【キャンパス・ライフ2 その7-2】


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 キャンパスライフ2 最終話 “Good bye the Bloody Cat” 後編



「な、なんでェ、あれ・・・・・・!」
 と、龍河も突然の事態に驚いていた。
 そんな彼に対し、暴走を起こしたみくが飛んでくる。通常時よりも膨れ上がっていて、先が鷹のそれのように大きく曲がっている、恐ろしい鉤爪を向けて。
「やべえ!」
 彼はとっさに雅を突き飛ばし、上体を反らしてその巨大な爪を回避した。
 ポロシャツに切り込みが入り、雨に混じって細かい布がぱらっと飛んだ。
 それを見た龍河のこめかみに、彼の表情が変貌するその前に、青筋がびしっと走る。
「・・・・・・てめえー!」
 龍河は右腕を振った。みくが後ろに飛んでパンチを回避し、距離を取ったとき。彼は上半身の筋肉を強化させて、ポロシャツを吹き飛ばすように破いてしまった。
「血塗れ仔猫だか何だか知らねぇが、調子に乗ってもらっちゃ困るぜ!」
 巨漢とは思えない身のこなしで、龍河はみくに急接近する。太い腕で殴りかかったり、上に飛んだ勢いのまま両手で殴りつけたり、水溜りを四方に跳ね飛ばしたり、かなり派手に暴れだした。
 気性の荒いのはみくも同じだ。彼が学園における何者かも考えずに、極端な前傾姿勢で猫の鳴き声を轟かせると、真正面から斬りかかる。強烈な殺意の視線を浴びた龍河は、ぶるっと心のうちが震えたのを感じた。「興奮」だ。
 みくが鉤爪で足元を狙ったのを、龍河は横に飛んで避ける。巨体が着地した瞬間、ドシンと柔らかくなった地面に穴が開く。
 ここで龍河はニッと笑って、みくに白い歯を見せた。雨水が彼の肉体を流れ、滴り落ちる。
「けっこうやるじゃねぇか。さすがは血塗れ仔猫だな。だが、遊びはここまでだ」
 龍河の両目が輝き出す。白い歯から牙が生える。覚醒だ。
「ここからが俺の本気だぜ・・・・・・? 久々に思う存分暴れられると思うとワクワクすんぜ。竜と猫の対決か、覚悟しやがれぇ・・・・・・!」
 が、そこまでだった。エヌR・ルールが彼に怒鳴ったのだ。
「止まれ! 龍河!」
 龍河は突然呼ばれて、何事かと彼のほうを振り向いた。
「何をやっている、その子の狙いはそんなことじゃない。あれをよく見るんだ!」
 しまった、と龍河はルールの言ったことを即座に理解する。龍河が振り向いて目にしたのは、陥没した穴に走っていく遠藤雅の背中であった。彼はみきを治す気なのだ。
 みくは黒いミニスカートを翻し、龍河の前から姿を消した。醒徒会は雅のことよりも、暴走を起こした危険なみくのことを優先に扱うことにした。
 雅は、想像以上に穴が深く開いていることに驚かされた。それだけ白虎のビームが強烈であったこともそうだし、最悪な場合、みきは助からないのかもしれない。
 それでも、雅はできる限りのことをやるつもりでいた。みきを治して元気な姿を見せてあげることが、みくを元に戻すことのできる最善の方法だということに気づいていた。
 治癒能力者でも、どうしても治すこと難しい類の傷がある。それは心の傷だ。
 もっと言えば、大切な人を失ったときにえぐられた心の傷は、どうしても治すことができない。死んだ人間を生き返らせることなんて、できっこないから。
 だから与田に扇動・利用された生徒たちは、ラルヴァに強い恨みを持っていた。
 瑠子を殺された泰利は修羅となった。昭二を殺された亜由美は、血塗れ仔猫を思う存分打ちのめした。
 みきはマイクを失って気が狂った。みきを失ったみくは血塗れ仔猫になってしまった。
 非常に無礼な想像だが、会長だって七人の学友を失ってしまったから、あのように厳しすぎる態度で一連の事件と向き合っていたのかもしれないのだ。
「今ならまだ、間に合う・・・・・・!」
 雅は雨で濡れた傾斜を滑り、砂煙の立ちこめる暗い底のほうへ向かう。
 心の深く傷ついたみくを止めるには、みきの死や、その喪失をなかったことにするしかないのだ。失ってしまった人を返してほしいという、心からの願いを叶えてやるしかない。
「恨み。憎しみ。負の感情に支配された人間は暴走を始め、さらなる悲しみを生んでしまうから・・・・・・!」
 母親・雨宮愛の言っていたことを、雅はそのまま呟いた。「人の気持ちを理解してあげる、優しい精神」。これぞ雨宮流・治癒魔法術の原点なのである。
 やがて、横たわっているみきの体が見えてきた。降りしきる雨で落ち着いてきた砂埃をかきわけ、彼女の怪我の具合を見ようとした。
「・・・・・・え? ええっ?」
 だが雅は非常に素っ頓狂な大声を、穴の中で響かせたのであった。


