【ROND5】


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     5

 北の大地を猛然と爆走するのは、なにも超人異能者ばかりではない。
 とはいえまき散らす騒音の多くは、荒れた地面を大口径のタイヤがつかむ音であり、潅木を
薙ぎ倒す音だ。エンジンそのものは、主な動力源に魂源力(アツィルト)を使っており、無音
に近い。
「なあ、こんなに自然荒して大丈夫なのか?」
 巨大なバイクのハンドルを操りながら、同乗者へ訊ねるのは西院茜燦(さいせんざ)であっ
た。彼の駆るモンスターマシンは、以前は人喰い魔狼〈ジェヴォーダン・ビースト〉と名づけ
られていたが、いまでは細部の意匠を変更し、武姫神の梟〈パラス・グラウクス〉と呼ばれて
いる。
「魂源力には自然の再生力を促進する効果があるよって、この夏の間には元に戻るから心配せ
んとき」
 そう答えたのは鵡亥未来来(むい・みらく)だ。ハンドルを握る茜燦と、前部コンパネの間
にもぐり込んでいる。彼女は超科学技術者であり、妹の明日明(あすあ)とともに、この出力
過剰なマシンのメンテナンスも担当していた。
 数奇な運命を経て双葉学園のガレージの一隅に収まることになったパラス・グラウクスだっ
たが、元々はアメリカの大地を激走するためのもの、やはり日本国内では使いようがないとい
うわけで、封印が内定していた。
 それでも鵡亥(むい)姉妹が最低限のメンテを欠かしていなかったおかげで、急の招集にも
応じることができたというわけだ。
 期待していなかったまさかの出撃だったので、どちらが車両付オペになって、どちらが後方
支援にまわるか、未来来と明日明はだいぶ揉めていたようだったが。
 最後は茜燦が割って入って、ジャンケンで決めさせた。
 今回、パラス・グラウクスの操者である茜燦に割りあてられたのは、平たくいえば「救急車」
としての役目だった。速度リミッターも兼ねて取りつけられたサイドカーに、負傷者を乗せて
は本営まで連れて帰る仕事というわけだ。険しい山岳地帯を走破できる、このモンスターマシ
ンならではの芸当ではあったが。
「――しかし、討伐チームに入れてもらえなかったのはどういうわけだろうな。なんか作為的
なものを感じるぜ」
 と茜燦はぼやく。
「なにいってんの、5人救助やで。分隊配属で文字どおり『前座』るよりはずっとマシだった
と思うけどな、ゼンザ兄ちゃん」
 コンパネから目を離さないまま、未来来がそういった。つい先ほども、第11分隊の負傷者
を、北東側の分遣隊ベースキャンプまで搬送したところだ。
 もちろん、茜燦も頭では自分の役割を理解できている。
「重要な仕事だってことはわかってるけどさ。なんつうか、必要とされてるのは俺じゃなくて、
このマシンのほうじゃんっていうか」
「完璧にそうやん。ゼンザ兄ちゃんはオマケ」
「く、ズケズケと……」
 どうやら傷ついてしまったらしい茜燦へ、なにかフォローの言葉をかけるべきだろうかと考
えはじめた未来来だったが、そこに明日明経由で本部からの指令が入ってきた。
「お、結構重要な役目がまわってきたで、ゼンザ兄ちゃん」
「なんだ?」
「虫除けスプレーを撒くだけの簡単なお仕事や」
「……はぁ?」
「あれ、説明しそこなってたかな? いちおう、下級の蟲型ラルヴァに効く禁忌剤を撒きなが
ら走ってるんよ、いま。怪我人搬送中に襲われたら面倒だから」
「ああ、いってたかな、そういやあ。中級以上が出たらスピードあげてブッチだって」
「で、これからそいつを派手にぶち撒くから、〈百虎〉のエミュレーションで風を起こして、
蟲ラルヴァを南東側へ追い込む、って寸法」
 茜燦の持ち物である〈四宝剣〉は、コンテナに収まっていた。パラス・グラウクスには、四
本の剣の能力を増幅して再現する機能が搭載されており、たしかにそのうちの一本である〈百
