【時計仕掛けのメフィストフェレス 劇場版第一部「地獄編」3】


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 A.D.2019.7.10 9:45 東京都 双葉学園 森林公園

 双葉学園島は、全環境型の人口島である。住む人々が気持ちよく過ごせるように、自然施設もしっかりと整備されている。
 この森林公園もその一つだ。
 整備された遊歩道、それを囲む芝生、そして生い茂る木々。
 風は気持ちよく、木陰の下は涼しい。
 虫や鳥がさえずり、木の枝にはリスなどの小動物が餌をかじる。
 そして、芝生の上では何十もの猫が群がり、人間を押しつぶしている。
 ……押しつぶしている?
「え、何あれ……!」
 神無が声を上げる。
「なんだあれ、まさか……」
 ラルヴァの仕業か?
 祥吾の知る限り、猫というものは案外凶暴な一面も持っている。というか動物はたいていそうだろう。
 たしかに猫は人懐っこく、かわいらしい。だが元々猫科の動物というのは狩猟動物だ。飼い猫だって、飼い主のためにとネズミだの何だのを狩ってくる事も多いと聞く。
 そんな猫が大量に群がっている。
 あれは危険だ。
「いいなあ」
 だがそんな危惧をよそに、神無はうっとりとした表情でその猫玉を見ていた。
「へ?」
「いやだって、うちの村には猫さんあんまりいなかったんです。犬さんは居たけど、狩り用に」
「ああそうですか。いやそうじゃなくて……」
 焦る祥吾。その時、
「ふぅ」
 猫の塊から人の首が生えた。
 いや、生えたというよりは、出てきた、が正しい。
 そしてその生首は、神無に輪をかけて幸せそうなうっとりとした顔をしていた。
「……あ」
 祥吾はその顔を知っていた。
「……遠野か」
 そうだった、あれは無類の猫好きだった。遠野彼方、ごく普通の少年である。
「何やってんだ、お前」
「いや、猫とあそびに来たんだよ、缶詰もって。そしたらなんか沢山いてね」
「それでこのねこまんじゅうというかねこダルマというかねこ布団か……」
 今は七月である。
 正直、見てるだけで暑苦しい。しかし本人は汗一つかいていない。どういうことだろうこれは。
「君も入る?」
「遠慮する」
「あの、じゃあ私がはいってもいいですか?」
「おいっ!?」
「あ、いや、女の子と一緒には、流石に……」
 あっさりとOKを出すかと思いきや遠野彼方、普通の羞恥心は持ち合わせているようだ。
 ……こんな公園の中で猫にうずまって幸せそうにしているのが普通の羞恥心かどうかは置いておくことにする。猫好きにとっては普通です。
「あ、じゃあ僕が出るから、そのあとで入ってよ」
「はい!」
 遠野は猫の塊からよいしょ、と出てくる。そして入れ替わりに、神無がその中に入った。
「わぁ、ふかふかしてもふもふして……」
「素敵でしょ。ああいいなあ、家の布団もこれだったら幸せなのになあ」
「それ素敵ですねー、ほんとうに」
 通じ合う遠野と神無。
「……わからん」
 祥吾はそれを理解できなかった。猫がかわいいのは否定しないし、さわると気持ちいいのも理解できるが……
 しかも、何か先ほどよりも猫が増えている気がする。
「うわ、なんだこりゃ!?」
 祥吾の後ろから素っ頓狂な声が上がる。
 振り向くと、そこには三浦孝和と星崎真琴の姿があった。
「三浦……それに星崎も。デートか?」
「いや実はそ「違います」
 台詞を上書きして否定された孝和だった。
「つかこれ何だよオイ。……って遠野、これおまえの仕業かよ」 
「仕業って人聞き悪いなあ。猫と遊んでるだけじゃないか」
「遊んで、なあ……」
「これ、あれよね。ほら……」
 真琴が思い出したように言う。
「スズメバチを焼き殺すミツバチ」
「ああ」
 祥吾、孝和、彼方の声がハモり、ぽん、と手を打つ。
 確かに似ている。
 そしそれはつまり……
「やべぇ!!」
 四人は救出作業に入った。



