【ある海での出来事の話】


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ある海での出来事の話

 召屋正行《めしやまさゆき》と一応友人のイワン・カストロビッチ、松戸科学《まつどしながく》の三人は、踏むのが憚れるほど美しい純白の浜辺で、心が洗われるほどに青い海を体育座りをしながらぼーっと見渡していた。
 何時間も一言も交わさずに海を見ていたが、その沈黙に耐えられず、その内のひとり、カストロビッチがぽつりと呟いた。
「くそー、ナンパしてえ……」
「いや、もう十分にしただろ」
 身長は無駄に高いが、決して水着栄えするような体型ではない細身の召屋が言い返す。
「しましたよねえ」
 青っ白い肌がいかにも不健康で、アバラ骨がうっすらと浮いているほどにやせ細った、過分に美しい浜辺と海が似合わない松戸も召屋の言葉に賛同する。
「だから、してねーだろ、ナンパっ!! 何のために貴重な夏休みを浪費してこんなところにいなきゃならないんだっ!!」
「まあ、確かにそうなんですけど」
 ぶちっとこめかみの血管の切れる音がする。カストロビッチはやにわに立ち上がり、細身の松戸を両手で持ち上げると、豪快に海に放り投げる。中々の膂力である。実際、カストロビッチの肉体は日々の筋肉トレーニングによって鍛え抜かれており、松戸程度を放り投げるのも造作のないことだった。そんな均整の取れた体つきに金髪碧眼の端正な顔立ちとくれば、海辺でナンパをしようものなら、かなりの高確率で成功するはずだ。
「いい加減諦めようぜ」
 召屋はそう言うと、塩水と日光でゴワゴワになった髪を掻き毟りながら立ち上がり、溺れかかっていた松戸の方へ駆け寄っていく。
「い・や・だ・っ!! 俺はナンパがしたいんだっ!」
「だから、もうしてるだろ難破……」
 死に体の松戸を引きずりながら、三人以外に人気が一切ない浜辺の真ん中で、召屋はウンザリとした調子で独りごちるのだった。


