【ROND3】


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     3

「ぬををおおおーーーッ!! ――よし、一匹は俺でなんとかなる。お前たち、あと二匹は頼ん
だッ!」
 クマ階堂悟郎が、満身の力を籠めた両腕で魔甲蜈蚣〈ダイア・ピード〉を押さえ込む。魔甲
蜈蚣の毒牙が悟郎の首筋に食い込んでいるようにも見えるが、ヒグマの分厚い毛皮が肉にまで
達するのを防いでくれているのだろう。
 魔甲蜈蚣はおおよそ体幅が30センチ、そして節足肢の幅もほぼ同じくらい。長さは実に6
メートルにもおよぶ、実にラルヴァらしいラルヴァだった。
 その毒々しい紅色の外殻は7・62ミリライフル弾を受けつけず、重火器以上の破壊力か、
心得のある異能者の、魂源力(アツィルト)をまとった攻撃によってのみ打ち砕くことができ
る。といっても固さそのものが普通のムカデ並というわけではなく、魂源力の籠った日本刀で
あっても、斬撃能力そのものが向上されていないと刃を通すのは至難の業だ。
 これだけ巨大な中級怪物が3体も出た場合、普通なら6人だけで対処するということはない。
急ごしらえの第8分隊にとって、魔甲蜈蚣はあきらかに荷の重い相手だった。三匹中の一匹を、
悟郎がひとりで抑えてくれているだけでも相当の行幸だ。あとでクマ牧場のヒグマさんにはた
っぷりとごちそうを振る舞う必要があるだろう。
 魔甲蜈蚣の残り二匹は出遅れていたものの、その無数の肢でもって急斜面をガサガサと音を
たてながら登ってきている。
 クマ階堂と、ひときわ大きかった一匹目の魔甲蜈蚣の勝負は我慢比べに移行していた。ヒグ
マのパワーを得ている悟郎が魔甲蜈蚣を押し潰すのが先か、あるいは魔甲蜈蚣の毒牙がクマ階
堂の分厚い毛皮を貫くのが先か……
 残された組み合わせは、2対5――魔甲蜈蚣に「助け合い」の精神はないとはいえ、依然厳
しい戦いとなるだろうことに変わりはない。
「米良さん、援護はたのむ! 〈降ろす〉……ヒマはないか」
 綾乃へ明確な指示を出してから、明日羽がやや期待の入り交じった視線を投げかけた先には
二礼がいる。彼女は実家の祭神を喚び出す能力を持っている巫女ではあるが、降神の儀式とい
うのはそんなに簡単ではない。
「〈場〉の準備からしてないっすからねえ。しかもここは蝦夷地だし……もしかしたら、物珍
しさでひょっこり出てくるかもしれないっすけど」
 あまり自信のなさそうな口調で応じた二礼だったが、
「なら、やってみて。一匹はちょっと連れまわしてくるから」
 といって、質が前に出た。
「へ? あの化け物をひとりで引きつけるっていうんですか?」
 露骨に胡散くさそうな顔をした綾乃に対して、質はそっけなく答える。
「ひっぱるだけ。間違っても倒すのは無理だから期待しないで」
 崖を登ってくる魔甲蜈蚣はもう20メートルほどにまで近寄ってきていた。右の一匹に狙い
を絞り、質はポケットから銀色のものをつまみ出すと、そのまま落とす。パチンコ球だ。
 パチンコ球を20メートルの高さから鉄板へ向けて落としても大した音はしないものだが、
質の手を離れた銀球は、魔甲蜈蚣の頭にあたって異様なまでに鈍い響きを発した。上へ跳ね返
らず、斜め下へ落ちていくところを見ると、衝撃はほとんど全部魔甲蜈蚣に加えられたことが
うかがえる。
 魔甲蜈蚣が長大な身をしならせ、多脚をせわしなく動かしてキチキチと音を鳴らした。これ
がこいつなりの怒りの表現なのかもしれない。基本は巨大な虫であるから、発声器官はないの
だ。
