【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.1】


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【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.1】


「これから先 君が
動き回る屍となって
ぎくしゃくと 夜を歩いたり
まるで蜘蛛のように 地面を這いずる姿を見るのは
あまりに忍びない
ごめんなさい、許してください!
ごめんなさい!ごめんなさい!
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!
許してください・・・」
     ――――筋肉少女帯〈リテイク〉

             ※※※




               0

 両親が仕事にでかけ、その幼い子供たちは家で留守番をしていた。
 七歳程度の少年二人と、四歳くらいの女の子がそこにはいた。三人は兄妹で、その少年ふたりはそっくり同じ顔をしていた。
 双子なのだろう、まるで鏡合わせのようにそっくりである。
 彼らはテーブルの上にばらまいたたくさんのカードをシャッフルしている。
 どうやら三人は暇つぶしにトランプで遊んでいるようである。
「僕トランプ初めてやるんだけど、カードの種類がよくわからないよぉ」
「うーん、いっぱいあるもんね。そこから説明しなくちゃね」
「うー、お兄ちゃんたちばっかりずるい! 弥生もやるー!」
「まだ弥生《やよい》には早いよ、お兄ちゃんたちがやるのを見てろよ」
 双子の兄たちは、まだ幼い妹をたしなめ、片方が片方にカードの説明をはじめた。
「カードはいっぱいあるけど、基本的にはハート、クローバー、ダイヤ、エースの四種類だよ。これにみんな数字が書いてあるだけさ」
「このおじさんやおばさんは?」
「クイーン、ジャック、キングだね。僕もこれがなんで絵がついてるのかわかんないけど、やっぱわかりやすいんじゃない」
 二人はわいわい言いながらトランプのカードを見てはしゃいでる。
 そのうち一人が奇妙なカードがまざっているのに気が付いた。
「この変なピエロが書いてあるカードはなに?」
「ああ、それはジョーカーだよ」
「ジョーカー?」
「うん、変った扱いのカードでね、ゲームによって役割が違うんだ」
「へー、変なの。面倒くさいね」
「まーね。例えばババ抜きではみんなから嫌われて、自分に回ってこないようにと警戒されたり、すぐに棄てられちゃうカードだよ」
 双子の二人はその奇妙な黒い道化師の姿が描かれたカードをまじまじと見ていた。片方の説明を聞き、片方は「なんだかそれじゃあ役立たずの厄介ものって感じで可哀想だね」とそう呟くと、もう一人は自慢げにジョーカーのカードを掲げ、
「でも、場合によっては最強になるのがこのジョーカーなのさ」
 少年はそう言って、にんまりと笑った。