 みくはどこに行った?
 大雨の中、醒徒会のメンバーは左右にしっかり注意を払い、どこからでも襲撃されていいよう構えていた。そして、成宮がどす黒い上空を指差してこう怒鳴った。
「上だ!」
 藤神門御鈴はみくが自分を目掛け、豪雨に混じって鉤爪を向けているのを見た。ほの暗いなかでもくっきり輝いている紅の瞳が、この中学一年生の陰陽使いを八つ裂きにしてしまおうと降り注いできた。
 他のメンバーに強い緊張が走った。みくは、学園生が最もやってはならないことをやろうとしているのだ。
 穴から這い出てきた雅は、血の気が一気に引いていくのを感じていた。
 そんなことをしてはいけない!
 会長に向けて牙を向けることは、双葉学園への反逆を意味する。
 禁忌が犯される! タブーが破られる!
 立浪みくは、双葉学園にいられなくなってしまう!
 白虎は「にゃにゃ?」と、どこか非常に困惑しながら主のほうを向いた。なにやら判断をうかがっているようだった。
「よいぞ、白虎。ここからはいつも通りにやるのだぞ。仕方がない」
 みくは怨嗟に満ち満ちた化け猫の鳴き声を、御鈴にぶつけた。「絶対にあんたを殺してやる!」とでも言っているのだろうか。
「愚かなのだ、立浪みく・・・・・・」
 みくが、ひときわ強く赤い目を輝かせた。
「物事の真理を見極められず、このような暴挙に出るとは・・・・・・!」
 みくが両手に握る爪に魂源力を流し込み、破壊力を増幅させる。
「私に爪を向けるとは、もう終わりなのだ。お前は一線を越えてしまったのだ・・・・・・!」
 白虎が再びビームのチャージを始める。今度は正真正銘の、本気の一撃だ。
 龍河が会長のもとへと駆けつけるため、その場から大きな跳躍を見せた。
 ルールがとっさに、危険の及んでいる会長の下へ走り出す。
 紫穏が慌てて、白虎の背後について合体した。
 成宮は会長が斬られようとする瞬間を直視できず、目を背ける。
 水分理緒は目を大きく開いて、水の入ったペットボトルを握りつぶした。
 黒の雷が落ちる。赤と紫の視線が交錯する。立浪みくは血の涙を流しながら、こう叫んだ。
「死ねぇえええーーーーーー!」
「かまわん! 撃て、白虎ぁーーーーーー!」
「・・・・・・やめろぉ、みくぅーーーーーーーーーーーー!」
 雅の、みくに向けた渾身の叫び――
 それはみくの黒い猫耳ではなく、「首輪」に届くことになる。
「ぎっ・・・・・・?」
 みくは、自分にかけられた首輪がいきなり熱くなったのを感じた。思わず鉤爪を消去し、苦しそうに首元を手で押さえる。異変に御鈴も気づいたか、白虎の攻撃をキャンセルさせた。
 そのまま何も攻撃を繰り出さずに着地すると、黒い少女はばたばたともがきだした。まるで首を絞められているかのように苦しみ、首輪をなんとかして外し取ろうとしていた。しかし、それはみくの力では外すことができないものだった。
 黒い雨雲に届いてしまいそうなぐらい、血濡れ仔猫は断末魔の絶叫を高らかに上げる。そのとき、彼女の首輪が真っ白な強い閃光を見せた。この場にいる人間たちはいっせいに目を手で覆ったり、顔を背けたりした。
 そんな大きな変化がすべて終わったとき。
 雅は、みくが確かにこう言ったのを聞いた。
「・・・・・・私がこんな暴挙を起こすわけ無いじゃない。私は『ラルヴァ』なんかじゃない。『血塗れ仔猫』なんかじゃないんだから」
 彼女はゆらりと両膝をつく。それから雅のほうを向いて、こう言ったのであった。
「私はマサの『飼い猫』なんだから。ラルヴァじゃない。ちゃんとご主人様の言うことを聞く、『飼い猫』なんだから・・・・・・」
 雅は潤んだ視界の向こうで、みくが笑ってみせたのを見ていた。もう、両目は鮮血のような赤い色をしていなかった。雅のお気に入りである金色の瞳だ。
 自力で暴走状態から復帰してみせたみくを前にして、醒徒会のメンバーは誰もがあっけに取られている。みくが大きく息を吐き出した、そのときだった。
「みくちゃ! 私は生きてるよ!」
 そのまさかの声に、みくは仰天して後ろを振り返る。何と、醒徒会によって処刑されたはずの立浪みきが、全裸になってみくのほうを見ているのだ。
「お・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・?」
 どういうことなの? とみくは口をだらしなく開けていた。
 白虎のビームはみきではなく、みきを包んでいた黒いドレスを焼き払っただけだったのだ。見た目や、地面を陥没させてしまう破壊力はすさまじいものがあったのに、みきの体には傷一つ付いていない。治癒をしに駆けつけた雅はそんな彼女を見て、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「か、会長・・・・・・? これはどういうことですの・・・・・・?」
 と、水分が困惑しながら会長のもとへ寄る。
「会長がどうしても血塗れ仔猫を倒すと言っていたから、ぼくら六人はそれに従って行動していた。心境の変化があったのだろうか?」
 ルールが冷静にそう言うと、御鈴は真面目な顔つきになってこう言った。
「何を言っておるのだ? 『血濡れ仔猫』は先ほど、我々醒徒会が粛清したではないか?」
 醒徒会の面々はそれを聞いて、「ええっ?」と驚きの声を上げる。
「でもでも、血塗れ仔猫っていうか、立浪みきさんはあそこでピンピンしているじゃない? いや、別にアタシは立浪みきさんが処罰されなくてもいいのなら、それ喜んで歓迎するけどさー?」
 理解の遅い紫穏がそうきいたとき、御鈴はむすっと怒ってこう声を荒げた。
「何度も言わせるな! 『血塗れ仔猫』は白虎の攻撃によって消されたのだ! 九月一日日曜日、我々醒徒会が、暴走を続けている血塗れ仔猫に正義の鉄槌を下した! 再び学園と島に平和をもたらした! ただそれだけのことなのだ!」
 なら最初からそのつもりだと言ってくれよぉ、と、成宮と龍河がぐったり肩を落とした。
「大切なのは信賞必罰よりも、『勧善懲悪』なのだ。覚えておくのだぞ、龍河」
 はいはい、解りましたよっと。そう、彼は苦笑しながら答えたのである。
 瞬間的に魂源力をすべて使い切ったみくは、「そういうことは早く言いなさいよぉ・・・・・・」と言ってばたんと崩れ落ちる。雅もどっと疲弊が背中に圧し掛かり、ふやけた地面に前から倒れこんでしまった。
 そんな彼らをよそに御鈴は白虎を抱き上げ、隅に置いておいた学生鞄を持って、みきのもとへと近づいた。
 双葉島に降り注いでいた通り雨が止む。明るい日が差し込んできて、濡れた双葉山の緑が輝いていた。みきはおずおずと、御鈴にこうきいた。
「会長・・・・・・それはつまり、私は生きていてもいいということでしょうか・・・・・・?」
「お前の名前は何なのだ?」
「え? 立浪みきです・・・・・・?」
「今日、我々がこの場で毅然とした態度で始末したのは『血塗れ仔猫』なのだ。立浪みきは、何も関係ないだろう? お前は『血塗れ仔猫』などではなく、普通の異能者なのだからな」
「会長・・・・・・ありがとうございます」と、みきは両手で顔を覆った。
「寒かっただろう? 悪かった。これを着るといい」
 御鈴がそう言ったとき、彼女の抱いている白虎が「がお」と鳴いて、みきにシャワーのようなきらきら光るものを浴びせつけた。すると、みきの全身がぱっとその光に包まれる。
 ぽん、とはじけるような音がした。みきは真新しい双葉学園の制服に包まれていた。精神世界のことを考えなければ、この制服に袖を通すのは本当に久しぶりのことであり、彼女にとっての悲願でもあった。
「あと、これも受け取って欲しい」
 と、御鈴は学生鞄から何かを取り出した。
 それは新品のモバイル生徒手帳だった。みきは泣きながらそれを受け取る。
「・・・・・・学園に帰ってこい、立浪みき」
 御鈴はにっこり微笑んでそう言った。
「・・・・・・はい!」
 と、みきも明るい笑顔でそれに応えた。
 2019年。
 恐怖の異形・血濡れ仔猫は醒徒会によってついに撃破され、立浪みきは醒徒会長の手によって学園への復帰を果たすこととなる。
 血塗れ仔猫の事件はきちんとした形で終結を迎えたのであった。


