【血塗れ仔猫異聞・合宿】


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 夏休み、ある者は遠く離れて暮らす親元に帰省し、またある者はアルバイトなどに精を出す、そんな季節である。
 そして部活に打ち込む生徒達にとっては、何より合宿の夏であった。
 それは、全日本極真連合会系異能派空手部においても変わらない。
 全日本極真連合会系異能派空手部とは、元々実戦を旨とする極真会空手を、異能力を取り込む事によってより実戦的に発展させた自称最強の戦闘集団である。
 実際に部長を務める二階堂《にんかいどう》伊知郎《いちろう》をはじめ、単独でラルヴァ討伐の任務に就く者や、部員だけでチームを組んで優秀な戦績を残している者もたくさんいる。
 夏合宿は普段より練習に割ける時間が多いのもさることながら、異能を全開にして戦う本格組み手が出来る機会として重要視する部員も多い。
 今も道場では異能の力による火花や閃光が飛び交い、あちこちで衝撃波が互いに打ち消し合っていた。
「一本! それまで」
 実際に負傷者が出るほどの激しい組み手は、伊知郎が副部長を倒したところで解散となった。

「やっぱ強いよな部長って」
「ああ、一年の夏合宿のときにはその時の副部長倒して二年から部長やってるんだろ?」
「そんな事よりマネージャーの作るカレーが楽しみ過ぎる」
 練習後、合宿所に引き上げる部員達はそれぞれ思い思いの話していた。
 そんな中、二人の一年生がこの後のイベントの事について話していた。
「今年はどうすんのかなあ、肝試し」
「流石に中止じゃないか」
 近頃学園には、奇妙な噂がある。
 夜な夜な徘徊している血塗れ仔猫という殺人者の存在である。かなり狡猾なラルヴァとも殺人に目覚め狂った異能者とも言われ、その存在ははっきりしていない。
 ただ唯一確かな事は、血塗れ仔猫に殺された被害者が存在するという事である。
「いや、肝試しは必ずやる。例えどんなことがあってもな」
 二人の後から声がかかる。
「部長」
 そこにいたのはこの戦闘集団を腕力で纏めあげる猛将、二階堂伊知郎である。
 この合宿の夜は、カレーを食べて肝試しをする。
 これは代々部に伝わる伝統である。
 例え何があろうとそれを曲げる訳にはいかない。
 武道にとって伝統とは何をおいても守るべきものなのだ。
「血塗れ仔猫、結構じゃないか。丁度良い、今年は全員で仔猫狩りだ!」
 伊知郎がニヤリと口角を上げて嗤う。 
「押忍!」
 部員達は力強く同意する。
 先程不安がっていた部員も、伊知郎の声を聞いて安心したようだった。
 これまでもラルヴァの出る戦場に一人で出向き、そして勝ち続けてきた伊知郎の言葉には、不安を吹き飛ばす何かがある。