虎〉を使えば相当の風力を起こせるだろう。
 だが、茜燦は内心で首を傾げた。
「そんなことしてどうすんだ。虫よけスプレーみたいなもんで、ダメージは与えられないんだ
ろ?」
「だからいいんだけど。倒さず追い払いたいから」
「さっぱりわからん」
「とりあえず、見通しのいいところに登って」
 わけのわからないままに、茜燦は未来来の指示どおり高台へとマシンを走らせた。南西方向
を広く望める、おあつらえ向きの岩棚を見つけ、一度車両を停止させる。
「ここからなら、たぶん見えるんじゃないかな」
 といって、未来来は茜燦へ双眼鏡を差し出した。のぞいてみると、現在の倍率や、焦点まで
の距離、方位情報が表示される。なかなかのすぐれもののようだ。
「真北を基準にしてるから、方位は211度くらいかな。俯角は6度」
 未来来のいうほうへレンズを向けると、なにやら、小山のようなものが動いているのが見え
た。距離を確認してみると、たっぷり10キロはある。
「……な、なんだアレは」
「天蓋地竜〈ドームドドレイク〉っていうらしいよ。さっき地中から出てきたんだって。事実
上倒す方法はなし。蟲型ラルヴァが好物みたいだから、とりあえず満腹にすればおとなしく地
下に帰るんじゃないかと、そういう希望的観測」
「ま、まあ、見るからに倒そうっていうのは現実的じゃないな。もし会長がきてたとしても、
びゃんこビームの一発や二発じゃ落ちそうにないぜ、ありゃ」
「いちおう国立公園だしね、ここ。地形が変わったら問題になりそうだし」
 すでに爆走するパラス・グラウクスが若干岩を削ったりしているのだが、未来来はその点は
気にしていないらしい。
「つまり、あいつの餌になるように、蟲ラルヴァを追い込めばいいんだな?」
 と、確認を取った茜燦に対し、未来来はうなずく。
「そういうことやね。天蓋地竜は、自分を傷つけられるだけの強さがあるものを見かけたら口
から金属水素弾を吐くらしいけど……ま、天下の前座さまなら大丈夫だよね、きっと」
「金属水素ってなんだ?」
 茜燦はあえて一番問いただしたい部分には触れなかった。科学分野の話だろうと予想したと
おり、未来来はさらりと答える。
「水素を超高圧で圧縮すると、金属と似たような特性を持った固体になるんよ。木星の芯はこ
れでできてるって説もあるね。TNT火薬よりざっと30倍は爆発しやすい超危険物質。まあ、
攻撃用の弾頭としては最適って感じ?」
「なんでそんなもんを生き物が口から吐くんだ」
「だってラルヴァだし」
 たしかにラルヴァに常識を求めても仕方のない話だった。気を取り直して、茜燦はニュート
ラルにしていたギアを一速に入れる。
「いいだろう、あのカメの化け物に、たっぷり蟲を喰わせてやるぜ」


 追い立てられてきた蟲型怪物を、天蓋地竜が次々と平らげていく。
 巨大な甲羅の左右から一本ずつ出ている首の長さはおよそ40メートルほど。差し渡しより
も高さのほうがやや長い自分の甲羅のてっぺん付近以外は、全周囲をカバーできた。
 首が伸びては、蟲怪物を捕らえ、もがく間も与えずに丸呑みにしては、となりの獲物へ顎を
開く。破城飛蝗(バッタリングラム)も魔甲蜈蚣(ダイア・ピード)も、天蓋地竜にとっては
メダカの前のミジンコに等しかった。
 200余匹の蟲怪物を喰らって、なお天蓋地竜の食欲は衰える気配を見せない。
「よっぽどお腹が減ってたのかねえ」
 モニタに映し出される地竜の偉容を横目に、残り200ほどになった怪物の誘導指示を各分
隊へ出しながら、智佳がつぶやく。作戦開始から5時間が経過していた。そろそろこちらも空
腹を覚えるころあいだ。
「そういえば、物理的な攻撃は通用しないにしても、精神作用も効かないのかしら?」
 都治倉生徒課長の疑問に、智佳は画面のすみに縮小しておいた地竜に関するデータベースを
拡大し直した。
