【怪物記第七話後編2】


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怪物記 第七話

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

 大広間で突入部隊とラルヴァが対峙する。
 突入部隊の人数は八人。前衛として前に出ているのが龍河と直の二人。二人の左右後方には遊撃手である那美とキョウカ。さらに後方の壁際には指揮官である春奈と回復担当である宮子、それに伊万里が立ち、彼女らを守るように永劫機メフィストフェレスと祥吾が立っている。
 対するラルヴァはただ一体。
 蜘蛛の王――女王蜘蛛。
「…………」
 事ここに至って、春奈は若干の誤算を感じていた。
 布陣には問題はない。だが、春奈が最初に女王蜘蛛との戦闘を想定したとき、自然と狭所や屋外での戦闘になるだろうと踏んでいた。それがまさか……城内にこれほどのスペースの部屋があるとは想定外だったのだ。そのため宮子や伊万里、それに春奈自身といった後方の非戦闘員が隠れる場所がない。自分達を守るために主戦力の一つであるメフィストフェレスが身動きできなくなっている。
 それにもう一つ、誤算があった。
「女王蜘蛛、あたしの声が聞こえてますか?」
 春奈が肉声とテレパシーで呼びかけているが女王蜘蛛は言葉を返さず無言を貫いている。春奈にしてみれば、人間以上の知性があり人との会話も出来るはずの女王蜘蛛が何も喋らないのが不可解だった。
 ただ……戦意のみが伝えられてくる。
 数度目の呼びかけの後、無言のまま女王蜘蛛の返答はなされ――それが決闘の開始を告げる合図となった。
「!?」
 大蜘蛛の巨体が彼女らに向けて突進する。
 女王蜘蛛の攻撃行動に対して前衛の直と龍河が瞬時に反応し、事前に打ち合わせた戦術通りに動く。
『まずは脚を狙って下さい。糸を精密操作する能力を持つラルヴァが能力を発揮する上で最も重要になるのが糸繰りです。先に脚を潰せば女王蜘蛛の糸を封じることが出来ます』
 それが王蜘蛛との戦いに挑む前に春奈が突入部隊のメンバーに伝えた対策だった。
 蜘蛛型ラルヴァの能力の特徴は大きく分けて二つ。それは糸と毒である。女王蜘蛛は巨大な蜘蛛に変化する能力を持つデミヒューマンラルヴァであるが、毒を使う能力はない。ゆえに糸繰りの蜘蛛型ラルヴァに対する戦術が有効だと春奈は判断した。
 しかし……女王蜘蛛が大蜘蛛に変化し、糸のみを使うラルヴァであるのは事実だったが対糸繰りラルヴァ戦術をそのままクローズアップシフトして女王蜘蛛に挑んだのは誤りだった。
 女王蜘蛛は蜘蛛への変化能力を持つが変容が如何様にして行われるかは人の考えとまるで異なるのだから。
「え?」
 先手必勝で女王蜘蛛の脚を攻撃した直は、呆気に取られた。
 なぜなら、エレメントに殴りかかったときのように直の拳が女王蜘蛛の脚を擦り抜けてしまったのだ。
 否、そうではない。
 女王蜘蛛の脚が解け、撓んだ糸の束となって直の拳を受け流したのだ。

 糸繰りを得手とするラルヴァの糸繰りを封じるために脚を潰す。
 間違いではない。だが、唯一女王蜘蛛に対しては大きな誤りである。
 なぜならば大蜘蛛の脚、大蜘蛛の躯体は其れそのものが無数の髪糸の束。
 それを、内側から女王蜘蛛が糸繰りで動かしているのだ。
 つまりは大蜘蛛の巨体は女王蜘蛛の体組織が蜘蛛の形態に変質したものではなく、女王蜘蛛が内部より糸繰りで動かす彼女の髪糸であり、それらの一本一本が女王蜘蛛によって一切の乱れなく操られているということ。
 生物が己の筋繊維全てを意識的に動かすことよりも不可能なこの行為を、女王蜘蛛は平安時代より生き抜いた千年間の研鑽で可能としていた。
 常識の範疇に収まらぬ糸繰りの規模、そして卓越した技巧。
 この技術こそが千年の時を重ねた古き怪物であり――ワンオフと同等のラルヴァであることの証左だった。

