【怪物記 第七話中編】


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怪物記 第七話



  • OTHER SIDE

 別れ谷――突入部隊
「大人数のチーム戦ってのは慣れてなかったから、これでも緊張してたんだけどね」
 突入部隊のメンバーであり、龍河と並んで最前列のフロントアタッカーを努めている直は予想を遥かに下回る敵の攻勢に拍子抜けしていた。と言っても別に蜘蛛型ラルヴァが攻撃の手を抜いているわけではない。むしろ他の戦場を上回るほどの防衛戦力が投入されていた。
 しかし、その大半は下級ラルヴァであった。それゆえに何もできないでいる。
「永劫機……だったっけ? お陰で随分楽できてる。楽すぎるくらい」
 直が後方に立つ機械仕掛けの巨人――永劫機メフィストフェレスを見やる。城の通路は3メートルの巨人には窮屈そうではあるが、ギリギリで天井に擦ってはいない。
 敵の本拠地である城を大した障害もなく進軍できている理由。その一つがこのメフィストフェレスだった。
 メフィストフェレスの織り成す時間堰止結界《クオ・ヴァディス》は結界内に入った下級ラルヴァや異能者でない人間の時間を止める特殊結界だ。つまりは、敵の戦力の大半を占める下級ラルヴァは完全に無力化される。メフィストフェレスには起動するたびに使用者の時間を消費するというリスクがあるが、それも停止した数百体の下級ラルヴァを踏み潰し、その時間を吸収しながら進むことで長時間の起動を可能にしている。
 3メートルのメフィストフェレスがギリギリ通れるこの通路のサイズも味方している。時間堰止結界に影響されずに攻撃できる中級上級のラルヴァがほとんど一体ずつしか出て来れない。
 そうして無力化した下級ラルヴァを踏みつけつつ、散発的に現れる中級上級ラルヴァを戦闘に特化したメンバー全員で撃破しながら悠々と女王蜘蛛へ向かっているのだ。直が拍子抜けするのも無理はない。
『そこの三叉路に差し掛かったら三体の中級ラルヴァが一斉に襲ってきます』
 突入部隊のメンバー全員へ突入部隊の指揮官である春奈のテレパシーが伝わる。
 声と同時に、ラルヴァのデータや脅威度などを示すグラフが全員の眼に映る。対ラルヴァイージスシステムと呼ばれる『ザ・ダイアモンド』の能力の一端である。
 春奈の警告通り三叉路に差し掛かった瞬間に三つの通路から三体の中級ラルヴァが突入部隊を襲撃するが、待ち構えていたはずのラルヴァは逆に待ち構えられていた。直のブラスナックルと竜化した龍河の拳、那美の握撃が中級ラルヴァを迎え撃ち、その頭部、心臓、前部を粉砕する。
 突入部隊が易々と進める二つ目の理由がこの『ザ・ダイアモンド』の索敵・指示能力であった。春奈の能力下では奇襲は奇襲とならず、執るべき行動を最優先で採択することができる。知能BやAのラルヴァが少々頭を使っても彼女の指示を上回る攻撃行動を行うのは難しい。
「罠がありそうね」
 先行していた直は目の前の床へ先ほど頭部を叩き潰したラルヴァの死骸を蹴り飛ばした。すると床は崩れラルヴァの死骸が串刺しになる。侵入者を殺傷せしめるためのトラップが仕掛けられていたのだ。
 直は自分でこのトラップを見抜いたのではなく、自身の視界に“警告表示”が点ったので床の罠だと当たりをつけたに過ぎない。今はもう警告表示――黒い旗のマークは消えている。
 黒い旗の警告表示。それが三つ目の理由だ。
 それは異能『アウト・フラッグス』により伊万里が死を予兆する旗を視たとき、その視覚情報を春奈が『ザ・ダイアモンド』で受け取り、警告表示として各員の視覚情報に挿入しているのだ。
 時間堰止結界、『ザ・ダイアモンド』、『アウト・フラッグス』。
 これら三つの能力により敵の数・戦術・罠の全てを無効化していた。
 もはやここはアウェーであってアウェーではない。
 公平な戦場だった。


 東――不倒山 
「ハァ……ハァ……連中の半分は逝ったか?」
「……いや、七割だ。敵の残りは三百足らず、これ以上の増援も無さそうだ」
 戦闘開始から数時間が経過して、不倒山には蜘蛛の死骸が散乱していた。それでも残っているのは粒子化しなかった分に過ぎない。実際に倒した数は死骸の倍はあるだろう。
 この数時間で不倒山方面部隊は不倒山に展開した土蜘蛛と鬼蜘蛛の大半を駆逐することに成功していた。しかし……。
「こちらもダメージや魂源力切れの離脱者が多い。残った者も僕やお前と同じで魂源力の残量が芳しくない」
 撃端数での優勢は相応の代償を伴った。
 夜間になれば蜘蛛型ラルヴァが圧倒的に有利になる。その最悪の状況を避けるため日が出ているうちに決着をつけようと全力で戦闘行動を行い、そして先に余力が尽きたのは人間側であった。 
 戦術は間違ってはいなかったが、問題は兵数差だった。幼体まで投入してきた蜘蛛の数によって攻勢をしのがれてしまったのだ。
「でかいのもいなくなってあとは雑魚だけだってのに!」
「お陰で姫川さんのコントロール相手もいなくなった」
「ケッ! あいつの分なんざ俺とお前で埋めればいい話だろ」
「馬鹿の京介にしては正しいことを言う」
 京介と宗麻は双方向から迫ってきた二匹の土蜘蛛を背中合わせに撃破する。だが、二人とも攻撃後のふらつきを抑えきれない。
「魂源力どころか体力もガス欠かよ」
「せめて、あと二分隊程度の戦力がいれば……」
 だが、どこにそれだけの予備戦力があるというのか。
 戦線離脱した者が半数以上、残る半数も離脱者と大差ない。もう全員が限界だった。
 満身創痍の彼らに残存する無傷の土蜘蛛が群れを成して迫る。
「アメリカの映画だとこういうときは援軍が来るもんだがな」
「現実とフィクションを混ぜるな。現実はそう……都合よくはない」

