【騎士の宿業5 我が名はSizma】


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時は西暦2016年、イギリスの首都ロンドンの郊外。
英国を拠点とする異能力者で知らぬものは居ない、英国の王立学園兼異能者管理監督機関「ガーデン」の理事を
若くして務める「鉄血の淑女」テンペスター子爵の私邸。
子爵と言えどもさすがは貴族、といった雰囲気を漂わせるテンペスター邸は、先日北欧地域で行われた
大規模掃討作戦の成功と、実働部隊の全員生還を労う慰労会が開かれていた。


その屋敷の一角にある、慰労会の会場がある食堂とは真逆の方位にある、来客の宿泊用に宛がう部屋を
集めた棟にある、とある一室。
身形も顔立ちも将来を感じさせる少女が、その部屋を訪れる。
「母様がお客様を運び込ませた部屋、というのは此処ですね……」
まだ11歳になったばかり。まだまだやんちゃ盛りの少女は、淑女の嗜みよりもまだまだ好奇心とイタズラ心が旺盛なお年頃。
そんな彼女に、ヒミツのお客様が泊まっているお部屋は、魅力的にも程があった。
先ほどまで、自分ともそう背丈が変わらないのに自分よりもずっと年上で、日本でいうところのガーデンのようなところで
先生をやっているハルナさんという人に、母様と一緒にドレスの着付けをしてあげていた。
「あうう、娘さんのドレスがすっぽりはいっちゃう私って……」と言っていたのがちょっとだけ面白かった。
それも終わった後はオジサンばっかりのパーティーに出るのも気が引けて、どうしようかと思案していたところに
メイドさんたちが母の指示で客室に運び込んだという人の話が聞こえてきたので、話を聞いてやってきた次第だ。


「おっじゃましまぁ~す……」
ひっそりと扉を開けて中を窺うと、そこにはベッドに寝かされた男性がひとり。
「ふむふむ……」
じっくりひっそり検分してみる。
年は、両親や先生達に比べればずっと若い。大学部に通っている、父様の秘書の人くらいかな?
それにしても……どんな人なのかな、このひ
「おい壁テメェェ! 誰が幼女にあしらわれたチキン野郎だぁ! 次会ったら絶対唯じゃ済まさねぇぞぉぉぉ!」
「ひにゃあぁ~~~!?」
覚醒と共に発せられた男性の叫び声に、少女は脱兎の如く逃げ出すより他無かった。


―――※―――


「ありょ? ここは……どこよ? ったく、それにしても、なんつー酷い夢だ……」
絶叫と共に跳ね起きた北神 静馬(きたがみ しずま)は、頭を振りながら覚醒する。
本当に酷い夢だった。 *1 夢だとしても、あの赤い壁、今度会ったらぶん殴ってやらなきゃ気が済まん。
地獄の侯爵登場で派手に暴れた後の、久方ぶりの野宿は寝付きによろしくなかった。だからあんな夢を見てしまったのだろう。

……だがしかし、今自分がいるこの部屋は、一体全体どういうこと?
どこぞいいところのお屋敷であることは推察できるが……とりあえず情報を探ろう。
ホテル並みのふかふかベッドは名残惜しいが、何時までも寝ているわけにもいかない。
まずは身形を確認。衣服に問題なし。懐中時計は卓上にあって、三本の針は回転を始めている。現世に出たら動き始める、
というアリスの弁はどうやら本当だったらしい。
懐中時計を首にかけ、掛け台に掛けられていたコートを羽織る。内ポケットに忍ばせた手紙があることも確認。

「さて、こんなもんかな。そいじゃ、まずはこの家の主人に礼を言って、それから知り合いとコンタクトを取らんと」
休ませて貰った部屋はあくまでも休憩用だからか、これといって常備品から探れるような情報は特になかった。
永劫図書館に世話になってから3年、連絡先が昔のままなら……って、そうだ。携帯はセルグライデと戦ったときに、
跡形も無いくらい見事な木っ端微塵にぶっ壊れたんだっけ……。