 該当箇所を見つけ、概要を説明する。
「効かないと考えていいみたいですね。アメリカの異能研究所が一時期取り組んでいたようで
すが、もう放棄しています。知性の高い上級怪物の一部が天蓋地竜を支配しようと試みた形跡
もあるようですが、すべて失敗しているようです」
「でも、高等な脊椎動物相当の生き物よね、あれは。機械や単細胞生物というわけじゃないの
に、どうして精神作用を及ぼすことができないのかしら」
「えっとですね――複数の独立した意識が、相補完的に共存しているから、らしいです。ふた
つの頭はどちらも独立した意思を持っていて、にもかかわらず仲違いしていない。少なくとも
仲介をしている第三の意識は存在しているそうです。でもその意識が左右の頭より上位の判断
権限を持っているわけでもないから、そっちへ精神作用を及ぼそうとしても左右の頭によって
無効化される。言語を理解しないので言語依存の集団催眠誘導や洗脳は通じないし、強制的な
支配というのは、人間の異能者にせよ、怪物の能力にせよ、一度に厳格なコントロールを施せ
るのは一体の対象のみです。左右の頭のどちらかだけ、あるいは両方を一度に操ろうとしても、
まったく無駄みたいですね」
「要するに、互いにバックアップを取り合ってる複数のコンピュータを、同時にハッキングし
ないといけないというところかしら。しかも左右の頭の意識と、たぶん甲羅の中にあるのだろ
う副脳の意識はアーキテクチャが異なる、と」
「実際のコンピュータでも、プロトコルの欠陥を突くタイプのサイバー攻撃に完全な耐性を持
つ、ニューロタイプはすでに導入されつつありますからね。このマシンもそうだし」
 智佳はそういったが、彼女の端末は異能がらみの技術と理論を用いて設計・開発されたもの
なので、一般用に行き渡るにはあと二十年はかかるだろう高機能を備えている。
 それまで黙ってモニタに映る天蓋地竜を観察していたフォクシィアが、柳眉をひそめた。
「……おかしい」
「なにか気づいたことがあるなら、教えてちょうだい」
 都治倉にうながされ、フォクシィアはモニタの前まで進んだ。
「蟲型怪物は主に北東方向から追い込まれてきているのに、地竜は南西方向へ進み続けていま
す。もう38号まで10キロ切っているのではないですか」
「だいたいここの農場の敷地に入ってくると10キロ圏だね。たぶん、表に出ればそろそろ見
えるんじゃない」
 智佳がそういったところで、地響きが聞こえてきた。吊りさげ型の古風な蛍光灯が、わずか
に揺れる。
「警戒にあたります」
 といい残して、フォクシィアはすらりとした長身をひるがえして出口へ向かった。その背へ、
都治倉が声をかける。
「まっすぐこちらへ向かってきても攻撃はしないように。こちらはいつでも撤収できるように
しておきますから」
「わかっています。仮に攻撃しても、たぶん気づかれもしないでしょうが」
 部屋を出る際に、フォクシィアはドアを開け放ったままにしていった。地竜の立てる地鳴り
は確実に大きくなっている。もうちょっとした地震並だ。築年が前世紀であろうこの建物は、
地竜が近くを通過するだけで危ないかもしれない。
 都治倉の指示で撤収準備がはじめられる中、揺れはどんどん大きくなってきていた。


 地竜はラルヴァ以外の大型動物も食べるということなので、農場の牛たちが避難のために牽
かれていく。そちらのほうへ襲いかかるようなそぶりは見せないが、地竜は追い立てられてく
る蟲ラルヴァが40メートル圏内に入り次第かぶりついては、どんどんと南東方面へ向かって
いた。
 完全に怪獣映画の世界だ。
 地竜が天敵であることは本能で理解できているのだろう蟲ラルヴァどもを、分隊編成を解い
て緩い横列配置になった学園生たちが、逃げないように押し返す。あるいは、物理攻撃や異能
の力で気絶させてから、地竜の進行方向へ運んで投げ捨てる。
