【Mission XXX Mission-04 前編】


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【Mission XXX Mission-04】


Mission XXX Mission-04
甘き死に惹かれて  ―『巫女』狙撃事件―




「ここ一週間ほど誰かの視線を感じるんだ」
「ストーカーね、間違いないわ」
「…向こうにも相手を選ぶ権利があると思うのだけどなあ」
 とある春の日の放課後、皆槻直と結城宮子の学校帰りの道のりはそんな会話と共に幕を開けた。
「何言ってるの、ナオは十分魅力的よ。そんなに自分を卑下しちゃダメ」
「でもこれじゃあ、ねえ」
 と言いつつ直は軽くスカートを摘み上げた。風に吹かれた霰がスカートに遮られてその表面を滑り落ちていく。
 寒の戻り、と言うにふさわしい日だった。巨大なラルヴァにも怯まず挑む直も天気には抗する術も無く、渋々トレードマークに近くなっている四肢の露出が大きい戦闘即応の衣装を諦め、長袖のブラウスとロングスカートというまあ女子高生として大分ましな格好となっている。
「ナオは何も分かってない!」
 びしっと指を突きつけ宮子は断じた。
「ナオの魅力はその健康美溢れる腕や脚じゃなくて…いやそれも魅力の一つね、えっと…だけじゃなくて、その強い魂なのよ!」
「……」
 直も人の子であるわけで褒められて嬉しくないわけではない。ないのだが、こんな多数の生徒が通り過ぎる最中で力説されても少々面映いし、なにより…
「…私の魂か、…そこまでいいものではないと思うよ」
 呟きと共に小さく目を伏せる直。「あ…」と宮子の高揚も見る見る萎れていく。
「ごめん、何か気に障ること言った?」
「ううん。ミヤがそんな風に言ってくれるのが嬉しくて、でもそんな存在になれない自分が申し訳なくてね」
「そうかなあ?さっきのはちょっと口が過ぎたかもしれないけど、ナオの強さは腕力が強いとか異能が強いとかそういうのじゃないと思う。これは誰がなんと言ったって断言できるわ」
「ありがとう。でも…」
「先輩!」
 直の言葉は闖入者の言葉にかき消される。ここしばらくすっかりお馴染みになってしまった出来事だ。
「うん、今日は『無い』ですね。本当に無茶はやめてくださいよ、きりが無いんですから」
「はは、ごめんね」
「もうちょっとガツンと言ってやってもいいわよ、巣鴨さん」
「えーっ、先輩なんだよ、もうちょっとこう、遠慮しなきゃだめよ伊万里ちゃん」
 いきなり説教モードに入った勝気さを体現するかのような赤髪の少女にこれもお馴染みのリアクションを返す直と宮子。
 もう一人の来客、どこかおどおどした雰囲気の黒髪ツインテールの少女は宮子の発言にびっくりして赤髪の少女を止めようとしている。
 赤髪の少女の名は巣鴨伊万里。薙刀部のホープとして知られていおり、また予知系の異能を持つ数少ない人間の一人である。
 黒髪ツインテールの少女の名は藤森弥生。伊万里の幼馴染であり、彼女と同じく双葉学園高等部1年Z組に所属している。
 ある偶然により引き寄せられたこの4人はここ最近こうして何度も会うようになっていた。
「それでは皆槻先輩、一手お願いできますか」
「喜んで」
 会う度にこういう流れになるのもほぼ定番といえた。強くなることを望む少女と戦いを望む少女。こうなるのは必然だとお互いの相方は既に諦めの境地に達している。
 静かにため息をつく宮子と弥生を残し、直と伊万里は嬉々として歩みを速めて歩き出した。