とりあえず部屋を出て、少し歩いてみる。
「うっへぇ~、広いなぁ。コイツはどっかの豪邸か?」
華美過ぎることなく、それでいて上品さを全く損なうことのない内装。職人のセンスも、家人のセンスもなかなかのものだ。
まさかとは思うが、夢で見た「ワンオフ」とかって奴等が構えた屋敷じゃないだろうなぁ……?
とりあえず適当にぶらついていると、正面から声が聞こえてくる。
「あの人が起きた」だの「お客様が大勢見えてらっしゃるのにはしたない、落ち着きなさい」だのと聞こえてくる。
ちょうどいい、家人が来るのなら一宿の礼はしておかねば。


―――※―――


目の前からやってきたのは、まさに貴族の御婦人といった感じの、上品な年のとり方をした女性。
それと、その娘だろうか、母親の後ろに回ってこちらを警戒している。
御婦人にも娘さんにも、どことなくテンペっちゃんに似てるところがあるが……っと、あまり女性の顔をじろじろと見るのは
失礼だ、というのはテンペっちゃんから教わったんだっけか。
「これは失礼。何だか知らないうちにお世話になってしまっていたようで、申し訳ないです」
「そんなことは、ございません……本当に、ご無事で、何よりです。シズマ様」
御婦人の目から、涙が零れる。で、シズマ様、娘と思しき子供ともどもテンペっちゃんの面影……
「―――いや待て、う~~~~ん、と……まさか、とは思うが、ひょっとして」
二年ちょっと前に見た、セルグライデとタイマンでケリをつけるために逃がした、堂雪とテンペっちゃんの姿。
その時のテンペっちゃんの姿からどう二年経たせても、ここまで育ちはしないと思うが、だが……ああもうめんどくさい、
目の前の御婦人に聞けば一発で終わる話だ。

「テンペっちゃん、なのか?」
「はい……17年ぶりでございますね、シズマ様。私はすっかり年を取って、夫も娘も出来ました。シズマ様は、あの時と
 お変わりないのですね……」
「―――へ? えぇ……っと、じゅうなな、年?」
「はい。今は2016年。私や堂雪法師にシズマ様、アルファリードさんにセルグライデさんにエルマドニックさん、ファウさんに
 クレストーラさんにエストールさん……皆様と共にEmbryo-1へ突入したあの日から、もう17年。私も、33歳になりました」
「ま、まじか……世間はそんなに時間経ってたのか……。あの後何があったか、聞かせてくれるか?」
「はい、もちろんです。全ての業務に優先してお時間作ります」
あーそうか、テンペっちゃんの歳なら仕事しててもおかしくはないものな。
永劫図書館の暴徒鎮圧要員を解雇され、事実上プーといっても何ら差し支えのない俺とは大違いだ。

「それはともかくとしまして。シズマ様、せっかくですから、今食堂で開いております慰労会へ参りませんか?
 お食事も用意しておりますし、催しも準備しておりますので」
「うむ、そうだなぁ。ここんとこずっと、他人が作ったメシ食ってないしなぁ……それじゃ、お言葉に甘えるとしますか」
アリスは食事を摂らなかったし、チビの主食はグリム・レア。
まっとうな食事が必要なのは自分だけなので、毎食は労働報酬として現物支給。調理のための光熱費は無論給与天引き。
一人寂しく自分のためにメシを作り食う、そんな毎日を繰り返して二年と少し。久方ぶりに他人の作った飯が食える……!
「それでは、こちらへどうぞ」
そう言い食堂へ案内するも、いつまでも裾をつかんでこちらと距離をとりたがる娘にテンペっちゃんは困っているようだ。
「もう、イストラリア、いつまでそうやっているの? お客様に失礼でしょう?」
「むー……この人、こわい……」
「そういうことを言うんじゃありません。もう……ごめんなさい、シズマ様」
やんちゃ盛りではっちゃけてたテンペっちゃんの言葉とは思えない。歳月は人を変える、か。
「はっは、テンペっちゃんももうすっかり母親なんだなぁ……と、さすがに年上なのに『テンペっちゃん』はもう失礼か」
「いえ、お気になさらず。お好きにお呼び下さいませ、シズマ様」