 首を伸ばしてくる地竜に危うく喰われそうになる学園生もいるが、いまのところは、まとも
に戦って蟲ラルヴァを倒すよりもはるかに楽な仕事だった。蟲型の厄介な面は、その防御力と
しぶとさにあり、押し出せば勝手に処分してくれる地竜は、ほとんどお助けキャラあつかいに
なっていた。
「よく見ると愛嬌あるなこいつ」
「常に眠そうな顔しててかわいいかも」
「おとなしいゴジラだな。つっても、こんなのが都市部に出てきたらえらいことになりそうだ
けど」
「しかし、餌を食わせりゃ地中に帰るんじゃないかって話だったが、そんな気配はちっともな
いぜ」
「ていうか、本当に腹減ってるなら、俺たちも食われるよな……?」
「いわれてみればそうね。異能者って魂源力を豊富に含む生肉だわ」
 あわれな大々蚊(ガガガンボ)を追い立てながら、三人の高等部生が交わしている会話を聞
き取って、フォクシィアはその内容の意外な説得力に足を止めた。
 たしかにそのとおりだ。
 パナマに出現した時の天蓋地竜は時速10マイルほどで移動していたという。人間が普通に
歩く速度のざっと4倍だ。瞬発的には、全速力で走る人間をうしろから捕まえるくらいのスピ
ードは簡単に出ると考えられる。
 本気で襲いかかってくる地竜から逃げ切れるのは、運に恵まれた身体強化異能者くらいだろ
う。空を飛ぼうものなら即座に金属水素弾を受けて爆散すること請け合いだ。向かってくる対
地ミサイルのみならず、離脱していく攻撃機をも撃墜しているのだから、マッハ2程度の目標
は容易く捉えるはず。
 しかし、目の前の地竜はせいぜい人間の早足程度の速度しか出していない。腹を空かせてい
るわけではなく、苛立ってもいない様子だ。
 ならば、なにかに呼び寄せられているのではないか?
 仮説を組み立てたフォクシィアは、モバイル端末を取り出して、情報解析屋――四方山とか
いったか――をコールする。
 呼び出し音が6回鳴ったところで出た。
「あん、ペーたん? いま撤収準備で忙しいんだけどな」
「……ペーたんってなんですか、ペーたんって」
「あれ、あたしの記憶がたしかなら、ペナトレイトさんだったよね、きみ」
「たしかに私はフォクシィア=ペナトレイトですが、もう少しまともな呼び方はないのですか、
四方山さん」
「フォッちゃんとか、フォーたんとかのほうがいい?」
「……用件を先にしましょう」
「おけ、ちょとまって」
 なにか硬いものを置く音が二、三響いてから、四方山智佳の声が再び聞こえてきた。
「どうぞ」
「地竜の行動に周辺環境はどの程度の影響を与えるのかが知りたいのです。光か、音か、ある
いは磁気か。なにかに誘導されているように見えます」
 即座に調べはじめたのだろう、智佳の、ドラムロールのような高速キータッチの音が聞こえ
てくる。
「夜間、地中、海中では弱い正の走光性の傾向があり。20ヘルツ前後の低周波を好む傾向あ
り、主な生息域である地中で、獲物であるワーム類が岩盤と干渉して立てる音に近いからだと
思われる。地磁気で方位を探知していることはほぼ間違いないと見られるが、詳しいことは不
明――こんなもんだね」
「わかりました。あと、地竜に取りつく寄生生物が存在するかどうか、調べてもらえませんか」
 次の注文をしてから、フォクシィアは軽く精神を集中させた。豊かな銀髪を割って、尖った
耳が立ちあがる。
 これが彼女の本性の一部だ。北米大陸に太古から棲息するデミヒューマン・ラルヴァの一種。
狐様態の人型種族(フォックスライク・フォーク)と呼ばれている。かつてはネイティブ・ア
メリカンの数氏族から、祖霊〈トーテム〉として崇められたこともあった。
 開拓史の裏にわだかまる、不幸な時代に、彼女の祖先を崇めていた純朴な人間たちは死に絶
えた。時を経て、フォックスライク・フォークの一部には、カナダやアメリカの市民権を得て
いる者もいる。フォクシィアはカナダ籍だ。