 注意し続けなければすぐに見失ってしまう獣道を辿りながら、男は林の中を進んでいた。
 高めの身長でその上痩せぎすな男の姿は獣道を行くには木々という障害が少々手に余ると思われたが、どうということもなさげに枝をかき分け踏破している。
 無造作に垂れ落ちる前髪に遮られ、その瞳に宿る感情は読み取ることはできない。
 服装は長袖のTシャツとトレッキングパンツという、ごく一般的な山歩きのそれである。ただ、チャリチャリと金属質な音を立てるトライアングルチェーンのみが異彩を放っていた。
 ただただ登り道が続いている。男は時間にまだ余裕があることを確かめ、しばし足を止めることにした。
 チェーンから下がる大きな三角の輪を手に取り、男はそれを恭しく顔のそばに捧げ持った。
「聖なる三角よ、我が描きし三角へ加護と相似を与えたまえ」
 目を堅く閉じ頭の中で様々な三角を描き続けながら一心に唱え続ける男。
「どうかしたのかの?」
 かけられる声に呼ばれ男は目を開く。殺気や敵意は感じない。年の割には活気に溢れているというだけのただの老人であった。服装から見るに、趣味で山歩きをしていたところなのだろう。
 笑えるくらい幾何学的な四角四面の顔が心配そうな表情に染まっている。
 その顔を間近に見た男の目が突如大きく見開かれた。男は両腕を大きく広げ手首をくい、と軽く前に返した。
 突如、老人の胸が大きく一度上下する。数瞬の間を置き、老人の頭のあらゆる穴から滝のような勢いで血液が流れ出した。
「…気分が悪くなったのかの?」
 老人の気遣う声が男の思考――男が望んだ老人の未来の姿――をかき乱した。
(余計な騒ぎは避けるべきか。くそっ、腹が立つ)
 男は横に伸ばした腕をゆっくりと前に回した。
「俺は今虫の居所がとても悪い。縊り殺されたくなきゃとっとと失せろ」
 苛立ちをそのまま視線に乗せて叩きつけると、哀れな老人は体を震わせ慌てて転がり落ちるかのような勢いで走り去る。
 仕事前の三角への祈りの最中に四角の顔を見せ付けたと言うだけの理由で殺されかけた運の悪い――ある意味では運が良いと言えるかもしれない――老人を無感情な目で少しの間見届け、男は再び獣道を登りだした。
 男は異能者だった。その名をオクタントという。正確にはコードネームなのだが、他に使う名がより彼自身との結びつきが薄い偽名しかないのだからそう言うのがもっともふさわしいであろう。
 男――オクタントが所属しまた彼をここに送り込んだ組織の名は「聖痕(スティグマ)」。ラルヴァを信仰しラルヴァを狩る者たち――特にその中に加わる異能者を敵視している集団である。…もっとも三角に信仰を捧げている彼はスティグマの理念などには欠片ほどの価値も感じてはいなかったが。
 ともあれ、オクタントはスティグマの任務として数日前にここ双葉区、異能者の箱庭たる学園都市島へやってきた。
 任務内容は「死の巫女」の狙撃。その正体は双葉学園に通う女子高生、巣鴨伊万里…と聞いている。
 「死の巫女」とは何なのか、何故彼女は死なねばならないのか。そんなことは聞かされていなかったし興味もない。
 彼女が何者であれ、異能の力で三角の頂点に填め込んでやれば最高に価値ある存在に生まれ変わる。
 それこそが救済なのだとオクタントは考えていた。