相も変わらず、イストラリアというテンペっちゃんの娘から思いっきり警戒されている。子供は苦手じゃないんだが、
ここまで露骨に避けられるのは困るのだが。
「むー……」
「やれやれ、娘さんには嫌われちまったなぁ。そういや慰労会、つったっけ。仮装とかアリ?」
「もう皆様お酒も入っている頃でしょうから、宜しいのではないでしょうか。そういえばシズマ様、今御歳はお幾つに?
 17年経った、と聞いて、大分驚いておられましたが」
「あー、俺の感覚では2年と少ししか経ってないんだけどなぁ。誕生日3回来てるはずだから、ハタチにはなってる、と思う。
 多分エンブリオが爆発したときに、色々あって時間の流れが違う所に飛ばされたんじゃないかな」
永劫図書館、という具体的な名前は避けておこう。存在や所在を知っている人は、おそらくグリ婆くらいだろうから。
「そう、ですか……大変だったのですね。それで、どうして仮装が大丈夫か、なんて聞かれるのですか?」
「ま、こういうこと」
そういえば、こっちはまだアリスやチビ以外に見せたことはなかったか。
鎧のメダルを指でピンと弾き上げて、宝玉色のフルプレートメイルを装着する。
「まぁ……! それは、ひょっとして」
「そ、あの時ぶっ倒したカバ龍の分。さすがに図体デカかっただけあって、こんなになっちまった」
鎧姿を二人の前で披露、軽くポーズなんかとってみたりすると、
「うわぁ……変身ヒーローだぁ……!」
イストラリア嬢の目が、電光石火の勢いで輝き出す。
「はっは、やっぱ子供にゃこういう方がウケがいいなぁ!」
「うわー! すごーい! 変身だー!」
さっきまでの警戒モードが嘘のように、きゃっきゃとはしゃぎ回るイストラリア。
「うふふ、楽しそうですわね。さ、そろそろ着きますよ」
久方ぶりの全うな食事の時間がやってきた。さぁ食うぞ……こらお嬢、背中に登るな、危ないから。


―――※―――


何故かは知らんが必死に背中に乗りたがるイストラリア嬢をなだめすかして、テンペっちゃんに預ける。
「こちらになります。さぁ、どうぞお入りくださいませ」
扉を開けて食堂へ。さすがというか何と言うか、邸宅の豪奢さに相応しい盛況っぷりだなぁ。

「これ全員、異能者……じゃ、ないな」
「基本的には『ガーデン』及び他国異能者機関に所属している、異能者数名と異能に理解のある未能力者多数。
 原因不明ながら99年以降世界規模で異能の発現が多くなっていますが、就学年齢の者ばかりです。
 フットワークの軽い学生たちに国内で起こる異能・ラルヴァ絡みの事件の解決やラルヴァの討伐をお願いすることも
 ありますが、大規模作戦となればその筋のプロにお願いする方が上手くいきますので」
「ふ~ん……その割には、小学生?くらいのもいるんだな」
静馬の目に留まったのは、ここぞとばかりに食事に元気よくかぶりつく、周囲の厳つい野郎共とは明らかに違いどう見ても
イストラリア嬢と同い年くらいの少女としか形容すべき言葉の見つからない女性。
「あちらの方は春奈・C・クラウディウス女史。双葉学園、という日本の異能者養成機関で教鞭を取ってらっしゃるんですよ」
「あれで、先生か……日本もずいぶん懐が広くなったもんだ」
こちらが注視しているのに気がついたのか、そのハルナせんせーとやらがこちらに振り返る。
(なるほど、精神感応、あるいは精神連結系の異能か。チャンネルを合わせようとしてるみたいだが、申し訳ない。、
 今この機会ではお断りさせていただきましょうかね)
下手にリンクを確立させると、彼女自身もそうだが、無意識下リンクによって会場内全員にマルコシウスの精神汚染が
及ぶ危険もないとは言い切れない。軽く一礼だけして、そそくさと離れることにしよう。