「ふう……暑かったぁ……」
 神無は汗だくだった。それはそうだろう。
「うーん、君にはまだ早すぎたかな?」
「何がだよ」
「猫への愛?」
 聞いた俺が馬鹿でした、という顔をする祥吾だった。
「しかし……」
 孝和が神無を見る。
 汗だくな彼女は、Tシャツが汗で肌に張り付いている。
 そして神無は……ブラジャーを着けていなかった。
 その大きなサイズの胸に汗でぬれたTシャツが張り付き、その形を見事に浮き彫りにしている。
「ぬぉ」
 孝和は目を見張る。
 その直後、
「逝け」
 真琴が孝和に触れ、そしてその姿がかき消えた。
「駄目だよ、えっと……神無さん、だっけ? 服、どうにかしないと」
「……星崎、それは実に賛同するんだが。三浦はどこに?」
 祥吾の質問に、真琴は笑顔でねこの塊を指差す。

「うおおおお!? 暑っ、じゃなくて熱っ! これはハードだ!! つーか重い、熱い、焼けるっ! 蒸すっ!!」

 いつもの光景と言えば、いつもの光景だった。






 A.D.2019.7.10 12:10 東京都 双葉学園 巨大デパート“ラウンドパーク”

 汗ですごいことになった神無の服を買うため、一堂は巨大デパート“ラウンドパーク”へと来ていた。
 道中は、祥吾が上着を貸していた。ちなみに俺が貸す、と強く主張した孝和は、
「で、貸した後の服はどうするの?」
「そりゃ洗わずに大事に」
 皆まで言う事なく、今度は森林公園の池に飛ばされて落ちて溺れた。
 そして人工呼吸が普通に行われたが、誰が普通にしたのかは本人の為に普通に伏せておく。
 まあそれが無かったとしても、孝和の服も同じく蒸されて汗だくでぬれていたわけだが。

「そういや昼だよね。みんな昼ごはんはどうするの?」
 彼方が聞く。
「メシかー、夕方の為に抜いておきたい気持ちもあるが……でもやっぱり少しは入れときたいな」
「夕方?」
「ああ、いやちょっと打ち上げがな。おまえも来るか?」
「いや、打ち上げなら僕部外者でしょ? いいよ、遠慮しておく」
「そっか。しかし確かに少しは食っておきたいよな、腹ぁ減らしすぎてると、逆に一口食うだけで頭が「メシ食えた」と満足して、満腹中枢? が刺激されるとか」
「確かになあ。つーとフードコートやレストラン街はやめとこうぜ」
「じゃあ地下で試食コーナー……かな?」
「貧乏くせーがそれがベストだな」


 そして、同じことを考えている人間は大勢いた。
 流石は、学園都市というべきか。学生達の考えることは同じだ。
 違う点をあげるなら、祥吾たちは打ち上げの時までのつなぎに過ぎないが、他の学生達はそれで食事を済ませてしまおうと本気であることだ。
 飢えた猛獣。そう評するべきであろう。
「なんだ、こいつら……っ」
 焼けた肉が試食コーナーに盛り付けられると同時に、次々と消えていく。
「……なにこの戦場」
 公共の場、しかもデパートの食品売り場である。
 当然、殴り合いなどがおきているわけではない。
 だが、祥吾にはわかる。これは戦場だ。
 互いの先を制し、場を取り合う戦いの場だ。一見平和で乱雑、それでいて凄惨かつ怒涛な血戦の場だった。