 商店街の裏手にある小さな林の中の開けた一角。そこが直と伊万里の手合わせの場所となっていた。
 伊万里は近くの喫茶店のスタッフ用更衣室を借りて着替えており、直の方はというとその場で袖をまくり上げてスカートを脱ぎ――下にスパッツを履いていて宮子はほっと胸をなでおろした――隅の方で柔軟体操をしている。
 自然、暇を持て余した宮子と弥生の間で会話が交わされることとなった。
「結城さんってすごいね」
「え、私?ナオじゃ無くて?」
 目を丸くして振り向く宮子。普段は直を褒める側の彼女にとって逆の立場に立たされるのは稀有な体験であった。
「うん。結城さんって皆槻先輩の手綱を取れる唯一の人間って言われてるから伊万里ちゃん以上に腕っ節が強い人かと思ってたけど、実際会ってみたら全然そんなことないし、でもそれなのに皆槻先輩と一緒に何度も危険なラルヴァとの戦いに行ってるんだよね?」
 そう一息でまくし立てる弥生の瞳には素直な尊敬の念が宿っていた。
(ああ、こりゃナオも気まずくなるわけね)
 ようやくわが身を省みることができた宮子は困惑と苦笑を混ぜ合わせた表情で弥生に語りかける。
「確かにそうだけど、ナオじゃないんだから心の中じゃ文句たらたらよ。『何でこんな厄介な仕事ばっかり!』とか『私殺す気なの!』とか」
「そうなの?それならなんで皆槻先輩とずっとチームを組んでるの?」
「うーん、なんと言うか…覚悟、決めたからかな。何があってもナオについていくんだって」
「…やっぱり結城さんはすごいよ。私には…とてもそんな覚悟なんて持てないな」
 弥生の瞳が哀しみをまじえた諦観の色に染まる。
「そういうのってきっかけ一つなんじゃないかな。藤森さんも何かきっかけさえあればきっと、なりたい自分になれる。私はそう思うよ」
「ううん、それは結城さんが異能の力を持ってるからだよ。何も取り柄の無い私なんかじゃ…」
 そうじゃない、自分が望む自分になるための一歩を踏み出すのに必要なのは力とかそういうものじゃない、その言葉は宮子の喉の内で消えていった。
(今は言っても届かないだろうしね)
 少しだけ感傷がよぎる。視線を落とす弥生の姿が過去の宮子自身とオーヴァーラップして写った。
 必要なのは意思。望まぬ現状を乗り越えたいと願う強い意志。そしてそれは決して他者の手では引き出すことはできない。
 それを宮子は何より良く理解していた。
「きっとできるよ。自分にとって何が一番大切なのかを見失わなければ、ね」
 だから宮子はそう言うだけにとどめる。
 せめてもの願いを込めて。


 ジャージ姿に試合用の薙刀を携えて現れた伊万里は、緊張した面持ちで唇を真一文字に結んだまま直と向き合った。
 正式な試合というわけではない。だが薙刀部で徹底的に叩き込まれた試合の礼法、その最低限の発露として伊万里は立礼を行い、直もそれに合わせる。
 それが開始の合図だった。
 お互いの距離は約5m。何を賭けるわけでもない手合わせに小細工は必要ないし、そもそも二人ともそんなものは望んでいない。
 故に、ゆっくりと引き寄せられるようにお互いの距離は縮んでいく。
 薙刀の間合いまで後半歩。先手を取ったのは間合いに踏み込もうとした直…ではなく更に先を取ってその動きを狙い撃った伊万里の方だった。
 踏み込んだ足を打ち据えるべく襲いくる薙刀をとっさにジャンプしてかわす直。だが、それも予想通りだと言わんがごとく切先を返した薙刀が跳ね上がって追いかけてくる。
 〈ワールウィンド〉の力で風を巻き上げ、直はフィギュアの回転ジャンプのように空中で後ろ回し蹴りを放ち薙刀を強く弾く。伊万里に背中を向ける形で着地した直は体を強引にひねりながら伊万里に向け跳躍、大きく右の拳を振りかぶった。
 大きく崩された刃部での迎撃を諦めた伊万里は石突を投げつけるかのような勢いで突きを放つ。カウンター気味の突きは直の二の腕に食い込み、つっかい棒のように右拳を止めた――かに見えた。
「おおぉっ!」
 雄叫びと共に風の推力が圧となって薙刀を通し伊万里に伝わる。刹那、天に拳を叩きつけるように跳ね上げられた腕が薙刀の石突を振りほどき弾き飛ばす。
 枷から解き放たれた直は左拳で手刀を作り半歩の踏み込みと共に放つ。薙刀を跳ね上げられた伊万里はその勢いを逆用し刃部を手繰り寄せながら振り上げる。
 伊万里の首筋を狙う手刀と直の顎を狙う薙刀の刃。両者は獲物を捉える寸前でぴたり、と動きを止めた。
 ほんの僅かの間、その姿を何かに示したいかのように動きを止める二人。どちらとも無く構えを解き、再び開始時の距離でお互い立礼をする。
 はあ、と伊万里の口から大きく息が漏れ出た。
「悔しいですけど、私の負けですね」
 やや憮然とした表情で告げる伊万里。えっ?と驚く弥生に向き直り、
「寸止めをする気じゃなかったら先輩はもっと早く手刀を打ちこめたわ」
 と解説する。
(というより戦闘系の異能持ちでもないのによくぞここまで)
 直としては珍しく、悔しげな伊万里の姿に呆れ半分の気持ちだった。
 才能もあるのだろう。積み重ねた努力もあるのだろう。だがそれよりも、
(強くなろうというモチベーションが凄い)
 とこれまでの手合わせを通じて直は感じていた。「周りの人たちを護る力が欲しい」という理由は聞いていたが、そのそこにある原点は果たして何なのか、と思いを馳せるのもまた直にしては珍しいことだった。
 やっぱり戦闘系の異能は戦闘向きよねえ、と弥生に続けて言った伊万里はすぐにその言葉のあまりの内容の無さに眉根を寄せ再び直と正対した。
 直に駆け寄った宮子が手を当てて治癒の力を注ぎこむ先――突きを食らった状態で強引に動かしたため内出血で紫の円が描かれている二の腕――を指差し、伊万里は目を吊り上げて怒りを吐き出した。
「負けた私が言うのもなんですけど、やっぱり先輩の戦い方はなってません。そんなだから何時までも旗から縁が切れないんです!」


