【ザ・グレイト・フードバトル~三竦みすき身のごった煮~】


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【ザ・グレイト・フードバトル~三竦みすき身のごった煮~】





 双葉学園島の西側の一角を占める商店街は俗に「新世界」という名で知られている。
 これは本来の名前が「西通商店街」という味も素っ気もないものであることがそもそもの原因であるが、それ以上に開発が遅れていたこのエリアに集った新参者たちが先住の商店街に対して追いつき追い越さんとする意思の表明という意味が大きい。
 それゆえに、新世界に居を構える商店には総じて利益よりも派手さを重視したセールやイベントを好む傾向があった。
 そして、この島が巨大な学生街であるという立地条件を加味すれば、新世界の飲食店が「~~を完食できたら無料」といったチャレンジメニューをまるで申し合わせたかのように揃って用意するのは最早必然といえた。
 かくして、新世界はフードファイターの聖地として産声を上げ、数限りない闘争の坩堝は綺羅星のような伝説の数々を精製することとなる。
 西暦2019年秋、これは数多の伝説の中でも最高級に位置する物語、後の世に「新世界三帝会戦」の名で伝えられる極限のフードバトルの記録である――



(さて、今日はどの店に挑戦するとしようかな)
 皆槻直(みなつきなお)は思考の中で新世界の様々な店をとっかえひっかえさせながら算段を楽しんでいた。
 男でもそうはいない長身と戦闘狂と揶揄されるほどの出撃回数を誇る彼女は、その当然の帰結として常に多量のカロリーを必要としている。
 チャレンジメニューへの挑戦はそういう意味での実益と勝負好きという嗜好を満たす、彼女にとってぴったりの趣味であった。
 もっとも、実はその趣味もここしばらくは封印状態だった。
『ナオは女の子らしさ捨てすぎ!』
 彼女の頼れる相棒である結城宮子(ゆうきみやこ)の「もっと女の子らしくキャンペーン」により中止命令が下されたのだ。
 宮子がそこまで自分のことを気にかけてくれるのが嬉しくて言われるままにしていた彼女だったが、ある出来事をきっかけに事態は変わる。
 ある事件に巻き込まれた彼女は(非常に不本意だが)その事件の損害請求をほぼ一手に引き受ける羽目になってしまった。
 これ自体はこれまでの出撃で稼いだ「ポイント」を使って相殺することで決着はついたのだが、憤懣やるかたない彼女はその分の節約の意味を込めチャレンジメニューへの挑戦を再開することとしたのだ(宮子はキャンペーンが一定の成果を上げていたのでまあいいかと容認した)。
 中断していた分を取り戻すかのように新世界を蹂躙していく彼女。既に全店制覇を達成し今は二周目である(前述の通り攻めの姿勢を重視する新世界的には入店を断るような逃げの姿勢は御法度だった)。
 そんな彼女は勝手知ったるなんとやらとばかりに新世界に足を踏み入れ――その歩みがはた、と止まる。
 街という一個の生命体に遠巻きに出方を窺われているような感覚。歴戦の戦士である彼女はそれを鋭敏に感じ取っていた。
(…これは一体?)
 警戒の念は感じるが、そこからは殺意のような感情はすっぽりと抜け落ちている。意識を警戒モードに切り替えつつ、彼女は街の意識の流れを探る。
 意識の流れがゆるゆると渦を成し、その渦が速度を増して一点に収束していく。そこにはスカイブルーのワンピースに身を包んだ小柄な女性がこちらに鋭い視線を向けていた。
「春奈先生…」
 春奈(はるな)・C(クラウディア)・クラウディウス。「鋼のB組」の異名で知られる強者(つわもの)ぞろいの高等部一年B組の担任にして、自身も「金剛の皇女(ダイアモンド・プリンセス)」と呼ばれる強力な異能者である。
 生徒のことを真摯に考え、かつ生徒たちと等身大の視線で向き合えると評判の教師だ。同じ一年である宮子もその見解に賛同しているわけでいい人であることは間違いないのだが、
(ああ、怒るのも無理はないなあ)
 彼女としてはどうしても気後れしてしまう。
 二人が初めて顔を合わせたのは夏のある日、当時学園中を騒がせていたある事件の最中のことだった。危険に晒されていたところに偶然行き合わせ助け出した…そこまではよかったのだが、あろうことかその頃この先生のことを良く知らなかったため生徒――しかも年下と思い込んでタメ口を叩いてしまったのだ。
 長身の彼女と小柄なこの先生との間には頭二つ分はあろうかという身長差がある。揶揄の言葉と受け止められても仕方がないと彼女は心を痛めていた。
 その後もう一度顔を合わせる機会があったのだが、その時はほとんど総力戦ともいえる大規模な作戦中で、いかな空気を読む能力が心もとない彼女といえどもそういう話題を持ち出すこともできず、そして今この時に至るというわけだ。
「先生、夏のあの件に関しては本当に失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
 口を開こうとする春奈の先を取る形で彼女は頭を下げる。
 へ?とほんの一瞬呆けた顔を見せた春奈だったが、その言葉の意味を理解し大きく首を振った。
「もう、そんなこと気にしなくていいのにー」
 呆れ交じりの笑みを見せつつ小さくパタパタと手を振る春奈の姿が場の空気を急速に和ませていく。
(…あれ?)
 心中で首を傾げる直だったが、まあ向こうが気にしていないならそれでなによりだ、と思い直す。
 めでたしめでたし…と思いきや、はっと何かに気付いた春奈がわざとらしい咳払いと共に再び強く直を睨みすえる。
「世界の破壊者、皆槻直。私はあなたを倒さなければいけない」


