【おーじょさまとなつのたたかい】


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 三人の女性が、耐えていた。
 彼女達は、とにかく耐えていた。我慢し切った者に勝利が訪れるかのように。

 春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスは、三人の中ではもっとも気迫に溢れていた。
 ここで倒れては、これまでの労苦が全て消え去ってしまう。それでは、何のためにここまで来たのか分かったものではない。
 最後まで残れば全てが報われ、輝かしい未来が待っている。彼女の異能は、それがもう少しで訪れることを感知している。
 だから、あと少しの踏ん張りだ。それで全てが終わる。ここまで出来たのだ。出来ないはずは無い。

 水分理緒《みくまり りお》は、焦りを感じていた。
 彼女の異能は、この場において圧倒的な力を発揮すると考えられていた。実際彼女も、この場に来るまではそう考えていた。
 だが、現実はそれほど甘くない。その異能は、この場でほとんど役に立たなかったのだ。これは単純に、彼女の判断ミスと言っていい。
 だが、彼女はもはや負けるわけにはいかない。既にこの場に残っている醒徒会の人間は彼女一人だけ。つまり、醒徒会の看板を背負っているのだ。
 学園を守る醒徒会が、ここで倒れる訳にはいかない。その誇りが、彼女を支えていた。

 聖風華《ひじり ふうか》は、この場にもっとも順応していた。かつての『仕事』で身につけた忍耐力……ありとあらゆる状況で、獲物を待ち受ける狙撃手の本能が、ひたすら耐える事を要求するこの場面に合致したのだ。三人の中で唯一と言っていい、この場を有利にする異能を使えることも幸いしている。
 だが、彼女には目的意識が無かった。周りからの薦めでなんとなくこの場に来た彼女には、何が何でも残らなければいけないという意思に欠けているのだ。ただ、それにも利点はある。周りの様子を冷静に見定める目が、彼女には残っていた。
 目の前に座る、他の二人を観察する。表情こそ違えど、この二人にも限界は近づいてきている。無論、彼女自身にもだ。
 このレースを制するのは誰か。ここまで来たのだから、もう少し頑張ってみてもいい。彼女はそう思っている。

 会場となっている体育館は締め切られており、四方からはハロゲンヒーターの熱風が吹きつけられる。備え付けのストーブもフル稼働だ。
 コンセントから伸びたケーブルは、体育館の各所に等間隔で並べられた電気|炬燵《ごたつ》に繋がっている。既に電源が入っているのは、中央の一つのみだ。その炬燵を四方から録るように、数台のカメラが囲んでいる。
 中央の炬燵に、春奈、理緒、風華の三人が潜り込んでいる。生徒の二人は制服、教師の一人は普段着の上に、それぞれ半纏を羽織っている。
 カメラが、三人の首筋に一筋の汗が流れるのを捉えた。
 学生食堂連合会主催、晩夏我慢大会は、今クライマックスを迎えようとしている。




 おーじょさまとなつのたたかい




 事の発端は、醒徒会にある依頼が舞い込んできた事だった。
 部屋を空けていた間に熱がこもってしまったのだろう、クーラーをつけた筈なのになかなか涼しくならない醒徒会長室の机の上で、醒徒会会長である藤神門御鈴《ふじみかど みすず》と、その式神である白虎が伸びている。特に御鈴は、最後の授業であった体育のせいで、すっかり疲れきっていた。
「もう九月だというのに、この暑さは何なのだ……天気予報は絶対嘘を言っておる」
「んなー」
「おーい、居るかー?」
「むっ!!……うむ、入ってよいぞ」
 ノックされたドアと、外から聞こえた声に体勢を立て直す。白虎は伸びたままだが仕方あるまい。
 扉の向こうから、大柄な男性がつかつかと入ってくる。龍河弾《たつかわ だん》、醒徒会の広報担当である。普段はその筋肉と異能によるラルヴァ討伐が目立つが、ちゃんと広報の仕事もやっているのだ。
「居た居た。学食からこんなのが届いてるぜ」
「なになに?……ふむ、新メニューの宣伝に協力を……『暑気を吹き飛ばす!!』って、こんな物を食べたら余計に汗をかいてしまうではないか」
「暑い時こそ汗をかいて暑さを吹き飛ばす、って奴だ。まだ御鈴には早いかもしれねーな」
「子どもあつかいをするでない!!……しかし、汗をかいて、か……」