      1


 世界が憎い。
 世界を滅ぼしたい。
 世界なんて壊れてしまえばいい。
 そう口にしなくても、どこか心の片隅で思っている人間は意外と多い。
 双葉学園の高等部三年に席をおく茶髪の少女、谷川《たにがわ》あゆみもそう考えていた。
 流行のファッションをとりいれて、何人もの男子と付き合ってみても、灰色の日常、灰色の人生は変ることはなかった。毎日毎日がぼんやりと過ぎてゆき、これは彼女にとってあまりにゆるやかな死刑執行とも思われた。
(ほんと、つまんないな。みんなは苦痛じゃないのかしら)
 彼女は机に頬杖をつきながら自分のクラスを客観的に見つめてみる。誰も彼も同じ話題で同じように笑っているだけ。まるでマネキンが不気味に口を開けているだけのように現実感が無い。みんなは本当に自分の意思があって生きているのか、実は誰かに操られているだけのロボットなんじゃないか、そんな妄想が彼女にはあった。
(いまこの場で私がガソリン撒いて火をつけても、みんな死ぬことを後悔しないんじゃないのかしら。未練があるほど人生を大切にしてないんじゃないのかな)
 そんな物騒なことまでも考えて、溜息を漏らしていた。
 もし自分に異能があったら、もっと人生は楽しかったのかな、そう思い、ついた溜め息は誰に届くでもなく消えていく。
 双葉学園には異能者ではない一般枠の生徒も数多くいる。様々な事情で彼らは学園に身をおいていた。ラルヴァに肉親を殺され引き取られた者。ラルヴァとの戦闘の補助として活躍する者。覚醒する可能性のある者。一般生徒たちはそうして異能者たちと学園と共存していた。
 あゆみもその一人である。彼女は父親をラルヴァに殺されたことがある。しかし、いつも彼女を虐待していた父親が死んだのは彼女にとっては嬉しいこと以外の何者でもなかった。父親を殺したラルヴァに感謝こそすれ、異能者たちのように殺したいとは思ったこともなかった。
 かといってラルヴァに肩入れをするつもりはないが、そう考えている彼女にとってこの学園は少し居心地の悪いものであった。
 それが彼女の倦怠をより強くしている要因の一つでもあった。
 そんな彼女がきちんと時間通りに学校にやって来るのは学業のためではなかった。あゆみはちらりと視線を斜め後ろに向ける。
 そこにはホームルームの準備をしているクラスメイトが席に座っていた。
 可愛らしい顔していて、いつもはにかむような笑顔、それでいてどこか影を感じさせる少年。彼は藤森飛鳥《ふじもりあすか》。あゆみは今まで何度かクラスが一緒になったことはあっても、特に会話を交じわせたこはほとんど無かった。あゆみはこのどうでもいい人間ばかりが集まっている学園で、彼だけをいつも見ていた。
 今日は四月の始業式。再び彼と同じクラスになれたことに彼女は神に感謝していた。それでも飛鳥と仲良くなるきっかけなんてあるわけがなく、彼女はまたも溜息をもらしていた。どんなに傍にいても彼と自分の距離はきっととても遠い。その思いがまたも彼女の倦怠を強くしていく。
(どうして藤森君にこんなに魅かれるんだろう)
 下らない人間たちの中で、あんなに可愛い顔をして笑っている彼を見て、あゆみはそう考えていた。どうせ自分と彼とは釣りあわない。何人もの男と付き合っては別れを繰り返し、誰も愛すことはなく、誰にも愛されることもなく、ただファッションで交際を続けていただけ。
 そんな彼女が唯一恋焦がれてしまった少年。
 この恋が叶わないのならば、大人にならないうちに世界なんて終わってしまえばいい。
 彼女はそう願った。


             ※


(もうすぐ始業式か。下らないな、さぼってもいいが目立つ行為はまずいだろうか)
 教室で石のように動かず、じっとしている男子生徒、古川正行《ふるかわまさゆき》はうんざりしながらつまらない時間が経過するのを待っていた。
 彼は普通の人間ではなかった、異能者であった。
 そして普通の異能者でもなく、脳をいじられ、異能と肉体を強化された改造人間と呼ばれる存在であった。改造人間はオメガサークルという違法科学機関の人間兵器である。彼はオメガサークルの工作員として学園に送り込まれた。
 衝撃のバラッド。それが彼のコードネームであり、そちらが真の名前でもある。
 バラッドの任務は調査と報告。とは言っても特に決まった調査対象は無く、学園で何か変ったことがあったら逐一機関に報告するといった類のものである。
 しかし彼が学園に来て以来特に変ったこともなく、とりためて報告することはあまりなかった。せっかくの底上げされた異能を使う機会もなく、彼は鬱屈としていた。
 暴れたい。
 ただそれだけを考えていた。
 戦闘特化の異能である彼は今までも何人もの敵を殲滅してきたエースである。戦うことに愉悦を感じ、オメガサークルに拉致され、改造されたことさえも感謝しているくらいであった。それなのに自分の力を誇示できない今の状況にとても苛立っている。
 何か面白いことが起きないか、そう考えていてもどうしようもないことはわかっている。だからといって勝手な行動をとれば機関に消されてしまうかもしれない。
 彼は苛立ちながらクラス全体を見回す。
 今この瞬間、こいつらを殺したらさぞ面白いことになるだろう、そう頭に思い浮かべ、少しだけ唇を醜く歪ませた。すると、何故か一人の男子生徒と一瞬だけ眼が合った。
 女みたいな顔をしたその生徒は普段見せない厳しい視線で彼を睨んでいた。
(あいつは藤森――。何をこっち見ている)
 バラッドは負けじと彼を睨みつける。普段は大人しくいつも笑っているような藤森飛鳥をバラッドは嫌っていた。学園外で見つけたら殺してやりたいと思ってもいた。飛鳥のようにいつもへらへらとしている軟弱な人間を心から嫌悪しており、女みたいな顔に女みたいな細い体。いつかへし折ってやりたい、そういう願望で彼の胸はいっぱいであった。
 ある意味それは歪んだ性癖のようなものなのかもしれないが、バラッド自身にその自覚はなかった。
 飛鳥はすぐに視線をバラッドから外してしまう。
 さっきの鋭い眼は、普段の藤森飛鳥とは似て非なるものだとは、この時のバラッドには気づくよしも無かった。