 分かっていたとはいえこういう形で生徒と対峙するのはあまりいい気分ではない、そう春奈は思っていた。
 昔の伝手を通して新世界の料理店を恐怖のどん底に叩き落している「新世界の破壊者」をどうにかしてくれと泣きつかれて来てみれば、その当人があの皆槻直だったのならなおさらだ。
 多少の面識があるから分かるが、悪気があってやっているのではないのだろう。だからこそ余計にたちが悪い。
「皆槻さん、あなたはやりすぎたわ。ここの料理店は皆迷惑している」
「彼らは挑戦者を望んだ。そして私はそれに応えただけです。一方的に弾劾されるのは心外ですよ」
「気持ちは分からないではないわ。でも、止められていないからといって何でもやっていいってわけではないのよ」
「……」
 「気持ちは分からないではない」。これは彼女の偽らざる本音である。だからこそそれで矛を収めてはくれないだろう、というのも彼女にはよく分かっていた。そして、それゆえに彼女にお鉢が回ってきたということも…。
「言わんとすることは分かりました。それで、教師として私に処分を与えに来たというわけですか」
「まさか。私はあなたを『倒す』ために来たと言ったのよ」
 そう、だからこうなることは最初から決まっていた。
 そう腹を括り自信に満ち溢れた口調で告げると、春奈は肩から提げたトートバッグに手を差し入れた。
 鬼が出るか蛇が出るか、固唾を呑んで見守る直の前にバッグから何かをつかみ出した春奈の腕が突きつけられる。
「…なっ!」
 その瞬間、確かに直の足は本人も気付かぬまま一歩、後ろへと退いていた。


――双葉学園の教師、春奈・C・クラウディウスは二つの力を持っている。一つは己が異能、「ザ・ダイアモンド」。桁外れの効果範囲を持ちラルヴァにすらその力が及ぶ絶対無比の感応能力。そしてもう一つは――
 突きつけられたのは、何の変哲もないくたびれたメモ帳。だがそれがまるで吸血鬼に対する十字架のように直を釘付けにしている。
「う、うう…」
 と、苦しげに吐息を漏らす直の口から一つの言葉が零れ落ちた。
――至高帝(ザ・ハイランダー)。
 ぞわり、と街全体が総毛だった。
 かつて、大食い乱世のこの街をその胃袋で一統し秩序をもたらした伝説の「皇帝」。主流派の学説では神話上の存在とみなされていたが…。
「まさか実在して、しかも一度ならず顔を合わせていたとはね…」
 何よりも雄弁に春奈の手のメモ帳、これまでの戦歴を記した戦歴帳(ログブック)が神話の実在を声高に宣告している。
「そう、その名で呼ばれるのも久しいわね。で、どうする?退けば見逃す、だが退かないのなら…そのときは覚悟を決めなさい」
 その声は最早生徒に慕われる教師のそれではない、高みに立つ絶対者の声であった。
「いいでしょう」
 だが、直は臆せず決然の眼差しでそれに応じる。風のごとく雲のごとく、彼女の本質は例え神であれ唯々諾々と縛られるのをよしとしない。
 というかむしろ分身こそしていないもののいわゆる「テンション上がってきた」状態であった。
「ならば、至高帝じきじきのご指名とあれば応えぬわけにもいかないでしょう、たとえそれで世界の破壊者と呼ばれようとも、いや、その為ならなってもみせましょう、全てを吹き散らす『暴風帝(タイラント)』へと―!」
 直もまた自らの戦歴帳を春奈に突きつける。そう、それこそが誇り高きフードファイターの宣戦布告。
 春奈と直と、二人の間の空気が陽炎のように揺らぎ熱を帯びていく。
 その場の誰も、その危うげな均衡に近づくことすら躊躇われたその場。
 だが、いつの間にか直と春奈の間に更に小柄な女性が立っていた。
「そろそろ混ぜるのだ」
「うなー」