 そして夜。
 伊知郎たちは、予定通り肝試しを行っていた。
 今回は相手が実在のラルヴァかも知れない事を考慮し、伊知郎のような強力な部員が比較的力の無い部員をフォローする編成となっている。
 伊知郎は、先程肝試しを怖がっていた一年生達と一緒に回っている。
「あの……、部長は本当に血塗れ仔猫はいると思いますか?」
 おそるおそるといった様子で、一年生の一人が声をかけた。実際に人気の無い街を歩いてみて。恐怖がよみがえってきたらしい。
「いると思うかじゃなくて、確実にいるんだろう。異能者を殺せるほどの何かが」
 伊知郎はその警戒のために、今回はいつも連れ歩いているペットのカメ吉の他に、滅多に出さない切り札まで用意しているのだ。
「……そう、ですよね」
 そう、潜んでいるのだ。
 この闇のどこかに、学園の生徒を屠った何者かが。
 伊知郎が認めたことで、一年生の間に完全に恐怖が広がった。
 しかし当の伊知郎は、嬉しそうに交差点の先を見つめて話している。
「わくわくするじゃないか? そんな強いヤツがいるなんて。なあ、お前もそうなんだろう? 怪人血塗れ仔猫!!」
 伊知郎の呼び声に応えるように、暗闇から小さな人影が浮かび上がった。
 漆黒のドレスに身を包み、空気を歪める程禍々しい殺気を放つ鞭を持った少女。闇に浮かぶ血のような紅い双眸に、黒い耳と尾は猫を思い出させる。
 紛れもなく現在学園を騒がせている噂の存在、血塗れ仔猫だった。
「ひぃっ!」
 一年生が短く悲鳴を上げる。
「何だよ、情けねえなあ。まあ良い、お前等手ぇ出すなよ」
 伊知郎は一歩前へ出て、構えを取った。
 しかし血塗れ仔猫は、伊知郎を無視して後ろの一年生に向かって鞭を振るう。
「おいおい、連れないなあ。俺と遊ぼうぜ」
 多くの血を吸ってきた鞭が、掴んだ伊知郎の左手に巻き付く。
 ブチブチと肉が裂ける音と共に、鞭が伊知郎の左手を締め付けていく。
「どうした怪人血塗れ仔猫、その程度か? これなら悟郎が猫と合体したときの方が手強いくらいだぜ」
 胴着を赤く染めるだけに留まらない血をどろりと垂らしながら、伊知郎は顔を歪めた。
 苦痛にではなく、強敵に出会えた悦びによって嗤っているのだ。
「行くぞカメ吉」
 伊知郎は胴着の懐に入れていた、カメレオンのカメ吉を掴み上げ天に掲げた。
「合体変身!」
 そして光が収まらないうちに技を放つ。
「タンギングロッド」
 今度は逆に伊知郎が出したワイヤーが、血塗れ仔猫の左手を巻き取った。
「デスマッチといこうじゃないか」
 互いに絡みついた鞭とワイヤーを強引に手繰り寄せ、血塗れ仔猫の身体を引き寄せる。
 伊知郎と血塗れ仔猫が、それぞれ左手を相手に抑えられた状態で対峙している、チェーンデスマッチである。
「ハァァ、セイ!」
 地面に垂れ下がる鞭を巧に操り、血塗れ仔猫は伊知郎の攻撃を防いでいく。
「どうやらかなり器用なようだな。だがこれなら」
 気合と共に伊知郎は、渾身の蹴りを放つ。
 血塗れ仔猫は両手の間に鞭を張るが、伊知郎の蹴りはその鞭のガードごと相手を数メートル先に吹き飛した。
「ちぃ、ほぼ無傷か」 
 土煙の中から現れた血塗れ仔猫は、鞭をピンと張った姿勢のまま固まっていた。伊知郎の左手に巻き付いていた鞭の先も千切れてしまっている。
 まさかの保険を使うことになるとは、伊知郎は嬉しさを隠しきれなかった。
「おい、カメ蔵をここへ!」
 伊知郎が用意したとっておき、厳重にフタがロックされた水槽が運ばれて来る。
 中に入っているのは爬虫綱カメ目カミツキガメ科ワニガメ属ワニガメ、ガメラのモデルにもなった亀としても有名だが、指に噛み付かれるとそのまま噛みちぎられる危険があるので、このような厳重な管理が望ましい危険生物である。
 しかし変身している伊知郎は、無造作に腕を水槽に突っ込んだ。
 当然警戒したカメ蔵に攻撃されるが、そんな事はおかまいなしに叫ぶ。
「移行変身《スライド・フォーム》!」
 移行変身とは、変身する事によって防御力を高め(噛まれても痛い程度で済む)によってワニガメのような危険生物と合体する技である。
 光が収まると、さっきまでと違う姿になった伊知郎が、カメ吉を抱えて立っていた。
「カメ吉を頼む」
「押忍」
 疲れて動きが鈍ったカメ吉を抱え一年生が下がっていく。
「うおぉぉぉりゃあ!」
 伊知郎はそのまま雄叫びを上げ、血塗れ仔猫に突っ込んで行った。
 何の考えも見えない伊知郎の雑な突進に、血塗れ仔猫の鞭が容赦なく襲い掛かる。
「へ、亀の防御力なめんなよ」