 質はといえば、無表情にパチンコ球をもうひとつ落としただけ。
 反り返っていた魔甲蜈蚣の、背面ほどの硬度はない、腹側にあたったパチンコ球は、今度は
跳ね返されずにめり込んだ。
 耳障りな雑音をあげながら、魔甲蜈蚣が山肌に順面で着地し直す。心持ち、先ほどより地面
と胴体の間の隙間が狭くなったようにも見える。
 確実に質ひとりを目がけて、大アゴを打ち鳴らしながら魔甲蜈蚣が迫ってきた。ギリギリま
で引き寄せて、質が崖ぎわからジャンプすると、その身がふわりと宙に浮いた。魔甲蜈蚣は半
身を伸ばしたが、質はその頭上を飛び越えて、谷底へ緩降下していった。方向転換して、魔甲
蜈蚣がそのあとを追う。
 質の声が響いた。
「倒す方法は持ってないですからね、期待しても無駄だからそのつもりで!」
「え? なに、弱いとかいっといて念動力者かなにかですかあの人? パチンコ球で怪物の装
甲ぶち抜くし!」
 綾乃が素っ頓狂な声をあげたところで、三匹目の魔甲蜈蚣が崖のふちから頭を出した。牙の
先から、毒液が滴り落ちる。
 明日羽は刀を構えて前に出た。
「説明はあとで。私が頭を抑えて、やつの隙をうかがう。拍手くん、私の合図で発勁を打てる
か?」
「こいつにダメージ通すとなると、たっぷり30秒は練気しないと無理!」
「相変わらず役に立たないっすねえ」
 右手で御幣をつけた榊の枝を、左手で鈴を振りながら、二礼が軽口をたたく。すでに楮(こ
うぞ)と三椏(みつまた)で漉かれた和紙を敷き、中央に実家のご神木の枝から削り出した木
刀を置いた、簡易陣で降神の儀式をはじめていた。普通神事の間は無駄口を慎むものだが、彼
女の実家の神さまは割に鷹揚な性格らしい。
「……練り終わったあとなら、気を五秒くらいなら保持できる、たぶん」
 先輩としての威厳を示すためか、敬がなんとか請け合う。明日羽はひとつうなずいて、綾乃
のほうへ首を巡らせた。綾乃もこくりとうなずいて、合図を待つ。
 魔甲蜈蚣は崖を登りきり、長い長い胴体を二度ほど折り返してから、人間どもへ、感情のこ
もらぬ四つの単眼を向けた。一瞬の停滞。
「いまだ!」
 叫ぶと同時に、わずかに右まわりの弧を描きながら、明日羽が突撃を敢行する。
「――ッつぇいやァッ!!」
 裂帛の気合とともに、綾乃が火焔弾を放り投げた。さほどの豪速球というわけではなかった
が、確実に魔甲蜈蚣の頭部に命中し、派手な爆発を起こす。
 狙いどおり、明日羽は視線を封じられた魔甲蜈蚣の側面にまわりこむことができた。
 喚声とともに刃を振るい、節肢を二本ばかり斬り飛ばす。何百本あるのか見当もつかないほ
どだが、わずかであってもダメージはダメージだ。
 首を振って魔甲蜈蚣は炎を振り払ったが、
「まだまだァッ!!」
 綾乃の二撃目、三撃目が、悪趣味な紅色の外殻に弾けて爆閃を散らした。
 爆風で長大な身をあおられかけ、腹側をさらすのはまずいと本能で察したのか、魔甲蜈蚣は
地面を節肢でしっかりとつかむ。
 体高が低くなった魔甲蜈蚣の上を取って、明日羽が刀を逆手に持ち替え、体節の隙間へ刃を
打ち降ろした。鈍い金属音が響いたが、魔甲蜈蚣の身体へ食い込むにはいたらない。
「くっ……なんて硬さだ」
 背中側の外殻を貫くことはできない、明日羽はそう判断したが、ラルヴァのほうは、側面の
小娘に目もくれず、一番小うるさい相手のほうへと突き進んでいく。
 もちろん狙われたほうはたまったものではない。
「ちょっ……こっちくんな!」
 綾乃は迎撃の火焔を浴びせるが、当然ながらより引きつける結果となるだけで効果は振るわ
ない。
 テンパリかかる綾乃へ、二礼がうしろから声をかけた。