「よし、そいじゃあ食うとしますかね。テンペっちゃんはしばらく仕事があるんだろ?」
「はい、申し訳ありませんが……」
「気にしなくて良いさ。こっちが勝手に押しかけてきたようなもんだしな。とりあえず適度に腹が膨れたら、さっきの部屋で
 休ませて貰うよ」
「分かりました。それでは、まとまった時間が取れる頃合に、人を遣しますので」
「あいよ、了解。また後でな」
挨拶回りと仕事に向かうテンペっちゃんを見送って、結局着たままではメシが食えないのでさっさと鎧は解除してメシを食う。
イギリスのメシは不味いと聞いていたが、うむ、このメシはなかなかイケるじゃないか。
久方ぶりに食う他人作の食事に、改めて現世への帰還を意識するというのも、やはり人の性というものだろうか。


―――※―――


自分じゃなかなか作れない類のメシをたらふく食ってご満悦、借り受けた客室にて呼び出しを待つ。
とりあえず新聞を数日分借りてきたが、体感2年ぶりに触れる英語もまだまだいける。
この20年弱の間にいろいろと世界は変わったようだが、普通に生活する分には概ね大きな変化はないようだ。
新聞の中身の構成そのものは、日本とイギリスというお国柄を除けば、99年に見たものとさほど変わりはない。
「ま、世間は見た目おおむね平和ですよ、ってことかねぇ」
もっと暗い部分については、これからじっくり話を聞くことにしよう。
借りた新聞の最後の一部を化粧台に投げて、ベッドに横になる。

暇になって考えるのは、日本のこと。
さすがに17年、どういう話が家族に通っているかは分からないが、少なくとも自分は死んだも同然の扱いだろう。
確か戦争や船舶沈没など特殊なケースで1年間、その他の理由での失踪なら7年間の消息不明で死亡扱いになったはずだ。
何にも言わず書置きすらなく出て行って、17年も帰ってこなくて、挙句に帰ってみれば人間じゃなくなってました、と。
まったく、どんだけ親不孝者なんだろうな、俺は。

家族もそうだが、友人知人もどうしているだろうか。
学校の友人達は、まっとうに生きているなら今34歳か。テンペっちゃんのように家族を持っているヤツがいても、
決しておかしくはない年代である。きっとアイツも今頃は、子供の一人もこさえてよろしくやっているのだろう。

同盟の皆はどうしているだろう。
グリ婆は、あの手紙とアリスの弁から察する限り、逝ってしまったのだろう。藤神門のバァ様と「どっちが先に逝くかの?」
「脅威が取り除かれて我々のような者が不要になるまでは死ねぬわ!」などとしょっちゅう話し合っていたり、若い衆を
年甲斐もなくビシバシしごいていたのを思い出す。
バァ様もとてもじゃないが死んでるとは……生きてたら107歳か。厳しいかも知れん。
こっちの世界へ誘ってくれたお嬢は、確か会ったときは大学生だったから、40手前になるか。
一緒に突入したメンバーは、テンペっちゃんと堂雪の他は何人生き残っただろうか。仕留め損なって生き延びてるはずの
糞神父は別として、正直全員無事とは思っちゃいないが、それでも出来るだけ多くは生き残っていて欲しい。


そんなことを考えていると、扉が開かれる。どうやら考え事に集中しすぎてノックを聞き逃していたらしい。
顔を覗かせたメイドから準備が出来た旨を聞かされ、部屋を出る準備を整える。
とりあえず、借りた新聞はメイドに渡しておけばいいか。
新聞を小脇に抱えたメイドと共に、テンペっちゃんの書斎へと向かう。


―――※―――


書斎に通され、デスクに座るテンペっちゃんの姿は、やはり働く女性そのもの、といった感じ。
姿にまだ面影はあるものの、きゃいきゃい言いながら自分に寄り添ってきたあの頃とは、決定的に違っている。
「お待たせいたしました、シズマ様。それでは……何から、話しましょうか」
「聞きたいことは山ほどあるが……そうだな。まず確認したいのは、今の情勢について、かな」
「はい、それでしたら……」