「しまっ……!?」
 解けた糸脚が蚕の繭の如く直の全身を絡めとる。直は亜空間ゲートから空気を放出して脱出しようとするが、完全にゲートを糸で封じられている。
 女王蜘蛛は糸で繋がっている直の繭をまるでカウボーイが投げ縄をするように振り回し、糸を千切って壁に向けて放り投げた。遠心力と膂力により時速百キロを軽く越す速度で直は壁との衝突コースを飛ぶ。
「危ねえ!!」
 咄嗟に龍河が間に入り、壁とのクッションになる。
 だがその衝撃は凄まじく、叩きつけられた直も庇った龍河もダメージが大きい。
 開戦から数秒足らずで、前衛二人が行動不能に追い込まれた。
 だが、そのときには遊撃手の二人が攻撃態勢を整えている。
「一!」
 那美の空間握撃が大蜘蛛の脚の一本を握り潰し、その場に縫い止める。
 そうして作られた隙に愛用のステッキを構えたキョウカが必殺の一撃を放つ。
「攻撃をすり抜けるって言うならすり抜けてもらいます! 必殺・献身の心《ハート・オブ・デボーション》!!」
 『自らの纏った衣装に設定された能力を駆使する』異能をもつキョウカ。彼女が現在身に纏っている衣装に設定されたその攻撃は、設定どおりなら大抵の敵は倒せるだけの威力がある。
 しかし、女王蜘蛛は大抵の敵には含まれない。
 キョウカの放った光線が女王蜘蛛の本体が収まっている胸部へ届くよりも疾く、糸脚の一本が解け、瞬時に編み込まれ凝縮して超硬度の盾へと変化し、光線を弾く。その所作はあまりにも速い……超音速の操糸変形術。
「……柔よく剛を制し、剛よく柔を断つってところね」
 那美が苦い顔で呟き、春奈もまた同様に苦い顔をする。
(能力自体は決して特殊じゃないけど、あまりにも能力のレベルが高すぎる……)
 女王蜘蛛の能力は突き詰めてしまえば糸を操ることだけ。能力で言えば突入部隊の有する異能の方が強力だ。しかしその差を埋めて余りあるものを女王蜘蛛は持っている。
 戦術を凌駕する技術。
 数の差を圧倒する力量差。
 能力を上回る千年間の経験値。
 そして彼らの与り知らないことだが、北に現れていた二体のラルヴァ、ギガントマキアと天蓋地竜。それらの能力の破壊力は比べるべくもなく女王蜘蛛よりも強い。
 だが、能力を駆使する技術においては逆に……二体は女王蜘蛛の足元にも及ばない。
 ラルヴァ有数の技巧を有し、蜘蛛の頂点に立つ者。
「これが、女王蜘蛛……!」
「…………?」
 突入部隊のメンバーが戦慄すると同時に、後方の春奈は疑問を感じた。
 目の前の女王蜘蛛のことではない。むしろ逆だ。彼女の能力である『ザ・ダイアモンド』の感知に後ろから何かが接近してくる反応がある。最初は残存していた蜘蛛かとも思ったが、その反応はラルヴァではなかった。
(なら、何が……)
 彼女が接近者の正体を知る前に目の前の戦況が動いた。
 距離をとって戦っていた遊撃手二人と女王蜘蛛の戦いは一時膠着するかと思われたが、女王蜘蛛が遊撃手を無視して動いたことで急変する。
 空中に張った蜘蛛の巣を翔け、跳躍し、遊撃手の二人が追いつけない速度で突き進む。
 女王蜘蛛は……メフィストフェレスの後方にいる春奈と伊万里のところへ向かっていた。
「させるかッ!!」
 祥吾が、メフィストフェレスが春奈達を守るべく大蜘蛛の前に立ち塞がる。
『時を刻みし針なる剣!』
 メフィストフェレスの化身であるメフィの宣言に応じ、両手に内蔵されたクロームのブレードが迫り出し、ヘリのローターのように高速回転する。大蜘蛛の躯体が糸で出来ていようとこのブレードならば斬ることができると祥吾は踏んだ。事実、右脚の一本を左のブレードで切断した。
 次の瞬間にはメフィストフェレスの左腕が落ち、左足が断たれていた。
「がッ、ああああァッ!!」
『きゃああああァ!!』
 メフィストフェレスの手足を切断されたダメージが祥吾とメフィにフィードバックされる。
 一体何が起きたのか。その一部始終を春奈は見ていた。
 大蜘蛛より伸びた一条の白線。
 それは変容前の女王蜘蛛の黒髪に混ざっていた白髪だった。
 その髪が、容易くメフィストフェレスの手足を切断した。
 大蜘蛛の姿が女王蜘蛛の技術の化身であるならば、銀に煌くそれこそが女王蜘蛛の力の化身。実体の有無に関わらず敵を断つ鋼糸、必断の白髪刃。
 左足を失い倒れたメフィストフェレスを通り過ぎ、大蜘蛛が春奈と伊万里の前に立ち、その前脚を振り上げた。

 春奈が伊万里に逃げるように伝える間はなかった。
 遊撃手の二人が駆けつける間もなかった。
 メフィストフェレスが立ち上がる間もなかった。
 ただ、伊万里が疑問に思う間だけはあった。
(どうしてこんなに死にそうなのに、私にも先生にもあの『旗』が見えないの?)
 大蜘蛛の前脚は振り下ろされ、