「メラ子、こっち!」
「いいか、あの紙踏む前に、二回お辞儀して、二回拍手して、もう一回お辞儀だぞ」
 捕足を加えてから、敬は綾乃と魔甲蜈蚣の間に割って入った。肩幅に開いた両脚で地面を踏
みしめ、腰を落とす。
「さあこい、一発は入れてやる……って、シカトかてめぇッ!?」
 立ちはだかる敬に対して、魔甲蜈蚣は面倒くさいとでもいいたげに長大な身を捻って迂回し
た。それほど綾乃の火焔攻撃がうっとうしかったのか。
「俺の脇を素通りするたぁ、ふてえ根性だ。振り向かせてやるぜ……!」
 全身の気を錬成して左の掌底へ集束させていく敬だったが、同じく魔甲蜈蚣から無視されて
いる明日羽が声を張った。
「フルパワーで打つなら、頭部側から36個目の体節を狙って! そこがそいつの魂源力の
要のようだ。刃物は通らないが、発勁なら浸透させることができるはず」
「36個目って……これ数えろと!?」
 一般的なムカデの体節が200を超えることはないが、魔甲蜈蚣の場合はあきらかにもっと
多い。しかもかなりの速度で動いている。
 とっさには無理だろう。
「〈縛〉で止めるから、ちょっと待って! ほら、メラ子早く」
 さすがに余裕がなくなってきたか、舞いの動作は止めないものの、二礼の言葉に常の軽い調
子はない。最後の一拝と同時になぜかすっ転びながら、綾乃が和紙の敷物に飛び込む。二畳ほ
どしかない、大して広くもない空間だが――
 魔甲蜈蚣が綾乃の後を追って結界へ突っ込むと、雷鳴を凝縮したような、残響こそないがす
さまじい音があがった。見えない巨大な手で頭をつかまれたかのように、魔甲蜈蚣の前進が食
い止められる。胴体部が暴れ狂い、敬と明日羽はとっさに身を伏せて躱した。
「……ちっ、経費は学園持ちだっていうから、思いっきり高いやつ持ってきたのに」
 悠然とした所作を保って舞い続けてはいるが、二礼の額には玉の汗が浮かんでいた。敷物に
記されている祝詞の文字が、蒼く発光している。二礼が神楽を通じてささげている魂源力を、
片端から消費しているのだろう。中級ラルヴァは霊的にも強大なパワーを持っているらしい。
 魔甲蜈蚣は、闇雲に振り回していた胴体を落ち着かせ、がっしりと数百本の肢で地面をつか
んだ。拘束されていた頭部が、じりじりとだが、動きはじめる。大アゴを開いて、結界の下地
になっている敷物へと迫る。霊媒質になっているだけで、物理的にはただの和紙だ。
「結界を破る気か……!」
 怪物の意図を察して、立ちあがった敬がうしろから距離を詰める。
「動きが止まった、拍手くん、チャンスだ!」
「よっしゃ、36番目だったな!」
 明日羽は、異能の力で魂源力の流れを視覚的に捉えることができる。魔甲蜈蚣は魂源力を攻
撃的な能力にはあまり転化していない。ならば魂源力の中枢に打撃を与えれば、防御力が弱ま
って、綾乃の火焔や敬の通常発勁で充分なダメージを与えることができるようになるはずだ。
 魔甲蜈蚣が結界用紙に大アゴを触れさせようというところで、
「今日の俺の全力だ、釣りはいらねぇから持ってけやァッ!!」
 敬の、文字どおりに全身全霊が籠った左の掌打が、頭側から36個目の体節にたたき込ま
れる。
 瞬間、魔甲蜈蚣の全節足肢が、動きを止めた。明日羽の眼は、たしかにラルヴァの魂源力と
敬の魂源力が衝突したのを捉えていた。敬の魂源力は、一般人にしては多い、という程度だが、
総量(ストック)と流量(フロー)はイコールではない。全身の魂源力ほぼすべてを瞬時に放
出し切ることのできる敬の全力発勁は、その一撃に限れば歴戦のベテラン異能者とまったく遜
色ない。
 確実に魔甲蜈蚣を弱体化させた。