 会長の決定は、即座に役員に伝えられ、準備が始まる。
「珍しいねー、会長がそんな風に決めるなんて」
「お前が貸したマンガにでも感化されたんじゃねーの。予算の方は、これぐらいならパパッて出せるぜ」
「学生食堂連合会からのスポンサードがある、醒徒会の予備費から出す必要は無い」
「会場の準備は、中等部棟の体育館が使えそうです……各学食での準備は、連合会の方々に任せて大丈夫そうですね」

 それが決定されてから数日後、学内にある学食すべてに対して、以下のような内容のチラシが貼られた。
 主催は『学生食堂連合会』、双葉学園にある学食による連盟であり、雇用や資材購入費等の管理は、全てこの組織が一括して行っている。沢山ある学食を効率よく運用するための組織と言ったほうが良いか。

『残暑を吹き飛ばす新メニュー登場!!』
『各学食で試食会を開催!!』
『同日、醒徒会の協力で、「晩夏我慢大会」開催決定!! 参加資格は双葉学園関係者である事、優勝生徒には学食券一万円分を進呈!!』

 このチラシ、最後の一文が、修羅を呼び寄せるきっかけとなった。

「いちまんえんぶん……」


 当日、九月某日の土曜日。
 学内のあちこちにある学食では、学生や学園の関係者達が試食品に舌鼓を打っていた。値段が高いお金持ち向けの学食では、それ相応の料理人を雇っている。美味いわけだ。
 そして各学食のテレビは、全て同じ場所を映している。中等部体育館と、その前にある特設スタジオだ。

「皆さん、こんにちは。今日はここ、双葉学園体育館で行われる、『学生食堂連合会主催、晩夏我慢大会』の模様をお送りします。実況は私、放送委員長|清廉唯笑《せいれん ゆえ》、そして解説には、醒徒会会長、藤神門御鈴ちゃんをお呼びしています。御鈴ちゃんは出場しないんですか?」
「やっぱり暑いのは苦手だ。外でもこんなに暑いのに……醒徒会から何人か出ているから、勝ってくれることを祈ろう」
「では、簡単にルール説明をさせて頂きます。参加者の皆さんは、この体育館の中で炬燵に入ってもらい、支給された半纏を着て試食品を食べていただきます。十分ごとに次の試食品が出されますが、その時までに前の試食品を食べ切れていなかったら失格です。また、半纏を脱いだり炬燵から出ても、同様に失格となります。水は、試食品が出てくるタイミングでおかわりを頼めますので、自分の体調を見て、補給をしてください。異能の使用は、他人に傷を与えないという条件を守る限り、一切を認めます。ではみなさん、準備はいいですかぁ?」
「おおおー!!!」
「では、始めです。最初のお料理をお願いします」

「暑っ……!!」
 初等部からの数少ない参加者、立浪《たつなみ》みくは、思いっきり適性に合っていなかった。
 猫は炬燵で丸くなると言っても、限度はある。ある程度暑くなったら、猫は部屋の中で伸びをして寝っころがるのだ。
「でもせめて、一品くらいは食べないとマサに呆れられちゃう……」
 そんなみくの目の前に出された物は
「鍋焼きうどん……でも、冷ましてから食べれば!!」
 必死に息をふーふーするが、冷める気配が無い。少なくとも、あと十分で彼女が食べられるようになるのは無理だろう。
「えーい!! 試しに……熱っ!!……うー……」
 彼女は生まれて何度目か、自身の猫舌を恨んだ。
 立浪みく、脱落

「……これ、全然冷めないぞ」
 汁をふーふーしていた御鈴が、怪訝そうな顔を唯笑に向ける。
「これはですね、中に箸を入れて……ほら、中に熱した石を入れてあるんです。これで、最後まで熱々のうどんを食べられるんですね。もう既に何人か脱落していますが……」
「きっと猫舌なのだろう……私みたいに」
 御鈴が鍋焼きうどんを下げ(残りはスタッフが争奪戦をしました)したり顔で解説に戻る。

 大会は粛々と進行して行く。
 途中で「肉食えねー!!」という叫び声が聞こえた以外は、いたって順調だ。
 二十分経過でストーブに点火、四十分経過でハロゲンヒーター全起動と、体育館内の空気がサウナさながらに急上昇する。
「これは、中の様子を想像したくはありませんねぇ」
「参加しなくて正解だった……」

