【海の底からの呼び声】


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「話はこれで終わり、かな。それじゃみんな、いい夏休みを過ごしてねー」
 起立、礼、着席。委員長の号令が、いつもより少しだけやる気が入っているように聞こえる。
 夏休み前最終日のホームルームが終わり、1-Bのクラスが一気に騒然となる。それを少し羨ましそうに見ながら片付けをしている担任、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスの前に、二人の女子生徒が顔を出す。ちょっと気にしている教え子の相羽呼都《あいば こと》と、姫音離夢《ひめね りむ》の両名だ。
「先生は、夏休みにどこか行ったりするんですか?」
「どうかなー、呼ばれたら予定空けるけど、今年は忙しそうだし、自分からはどこも行かないかも。二人は予定、ちゃんと決めてる?」
「海、とか」
「リムってば、寝ててもうまく海に浮かべたりして、凄いんですよ」
「浮くものあるからねー……」
「……そう、ですね」
「……?」
 春奈と呼都の羨望のまなざしに疑問符を浮かべる離夢。それは置いといて、といった様子で春奈が話し始める。
「海と言えば……まだまだ不思議なことって、結構あるものだよ。海の底に行くのは宇宙に行くより難しいし、もしかしたらラルヴァの天国だったりして……」
「漁船を沈める海坊主とか、傷の中で育っちゃうフジツボとか…?」
「姫音さん、渋いところ突くね……まあ、そんな感じでね。まあ大丈夫だと思うけど、異能者同士は惹かれあう、って言うし、ラルヴァ引き寄せちゃうかも」
「もー、怖がらせないでくださいよー」
 教え子と話を弾ませながら、春奈は去年あった事件を思い出していた。機密事項が多いため、話しのタネに出来ないのが残念だと思いながら。



   海の底からの呼び声



 その事件に関わるきっかけとなったのは、2018年8月のある日、特に案件もなく身体を休めていた……要するにゴロゴロしていた春奈の教員証に来た、緊急の依頼メールだった。
「ん、むう……アリス外交部から……海外出張要請? 返信期限が二時間後って、えらく急……」
 ラルヴァ討伐を任務とし、異能者戦力を各地に派遣する為の機関、ALICE。普段はあまり気にされないが、学園と外界を繋ぐ重要な機関である。学園関係者のほとんどはこの組織にも属しており、実際のところ上も下も学園とメンバーが変わらない為、こういう要請は学園からの物であると考えて差し支えない。
 そのアリスの、海外の軍隊や異能者組織と連携をとる部署からの出張要請である。出張先はイギリス、内容については機密性が高いため現地で説明……という事らしい。
 春奈にとってはまさかの里帰りではあるが、彼女が真っ先に考えたのは
(カップラーメン買いだめして持ってかないと……)
 という事であった。イギリスの飯はまずい事を彼女はよく知っている。

 転送門《ゲート》を使って成田まで直行、そこからロンドン・ヒースロー空港の直通便に乗り、国内便へ乗り換えてグラスゴー国際空港へ。さらに迎えの車でクライド海軍基地という、合計十六時間の道のり。急な事態なのか、かつての実家へ行く余裕すらなかった。
(クライドって事は、海、かな……?)
 英国が持つ原子力潜水艦の母港となるその港へ案内される、彼女を待っていたのは、もちろんその潜水艦だ。

 アスチュート級原子力潜水艦"アッシュフォード"
 アスチュート級は2008年より就航し、未だ大半が現役の攻撃型原子力潜水艦……つまりは通常戦闘を行う潜水艦である。『表の世界』に公開されていない潜水艦、アッシュフォードは他のアスチュート級とは異なる部分がいくつかある。
 基本スペックはほぼ同一だが、緊急回避のための急速旋回、急速潜航に向いた駆動機及び注排水機構の強化がされている。また、本来は存在しないゲストルームが二部屋(男性、女性で各一部屋、二段ベッドのゆとりが大きい等、微妙に使いやすい)存在し。作戦に従軍する異能者の待機部屋となっている。一般の乗員も、潜水艦乗りとしてだけでなく、異能やラルヴァについての教育を受けた、英国異能者施設『ガーデン』の未能力者、もしくは支援異能者組のエリートだ。
 また、兵装として搭載されるミサイルにも、対艦、対潜水艦の物が少なく、対生物に向くだろう多弾ミサイルや緊急回避用デコイなどが多く搭載されている。その中でもっとも異彩を放つのが『ガーデン』超科学部門で開発された、ミサイル発射菅に装着する対ラルヴァ兵器、|ASC《アツィルトショックカノン》-1、計四機である。内部に充填された魂源力《アツィルト》を衝撃波として放出し、発射管前方のラルヴァを一掃するこの兵器は、中級ラルヴァの群れならばいくら来ても恐ろしくないほどの破壊力を秘める。もっとも大型かつ上級のラルヴァには拡散する衝撃波が決定力にならなかったり、再チャージには『ガーデン』の専用設備が必要だったりと問題点も存在する。
 ともあれこの船は、現状において数少ない対ラルヴァ戦を想定された潜水艦であり、同様の目的で運用されている原子力潜水艦"アスプルンド"と共に、大西洋を守る英国海軍《ロイヤルネイビー》の隠れた主役である。米軍がワンオフ『歯車大将』を引きつけている間に完成させたので、察知されてはいない……と、思われる。