 事の発端は三日前。
 召屋の知り合いである寺安神父からの「割のいいバイトがあるのだがどうかな? 人手も必要だから、何なら友達も誘ってみてはどうかね?」という電話が始まりだった。
 三日間ほどの簡単なバイトで、その後はリゾート地で思う存分遊べる。しかもバイト代も好条件。そんな美味しい話に乗らないワケが無い。召屋から話を持ちかけられた友人ふたりはもちろん、どこからか聞き付けてきたのか、有葉《あるは》や春部《はるべ》だけでなく笹島《ささじま》、瑠杜賀《るとが》の総勢七名が、このバイトに参加することになっていた。
 召屋とって、トラブルメーカーの四名が加わったことにより、彼の思い描くリゾートはすでに崩壊していたのだが、まさか、そのリゾート地に到着する前に事件が起きるとは予想できなかったようだった。
「何で、あんなところで化物《ラルヴア》が現れるかねえ……」
 召屋はその時のことを思い返していた。
 それは、召屋たち三人が、現地へと移動するクルーザーの船内で飲み物を作っていたときのことだ。もちろん、自分たちのものではない。甲板でお気楽に日光浴を楽しんでいる女性陣三名のためのものである。
 常日ごろの人間関係のパワーバランスの賜物か、この航海中、三人は女性陣の完全な召使い、いや下僕と化していた。
「くそー、なんで俺が……」
「まあ、いいんじゃないの? これだけの女性に囲まれて、しかも召屋と一緒なら俺は言うことなしだよ」
 そう言って、ワハハと豪快に笑うカストロビッチ。一方、松戸はというと、黙々とピペットやフラスコ、ビーカーを駆使してカクテルを作っていた。どうも彼はシェイカーやメジャーカップを使う気は一切ないらしい。というか、本当にカクテルを作っているのかさえも怪しいものである。
 その時だ。外から女性陣の驚く声が聞こえて来たのだ。
「な、何よこれっ!?」
「うわー、大きいーっ!」
「ちょ、ちょっと、嫌っ……そ、そこ……」
 三人は、何事かと急ぎ甲板へと出てみる。そこには数多の触手によって絡め獲られ身動きが出来なくなった、水着姿の春部や有葉たちの姿があった。
「え、えーと……」
「すげえ! まるでエロアニメ見てるみたいじゃないかっ」
「ちょっと、あんたたち! 見てないで助けなさいよっ!!」
 春部はそう言いながら、能力で半獣化し、彼女の能力の一つである鋭利な爪を触手に立てる。だが、触手はあまりにも柔らかく、爪で切り裂いたりすることは叶わなかった。
「ケモミミの触手プレイというのもオツなもんだねえ」
 鼻の下を伸ばしながら、カストロビッチはいつの間にやら取り出したHDビデオカメラで撮影を始めていた。
「このスカトロ野郎っ! 後で半殺しの目に合わすからなっ!! 覚えて……ちょっ、ちょっと、そこは!?」
 春部が彼女のイメージに似合わない艶っぽい声上げる。
「ま、松戸くんはともかく、召屋くん、カストロビッチく、くんは、なんとかしなさい……よ……。ていうか、何で貴方たちは襲われないのよーっ!!」
 何か、触手がツボにでも入ったのだろうか? 顔を紅潮させながら、笹島が助けを求める。伊達に胸にボリュームがないだけに、今にも黒いビキニが外れそうである。
「そうは言っても、これはどうすりゃいいんだ?」
 コントロールできない生き物を召喚するしか能のない召屋は、この状況は完全な無力だ。しかも、愛用の得物である特殊警棒も寮に置いてきている。
「ちょ、ちょっと待ってろ!!」
 そう言って、召屋は船室へと駆けて行く。操縦席にいる彼女を呼んで来るためだ。
「おや? どうしました? ボンクラ様」
 操縦席には淡々と舵を握っているメイド服姿の女性がひとり。瑠杜賀だった。彼女は人ではなく、人工的に作られた自動人形《オートマトン》。しかも神速の太刀筋と抜群の切れ味の仕込み刀を肌身離さず持っている。彼女なら化物を倒す力強い戦力になる。そう召屋は考えていた。
「おい、瑠杜賀、ぼーっとしてる場合じゃねえ! 化物が現れたんだ。何とかしてくれよ!! お前の恩人の委員長も化物に捕まっちまったんだっ」
「…………」
 瑠杜賀の動きが止まる。暫く待つも一向に動こうとしない。外からは相変わらず女性の悲鳴や怒声、何故か嬌声までが聞こえてくる。
「あの、瑠杜賀さん、聞いてる?」
「ええ」
 そう言ってニッコリと微笑むと、横に立ててあった傘を持ち、外へとゆっくりと歩いていく。
(これで安心だ。だよな? うん、そうに違いない)
 そう思ったのもつかの間。
「あ、あんた馬鹿じゃないのっっ!!」
「あ、これはしまったですね。捕まってしまいましたよ」
 召屋は、瑠杜賀が戦う時、絶対に相手の攻撃を避けないのをようやく思い出した。
(あの役立たずが……)
「な、なにか得物はないのか?」
 周囲を見渡す。しかし、映画みたいに都合よく斧やショットガンが飾ってあるワケがない。しょうがなく、テーブルの足を強引に叩き折り、それを持って表へ駆け出す。ステゴロよりはましだろう。
「やっほー、メッシー。なんか凄いことになってるよー!!」
 男のくせにスクール水着の有葉千乃《あるはちの》が触手に揉まれながらも楽しそうにしていた。
(こいつは本当にスゲーなあ。あと、この状況でビデオ回したり、メモとってたりする馬鹿どももスゲエな。なんで俺こんな奴らと一緒にいるんだろう……)
 学園に帰ったら、自分の交友関係を見直そうと心に誓う召屋。
「ちょ、ちょっと、召屋くん、早くなんとか……」
 せっぱつまった笹島のその声に決意を決める。右手に持った机の足(木製)を強く握り、無数にある触手に挑もうとする。その姿はまさに打ち切り最終回のバトル漫画の主人公のそれだった。
「うぉぉぉぉっ! ってあれ……嘘ぉぉ?」
 召屋の決意は泡と消える。何故なら、触手がクルーザーごと海の中へと引きずり始めたからだった。
 哀れ、召屋一行は南海の波間へと飲まれて消えていくのだった……。