 その身を覆うは威風堂々の空気。可愛いドレスに包まれた幼い肢体。
 …そしてシックな赤紫色の鉄仮面。
――マジか。
 どこからかそんな囁きが聞こえた。
 少女は春奈を見、次いで直を見、ふふんと言いたげな表情で(何しろ仮面をかぶっているのであくまで推測だが)名乗りを上げる。
「私の名前は藤、…もとい、ミス・パーヘクト!」
「パーヘクト…」
「パーヘクト…」
 呆れたような口調でハモる二人に仮面の少女は腕をブンブンと振り回して、
「パーヘクトだ!」
 と訂正を要求する。
 …というかどう聞いてもパーヘクトにしか聞こえないが、本人の発言を解釈するとどうやらパーフェクトと言いたいらしいので以後はそう記述することとする。
「そしてこれが相棒のマスク・ザ・ビャンコなのだ」
「うなー」
 虎のマスクをかぶった猫?のようなものが仮面の少女の肩で天を睨め付け可愛く吼える。
「まあいいや、ともあれ乱入者ということでいいのだよね」
「私は別に構わないわ」
 直も小さく頷き、乱入者は正式に受け入れられた。
「というかあれって会ちょ…ぐっ」
「やっぱり肩に乗ってるのってどう見てもびゃっうぐ」
 予想外の覆面乱入者にざわめくギャラリーたちの中、特定のワードを口にしようとしたものが次々と意識を失い倒れていく。
 神の視線でこの状況をスロー再生してようやくその姿を捉えることができる一人の少年。
「ステルス速人の独壇場っすよ!」
 …と少年が言った可能性は限りなく低そうだが、ともあれ目にも留まらぬ速さで駆け抜ける少年の尽力によりミス・パーフェクトの正体が衆目に晒される事態は避けられた。
 期せずして正三角形を描くように向かい合う三人、
 伝説「至高帝(ザ・ハイランダー)」、僭帝「暴風帝(タイラント)」、未知「鋼貴帝(アイアン・ノブレス)」。
 後世の歴史家はこの瞬間を「新世界三帝会戦」の開始の瞬間と認定している。


 あらかじめ春奈が用意させておいた会場に椅子を一個足して予定外のチャレンジャーを迎える準備は完了した。そこに食戦士(フードファイター)と食物があればそれで事足りる。フードファイトとは存外にプリミティブで闘争の本質に近しい存在なのだ。
 いつの間にやら実況と審判まで現れていた。フードファイターの聖地たるここ新世界には流しの実況、流しの審判が普通に存在するのだ(当然その誰もがボランティアだ)。
 静かな気迫をたたえ、ただその時を待つ三人。そんな彼女たちに皿を運ぶ羽目になった不運なアルバイトの顔は能面のように堅くこわばっていた。意識のすべてを食に志向させている今の彼女たちはもはや飢えた肉食獣も同然、ここはむしろ彼の職業意識の高さを称賛すべきだろう。
「始めっ!」
 人生の大半、50年以上をフードファイトに捧げてきた老審判ですら、一万と何百回か目の開始の宣告はわずかにうわずっており、目の肥えた観客たちは空前絶後の激戦の予感に舌なめずりをする。
「「「次」」」
 と視線を観客の方に向けている間に最初のメニューであるボウル一杯のサラダ「サラダフォレスト」は各々の胃袋の中に格納されていた。
 次のメニューは普通のそれより三回りは大きいキング肉まん。先端に色が乗っていないことを除けば形状が酷似しているため「おっぱいまん」との俗称を持つ影の人気商品だ。
「ひ、ひいっ」
 肉まんをテーブルにおいて下がろうとしたアルバイトが突如尻もちをつき、腰を抜かしたのか四つん這いでほうほうの体でその場から逃げていく。
「やはりあやつでは駄目じゃったか」
 店主の一人なのか長い顎鬚の老人がそう呟き、「だったら最初からお前が行けよ」と観客から冷たい突込みを食らっている。
 三人の内二人からどす黒いオーラが噴き出しているが、幸いそれだけで何も起こらずに済んだ。
 …少なくとも目に見える範囲では。
「「「次」!!」」