「オーウ、おヒサシぶりですね、ミス春奈。ニホンと違ってこっちはジメジメしてなくてイイデスネー?」
「なーんでイギリスの海軍基地に米軍のあなたが居るんですかねー、ジャンゴ少尉?」
「ワタシが聞キタイくらいデース、そろそろブリーフィング始まりマスから、シッダウンね」
 一部言葉が怪しいが、両方ともテレパスではなく英語で話している。カタコトなのは雰囲気のせいである。

 召集された異能者は五名、それに加えて未能力者が一名の計六名だ。二十四時間以内に召集可能かつ作戦内容に適していると判断されたメンバーが各国から召集された。
 相対座標の把握のみで空間転移が可能な跳躍能力者、マリアンナ・キャロル(英陸軍/ガーデン)
 銀の鬣《たてがみ》を持つ人狼に変身するという自己強化能力者、カール・ヴィルデンブルフ(独陸軍)。なお、若々しい容姿に似合わず高校生の息子がおり、現在双葉学園に留学している。
 「自分だけが遠隔爆破可能な爆弾を作る」超科学系能力者、マルコ・ビアンカ(伊異能者組織)
 接触する事で相手の本質を見抜き、離れていても念話を行うことが出来るテレパス能力者、ジャンゴ・チョコレートサンデー(米アルファベース)
 戦場にて圧倒的な指揮能力を発揮する「ザ・ダイアモンド」、春奈・C・クラウディウス(日アリス)
 ガーデンの生き字引とも言われるラルヴァ研究家、ジェニー・スミス(英ガーデン)、彼女のみ未能力者である。
 以上、全員旧西側諸国の人間であり、春奈以外はNATO加盟国からの出向である。出来るだけ外には出したくなかったという本音が見え見えだ。それを置いておくとしても、社会人以上の異能者は数が絶対的に足りていないため、合同作戦などで顔をあわせる機会が多いメンバーだ。
 その六名に対して、アッシュフォード艦長から作戦目的の説明が行われる。

 英ヴァンガード級原子力潜水艦"アスプルンド"が連絡を絶った。
 弾道ミサイル原子力潜水艦……読んでの通り、弾道ミサイルを発射可能な潜水艦であるヴァンガード級においてアスプルンドと他の同型艦との違いは、搭載しているミサイルの差だけである。
 アスプルンドには戦略核ミサイルではなく、アッシュフォードに積まれているASC-1と同原理の魂源力衝撃波発生装置を内部に複数搭載した弾道ミサイルが計十六機、搭載されている。通常の弾道ミサイル以上の着弾精度が要求される場合、複数タイプの異能者が同乗することになる。
 超長距離から弾道ミサイルを発射し、所定距離に達したら起動。目標の至近距離から魂源力の衝撃波を叩き込むことによって、通常手段では接近が困難、かつ高性能な対空能力を持つ大型、上級ラルヴァに対して有効な打撃を与える為の兵装である。アルプス山脈に眠る巨大ラルヴァ、天蓋地竜《ドームドドレイク》が目覚めた際の切り札としても注目されている。幸い、まだその兆候は見えていないが。
 このアスプルンドが姿を消したのは大西洋のど真ん中、本国との通信中に突然通信が途切れたという。悲鳴か何かが聞こえたというような報告もない。
 場所の特定はされており、赤外線探査によってアスプルンドが水深200mほどの場所に沈座していること、無人偵察艦により損傷及び外部への放射能漏れといった事態が発生していないことも確認した……通信にまったく応じない事を除けば、単に潜航任務を行っているようにしか見えない。そして、有人の偵察艦が同じように連絡を絶った事を除けば。なお、有人偵察艦は既に別の無人艦によりサルベージされ、乗員は手当てを受けている……酸欠で、かなり厳しい状況らしい。
 任務は、アスプルンドの状況確認。内部で非常事態が起こっているのならばアスプルンド人員及び有人偵察機の救出。アスプルンド自体を動かせるのならばそちらも回収するがその優先度は低く、人員とアスプルンドを天秤にかけた場合は人員救出が優先。
 これは何も人道的措置の面だけではない。アスプルンドの人員もガーデンで多彩な教育を受けた超エリートであり、大量の時間と教育費がかかっている。一方のアスプルンドは外向けに退役したヴァンガード級潜水艦を改修して就役させた急造艦に過ぎず、次期採用型の巡航ミサイル搭載型と役割を交代することが決定しており、新造計画に併せて作られたアッシュフォードとは経緯が違う。単純に『どっちを救ったほうが金銭的、時間的損失が少ないか』である。