「あれ、お前ら」
 そんな祥吾たちに声がかかる。
 食材を抱えた拍手敬がそこに居た。
「なに貧乏臭いことしてんだよ……」
「いやお前に言われたくないよ、苦学生」
「ほっとけ」
 地獄の寮生活から抜け出るために中華料理屋でアルバイトしている事は、孝和は知っている。
「いや、それよりもお前ら」
「ん?」
 敬は真剣な眼差しで祥吾たちを見る。
 ……正確には、祥吾たちの後ろにいる神無を。
 さらに言葉を足すならば、その神無の胸を。
「その91のGさんはどなたで」
 言い当てやがったコイツ。流石は学園でも五指に入ると評判のおっぱいソムリエである。
「?」
 肝心の神無当人は、それが意味することに気づいていないようだが。
「ああ、実は……時坂が昨日ナンパした」
「してねぇしっ!」
「……まあ、気持ちはわかるがな」
 それを無視し、敬は得心した表情で頷く。
「妹さんも小さいからな、満足できないのは男として当然だ」
「うん、お前一度死ねばいいと思う」
 今なら、試食を奪い合い殺しあう戦士達と同じ境地に立てる気がした。
「まあそれは置いていて、だ。お前ら今日の夕方、来るんだろ」
「ああ」
 打ち上げは、敬の働く中華料理屋である。
「で、俺はその買出しってワケだ。ラウンドパークでセヘルやってたしな。うまいもん食わしてやるから楽しみにしてろ」
「ああ、そうさせてもらうさ」
「んじゃ、また後でな」
 そういつて敬は荷物を抱えて去っていく。

 また後で。
 その約束が果たされる事は――無い。



 A.D.2019.7.10 14:00 東京都 双葉学園 双葉山 プラネタリウム


 双葉学園の名物の一つに、双葉山の山頂の天文台がある。
 天文部御用達であるが、同時に一般公開もされている。
 特にプラネタリウムは、多額の金がかかっているという逸品だ。

 そして今日もまた、双葉学園レスキュー部は出動していた。
「うぉおおお! 落ちる、落ちるっス! マジ死ぬ、これは死ぬっスよ!?」
「大丈夫だ、マットがあるから」
「流石に体育マットじゃ不味いっス!」
「なに、いざとなったら落下途中に発動すればいいでしょ」
 さて、二人が何をしているかというと、プラネタリウムの柱の上に登ってしまい降りられなくなった対象の救助活動である。
「にゃー」
 その対象は、猫であるが。
 しかし猫といっても一個の大切な命である。故に救助する、それがレスキュー部なのだ。
「だああああ、落ちる、落ちるぅ! 願わくばここに来年受験の受験生が居ない事を!」
「居たとしても、そこまでナイーブになる時期じゃないでしょうが」
「わかってねぇ! わかってねぇっス! オトコ心は繊細なんスよぉお!」
「にゃー」
 猫が、市原の手の上に乗っかる。
「ぅおおおお! 今の俺にはこの重みが半端じゃなくキツいっス! 落ちる! 堕ちるぅうう!」
 そして、宣言通りに――落ちた。
「ぎゅぶっ!」
 蛙の潰れたような悲鳴だった。
 そして猫は、くるりと宙返りし、市原の頭を足蹴にし、ジャンプする。
「あ、猫だ」
 そこに通りがかった祥吾たち。彼方がうれしそうに声を上げる。
「にゃー」
 猫もまた、彼方の方にかけよる。
「あれ、君達」
 誠司がそれに気づく。
「あ、誠司さん……でしたね、こんにちは」
「昨日の神無ちゃんか。双葉学園に来たんだね。改めてよろしく、私は菅誠司」
「はい、稲倉神無です」
「あと君は、あれから大丈夫だったのか?」
 誠司は祥吾に聞く。あれとは、レバーの事だろう。
「ああ、あのあと地獄を見たから、今だったらレバーだって美味しく食える気がする」
「?」
 何を言っているのかわからないが、まあ問題ないのだろう。
「あ、大丈夫だったんだ」
 そう話していると、プラネタリウムの中から声がかかる。
 その声の主に対し、誠司は答える。
「ええ、猫は無事ですよ、藤森先輩」
「ん? この人、この仔の飼い主なの?」
 彼方の質問に、藤森飛鳥は首を振る。
「いいや、見かけて心配になってね。風紀委員に連絡入れてみたんだけど、今忙しいらしくて。それで……」
「私達に連絡を入れてきたわけですね。まあ、これも私達の役目ですから」
「うん、ありがとう」
 飛鳥が笑い、例を言う。
「俺……忘れられてるっス……」
 隅っこで誰かが何か言っていた。 