                ※


 雨宮真美《あまみやまみ》は迷っていた。
 一緒のクラスになった藤森飛鳥に話しかけるべきか、やめておくべきか。
 彼女は三つ編みに眼鏡、膝下のスカート丈という、いわゆる“優等生”といった風貌であった。見た目だけではなく、事実彼女の学力は優秀で、これまでずっとどのクラスでもみながやりたがらない学級委員長をしていた。それ故に彼女はずっと委員長と呼ばれ、始業式も始まっていない、役員など決まっていない今も彼女のことをクラスメイトは委員長と呼ぶ。
 そんな堅物とみなが思っている彼女も、普通の女の子のように恋をしていた。
 女の子のように可愛らしく綺麗な顔をした男の子。いつも優しい顔で笑ってはいるが、たまに見せる斜に構えた表情、それらの全てが彼女の母性をくすぐっている。そんな彼女が恋する相手、それが飛鳥であった。
(私なんかが話しかけたりして、鬱陶しいなんて思われないかしら。ううん、藤森君はそんなこと思う子じゃないのはわかってるわ。それでも――)
 恋愛経験なんてない彼女にとって、これは初恋であり、どうしたらいいのかわからなかった。こんなことを相談できる友達もいなかった。彼女のことを便利な委員長としか思っていないクラスメイトたちは彼女のことを善意の押し売りだと、揶揄していた。陰でそう言われても彼女は自分が正しいと思うことをせずにはいられない。
 そんな強い心を持つ彼女でも恋は強敵であった。
(私って本当に駄目ね。きっとこのまま何もできずに学生生活を終えてしまうんだわ。飛鳥君との思いでも作れずに、このままずっと)
 雨宮はそう考えるたびに胸が痛んだ。
 このまま学校を卒業して別れてしまったら、もう二度と彼に会えなくなってしまうんじゃないか。
 そして自分は好きでもない人と結婚して、好きでもない仕事について、そうやって生きていくんじゃないのか。そんな風に未来に対しても不安を抱いていた。
 彼女はふと、心の中で呟いてしまう。
 今この時、時が止まってしまえばいい、世界が終わってしまえばいい――と。