 具体的な手段は航海中に打ち合わせることで合意し、簡単な質問が二三飛び交っただけでこの日は終了。既に夜半過ぎだった為、出港は明朝〇九○○となった……ちなみに、カップラーメンは持ち込み禁止になったので、その日の夜に異能者組で全部食べてしまった。買った費用は出張費と併せて請求予定。

 翌日から、現場に向けた航海が始まる。と言っても、中に居ては場所も分からず、時間間隔すら曖昧だ。おまけにうろちょろしては仕事の邪魔になるため、基本的にはゲストルームでの待機。
「……閉塞感」
「ハルナ、潜水艦乗るの初めてだった? 早く慣れないと、きついわよ」
 ベッドの淵に腰掛けて足をふらふらさせている春奈に、二段ベッドの上からそのブロンドをぶらーんとたれ下げながらそんな声をかけるのはマリアンナ。一時期机を並べて勉学に励んだこともある、幼馴染と言ってもいい仲だが、春奈が日本に戻ったためそれも途切れてしまい、たまの任務で手を組むぐらいだ。
「けど、窓も無いって正直どうなんだろ」
「あったとしても、何も見えやしないわよ……にしてもハルナ、あなた変わらないわねぇ、ハイスクールの制服、まだ似合うんじゃない?」
「むしろダボダボ、あのときの方がまだ肉ついてたよ」
「着た事あるの……ってそーいう意味じゃなくて、いつまでも年取らないのが東洋の神秘だって言ってるのよ」
「それも良し悪しだよ。教師としての威厳は無いしマリーみたいなバストも手に入らないし。というかあたし半分はイギリス人なんだけど」
「両方のイイとこをまとめて手に入れようなんて、愚者の考えよ。老いと衰えを相手に戦う女の事も考えなさい」
「……マリーも旦那さん居るんだから、一線から引くことも考えないと、そのおっぱい勿体ないでしょ」
「子どもでも出来たらね」
「お二人とも、そろそろブリーフィングの時間ですよ」
 二人のグダグダな会話を断ち切ったのは、眼鏡をかけた初老の女性、ジェニーである。その神経質そうな声を受けて、二人はベッドから立ち上がる。
「「はーい」」

 テーブルには一面に広げられた、アスプルンドの図面及び海底の状況図面。海底に沈座するアスプルンドの近くには、何か巨大な物体の残骸が見える。難破した巨大船舶か何かだろうか。有人偵察艦のあった場所にはマーキングがされている。
「それで、有人偵察艦はどこで連絡を?」
「資料だと、おおよそ50メートルで通信途絶。この距離なら……」
 有人偵察艦が沈んだ場所とアスプルンドの位置関係を気にしながら質問する春奈に、マリアンナが別の資料を出して答える。
「ミスマリアンナの転移距離なら、余裕でオーケーデスね」
「フロイライン、貴女の転移距離は確か……」
「ええ、おおよそ500メートル……正確な位置が分かるなら、ね」
 軽薄そうなジャンゴ、真摯なカール両名の視線を受けてマリアンナが答える。
 今回の調査及び救出作戦の要は、マリアンナの持つ転移能力である。彼女の能力は、転移場所と自分の位置関係さえ把握すれば確実にテレポートが可能という、強力な異能である。自分に掴まっている人間とその持ち物まで転送可能と、転移が可能な質量も大きい。正確に指定した座標に飛んでしまうため、そこに危険があったとしても回避できないのが難点と言えば難点か。
「ところで、わたくしが呼ばれた理由は……?」
「ミセスは、この事件がラルヴァのせいだった時の知恵袋でしょう? あっしの方が分かりませんぜ」
 横で愚痴をこぼすジェニー、マルコの両名。少なくとも、すぐの出番はなさそうだ。
「マルコ、お前の出番は最後の最後……おそらく、アスプルンドの後始末だろう」
「カールさん、そういう事は考えちゃ駄目です。今は、まだ」
「……ええ、そうでしたな。私としたことが」
 能力的に司令塔となるだろう春奈がカールを諫め、方針をまとめる。
「アスプルンドまで直線距離で100メートルに近づいた時点から作戦を開始します。マルコさんの爆弾を持ってマリアンナさん、ジャンゴさん、カールさんの三名が艦内に転移、状況の確認をお願いします。あたしの能力で常に状況を確認しますから、慎重に進んでください、後は臨機応変……としか、この場合は言えませんね。以上でよろしいですか?」
 一同が頷く。というよりも、他に作戦が無いというべきか。