 試合開始から25分、一進一退のデッドヒートはいまだに続いていた。
 手延べ一本麺をクリアした三人だったが、休む間もなく次なる関門がやってくる。
 濃縮されたせいで吐き気すら催すほどの香ばしい匂いが熱風と共に吹き付けてきた。熱せられた鉄皿に別分けされたルーがボコボコと泡立つ様から命名された「マグマカレー」だ。
 ごくり、と唾を飲み込んだのははたして誰だったか。それは食欲が喚起された証ではなくむしろその逆、山のような食物を平らげて疲弊した身にとって目の前のこの狂気じみたカレーがが難敵である証座だった。
 プロペラのように休みなく回転を続けてきた彼女たちの両の腕《かいな》が同時に動きを止める。まるで彼女たちが再び動き出すまで自分たちも動けないという呪いをかけられたかのように、観客たちはしわぶきひとつ上げずただ視線を送り続けるのみ。
「…ふ、ふふ…」
 その絶対の静寂を破った含み笑い。その主は直だった。
 会場の人間で一二を争う長身から降り注ぐその声は回りの状況もあいまって不気味な威圧感に満ちていたが、春奈もミス・パーフェクトもどこ吹く風でいぶかしみと幾分の興味をないまぜにした視線で直を見上げる。
「なに、ここで決定的な差をつけさせていただくということですよ」
 無言の問いにそう応えを返す直。同時に吹き付ける風が二人の髪を強くなびかせた。
「私の異能<ワールウィンド>は空気流を生み出す力、この空気の流れでマグマカレーの熱を奪い去ります」
「まさか、たかが風を吹きつける程度でこのマグマカレーが!?」
 目を剥いて反論する店主。
「確かにそうでしょうね、それだけなら」
 ですが、と大きく口を開く直。その喉奥から竜のブレスのように大気の奔流が流れ出した。
「亜空間ゲートは私の体内のどこにでも明けることができる。今や私はこの体の全てがこのカレーの熱を奪うための存在なんですよ…!」
 それだけ言い残すと、直は店主からライバルたちに視線を戻す。
「異能もまたその人の才能と努力の一つの形、よもや卑怯とは言いますまい」
 そう告げる直の表情は既に勝利を確信したそれであった。
 会場の空気が大番狂わせの到来に音も無く揺らぐ。だが。
 くすり、と小さな笑いが響く。それは余りにもささやかで、しかし一刀両断に会場の空気を切り裂いていた。