「秘剣・百虎……開放ォォォォッッ!!」 
 伊万里のすぐ横の壁を破って現れた巨大バイク――パラス・グラウクスの激突によって四散した。

「……!?」
 パラスとパラスに跨った茜燦の突然の登場にその場にいた全員が呆気にとられた。
 唯一、春奈だけは得心した。先刻の後方からの接近反応は彼らだったのだ、と。しかし『ザ・ダイアモンド』の効果範囲に入ってからここに到着するまでの時間があまりにも短い。
 その理由は茜燦がパラスを全速力で走行させながら、城の壁という壁を一直線に貫いてここまで走ってきていたからだ。彼らが通ってきた城のある場所では壁が斬突によって砕かれ、ある場所では猛火によって熔解している。
「たっく……よぉ、モバイルのレーダー便りに直進してきたけど、全速運転と秘剣三本全開放で俺の体力と魂源力もいい加減限界だぞ。倒れてー……」
「悪い、でもお陰で間に合ったみたいだな。無事か、伊万里?」
 パラスのシートから茜燦の同乗者であった少年が降りる。
「斯波君……」
 白馬に跨った騎士の如く、オフビートは伊万里の危機に到着した。
「どうしてここに?」
「……」
 オフビートは無言で伊万里の額をデコピンで打つ。
「いったぁ!?」
「お前がこんなとこにいるからに決まってるだろ……」
「え……?」
「あー、お二人さん? 見詰め合う前に状況考えてくれるか? このラブコメカップルめ、羨ましい」
 茜燦の指摘に二人は慌てて赤くなった顔を逸らした。
「…………しっかし、こいつはまたひどい状況だな」
 周囲の状況を把握した茜燦が吐き捨てるように呟く。彼の言うとおり、人間側の状況は惨憺たる有り様だ。醒徒会の一員である龍河と学生の中でも戦闘のエキスパートである直が倒れ、永劫機メフィストフェレスは半壊している。突入部隊の戦力は半減していた。
 対して、パラスに脚を破壊された大蜘蛛は飛び退き距離をとりはしたものの、破壊された脚はそれまで破壊されたものも含めて全て再構成されているため事実上無傷だ。
「俺らが来たところで埋められるとも思えねえけど、あのとんでもねえの相手になんか手はあんのか?」
『…………あり、ます』
「!? なんか頭の中に声がしておまけに目の中に変なマークとか矢印が映ってんだけど!?」
『あなた、たちにも、『ザ・ダイアモンド』、を、接続、したからです、西院、茜燦くん』
 テレパシーで春奈が告げる。だが、その声はどこか苦しげだ。
「お、おい? 苦しそうだけど大丈夫か?」
『私は、大丈夫』
 そうは言うが、春奈は明らかに苦痛を感じ疲弊している様子だった。
 彼女は女王蜘蛛から一度も攻撃を受けてはいないが、服の下にはいくつもの大痣が出来ている。それは腹部であり、背中であり、左手と左足だった。それはいずれも龍河と直、それに祥吾が女王蜘蛛の攻撃によって傷を負った部位である。
 春奈の異能『ザ・ダイアモンド』。対ラルヴァイージスシステムとも呼ばれ、戦術レベルの戦闘では単純な攻撃能力よりも遥かに威力を発揮するこの異能には唯一の弱点があった。
 それは春奈が『ザ・ダイアモンド』に接続している他の人間の得た情報のみならず受けたダメージまでもフィードバックで受けてしまうこと。それゆえに誰かが傷つけば彼女も傷つき、誰かが死ねば彼女も只では済まない。
 彼女はそのことを覚悟の上で作戦の指揮を取っている。相手は蜘蛛型ラルヴァ最強の女王蜘蛛。初めから無傷で勝利を得られるとは考えていない。同時に、誰一人として死なす気もない。
 そのために、彼女は勝つための作戦を用意していた。
『真っ向からの正攻法では、やっぱり勝ち目は薄いみたいです。だから、正攻法はやめて、本命の作戦に入ります』
 彼女は大広間の天井を……その先にあるものを『ザ・ダイアモンド』による他者との接続によって見る。
『さらわれていた住民の避難は完了しましたし、あちらの準備も整ったようです。これから……』

