【海辺にて】


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 【海辺にて】


「今日から私も中学生なのだ……」
 季節はもう春だとはいえ、陽も昇り始めてまだ間もない早朝、しかも強い海風の吹きこむ浜辺はまだ肌寒く、少女は両手をコートのポケットに突っ込み、首を縮こめ海岸を歩いていた。
 始業式の開始まであと二時間半。
「もう初等部の御鈴お嬢様ではない。私はおとなのれでぃになるのだ。なぁ白虎」
「うなー」
 少女は、肩に乗せた白い小さな虎猫のような生き物に声をかけ、厚底ブーツで歩きにくそうに浜辺を進んでいく。
 幼いころから、人の上に立ち世のため人のために尽せるような、誰からも愛されるような優しく強き者になるべしと教えられてきた。
「……やはり、おとなのれでぃになるためには、何か大きなことをしたいものだな」
 思慮顔のまま両腕を組み前を見据え「むむむ……」と声をあげる。肩の白い虎猫のような生き物が少女に頬ずりをすると、
「白虎よ、お前はいつものんきでいいな」
 白虎と呼ぶそれの頭を軽く撫でてやる。白虎は目を細めると再び「うなー」と鳴いた。

 特別ここに用があるわけでもなかった。ただ遠足前日のようになかなか寝付くことができず、朝も空が白みだす前から目が冴えわたってしまった。
 シャワーを浴び、真新しい中等部の制服を纏うと居ても立っても居られず、少女は日の出とともに家を飛び出した。
 しかしこのまま直接学園へと向かっても、数時間は待ちぼうけになってしまうだろうと、少女は思い立ち、海岸へと足を運んだ。

 東京湾に浮かぶ双葉区は全域が埋立地によって作られているが、少女の歩く海岸は人工的とはいえ数キロに渡り砂浜が設けられていた。夏にもなればそこかしこに海の家も建ち並び、たくさんの海水浴客で賑わうことだろう。
「……ん?」
 ふと、人気《ひとけ》のない海岸沿いの何百メートルか先に打ち上げられてるピンク色の塊が視界に入り小さく声を洩らす。
 すると、肩に乗せていた白虎が飛び降りると、それに向って急に駆け出した。
「なっ、待て! どうしたのだ白虎っ」
 厚底ブーツで足をもつれさせながら、少女も白虎を追い走り出す。
 徐々に近づくそれを見ながら……少女の背筋に悪寒が走った。
「……人、だと!?」
 海岸に打ち上げられていたそれは、ピンク色の服を着た人の姿だった。
「やはり人だ! 急ぐぞ白虎!!」
「うなー!」
 少女は足を速めその人影に駆け寄ると、肩を抱きあげ小さく揺さぶる。
「おいっ、大丈夫か! しっかりしろ!!」
 それは少女と同年代の、ピンク色のパジャマを着こんだ女の子だった。文字通り海岸に打ち上げられたのだろう、全身ずぶ濡れの姿で唇は紫に染まり、海風による寒さにガタガタと震えている。
「――よかった、生きてる……」
 小さく安堵のため息をつく。少女はハンカチを取り出すと顔の砂を払い落し、海水でベタベタになったショートヘアの水滴を拭ってやるが意識を取り戻す気配はない。
 ぺちぺちと頬を叩いてみるが効果なし。――これは参ったぞ。
 少女は女の子を抱えたまましばし考え込み、何かを思いついたのか慌てて端末を起動させ、とある知人へと通信を入れた。

「……はい」
 電話口に出たのは寝起き丸出しの少年の声。
「金の字か。私だ。すまんが頼みがある」
「なんだよお嬢、頼みって……。ってまだ七時にもなってねーじゃねーか」
 少女は小さくため息をつくと、
「もう朝だ。それに今日から新学期だぞ」
「あーわかったわかった。で、何の用だ、お嬢」
「……私のことをお嬢と呼ぶのもお前だけだぞ、まぁいい。今すぐ海岸まで迎えに来てくれないか。人が倒れておったのだ」
「何で俺が、そんな得にもならんことを……」
 本心だろう、それは露骨に嫌そうな雰囲気で。しかし少女はめげずに続けた。
「そんなことを言わないでくれ。お前しか頼れる者がおらんのだ」
 会話をしながら抱えた女の子を確認する。まだ意識が戻る気配はない。
「この人はどうしても助けたいのだ。……何故かはわからんが、私がここへ来たのも、金の字に頼み込むのも、何かそうしなきゃならない縁があるような気がしてならんのだ、だから……」
 相手に見えもしないのに、少女は通話越しに深々と頭を下げ、
「頼む、この通りだ」
「ちっ、しょうがねーな。お嬢にゃ借りもあるからな……、ヘリで行く。十五分、いや十分で着くから待ってろ」
 少年の言葉にほっと安堵の表情を浮かべる。
「恩に着るぞ、それでこそ私の知る金の字だ」
「だからいつも言ってるが俺の方が二つも年上なんだから金の字って言うな、お嬢!!」
「お前もお嬢などと呼ぶでない! 今日から私はおとなのれでぃになるのだからな!!」
「へ?」
「こっちの話だ。すまぬが、とにかく頼んだぞ」
 通信が途切れる直前、少年が大声で使用人を呼ぶ声が聞こえた。