「都合の良い展開は嫌いかね?」

 彼らをその牙にかけようとしていた土蜘蛛は戦闘開始時の焼き直しのように十数匹がまとめて吹き飛ばされた。
 土蜘蛛を屠った攻撃は不倒山方面部隊と土蜘蛛の側方、小高い崖の上より放たれた。
 その攻撃を放った者たち、それは……。
「援軍はいる。我輩達だ!」
 蛇蝎兇次郎率いる裏生徒会、及び蛇蝎に弱みを握られて協力を強いられる生徒たちだった。
 名乗りを上げ、生徒たちも土蜘蛛もポカンと蛇蝎らを見上げている。
 それを見下ろしながら蛇蝎は小声で傍らの工克巳、相島陸に話しかける。
「クックック、我ながら惚れ惚れするほどのタイミングだ。
 秘密裏に作戦への参加許可を取り付けておきながら序盤中盤は巧妙に理由をつけて出陣せず、終盤の窮地で颯爽と現れる。どうだ?」
「御見事です蛇蝎さん」
「いいとこ取りで狡いよね」
「そう褒めるな」
「褒めてないよ」
「さあ往くぞ。目前のラルヴァを蹴散らし、我々の支持を獲得するのだ!」
 かくして不倒山の戦いはそう遠くない決着へと動き始めた。

 南――網里町
「あかんわ」
 網里町……だった場所の惨状を見回してスピンドルはぼやいた。
 戦場になったエリアの家屋は軒並み倒壊し、樹木は倒れ、枯れ、無事な自動車はジープが一台のみ。加えて死屍累々。
 構造物の破壊、及びそこらに転がっている人間は彼自身も原因の一因であるが、倒れている者を“聖痕”の構成員に限定すればそれはもう完全に相手によるものであり、また相手の異能力者は一人として倒れていない。
 より的確かつ簡潔に言ってしまえば。
 “聖痕”側はスピンドル一人残して全滅していた。
「なんでこうなったんやろ? ……考えるまでもあらへんか」
 彼は双葉学園の異能力者は人間同士の戦闘はともかく殺し合いには慣れてないと踏んでいたのだが、巡り合わせ悪く双葉学園の生徒の中でも特にネジの外れた面々と戦うことになり、劣勢に追い込まれた。
 この任務に就いた“聖痕”構成員で最も戦闘力が高かったスピンドルは攻撃を阻む唯の結界と接近を封じる揚羽の燐粉、デンジャーの銃撃に完全に封殺され、他の構成員は久留間戦隊との戦闘及び揚羽とデンジャーの流れ弾で次々と戦闘不能に陥った。
 そして気づけば壊滅である。
「黒ボンのフローリングカオスに意味ありげに小言を言われんのは嫌やなー。ただでさえこないだミスっとるし」
 スピンドルが悩んでいると街の北西部からある一団が現れた。
「え? ここは……網里町?」
「おかしいですわね。私たちは別れ谷に向かっていたはずですのに」
 それは蜘蛛猿部隊を撃破し、爬蔵森を突破した爬蔵森方面部隊の面々だった。
 だが、彼女らにとってここを訪れたことは本意ではなく、訪れたつもりもなかった。
(……ヴェイプらはきっちり仕事こなしたゆーことかい。ほんま、俺ばっかあかんなぁ)
 “聖痕”は西の爬蔵森にも構成員を配していた。その内わけは空間操作、幻覚に特化した人員であり戦闘要員を固めた網里町への誘導を任務としていた。
 本来ならば対人戦に不慣れな双葉学園側を対人戦に特化した“聖痕”側が早急に始末し、誘導されてきた爬蔵森方面部隊も続けて片付ける手筈であった。が、現実はご覧の有様だった。
『ちょっとスピン! これどういうこと!?』
 スピンドルが耳に装着している骨振動の通信機に外部からの通信が伝わる。通信の声は少女のものだった。
『すまへんなぁ。フルボッコされてもうた』
『すまへんなぁ……じゃなくて!』
『ま、任務は失敗やな。俺は自力で帰るさかい先に帰っててくれへんかな』
『でもスピン……』
『ギーもキャスも白やんもいなくなってしもたし、馴染みの顔がこれ以上減るのもあかんわ。それにヴェイプはちょびやしなー』
『ちょび?』
『ちっこいぺちゃぱいちんまいチビっちゅう意味や』
『スピンのバカ!』
 通信はまるで受話器を叩きつけるような勢いで切られた。
「そんであと可愛いゆー意味があるんやけど、ま、別にええわな。っと」
 スピンドルは首を左に傾ける。直後に頭部があった場所をデンジャーの弾丸が通り過ぎていく。
 今の通信や先刻の思案の間も、スピンドルとデンジャーらの戦闘は継続していた。スピンドルは防御に徹することでなんとか捌き切れているが、数の差がある今はそれも長くは続きそうにない。
「何とかするのはええけどどう何とかすればええかな」
「何ともならねー八方塞がりだわね」
 気づけばスピンドルは囲まれていた。
 正面にデンジャー。
 右方に久留間戦隊。
 左方に揚羽と唯。
 後方に欠員なしの爬蔵森方面部隊。
 四面楚歌。
 爬蔵森の部隊はまだ状況を完全には把握できていなかったが、デンジャーらと戦っているスピンドルが敵対勢力であることはすぐさま理解し、包囲に加わっている。
「投降するなら柱に縛り付けて両足撃ち抜くだけで勘弁してやるわよ」
「それ、かなりムゴい処刑法やからね?」
 両足の銃創から出血し続けていても縛られているので止血できず、頭に血が上ることもないので強制的に冷静な頭で死を待つしかないという。
「けれどもうあなたに降参以外の選択肢は残されていないんじゃないかしら?
 この状態から私達を全滅させられるなら話は別だけれど」
「全滅ねぇ……」
 絶体絶命の窮地にありながら、