「深度よし、作戦海域に突入しました」
「速力ゼロ、突入準備完了」
 アッシュフォードに所属する異能者……魂源力でアクティブソナーのような力を発揮する彼の能力が、アスプルンドを捉えた。
『三人とも、準備は大丈夫ですか?』
「オッケーよ、いつでも行けるわ」
「大丈夫デース」
「問題ない」
 三人が潜水服を身につけ返答する。テレポートに失敗して海に突っ込んだときの為の安全対策であるが、壁の中や、ましてや原子炉の中に突っ込んでしまったら無論アウトである。
 春奈の能力は、館内にラルヴァの反応をキャッチしている。その感触は今まで感じたことがない、少なくとも自分が会ったことの無いラルヴァなのは確実だ。
『中には何かのラルヴァが居るのは確実……皆さん、気をつけて。作戦、開始!!』

 転移は無事完了し、三人は艦尾近くの物置となっている部屋へと到着。放射能量を検知するバッヂの表示を確認後、窮屈そうな潜水服を脱いでマリアンナが連絡を入れる。相互通信は、春奈の異能とアッシュフォードに装備されている無線の二重体勢をとっている。
「ハルナ、聞こえる? こっちは無事。放射能も基準を超えて漏れてはいないみたいだけど……」
『……どういう事?』
 連絡を取ろうとしたところに春奈の動揺した声が聞こえた。一呼吸置き、その理由を説明する。
『……ラルヴァの反応が消えたの、唐突に。館内で他の人やラルヴァが動いた反応も無いから、討伐されたとかの可能性は無い』
「ホワッツ?」
『あー、あー、聞こえますか? わたくしの予測ですが……目標はエレメントタイプのラルヴァで、何か異変に気づいて姿を消したのでしょう。奇襲される可能性があります、注意なさい』
 無線機から、ジェニーのピリピリした声が聞こえたのを機に三人に戦慄が走る。
「……エレメントタイプか、私達には不利な相手だな」
「ダメージを与えられる手段があるだけマシよ」
 眉をひそめるカールに対して、マリアンナは爆弾を見せてそう言い放つ。超科学で作られたマルコ謹製のコレは、魂源力を含む爆風を撒き散らし、エレメントタイプにも有効打を与えることが可能だ。
「とっとと行きまショー、乗員が残ってレバ、そいつらから話を聞けばイイハナシデース」

 三人は、一つずつ部屋をクリアリングしていく。通路も部屋も酷く散らかっていて、何者かが暴れた痕跡がある。
「これは……ラルヴァの仕業?」
「そうとは限らんさ……あそこを見ろ。恐らくここの乗員だろう」
 カールが指差した先には、服をボロボロに汚した二人の男が寝転んでいる。互いの顔にある傷を見る限り、暴れに暴れて、殴り合いか何かの末にダブルノックダウンした後なのだろう。
『あたしの異能だと、意識が無い相手にはアクセス出来ないから……ジャンゴさん、どうですか?』
「……ダメデース、完全に意識無くしてて、これじゃ読みようが無いデス。しかも、だいぶ衰弱シテマス。あまり長くは持ちそうもナイデス」
「これが原潜じゃなくて、普通の艦船や潜水艦だったら、浸水や酸素不足でとっくにアウトでしょうね……とっとと原因見つけないと、マトモな処置もしてやれない」
 乗員の様子を見ていたジャンゴとマリアンナが立ち上がったとき、カールが思いついたかのように口を開く。
「一つ提案がある……このままでは全ルームクリアに時間がかかりすぎ、その分だけ衰弱した乗員の身が危なくなる。三手に別れて捜索を行うというのはどうだろう。互いに隣り合う部屋を捜索するようにすれば、異変が起こっても君の異能ですぐに察知が可能だし、そこまで大きな問題にはならない筈と考えるが」
『…………分かりました。時間が惜しいですし、それで行きましょう』
 少し時間を置いて、春奈が決定を下す。