 その翌日。九月二日。
 双葉学園の初等部・中等部・高等部で始業式が行われた。夏休みが終わって二学期が始まったのである。始業式はもちろん血塗れ仔猫の話題で始まり、一分間の黙祷が行われた。
『醒徒会、血塗れ仔猫を撃破!』
 学内新聞が何千部も刷られ、学園内はもちろんのこと、島の人たちにもいっせいに配布された。誰もが恐怖の異形が姿を消したことと、醒徒会が憎き敵を倒してくれたことに、心から大きな喜びを見せていた。
「やっぱ醒徒会は頼りになるね!」
「びゃこにゃんのごん太ビームでやっつけたんだって! ほら、俺の言ったとおりだろ?」
 午前上がりの初等部の生徒たちが、声を弾ませて商店街を駆け抜けていった。
 血塗れ仔猫を倒したという第一報は、学生のモバイル手帳と島内のケーブルテレビで、速報として伝えられた。島内限定のチャンネルでは特番が組まれ、これまでの事件を振り返ったり、醒徒会の強さの秘密などが紹介されたりした。
 戦場となった展望台が生中継で写されて、ケーブルテレビ局のレポーターが大きな陥没を指差しながら、「ここで血塗れ仔猫は白虎のビームを喰らったのでしょう!」などと熱っぽく解説していた。
 番組中のインタビューで、ある犠牲者の父親が泣きながらこう話していた。
「瑠子が夢に出てきたんだ。あいつったらさ、俺に内緒で作ってた彼氏と並んでさ、花嫁衣裳なんか着ちゃってたの。そして、今まで育ててくれてありがとうって微笑んでくれたの。ううっ、あんにゃろう。俺がいちばん見たかったものを、最後の最後に見せてくれやがって」