「簡単やなぁ」

 スピンドルはその笑みを微塵も崩すことはなかった。
「!?」
「何で俺がこんなあっさり包囲されたと思とるねん。纏めて片付けるために決まってるやろが」
 スピンドルが両手を掲げる。
 デンジャーが即応し銃弾を放つが、見えない壁――高速回転する空気の壁に進路を捻じ曲げられ明後日の方向に飛んでいく。
「こうなると他の連中が全滅したのも都合がよかったのかもしれへんなぁ。この技、でかすぎて味方まで巻き込んでまうからなぁ」
 スピンドルの周囲の空気が回転力と範囲を増大させていく。
 砂埃がスピンドルの姿を覆い隠すほどに巻き上がる。
「まさか……竜巻!?」
「大当たりや! 纏めて空の彼方に吹っ飛ばしたるわ!!」
「チッ! 総員退避! 物陰に隠れて伏せろ!!」
 生徒達がスピンドルの包囲を解き、可能な限り離れようとする。だが、果たして竜巻という自然現象、否、人工自然現象にどこまで抗えるか。
 空気の回転は尚も巨大化し、遂に竜巻の領域に到達する――

――直前で雲散霧消した。

「……?」
 砂埃も収まり、空気の回転も余波の風を残すのみ。
 回転の中心点にスピンドルの姿はなく……代わりに人間大の大穴が地面に空けられていた。
 穴の奥からはドリルで地面を掘る音と笑い声が響いてくる。
『なはははははは! アホアホー! 竜巻なんてけったいなもん出せるわけあるかい! 専門外やー! ものの見事に騙されよったわー! わははアホやアホやー! スレンダーちょび体型やー! なははははは!』
「……おいお前ら。あいつを捕まえてあたしの前に引きずりだぜ。爪先から蜂の巣にしてやる」
 そのときのデンジャーの顔は……直視するのが危険《デンジャー》なまでの般若の形相だったという。

 こうして網里町の戦闘は終結した。


 最南方――作戦指揮所
『東部不倒山制圧完了! 戦闘続行可能な人員を選出して別れ谷に向かう!』
『南の網里町、制圧完了。色々あって西の部隊と合流したわ。魂源力が切れかけてる面子はここに残して……なに? 自衛隊がまだ車両の中で呻いてるみたいだからレスキュー部の連中の手伝いがしたい? 勝手にやれば?
 西と南の元気なのは別れ谷に、あたしと若干名は敵の追撃をやるわ……あの糞ニットぶち殺す』
「順調みたいね。あとは空と北と本拠地だけど、どうなってる?」
 重換質は智佳のデスクにお茶を置いて話しかけた。質はオペレーターを務める親友の智佳と弥乃里に連れられる形でここに来ていた。と言っても前線に出ることはなく、オペレーターとしての作業も本職の邪魔になりかねないのでもっぱらお茶汲み係になっている
「ありがと質。今の状況は空だとこっちが押してる。投入できた戦闘員の数が少ないから時間がかかってるけど多分こっちが勝つ。本拠地は弥の索敵だとラルヴァの数はドンドン減ってるみたいだから、あとはボスを倒せるかどうか。
 問題は北」
「グルジオラス、だっけ」
「こないだ出てきた天蓋地竜と並んで国際規模で位置情報を把握しなきゃならない超大型ラルヴァの一体。中に何万匹ってラルヴァが棲んでるいわば歩くラルヴァ牧場だね」
「やばそうね」
「それとグルジオラスに加えて不安要素がもう一つある」
 智佳はモニター上で視線誘導方式のカーソルを動かして、ある一つの光点をロックする。
 その光点は地図上ではゆっくりと、しかし実際には乗用車ほどの速さで南下している。