        2


 神様どうぞお許しください。
 僕はどうしようもない嘘つきです。嘘だらけの道化です。
 人に嫌われまいといつも楽しくも無いのに皆に笑顔を向け、騙し、欺き、心の中では冷めた眼で彼らを見ているのです。
 そんな風に藤森飛鳥は心の中で懺悔をしていた。
 彼には何もなかった。
 異能も、学校での目的も、将来の展望も、何もない。
 心から信じられる友達も、恋人も、敵も、誰もいない。
「お兄ちゃんって、いつもそうだよね」
 妹の弥生に彼はいつもそう怒られていた。自分の笑顔を嘘だと知っている弥生は、兄である飛鳥を軽蔑していた。それを飛鳥自身も感じており、妹とは距離を置いて、あまり会ってはいない。同じ学園内に通っているのに、学園が巨大すぎるというのもあるが、それでも兄妹がこうして会わないというのは異質である。
 仲が悪い、と言えばそれまでなのだが、それはそんな浅いものではなかった。幼い頃はとても仲がよかった兄妹、一体いつからお互いそうなってしまったのか。
 いや、それは彼が一番よく知っている。
(明日人《あすと》……お前がいなくなってから、ずっとこうだ)
 飛鳥は何か遠い思い出に浸りながら、ぼーっと机に座っていた。もうすぐ始業式が始まる。それまで少しの間ゆっくりしていよう、そう思い席に座り、机を整理する。
(始業式か、いっぱい人が集まるんだろうな。いやだな。息が詰まりそうだ。今から気分が悪くなってくる)
 大量の人間たちに囲まれることを思うと、飛鳥は嫌になってきた。
 吐き気さえ覚える。
 数百、数千の生徒たちが一堂に集まり、ひしめきあう。飛鳥にはそれは耐えられなかった。彼は人間が怖いのだ。恐ろしいから笑顔で取り入ろうとする。
 出来れば近づきたくはない、しかし離れれば人から敵視され、孤独になっていく。それはとても辛い。孤独は身を焦がし、人を死に至らせる。
 自分の半身を失ったことがある彼にとって、これ以上孤独になるのはとても辛いことであった。しかし、それでも人を恐れる彼は、必要以上に人との距離を縮めたいとは思ってはいなかった。
 矛盾とジレンマ。
 それが飛鳥の全てであった。
「い、委員長……」
 飛鳥はおさげの少女、雨宮真美に話しかけた。正確にはまだ委員長ではないのだが、みんがそう呼び、どうせ今年も彼女が委員長をするのだろうと思い、そう呼びかけた。呼ばれた雨宮は少し慌てた様子で、飛鳥のほうを振り向いた。
「ど、どうしたの藤森君」
「ちょっと気分悪いから保健室に行ってきていいかな」
「え、調子悪いの? 大丈夫?」
 雨宮は本当に心配しているように飛鳥の顔を見つめる。
「始業式には出れそうもないから、先生に言ってくれるかな」
「うん、それはいいけど。歩ける? 保健室までついていこうか?」
 そう言う雨宮の親切を断り、飛鳥はそそくさと教室から出て行く。飛鳥は雨宮が苦手だった。いつも積極的で、人の内面に押し入り、親切を振りまく。彼女のような真っ直ぐな人間が飛鳥は理解できなかった。
 廊下をふらふらと歩き、どうしたものかと飛鳥は考える。
 始業式に出たくないだけで、本当に気分が悪いわけではまだない。
 保健室に行くのもためらわれた飛鳥は、このままブラブラとどこかで時間が過ぎるのを待とうと考えていた。
(僕一人がいなくても、きっと誰も気が付かない)
 彼は廊下をさ迷うように歩いていく。
 ふと、窓の外を見ると、桜が咲いているのが見える。
 花は美しい。散っていく姿はとても美しい。