『女王蜘蛛を、倒します』

 ・・・・・・

 四番目の<ワンオフ>は私の問い掛けに天使を騙る悪魔のような笑いを返した。
「真犯人? アハハハ、おかしなことを言うね。僕は僕がそうなんじゃないかなって考えたことを蜘蛛に言っただけで、決めたのも実行したのも蜘蛛達さ。今だって人間と戦ってるのは僕じゃなくて蜘蛛だよね。僕のどこが犯人だって言うのさ?」
 ナイトヘッドは本心から言っているわけではない。そう喋ることで嘲笑っているのだ。私ではなく……騙された蜘蛛達を嘲笑っている。
「…………」
 私は別段、道徳や倫理に厳しい人間ではない。それ以前にラルヴァの道徳や倫理が人に近い外見を持つものであろうと大きく異なる場合があるのも理解している。
 しかし、ナイトヘッドはそういったものではないと判断する。
 これは人間の道徳や他のラルヴァの道徳を知っている。その上で踏みにじり、唾を吐きかけ、狂わせる。
 これはそういうものだ
 これは悪意の塊だ。
「お前の目的は何だ?」
 ナイトヘッドは悪意の塊の精神の持ち主ではあるが、まさかそれだけでこの事件を引き起こしたとは考えられない。何かを、狙っているはずだ。
「この国に棲む人間に友好なラルヴァの中でも最高峰の女王蜘蛛と人間を潰し合わせることさ。誤算だったのは蜘蛛があんまりにも弱かったことかな。まさか二十年前に生まれた異能力者なんかにここまで追い込まれるなんてね。古いラルヴァの一族だっていうのに情けない」
 ナイトヘッドはよく回る舌でぺらぺらと話す。しかし、私が聞きたいのはそんなことじゃない。
「それは手段であって目的ではないだろう?」
「ああ、そうだね。じゃあ目的は何だと思う?」
 ……なるほど、私に当ててみせろという訳か。
「手薄になった双葉学園に何か仕掛ける」
「当たりだ。でもそれじゃ」
「これだけでは50点。もう一つの狙いは」
 それももう分かっている。ナイトヘッドが私の前に……少女を背負った私の前に現れた時点で既に明白だ。
「この子……だろう?」
 双葉学園の戦力や警戒能力を減じ、同時に崩壊する女王蜘蛛陣営から六代目である生まれたばかりの女王蜘蛛を奪い去る。それがナイトヘッドの魂胆だ。そのために蜘蛛を騙し、人間と蜘蛛の全面戦争へと突入させたのだろう。
「ご明察! 流石は【シルクロード】がついている人間だ。それなりに頭が回るじゃないか」
 ナイトヘッドはベストアンサーを聞いたクイズの司会者のように手を打って賞賛する。無論、受ける方としては嬉しくもなんともない。
「六代目の女王蜘蛛。その身に収まった魂源力は相当だ。知識がないから使えないようだけど、それならそれで使いようはあるんだよ。例えば……」
 ナイトヘッドはニコリと微笑み、
「こちらの儀式の生贄とかね」
 舌なめずりするような目で眠ったままの少女を見る。
「月並みな脅迫だけど、六代目をこっちに渡せば命だけは助けてあげるよ」
 ナイトヘッドが勧告すると私の周囲に人間大サイズの犬歯が四本出現する。応じねば、それで私をバラバラに引き裂くつもりだろう。
 さて、私はどうするべきか?
「……ん?」
 なんとなく背中で少女が動いた気配がして振り返ると、少女はまだ眠ったままだった。眠ったままの少女の重さの全てが私の背中にのしかかってくる。同時に、彼女の命の鼓動も背中越しに伝わってくる。
 ……まったく、自問自答などせずとも答えは決まっているだろうに。
「名前をつけてやってくれと頼まれた」
 それが女王蜘蛛の最後の願いだった。
 私は、彼女に頼まれたのだ。
「私はまだこの子に名前をつけていない。だから……お前には渡せない」
 ナイトヘッドはその返答に一瞬キョトンとしたあと、表情を変えて大笑した
「アッハッハハハハハハハハハ!!」
 何がそんなに可笑しいのか。文字通り腹を抱えて笑っている。
 やがて大笑が止む。
「ハハハ……、すごいねぇ。本当にいい度胸だよ。それともどこかが壊れてるのかな? どちらにしてもすごいね。二十年以上前の生き物だし部下に加えたいくらいだよ」
 二十年以上前? だったらどうしたと言うんだ?
「それでさ……」
 私が犬歯の襲来に身構えるとナイトヘッドは私に背を向けた。
 振り向いたナイトヘッドが見ているのは通路の奥だ。
 いや、違う。そこに立っている誰かだ。
 その誰かは……