 始業式が終わったあと、御鈴を除いた醒徒会メンバーが醒徒会室に集結していた。デスクで頬杖を付きながらマウスをかちかち叩いている成宮は、開口一番にこう言った。
「もしも立浪みきが元に戻ることがなかったら、藤神門は本当に白虎のビームで彼女を始末しようとしていたんだってさ」
「それは当然だろう。学校も二学期が始まるというのに、いつまでも暴れられるのは非常に困る」
 そうルールが言ったあと、紫穏がふてくされながらこうぼやいた。
「だからって、アタシたちに一言ぐらい言ってくれたっていいじゃない。本当に立浪みきさんを処刑する気かと思ってたんだからさあ・・・・・・」
「敵を騙すにはまず味方からですわ」と、水分が不敵な横顔で言った。「あのような大掛かりな芝居を行ったおかげで、自称殲滅派の大人方も納得していただけることだと思います。会長は本当に『血塗れ仔猫』に攻撃を加えたわけですし」
「いたねえ、殲滅派の大人たち。何としてでも立浪みきを殺せって、実名挙げてアタシたちに強く出ていたね。ま、会長は実際に『血塗れ仔猫』をやっつけたという記録もできたし、立浪みきさんがこれから学園に帰ってきても文句は言えないと思う」
 後からやってきた副会長に、汗をだらだら流している龍河がこんなことをきいた。
「ところで会長はどこに行ったんだ? 昨日からずっと島のいろんなところから取材の申し込みがすごくて、広報は大忙しだぜ」
「会長でしたら、あのセレモニーに出席しているのではないのでしょうか?」
 水分は龍河にそう答えた。なお、早瀬速人は醒徒会のソファーに横になったまま、ひどく落ち込んでいてまったく動こうとしない。
「せっかく俺に見せ場ができたと思ったのに・・・・・・」


