようやく出番がきたらしいので、克巳はうきうきと前へ出た。ジャケットの襟元を緩めると、
自慢のデバイスが這い出してきて、左腕へと巻きつく。
 ターゲットから除外するのはチームの五名(自滅機能はない)のみ、それ以外の動くものすべ
てを攻撃、リミッター・オフ——
「いけ、〈鋼鉄の毒蛇〉デストロイ・モード!」
 克巳が左手を振ると、高周波の唸り声をあげて、〈鋼鉄の毒蛇〉が解き放たれる。後ろ半分の
150ほどの体節を波打たせながら地面の上を素早く滑り、前方半分の回転ブレード、40枚ほ
どを展開させる。
 すれ違うだけで、二匹の巨大蛭がミンチに変わった。危険きわまりなくとも、基本的には大き
くなっただけのヒルにすぎないらしい。
 巨大蛭からすれば、金属の塊である〈鋼鉄の毒蛇〉は存在しないに等しい。生きていて、体温
の存在する人間たちのいる方向へ、本能に導かれるまま移動していき、後ろから襲ってくる獰猛
な機械によって次々と裁断されていく。
 8匹、9匹、10匹——
 完全自律型の、コントロール不要どころか、遣い手がコントロール不能になっても勝手に動き
続けるマシンは便利なようにも見える。しかしどうしようもない欠点もいくつかあって、主人の
身を守ることを最優先しない、というのはかなり重大な問題だった。ターゲツトと看做した相手
を発見した先から攻撃していくため、その間に主人が後ろでどんな目に遭っていようがおかまい
なしなのだ。
 そういうわけで、〈鋼鉄の毒蛇〉が11匹目の巨大蛭をコマ切れにしている間に、克巳は12
匹目にすっかり肉薄されていた。克巳と巨大蛭の距離はあと1メートル。対して克巳と〈鋼鉄の
毒蛇〉まではあと13メートル。最後の目標を発見した〈鋼鉄の毒蛇は〉転回したが、そのとき
には巨大蛭は粘性のあるマットレスのような身体を全開に広げて、克巳へ覆いかぶさろうとして
いた。
「アーク!」
 圧電ナイフを鞘から抜いて、克巳が叫んだのはその一瞬後だった。〈鋼鉄の毒蛇〉の頭部ユニ
ットと、圧電ナイフの間を青白い電索が結ぶ。閃光に刺し貫かれた巨大蛭は、一度痙攣すると、
そのまま地べたに落っこちた。
 稼動限界にはまだ2分ほど残していたはずの〈鋼鉄の毒蛇〉も、勝手に丸まって動きを止める。
「……一発で打ち止めかよ。燃費悪いな」
 新機能がきちんと作動することまでは予定どおりだったが、まさか一度使うだけでガス欠にな
るとは思っていなかったので、克巳は頭をかいた。非実体ラルヴァ対策に開発したのだが、これ
ではあまり頼りにならない。
「ブレードのほうにアストラルコーティングとか、そういうあやしい方面で攻めるしかないのか
ねえ」
 ぶつぶつと今後のプランをつぶやきつつ、機能停止した〈鋼鉄の毒蛇〉を拾いあげ、ジャケッ
トを一度脱いで腹に巻き直す。
 と、ようやく克巳は、チームの面々に囲まれていることに気づいた。
「——なんすか?」
「な、なかなかやるじゃないの」
「どうも。でも、これで今日のおれの仕事終了ですから」
「……はぁっ?」
 春部センパイは、あきらかに「褒めて損した」という顔をしているが、克巳はおかまいなしに
淡々と事実だけを説明する。
「この装置〈デバイス〉は俺の自前の魂源力でしか動かないんです。チャージ時間は最低3時間。
まあ、3時間経てばもう一度使えるってことではあるんですけど、正直、あと3時間もこの山道
を走りまわったら、体力的な意味でおれがダウンしちゃいます。つまり事実上これで終了です」
「一瞬使える少年なのかと思ったが、やっぱり役に立たない」
「ええまあ、そういうことです二階堂センパイ。この先はまるっきり役立たずなんでよろしく。
いちおう、弾倉一個分だけは魂源力コーティングしてあるのを持ってますけど、中級くらいのラ
ルヴァにも弾が通るってだけで、威力が上がるわけじゃないんで期待はしないでください」
 ずいぶんふてぶてしい態度に映っただろうが、苦戦必死と思われた巨大蛭をほとんどノーリス
クで始末できたのは克巳のおかげであることは認めないわけにもいかないようで、皆それ以上は
なにもいわなかった。
 ガナリオン木山氏がちょっとだけあらぬ方へ目を泳がせていたような気がしたが、その理由を
克巳が知るのはもう少し先のことである。


 
 
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