 とはいえ、倒しやすくなっただけで、凶暴さや攻撃力が低下したわけではない。
 魔甲蜈蚣の動きが変わった。肢を踏ん張って、結界に突っ込んでいた頭部を引き抜きにかか
る。いまの一撃は相当に効いたらしい。
「冗談じゃねえ、食われてたまる……か」
 力を出し尽くしてふらふらになった敬は、魔甲蜈蚣が結界から抜け出すのと入れ替わりに
〈縛〉がかかるのもおかまいなしで和紙の敷物へと倒れ込む。
「センパーイ、だいじょぶですかー?」
 綾乃がその身を揺するが、精根尽きはて、その上、結界へ踏み込む際に礼を失したものを等
しくいましめる〈縛〉を食らった敬はまったく応答しない。
「しばらく転がしておけばある程度回復するから、それより隊長を援護してあげて。こっちは
もうちょっとかかる」
 榊の枝を振りながら、二礼が綾乃をうながす。狙っていた獲物がどちらも安全地帯に逃げ込
んでしまったことを察したのか、魔甲蜈蚣は明日羽のほうへと向かっていた。明日羽は退がろ
うとしないが、いくら防御力が低下したといっても、いまだ鋼の強度を誇る魔甲蜈蚣の外殻を
貫くのは難しいだろう。
「結界内から撃っちゃダメですか?」
「たぶん〈縛〉がかかるから、出て」
 簡易的なものとはいえ、神域内での荒事は厳禁だろう。大丈夫であれば、安全なところから
一方的に遠隔攻撃ができるので楽ですむのだが、いまもし失敗すれば明日羽の命に関わる。
「うひぃ、了解……っと、なんか身体軽いな」
「いちおう〈加護〉はかけたから、がんばれ」
 二礼のエールを背に、綾乃は結界から足を踏み出した。
「っし、いくぜ化けムカデ、食らえぇぇっ!『祝福されし灼熱波〈セイクリッド・バーニング
ウェイヴ〉』!!」
 いま考えたばかりのかけ声とともに、綾乃の両手から炎の束が迸り出た。結界内にしばらく
とどまって気力と体力が回復している上に、もらったばかりの加護が乗っている。即席でこん
な芸当ができるとは、荒削りながら綾乃はかなりセンスが良いらしい。
 魔甲蜈蚣の背に直撃した灼熱波は、先ほどまでの、爆発したり弾き返されておしまいだった
ものとは違った。炎の渦と化して、長大な怪物を包み込む。魔甲蜈蚣が身悶えして苦しみはじ
めた。
「おお、いけるんじゃね?」
 我ながら会心の攻撃に、綾乃の頬がゆるむ。
 しかし――
 魔甲蜈蚣は、その身を丸めると地面を転がりまわりだした。意思を持つかのようにまとわり
ついていた炎も、振り払われて消えていく。
 火を揉み潰し終え、再び全身を伸ばした魔甲蜈蚣は、片方の触角が焼け落ちた頭部を綾乃へ
と向けた。
「結界に戻るんだ、米良さん!」
 駆け寄った明日羽が、魔甲蜈蚣へと刀を突き込んだ。魂源力の隙間を狙った今回の攻撃は見
事に決まり、尖っ先が二割ほど体節の継ぎ目にめり込む。青紫の、毒々しい色をした体液が噴
き出した。
 苦痛の感覚はあるのか、魔甲蜈蚣が大きく身を捻った。突き刺さってしまった刀は抜くこと
ができず、明日羽は仕方なく得物を手放したが、跳び退がるのが一瞬遅れ、波打つ胴体の直撃
を受けてしまった。
 吹き飛ばされる。
 ぶつかってから明日羽へ攻撃を決めたことに気づいたらしく、一度地面ではねてから動かな
くなった彼女へ向け、魔甲蜈蚣が動きだした。
「――先輩っ!」
 後退するどころか前へ出ながら、綾乃が火焔弾を投げつけた。しかし、まだ中等部生である
彼女にフル・パワーの攻撃を連続で出せるほどの魂源力はない。さっきの「祝福されし灼熱波
〈セイクリッド・バーニングウェイヴ〉」も、結界内での休息と、もらった「加護」の賜物だ。