 このカメ蔵と合体した姿は、カメの防御力はもちろんワニガメ特有の攻撃力を併せ持つストレートな殴り合いに特化した姿である。
 正面きってのぶつかり合いを好む伊知郎は、この形態を最も気に入っていた。
「オラ、オラ、オラァ!」
 亀の防御力にものを言わせて、血塗れ仔猫と殴りあう。
 血塗れ仔猫は先ほどまでと同じように、垂れ下がる鞭を自在に操り壁を作ったり、両手で受け止めたりと上手く伊知郎の攻撃をいなしていく。
 それも一撃の重みが増したため、少しずつ疲労が溜まってきているようだった。
 ここで一気に攻めきると、伊知郎は襲ってきた鞭の先端を掴んだ。
「クラッシャーバイト」
 ワニガメの力強い顎で、その鞭を噛み千切る。
 しかし伸縮自在の鞭は、またすぐに同じような長さに戻ってしまう。
「クソぅ、これではジリ貧か」
 この細かな削り合いを続けてもラチが空かない。
 むしろ、変身自体に少しずつ魂源力を消費する自分が不利である。
 ならばやるしかない。
 とっておきの更に上を行く切り札を。
「カメ吉!」
 叫びを聞き、弱っていたハズのカメ吉が伊知郎のもとに駆け寄って行く。
「合獣進化《キメラ・エヴォリューション》!」
 叫び声と共に再び伊知郎が光に包まれる。いや今までのように単に光が放射状に広がるのではなく、蠢くような光が立ち込め異形の人影となる。
 この合獣進化はただひたすらに、強さを、力を、求める伊知郎の執念によってのみ可能となる特殊な合体変身である。
「カメ吉、カメ蔵、そして俺の三身一体。今の俺はすこぶる強いぞ」
 全体的な印象としては、変身前と大きく体型が変わらなかった今までの変身と違い、合獣進化後の姿はそれまでの合体変身した姿が更に鎧を纏ったような姿である。
「どうした? 来いよ、怪人血塗れ仔猫」
 一歩踏み出しただけで、ずしりとした空気が広がっていく。
 その圧倒的な威圧感に血塗れ仔猫も、うかつに動けないようだった。
「来ないってんなら、こっちから行くぜぇ!」
 地面がめり込む程の踏み込みで、伊知郎が血塗れ仔猫に突っ込んでいく。
「はあぁぁぁ、せいやぁ!」
 その勢いに乗せて、伊知郎が拳で畳み掛ける。
 これまでは防御しつつも反撃も加えていた血塗れ仔猫が、はっきりと防御だけで手一杯なほど押されている。
「フハハハハハ、面白い、面白いぞ! 血塗れ仔猫!! 合獣《キメラ》の攻撃にここまでついてくるのは初めてだ」
 合獣進化によって膨れ上がった魂源力を込めた拳の嵐が血塗れ仔猫を襲う。
「フフフ、フッハハ、ハーハハハハハッ!」
 血塗れ仔猫は鞭を上手く操りいなしているが、それでもなお伝わる衝撃で徐々にコントロールに粗さが目立ってきた。
「だが、そろそろ死んどけ! はあぁ、セイ!」
 その僅かな隙を逃さず、伊知郎は渾身の力で正拳突きを放った。そのあまりの拳速に、空気が爆ぜる。
 これは変身で強化された肉体の恩恵ではなく、伊知郎の技術の結晶である。その証拠に伊知郎の拳には、他に回す余裕など無い程の魂源力が込められ光り輝いていた。
 殴られた血塗れ仔猫は、何度も地面に叩きつけられながら壁に突っ込んだ。
 伊知郎は更なる追撃に迫ったが、そこには既に何も無かった。「ち、倒しきれなかったか」
 吐き捨てる伊知郎は、すでに変身が解けてしまっていた。
 カメ吉とカメ蔵も心なしかぐったりとしているようだ。
 カメ蔵は危険生物なので、伊知郎はこの隙に手早く水槽に戻した。
「よし、帰るぞ」
 水槽を一年生に預け、伊知郎は歩き出した。
 その背中は、強敵と戦えた事でどこか満足気である。
「怪人血塗れ仔猫、お前は俺が倒す」
「部長、何か言いました?」
「何でもねぇよ」
 小さな呟きとなって漏れた決意は、誰にも届くことなく夏の夜空へ消えていった。

「あ、みんな無事だったんですね」
 合宿所の前でマネージャーが心配そうに立っていた。
「途中で本当に血塗れ仔猫が出たって聞いてみんな戻って来たのに、部長達だけ戻らなかったから心配してたんですよ」
「そうか、すまなかったな」
 心配させまいと、笑顔で伊知郎が言うと、マネージャーの顔がみるみる赤くなっていく。
「な……、な、な、何て格好してるんですか!?」
 気が付くと、胴着の股の部分が大きく破れていた。
 暗がりで戦っていたため気が付かなかったが、どうやら血塗れ仔猫と戦ったときに破れてしまっていたらしい。
 その後伊知郎は駆けつけてきた眼鏡の風紀委員に連行され、訳のわからない短文を単語帳に書き写させられたという。


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