「彼を守るために僕と戦うんだろ? シルクロード」
「違いますよー。ワタシはシルクロードじゃなくてリリエラですよー。たまたま通りすがったフリーランサーですよー」

 助手だった。

「…………なぜここに?」
「通りすがりですよー。フリーランサーなんですよー」
「通りすがりねぇ。そんな風には見えないけど」
 少なからず驚いている私とは違い、ナイトヘッドは助手の登場にさして驚いた様子も見せていなかった。
「盲点だったよ、まさか荒神だけでなく君までも変装し人間に紛れてやって来るなんてね。そんな小細工をされたものだから『本体』に近づかれるまで気づけなかったな」
「徒歩とかすっげーめんどくさかったですよー」
 普段の助手なら徒歩五分どころか徒歩一分の距離でも転送能力で移動する。それが今回は突入部隊と一緒に歩いてここまで来たようだ。どうしてそんな助手らしくないことをしたのか?
「アハハ、転送能力で一気にこの城まで来なかったのは君くらいのラルヴァが突然ここに現れたら僕が気づくってわかってたからだろ? でもそれだと一つ可笑しなことがあるよね?」
 確かに、助手の行動には奇妙な点がある。突入部隊に紛れ、正体を隠して近づいた理由がナイトヘッドに察知されるのを警戒してのことだったなら……。
「シルクロード、君は今回の一件が僕の仕業だと分かっていたね?」
 そうだ、ナイトヘッドの言うように助手はこの事件の黒幕がナイトヘッドだと知っていたことになる。それも事件現場に来もしない内に。どこのミス・マープルだ。
「君の転送能力なら遠方にいてもここの状況を知れたかもしれない。だけどね、あの金剛の皇女様とやらを警戒して、あれの異能に見つからないレベルで隠れていた僕を、どうやって感知したんだい? 事実、荒神は僕の存在を予想の範疇に入れはしても確信はしていなかったよ」
「そんなの事件が起きたときから丸分かりでしたよー。これ、まんま火遼岳の火遼鬼の事件と一緒じゃないですかー」
 火遼鬼……踊盃の事件。
 なるほど、コミュニティを持ち人類に友好的で知能の高いラルヴァが突然人類に敵対行動をとったあの事件と、今回の事件はよく似ている。
 それはつまり……あの事件も、ナイトヘッドの仕業だったということか。
「君はあの事件を仕掛けたのが僕だって気づいていたんだね?」
「そうですねー。踊盃がワンオフに勝ったって言ってたの気になってましたし、残留してた魂源力はシルクロードの記憶に残ってたあなたのものっぽかったですからねー。性格からも十中八九そうじゃないかなーって思いましたよー」
「ふぅん。なるほどね、何十年か前に会ったときよりも随分と頭が良くなったみたいだね。それもそこにいる彼の影響かな?」
「関係ないですよー」
「なんにしても、君は彼を助けるためにここまでやって来たわけだ。彼が好きなのかい?」
 それはない。
「それはないですよー」
「でも君が彼を助けようとしているのに変わりはないよ。だけど見えるだろう? 彼の周りには僕の分身の『牙』がある。君が少しでも敵対行動をとれば僕は彼を」
「どうすると言うのです?」
 高くもなく低くもない。坦々としたその声が聞こえた次の瞬間、私を取り囲んでいた犬歯全てが何かによって握り潰された。
「……君にまで居場所を嗅ぎつけられちゃったか、荒神」
 ナイトヘッドの視線の先、私の真後ろに一人の女性が立っていた。この戦場には不似合いなメイド服を着たその女性。彼女のことは私もよく知っている。友人である那美君のパートナーにして……彼女もまたワンオフの一人だからだ。
「やあ、久しぶりじゃないか荒神《ビーナス》。人の左手に成り下がったって聞いたけど元気そうだね」
「あなたも。相変わらず他者を弄んでいるようで」
「あ、そうだ君に会ったら一つ聞きたかったんだけどさ、君の手って人間がどこいるときも一緒なのかい? トイレや自慰や逢瀬のときも? それとも君が処理しているのかな?」
「少し、黙りなさい」
 逃げていいだろうか。本気でナイトヘッドよりもミナ君が怖い。抑揚のない声から恐ろしいまでの威圧感が伝わってくる。
「これの挑発に乗ったら損ですよー。クールダウンクールダウン」
「そうですね。それより語来先生。逃げるなら早く逃げてください。邪魔になります」
 ミナ君は道をあけ、私に先へ行くよう促した。
「……いいのか?」
 事情を聞かなくていいのか。少女を背負った私を通していいのか。どちらの意も含めて尋ねると、ミナ君は肯いた。
「はい。ですが、那美には後で事情を話しておいてください」
「わかった」
 どちらにしてもここで私に出来ることはなく、私がするべきことはここにいては出来ない。
 私は彼女らに背を向け、出口へと駆け出した。