 伊万里と直の出会いはある一つの大きな偶然によって彩られており、それがこのどこか奇妙な関係の根本を成していた。
 死の予兆を頭上に立つ旗の形で知覚できる力、〈アウト・フラッグス〉。それが伊万里の異能である。
 とはいえ旗を見る機会などそうそう頻繁にあるはずも無い。それが常とは違う常識が支配するこの双葉学園であっても。――そのはずだった。
 最初に伊万里が直を見かけたとき、彼女は頭に死の旗を立て、炎に包まれた建物の中に物凄い勢いで飛び込もうとするところだった。
 愕然として追いかけた伊万里が消火作業を手伝う中、直は炎の中に取り残された子供を抱きかかえて窓を吹き飛ばし平気な顔で生還してきた。
 数日後、海岸沿いの道で再び直を見かけたとき、彼女はまた頭に死の旗を立て、直後に海中から出てきた巨大な海蛇型ラルヴァにただ一人立ち向かっていった。
 逃げ惑う人々を庇うためだろうか?違うかもしれない。なにしろしばらくして風紀委員の一団が到着した後も一斉攻撃の邪魔になると苛立ち混じりの警告を受けるまでラルヴァにまとわりついていたのだから。
 その後後方で指示をしていた少女と共にあっという間に姿をくらました彼女の名を伊万里が人づてに知ったのはこの後である。
 他殺志願者とまで揶揄されていることを知った伊万里は頭を抱える思いだった。
 更に数日後、三度直を見かけたとき、彼女はまたまた頭に死の旗を立て、声をかけようとする伊万里の前でハンドル操作を誤って歩道に突っ込もうとするバイクに体当たりを仕掛けた。
 幸い事故は防ぐことができバイクの運転手も大事は無かったが、今度ばかりは直もただではすまなかった。
 道路の真ん中にしたたかに打ち付けられショックで動けなくなった直のため伊万里は道路に飛び出し必死で車を止め、どうにか彼女の旗を消すことはできたのだが。
(なんでこの人は…!)
 こんな短期間に死の旗を三回も立てた始めての人間に対する激情が伊万里を満たしていた。
 「私の前で誰も死なせない」という強い誓いを胸に抱き鍛え続けている伊万里にとってまるで自分の死で戯れているかのような直の姿は許しがたく感じられたのだ。
「だから、説きょ…もとい説得に行くのよ!」
「やめようよぅ伊万里ちゃん、きっと怒らせちゃうよ」
 と言って止まる伊万里でもなく、かといって放っておくこともできず弥生もついてくることになった。
「皆槻先輩、このままだと遠からぬうちに死んじゃいますよ!」
 これが伊万里が直に放った第一声だった。怪訝そうに振り向く直と宮子。伊万里が相手の感情を害した時にはフォローに入ろうと決意していた弥生だったが、頭一つほど上から元々目つきがきつめな直の視線に見下ろされるだけで既に半泣きの数歩手前の状態である。
「…うーん、じゃあ詳しい話を聞かせてもらえないかな」
 だが幸いにも直は二人が噂に聞いていたよりは随分温和であるようであった。どこか肩透かしな気分を覚えた伊万里であったが、近くのベンチに四人で腰かけ、直に自分の異能のことを語りだす。
 黙って伊万里の話を聞き終え、「いや、そんなに無茶しているつもりは無いのだけれどね」と直は一言答えた。
 当然のことながら伊万里はその答えに納得するはずもなく。
 こうして伊万里と彼女が心配でついてくる弥生の二人が直を死の旗から解き放つためと称して行動を共にするようになった。
 直と宮子のことを知るにつれ、伊万里はあの時の直の言葉はあながち間違いでもないと思うようになってきた。
 せっかくだからということで直に手合わせを頼んだことで、直の強さはよく実感できた。
 そして頭脳役の宮子が噂通りうまく直の手綱を握っているのもラルヴァとの戦いを見ている中で理解できた。
 ただ二人ながらかなりバランスの取れたチームである。
 だったら何故この先輩には死の旗がこう何度も付きまとうのだろう。
 最初の頃ほどではないが、伊万里が直と行動を共にするようになってから死の旗を確認するのは二度や三度どころではない。
 それがどうしても伊万里には理解できなかった。