「寒い……、こ……ここは?」
 少女たちの通話口の声で意識を取り戻したのか、うつろな目で自身を抱きかかえる少女を見上げ、呻くように呟いた。
「気づいたか。ここは双葉区の海岸だ。心配するな、私がついているからにはもう安心だ」
 ニッと笑ってみせる。
「まずはその姿をどうにかせんとな。立てるか? ……えっと、名を何という?」
 少女は先に立ち上がると、羽織っていたコートを女の子の肩にかけてやり、支えながらその手を引き立ち上がらせる。
 少女よりも頭半分ほど高い背丈。そして少女と大差のない起伏の乏しい肢体。
 その女の子は、少女の問いに首をかしげ一瞬眉をひそめ、
「――名前、アタシのなま……え?」
 言って、そして青ざめた表情で自身の肩を抱きガタガタと震えだす。それが寒さによるものだけでないことは明らかだった。
「ちょっ、どうしたのだ!?」
「名前、何だろ……わからない、わからないよ。アタシって誰!?」
 女の子はそのまま崩れ落ち、再び浜辺に膝をつきこうべを垂れる。
「……どういう、ことなのだ? まさか――記憶喪失?」
 少女は困惑し、質問を続けた。。
「住所や連絡先は?」
「わからない……」
「年齢……は?」
「わから、ない……」
「それでは家族や友人なども……?」
 女の子は少女の問いに、うなだれたまま首を左右に振るばかりだった。
 ふと、女の子の胸元で光るものが視界に入る。
「それは……学生証か。ちょっと失礼するぞ」
 パジャマのポケットに入っていた学生証を抜き取ると、コンソールを操作する。もちろん防水耐水加工のそれはずぶ濡れになっていても通常に起動した。
「……加賀杜紫穏、双葉学園高等部一年B組……。な、私より三つも年上なのか」
 少女は信じられんといった表情でちらりと女の子を見る。
「……かがもり、しおん?」
 女の子が少女を見上げ、首をかしげる。
「そう、加賀杜紫穏だ。それがお前の名……ん?」
 再び学生証に目線を落とす。顔写真、名前、所属クラスまでは明記されているのに、それ以降の住所や連絡先といった情報が全て空欄になっている。
「これは、どういうことなのだ?」
 本来あり得ない空欄がある学生証、そしてその持ち主は記憶喪失という。
「これは、参ったぞ……」
 苦笑いを浮かべ、言葉がこぼれ出た。

「フーッ」
「どうしたのだ、白虎」
 突如、白虎が海に向って唸りだした。それはまるで迫り来る何かを警戒するかのように。
 少女は立ち上がると、波打つ海辺を見据える。――魂源力の気配……それも複数。何かが、こちらに向かって来ている。
 向く方向には船は見当たらない。この時期、しかもこの時間にこんな場所でスキューバダイビングもありえないだろう。
 人ではないとするなら、この魂源力の気配は、まさか――化物《ラルヴァ》によるものか。
 少女は白虎を確認する。子猫サイズながら白虎はすでに臨戦態勢をとっている。頼もしい相棒だ。
 続けて後ろの女の子に意識を向ける。砂浜に座り込んだまま、多少怯えながらも少女たちが向く方向に何があるのかと気にしているようだ。
 ――少なくとも、この人は守ってやらねばな。
 目線をそらさず、気配を探ること数秒。

 突如、壮絶な波音と共に、海が割れた。

「白虎っ!!」
「がおーーー!!」
 瞬時に魂源力を込め白虎を巨大化させる。その姿に驚いたのか後ろで女の子が「ひっ!」とひきつった悲鳴をあげた。
 意識を研ぎ澄まし割れた海を凝視する。まだこちらから迂闊に攻撃はできない。
 気配は複数。もし先手を打って一体でも仕留め損ねたら……? もしカウンターに出られたとき、この人を守りつつ確実に迎撃することができるだろうか。
 考え、迎撃態勢をとり割れた海から覗く海底の先を見据え――