(あのラルヴァはどこに行ったんだろう……やっぱり襲撃の機会を見計らってる?)
 発令所の椅子に持たれかかって、春奈が思案をめぐらせる。アスプルンドに突入した三名は順調に部屋を捜索し、乗員が生きている(皆ボロボロの意識喪失状態だが)のを確認する。
「嬢ちゃん、ちょっといいかい」
「ん、んく……どうしたんですか、マルコさん?」
 乾いた口をドリンクで潤していた春奈に、マルコが声をかける。
「いや、あいつらに渡してる爆弾なんだがよ……ありゃ威力高すぎんだ、アスプルンドの隔壁フッ飛ばしちまう。なんせ『後始末』用に作ったもんだからよ、はっはっは……」
 空笑いしながら、結構まずい事実を伝えるマルコ。その肉付きがいい頬と腹の肉を思いっきり引っ張ってやりたい衝動を抑えながら会話は続く。
「……それで、そこまで強くない爆弾も、持ってきてるんですよね?」
「おうよ、機会見て一回撤収させちゃくれないかい」
「……検討します……あれ?」
 話がひと段落ついたところで、春奈が妙な顔をする。

 歌が聞こえる。
 非常に遠くからとも思えるし、すぐ近くとも思える、不思議な距離感を伴って。
 歌詞は分からない。この世にある言葉ではないかもしれない。
 だが、心の奥底に眠る何かを揺さぶるような、猛烈な力をその歌は持っていた。

(あたしの知覚じゃない。アスプルンドの三人、とりわけジャンゴさんが、その音にとても近い)
 ……刹那、ラルヴァの反応が復活する。ジャンゴのすぐ近くに

「オーウ、こんな美人がラルヴァとは、思えマセンネー……バット、こんな美人が人間のわけがない、デショーカ」
 彼の目の前には、この世の者とは思えない女性が立っていた。
 彫像のような顔立ち、理想と言ってもいいボディライン、そして鳥のような……比喩ではなく、人間サイズの鳥のものがそのままくっ付いている下半身。
 そしてその鳥は歌っていた。この世のものとは思えない歌を。
「ミス春奈、反応遅いデスヨー? とっととこいつの正体調べマショー」
 ジャンゴは、左手で拳銃を構えながら、その鳥人間へと右手を伸ばす。

 春奈は動転しつつ、その時点で考えられる最良の選択肢を選んだ。
 ジャンゴとの知覚リンクを即座にカット。直後、残った二人に指示を飛ばす。
「二人とも、B-17室、ジャンゴさんのサポートに!! 両手で耳を塞いで、『絶対に歌を聴いちゃ駄目』!!」

 両隣の部屋を調べていた二人が、B-17室の前で合流する。二人とも耳をしっかりガードしており、僅かに聞こえていた歌声も今は聞こえていない。互いに頷き、ドアが開いたままの室内に雪崩れ込む。
「SHAAAAAAA!!」
 直後、ジャンゴが二人に殴りかかってきた。右手には銃が握られているが発砲する体勢ではなく、銃身を握ってグリップを鈍器代わりに殴りかかってくる。
「眠っていろ!!」
 隙だらけだったジャンゴの腹に、カールの膝蹴りが突き刺さる。それだけであっさりと、ジャンゴはノビてしまった。
「OH……」
「ラルヴァは!?」
 マリアンナが周囲を見回すが、怪しい影は無い。逃げてしまったのか。
『ラルヴァの反応は遠くに行ってる、二人とも気をつけて!!』
「おい、外を見ろ……!!」
 ドアの外から、幽鬼のような顔が覗く。先ほど生存を確認した乗員が、群れをなして迫ってきているのだ。
「……どうする? これ」
「乗員を傷つける訳には……」
『二人とも、ジャンゴさんを抱えて一時撤退!! マリー、転移座標は行きを反転しただけで行ける、急いで!!』
「……了解!!」
 マリアンナがジャンゴをひっ掴み、そのマリアンナにカールが掴まる形で異能が起動される。彼等は一瞬にして姿を消し、後には目標を失ってさまよう乗員だけが残された。