「しかし大人数だね。何かあるの? 君達」
 確かに大人数だ。祥吾、神無、孝和、真琴、彼方、誠司、市原。昨日の戦いに参加した人間が図らずも揃っている。
 ……訂正。一人部外者が居る。普通に混ざっている。違和感が無いあたりが恐ろしかった。
「んー、まあ偶然? 一応、打ち上げのメンバーだな、そういえば」
「だね」
 そこに神無が口を挟む。
「打ち上げ、って……」
「ああ、昨日の作戦の円満解決を祝っての打ち上げってとこだ」
「ああ……」
 その作戦のさなかに、神無は双葉学園の面々と出合ったわけである。
「そうだ、午後からの打ち上げ、神無ちゃんの歓迎会もかねてみないか?」
 祥吾が思いついたように言う。
「え?」
「いや、なんというか、このまま打ち上げになだれ込むと、部外者になるだろ」
「そうだよね、神無ちゃんだけ」
 彼方が言う。
「なんかそれつまんないだろ。少なくとも俺や菅たちにとっては当事者もいい所だし」
「いや、作戦の打ち上げというなら私も部外者だろう」
「細かいなあ」
 祥吾はため息をつく。
「じゃあ打ち上げやめて歓迎会オンリーにするとか」
「グッドアイデアだ時坂!」
「すごいアバウトとも言うよねそれ」
「いやそのあの、それは申し訳ないというか、その……」
 慌ててふためく神無に、祥吾たちは言う。
「遠慮すんなよ。こういうのは人数多い方がいいし」
「だな、確かにそうだ。多くて大きいのが何事も一番だ」
「皆さん……」
 神無は、感極まったように言う。
「なーに泣いてんのさ。この学園じゃこの程度の騒ぎは日常茶飯事だぜ?」
「そうだね。退屈はしないよ」
「つか泣くほど感謝してくれるのなら、そのち」
「うぉ、三浦がまた消えた!」
「あ、さっきまで猫がいた場所に」
「うおおお! 高ッ!?」
 その孝和の光景に、みんなは笑う。
 一人だけ、その孝和浦の落下予定位置に居る市原が戦々恐々としているが、些細なことである。
「んじゃ、夕方の打ち上げは、みんなで神無ちゃんの歓迎会ってことで」
「はい、みんなで」