 現れたのは、四人の人間だった。

「……へ? また人間だと!?」
 そこには和服の女性が一人、後ろに長身痩躯で青いサングラスをかけた男と、気を失っているのかぴくりとも動かない少年を肩に担いだ大柄な男が、海水のない海底を並んで歩いていた。
「あら?」
 先頭を進んでいた女性が少女たちの存在に気づき歩みを速める。
 そして、彼女たちが砂浜へと到着すると、割れていた海が音を立てて元の姿へと戻された。
「……異能者か。それもそこそこの使い手だな」
 ラルヴァではないという安堵感から、警戒心を解く。四人組、全員学園生徒の異能者だろう、おそらくAliceに召集された討伐チームか。
 背の高い三人(と担がれた少年一人)と対峙する小柄な少女たち。
 和服姿の女性が、少女の後ろで様子をうかがっていた女の子の姿に気付いた。
「まぁ、こんなびしょびしょで……せめて衣類だけでも乾かしましょうか」
 言うと、和服の女性が歩み寄り、海水で濡れた女の子のパジャマを撫で始めた。
 同時に、布に含まれた水気が女性の手をつたい、音を立ててこぼれ出す。
「うわ、すごい……」
 女性が撫でるごとに乾いていく服に驚きながら、そしてその直後に訪れた不快感に眉をひそめた。
「……でも、すごいザラザラベトベトする」
「海水なので塩分が残ってしまうのは致し方ありません。所詮私は水を操る程度の異能者なので……」
 謙遜しながら足首まで撫で終わり、女の子のパジャマに浮く塩の粒子をを数回払う。
「まぁ風邪ひかないだけましだろう。こいつもさっき乾かしてもらったが、やっぱりザラザラベトベトするぜ」
 大男が笑いながら、肩に担いだ少年を揺さぶって見せた。

「迎えが来たようだな」
 ふと少女が上空を見上げる。けたたましいプロペラ音をたて一機のヘリコプターが少し離れた防波堤の向こう側へ降りていく。
 程なくして、一人の少年が防波堤を越えこちらへ駆け寄ってきた。
「おー、金の字。すまぬな」
「結構遠いな、しかも急いで来てみりゃなんか人たくさんいるじゃねーかよ、お嬢」
「いや、この者たちは偶然今ここで出会っただけなのだがな」
 少年はこの場にいた六人の姿を見るなり、
「へぇ。珍しいこともあるもんだ。ここにいる人間全員上昇表示かよ」
「上昇? 何のことですか?」
 和服の女性が首をかしげ尋ねる。
「……なんでもねぇよ、こっちの話だ。そちらさん四人はAliceに召集されたラルヴァ討伐チームってところか」
「ほう。なかなか鋭いじゃないか」
 少年を見下ろしながら、長身の男がサングラスを光らせた。
「まぁ俺たちゃ即席チームだがな。何をどう検出したらこんな全員初対面のメンツを組ませる編成になるんだか」
「でも、目標のラルヴァは倒せたしいいんじゃないですか」
 和服の女性が微笑み、パンッと手を打った。
「それに皆さんとてもお強かったですよ」
 その言葉に、大男が笑いながら返す。
「よく言うぜ。てっきりサポート役だと思ってたあんたが一番活躍してたじゃねぇか。俺なんて変身したってのにほとんど出番もないまま、気づいたらラルヴァが消えて無くなってたんだぜ」
「トドメをさしたのはは私ではないですよ。異能に関しては地の利やラルヴァとの相性もありますので。それに……」
 大男に担がれた少年に目線を向けると
「彼が自主的に陽動作戦に出ていただけたおかげでとても動きやすかったですし」
 にこにこと害のない笑顔で答えると、青いサングラスの男が後に続いた。
「確かに。ラルヴァの意識がその男に向き続けてくれたのはとても助かった」
「……こいつも、異能自体はとんでもねーもん持ってるんだがな。使い手が成長すればきっと学園内でもトップクラスの異能者になれる素質はあるんじゃねぇかな……おい、いい加減に起きろ」
 大男が再び揺さぶってみせるが、担がれた少年は相変わらず微動だにしなかった。
「その肩の上の男は、大丈夫なのか?」
 少女が不安げに尋ねる。
「なぁに。とんでもねぇスピードで海の壁に突っ込んで、たらふく海水飲んで伸びてるだけさ」
 大男がニヤリとして見せた。

 そんなやり取りを見ていた少年が、身をちじこませながら口を開いた。
「なぁ、もう行こうぜ。寒ぃよここ」
 少女がふと振り返りながら、
「そうだな、すまなかった。ひとまず私とこの方を、私の家まで送ってもらえないか」
「わかった。これで貸しはチャラだからな」
 言うなり、少年は踵を返しヘリへと向かった。何やら大声で使用人に指示を出している。
「では、私たちもこれで。Aliceへと報告もしなければなりませんし」
「大学進学して初日の早朝に駆り出されるなんてな。討伐ポイント割増じゃねーと割りにあわんぜ」
「それでは失礼する」
 三者三様の言葉を残し、一人は結局気を失ったまま、四人は少女たちのもとを離れていった。
「よし、加賀杜よ。私たちも行こう」
 少女は四人の後姿を眺めながら、長いこと彼女たちのやり取りをぼーっと眺め続けていた女の子に声をかける。
「あ。ありがとう……えっと」
「私は中等部一年の藤神門御鈴、こっちは白虎だ。礼など要らぬぞ。私は人として人のために行動したまでだ」
 そっぽを向き、それでもまんざらでもない表情で。数歩足を進めくるりと振り向くと
「急ごう、始業式が始まってしまう。すぐに高等部の制服を用意させよう」
 腰に手を当て仁王立ちで、ニッと笑って見せた。




 この七人は後に醒徒会役員選挙で再び顔を合わせるのだが、それはまた別のお話。




                了








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