 魔甲蜈蚣の側面で爆発が生じたが、注意を引くこともできなかった。どうやら、攻撃を受け
たら単純に応戦する、という性質ではないらしい。直前にダメージを与えてきた相手を狙うの
だろうか。
 どうにか半身を起こした明日羽だったが、もう逃げられる距離ではなくなっていた。魔甲蜈
蚣が、大アゴを全開に広げる。
 刹那。
 すさまじい速度で飛来してきた二礼の木刀が、魔甲蜈蚣の頭を消し飛ばした。
 木刀はそのままの勢いで、はるか山嶺の稜線目がけて飛んでいく。
 振り返った明日羽と綾乃が見たのは、舞うのを終えている二礼と、相変わらず伸びたままの
敬、そして――
 雅やかな雰囲気の、羽衣をまとった天女。どうやら彼女が二礼の実家の祭神さまらしい。六
等身弱の、十歳ちょっとの少女にしか見えないのは、招請の儀式が完璧ではないからだろう。
 神さまは、左手に光を束ねて象作《かたちづく》られている弓を下げていた。どうやらこれ
で木刀を射ち出したようだ。
『結界の外へ攻撃する手段はこれくらいしかなくてな』
「いや、助かったっすよ。また木刀なくしちゃったのは痛いっすけど」
『まったくだ、あいつをあまり削るなよ。いちおうあれもあれで〈神〉なのだからな。従者が
いなくなっては、出雲へ出向くとき恰好がつかん』
「次のはなくさないように気をつけるっす」
 神さまとごく普通に会話をしている二礼の様子に、明日羽と綾乃は目をしばたたかせるばか
りだったが、
『なんだその間抜け面は? こちらへこい、歩ける程度には体力を回復させてやる。だが、も
う戦いは控えたがよいぞ』
 神さまのほうは気安いようで、敬を足蹴にしながらふたりへ手招きする。敬がうめき声をあ
げながらも、もぞもぞと動きだしたところを見ると、虐待しているのではなく回復させてあげ
ているらしい。
 そこへ、全身擦り切れまみれになりながらも、クマ階堂悟郎が現れた。
「いやあ、まさか中級の大物にひとりで勝てるとは思わなかったぞ」
「まじであれをひとりで倒しましたか……化け物め」
 綾乃が呆然となるのも当然だろう。こちらは総力戦の挙句に、神さまの助けまで借りてよう
やく勝ったというのに。
『あの奇怪な毛玉はなんだ?』
「いちおう、うちの学校の先輩っすよ。動物と融合できる能力を持ってるっす」
 二礼の説明で納得したのかどうか、神さまはクマ階堂へも鷹揚に話しかけた。
『お主もこっちへこい、傷くらいは治してやろう。それと、お主蠱毒(こどく)に冒されてお
るぞ。放っておくと、その羆神(カムイ)との合身を解いた途端に死ぬ』
「な、なんだって!?」
『とりあえず毒も抜いてやるから、あとで当宮へ詣るように』
「あ、はい、わかりました。お賽銭はいかほど準備していけばよろしいでしょう?」
『ふむ、話の理解が早いやつだな。あとでこいつに聞いておけ。……二礼、水増し請求して自
分の懐に収めようなどとは考えないようにな』
「いやっすねえ、金銭にはがめつくないっすよ自分」
『うん? だれと一緒だと思ってもらっては困るだと?』
「なにもいってないっす、なにも考えてないっす」
 にこやかに首を振る二礼の表情が、普段より硬いのは気のせいだろうか。
 ――ようやく、なにか忘れていたことを一同が思い出したのは、消耗した四人への応急処置
を済ませた神さまが去り、再出発の準備ができてからだった。
「……あ、重換先輩どこ?」
 綾乃がぽつりとつぶやく。
「そういえば」
「あのムカデももう一匹残ってるはずなんだよな……」
「む、いわれてみれば足りなくなっている」
 四人が崖ぎわへ行って周囲を見まわしている間に、明日羽は本営へ問い合わせてみた。こち