 その約束は――叶う事はなかった。






 そして。
 夕日が地平に到達する。
 それが合図かのように――
 全ては――動き出す。


「では――作戦を、開始します」



 A.D.2019.7.10 16:00 東京都 双葉学園 商店街


「あれ、みんな打ち上げの道中? 随分と大人数だな」
 商店街への道で、皆槻直と結城宮子が声をかけてきた。
 彼女達もまた、昨日の作戦に参加している。故に、打ち上げには参加するはずだ。
「ああ、でもちょっと事情が変わって、歓迎会も兼ねることになったけど」
「へえ」
「二人とも来るんだろ?」
 だがその言葉に対する返答は、予想に反するものだった。
「それは無理だね。残念だけど、私達には別の任務が学園から下されたんだ」
「ありゃ、そうなのか」
「ああ、残念だ。本当に残念だよ」
 その口調に、祥吾は違和感を感じる。
 何が、と明確にはわからない。だが、妙な違和感だ。
「どうかしたのか?」
「どうもしませんよ、私達は」
 宮子もまた、硬い表情で口にする。
「どうかしてしまったのは、あなたのほうじゃないんですか、時坂先輩」
「――は?」
 完璧な予想外の言葉に、祥吾だけでなく、全員が唖然とする。 
「敵対する気は無い。危害を加えるつもりも無い。ただ、私達の任務はこうなんだ。
“時坂祥吾を拘束せよ”――と」
「な……?」
 それは、思ってもいない事だった。
 異能者チームである二人に降りた任務が、時坂祥吾の“拘束”?
「ちょっと待てよ、俺は何も……心当たりなんてないし、そんな」
「こうも言われているんだ。“拒否するなら力づくで”と」
「はあ!?」
 ますますワケが判らない。
 だがその疑問は、直後の圧倒的な力によってかき消される。
 直の異能、ワールドウィンド。
 異空間ゲートを開き、空気を吸入・排出する力。その圧倒的大気が、祥吾の体を枯葉のように吹き飛ばす。
「なっ!」
 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる祥吾。
「時坂っ! おい、これ一体何だよっ!」
 孝和が叫ぶ。だが直は表情を崩さない。
「言ったはずだよ、任務さ。周りを見てみるといい」
 その言葉で気づく。
 人が、居ない。
「今回のチームメンバーの力でね。人払いと結界は済ませてあるんだよ。
 戦闘になる高い可能性を考慮して、の話らしい。
 つまりこちらにはそれだけの準備があるんだ。だから――」
 一度目を伏せ、そして言う。
「投降しろ、時坂祥吾。君を刺激しないように、昨日……一度はチームを組んだ私達が来たんだ。
 素直に投降すれば、最悪の事態は防げる」
「わっけわかんねぇよっ!」
「流石にこれはちょっとやり過ぎだろう」
 孝和に続き、真琴も一歩前に出る。
 真琴だけではない。誠司と市原もまた、祥吾を庇うように前に出る。
 その光景を見て、直は嘆息する。
「まるで私達が悪役だな」
「やってる事はそうだろうがッ!」
 つかみ掛からんばかりり孝和の剣幕に、直は平然としている。まさに、どこ吹く風、のようだ。
「待て、待ってくれ。なんで俺が――」
 祥吾は痛む体を抑えながら、疑問を口にする。
 理由が全く思いつかない。
「それに最悪の事態って何だよ、わけわかんねぇ」
「だろうな。私にもよくわからない。だがひとつだけ確実なことがある。
 君は、どうやら……世界を滅ぼすらしい」
「は……?」
 今度こそ、頭の中が真っ白になる。
 世界を滅ぼす? 何だそれは。
「とある男子生徒が、夢見の力を持つ少年が、証言している。君が世界を滅ぼす、と。
 そして、神那岐観古都もまたその力で証言している。君が――君の力が、世界を滅ぼす、怪物《ラルヴァ》の如き存在だと」
「な……ん、だって?」
「上は検証に検証を重ねたそうだ。そして間違いないと結論を下した」
「そんな馬鹿な事があるか! だから倒す? それだと、三年前の事件と代わりが無い、再びあの悲劇を繰り返すつもりか!」
 誠司が叫ぶ。
「倒す、とは言っていない。殺すわけでもない。そういう話なら私達も参加しなかったよ。
 だが、私達以外なら――それはわからない」
「どういうことだ?」
「君を狙っているのは学園だけではない。もっと最悪なモノが君を狙っている。
 それに渡れば、君はまさしく世界の敵、世を滅ぼすモノとして、殺害されるだろう。
 だから、私達が君を拘束する」
「何だよそれはっ!」
「国際風紀委員会連盟《Discipline Attackers Nations Team Expert》……通称D.A.N.T.E.」
 忌々しそうに、それを口にする。
「ダンテ……?」
 それは、異能者を育成する世界中の教育機関から集められた、選りすぐりの風紀委員。
 正義と秩序を守るためならば、正義と秩序すら平気で踏み躙ると呼ばれる、エリート機関。いや、異能者による異端審問機関とさえ言われている。
 それに狙われた容疑者は、今まで誰一人として、助かった事は無いと言われている。
「だから、素直に投降するんだ。諦めろ」
「……っ」
 孝和たちは歯軋りをする。
 確かに正論だ。D.A.N.T.E.が動いているというのなら、彼らに見つかる事だけは避けねばならない。
 だが……
「嫌だ、ね」
「……!?」
 祥吾は立ち上がり、言った。
「ざっけんな。誰が世界を滅ぼすだって? そんなこと言われて、そう簡単に頷けるか……!」
「だろうな」
「こういうパターンなら、筋書きはこうだろ。
 世界を滅ぼそうとしている奴がいて、それが俺に責任を押し付け、その裏で計画を進めてる……漫画とかでよくある陳腐な展開だ!
 ふざけんな、そんなのに乗せられてたまるかよ!」
「なら直のこと、潔白を証明するために投降するべきだろう」
「痴漢冤罪と同じだよ! 一度下ればもうチャンスはほとんど巡ってこない。なら……」