 その能力をわずかに解き放ち、人間には聞こえない周波数の音をも捉えられるようになった
フォクシィアは、地竜を誘導する音波の流れがないか、耳を澄ませた。
 フォクシィアに気づいた男子生徒が、
「あれ、あんなかわいい変身系の異能者なんていたっけ?」
 といいはじめ、
「うお、マジだ、マジマブい」
「おめーは何十年前からタイムスリップしてきたんだよ、マブいとか死語もいいところじゃね
えか」
「いや、死語だってことを知ってるお前さんもそーとーだぜ」
「あんたたち、よそ見してないで任務に集中しなさい!」
 などと、ちょっとしたコントに発展しているようだが、フォクシィアは不要な音を締め出し
て検知を続ける。
「……このあたりに極低周波音はなし、か。光は関係ないだろうし、地磁気となると私には感
知できないな」
 フォクシィアは智佳からの返信を期待してモバイル端末へ目を戻したところで、後方から聞
き憶えのある足音が響いてきた。
 都治倉生徒課長が小走りでやってくる。
「難波(なんば)研究所に問い合わせたわ。ビンゴよ、あの地竜には寄生ラルヴアが取りつい
ている可能性が高い」
「排除できる位置でしょうか?」
「地竜の頭が届かない、甲羅のてっぺんが定位置みたいね」
 都治倉の答えに、フォクシィアは形のよいあごへ手をやった。
「上空から攻撃するのはリスクが高すぎる。高台から狙撃するくらいか」
「それが寄生ラルヴァの生存戦略なのだそうよ。家主兼強力な用心棒である天蓋地竜の背に取
りついて、海へ出るのが目的らしいわ。生態はほとんどわかっていないけど、海洋から地中、
地上を渡り歩く、壮大な生涯サイクルの怪物みたいね」
「世界に数体しかいない天蓋地竜をあてにして、生存できるものなのでしょうか」
 寄生生物の可能性を最初に思いついた当人でありながら、フォクシィアは怪訝げな表情をし
ている。
「いままで確認された事例があるのだから、種族として成り立ってはいるのでしょうね。我々
人類にわかっていることは、地下洞窟の天井で待ち伏せて、やってきた天蓋地竜の背中へ落下
し、取りつくと、いかなる方法かはわからないけれど地竜を海まで誘導する――ということだ
け。カテゴリー・ビースト『竜の負いモノ』という仮の名称以外はなにも確定していないわ」
「どうします、海までおとなしく行かせますか?」
「そうもいかないオトナの事情があるのよ。どうにかして38号や根室本線を破壊する前に止
めないと。市街地に避難命令を出す権限も、私たちは持っていない」
「よくそんな状態でこの国の怪物対策は破綻せずに済んでいますね」
 あきれ顔のフォクシィアへ、都治倉は自嘲ぎみというレベルを通り越した力ない笑いを向け
た。
「苦労してるでしょ? 少しはほかのみんなにも察してほしいわ」
「指揮官に弱音は禁物ですよ」
「わかってるわ。ここで愚痴を聞かせられるのは、あなたと四方山さんくらいよ。蟲怪物はほ
ぼ片づいたかしら」
 サイロを薙ぎ倒しながら、農場の敷地内を悠々と縦断していく地竜を見遣ってから、都治倉
は周囲へ目を配った。
 ごく小さな糸切り鋏のようなものを取り出して、フォクシィアは自分の見事な銀髪を一本切
り取った。
 それから、
「そうですね、これで、最後だと思います」
 といって、髪の毛を投じる。たちまち銀の投げ矢と化して、学園生たちの包囲網を飛び越え
て逃げ出そうとした破城飛蝗を貫いた。
 都治倉が感心の声をあげる。
「さすがね。その攻撃なら、『竜の負いモノ』は簡単に始末できそうだけど」
「上へまわる手段がありませんから。地竜が谷間を進んでいるときに気づければよかったので
すが。もう、38号と根室本線を越えた先でないと、地竜の上を取れるだけの高さの尾根はあ
りませんね」
「飛行できる異能者に運んでもらうというのはどうかしら」
 そう提案した都治倉へ、フォクシィアは苦笑してみせる。