 時間と共に脱落者が増えていく。それでも一定数を保っていた参加者が、一時間経過と共にその数をガクッと減らすこととなる。
 それは、七品目目『ハバネロのペペロンチーノ』が出された直後だった
「そういう事か……!! 今、気づいたぞ」
 御鈴が、フォークを置いておもむろに立ち上がる。目配せでスタッフと唯笑に合図を送った
「ここで一旦、CMに入ります……御鈴ちゃん、今のうちに」

「それで御鈴ちゃん、分かった、って?」
「うむ。十分に一回補給できる水、これが曲者なのだな。喉が渇くからといって、飲みすぎると……」
「その通りですね、水を飲むのを我慢するか、飲んだ後に我慢するか。究極の選択と言えるでしょう」

「このスパゲティは、やばいっス……」
 レスキュー部所属、市原和美《いちはら かずみ》は、決断を強いられていた。
 どうやらこの『ハバネロのペペロンチーノ』、普通の唐辛子の代わりにハバネロを使っている上に、味付けに少量だが、特級の辛さを誇るスパイス『デスソース』を使っている。一口サイズとは言え、素の状態で食べれば即死ねる可能性が高い。
 彼の異能は、数十秒間限定の『不死』である。使えばここぐらいなら突破できるだろうが、この大会中では打ち止め確実。一度きりの切り札だ。
「……これを食べるのが、先決っス!!」
 意を決して、異能発動。そして試食品を一気に口の中へ運ぶ。
「……よし、乗り越えた!!」
 急いで口のものを噛み砕く。辛いが我慢できないほどではない……飲み下した直後、異能が切れる。
「☆▲□△!?!?」
 その瞬間、口の中から脳髄まで一気に衝撃が伝わり、そのショックが全身の神経を通して皮膚を振るわせた。
 次の瞬間には、ぶっ倒れる。
 口の中に味が残ってしまった、それが敗因だろう。救いは、この異能の発動により、刺激物を大量に採ったことによる胃腸の荒れが収まった事ぐらいか。
 市原和美、脱落

 さらに三十分。このあたりに限界が集中したのか、ボロボロと参加者が脱落していく。サウナ状態の体育館は、徐々に静かになっていく。
「残りは四人、うち二人が醒徒会役員です。一人ずつ、ご紹介しましょう。
 まず一人目、四名中唯一の教員です、現国の春奈・C・クラウディウス先生。むっつり顔で体育館の天井を見上げています。
 二人目は、またもや唯一と言える一般生徒、二年の聖風華ちゃん。こちらは始まったときから眉一つ動かさないポーカーフェイスです。
 残る二人は醒徒会、一人は広報の龍河弾くん、厳しそうな顔してますねぇ。
 最後の一人は水分理緒ちゃん、こちらも表情の端に、苦悶を滲ませています」


(正直、俺はそろそろ限界だ、何かしなきゃいけねえ……理緒はあの表情ならもうちょっと耐える、先生はちょっと分からんが、もう一人の嬢ちゃんは余裕綽々って感じだ。どうする俺、どうする龍河弾!!)
 彼の頭に、選択肢は一つしか浮かばなかった。
(あの姿なら、暑さは何ともねえし、多分何食っても笑って流せる自信もある……行くか)

 『しばらくお待ちください……』

 龍河弾、異能使用時に半纏を引きちぎって全裸となったため、ルール違反により失格

「まことに、申し訳ありませんでした」
「何をやっている……」
 唯笑が頭を下げる横で、御鈴が頭を抱えている。
「気を取り直して……残るは三人、実はここまで残るとは思っていなかったので、次の料理が最後となります」
 その実況と共に、炬燵の中で対峙している三人に、小皿に盛られたカレーが届けられる。
「ここまで引っ張ってきたせいで出てこなかった料理、辛い料理の定番と言えるでしょう、カレーライスが出てきました。さあ残り十分、最初に動くのは……聖風華ちゃんです!!」

 ここまで、かつての経験で鍛えた忍耐力で耐えてきた。その上で『風を操る』異能を使って少しずつ体育館の風の流れを操り、自分に少しでも涼しい風が当たるよう調整してきた。それらが、この目の前にある、異様なまでに威圧してくるカレーライスに通用するかどうか。
 風華が、いつもの無表情でスプーンを手に取る。スプーンの先で少しだけカレーをとり、口に運んだ。