『抗うのですね』

 祥吾の心のうちから、声がかかる。
 そこは……一言で言えば、「発条仕掛けの森」とでも言うべきだろうか。
 樹がある。草がある。花がある。虫がいて鳥がいて獣もいる。
 その全てが、歯車と発条と螺子と……
 機械で出来ていた。
 チクタクチクタク、とリズミカルに響く音。
 ガタゴトガタゴト、と重厚に響く音。
 それは鳥や虫や獣たちの鳴き声。
 ここは――この夢は、全てが歯車で動いていた。
 そこに佇む一人の少女。
 ラルヴァと戦うために創られた、人造のラルヴァ。時計仕掛けの悪魔――メフィストフェレス。

『ああ』
 祥吾の意識は、そこに降り立ち、答える。
『俺は、世界を滅ぼさない。というかそもそも、俺にもお前にもそんな力なんてない』
『ええ、そうです。所詮私は模造品。オリジナルのメフィストフェレスとて――ファウスト博士を堕落させるが精々』
『俺だってお前が居なければ――ただの人間だ。黒幕に何吹き込まれたかしらねぇが、あいつらは俺たちを買いかぶりすぎだ』
『ですね。身に余りすぎる光栄は逆に不快です』
 祥吾とメフィは頷きあう。
『だから――』


 祥吾は立ち上がり、口にする。
 それは呪文。それは聖約。それは禁忌。
 そう、黄金懐中時計に封印された時計仕掛けの悪魔の機構を開放するキーワード。



   Es kann die Spur
 ――我が地上の日々の追憶は


   von meinen Erdetagen
   永劫へと滅ぶ事無し


   Im Vorgefuehl von solchem hohen Glueck
   その福音をこの身に受け


   ich jetzt den hoechsten Augenblick. Geniess
   今此処に来たれ 至高なる瞬間よ



 黄金の懐中時計が解れ、崩れ、砕け――幾つもの弾機、発条、歯車、螺子へと変わっていく。

「これが……」
「あの……!」

 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――


   Verweile doch! Du bist so schon
   時よ止まれ、お前は――美しい!



 力が、爆現する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる黒きクロームの巨躯。
 黒く染まる闇色の中、黄金のラインが赤く脈打つ。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 背中からは巨大な尻尾。
 頭部にせり出す二本の角、全体の鋭角的なシルエットからはまさしく竜を連想させる。
 それはモデルとなった悪魔――地獄の大公の姿ゆえか。


 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、
 時計仕掛《クロックワーク》か《デ》け《ィ》の《ア》悪魔《ボロス》――