「北方からラルヴァが一体南下してきてる。それも、グルジオラスに向かって」


 北――グルジオラス
 鳥が舞う。獣が走る。森が這う。
 さながら自然の概念そのものが牙を剥き襲い掛かってくるかのようだった。
 双葉学園の生徒である彼らはこれまでに何度も鳥型、獣型、あるいは樹木型のラルヴァと戦ってきた。今の状況はそのどれとも当てはまり、絶対に当てはまらない。桁が違いすぎるのだ。
 襲い掛かるビーストラルヴァを倒しても数は一向に減らず、砲撃型の異能力者が森へと攻撃を放っても幾らかの樹木を破壊しただけに留まる。それどころか、グルジオラスはそれらの死骸を踏み潰し、噛み砕き、飲み込んで前進し続ける。
 弱肉強食。「人間は小さい、自然の前ではこんなにもちっぽけなのだ」と言い聞かせるような怒涛の進軍。立ち止まれば飲み込まれて潰され尽くすであろうと確信せざるを得ない圧倒的な威圧感。無数の猛獣で武装した森林。それが<ワンオフ>――武装森林グルジオラス。
 水分は背後に迫る巨大な気配を感じながら川に沿った未舗装の道を走っていた。彼女はある場所を見つけるために前方を注視している。
(誘導し始めてからかなりの時間が経ちました。まだ……まだ着かないんですか?)
 彼女は最初からある場所を目指して北に向けて走り続けていた。だが、目的地はまだ見えない。地図上では指先程度だった距離が、あまりにも遠い。このままでは……。
「あっ」
 不意に水分は足を踏み違え、膝を着いてしまう。
 フルマラソンのように走り続けて数時間。水分の足はもう限界だった。彼女だけではない、他にも何人かの生徒が膝を着いている。日頃からラルヴァと戦うためにトレーニングを積んでいると言っても、身体強化系でもなければこのペースで走り続けるのは自分の身体に無理を強いていた。
 そしてグルジオラスの前で立ち止まれば、飲み込まれて、潰されつくす。
「副会長!!」
 水分のいた場所をグルジオラスが蹂躙する。
 部隊の女子生徒が悲鳴を上げる。
 だが、彼女は無事だった。彼女がグルジオラスに飲み込まれる直前に彼女を抱え上げて走り出した生徒がいたからだ。その生徒は、彼女も知っている人物だった。
「あなたは……斯波君?」
 斯波涼一。隠されたもう一つの名は違法科学機関オメガサークルの改造人間、オフビート。この作戦で水分の指揮する垂芽川方面部隊の一人だった。
(斯波君が助けてくれたの、他の子達は……)
 水分が抱えられたまま辺りを見ると、倒れていた女生徒たちはみな余力のある男子生徒に抱えられている。彼女は少し安心したように息をついた。
 しかし、彼女を抱えているオフビートは決して安心していなかった。
(咄嗟に副会長を拾ったのはいいけど、まずいな。俺の体力や運動能力はあくまで常人よりも少し高い程度、数時間走ってからで人を一人、それも俺より背の高いのを抱えていたんじゃこのペースをそう長く維持できない)
 彼の異能はあくまでも超能力系であり、それも身体機能を補佐する働きのない異能だ。身体改造を受けてはいても本職の身体強化系のように人を抱えて延々と走り続けるのは無理だった。このまま走れば遠からず二人とも追いつかれてしまうだろう。だからといって水分を置き去りにするという選択肢は無論ない。彼がそうしたくないというだけでなく、彼らが行おうとしている起死回生の作戦、唯一の勝機は彼女無しでは成立しないのだから。
 思考のさなか、横合いから野犬に似た一体のビーストラルヴァが水分を抱えたオフビートへと牙を向けて跳びかかって来た。
 オフビートは咄嗟に左手を振る。
 そして左手を振るうと同時に、彼の異能である高周波シールドを展開する。
 全てを拒絶する盾を纏った左手がビーストラルヴァの胴体に食い込み、その肉と肉を完全に解離させ、両断する。
 だが、迎撃は代償を伴った。
(……! バランスが!)
 両手で人を抱えて走るという慣れない状態から立ち止まらずに左手で異能を行使したためにバランスが崩れ、オフビートは水分を抱えたまま倒れる。
 転倒の間、オフビートは緊張で時間の感覚がゆっくりになってゆくのを感じた。
(今ここで転べば間違いなくグルジオラスに食われる! だが、体勢を立て直すことも、転んでから起き上がる時間も……ない!?)
 そして二人は転倒し――地面とは違う硬さと柔らかさが混ざった感触の上に倒れこんだ。
「?」
 オフビートは一瞬なにがどうなったか理解できなかった。
 自分は倒れ、走っていない。それどころか足が宙に浮いている感触がある。
 だというのに周囲の景色は後ろへと流れていく。まるで車に乗ったときのように。
 いや、ある意味ではまさにその通りだった。
 彼らは車と見紛うほどに巨大なバイク、その車体に付随したサイドカーの座席にはまるように倒れこんでいたのだ。
「間一髪だったなお二人さん」
 声はこの化物のようなバイクを運転する生徒から発せられた。
 そう、彼もまた双葉学園の生徒である。
 名を西院茜燦。そして彼が駆るバイクの名はパラス・グラウクス。超科学の粋を集めたモンスターマシンである。
「しっかしまぁ、東が終わったんで北の怪我人回収しに来たらとんでもねえことになってるな」
 茜燦はサイドミラー越しに後方のグルジオラスを見て、その巨大さに呆れたようにため息をついた。
「ゼンザ兄ちゃん! あれ<ワンオフ>や<ワンオフ>! アタシ初めて見たわ!」
 茜燦の座るシートとコンパネの間に収まって座っているオペレーター役の鵡亥未来来が興奮したように叫ぶ。
「<ワンオフ>、ロスでトライクを奪取しようとした【歯車大将】ってのと同じか!」
「ゼンザ兄ちゃんどうするん!」
「どうするっつってもこの状況じゃ……。副会長! 何か手はありますか?」
 茜燦はサイドカーの上でひっくり返った状態からなんとか普通に座りなおした水分に声をかけて尋ねる。
「北に……。急いで北に向かっていただけませんか?」
「北?」
「そこに、武器があります」
「武器言うたってここらには学園や自衛隊の基地なんてあらへんし、あんなん相手じゃ戦車だってひとたまりもあらへんよ!」
 現に戦車に匹敵する戦闘力を持った異能力者が攻撃を繰り返しても効果はないままだ。
「それに後ろのデカブツだけじゃなく生徒達まで置き去りになっちまうぞ」
「俺達には構うな!」
 併走していた身体強化系異能力者が叫ぶ。
「いいから北に行ってくれ!」
「このまま追いかけっこしてたってこっちのジリ貧だわ。けど、副会長があそこに到達すればあたしらの勝ちってことなのよ」
「だから、副会長を頼む!」
「……わかった、任された。……副会長! ヘッドホン! 未来来! しっかり掴まってろよ! でないと振り落としちまうぞ!!」
 茜燦は腹を括ってパラスのアクセルを捻った。
「この状況、どう考えたって前座だけどよ……やらなきゃならねえってんならやるしかねえよなぁ!!」
 瞬間、パラスが咆哮するかの如き唸りを上げ、爆発的な推進力を解き放ち、北に向けて爆走する。
 その速度はあまりにも速く、一分と経たぬ間にパラスは目的地へと辿りついた。