 ・・・・・

 ・OTHER SIDE

「はぁ……君達のせいでこっちの予定が滅茶苦茶だよ」
 唯一の人間と目当てのラルヴァがいなくなると、ナイトヘッドはやれやれと首を振った。
「それで? これから君達は何をする気なのかな?」
「貴方が二度と手を出せないようにしてしまおうかと」
「ハハハハハ、正気かい? 僕達三人が全力でぶつかればこんな場所は跡形も無く消し飛ぶ。君達はそれでもいいのかな? お仲間の人間がいるんじゃなかったっけ? それに二人がかり程度で僕に勝てるとでも?」
 挑発するように、威嚇するようにナイトヘッドは宙に分身である『牙』、『歯』、『目』、『髪』を出現させる。『牙』は敵を穿ち、『歯』は敵を潰し、『目』は敵を見抜き、『髪』は敵を切断する。それぞれがラルヴァですら易々と屠れるだけの威力を秘めている。
 しかしリリエラもミナもそれに動じる様子はまるでない。逆に、冷めた目で見ている。
「ハッタリと自惚れはよしてほしいですねー、サド蟲。全力なんて出しませんよー」
「ええ、全力など出さなくても日中の貴方を葬ることは容易い。日中の貴方は唯一危惧すべき最大戦闘形態どころか能力さえ碌に使えはしませんから。このように」
 ミナが手を振ると通路の壁が圧縮されて崩壊し、夕暮れの太陽の光が通路内に差し込む。すると、太陽光に当てられたナイトヘッドの分身は音もなく光の中に消えていった。
 夜の闇の中で尋常ならざる力を発揮する|夜闇ノ魔人《ナイトヘッド》。だが彼の力も、太陽の光の中にあっては分身を維持することすら出来ない。日中の彼は、ワンオフの中でも格段に弱い。
「……たしかに。僕の能力は君達より随分と制限がきつい。太陽が出ている間は君達の相手にもならないね」
 ナイトヘッドは恨めしげに夕焼けを見ながら言う。
「あと三十分もすれば夜だったのにな。残念だけど今日のところは全部諦めて帰るよ」
 二人に背を向け、ナイトヘッドは立ち去ろうとする。
 が、
「何を自己完結して逃げようとしているんですか?」
 ミナに背中を見せたナイトヘッドの体が周囲の構造物と空間ごと締め付けられて拉《ひしゃ》げる。
「……あれ?」
「まさかあれだけ人のことを侮辱してすんなり帰れるとでも? そうは問屋が卸しません」
「第一、逃げるとか言ってセンセのところに回りこむ気満々ですしねー。ここでやっちゃったほうがいいですよねー」
 ナイトヘッドは彼女らの言動と行動に冷や汗を流し、顔を引きつらせる。たしかに彼女らの言う通りではあったが、よもや矛を収めて去ろうとした相手に背中から能力を叩き込むとは。
「君達……いくらなんでもこんな人の道に外れた外道な手段を……あー、そっか」
「人じゃないから構いません」
「ですねー。それにこういう手はそっちの十八番でしょう?」
「……返す言葉もないなぁ」
 その言葉を最後にナイトヘッドはピンポン玉ほどの大きさになるまで潰され、ナイトヘッドの成れの果ては先刻ミナが空けた通路の穴から転げ落ちて別れ谷の底へと落下していった。
「やりましたねー。死んじゃいないでしょうけど」
「そうでしょうね。マイクロブラックホールにでも放り込んでしまえば話が早いのですけど、今の私独りではそこまではできませんし。まったく……、【ダダドムゥ】といいどうしてこうも性格に難があるワンオフほど得てして高い生命力を獲得しているのでしょうか」
「憎まれっこ世に憚るってやつですねー」
「…………あなたもその一人よ?」
「えー? ワタシの性格のどこに難があるっていうんですかー?」
 リリエラは心外だと言わんばかりに抗議するが、細かく指摘するのも面倒だと思ったのかミナはスルーした。
「兎に角、これでしばらくはナイトヘッドも手出しできないでしょうからあとは那美達と語来先生が無事に帰れるよう手を尽くしましょう」
「大変ですねー。頑張ってください」
 リリエラは他人事のようにヒラヒラと手を振った。
「あなたは語来先生を助けるために私達と一緒にここまで来たのでは?」
「違いますよー。そんな気は全然ないですよー。ちょっとナイトヘッドがむかついたからこらしめてやろうと思っただけですよー。こらしめるのはアナタがやってくれましたけどー。というわけでワタシはもう帰りますねー。バイバーイ」
 ミナが何かを言う前にリリエラはその場から影も形も残さず消えていた。
「……やっぱり性格に難がある。素直じゃないわね、まったく」
 一人残されたミナは、素の喋り方で独りごちた。



 別れ谷――『大広間』

「女王蜘蛛を、倒します」
 春奈は女王蜘蛛の打倒を、自分達の勝利を宣言した。
 彼女はそのための戦術を既に描き終えている。
『突入部隊のメンバーは作戦前の指示通りに。斯波君と西院君には今から伝えます。それと……』
 春奈の言葉に応じて那美とキョウカが再度大蜘蛛に攻撃を仕掛ける。握撃と光線が大蜘蛛へと放たれる。だが、大蜘蛛は八本の脚の内の二本を駆使してそれらの攻撃を捌き切る。
 大蜘蛛の内部の女王蜘蛛はまだ一度たりとも攻撃を受けていないが、満身創痍の女王蜘蛛にとってはその一度の命中で全てが決する。
 春奈はそのことを知らない。しかし、大蜘蛛の体をいくら破壊しようと無意味であることは既に理解している。ゆえに必要なのは女王蜘蛛本体へと攻撃を届かせる道筋。
 道筋は……既に敷かれている。
『後退!』
 春奈の号令で那美とキョウカが退く。
 大蜘蛛が追撃をかける直前、大広間は猛烈な破砕音と振動に包まれた。
 直後、大広間の天井が崩れ落ちる。
 そして崩落する天井の向こうから振動と破壊の原因が姿を現す。
 それは女王蜘蛛も知るもの。
 それは……別れ谷上空に結界を張り制空権を支配していた巨大ラルヴァ、天蜘蛛の死骸だった。

