【The Sniper】


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「突然だが鷹津君、君はハイキングや紅葉狩りは好きかね?」
 まだ蝉の音も鳴り止まぬ九月上旬のある日、アリス本部に呼び出された俺はいきなりそんなことを聞かれていた。
「いきなり呼び出しておいてその質問は何ですか?平沢さん。それに紅葉狩りにはまだ早いでしょう」
 俺は向かいの席で煙草を吸う調整部の平沢郁夫を見据える。煙草が臭い。
「まぁそんな怖い顔をしなさんな。これは正式な任務だよ」
 睨み付ける俺に対して平沢さんは煙草を灰皿に押し付け、真剣な面持ちで答えた。
「内容は至って単純。B県C山に生息するラルヴァ・白梟<<はくきょう>>を倒せ。準備期間は一週間。資料はこれだ」
 そう言いながら平沢さんはクリアファイルと数冊の本を差し出す。内容は全て梟に対する専門書だった。
 俺はクリアファイル内の資料にざっと目を通す。内容は主にラルヴァと作戦期間に関するものの様だった。
「なにか質問はあるかね、鷹津君?」
 その問いに対して、俺は疑問に感じた部分、資料に触れられていない部分について質問する。
「任務なのはわかりました。しかし俺達はチームで動くのが基本です。何故俺なのですか?作戦を伝達するにしてもいつもの様にリーダーである田中か全員呼び出してでしょう。」
 どうにも厭な予感がする。
「そのことなんだがな、今回はこのラルヴァの特性から判断して単独での作戦がベストだと判断した。田中にも君がここに着く少し前に連絡したよ」
「次に、何故俺が選ばれたのでしょうか?その理由をお願いします」
「それについては二つの理由がある。一週間以上の単独行動を出来るだけの体力とサバイバル技術があり、高度な狙撃技術を有する者。この両方の条件を満たす者が少なくてな。最終的に候補に残ったのは数人。その内で君が一番実戦経験が豊富だったからだ」
「わかりました。この依頼受けます。ただ…」
「何だ?」
「この手当はいつもの3倍付けでお願いしますよ」
 苦い顔をする平沢さんを尻目に俺はアリス本部から出る。するべきことが山積みだった。


 自宅に帰り相沢さんから受け取った資料を検討する。
 目標:白梟<<はくきょう>>カテゴリービーストS-2下級。体格そのものはメンフクロウだが、通常の個体よりも二回り以上の体格を持ち、純白の羽毛に身を包んでいる。存在自体は古くから確認されており猟師の間では山の主として畏れられていた。
 元々はS-1に分類されていたが最近の行動によりS-2に変更されている。
「フムン」
 俺はコーヒーを啜りながらそのS-2に変更された理由についての資料を取り出す。
 それはつい最近になり近隣の田畑や施設が山に棲むラルヴァや野生動物によって被害を受けることが増えたからだという。そして、ほぼその全てで白梟の姿が確認されているとも。
 目撃証言から白梟が飛び去った方向、と目撃者が覚えていた限りの飛行経路、被害に遭った地点を古い方から番号と共に地図に書き込んでゆく。
 被害地域はB山東側、山に接する神社の付近を除いてほぼ均等に分布している。
「しかし、妙だな」
 俺は独りごちる。近隣住民の目撃証言はそれなりにあるが、その殆どが山に向かって飛び去る姿だった。
 現在、白梟は地域のラルヴァのリーダーとして田畑を荒らしていると思われているが本当にそうなのだろうかと思う。
 白梟はむしろその逆ではないだろうかと直感が告げていた。
「手を打っておくか」
 そう独り呟き俺は学生手帳<<PDF>>の携帯電話機能を呼び出した。


 翌日も俺は地図を開き目標の出現しそうな位置と、狙撃地点の候補を絞る作業に移る。
 同じ地点の地図を複数の方式で衛星写真、地形図と重ね合わせながら昨日の推定飛行経路から巣の位置を推測する。
「なんだこれは?」
 地図におおよその範囲を書いたところで衛星写真に気になる白い陰があることに気がついた。
 もしやと思い、コンピュータを立ち上げこの写真の出力に使用したデータベースにアクセスする。画像の最終更新日時は先月の満月、被害の内の一件が発生した日と重なっていた。
 さらに写真を拡大する。どうやらビンゴのようだった。


 三日目、俺はアリス本部に再び出向く。今回用があるのは調整部では無く、地下に置かれた武器調達部だ。
「お早う。スミスさんはもう来てるか?」
 中学時代からの顔馴染みであり、武器調達部の受付のバイトをしている神沢美保<<かんざわみほ>>に話しかける。
「オハヨ、尚吾。あの人なら第二工作室に居るわ」
「ありがとう」
 礼を言って第二工作室に向かう。
「あ、ちょっとまって!」
「どうした?」
 美保に後ろから呼び止められる。 特に呼び止められるような用事は無かったと思うが何だろうか?
「ねぇ…、また討伐任務?」
「そうだが、それがどうした?」
「うん、最近前より討伐任務に入ることが多くなったから心配で…。尚吾は異能も持ってないし…」
 美保が少し伏し目がちに答える。その美保の頭をなでながら俺は言う。
「大丈夫だ。少し前に新入りが二人も入ってな。俺と田中はどんなに頑張ってもあと一年もすればチームから抜けなきゃならんから、そいつらの研修みたいなモンだよ。今回もだ」
 最後だけ嘘を吐く。何故かはよく分からないがこいつをあまり心配させたくなかった。