エンブリオ突入作戦以後から話は始まる。
自分がテンペっちゃんと堂雪を表に放り出した頃、時を同じくして出現していた3体のエンブリオが爆発四散。
その報を受けたグリ婆が弟子の魔女を連れて空からの脱出補助を試み、内部で没したファウとエストール(エルマドニックが
二人の最期を見取ったとのことだ)、自分とセルグライデ(爆発まで延々決闘)、今尚行方不明のアルファリードの5人を除き、
オブザーバー兼外部監視要員のジェニー女史らと共に海域を高速離脱。
結局は突入したエンブリオも爆発し、全4体のエンブリオの欠片が全世界に撒き散らされたわけだが、そのほかにも同時期に
様々な異能絡みの出来事が頻発。それがどう引き金になったかは今尚研究中だそうだが、未知生命体改めラルヴァが
99年以前を上回る頻度で発見されると共に、99年以後に生まれた子供達に異能の発現が多く見られるようになったそうな。

ラルヴァについては世界各国にて「一般人には秘匿すべし」との共通見解に基づき情報統制・報道管制が引かれると共に、
増加する異能者の管理と共に心身の育成を目的とした専門機関の設営が各国政府に求められたひとつの命題となる。
その結果出来たのが、イギリスでは『ガーデン』、日本では先に見かけたハルナ先生がいる『双葉学園』及び『ALICE』、
ということだ(知り合いにアリスがいるので、ごっちゃになって困るのだが仕方がない)。
同盟については、国元の組織への協力あるいは独立行動の希望などあって実質的解散をしたそうだが、これまでの功績から
参加者については『Members in 1999』と称され、成人異能力者にあって特別視されているらしい。

人類とラルヴァの、人間サイドとしては子供を使ってまで行う水面下の激闘を繰り広げる中に現れた、特例中の特例。
「シズマ様は、『ワンオフ』という存在をご存知でしょうか?」
「ああ、概ねは、ね」
夢の中でメイドコスの人から懇切丁寧にご教授頂き、女の子にポッチーを突き付けられたような記憶が薄らとある。
「これが、そのリストです。市井に溢れるラルヴァについては後からでも調べられますが、現在188……いえ、先ほど189に
 なりましたか。ワンオフの存在については、特に危険視される存在、討滅に成功した存在を除いては、外見と特徴以外の
 一部情報は秘匿されています。このリストの内容も、あまり口外されないよう、お気をつけくださいませ」
「ふ~ん……」
極秘資料だが特別に、とのことで見せてもらう。どことなく見知ったような顔もあるが……一番最後、一番真新しい紙に
さしあたるところで、テンペっちゃんが声を掛けてくる。
「一番最後、つい先日、慰労会に居た方々が参加していた作戦中に現れた、最新の『ワンオフ』、ナン」
「バー189、Knight。だろ?」
「何処でそれを? 提出レポートの内容に疑いの余地なし、とのことで数時間前に認定されたばかりなのに」
「いや、まぁ……さっきの慰労会で小耳に挟んだもので、ね」
流石に「実はこれ、俺の事なんだよね」などと本当の事を話すわけにはいかない。時が来れば分かってしまうことだろうが、
それが今である必要はないはずだ。

ワンオフだけでなく、他にも複数の存在が確認できたり亜種だったりすることで定義から外れはしたものの、ワンオフ級の
強大な力を持った存在(日本の女王蜘蛛や、世界各地で発見された天蓋地竜など)が確認されており、それまでは
世に出ることのなかった存在、あるいは世に出ていたが現地人のみの秘匿とされていた存在が少しずつ暴かれる。
大小強弱、様々なラルヴァが確認されると、99年にエンブリオまで同行してきたジェニーのようなラルヴァ研究家によって
種族の体系立てがされ、異能者機関に所属していれば確認及び照会ができるようにデータベース化されているようだ。

そして、問題はラルヴァだけで済むものでもなくなった。
強すぎる異能が人の心を闇に染めるのは、力を精神で御しきれぬ人であれば已む無き事だが、どうもそういうバカ共が
寄り集まって地下組織を作り、99年以前では考えられない大規模な集団行動を取る様になったようだ。
現状での最大規模は、聖痕(スティグマ)と呼ばれる、ラルヴァを信奉・保護し、目的のためとあらば対人戦及び殺人も辞さない
かなり過激な組織だそうだ……あの糞神父も、おそらくは一枚噛んでるに違いない。
その他にも、外法研究機関も世界各地に点在しており、それらを討伐するのも現代の異能者が戦う理由となっているようだ。
殺す気で向かってくるとはいえ、相手は人間。倫理的にやりにくいことこの上ないらしい。特に学生を派遣した際に
同年代の組織構成員との対決に及ぶケースが多いため、『ガーデン』でのメンタルチェックやケアは充実させているそうだ。