 別れ谷上空における空中戦は魔女を中心とする人間側が勝利を収めたが、天蜘蛛の死骸は消滅せずに自らが張った巣に引っかかる形で残っていた。そうなることは春奈は天蜘蛛の記録から知っていた。だからこそ、春奈は自分の戦術に天蜘蛛を加えた。
 春奈の戦術とは上空の天蜘蛛の死骸を別れ谷へと落下させ一個の攻城兵器とすること。天蜘蛛は別れ谷を中心とした位置に陣取っていたため、落下させればそれはそのまま城の中枢へと落下し、重力加速度により得た破壊力で城を破砕し、中枢にいる女王蜘蛛への攻撃となる。
 無論、この戦術は別れ谷に住民達が捕らわれている間は使えない。だが、別働隊によって住民の救助が完了すれば実行に移せる。
 そうして春奈は『ザ・ダイアモンド』で上空の部隊と連絡を取り、天蜘蛛を落下させたのだ。

 女王蜘蛛は咄嗟に糸を繰り、大蜘蛛の脚の六本を解いて天井へと放つ。六本分の糸束は天蜘蛛に接触する寸前で八方に開き、巨大な蜘蛛の巣へと変ずる。天蜘蛛が蜘蛛の巣にかかると女王蜘蛛は糸繰りを続け、少しずつ天蜘蛛の落下速度を減殺し、攻城兵器を無力化する。
 同時に春奈も動いた。
 春奈はこの必殺の戦術を仕掛けながら、それで女王蜘蛛が倒せるとは微塵も考えていなかった。これはあくまでも足止め。必殺の攻城戦術は女王蜘蛛の防御の手を減らすための戦術に過ぎない。
 那美とキョウカが動く。圧縮と光線が大蜘蛛を狙うも大蜘蛛は残った二本の脚で防ぐ。これで大蜘蛛は全ての脚を使い切った。
 だがそこまで。そこで攻撃の手は止まらざるを得ない。
 なぜならもう攻撃できる者がいない。
 前衛二人は倒れ、後衛では力が足りず、新たに加わった二人も一人は防御に特化した異能力者であり、一人は魂源力をほぼ使い切っており攻撃力が足りない。
 そして突入部隊最大の攻撃力を有している永劫機メフィストフェレスは左腕と左足を断ち切られ地に伏している。

 否、永劫機は立ち上がっている。

 もはや立てぬほどの傷を負った永劫機が立っている。
 二本の足で、両足で立っている。

 失った左足の代わりに、氷の義足を身につけて。

「秘剣・繚龍……これでもう完璧に空っぽだぞ……」
 茜燦が力を使い果たし、倒れる。
 彼が駆使する四本の呪術剣『四宝剣』。使用するたびに充填を必要とするその秘剣で城の壁を破壊するのに使った二本と大蜘蛛の脚を砕くのに使った一本を除き、唯一力が残っていたのは氷結能力を有する繚龍だった。
 茜燦はその秘剣の力で永劫機の義足を創り上げたのだ。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
 祥吾が吼え、永劫機が駆ける。
 八本の脚を無くし、身を守る術のない大蜘蛛に必殺の一撃を撃ちこむために。
 だが、まだ大蜘蛛には手が残されている。
 身を守る術ではなく、敵を葬る術。
 そう、先刻永劫機の手足を断った必殺の白髪刃が残っている。
 永劫機が射程に踏み込む刹那、左手を失った永劫機にとって死角である左方から胴を両断する軌道で白髪刃が放たれた。
 だが――白髪刃は永劫機に触れることなく弾かれる。
 なぜなら今の永劫機には左腕はなくとも盾があったからだ。
 永劫機の背中に乗っていたオフビートが異能を発動させていたのだ。彼の異能が白髪刃を防ぎ、弾いたのである。
 今の永劫機は左手に最強の盾を持っているようなものだ。
 対して右手には……最強の矛がある。
「時空爆縮回帰呪法――」
 この城の中を進むために使っていたメフィストフェレスの『時間堰止結界』、あれには時間や下級ラルヴァの停止以外にある副次的な能力がある。それは、堰き止めていた時間の流れを破壊力に変換する、いわば必殺技とも云うべきものだ。
 そしてメフィストフェレスは突入部隊が城の中を進軍している間、常に結界を展開していた。ならばそれを破壊力に変換すればどうなるか?
 答えは、
「クロノス……レグレシオンッ!!」
 大蜘蛛の胴体の完全消滅という形で齎された。