 人間も、こうして散っていく姿が一番なのかもしれない。
 そう、みんな、等しく滅びていけば――
「その考えはこれ以上いけない」
 突然声が聞こえた。
 どこから――? そう思ってあたりを見回しても誰もいない。空耳かと思いまた窓の外を眺めようとした時、彼はありえないものを見た。
 窓には飛鳥と同じ顔をしたものが映っていた。
 いや、窓に光が反射し、自分の顔が映っているということは至極当然のことではある。だが、その窓に映っている飛鳥の姿は奇妙な格好をしていた。
「な、なんだ……これ」
 そこに映る自分は身を包むようなコートとマントを着込み、首にはぎざぎざした付襟、頭はピエロの帽子のような二つ又になっているフードをすっぽりと被り、眼のあたりには赤いインクで涙と星のペイントがされている。まさに道化といった印象である。しかし、ピエロというにはあまりに全ての装飾品が真っ黒で、死神や悪魔のようにも見える。
 そう、それはピエロというよりはまるで――
「ジョーカー……」
 いつか見たトランプに描かれていた黒い道化師の絵にそっくりであった。
「そうだ、僕はジョーカーだ。飛鳥、キミは世界を憎んでいるかい」
「うわぁ!!」
 突然そこに映る道化師の格好をした自分にそう問いかけられ、飛鳥はひっくり返りそうになる。
「な、なんだよお前! ラルヴァなのか!?」
「違うよ、ボクはキミの心に存在するものだ。ボクはキミにしか見えないし、ボクもキミにしか語りかけることはできない」
「僕はとうとう頭がおかしくなったのか……」
 飛鳥は目の前の現実を振り払おうと頬をつねってみるが、目の前の道化師は姿を消すことはなかった。
「夢じゃない……」
 飛鳥は道化を凝視する。自分と同じ顔をした、道化姿の少年。
「お前は……明日人――明日人なのか!?」
 飛鳥はそう叫び窓に顔を近づける。
「明日人……確かにボクはそう呼ばれていた存在であった……」
「何を言ってるんだよ明日人! お前がいなくなってから僕は、僕は――」
 飛鳥は泣き崩れるようにその場に膝をついた。
 藤森明日人。
 それは飛鳥の双子の弟。
 七歳のときに不幸な交通事故で死んでしまった飛鳥と同じ顔をした少年。
 明日人が死んでから飛鳥の人生はずっと、半身がもがれたかのように憂鬱であった。何をするにも熱くなれず、斜に構え、嘘の笑顔だけを取り繕って毎日を生きてきた。
 その時から妹の弥生とも上手く付き合うことができなくなり、両親ともほとんど口を聞かなくなった。
 明日人は異能を見出され、学園に入学することが決まっていた。その転校の日、明日人はダンプに撥ねられ、その短い生涯を閉じた。
 そのつてで飛鳥と弥生も双葉学園に入学することになった。妹や両親といても気まずい彼にとって寮の生活のほうがよっぽど気が楽であった。
 死んでしまった明日人が今、自分の目の前にいる。そんな事実が飛鳥の心を揺さぶっていた。
「飛鳥、ボクはもうキミの知っている明日人ではない。ボクはただの藤森明日人の魂の残滓、いわば残留思念のようなものだ」
「どういうことだよ……」
「藤森明日人のバックアップ、と思ってくれればいい。彼が果たすべきだった使命、それが今迫っている。ボクは藤森明日人本人の代わりにそれを果たさなければならない。だが今のボクには実体がない」
 明日人――いや、黒衣の道化師、ジョーカーは飛鳥の眼を真っ直ぐに見つめる。
「“敵”が動き始めた。迷っている時間はない。力を貸して欲しい飛鳥」