「……………」
 風華の眉が、ここに来て初めて少しだけ動く。かと思えば、次の瞬間にはスプーンを置き、炬燵から立ち上がっていた。
「……棄権する」

 学校全体がどよめいた。ここに来て、棄権。目の前の一口あるかどうかのカレーを前にして、あっさりと。
「ここに、そのカレーを用意しています。御鈴ちゃん、どうぞ」
「わ、私に振るのかそれを……」
 出てきたカレーライスを唯笑に振られ、御鈴が慎重に慎重に、カレーを口に運ぶ……
「…………!?」
 声も出なかった。咄嗟にステージ裏へ駆け出し、三十秒ほどで戻ってくる。目が真っ赤だ。
「何!? 何なのだこれ!?」
「手元の資料ですと……香辛料を、通常のカレーと比べて千倍使ったという『学食カレー×1000』だそうです」
「それを私に食べさせたのおねえちゃん!!」


 ステージの声は、体育館には届かない。

 春奈と理緒のにらみ合いが続く。あと五分、どちらも食べなければ優勝者無しの引き分けだ。
 春奈の異能は、偽装してはいるものの実態は単なるテレパス。その能力が、風華の味わったカレーの味と、理緒の感じている焦燥を同時に確認していた。天を仰ぎ、目を瞑る。
(風が止まってる……聖さんの異能、だったみたいだね。けど、あのカレー……食べられるの? ううん、食べなきゃいけない、いちまんえんのために……!!)

 理緒の異能は、水を操る。水分があれば大抵のものはコントロール可能という強力なものだ。だが、この場面では迂闊に使うことが出来ない。自分の発汗を止めて水分を維持しようとしても、体温が上がって大変なことになる。かと言って飲み水には苦労していないから何かから水分だけ抽出して……といったことをする必要はない。
(このカレーを薄めて辛さを抑えようとしても無駄、きっと『すごく辛いもの』の量が増えるだけ……覚悟を決めるしか、ありませんね)

 残り時間、三分
「理緒ちゃんが動きました!!」
 カレーを少しずつ、本当に一口ずつ口にする。少しだけ食べ、それを嚥下したらすぐ水を飲む。それを繰り返して、徐々に量を減らしていく。

 残り時間、二分
「春奈先生は動きません、理緒ちゃんが、食べきれるかどうか……」

 残り時間、一分
 理緒のカレーはようやく半分弱になった程度。恐る恐るながら、理緒がペースをあげる。

 残り時間、三十秒
 これまで天を仰いで目を瞑っていた春奈が、かっ、と目を開いた。
「あー……!!」
 皿を手に取り、スプーンで中身の全てを口の中に押し込む。
 ごっくん
 まったく噛まずに、飲み込んだ。
 それを横目で見ていた理緒は、力尽きたかのように倒れる。そして、タイムアップ

「決着です!! 最後に残ったのは、春奈・C・クラウディウス先生です!!」
 学内から歓声があがり、それに答えるよう唯笑と御鈴が体育館の中へと入っていく。御鈴は、すぐさま理緒の方へと駆け寄っていった。
「……だ、大丈夫、か?」
「は、はい……ごめんなさい、あと少しだったのに……」
「あの、優勝した感想を……」
 春奈は、皿を置いたままの体勢、満足したような表情で座ったまま動かなかった。

「死んでる……」

「いや、生きてるから……」
 唯笑のボケに対して辛うじて突っ込みを入れた直後、春奈も前のめりに倒れた。色々と限界だったのだろう。


「うそぉ……」
 保健室に担ぎ込まれた春奈は、信じられない言葉を耳にする。
「大会規約では、優勝『生徒』に一万円相当の学食サービス券を発行する、とある。これは宣伝でも謳われていた。よって、『教員』である貴女には、それは適応されない。以上だ」
 説明に来た醒徒会役員、エヌR・ルールは、それだけ言うとさっさと帰ってしまった。
「いちまんえんがぁ……きゅー……」
「せ、せんせー!?」
 看病をしていた生徒によると、目を回した春奈は丸一日寝込んだ上、翌月曜日からは鬼気迫る形相で授業をしていたという。空腹で

おわれ



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