「その特徴から見るに、セイレーンで間違いないでしょう」
 眼鏡を光らせて、ジェニーが講釈を開始する。
 ラルヴァ・セイレーン。ランク付けは上級Bの4、その歌声で船乗りを狂わせ、船を難破させる。ギリシャ神話のそれとそっくり同じ特性を持つラルヴァだ。航海技術の発達により被害は少なくなったが、今でも自家用クルーザーや油断した商船などが時々襲われる。だが、深海に現れた末、原子力潜水艦を沈めた……などという例は、古今聞いたことが無い。
「これが深海に出る亜種なのか、それとも特性が似ている新種、もしくは進化種なのか。そこまでは資料不足で判別しかねます」
「ジャンゴはソレに手を触れたのよね? だったら、彼の異能で何か分かっているはず……」
「……この男の幸せそうな寝顔を見ると、不快になるな……」
 位置の相違により、待機場所ではなく発令所に突っ込んで来た前衛組は、ジャンゴの覚醒を待っている。
「どうしやす、とっととたたき起こしますか? なんなら目覚まし代わりに爆竹をバーンと……」
「ん、うーん……もうそれぐらいでイイですから、とっととブチこませなサーイ……っー!! な、何スルんデスカー!?」
「あのラルヴァは、何て言ってたの?」
 女性陣三名とフェミニストであるカールに無言の蹴りを入れられてようやく目を覚ました彼に、目が笑っていない笑顔でマリアンナが問い詰める。なお、横ではマルコが軽快な笑い声をあげている。
「オ、オーウ……確か『エンブリオの遺志』トカ言ってマシタ」
「「「エンブリオ……!!」」」
 その単語に、春奈、ジェニー、カールが同時に声をあげた。

 エンブリオ、1999年7の月に突如として世界各地に現れ、突如爆散した謎の物体。内部には大量の怪物……現在で言うラルヴァが存在し、太平洋の物に関しては、それを撃滅する作戦が行われたという。当時20歳そこそこだったカールはエベレストのエンブリオ攻略作戦に参加が内定していた(結局それはすぐに爆散した為、突入自体が立ち消えとなった)。また、当時からラルヴァの研究家だったジェニーは、オブザーバーとして太平洋のエンブリオ攻略作戦で末席に参加していたという。一方の春奈は、完全な別口でエンブリオの存在を知っていた。

 二年前の2016年7月、北欧某国で行われようとしていた、ラルヴァ狂信者団体『聖痕《スティグマ》』のラルヴァ召喚儀式。EU圏統合軍は、それを阻止するために強襲作戦を実施、春奈はその作戦指揮官として招聘されていた。『新種ラルヴァの殲滅』と聞かされていたのに……という愚痴はあったが、仕方ない。
 結果として、その作戦は成功に終わった。もっともそれは彼女の功績ではなく、謎のイレギュラー……召喚儀式の中心に現れた異形によって、儀式自体を滅茶苦茶にされたからだ。彼女に出来たのは、部隊の退却指示と、『聖痕』及び、儀式に乱入してきた『オメガサークル』の構成員に避難勧告を出す事ぐらいだった。異形はその後、ワンオフ『ナイト』と認定されたが、その時感じた、異能者ともラルヴァとも少しずつ違う異様な感覚は今でも覚えている。

 そして、話はそこで終わらない。作戦の成功……自分は大したことをしていないのに……を賞され、異能者を積極的に支援してくれる英貴族、テンペスター卿に謁見した時だ(どうでもいい話だが、私服しか持ってきておらず着る服が無かったせいで、卿の娘さんか親戚の子か、ともかく屋敷のお嬢様に『まさにお姫様』といった感じのドレスを着せられ、色々とからかわれた記憶がある。それを気に入ったテンペスター卿に写真も撮られた)。その彼女と親しそうに話をしていた鎧の青年と一瞬目が合った時、異様な感触に包まれたのだ。人間なのに人間でない、異質な気配。後から思い出すと、それは『ナイト』に感じたものと同質だった気がする。
 その青年が『シズマ』と呼ばれていたこと、そしてテンペスター卿の経歴を元に、各種調査で足止めを喰らっていた暇な時間をつぎ込み『ガーデン』の資料を調査して見つけた単語。それが、ラルヴァを内包した生体要塞『エンブリオ』と、唯一行われた太平洋のエンブリオ『embryo-1』攻略作戦に参加して行方不明となった『北神静馬《きたがみ しずま》』の名。
 結局エンブリオが何だったかを知る術は無く(最高レベルの機密か、もしくは『誰も知らない』のどちらかだろう)、生きていれば自分よりずっと年上、三十台後半だろう彼が何故当時とほとんど変わらぬ姿で現れたのか。それについても知る術は無かった。そして、学園に戻った後の『事件』によって、その事はすっかり頭から抜け落ちる事となる。