「なんつう危険運転だ……死ぬかと思った」
「危険なのは俺の運転じゃなくてコイツだっての。しかし、なるほどな」
 茜燦は停車したパラスのハンドルに手をかけ、目の前の地形を見る。北に向かえと言われただけでどこが目的地かは聞いていなかったが、この場所が目的地であることは一目瞭然だ。
 この場所は北から南に流れる垂芽川の上流にして垂芽川の水源、湖だった。
 湖にたゆたう大量の水。
 それは即ち、大量の武器に他ならない。
「往きます」
 降車した水分が身に着けていた着物を脱ぐ。
 淡い青の着物の下に着ていたのは白装束。
 彼女は履物を脱いで素足で湖へと歩み、水行のように、あるいは入水のように湖へとその身を沈める。
 彼女の肌を透して湖の冷気が彼女に伝わり、彼女の魂源力が湖へと拡散する。
 やがて湖に変化が生じる。波紋が広がり、水面が波打つ。その動きは段々と加速し、

――湖の水全てが巨大な津波へと変化した。

 津波に飲み込まれかけた茜燦が慌ててパラスを発車しようとするが、それより早く津波の一部に穴が開き彼らをすり抜けさせるように通り過ぎた。
 津波はそのまま勢いを緩めず、むしろ加速しながら南下する。
 そして水分らの後を追う形で北に向かっていた垂芽川方面部隊をすり抜け――グルジオラスに激突した。津波はその巨大さをもってグルジオラスの上空を飛んでいた鳥型ラルヴァまでも飲み込み、獣型ラルヴァを押しつぶし、樹木を薙ぎ倒す。
 だが、水分の攻撃は津波だけには止まらない。
 激突の直前に津波から降り立った水分が両手で孤を描くと、グルジオラス全域を覆いつくす水が回転し巨大な渦潮となる。
 その中で多数のビーストラルヴァがもがき、沈み、息絶えていく。
 それでも水分の攻撃は止まらない。
 渦潮は更に回転速度を増し、あたかもミキサーの如く内側の物体を粉砕・攪拌する。
「御仕舞いです」
 その宣告は正しく、地上の渦潮はグルジオラスの全ての樹木を薙ぎ倒し、ビーストラルヴァ叩き潰し、

 グルジオラスを殲滅した。

「……すげえ」
 水分と津波を追って来てこの光景を目にした茜燦の口からは自然とその言葉が漏れた。というよりもそう言う以外の何を言えばいいのかわからなかった。
 彼が子供の頃にテレビのドキュメンタリーで外国の町を大津波が通った後の光景を見たことがあったが、目の前の光景はそれよりも凄まじい。何よりも驚くべきはそれが一人の人間によって為されたことだ。
「会長といい副会長といい、つくづくうちの醒徒会はとんでもねえな」
「ゼンザにーちゃんには逆立ちしてもできひんな」
「うるせえ。人には向き不向きがあんだよ」
 彼らがそうして話しているように周りでも垂芽川方面部隊のメンバーが晴れやかな顔で話している。それはそうだろう。彼らの目の前で<ワンオフ>の一体であるグルジオラスが倒されたのだから。
 だが、グルジオラスを倒した当の水分は何も言わない。グルジオラスの残骸の前に立ち尽くしている。
 不意に風が吹いたとき、それに押されるように彼女の身体は揺れ……そのまま仰向けに倒れこんだ。
「副会長!」
「大、丈夫……です」
 慌てて生徒たちが駆け寄ると、水分は全身を湖の水と自らから流れた汗に湿らせ、荒く息をついている。
「魂源力を使い切ったらしい……無理もない」
「そりゃあれだけの大技を使ったんだ。元気溌剌とはいかないだろうさ。……それより男子、じろじろ見てないであっち行きな!」
 水分の身につけていた白装束は水に塗れたことで透け、彼女の身体に張り付いている。彼女の美しさも相まって非常に艶かしい。
 男子生徒たちが女子生徒から追い払われている一幕から少し離れて、オフビートはグルジオラスの残骸を調べていた。どうしても腑に落ちない点があったからだ。
(おかしい……。たしかに副会長の攻撃は強力だったが、あれで倒せるならこれまで倒せていないはずがない。戦術核でも使えば一発のはずだし、この規模のラルヴァへの核使用を躊躇わない国は中国をはじめとして幾つもある。だとすればこれはグルジオラスじゃなかったか……それともまだ)