「何がおかしいのですか?」
「何がって、たかがその程度の小細工で勝った気になってることに決まってるわ」
 そう言いながら春奈は無造作に鉄皿にスプーンを突っ込むと、皿から離れてもなおスチームもかくやの熱気を放ちつづけるカレールーを躊躇い無く口内に流し込んだ。
「!」
「!」
 一息で飲み込み平然とした顔で視線をぶつけてくる春奈。異能の力で和らげたとはいえ身をもってその熱を体感した直にとってその光景は想像の埒外だった。
(馬鹿な…この私がプレッシャーをかけられている?)
 気圧されている直をよそに春奈の腕は返す刀でご飯の方をすくい取っていた。無駄の無い動きで飲み込む。
「あなたには分からないでしょう、この私を支える力が」
 心のうちを見て取られた?その感触が冷や汗と共に直の体を竦ませる。
「あなたに足りないのは経験自省理想洞察自制優しさ慎ましさ」
 喋ると食べるを両立させるいわゆる伝説スタイルでカレールーとご飯を交互に口にしながら春奈は言葉の剣を振るう。
「――そしてなにより……『業』が足りない!」
 それは慢性的な金欠のため生きることが即ち大食いの道を歩むことという人生を歩んできた女の魂の迸りだった。
 その言葉の重みにがくりとうなだれる二人。
 ああ、二人の闘志はここで潰えてしまうのか。
 ――否。
「確かに私にはあなたの言う業は無い」
 心の奥底に一本通る誇りの柱、フードファイターのプライドが俯き続けることを許さない。
「…いや、無かった。ですが今…今は何と引き換えにしてでもあなたに勝ちたい。この気持ち、まさしく業だ!」
「私も同感なのだ」
 ミス・パーフェクトも顔を上げきっと春奈を睨む。
 燃える瞳は魂源力(アツィルト)の炎か、決然と顔を上げる二人には一片の気後れも無い。
「誰に謗られようと私は私の信じる道を行く。この私の異能(ちから)と共に!」
 その宣言と共に更なる風が直の周りで吹き荒れる。
 ふ、と直の両腕が掻き消えた。いや、後先考えない力の放出により極限まで加速された腕の動きが常人が追いきれる限界を突破したのだ。
「私たちは二人で一人のフードファイターなのだ!」
 ミス・パーフェクトはその細腕を天に突き上げ指を鳴らす。
「来い!マスク・ザ・ビャンコっ!」
「うなっ!」
 したっと機敏な動作でテーブルに飛び乗るマスク・ザ・ビャンコ。
 おおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!
「まさか、こんな手があったとはーーー!」
 驚愕。その一色に満たされる観客と実況。
 その視線の先では、マスク・ザ・ビャンコがテーブルの上を縦横無尽に走り回り最速で食べられるように皿を動かし続けていた。
 自分の体とほぼ同じ大きさの皿を押したり引いたり懸命に動かす姿はとてもけなげで皆の視線を釘付けにしている。
「そう、それでこそ。それでこそ私も本気が出せる――!」


 試合開始から40分。業の色に染まった二人の気迫は、今や春奈に勝るとも劣らない。競いあうようにゆっくりと膨れ上がるそれは今や観客からはまるで三人が巨大化したように映っていた。
 一触即発、怪獣大決戦までカウントダウンといった趣の一大スペクタクルにその場の人間は誰一人目を離すことができずただ息をのんでいた。
(まさかあの「伝説」とここまで張り合える人間がいるなんて…)
 それが観客の共通認識だった。誰も予想だにしないことだった。見誤ったのではない。この僅か40分の間に「伝説」と相対した彼女らのレベルが見違えるほどにアップしたのだ。
 …この日生まれ出でた怪物は二匹。
「いつまで油売っているんですか」
 いや三………。
 無遠慮に緊迫を蹴散らす涼やかな声を聞くや否や瞬時に立ち上がり後ろを振り返るミス・パーフェクト。だが既にその背後を取っていた気配はポン、とミス・パーフェクトの肩を掴んだ。
「さぁ、つかまえた」
 三帝の業にまみれた気迫を涼風のように受け流し堂々と立つ少女。甘えてみたいお姉さんランキング二年連続一位(ふたがくプレスより)、男女共に人気の高い麗しの副会長、水分理緒(みくまりりお)だ。
「ま、待て、せめてこの勝負が終わるまで…」
 必死で言い訳をするミス・パーフェクトだったが、
「はいはい、顔を隠してまで会議から逃げようなんて悪い子はどんどんしまっちゃいますよー」
 理緒は悲痛な訴えを意にも介せず彼女の襟首を掴んでずるずると引きずり去って行く。
「後生だ、武士の情けを…というかお前も見てないで助けろびゃ…むぐぐ」
 のんびりついていくマスク・ザ・ビャンコを怒鳴りつけるミス・パーフェクトだったが、それをどう誤解したのかマスク・ザ・ビャンコは「う~なっ」と可愛い鳴き声と共に彼女の顔に飛び乗った。
 じたばた暴れるミス・パーフェクト、甘えるマスク・ザ・ビャンコ、そして軽くため息をつきながら彼女らを引っ張り続ける理緒、その二人と一匹が道を開けしわぶき一つなく見守る観客の間を抜け遠ざかり…そして消えた。
 ………
「ええ、と…なんというか…」
 自らの使命も忘れただ途方にくれるばかりの実況。観客たちの間にも牧羊犬をなくした羊の群れのように無秩序なざわめきが広がっていく。
「「次」」
 この場の主役は誰だ?それはそう静かに叱咤するような声だった。
「…な、なんと、こんな事態にもかかわらず両選手共に食べる手を止めていなかったーっ!」
 言霊の魔力が込められているかのように、その一言が実況を、観客を元の空気に引き戻す。
 何を当然のことを、と直は笑う。
「神に会えば神を食らい」
 春奈は厳かに頷く。
「仏に会えば仏を食らう」
「「只食らうのみ、それこそがフードファイターの行く道!」」
 おおっ、とどよめきが波となって駆け抜ける。
「言葉の意味はよく分からないがとにかく凄い言葉だ!正にフードファイターの鑑です!ミス・パーフェクトも草葉の陰で感涙にむせび泣いていることでしょう!」
 …どうやらそういう設定になったようだ。その設定をファイル共有ソフト並みの速度で隅々まで行き渡らせた観客も感動の涙を滝のように流し続けている。
 このくらいノリが良くなければ百戦錬磨のフードファイターの観客は務まらない。