「地竜が目標を排除するか否かは、自己に傷をつけうるかどうか、というのをひとつの判断基
準にしていると思います。私の『貫徹銀糸〈Penetrate〉』は、本当に髪の毛ほどですが、地
竜にも傷をつけることができる。第二の基準である、飛行しているか否か、も満たした場合、
攻撃される可能性を否定できない。さすがに、金属水素弾に直撃されて爆砕というのはごめん
こうむります」
「地竜に傷はつけないけど『竜の負いモノ』は倒せる程度の異能者――そんなに都合のいい
子はいるかしら」
 そうつぶやいて、智佳の端末へ通信を入れた都治倉だが、話をするなり一瞬で答えが返って
きた。
「おあつらえ向きの、地竜にはぜったい無視されるレベルの異能者がいますよ。しかも自力で
甲羅のてっぺんくらいの高さまではいける。ところで、『竜の負いモノ』は本当に弱っちい怪
物なんですか?」
「地竜に取りつく段階の『負いモノ』は、体長一メートルほどのエイに似た姿をしているそう
よ。水中でなければ大して身動きもできない」
「それなら、なんとかなると思います。重換質を捜してみてください。久留間先輩が迎えにい
って一時間近く経ってるから、もう確実に戻ってきてるはず」

     ※

 久留間走子に背負われてベースキャンプまで戻ったところで作戦が変更され、かといってよ
ほど弱い怪物以外には手を出せなかったので、ほとんどやることもなく、事実上の応援係と化
していた質だったが、蟲怪物がすっかり片づいたところで、まさかの呼び出しを受けることに
なった。
 都治倉から簡単に説明されて、ひとつ息をはく。
「たぶんやれると思いますけど。ほんとにわたししかいないんですか? ほかにいくらでも向
いてる人がいそうですが」
「あなたが最適だという、四方山さんの推薦よ」
「あいつは……。まあいいか、やります。久留間先輩、申し訳ないですけど、もう一度乗せて
ください。わたしの足じゃ、地竜を追いかけるだけで疲れちゃいます」
 さばさばとした調子で請け合うと、質は走子に背負ってもらって地竜の行く手に先まわりし
た。牛舎の屋根の上へ飛び乗って、地竜がやってくるのを待つ。
「質量転嫁〈Mass pressing〉」それが質の異能だった。触れた物体へ、自分自身の全質量を
押しつける能力だ。つまりは彼女自身の質量はゼロになる。そのおかげで、凧のようにふらふ
らと空中を移動したり、ジャンプで数十メートルも跳びあがることができる。押しつけた質量
を回収する場合は、べつに離れていても問題はなく、しかもタイミングも任意だ。ただし、パ
チンコ球に質量を預けてから、岩の質量を吸い取って軽くする、というような芸当はできなか
った。常に質量のやりとりは一対一でなければならない。
 地竜がやってきた。とくに脅威と看做していなくても、頭の届く範囲にやってきた生き物は
無条件で食べようとするので、近寄りすぎることはできない。質は勢いをつけて跳躍し、同時
に手にしていた小石に質量を預けて投げ捨てた。さすがに、飛ぶ前から重さがゼロだとまった
くバランスが取れないのだ。
 頭上を取られた地竜がきょろりと質のほうを見た。だが、すぐに興味をなくして視線を外す。
甲羅の真上あたりにやってきたところで、質は瞬間的に小石から質量を回収、手にしたパチン
コ球へ乗せ代えて、落とす。一瞬だが元の重さに戻ったので、ふらふらとしていた動きが収ま
った。慣性の法則は質量には関係ないので、ほんの少しずつだが降下しはじめる。
 質の体重は48キロ。その全質量を持ったパチンコ球が、自由落下で秒速30メートルのス
ピードに達すれば21.6キロジュールの運動エネルギーを持つことになる。これは800グ
レインの対物ライフル弾のマズル・エナジーとほぼ等しい。
 地竜の甲羅にはヒビひとつ入らないだろうが、貧弱な怪物には充分効くはずだ。