                ※

 谷川あゆみは突然席を立ち、教室から出て行ってしまった藤森飛鳥を目で追った。
(どこに行ったのかな、トイレ?)
 話しかけられた雨宮が心配そうな顔で彼を見送っていたのを見て、それは違うなと理解できた。
 飛鳥がどこに向かったのか、それが気になったあゆみは気が進まなかったが雨宮に直接聞いてみることにした。
(でもわたしこの子苦手なのよね。いつも偉そうに説教してくるし)
 それでも飛鳥のことが気になったあゆみは雨宮に尋ねてみることにした。
「ねえ委員長、藤森の奴どこ行ったの?」
「え? 気分悪いからって保健室に……どうして?」
 そんなことを聞くあゆみを不審に思った雨宮は眉を細めながら彼女の顔を見る。
「べ、別にいいでしょ。ちょっと気になっただけよ」
「ふぅん。珍しいね」
「対した意味はないわよ。私もちょっと気分悪いから保健室に行くわ」 
 あゆみはぶっきらぼうにそう言って、雨宮の制止を振り切り教室を出て行く。
 勿論本当に気分が悪いわけではない。
 飛鳥のいる保健室に自分も行く口実に過ぎない。
 たとえ同じ保健室にいても会話なんて出来るとは思えないが、それでも彼の隣で寝ていられたらそれはどんなに幸福だろう。あゆみは心を躍らせて保健室へと向かっていく。
 しかしもうすぐ始業式が始まる、ということは保健の先生も保健室にはいないはず。ということは保健室の鍵は開いてないんじゃないのか、とあゆみは思った。
 もし開いていないのなら飛鳥は困ってるんじゃないか、もしそうなら話せるきっかけになるかもしれない。あゆみは保健室への歩を早ませる。
 だが、彼女の期待も虚しく、扉の前には飛鳥はいなかった。
(なんで……? 保健室は開いてるのかな)
 静まり返った廊下を足音立てながら歩き、あゆみは保健室の扉に手をかけた。扉はまるで重さがないかのようにすんなりと開く。
 鼻につん、と来る保健室独特の匂い。薬品や何やらが混ざり合った清潔と潔癖の匂い。あゆみはそんなこの部屋の雰囲気が嫌いではなかった。どこか心安らぐような感じがするのだ。
「すいませーん。ちょっと休ませて欲しいんですけど」
 返事はない。保健室に入ってみるが、やはり教師がいる気配は何も無い。しかし――
「先生はいないけど、休んでいったらいいわ」
 そんな、透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。
 あゆみが驚いて、声のする方向、ベッドの上に眼を向ける。
 そこには一人の少女がベッドから上半身だけ身体を起していた。
「あ、あんた……」
 あゆみは絶句した。
 そこにいる少女はあまりに美しく、まるで天使がそこにいるのかと錯覚しそうになる。
 ガラス細工で出来たような透き通る綺麗な瞳。長い睫毛。小柄だが、それがまた愛らしい雰囲気を纏ってもいる。
 だが一番異彩を放っているのはその少女の白い髪。まるで穢れの無さを表しているかのように純白で、色素が存在しないかのようにさらさらと放たれた窓からそよぐ微風になびいていて、まるで完成された絵画を見ている気持ちになってしまう。
「あんたは、桜川夏子《さくらがわなつこ》……」
 あゆみは彼女の名前を知っていた。
 いや、学園内で彼女を知らないものはいない。しかしその誰もが彼女のことを“いないもの”として認識していた。
 学園内の数少ないカテゴリーFの異能者の一人である桜川夏子は、いつもこうして保健室にいるという話をあゆみは聞いたことがあった。
 特別に保健室で個人授業を受けて教室に行くことがないという。あゆみは思い出す、今日貼られたクラス表に、自分と同じクラスに彼女の名前があったことを。建前上今学期から桜川とあゆみはクラスメイトということになっているようだ。
「そう、私が桜川夏子よ。よろしくね谷川さん」
 あゆみはふいに名前を呼ばれ、びくっと身体を強張らせる。
「何を驚いてるのかしら。クラスメイトの名前くらい知ってるわ」
 夏子は笑っているのか泣いているのか無表情なのかよくわからない曖昧な表情であゆみを見つめる。夏子は学園指定のブレザーではなく、何故か真っ黒なセーラー服を身につけており、なんだか他の生徒と違う神秘的な雰囲気がある。そのためあゆみは夏子にどう接したらいいのかわからなかった。
「あ、あのさ。ここに男子来なかった? こう、女みたいな顔をしたなよなよした奴」
 あゆみは思わず藤森のことをそう悪態まじりに言ってしまう。本当はそんな繊細な藤森のことが好きなのに、他人にそのことを悟られたくは無いのだ。
「女の子みたいな男子……藤森君のことかしら。そうね、見てないわ。今日は誰もここに来てはいないの」
 夏子は飛鳥のことも知っているようで、そう答えた。あゆみはがっくりと肩を落とし、教室に戻ろうかと後ろ向こうとした。しかし、
「待って、谷川さん。あなたも保健室で休みにきたんでしょう。どう、少しお話をしない?」
 夏子はそう言い、シーツを取り払いベッドに腰掛、もう一人分座れる場所を空けていた。それはここにきて座って欲しいという合図なのだろう。あゆみも魅かれるように夏子の隣に座っていった。