らかテレパスを発信する手段はないので、モバイルを使うことになる。
 回答まで十数秒。緊張していた明日羽の表情が、安堵へと変わった。
「――大丈夫、無事らしい。魔甲蜈蚣の反応も消えていないようだが」
「よかった。迎えにいけそうっすか?」
 二礼の質問に、明日羽は少し難しい顔になった。
「北へ900メートル、結構いっちゃってるな。それに、あれがもう一匹いるとなると――」
「一度、戻ったほうがよさげじゃないかと」
 綾乃の提案は現実的なものだった。神さまも、もう戦うのは避けたほうがよいといっていた
ほどだ。綾乃本人に加え、全力で発勁を打った敬、降神を行った二礼も、歩く体力はあるもの
の魂源力は空っぽだ。まだ元気に戦えるのはクマ悟郎くらいだろう。
 明日羽自身も、傷を治してはもらえたが本調子にはほど遠い。しかも、魔甲蜈蚣の分厚い外
殻に負けて、刀は刃こぼれしてしまっていた。
「そうだな。ほかにも戻っている分隊があるようだし、二階堂先輩にはそっちのチームの元気
な隊員と合流して再出撃してもらうか」
 撤収申請は受理され、ラルヴァのいないルートを教えてもらって、第8分隊はベースキャン
プへ帰還することになった。

     ※

 14個の分隊と12名の遊撃担当、さらにバックアップの自衛隊と政府直属の特務部隊――
これらすべての連携を保持するために、司令部はフル回転していた。
 弥乃里の「位相界の眼〈Ethereal Eye〉」は、決して怪物の存在を見落とさぬ、神眼に等し
い能力ではあるが、
「実際にフタを開けてみるまでなにが出たのかわからない」
 というこまった特性がある。いまのところ蟲型ラルヴァ以外は出現していないようだが、蟲
型といってもその強さはピンキリだ。大々蚊〈ガガガンボ〉のようなネタレベルの雑魚もいれ
ば、魔甲蜈蚣〈ダイア・ピード〉のように並の異能者では太刀打ちできないほど強力なやつも
いる。
 作戦開始から2時間で、すでに、14分隊のうち3分隊が継戦能力を喪失していた。下級を
16体、中級を2体倒した第8分隊は及第点といえたが、第2分隊と第14分隊は最初の遭遇
戦でリソースの大半を使い切り、遊撃隊員に救出されていた。
「戦力は等分に割り振ったはずなのよねえ。それが下策というのはわかっているけど、組織戦
じゃないし……やりにくいわあ」
 各分隊と遊撃手、バックアップチーム、そしてラルヴァ反応――それらが刻一刻と投影型デ
ィスプレイ上で動くのを見ながら、都治倉生徒課長はため息をついた。
 通常の組織戦編成であれば、アタッカーをまとめて打撃チームが編成される。それと複数の
援護チームをセットにし、斥候の得てきた情報を元に展開、攻撃を開始――もっとも、古びて
久しいこのやりかたは、今世紀に入ってからの対テロ戦争においてはまったく役に立たなくな
っているが。
 相手が知性を持たない蟲型ラルヴァとなれば、もはやその動きには秩序の欠片もない。
「せめて軍隊アリレベルでいいから動きに法則があれば、罠張ってさっさと片づくんだけど」
 そういいながら、都治倉はディスプレイへ目をやった。「位相界の眼〈Ethereal Eye〉」が
捉えているラルヴァ反応は547体。2時間で150は減っているが、このペースだとあと7
時間以上かかってしまう。そんなに長く戦い続けられるほど体力のある者は、異能者といえど
も多くない。
「一度昼くらいで切り上げて、シフト制にして3日くらいじっくりやろうかしらねえ……」
 そう、大儀げにつぶやく都治倉のかたわらへ、学園生がひとりやってきた。
 涼しげな声が響く。