 質自身の質量はゼロでも、身につけている服や持っている荷物の重さは変わらない。重力へ
逆らい続けることができるわけもなく、質が地面へ降り立ったときには、人間の早足ほどで移
動を続けている地竜は100メートルほど先まで行ってしまっていた。『負いモノ』が取りつ
いているだろう、甲羅の頂点の真上は一瞬で通り過ぎてしまうのだ。
「どうする、まだ先まわりするの?」
 走子に訊ねられ、しばらく考えていた質だが、やおら手をたたくと、こういった。
「久留間先輩、わたしを投げてもらえません?」
「投げるって……どういうこと」
「地竜の真うしろから、角度をつけて投げてもらって、上手くスピードもシンクロ取れれば、
しばらく甲羅の真上に位置取りできると思うんですけど」
「本当にそんな方法で大丈夫?」
 もう少し考えようがあるんじゃないか、といった顔の走子だったが、質はいやにあっさりと
うなずく。
「たぶん平気です」
「……それなら、まあ、やってみようか」
 質量を空にした、妙にふわふわした感覚の質を抱えて、走子はバレーボールのトスをあげる
要領で両腕を振りあげた。
 端から見るとなかなかシュールな光景であるに違いない。
 走子のコントロールは抜群で、質は地竜の甲羅がよく見える位置へつけていた。よく見ると、
甲羅の模様が菱形に途切れている部分がある。
「あれかな?」
 とつぶやいて、質はパチンコ球を落っことした。的にパチンコ球が衝突したのを確認しては
質量を回収し、次を落とす。徐々に高度を落としながらも、三度、四度――
 五個目を落とそうとしたところで、ついに菱形がめくれあがった。話に聞いていた、エイ型
の生き物、というわけではなく、菱形をした皮膜を背負った蛇型の怪物のように見えた。
 皮膜と一体化しているが四肢はあるようで、『竜の負いモノ』が身を起こす。首をもたげ、
赤い目で質のほうをはっきりとにらんだ。
 そればかりか、皮膜を震わせはじめたではないか。
「空飛ぶとか、聞いてないんですけど」
 五発目のパチンコ球爆撃を身を捻って躱し、『竜の負いモノ』が飛びあがった。質のほうへ
向け、螺旋状に上昇してくる。
「話が違うなあ」
 といいながら、質は空中で器用にザックを開けると、カーボンファイバーのロッドを取り出
して、延伸させた。さらに三日月状のものを取り出して、ロッドの先端に嵌め込む。
 大鎌(サイズ)だ。
 そこまで飛ぶのが得意ではないらしい『竜の負いモノ』が上昇してくるのを見計らって、質
はパチンコ球から回収した質量を大鎌の刃の先端に仕込んである四カラットのジルコニアに転
送して、思い切り振りおろした。
 左の皮膜を破られた『竜の負いモノ』は、ひらひらと落下していって――首を伸ばしてきた
天蓋地竜の口の中へと消えていった。


 『竜の負いモノ』を食べてしまった天蓋地竜は、急に夢から醒めたかのように周囲を見まわ
すと、六本の脚で地面に竪穴を穿って地下へともぐっていった。
 山中と農場の敷地のど真ん中に、都合ふたつばかり巨大な穴が空いてしまったが、いちおう、
D山系で大発生した怪物の群れは、一般市民の目に触れる前に掃討された。
 帰りの飛行機の中で、
「ところでさ、まこち、わざわざ自力でジャンプしたり、久留間先輩に投げてもらわへんでも、
念動力者《テレキネシスト》の人に頼めばえかったのと違うかな?」
 と冷静な突っ込みをしたのは、その現場は見ていなかった弥乃里だった。
「あ……いわれてみれば、そうでしたね」
「すばらしいボケっぷりだよマコ」
 にやにやと笑う智佳からお土産のバターサンドをひったくりながら、もう怪物討伐になんか
参加しないんだから、と質は心に誓っていた。

                  おしまい


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