 そして、気が付けば、誰もいない無人島に流れ着いていた。ただし、全員ではなく、召屋、カストロビッチ、松戸の三人だけ。自分たちの命が助かったことに安心しつつも、有葉たちが無事か気がかりだった。島内を探すも、依然として彼女たちの姿は見当たらない。それらしい品も漂流していない。
「やっぱり、化物にやられちゃったのかねー」
 薄暗い森の中をうろつきながら松戸が横で一緒に歩いていた召屋に話しかける。
「そんなことはないだろ。ああ見えて、結構図太いからな。どこかで生きてるさ」
「これだけの珠はそうそういないから勿体ないなあ」
 動画を再生しながらカストロビッチ涎を垂らしている。性根は腐りきっているが、海へ放り出されながらもビデオだけは手放さないというその根性は見上げたものだと召屋はそのビデオを覗き見しながら思っていた。あと、意外に委員長はエロイとも。
「静かに。何かがこの先で動いてるね」
 松戸がふたりに歩みを止めるように促す。
 さすがのカストロビッチもビデオを止め、聞き耳を立てる。
 なるほど、確かに行く手から草木が擦れるような音がする。それは徐々にこちらへと近づいてくる。
 そして……。
 うにょん。
 見覚えのある触手が三人の目の前に現れた。
『えっ? え―――――っ!?』
 三人は一斉に来た道を猛ダッシュで走り始める。召屋が振り返ると、やはり触手はこちらを追いかけてくる。陸上での意外な速さに驚く三人。
「ちょ、こ、これは無理では」
 くたくたと倒れこむ
「もうちょっとだ、頑張れ松戸」
 召屋とカストロビッチが松戸に肩を貸し、ふたりで挟むカタチで遁走する。もう後ろを見ている暇などない。目の前が明るくなってくる。流れ着いた砂浜は目前だ。
 三人は砂浜へとどうと転がりでる。
「アイツは?」
 召屋が森の方へと振り返ると、そこには何もいない。諦めたのか、それともテリトリー外なのか分からないが、三人は辛うじて助かったようだった。
「召屋、こりゃ森にはなるべく入らない方がいいな」
「だな」
 この無人島で、三人が生きるためのルールが一つ決まった。