                 ※


 古川正行こと、改造人間バラッドは飛鳥とあゆみが教室から出て行くのを不審に思いながらも見送るしかなかった。
 だが、今から始業式が始まるというのに奴らはどこにいくのだ、そう思いながら動きかねていた。何か、少しでも変ったことが起これば暴れる口実になるというのに。たとえ生徒を殺そうと、バックアップの改造人間たちがそれをフォローしてくれる。
 そうなればさすがに学園にはいられなくなるだろうが、それでもこんな下らない任務についているよりは遥かにましだ、そう思いながらバラッドは指をぱきぱきと鳴らしていた。
(そいえば雑音三重奏《ディスフォニー・トリオ》の奴らは異能者狩りの任務に出ていたっけか。俺もあいつらのような戦闘チームに入りたかったな)
 彼は同胞の改造人間のチーム、ディスフォニー・トリオのことを思い出していた。名の通り彼らは三人のチームで、少女のアダージョ、巨漢のレント、優男のタクトで構成されている。凄まじい戦闘力を誇る彼らは、外でオメガサークルと敵対している異能者たちを狩るのが仕事であった。
 彼がその数あるチームの中でディスフォニー・トリオを気にしているのは、アダージョのことをバラッドが気に入っているからであった。アダージョも他の改造人間同様に、拉致され記憶を奪われ、異能を強化されて機関の兵隊にされている。他の軍や組織に売り飛ばされていないだけマシなのだろうが、アダージョはいつもバラッドに不満を漏らしていた。
「どうして私たちは戦わなきゃいけないの。どうして私たちはここにいるの。もうこんなことはうんざりなのよ」
 いつもそうやって弱音を吐いていた。戦闘用の改造人間ではないアダージョは、機関に玩具のように危険に晒されることに限界がきていたようだ。
 この手のぐだぐだと弱音を吐くメンバーをバラッドは嫌っていたが、可愛らしい容姿をしたアダージョだけは特別であった。
 彼女と話をしていると、なんだか心が落ち着く。
 自分もいつかアダージョと同じチームで任務をしてみたいと、常に思っていた。早く学園から開放されて彼女に会いたいという思いは、彼の破壊衝動の元になっていた。蓄積されていく不満や欲求。それらを開放するのに最も効率がいいのが破壊だからだ。
 だから彼はいつも暴れる理由を探している。
 早くアダージョに会いに行くためにも。