 オフビートの思案の最中、グルジオラスの残骸が下から吹き飛んだ。

「!? 生き残りのラルヴァがいたか!」
 残骸の下から現れたのは全長四十メートルほどの肉食恐竜に似たラルヴァだった。
 カテゴリービースト中級Bノ3、【ジオ・ラプトル】。
 姿同様、人間などの他の生物を捕食する肉食性の巨大ラルヴァだ。
「この図体でよくまあ森の中に隠れてられたもんだな」
「しかもあの攻撃を生き抜くだけの頑丈さもあるみたいね」
「何にしろ副会長はもう戦えない、あとは俺達で片をつけるぞ!」
「「おう!」」
 垂芽川方面部隊の生徒たちがジオ・ラプトルに戦いを挑む。
 一方で水分やオフビート、茜燦を含めた数人はジオ・ラプトルの異常さに気づいていた。
(傷一つない……)
(まるで今出てきたばかりだ。異能を纏った水流と高速で衝突してくる残骸、その中で鱗に傷一つない? ……ありえない)
(あのサイズだと伏せても結構なでかさになる。おかしいだろ、どう考えても……残骸よりも分厚いぞ。あいつは下から出てきたはずだがどうやって埋まってた?
 いや……どこから出てきた?)
 だが、彼らの思考が答えに辿りつくよりも早く、ジオ・ラプトルとの戦いが始まるより早く、事態はさらなる急転を迎える。
「な、なんだ!?」
 それは地面を揺るがして現れた。
 距離にしてほんの数百メートル。彼らがこの数時間で走ったのと比べればごく短い距離の先にぽっかりと穴が開いて、そこから山が生えた。否、山ではないそれは甲羅だった。ついで甲羅から伸びる六脚と、四尾、そして竜に似た双頭が姿を現した。
「こ、こいつは……!!」

 先日、北海道にて大量発生した蟲型ラルヴァ討伐作戦が遂行された。双葉学園の生徒も多数参加したその作戦は成功によって幕を閉じたが、その作戦の終盤ではある大型ラルヴァが地底より出現し戦場であった山林を蹂躙し、倒されることなく地底へと帰還した。
 かつて米軍と交戦した際には数々の近代兵器をものともせず、人民解放軍が交戦した際には二発の戦術核を用いても倒せなかった。
 数々の戦いを潜り抜けていまだ一体たりとも倒されたことのない最強の種族固体の一種。
 そのラルヴァの名は――【天蓋地竜】。
 最強の種族固体ラルヴァの一種であり……この地への更なる乱入者として現れたラルヴァだった。

「こないだの……まさか北海道からここまで南下してきやがったのか!?」
「渡り鳥の越冬みたいやな」
「越冬……そうか。天蓋地竜は何らかの事情で南下中だった。それが途中でグルジオラスとその中の多数のラルヴァの気配を察知したからルートを変えてここに出てきたってことか。もしそうなら……」
 それはオフビートが先刻考えていたある事実を肯定する要素となりえるものだった。
 一方で、人間には目もくれず二体のラルヴァ……天蓋地竜とジオ・ラプトルは相対する。ジオ・ラプトルは天蓋地竜を睨んでいた。それは天蓋地竜を敵と認識し、この場で最初に排除すべき相手だと理解したからである。
 ジオ・ラプトルはジリジリと円を描くように天蓋地竜との距離を測る。対して天蓋地竜は動かない。真っ直ぐ前を……グルジオラスの残骸を見ている。
 やがてジオ・ラプトルは天蓋地竜の真後ろに回りこみ――一気呵成に飛び掛る――もすぐさま天蓋地竜の四本の尾に弾き飛ばされ、百メートル以上先のグルジオラスの残骸の上に倒れこむ。
 天蓋地竜は双頭の顎を開く。その奥に金星に似た色の輝きが灯り、光が吐き出された。
 それは天蓋地竜の有する必殺の能力。超高圧・超高温の――金属水素弾。
 数千度を優に越す金属弾は容易くジオ・ラプトルを爆砕しその身体を焼却する。
 金属水素弾の超高熱はグルジオラスの残骸の周囲の水気を瞬時に蒸発させ、残骸は炎を上げて燃え上がる。
「あぶねえ!? これかなりやばいんじゃねえか!? 山火事になるぞ!」
「副会長、もっかい水操って山火事消すんは無理? ……副会長?」
 水分は天蓋地竜の攻撃で燃え上がった残骸の下にあるものを凝視していた。
 黒い地面。炎の熱で黒く焼け焦げたのか? そうではない、それは……。
 不意に、雨が降り始めた。降り出したにわか雨は急速に勢いを増し、まるでスコールのように地面へと叩きつけられる
「わっぷ!? なんやこれ!」
「けど火もドンドン消えてくぜ。にしてもなんて都合のいい雨だ」
 都合のいい、まさにその通りだった。
 燃え上がった火を鎮火するだけの雨が、グルジオラスの残骸の周りにだけ降り注いでいる。
「皆さん……ここから退きます」
 水分はそう言ってグルジオラスの残骸と天蓋地竜の双方から距離を取るため歩き出す、だが先刻の攻撃の疲労から回復していない体は思うように動かず、よろめいてしまう。
「おっと」
 倒れかけた水分にオフビートが肩を貸す。
「副会長の言うとおりここはちょっとやばそうだ! 離れるぞ!」
 部隊の一人がそう言うと部隊全員が戦場からの離脱を始めた。
「副会長! ヘッドホン! 早く乗ってくれ!」
 茜燦はパラスを二人に横付けし、二人がサイドカーに乗り込むと即座に発車する。
 残骸からほんの二十メートル離れると雨は降ってなかった。
「あの雨はなんだったんだ?」
「……グルジオラスの能力です」
「へ? せやかてグルジオラスは」
「天蓋地竜がグルジオラスを察知してここまで来たのなら、グルジオラスが倒されていたあの時点で地表に出てくる必要はありませんでした。それでも出てきたということは」