 大蜘蛛による支えを失い、天蜘蛛の死骸が天井と床を砕いて落下していく。
 降り注ぐ瓦礫の中を大蜘蛛の頭部――黒髪に包まれた女王蜘蛛が跳んでいた。彼女は永劫機の攻撃が直撃する寸前で回避していたのだ。
 必殺の一撃を捌かれ、人間側にはもう打つ手はない。

 否、宙を跳ぶ大蜘蛛の頭部に迫る者がいる。

 それは人間ではなく、あたかも龍を模した弾丸だった。
 大蜘蛛へと飛翔する弾丸の正体は龍河と直。龍河の背中に直がしがみつき、脚部や背中に開けたワームホールから急激な勢いで空気を噴出させてあたかもジェットパックのように龍河を高速で飛翔させている。
 真っ先に戦闘不能となったはずの彼らが戦線復帰できた理由は彼らが飛び立った場所に一人立っている少女、宮子だった。彼女は直が女王蜘蛛の攻撃で倒れてすぐに直の元へと駆け出していた。そして彼女の異能『ペインブースト』により彼らの傷を癒し、戦線に復帰させたのだ。
 彼らは飛翔した。
 大蜘蛛の頭部、この戦いを終わらせるために倒さねばならぬもの、女王蜘蛛に向けて飛翔し――その拳で打ち据える。

 女王蜘蛛の矮躯は黒髪に包まれたまま落下していく。
 彼女の真下には天蜘蛛の死骸が崩落させた大穴が口を開けていた。
 女王蜘蛛は少しだけ悔しそうに笑い……奈落へと消えていった。

 こうして、別れ谷での戦争は終結した。


 ・・・・・

 それはあまりにも唐突だった。
 突如として城全体が大きく揺れ、僅かな間隙の後に床と天井が崩れ始めた。
 女王蜘蛛が死んだのか、それとも何らかの外的要因によるものか。どちらにせよ、別れ谷の城は崩壊を始めている。
 人の走る速さよりも城の崩れる速度の方が早く、私の足元の床が崩れ落ちた。私は奈落へと落ちかけるも、必死に手を伸ばして崩れた床の端に右手をかけた。
 しかし、安堵する間はなかった。落下の衝撃で背負っていた少女が私の背中から滑り落ちそうになる。私は咄嗟に左手を伸ばし、なんとか少女の手を掴めた。
 しかし私と少女の命綱である床も崩壊の範疇にあり、刻一刻と罅割れを増やしている。それに少女の方はいまだ眠ったままであり、自力で這い上がる様子はない。
 私では片手の力だけで上るなどできるはずもなく、このままでは二人揃って転落死を待つだけだろう。
 このままでは二人揃って死ぬ。
「…………」
 彼女を放せば私は助かるかもしれないが、それは既に二度通った道。もはや自問自答をする必要すらない。ことここに至れば一蓮托生以外に選択肢など無かった。
 もっとも、このままではどう考えても二人揃って、
「……死ぬなぁ」
 床の罅割れが限界に達し、崩れる。
 私は少女の手を掴んだまま落下していく。
 臓腑が浮かぶような悪寒がこの身を苛み、地面との激突を待つ。
 それでも生きるために何かを掴もうとして私は右手を伸ばす。
 不意に、落下は停止した。
 手のひらで床や壁を掴めたわけではない。私の右手は何も掴んでいない。
 停止と同時に、私は右手の前腕に痛みを感じていた。
 何かが右手を締め付けている。
 締め付けているもの……それは白い糸だった。
 見上げれば崩れた天井の向こう、その更に上から一本の糸が垂らされており、それが私の腕に巻きついている。あたかも、罪人のために天から垂らされた蜘蛛の糸のように。
 そう思って見てみれば、私の手に絡んだ白い糸はたしかに蜘蛛の糸のようで……彼女の髪のようで。
 私の腕の蜘蛛の糸は私を天上に引き上げはしなかった。逆に、ゆっくりと地上へと降ろしていく。
 まるで生きろと諭されているように、私は感じた。
 私の足が地に着くと蜘蛛の糸はハラリと切れた。
 手に絡んだままの糸が、僅かに流れる風に靡いて揺れていた。
 もう一方の糸は光の粒子となって、風に吹かれて天に消えていく。
 腕に残った糸の揺れるその様は、私には彼女が別れに手を振っているように見えた。
「……さようなら。女王蜘蛛」
 彼女の忘れ形見を背負いなおして、私は再び歩きはじめた。
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