「私を使ってはどうですか? 50くらいなら一時間で片づけてきますが」
「あなたの仕事は本営の防衛よ。戦力になる人は出払っているのだから、きちんとポジション
を守ってちょうだい」
 大仰な動作で肩をすくめてみせた学園生に対し、都治倉は少し表情を緩めた。
「フォクシィア、あなたに頼んで楽をしたいとは、私も内心では思っているのよ。だけど今日
は特異技研もきてるし、自衛隊も展開してる」
「ええ、承知してます。出し惜しみということでしょう。しかし、連中は見てるだけで本当に
役に立たない。軽火器で始末できるものくらい、事前に処分しておけばいいものを」
「私の顔を立ててくれているのよ。裏を返せば学園側の指揮能力の不足を印象づけようとして
いる」
 フォクシィアと呼ばれた少女の表情が変わった。
 都治倉は、自嘲ぎみに笑い、話を継ぐ。
「あなたは本当にこんな話にばかり興味を持つのね。——普段の好成績は末端の異能者チーム
の編成と連携の妙によるもので、個々は充分に優秀なはずの急造チームをまともに運用できな
いというのなら、学園上層部は分不相応な戦力を抱えているということになる。動員された学
園生の指揮権をもぎ取るには、充分な大義名分になるわね」
「それがわかっていながら、なお私を使おうとしないのはなぜでしょうか?」
「あなたが〈ジョーカー〉だからよ。ここでも〈ジョーカー〉にすがるというなら、私が普段
の仕事で学園を統括できているのも〈ジョーカー〉に頼っているからにすぎない、という証明
になるってわけ」
 フォクシィアの顔に理解の色が浮かんだが、続いた科白は皮肉げな口調だった。
「あなたの〈ジョーカー〉というのは、デリンジャー軍曹ですか。上官にはしたくないが部下
にはもっといらないタイプの人間ですね。学園での彼女の、スタンドアロンな立場は適正にあ
っていると思っていましたが」
「あなたNATOではOF2でしょ。もしあの娘と同じ戦場に立つことがあったら、あなたが
上官よ」
「学園での私はしがない中等部生ですよ。風紀委員長どのに逆らうなど」
 そういうフォクシィアだが、実際のところまったく中等部生には見えない。168センチの
長身で、白皙の大人びた美貌。教室にいるときも口ぶりはいまとまったく同じだ。カナダから
の留学生だから同い歳の日本の子より年上に見える、といっても、ここまでくるとやや無理が
ある。
 とはいえ彼女は本当に生まれて14年しか経っていないのだが。
「そういえば、戦術プランナーがいませんね。演算系の異能者も全員出払っていたのですか?」
 フォクシィアが話題を変えた。それでも、あくまで戦術的なことだ。
「将来有望な〈策士ークオレンティンー〉ならひとり心あたりがあったのだけどね。歳之瀬(と
しのせ)先生に拒否権を発動されちゃって、連れてこられなかったわ」
「拒否権? 双葉学園では一般教諭にそんな越権を与えているのですか?」
「比喩よ、冗談。でも、強く反対されたのはたしかだけどね。『雑魚の掃討戦に〈ワンオフ〉
を呼び込むつもりか』だなんてすごまれちゃ、さすがに無理を押し切れないわ」
「演算系の異能者ひとりに〈ワンオフ〉が興味を持つ? その一般教諭、偏執狂かなにかでは
ないのですか。精神鑑定はしてあるのでしょうね?」
 フォクシィアは、胡散くさいというレベルを通り越して、攻撃的な口調になっていた。都治
倉は、意識して穏やかな声で応じる。
「歳之瀬先生は、目をかけていた教え子が怪物に再起不能な障害を負わされて以降、戦闘に長
けていない有望な異能者を外部の目にさらすことを極端に恐れるようになっているわ。気持は
わかるけれどね」