 翌日。
 触手の恐怖もあって、殆ど寝ることができなかった召屋と松戸は、豪快にいびきをたてながら爆睡しているカストロビッチを蹴り起こす。
「痛てぇなあ、何すんだよ」
 ケツをボリボリと掻きながら、起き上がるカストロビッチ。目の下にくまが出来ているふたりとは好対照に健康的な顔つきだ。無駄にさわやかな顔立ちだけに余計に腹が立つ。
「なんにせよ。俺たちは食い物を探さないといけないんだけどさ?」
「でも、この状況でどーすんだ?」
 カストロビッチが、ずれたチンポジを直しつつ、周りを見渡す。
「まあ、あそこに椰子の実があるから、水には困らないと思うよ」
 松戸がある方向を指差す。そこには数本の椰子が生えており、なるほど水分“だけは”暫くは困らないようだった。
「なら、次は食い物だ」
「召屋、お前が出せよ」
 カストロビッチが召屋の方を向き、マジシャンが空中から何かを取り出すような仕草をする。
「は?」
「何でも呼び出せるんだから、食い物くらい出せるだろ?」
「無茶言うな! 俺が呼び出せるのは一度に一つだぞ。米なら米一粒だけだ。第一、食い物とか呼び出したことなんてねえよ」
 松戸が何かを思いついたようにポンと手を叩く。
「じゃあ、生き物を召喚するのはどうですかね?」
「それいいな! とりあえず、マグロでいいや。黒マグロ呼べ。脂のたっぷりのったやつ」
「マジかよ? 面倒だなあ」
 召屋は幼い頃、見学した水族館で泳いでいたマグロを思い返していく。その大きさ、動き、艶……あらゆるものをひとつひとつ想像し、丁寧に創造していく。
 しばらくすると、召屋の頭上の空間の一部に裂け目が発生し、そこから巨大なマグロが現れる。
『おぉっ!!』
 その姿に思わず感嘆の声を上げる三人。だったのだが、彼らは、ひとつ重要な問題を忘れていた。
「で、召喚したのはいいんだけどさ、これどうやってさばくんだ?」
 砂浜の上でビチビチと踊る黒マグロを見ながら、足りないもが何なのかようやく気が付く。
「刃物をさがせえ――――っ! ナイフでも包丁でも金属の切れ端でもなんでもいい、そこら辺を探しまくれ!! 召屋、お前もぼーっとしてんな。お前も探せよ」
「あ、いや、でもな……」
「いいから、探せっ!!」
 三人は砂浜のを縦横無尽に駆け回り、刃物となりそうなものを探す。
 そして一時間後。
「あったぞ―――!」
 遠くでカストロビッチの声がした。さわやかな笑顔をふりまき、長い金髪をなびかせながら召屋たちの方へと走ってくる。まるで、清涼飲料水のCMのようだが、その手には禍々しいオーラを放つ錆びたサバイバルナイフが握られている。
(これは新手のスプラッタ映画かもしれない)召屋はしみじみと思った。
「あれ? マグロは?」
 息を切らせながらふたりの前にたどり着くカストロビッチ。
「消えた」
「なんで?」
「俺が一定距離離れたから」
「え?」
「召屋の能力は一定の距離離れるとキャンセルされるんだよ」
「………」
 ものすごく気まずい空気が三人の間に流れる。
「もしかして、俺が無理やり砂浜を引きずり回したのが原因?」
『うん』
 召屋と松戸は寸分の狂いも無く同時に頷く。
「ハハハハ。いやー、そいつは失敗だなあ。じゃあ、もう一回ヨロシク」
 悪びれた様子もなく、ポンポンと召屋の肩を叩く。
「まだやるのかよ?」
「さあ、出せ! 俺たちの運命はお前に掛かってるんだぞ」
 カストロビッチに促され、再度マグロを召喚する。先ほどよりも召喚するまでの時間が短くなっていた。
 三人の目の前に先ほどと全く同じマグロがドカリと落ちてくる。
「よーし、このナイフさえあれば……」
 カストロビッチは手馴れた手つきでエラの部分から刃を刺し込み、グイと刃を立てる。さらに尾の根元にも切込みを入れる。どっと血があふれ出てくる。血抜きだ。それまで元気だったマグロの動きがか弱くなり、動かなくなった。
「さて、捌くとって、あれえ?」
 これから捌こうとしたカストロビッチの目の前からマグロが霞のように消えていく。
「だからな、死んでも消えるんだって」
 もの凄く残念そうな顔をしているカストロビッチの肩を優しく叩く。松戸もヤレヤレといった表情でカストロビッチを哀れみていた、自分が“生き物を召喚する”と提案したこともすっかり忘れて。
 とりあえず、三人は椰子の実をすすって腹を満たすことにした。