「永劫機《アイオーン》……メフィストフェレス!」


 時が止まる。
 愛すべからず光の存在は、周囲の時を止めてしまう。まるで、時から拒絶されたかのように。
 制止した時の中、それすらも引き裂くかのように時計仕掛けのクロームが吼える。
 祥吾の頭の中に、浮かんでくる何か。
 それは明確な言葉ではない。文字でも映像でもない。
 だがそれでも、判る。
 自分に何が出来るか。この悪魔に何が出来るか。
 そして――何をすべきか。

「戦うというのか」
 直が言う。
「そっちが退かないなら――押し通すまでだ!」
「勇ましいな。だが無謀だ」
「無謀はどっちだよ。二対二としても……悪いが、まともにぶつかればコイツの方が強いぜ」
 祥吾は二対二、と言う。それはつまり、孝和たちを頭数に入れていない、彼らは無関係だ、と言っている。
 それを判っているから、直たちも異議を唱えない。
 直たちにとっても、彼らは同じ戦いを繰り広げた友人だ。
 友人を巻き込みたくないのは、双方共に同じ。そしてそれを判っているからこそ、和孝も、真琴も、誠司も、市原も、彼方も――異議を唱えない。唱えられない。
「いや、無謀だよ。二対二? 君は前提から違えている」
「何……?」
「言ったはずだよ。人払いと結界。それは、私のチームメイトが行っている、と。
 そう――」
 直は一歩、後ろに下がる。
「君と戦うのは、残念ながら私じゃない」
 直の言葉の直後――

 空間に異変が起きる。
 揺らぐ空間。空中に波紋が浮かび、そこから――巨大な手が、その波紋を押し広げるかのように現れる。
 まるで空間を引き裂きように。
「な……!?」
 祥吾は瞠目する。 
 知っている。
 あれを、あと酷似したものを知っている。
 そう、あれは――

 力が、爆現する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる鈍きセラミックの巨躯。
 鳥、いや天使の翼を背負った、その威容こそは。

「永劫機《アイオーン》……!」

 祥吾がつぶやく。そして、その内で、メフィが悲鳴に似た声を上げた。
『あれは……何ですか』
 そう、知らない。
 メフィストフェレスは知らない。
 あれが何なのか、メフィストフェレスの知識には、存在しない――!
『十二の永劫機――その中に、あんな永劫機は存在しません!』
「なんだって……!」
 そう、かつて創られた永劫機は十二体。
 そしてその全てを、永劫機の化身たちはお互いを知っている。
 ならば、あれは何なのか?
 そう、あれが永劫機であるならば――
 メフィたちの後に創られた永劫機か、或いは……これから創られる永劫機か。

「知らなくて当然です」
 商店街の店舗の屋根から、少女の声が響く。
 焦げ茶色の髪を二つにまとめた、フランス人の少女、マリオン・エーテ。
「これは、桜子ちゃんの力で完成した――」
 その傍らに立つ、パラダイム・桜子が言う。
「量産型永劫機……アリオーン」
 アリオーンと呼ばれた永劫機が、永劫機メフィストフェレスに飛び掛る。
「くっ!」
 その体当たりを、永劫機メフィストフェレスは両手で受け止める。
『馬鹿な……私達以外の永劫機なんて……ありえません!』
「それがありえているんですわよ。貴女も科学の産物ならば、科学の進歩を舐めてはいけませんわね?」
『いいえ、在り得ないんです! 何故なら……科学では、生み出せない! 何故なら、私達は……!』
 そのメフィストフェレスの悲鳴に、マリオンは答える。
「そう、科学のみでは作れない。何故なら必要とされるのは――魂」
 そう、永劫機はただの機械仕掛けの人形ではない。時計仕掛けの悪魔なのだ。
 故にそれは、精神。魂。そういったモノが必要なのだ。それを組み込まなければ、永劫機はただの人形。たとえ設計図を入手し組み立てたとしても、ただの張子の虎にすぎない。
 ならば、何故?
「私の異能は――魂の分裂」
 そう、マリオンの異能は自らの魂を分裂させる事だ。ここにいるか彼女とて、本体ではない。
「そして私は、精神感応装置《ヒエロノムスマシン》を造ること」
 その魂を宿らせることの出来る装置。それを永劫機との仲立ちとして利用すれば――そう、永劫機にマリオン・オーテの魂を組み込むことすら可能。
「馬鹿な……!」
「その馬鹿を実行して見せました。科学とは、不可能を常に覆してきたのですわよ?」
『だけど、それでは――ええ、人の魂を組み込んだとしても……では、その永劫機は……どこから!? どうやって!』
「そこまで答える義務は、ありませんわ!」
 桜子が叫ぶ。それにあわせて、永劫機アリオーンは何度も拳を叩き込む。
『くううっ!』
 その連撃に、メフィストフェレスは防戦一方になる。
「だが――そんな程度で!」
 祥吾は叫ぶ。
「諦められるか! いいか、教えてやる――」
 祥吾は、己の意思を、魂源力の全てを込める。
 負けるわけにはいかない。
「量産型よりもな、試作型の方が強いって――相場は決まってるんだよ!!」