 女三人寄れば姦しいとはよく言われるが、それでは四人集まればはたしてどうなるのだろう?
 手合わせの後、先程伊万里が更衣した喫茶店でミーティングとして直がどうすれば死の旗と縁が切れるかを話し合うのも定番の流れになっていた。
 もっとも当の伊万里自身がその理由が分からなかったのではどうしようもなく、すぐに真面目な話は直の言動やリアクションをいじり倒す流れになり、今では更にそこから変貌して適当な話題を肴に話に花を咲かせるいわゆる女の子のおしゃべりに成り果てていた。
 流行の話題にはさほど興味は無く饒舌でもない直であったが、三人がかりで話に引きずり込まれ、特に直が一応学生らしい格好をしているこの日は普通の女子高生集団――直の身長に目をつぶる必要があるが――にしか見えない。
 直にとっては稀な経験であったが、
(まあこういうのも悪くはないなあ)
と素直に楽しんでいる自分にいくばくかの驚きを感じていた。
 最初は『ああ言っといて不安煽って壷買ってとか付けこんでくるのよ』と警戒していた宮子も今ではすっかり馴染んで二人と協力して色々と突っ込んでくるようになった。
 まるでこうやって四人でおしゃべりするのが当たり前のことであるかのように感じてしまう。実に不思議な話であった。
「…だからさっきも言ったけど絶対ストーカーだって」
 この日の話の肴は直の感じた視線の話だった。
「…実のところ気のせいかもしれないんだ。一度追いかけてみたけど全く姿を捉えられなかったからね」
「皆槻先輩が追いかけて見つからなかったんならやっぱり気のせいなんじゃないんですか?」
「いいや、じゃあ気配を消したり足がものすごく速かったりするストーカーなのよ」
 どういうわけか宮子はあくまで自説に固執している。
「足が速い、か…確かとても足が速い異能者がいるはずなのだけれど…ええと、は、は…」
「葉山」
「初瀬」
「「「いい線いってると思うんだけど…」」」
「なんだかとても申し訳ない気がするよぉ…」
 何故かひどくおろおろしている弥生を見て吹きだす伊万里と宮子。直も口元を手で押さえて小さく笑っている。
「あー、可笑しかった。…あ、いいですよマスター、こっちで持っていきますから」
 学校帰りの学生たちにより喫茶店はかきいれ時を迎えつつあった。てんてこ舞いの従業員に気を使い、伊万里は注文したジュースを受け取るため席を立つ。
 席に戻る途中、窓に写る自分の姿にふと違和感を感じた伊万里はちらりと目をやり、愕然として足を止めた。
(私に死の旗が!?)
 ぐるりと周囲を見回す。誰の頭にも死の旗は現れていない。
 それを確認するや否や伊万里はトレーをその場に投げ捨て飛び込み前転で床を転がった。
 同時にボン、とやや軽い爆音が響き、衝撃波が伊万里の背中を舐めて駆け抜けていく。
 悲鳴と共に和やかな喫茶店は瞬時にして戦場へとその様相を変えた。
 かくして、伊万里たちは嫌も応もなくオクタントの異能、〈グロッセス・ドライエック〉との闘争の場に叩きこまれることになる。






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