 三日目。
「よし、今日はお互いの能力を結集しようじゃないか」
 遭難三日目にしてようやく建設的な意見を言うカストロビッチ。
「で、どうすんだ?」
 完全なジト目でカストロビッチを凝視する召屋。
「これだよ。じゃ~ん」
 自分の口でジャングルを鳴らすと、貧相な棒切れと曲がった針金が結われている紐をふたりの目の前に突き出す。
「何これ?」
 召屋のその一言に酷く見下したような目をするカストロビッチ。そして、自慢げに言う。
「こりゃ竿と糸だ。つまり、これで釣をするに決まってるじゃねーか」
 ふふん鼻で笑うとともに自慢げな顔をする。カストロビッチの鼻が三センチほど伸びているように召屋と松戸の目に映った。
「でも餌はどうするんです? 太公望じゃあるまいし」
「だ・か・ら・お前たちの能力を使うのさ」
『はあ!?』
 カストロビッチの考えはこうだった。このお粗末な釣道具に見えなくもない棒と糸に召屋の能力を付与するというのだ。付与魔術《エンチャッテッド》は松戸の能力であり、他人の能力を数段劣るが、道具に付与するというものだった。
 つまり、針の先にゴカイなんかを召喚して、それを餌にして魚を釣ろうという算段だ。なるほどと召屋も松戸も納得する。
「多少は、考えるってことができるんですねえ」
 感心そうにカストロビッチを見る松戸。
「というワケだからヨロシク」
「いや、ちょっとマテ」
「いや、まあいいんですけどね。じゃあ、イワンはちょっと離れてもらえます?」
 怪訝そうな顔をするカストロビッチ。
「近くに能力者がいると“混じる”のでね……」
「あ、ああ分かった。で、どのくらい離れればいい?」
「そうですねえ、あの木のあたりですかね?」
 そういって指差す先は五百メートル以上も離れた場所だった。
「よし、分かったっ!!」
 軽快に松戸が指差した場所へと走っていく。
「いや、俺が了解してないんだけど……」
「大丈夫、痛いのは最初だけだから。ね?」
 笑顔で返す松戸だったが、その言葉と目つきは危険なオーラをガンガンに放っていた。
「なんだ、何やっているんだ? ここからじゃあ見えねえなあ」
 松戸に指示された場所に到着すると、ふたりの様子を探ろうとする。だが、五百メートルも離れていてはよく分からない。だが、突然召屋の叫び声が鼓膜を振るわせた。
『ちょ、あっ、それは……あ――――――っ!!』
 息が抜けると一緒に召屋がへたへたと倒れこむ。すると、松戸はカストロビッチにこちらへ来ても良いというジェスチャーをしていた。
「もう、お婿にいけない……」
 ヨヨと崩れ去る召屋。きっとここが学園なら、即座に寮に帰り、シャワーを浴びたことだろう。
「魔方陣を描いたり媒体を用意する暇もなかったらねえ。ちょっと強引にヤっちゃったけど、まあ、次は大丈夫だよ」
「次なんて一生ねーわっ!!」
 召屋の目頭に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「で、もう能力は付与されたのかい?」
 そういって、ヒョイと釣竿もどきを松戸から奪い取る。
「まあ、できたけどね。でもまだ調整が必要だから……」
「そんなのかんけーねー! さあ、釣だ釣だ!! これってあれだろ? 念じればいいんだろ?」
「ああ、イメージすればいいんだ。細部まで詳しく、それと――――」
 松戸の能力に陵辱された召屋が、その悪夢をようやく払拭したらしく、召喚の手順を丁寧に説明する。
「おっ、やったっ! なんだ簡単じゃねーか。さあ釣るぜえ」
 針先にゴカイが召喚されたことを確認すると、カストロビッチは海の方へと走り出し、膝ぐらいまでの深さのところで竿を振る。
「そおぃっ!」
 鼻歌交じりで竿を持つカストロビッチ。必ずや魚が釣れると確信しているようだ。その自信がどこからくるのかは不明だが。
「ところで、松戸」
「何ですか?」
「あれって、調整してないんだよな?」
「ええ、してませんよ。まあ、こんなところでできる調整なんて、たかがしれてますけど」
「ということはだ……」
「ええ、もうすぐガス欠、つまり魂源力切れでイワンは倒れますねえ」
 松戸が言い終わるよりも早く、カストロビッチが男らしく前のめりに倒れ込み、美しい海の中に沈んでいった。