「ここに詰めている非戦闘要員は有能でないとでも? 自分が目をかけていない学園生なら、
どうなってもいいというのですかその教諭は」
 僭越な物いいに、都治倉はさすがに柳眉をつりあげた。
「口が過ぎるわよ。あなたは強いからそういうことがいえる」
「あなたこそ、我々の過去をわかっていていったでしょう?」
「なら、目をかけていた者を喪った悲しみ、目を配れなかったがゆえに守りきれなかった後悔
——わかってもいいんじゃない?」
「……浅慮でした。慎みます」
 一礼し、ひとつ息をついてからフォクシィアはきびすを返した。見事な超ロングストレート
の銀髪がひるがえる。
「やっぱりまだまだ子供ね」
 司令室から退出するフォクシィアの背中を見送って、都治倉は教育者としての、慈しみある
笑みを浮かべるのだった。


 その一方、四方山智佳は視線誘導方式のポイントカーソルを動かして、フォクシィアの行く
先をマスキングしていた。
「あんま動かんでほしいなあ。みーの異能って問答無用なんだからさ。ディスプレイ上にいき
なり怪物反応が出たら大混乱になるじゃないか」
 もちろん口に出してはいない。フォクシィアの正体を知らされているのは、司令部の学園生
スタッフの中では弥乃里と智佳だけだった。彼女はかなり高位のデミヒューマンラルヴァの一
種なのだ。ランクでいえば中級S−1。決して無条件で友好的な種族ではない。もちろんそう
いう意味では、となりの国の同じ人間と大した違いはないというものだが。
 ——と。
[まこちはだいじょうぶなの?]
 モニタの一隅に、テキストボックスが現れた。弥乃里からのプライベートメッセージだ。異
能力「位相界の眼〈Ethereal Eye〉」を使用している最中の弥乃里は、極度の集中を必要とし、
外界を知覚することがほぼできなくなる。つまり完全に無防備な状態になるわけで、彼女が通
常の討伐ミッションには喚ばれない最大の要因がこれだった。
 智佳は、弥乃里の捉えた怪物反応の情報をコンピュータへ伝える脳発火読み取り装置にひと
つデコード回路を追加して、自分の端末へ簡単な文章を送信できるように細工していた。返信
のほうは、弥乃里が周辺情報の遮断のためにつけているイヤホンの、緊急事態通知用のスピー
カを通じてテキストを読みあげられるようにしてある。
 いまのところ注意されたことはない。割に堂々と改造を施したので、ちょっと調べればわか
るはずだ。つまり黙認されているのだろう。
 各分隊へ伝達するべき情報を手早く選別してテレパス班の端末へ、あるいは直接、各分隊長
の持つ端末へ送りながら、智佳は返信メッセージを入力した。
[無事だよ。久留間先輩が迎えにいったから、たぶん15分くらいで戻ってくる]
[よかった〜]
 ほんの短いテキストだが、弥乃里がどれだけ安堵したのか、智佳には我がことのようにわか
っていた。質の異能はあきらかに戦闘向けではない。いや、ほかの、しかるべき能力を持った
者と組めば、ひょっとすると戦略級のすさまじい威力を生み出すかもしれなかったが、いまの
ところは、まだ実現性はなかった。智佳自ら「情報集約〈Intelligent Node〉」の異能で調べ
たのだから間違いない。可能性の示唆がなされたにとどまっている。
 はやく質が帰ってきますように。この先は喚び出されることがありませんように。
 その願いと裏腹に、今後学園が自分たちの異能を手放すつもりはないだろうということには、
智佳も弥乃里も薄々勘づいていた。

 
 
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