「分析結果、出ました。海底に沈んでいる物体は、1999年にこの直上で発生した『embryo-3』の破片である可能性が濃厚です。ただし、当時と比べれば各種測定数値はだいぶ落ちています……劣化、でしょうか?」
「っ……」
 オペレーターの声を聞いて全部が繋がった、と言いたげな表情となる春奈の横で、ジェニーが彼女の予想事項を述べる。
「『3つ目のエンブリオ』は、大西洋に発生したもの。爆発四散し、その破片は海流に乗って世界に散らばった……と誰もが思っていたのでしょうが、大きい塊は流されもせず海底に沈んだ。少しずつ削られていたそれの近くをアスプルンドが通りかかり、胚芽《エンブリオ》に残された力がセイレーンの形をとり、原潜を襲った……そんなところでしょう。エンブリオの正体については諸説ありますが、そこまで遠い推測ではない筈です」
「本体は、あくまであのエンブリオなのだろう。でなければ、この船までやられている筈だ。しかし、人間を殺して力をつけたセイレーンは、いずれこの船も餌食にし、独立したラルヴァとなって海上に出てくる。劣化しているとはいえエンブリオの一部。撃破はそうたやすく無いだろう……特に、この戦力では」
「カールの言うことももっとも……どうする、嬢ちゃん。こっちで船を沈めればあいつはここで眠り続けるだろう、尻尾巻いて逃げるってのも立派な手段だ」
 口々に『ある手段』を勧める一同をよそに、春奈は策をめぐらせ……閃いた案の懸念事項を、状況を傍観していたアッシュフォード艦長に質問する。
「艦長、ここからASC-1を起動させてエンブリオを撃つとして、アスプルンドも巻き込みますか?」
「!?……ああ、せめて50mは浮上してもらわないと……」
「もう一つ。アスプルンドの操舵は難しいですか?」
「オペレーターの指示があれば、そこまででは……まさか」
「うん……ここは、オデュッセウスの故事に倣《なら》ってみましょう」

 アスプルンド操舵室、そこまで広くない空間に、四人の男女が集まっている。一人は縄で椅子に縛られ、他の三人は耳栓をしている。
「ホワーイ!! なんでこーいう役ばっかりナンデスカー!!」
 縄で縛られ、椅子をガタガタと揺らして暴れているジャンゴの声を聞く者は誰もいない、というか聞こえてない。春奈がコンソールに向かって何かをやっている間、カール、マリアンナの両名はセイレーンに接近戦を挑んでいる。もっとも、エレメントタイプのそれにダメージを与えるには至らないが。
(ハルナ、まだ動かないの!?)
『待ってて、えーと、メインバラスト、ブロー……よし、これでいいんですよね、操舵師さん!!』
 春奈は、その能力で実戦メンバー(読んでしまうと狂気が波及してしまうジャンゴを除く)の他に、アッシュフォードの乗員ともリンクしている。彼らの指示を仰ぎ、この船を急速浮上させようというのだ。今の操作で、潜水艦の重しとして入っていた海水は、圧縮空気で押し出されつつある。これによって潜水艦は浮力を得て、浮かび上がるのだが……もう少し、時間を稼がなくてはいけない。
 ガタタン、と大きく足元が揺れた。浮力が働き、艦体が浮き上がっている……のだろうが、艦内に居るせいで、先ほどの揺れ以外には機械の数値でしか浮上を判断することはできない。
 先ほどから目の前に立ち、人間達を惑わそうと歌を奏でているラルヴァも、いい加減事態に気づいたらしい。小細工を弄して自分達の歌を聞かないヤツラには、痛い目を見せなければいけないと言わんばかりに瞳が怒りに震える。
「セイレーンは、歌で人間を惑わすことにプライドを持っています……オデュッセウスの故事では、惑わせられなかった事でそれが傷つき自害しました。エンブリオから生まれたそれが、同じかどうかは保障できませんが」
 ジェニーの懸念は当たり、ラルヴァ・セイレーンは無理やりにでも歌を聞かせてやろうと、歌で操った船員を送り込もうとしてきた。きつく閉められた金属のドアが悲鳴を上げている、人ならざる怪力を発揮させ、強行突破するつもりだ。慌てて駆け出し、異能で得た力でドアを押さえたカールの額に汗がにじむ。
『狂わせるだけじゃなくて、操る……やっぱり、タダのセイレーンじゃない』
(おい、まだか!?)
『待って、もうすぐ……45,46,47……艦長、お願いします!!』
 春奈の指示から数秒、カールが抑えていたドアが破られると同時に、艦が大きく揺れる。
「ノォォォォォ!!」
 ジャンゴが縛られていた椅子が横に倒れ、ドアを突き破って突っ込もうとした乗員達が、転がるように部屋から追い出される。
 ラルヴァも、驚愕したような表情を浮かべる。それは艦が横倒しになったからではない。自らの力の源が消失した感覚を味わったからだ。
 次の瞬間、そのラルヴァは、足元に何か小さな小箱のような物が置かれたことに気づく。
「バーイ、もう会いたくないわね。ハルナ!!」
 混乱に乗じて足元に転移してきたマリアンナが、そこにチロルチョコ大の何かを仕掛け、そのまま傾いている方向へ転がって離脱する。
『いつつ……マルコさん!!』
(おうよ!!)