 四日目。
 三人は食料を捕獲することを諦め、別な方法を考えていた。今度は脱出案だ。
「イルカを召喚して、それに乗って帰るか、救援呼べばいいんじゃねーの?」
 絶対確実に何も考えてないカストロビッチが適当に言う。
「で、誰が城みちるやトリトンになるんだよ?」
『お前』
 嫌そうな顔をする召屋に松戸とカストロビッチの指が伸びていた。
「達者でな~!」
「あなたの勇気は無駄にしません」
 ふたりは、自ら呼び出したイルカにしがみ付く召屋を手厚く送り出す。
 イルカごと海へ叩き込まれた召屋はというと、夕方まで散々イルカに遊ばれた挙句、飽きられ、捨てられ、ボロボロな状態で浜に打ち上げられていた。
「やっぱりダメだったね。テヘ!」
「やっぱりじゃねーっ!!」


 五日目。
「もう嫌だ、金輪際、能力は使わねえ。散々こき使いやがって。もう二度と使わねえ」
 椰子の実の汁を啜りながら、召屋は断言する。
「なんだと、召屋。この中で一番使えそうなのはお前の能力なんだからしょうがねえだろ」
「僕の能力は他者に依存しますからねえ」
 これまた、椰子の実の汁を啜りながら松戸がぼやく。この三日間で、肌がすっかり真っ赤になり、所々炎症を起こしてた。
「ったく、使えねえなあ」
「そういうお前の能力が一番使えないだろ」
「あ、馬鹿、言っていいことと悪いことがあるぞ。お前だって役立たずじゃねーか?」
「まあまあふたりとも落ち着いて。“役に立たない”のはお互い様でしょ?」
 松戸がなだめようと間に割って入る。
『お前も使えねーじゃねえかっ』
「大体お前はなあ――――」
「なんだとぉ? じゃあ言わせてもらうけどな――――」

 口論から本格的な取っ組み合いの喧嘩が始まる。おそらく、誰かひとりが残るまで、この喧嘩は続くだろう。なんとも不毛な事である。
 そんな、馬鹿馬鹿しい喧嘩を森の暗闇から見つめる影が四つ。

「あーあ、喧嘩始まっちゃったよ? 助けなくていいの? 春ちゃん」
「いいのよ、もう暫くあのままにしときましょ。あいつらはね、一度酷い目にあった方がいいのよ」
「学園に戻ったらボコボコにしてやるわ。特にあの金髪ど変態!」
「全く、殿方というのはいつも罪作りな生き物なのですねえ」
「違うわ! ボケっ」
「さあ、戻ろうか、タコ吉」
 四つの影のうち、一番小さな影の主が、その後ろに控える不定形の物体に声を掛ける。それは召屋たちのクルーザーを襲ったあの触手の本体だった。
 有葉の能力である従属の力によって、いつのまにか化物をコントロール化に置いたのだ。彼女達が助かり、ここにいるのも彼女のお陰。また、森で三人を襲い、追い出したのも、有葉の仕業というか、これは春部の入れ知恵だった。
 彼女たちは不毛な喧嘩を続けている馬鹿どもを見限ると、森の中を通り、召屋たちがいる場所とは真逆の砂浜に出る。
 そこには沈んだはずのクルーザーが停泊している。有葉がタコ吉を使って引き上げたものだ。
「じゃあ、まだ暫くはのんびりしましょう。食料も飲み物も沢山あるし。なにより、こんな、キレイな海で誰にも邪魔されずのんびりできるなんて素敵じゃない!?」
 ホルターネックのビキニを着る春部が、腕を上に伸ばし、ぐぐっと伸びをする。その姿は、まるで猫のようにしなやかで美しかった。


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