 そして、祥吾は腕を突き出す。永劫機メフィストフェレスもまた、その動きを、意志をトレースし、必殺の奥義を発動させる。
 時の流れが、視覚的に渦を巻くほどに流れ出す。
 その中心には、時計の図柄のように浮かぶ魔法陣に拘束された永劫機アリオーン。
 メフィストフェレスは、その渦の流れの中心を飛翔する!
 狙うはただひとつ。
 永劫機アリオーンのただその中心に向かって駆ける。


「時空爆縮《クロノス》――」


 メフィストフェレスは飛翔し、そして左手を永劫機アリオーンの中心に叩きつける。
 破砕音が響く。
 岩を砕き、抉り、メフィストフェレスの爪が侵入する。
 探り当てた、その体内の核を――時計を貫き殺す。


「回帰呪法《レグレシオン》!!」


 右手に集う、時間の爆流。
 その全てを、残された永劫機アリオーンの体へと叩きつける。
 左回りに渦を巻く時空流と、右回りに唸るメフィストフェレスの拳。
 その時間の流れがぶつかり合う!
 回帰しようとする流れ。膨れ上がる力。
 それが反応し合い、一気に爆縮し、炎を上げて永劫機アリオーンの全てを粉砕した。


「っしゃぁっ!」
 その光景を見て、孝和たちがガッツポーズを取る。
 だが、直たちといえば、静かに目を伏せているだけだ。
 そう、全てが規定事項であったかのように。
「……?」
 真琴が膝を突く。いや、真琴だけではない。
 誠司も、市原も……みんな、顔を青くし、体を悪寒に震わせている。
 何だ、何だこれは……?
 この悪寒、まるで風邪にでもかかったかのような……

「お、おい……」
 祥吾が誠司たちの方に駆け寄ろうとして――そして祥吾の背筋に悪寒が走る。
 巨大な気配が、もうひとつ。
「な……っ」
 それは、ありえない光景だった。
 たった今倒したはずの――永劫機アリオーン。
 それが、空に浮いている。
 無傷のままで。
 まるで――たった今、召喚されたばかりのように。

「言い忘れていました」
 マリオンが言う。
「私の魂は――分化できるのは、ひとつだけでは、ありません」
「そして、言ったはずですわ。量産型だと」

 時空爆縮回帰呪法は、必殺にして諸刃である。
 それはまさに切り札。
 故にそれを撃ち終った後に、まだ敵が健在ならば――
 永劫機メフィストフェレスに、勝利は残されていない。

「やめ、て……」
 その光景を、神無は目をそらせず、ただ叫ぶ。

「やめてぇええええええええええええええええええええっ!!」

 日の沈む、無人の商店街に――
 クロームのひしゃげる音が――永劫機メフィストフェレスの、敗北を告げる音が、響いた。






 第二部【煉獄篇《プルガトーリオ》】へ
 続く


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