 血濡れ仔猫の最期の地・双葉山の展望台で、あるセレモニーが開かれた。
 血塗れ仔猫事件の犠牲になった者たちの、慰霊碑が建立されたのだ。犠牲となった七人の名前と、もう一人、とある異能者の名前が彫刻された。若々しい青年と女学生の銅像が、東京湾を行きかう船を見守っている。
 高く飛び上がる青年の手を、美しい女学生がまっすぐ腕を伸ばして取ろうとしている。彼らは今もこの青空のどこかで、手を繋ぎながら双葉島を見下ろしているのだろうか?
 司会者は、ちょうど血塗れ仔猫が倒されたその翌日にセレモニーが重なったことを、とても喜んでいた。醒徒会会長の言葉のあと、ピアノの弾ける学生が鎮魂歌を歌うことになる。エルトン・ジョンの「エンプティ・ガーデン」だ。
 とても手入れの行き届いた庭園が、一匹の憎たらしい虫によって、根こそぎ荒らされてしまった。たった一匹の虫がこんなにもひどい悲劇をもたらした。荒れ果てて空っぽになってしまったこの庭の持ち主は、どこにいってしまったの? ・・・・・・一人の男に殺害されてしまった、ジョン・レノンを偲んだ曲である。
 三年前。この場で当時の醒徒会は、二人の学生が死に追いやられるのを止めることができなかった。学部長の強い悪意や与田の悪巧みにまんまと乗せられ、彼女らを粛清せざるをえなくなってしまったのだ。
 2016年にそのような汚点を作ったことを彼らは強く後悔していたし、御鈴もその無念を十分汲み取っての、今回の戦いであった。
 立浪みきが元に戻るという奇跡を確認したとき、御鈴は試されていた。
 きちんと立浪みきを悪ととらえて、醒徒会は「処刑」すべきか。
 立浪みきは立浪みきとして、醒徒会は「保護」すべきか。
 ・・・・・・こうして御鈴が勧善懲悪に従ってみきを守ったのも、三年前の事件があったからである。もう二度と、正義と悪とを見間違えてはいけないのだ。
「私もできることなら、立浪みきが血塗れ仔猫を倒すところ。見てみたかったぞ・・・・・・」
 そう、小さな醒徒会長は海鳥に向かって微笑んだ。


「主従の契約」
 その昔、深く愛し合っていた異能者とラルヴァがいた。
 ラルヴァは人間の血が混在しており、ほとんど人間と変わらない美しい美貌を持っていた。
 ところが、ラルヴァを嫁に迎えた異能者の迫害が集落で始まってしまい、怒った嫁のラルヴァは黒い血に目覚めて、村の住人を襲ってしまった。
 愛するラルヴァは結果として処刑されてしまった。集落を追い出され、悲しみにくれていた異能者は、あるものを創造する。
 それが、異能者とラルヴァとのつながりを可能にする「主従の契約」であった。
 これは、万が一パートナーのラルヴァが暴走を起こしてしまったときのための「リミッター」である。異能者側による命令が契約を通じて、ラルヴァ側に影響を及ぼすのだ。
 お互いに装着される首輪・腕輪などは、好みに応じてどれを選んでもかまわない。魂源力をコントロールすることで細かい設定が可能である。また、少しだけ魂源力を共有することもできる。
 この魔法はラルヴァ側に浸透し、代々伝承されていった。そうすることで細々と子孫を作り、現代に残っていったのが猫の血筋・立浪姉妹である。