「グルジオラスはまだ死んでません」

 水分の言葉で四人の間に緊張が走る。そして、その言葉はオフビートが推測していたことと同じだった。
「副会長が倒したのは多分上辺だけだ、本体は……地下にいた」
 炎上した残骸の下にあった黒い地面は焼け焦げていたから黒いのではなかった。黒く広大な穴が開いていたのだ。

 そして今、その穴から二本の巨大な白い腕が伸ばされる。

「あれがグルジオラスの本体って奴かよ!」
「ああ、あの森のグルジオラスを地下からコントロールし、あのスコールを起こした張本人だ」
「あれもグルジオラスが起こしてるってのか!? グルジオラスはビースト型ラルヴァを収納するラルヴァなんだろ? なんでそんな能力が」
「ビーストラルヴァに最適の環境を作る環境型ラルヴァ、ならスコールだって環境の一部だからどうとでもなるんだろ! ひょっとすると逆に……」
 気象や天候を自在に操るラルヴァがいて、その能力の一端を使って『グルジオラス』という環境システムを作っていたのかもしれない。『グルジオラス』というラルヴァは最初から存在せず、天候を操作する本体の外装でしかなかった可能性もある。絶好の環境を棲みかとするビーストラルヴァと、ビーストラルヴァの仕留めた人間を『グルジオラス』の真下にいた本体の栄養として吸収するために。
 二本の腕は大地を掴み、人がプールから上がるときのように自身の身体を引き上げた。
 巨大な腕に見合ったその身体の体積は天蓋地竜を上回る巨大な人型だった。
 否、巨大な人ではない、それは巨大な……神だった。
「【ギガントマキア】……!」

 カテゴリーデミヒューマン上級Sノ1
 ワンオフ登録番号Ⅶ――【巨神《ギガントマキア》】
 延々と地の底で眠り続け、一度目覚めれば足踏みが地震を引き起こし、手を振ることで嵐を呼び、口から雷を吐く天変地異の化身とも言われ、時代の中で神と崇められたことさえある巨大ラルヴァである。