「正直、ここまでついてこれるとは思わなかったわ」
「至高帝の名は伊達ではないということですね」
 試合開始から一時間が過ぎ、事前に用意していた食材が尽きたことで戦場はしばしの凪の中にあった。
「お腹はちきれそうになってるけどまだ続けられる?」
「そちらこそ随分と苦しそうで…。なに、こちらはまだ八分目までまだ少々余裕がありますよ」
「私は七分目よ」
「はあ」
 年相応な名指揮官振りを実際目の当たりにしているだけに、むしろ外見相応なその子供っぽい張り合いの方に違和感を感じてしまう。そう答えたらどう思うだろうかとなんとなく考えつつ直は曖昧に頷いた。
「それじゃ私の勝ちということで」
「はあ…ってええっ!」
 思わず目を剥く直。観客もブーイングの嵐だ。
「さっき教師として処分するのかって言ったよね」
 そんな周りの動きをよそに春奈は直の目をじっと見上げ口を開いた。
「私はできるだけそんなことはしたくない。みんな可愛い生徒だってのが一番の理由だけど、力なんて振るわずに済めばそれでいいって思ってるから。力は…特に大きな力はどうしても周りを巻き込んでしまう。だから好き勝手に使うことは許されない…あなたならよく分かってるでしょう?」
「……」
 眉根を寄せる直。何を言わんとしているかは明白だ。だが、常々自分の力を弱者を虐げるためには使いたくないと思っている彼女にとってこういう方向で攻められると耳が痛い。
「それに、そろそろ気が済んだんじゃない?」
「…見抜かれていましたか」
 …とっくの昔に、理性では彼女の言葉に納得していた。それをここまで突っ走ってきたのは強敵に出会えた喜びと、そして只の意地。
(先生から見れば子供っぽい我がまま、か)
 腹立たしい気持ちは微塵たりとも感じなかった。それはきっと、彼女が自分に本気で付き合ってくれたから。
「完敗ですね、色々な意味で」
 直は店主たちに詫び、新世界行脚を控えることを約束した。
 ――かくして新たな伝説が産声を上げる。今日この場に居合わせなかった不幸な人々も、どれでもいい、新世界の飲食店に入って「何か面白いことあった?」と聞けば誰かがこう答えてくれる筈だ。
「なんだ、アンタあれ見てなかったの?勿体無いなー。まあいいや、それじゃ語ってやりましょうか。題して『その者青き衣をまといて食の戦場に降り立ち、蛮王を七度捉えて七度放つ』……」