 遠藤雅は大学生のため、まだまだ暇な夏休みは続いている。
 初等部が始業式の日、彼はみくのいる学園へと向かった。クラブ塔の脇にある空き地にて、二人は仲良く一緒にお昼を過ごしていた。
「この契約にそんな意味合いがあったなんて・・・・・・」
「あんたと契約を結んじゃえば、万が一暴走が起こっても抑えられると思ったの。つまり、こうすることで私は学園に通うことができる。いつまでもあんたの側にいてやることができる」
 雅のあぐらの上で、みくはぴったり座り込んでいた。そうしてベタベタしながら、雅はみくから「主従の契約」の解説を聞いていたのである。
「でも、なんか首輪つけてもらうの、申し訳ないというか、恥ずかしいよ・・・・・・」
「うん? けっこう自分でも似合ってると思うだけどな?」と、みくはきょとんとしながら言った。「簡単に変更できるよ? 変えてみる?」
 みくが指先でちょんと首輪に触れると、雅の腕輪が一瞬光り、消失してしまった。
 そして雅の首元に、何かどっかりと重いものが・・・・・・。
「みくさん。これはなんだい・・・・・・?」
「あら! あんたもけっこう首輪似合うじゃない! こういうのも好きよ、私!」
 しかもリードまで付いている。みくはというと雅の着けていた腕輪を装着しており、先ほどとは立場が逆転したかたちになっていた。
「さすがに僕はここまでアブノーマルじゃないなあ。ちょっと、きついです・・・・・・」
「じゃあ、こうしてみましょうか」
 今度はみくも首輪をつけていた。二人とも首輪になったのだ。
「えへ・・・・・・。こうして飼育しあう関係ってのも、なかなか刺激的よね・・・・・・・?」
「わかりません理解できません。お願いですから僕を変態キャラにしないでください」
 ちぇ、つまんないの。と、みくは雅の首輪を腕輪に切り替えてやった。最初に落ち着いた感じである。
「別に僕は、みくが首輪じゃなければなんでもいいよ。ただ本当はみくは、どのようなかたちがいいのかなって」
「見たい?」
「見せてよ」
 みくの首輪と、雅の腕輪が同時に光る。変化が終わったとき、思わず雅は目をしかめた。
「あれ? 腕輪もなくなっちゃったし、首輪もつけてないじゃないか。何が変わったんだい?」
 と、みくに向かって指を差したときだ。彼は自分の薬指に、指輪がはめられているのをみた。
 みくが手の甲を縦にかざして、ゆっくり雅に向ける。その薬指にも指輪がはめられていた。
 彼女は「にこっ」と微笑んだ。雅の心臓が跳ねとんだ。
(カ、カワイイ・・・・・・)
「やん、マサったらもう、暑苦しいよ、甘えん坊さんなんだからぁ!」
 大学生の男が小学生の女の子とひっつき、モフモフしている・・・・・・。
 そんなとんでもない光景を、ボールを持って運動に出た高等部の学生たちは愕然として眺め、風紀委員長に通報すべきかどうかを真剣に考えていたのであった・・・・・・。





 ――私は一人の異能者だけど、「ラルヴァ」でもある。
 しかし、それで私自身が否定されるようなことはもうない。
 それで私自身が私自身を否定するようなことは、もうない。
 私は立浪家の次女であり、猫の血を全身にめぐらせて戦う戦士だ。
 これからは自分が自分であることに誇りを持ち、しっかり希望を持って学園生活を始めようと思う。
 担任の先生が私を呼んだ。始業式が終わっても、みんな教室に残って私の登場を待ってくれている。落ち着かないクラスメートのざわつきが、何だかとても懐かしい。
 深呼吸を一つしてみた。体中が熱くなり、心臓が大きな鼓動を立てている。
 顔ぶれは大きく変わってしまったけれど、新しいこのクラスで。
 私の学園生活は今、再開した――








  第二部はこれで終わりです
  こんな「毒にも薬にもならない」作品を読んでくださって本当にありがとうございました
  一人だけで始まって終わっていくものだと思っていたのに
  シェアしてくださる作者あきがいてとても嬉しかったです
  ありがとうございました!


  以下寒い没シーン





「会長? 恐れ多くも会長にたてついたこの猫娘、どういたしましょうか?」
 と、水分がにこにこ微笑みながら、黒いドレスを着たみくの襟首を掴んでいる。
「しょ、しょーがないでしょーが! ぶっちゃけあんなんありえないわよ! こっちは本当に死んだと思ってたんだからあ!」
 機嫌の悪い雌猫のように牙をむいているみくに対し、御鈴は真面目な顔で向き合った。
「立浪みく。私は犠牲になった七人のために、血塗れ仔猫をどうしても倒したかった。白虎と一緒に仇をとってやりたかった。それは、わかってくれるよな?」
「・・・・・・まあ、理解はできるけどさあ」と、みくはふてぶてしい態度で答える。
「きちんとやることをやって記録を残しておけば、学園のうるさい連中も反論できないだろう」
 と、ルールが補足してくれる。
「そういうことなのだ! が、醒徒会に牙をむいた罪は大きいぞ? そうだ白虎。立浪みくの黒いドレスも焼き払ってしまうのだ! 血濡れ仔猫の存在は許されないのだ!」
「がお!」
「ちょっと、こら、止めなさい! 私にそんなセクハラはたらいて許されると思ってんの! それがあんたら醒徒会のすることなの! 醒徒会の言う正義なの! ・・・・・・嫌ぁ、助けてぇ、マサぁーーー!」


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