「99年以後のラルヴァや異能者の歴史については、おおよそこのような感じです」
「なるほどね。大体分かった。細かいところの捕捉は自分でやるとして……次だけど」
「はい、何でしょうか?」
「世間的……法的って言ったほうがいいか、俺はどういう扱いになってる? やっぱり失踪宣告で死亡扱いなんだよな?」
「ええ、そうです。藤神門の御婆様が手を回していただいたようで、『高波に浚われて行方不明』ということに。異能者として
 ラルヴァと戦い生死不明、とご家族に告げることは出来ませんし、当日の夜は酷い雷雨でしたので丁度良かったそうです」
家族はその話を聞いて、どう思っただろうか。雷雨の夜には未知生命体(現ラルヴァ)が良く出没するということで、何度か
出動したこともあるから、出かけたこと自体には疑念はなかっただろう。だが、やはり理由が理由だ。

「とりあえずは、帰っても迷惑掛けるだけだろうし、連絡取っても死人から便りが来ちゃ驚かせるだけだろうからなぁ。
 『北神 静馬』として生きていくことが出来ないとなると、俺はどうすりゃいいのかね?」
「そう仰られるのでは、と思いまして、少々無茶を致しました。こちらを」
差し出された書類を受け取る。俺の顔写真に、『Sizma=Nordio』という姓名が印字された……
「オイこれ……戸籍じゃないのか!? 戸籍の偽造は、ちょっとばっかしマズいんじゃないか?」
「何せ今こうして私が生きていられるのは、あの時シズマ様が身を挺して脱出させてくださったからこそ。ならば今度は私が、
 シズマ様がこれから生きていくために手を尽くすのが、私の果たすべき責務だと判断し、私個人の独断で行ったことです。
 どうかお気になさらず、お使いください。でも、ここだけの秘密にしておいてくださいませね?」
ふむ……そういうことなら、ありがたく使わせてもらおう。黄泉帰った死人に偽造の戸籍、なんと似つかわしい事か。
「しかし、翻訳したら『北神』だぜ、この苗字? ま、いいけどさ」

たった今から、俺は北神 静馬を辞めてシズマ=ノーディオとして生きる、か。
死人から一転、英国人の仲間入り。しっかし、来歴不明でよく戸籍作れたなぁ……どんだけ無茶したんだか。
ま、恩義には報いるのが責務ってもんだ。英国紳士、あるいは勲功上げて別名よろしく騎士でも目指してみるか?

「他に何か、ございますか?」
「う~ん……今はとりあえず大丈夫そう、かな。今日はもういいとして、データベースみたいなものが見れるといいんだけど、
 どこか手配とか取れそうかな?」
「それであれば、『ガーデン』のライブラリをご覧になるのがよろしいかと。すぐ明日に、と行きたい所なのですが、
 何分外部からの来訪者に公開するには規制があるもので、お時間を数日頂く事になります。閲覧の申請は私から
 行っておきますので、シズマ様はこの屋敷でお待ちいただければ」
「何か、ホント何から何までやってもらっちゃった上に泊まる所まで用意してもらう、ってのも気が引けるなぁ。何か代わりに
 やれそうなことがあれば手伝わせてほしいんだが」
見返りの無いものなんてあるはずもない。後出しにされるくらいなら、自分から対価を提示させたほうが気が落ち着くし
心構えをもって臨めるというものだ。テンペっちゃんの好意にだけ甘えるわけにはいかない。
「そういうことであれば、そうですね……『ガーデン』の生徒会(ダイナスティ)経由で出そうと思っていた案件を、いくつか
 お願いしようかしら。それでよろしいでしょうか?」
「おう、どんとこいだ! ……と思ったけど、先立つものだけ、申し訳ないんだけど、少し貸してくんない、かな?」
なんとも締まらない気持ちではあるが、屋敷の表に出るとなればやっぱりカネが要るわけでして、情けないながらも
かつて年下で仲間だった貴族様に、お金の無心をするのであった……。



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