「…………流石に驚くのにも疲れたぞ」
「奇遇やねゼンザにーちゃん、アタシもや」
「そう……そういうことだったのですね」
 サイドカーの中で、水分が身を起こす。
「わかってきました……『グルジオラス』の真相」
 水分はこれまでの事態の推移と自分の考えを合わせて辿りついた答えを話し始めた。
「ギガントマキアは放っておけば永遠に眠り続けると言われるラルヴァです。けれど、何も食べずに眠り続けられる生物はいません。熊だって冬眠の前には食料を溜め込みますし、起きればお腹を空かして餌を探すでしょう?」
 例え眠っていても生物はカロリーを消耗する。消耗しない異能や能力を持ち合わせていれば別だが、ギガントマキアはそうではなかった。
「だからギガントマキアは自分が寝ている間も栄養を得られるように環境システム『グルジオラス』を作ったのでしょう。『グルジオラス』はギガントマキアが自らのために作り出した牧場、ということです。もっとも、維持だけではなく成長のためにも栄養を必要としたようですが」
 見れば、過去の資料からギガントマキアの容姿はいくらか変化している。
 口はなくなり、代わりに背には翼かもしくは仏像の後光のようなものが生えて神仏に似た造詣となっている。加えて、体中に木の根のようなものが張り付き、皮膚の一部が黒く炭化していた。
「どうやら、あの根から栄養を受け取っていたようですね。それに地中で眠ったままのギガントマキアを眠らせながら運んだのもあの根でしょう。元いたアンデス山脈からこの地に現れたときの瞬間移動はギガントマキアの仕業でしょうけれど。ひょっとしたら最後に出てきたジオ・ラプトルもどこか別の場所から連れてきたのかもしれませんね」
「天蓋地竜がここに現れたことも納得だ……あんなものが地下に突然現れて動き回っていたんじゃおちおち南下もできないだろうからな」
 天蓋地竜にとってギガントマキアは排除しなければならない障害だった。
「あの焦げ目はさっきの天蓋地竜の攻撃で受けたダメージか。やっこさん随分と怒ってそうだな。こりゃ一戦あるか」
「それで、どうなるん?」
「どうなるって……」
 片や最強のラルヴァの一種である天蓋地竜。
 片や能力の一端が<ワンオフ>級のラルヴァと誤認されるほどの超級ラルヴァギガントマキア。
「……どう考えても近くにいたらやばいな」
「ていうかもう手に負えねーよ! ぜってぇ女王蜘蛛云々より話でかくなってるぞ! ウルトラマン呼べよ!」
「テンパっとるなぁゼンザにーちゃん」
「助け舟は欲しいところだけど、生憎ずっと通信不良だ。電波妨害が発生してるらしいな。副会長が通信切ったあとに部隊の誰にも通信がかかってこないからおかしいと思ったんだよ」
 その電波妨害の原因はギガントマキアだった。内包するエネルギーが膨大であるために、自然と周囲の電磁波に影響を与えてしまうギガントマキアの性質ゆえの電波妨害だった。
 そしてその電波妨害はより広域に、激しくなっている。
 なぜならばギガントマキア自身が怒り狂っているからだ。
 牧場であるグルジオラスを粉砕され、金属水素弾の熱は地中の本体にまでも伝わっていた。伝承のように周囲に天変地異を巻き起こしていても不思議ではない。
 それをまだしていないのは文字通り嵐の前の静けさ。
 人間か、天蓋地竜か、どちらにその怒りをぶつけるかを考えていたからである。
 そして結論は出た。
 ギガントマキアの体が――白く輝き始める。
「な、なんだぁ!?」
「まさか爆発するのか!!」
 部隊のメンバーが驚愕とともに注視する中でギガントマキアの輝きは頂点に達し

 ギガントマキアと天蓋地竜、双方の姿は掻き消えた。

「……………………?」
 彼らは疑問符と静寂に包まれた。
「ど、どうなったんだ?」
「恐らくですが、ギガントマキアが天蓋地竜を二体だけで戦える邪魔の入らない場所に連れて行ったのでしょう。恐らくここにはもう戻ってこないと思います」
 牧場を壊した人間と自分を傷つけた天蓋地竜。ギガントマキアがより強い怒りを覚えたのは天蓋地竜だった。牧場ならこれまで人間に攻撃されたときのようにいくらでも作り直せる。しかし自らを傷つけたことは許さない。それがギガントマキアの結論だった。
 そして今はどことも知れぬ世界の果てで、二体の巨大ラルヴァが戦っているのだ。
 人間を置き去りにして、北での巨大な力の激突は終結した。

「…………た」
「……た」
「「助かったぁ……」」
 茜燦と未来来の言葉がその場の全員の心境を代弁し、部隊のメンバーの間に安堵が満ちた。水分も安堵によって気力が尽きたのか、パラスのサイドカーの中で気を失い、静かな寝息を立て始めた。
「やれやれ、危機一髪だったな……ん? 通信が回復してる、そうかギガントマキアがいなくなったから……」
 オフビートがグルジオラスからの撤退戦を開始して間もなく通信不良になっていた自分のモバイルを調べるとチェックすると二通のメッセージが届いていた。
 それは彼と同様に表の顔で双葉学園に在籍しているオメガサークルの構成員アンダンテこと木津曜子と、彼の恋人である巣鴨伊万里からのメッセージだった。
 その内容はどちらも同じ。
「伊万里、が……?」
 巣鴨伊万里が突入部隊のメンバーに選ばれたということ。
 それは取りも直さず、無数の蜘蛛型ラルヴァと女王蜘蛛の待ち受ける別れ谷の中に彼女がいることに他ならない。
「俺も別れ谷に行かないと……!」
 だが、その距離はあまりに遠い。彼らが数時間走って着いたのがここなのだ。今から走って向かっても間に合わないかもしれない。
 それでもオフビートは走り出した。走らなければどうやったって辿りつくことは出来ないのだから。
「待てよヘッドホン、事情はわからねえけど急いでんなら今走るのは間違いだぜ」
 走り出したオフビートを制止したのは茜燦だった。
「未来来、サイドカー何分で外せるよ?」
「五分、んー、三分、やっぱり二分。大急ぎでやればそんくらいやな」
「そういうこった。後ろに乗れよヘッドホン。サイドカー外せばさっきの倍は出せるぜ?」
「乗せてってくれるのか?」
「どうも今日の俺は運送役に徹する運命みてえでな。ま、前座だがやらなきゃならないんなら仕方ねえさ」
「……頼む」
「頼まれたぜ」
 オフビートがパラスのシートの後部に跨ってすぐに未来来がサイドカーを外し終わる。
「それじゃしっかり掴まってろよ、さっきの比じゃねえからな! っと、そういやまだ名前聞いてなかったな」
「斯波涼一」
「俺は西院茜燦だ」
「……前座?」
「ハッハッハ、言われると思ったぜ……しっかり掴まってろよてめえ!!」
 爆音を響かせて、パラスは別れ谷への道を爆進し始めた。


 かくして東西南北の戦いは終結し、事件は終着点である別れ谷へと舞台を移す。
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