             ※

 雨宮真美は明らかに仮病の谷川あゆみを、飛鳥の下へ向かわせてしまったことを後悔していた。彼女のようなタイプが飛鳥のような繊細なタイプの男子を好きになるとは思えないが、それでも自分の好きな男子と彼女のような、遊んでいる、いわゆる不良少女を一緒の部屋に寝かせたくはなかった。
 だからといって今さら保健室に言って連れ帰るわけにもいかず、どうしたものかと溜息をつくしかなかった。
「おい雨宮。何を考え込んでいるんだい。君らしくもない」
「あ、四谷先生。おはようございます。四谷先生が今年の担任なんですか?」
「そうだ、また今年も頼むよ“委員長”」
 彼女に話しかけた若い教師、四谷正治《よつやせいじ》は生徒から人気があり、特に若くて二枚目なためか、女生徒からの支持が高いようだ。しかし、雨宮はどこかこの教師に苦手意識を感じているようである。
(なんでかしら、どうにも信用が出来ないのよね。若い先生は多くいるのになんでかしら……)
 雨宮自身もこの嫌悪感が何に由来するものなのかわからなかった。それでも露骨に避けるわけにもいかず、彼女は四谷と会話を続けた。
「まだホームルームと始業式までは時間ありますよね? どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとお前に頼みたい仕事があってな」
「ええ、いいですよ。先生とも二年のときからの付き合いですし」
 内心は面倒だと思いつつも、優等生的な台詞を言ってしまう自分に、雨宮は少しだけ嫌悪をしていた。
「悪いな雨宮、頼みを聞いてくれるほどいい生徒なんてお前以外にいないからな」
「そうですか。四谷先生の頼みならいくらでも聞いてくれる生徒なら沢山いるんじゃないでしょうか。特に女子は」
「いやはや手厳しいね。キミは僕をそんな風に見てるのかい」
「いえ、別に。すいません」
 二人は廊下を歩いていく。もうすぐ始業式が始まるというのにこの教師は何をしたいのだろうか、と雨宮はいぶかしんでいる。
「先生、何をするんですか?」
「うん、まあちょっと資料の整理をね。大丈夫だよ始業式までには終わる。よしんば間に合わなくても僕の手伝いだって言えば怒られないだろう」
「そうかもしれないですけど、そんないい加減でいいんですか?」
「ははは、あまり生真面目過ぎても人生つまらないぞ雨宮。少しは気を抜かないとな」
 四谷とそんな風に雑談をしながら二人は資料棟の地下に向かっていく。電気が通ってないのかそこは薄暗く、雨宮はこんなところに来たことがなかったために、少し不気味に感じていた。
「先生、何の資料を整理するんですか。ここってあまり使われてないですよね」
「ああ、資料室というよりは倉庫と言ったほうがいいだろう。いらなくなった資料がここに溢れているのさ」
 そう言って四谷は歩を進め、どんどん奥へと一人で行ってしまう。
「ま、まってください」
 雨宮は置いていかれないように駆け足で四谷についていく。
 やがて資料棟地下の最深部に行き着く。
 その最後の部屋の扉は重厚な電子ロックがされた機械の扉であった。
「ここは、こんな厳重に何の資料が保管されているんですか……?」
「双葉学園の暗黒史、さ」
「え?」
「ここには外部に漏れたらまずいものが大量にあるのさ。学園にとって致命傷になりかねないものがね」
「そ、そんなものをどうするんですか先生……。ましてや私になんか」
 雨宮は不穏な空気を感じ取り、この場から逃げ出そうと思ったが、まだ四谷が何をしようとしているのか確信がもてない。
「キミにも見てもらいたいのさ。キミだって許せないはずだ。もしこの学園が裏で何かをしてきたというのならね」
「そうですけど、だけど先生、そんな重要な資料があるならその扉を開けることなんてできないんじゃないんですか」
「そうだね、何重ものロックがかけられているし、踏み込めば警報がなり僕らは消されるかもしれない」
「じゃ、じゃあ諦めたほうがいいんじゃないんですか」
「普通、ならばな。だけど僕にはそんなものは意味がないのだよ」
 四谷は電子扉にぴたりと、掌を置いた。
「残念だが僕は普通じゃないんだ」
 そう言った瞬間、電子扉のロックは解除されたようで、次々と扉が開かれていく。警報も作動してないようである。
「ど、どうして……まさか異能……」
「そうだ、これが僕の異能だ。異能力は何もキミたち子供だけの特権ではないんだよね」
 そう言って四谷は邪悪な笑みを浮かべ雨宮を見つめた。
 どうやら四谷は電子を操る力を持っているらしい。だが、彼が異能者だということは誰も知らない。つまりそれは、彼が異能を隠して学園に潜入していたということ。
(な、なんなの。何が目的なの――)
 雨宮は恐怖を感じ、後ろを振り向いて逃げ出そうとしたが、四谷はその腕を掴んだ。
「は、離して!」
「そうはいかない。キミにも知ってもらわなければならない」
 そう言って四谷は雨宮を資料室の中に引きずりこんでしまう。
 そして、重厚な扉が閉まり、鍵がかけられ、もう逃れることはできなくなってしまった。







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