 次の瞬間、ラルヴァの足元で閃光と爆音が走った。
 アッシュフォードに残ったマルコ・ビアンカが、自身謹製の魂源力爆弾《アツィルト・ボム》を遠隔炸裂させる。ギリギリまで炸薬量を減らし、乗員と艦にダメージを与えないほどに威力を削ってあるがそれでも、臍《へそ》の緒《お》の先にある母体《エンブリオ》を奪われたセイレーンを吹き飛ばすのに、十分な量だった。

 アスプルンドが衝撃波の直撃範囲から逃れたのを確認した直後に放たれたASC-1によって、エンブリオの破片は粉々に砕かれた。殆どの力を無くしたそれは、無害な炭水化物の欠片となり、改めて大西洋上へバラまかれる事となる。

 艦の自動姿勢維持機構によってようやく水平を取り戻した操舵室で、カールが一番に起き上がる。
(もうヤツが暴れていない……外しても大丈夫だな)
 オデュッセウス役を果たしたジャンゴがおとなしくしているのを見て、三人は次々と耳栓を外していく。
「いたーい……」
 船体が大きく傾いた際に壁に頭をぶつけたのか、春奈が涙目で頭をさすっている。
「……そういや、これどうするのかしら。水面まで行くの?」
「……これは緊急浮上して水面まで行くよ。艦長が、近くを航行中の巡洋艦にヘルプを頼んだって。こっちの乗員はそれで助けてくれるって言ってた」
 マリアンナの疑問に、春奈が頭をさすりながら答える。
「……早くほどいてクダサーイ……」
 もはや疲れきった声でジャンゴが助けを求めるが、しばらく他の三人も動けなかった。

 救護に来た船に移った春奈が、目の前の海と、抜けるような白に近い水色の空を眺めている。頭の打撲は診て貰ったが、たんこぶにもならないらしい。
「うー、やっと痛みが引いてきた……」
 水面まで浮上してきたアスプルンドの乗員が次々と運び出され、船で手当てを受けている。入りきらない乗員に対しては、アスプルンドへ医務班が入り救護にあたっている。なおアスプルンドは、アッシュフォードの予備役兵によって母港に帰還させるらしい。
「お疲れさん、はい」
 船から出てきたマリアンナが、春奈に紙コップに入ったアイスコーヒーを差し出す。艦内で貰ってきたのだろう。
「ありがとー……やっぱ狭いところより、こういう甲板のほうがいいよね」
 アイスコーヒーを口に運びながら、海のずっと遠くをぼーっと見つめる春奈。彼女が異能を使った後は頭の活動レベルが低下する、らしい。
「……あ、くじら」
 その言葉に反応して春奈の視線の先を探るマリアンナだが、見えたのは水しぶきをあげて潜っていく何かの影だけだった。
「あら、残念」
「……海って、まだまだ分からないことだらけだよね。マッコウクジラやダイオウイカがラルヴァだったって言われても、あたし納得するよ」
「……まあ、あんな巨大生物ならね……」


「やっぱり海は、眺めたり泳ぐのに限るよね、潜るものじゃないよ」
「……?」
「先生は、今年の水着買ったんですか?」
 昔の記憶に持っていかれた意識が、離夢のおっとりとした声で現実に引き戻される。
「そうだねぇ……最近、買って無いなぁ」
 そう呟く春奈の声を聞いた呼都と離夢が、互いを向いて頷きあうのが見えた。
「先生、今度のお休み、あいてますか? 水着買いに行きましょう」
「うーん……でも、生まれてこのかた、見せる人なんて居たことないし」
「だからですよ!! 張り切って選べば、きっと男の人の目にとまりますって!」
 力説している呼都の後ろで、離夢が何度も頷いている。もしかしたら眠くて舟をこいでるだけかもしれない。
「休みは、そんなに予定入れてないから大丈夫だけど……」
「よし、決定。私とリムで、きっちり選んであげます」
 はりきる呼都を目の前にして空笑いしか浮かばない春奈……彼女がその夏、水着を着る機会があったかどうかは、定かではない。






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