「今日は本当に楽しかったです」
「いやー、こんなにいっぱい食べたのも久しぶりだよー」
 戦い済んで日は暮れて。勝った喜びも負けた悔しさも後に引きずらない。残るは文字通り同じ釜の飯を食った戦友という関係だけ。
 人、それをノーサイドと言う。
「…なんか変な目で見られてませんか?」
「あー、有名税有名税」
「それもそうですね」
 身長差30cmの二人が膨れたお腹をさすりながら緩んだ笑いを浮かべ和気藹々と歩いている様は常識が通用しないこの学園都市島でも異様な光景だが、当の本人たちは全く気にしていない。
 基本的に、人間は腹が満ちれば幸せになるようにできているのだ。
「それより皆槻さん、勢いがあるけどまだちょっと雑。そこを直せばまだまだ伸びるよ」
「なるほど…」
 いつの間にやら教師風をビュービュー吹かせている春奈。いや、そもそもそれが本業なわけだが。
「ああ、口で説明するより実演した方が早いね、うん。腹ごなしに行きつけの中華料理店に行こうと思うんだけどどう?」
「そういうことならむしろこちらからお願いしたいぐらいです」
 ああ、なんということでしょう。二人の人間災害の襲来に店主は枕を涙で濡らすしかないのでしょうか?
 いやしかし、救いの神は確かに存在する。意外なところに、意外な形で。
「直さーん!!」
 大声と共にスポーツ刈りの少年が必死の形相で手をブンブン振り回しながらこちらに向けて走ってきた。
「あの子は?」
「ミヤの従弟で光太君って言います。…どうしたのー!」
「今すぐ逃げてください!」
 光太は後ろを指差しながら更に大声で叫んだ。
「ネット見てたら宮子姉ちゃんが急におかしくなっちゃって!」
 その言葉と共に光太が出てきた曲がり角から一人の女性が姿を現した。宮子だった。
(…ミヤだよ…ね?)
 首周りの白との対比が際立つ短めの黒髪もお気に入りなやや大人しめの服装も良く知る彼女のものだった。
 だが、それ以外が余りにも違う。
 目は微妙に焦点が合ってないし、その肢体は歩くたびに抜けかけの歯のようにグラグラ揺れている。
「…ナオ」
 そんな宮子の視線が直を捉え、ビデオが一時停止したかのように動きが止まる。
「…なんでよ」
「?」
「なんで私に黙って勝手に妊娠してるのよ?」
「…へぇっ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げる直。宮子は思いつめた顔で直に向かって走り出した。
(今は何を言っても駄目な気がする、なんとなく)
 そう直感した直は「すみません、先程の話はいずれまた」と春奈に早口で言うと慌てて走り去った。
「それじゃまたねー」
 と見送る春奈の前を血走った表情の宮子と更に少し遅れて困り果てた様子の光太が走り過ぎていく。
「若いっていいわねー」
 いつもならば無駄遣いとしか言いようの無い若さの発露に何も感じないといえば嘘になるところだが、今の春奈は正に仏のような心境だった。
 只飯を思うさま食べまくって皆に感謝され、その上お礼として食券まで貰ったのだ。何でも許せる至福の境地に至っているのも無理からぬ話である。
「よーし、この調子で明日も頑張るぞー」
 この夏、心を痛めていた懸案に決着をつけてから少しづつツキが回ってきた気がする。春奈はそう感じていた。
 …もっとも、早とちりな誰かが起点となり宮子を暴走させたこの妊娠の噂、きっちりかっちり春奈も対象になっており、翌日以降彼女は大騒ぎに巻き込まれるわけだが…………合掌。


「流石に…堪えるね」
 体力には自信のある直だが、腹を満たした状態で全力で逃げ回るのはかなりきついことだった。
 とはいえ元々の体力差は大きく、先にダウンしたのは宮子の方だった。
 動けなくなったところで光太と二人がかりで説得し、どうにか正気を取り戻した宮子が光太に八つ当たりしながら気まずそうに去っていったのがつい先程。
 そして直は今、海沿いの公園のベンチにへたり込みぼんやりと今日の戦いに思いを馳せている。
(月日というのは…)
 おそらく少々手は抜かれていたのだろうが、今にして思えばそれを含めても伝説に謳われるかの至高帝にしては少しばかり大人しい戦いぶりだった気がする。そう直は感じていた。
 紅く染まった太陽が西空に落ちていく。終わらない時代などありはしない。遅かれ早かれ力衰え後進に道を譲る時が来る。
(あの人も、そして私も…)
 それでも構わない。自分たちを打ち負かす後進が自分が進んだ道の先を見せてくれるなら。
 才気の片鱗と自分より大きな可能性を秘める逸材が今この瞬間もすぐ後ろで追い抜こうと隙を窺っている。その様を思うたびに直の心は僅かばかりの恐怖とそれを上回る歓喜がない交ぜになった感情に満たされた。
「は、ははは」
 春奈先生――かの「伝説」も同じ思いを抱いているはずだ、そう確信できた直は天を仰ぎ大声で笑った。
 沈み行く夕日に追い抜かれるもの――自分の姿が二重写しになる。直は愉快そうに夕日に向けてその腕を伸ばした。
(さあ、早く新しい太陽(じだい)を見せてくれ、ミス・パーフェクト、そして藤神門御鈴…!)




 気付けよ。



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