 受付を離れ、改めて第二工作室の前に立ち、ノックする。
「どうぞ」
 中からスミスさんの声がし、俺は中に入る。そこにはいつものように作業台で機器を弄るスミスさんがいた。
「おや、誰かと思えばお前さんかい。今回はどうした?」
 スミスさんが笑いかけながら話しかける。
「えぇ、来週から一週間程秋の野山でハイキングをすることになったんで、コイツ<<M700>>の調整に付き合って欲しくて」
 そう言いながら荷物から愛銃を取り出す。
「しかし、狙撃ならお前さんは既にバーレット<<M95>>を持っちょるだろう?」
 スミスさんは機器を弄る手を止め、こちらを見据える。
「そうなんですがM95ではちょっと威力が強すぎるんです。あくまで動きを止めることが目的なので」
 俺はそれに目をそらさず真剣な面持ちで答える。
「わかった。付き合ったる。付いてこい」
 そう言ってスミスさんは席を立つ。俺もそれに付き従った。
 そしてソファに座り暫く待つ。
「ほら、できたぞ。実際に何から計測してみたがこの銃は”当たり”じゃな。儂に出来ることは撃針を換えることぐらいじゃ。後は零点補正<<ゼロイン>>とトリガーの調整くらいじゃ。それ位なら後はお前も出来るじゃろ?」
「ありがとうございます」
 俺は頭を下げる。
「なに、気にするな。請求書は後で送っておくからな」
 今月の生活費、大丈夫だろうか…。


 アリス地下の射撃場<<シューティングレンジ>>でゼロインの調整を済ませ自宅に戻る。
「さて、あとは小物の用意と足か…」
 俺はPDFの通話モードを開きメモリから喫茶アミーガを呼び出す。おやっさんはすぐに出てくれた。
『おう、ショウか。何か用か?』
「えぇ、今おやっさんのところに預けてるペケエス<<XS-1>>だけどあとどのくらいで仕上がりそうかな?」
『あぁ、あれか。そうだな…、あと十日はかかりそうだぜ』
「無理を承知で三日でお願い出来ますか?」
『なにか急ぎの用でもあるのかい?』
「えぇ、ちょっとね」
『そうか…、わかった。三日後取りに来い』
「すみません。ありがとうございます」
 俺は気がつけば電話越しに頭を下げている。
『お客の要望に応えるのもプロの仕事さ。やりがいがある。最高の仕上げにしてやるさ。すぐに作業に入るから切るぞ』
 そういって電話が切れる。これで用意はほぼ整った。あとは自身との戦いだけだ。


 そして五日後、俺はB県C山にいた。
 昨日の昼に到着して二日目の夜。俺は昨日敷設した狙撃地点で奴を待ち続けている。
 衛星写真の履歴から奴はほぼ6日おきにこの先の切り株に留まっていることが確認できた。
 今日も同じ行動をとるとしたらもうすぐアイツは此処に来る。。
 気がつくとスコープの照準<<レティクル>>が激しくぶれていた。心臓は早鐘を打ったかの様に鼓動を早めている。
「畜生…っ、止まれ!」
 湧き上がる恐怖を必死に理性で押し止めようとする。しかし、そう上手くいく筈も無い。
 今思えばアリスの任務で単独で行動するのはこれが初めてだ。今まではいつも仲間に背中を預け、預かり戦ってきた。
 今はその仲間がいない、完全な孤独。叫びたくなる衝動を必死に押さえ込む。
 自分自身に落ち着けと繰り返しながら深呼吸を数回繰り返す。
 そして懐から懐中時計を取り出し耳に当て、その作動音に耳を澄ます。ヴェトナムに、狙撃兵として出兵した祖父から教えだ。
「いいかい?ショーゴ、もし狙撃中心乱れる事があるならばこの懐中時計を使いなさい。規則正しい音で心を落ち着けるんだ」
 そう言いながらよく頭を撫でてくれたものだ。その後、此処に来るまでの間ひたすらベンチレスト射撃にのめりこんだのだ。
 いつの間にか震えが収まっていた。先ほど迄の身を灼くような、得体の知れない恐怖もなりを潜めていた。
 そして待つこと十数分、奴は姿を現した。その名の通りの純白の羽毛に身を包み、音もなく静かに切り株にその身をあずける。
 目標までの距離はおよそ700ヤード。 相手はこちらに全く気が付いておらず、風はほぼ無風の理想的な状態だ。白梟をスコープに捉え、トリガーの遊びを殺す。そして脳内に弾道特性表を思い浮かべながらわずかに補正をし、完全に引き金を引いた。
 秋の野山に銃声が木霊した。

 俺はスコープから目を離し、立ち上がる。
 途端立ち眩みを起こし踏ん張ろうとするが足に力が入ずに、転ぶ。ずっと狙撃体制で待機していた所為で身体がうまく言うことを聞かない。
 それでも何とか白梟の元までたどり着く。俺の撃った弾は右翼を打ち抜き、その白い翼を赤黒く染め上げていた。
 おそらく骨も折れているだろう。
「殺せ…」
 白梟が身を捻りながらつぶやく。
「俺はあんたを殺すつもりはない。今から応急処置を施すから少し我慢してくれ」
 そういいながら俺はザックから事前に用意しておいた鳥用の応急処置キットを取り出し、翼に麻酔を打つ。
「ぐぅっ、人間、お前は儂を愚弄するつもりか?」
「そんなつもりは無い。俺は最初から殺すつもりは無かったよ。少し話しを聞いてくれないか?」
「話とな?」
 白梟はこちらを見据える。
「そうだ。ここ最近近隣の農家の田畑が荒らされる事件が多発している。そしてその事件の直後に貴方の目撃が多く寄せられている。俺の上役は貴方が首魁だと判断しているようだが俺はそうじゃない、むしろその逆と踏んでいる」
 言いながら応急処置を進める。といっても出来ることは止血と縫合、添え木を当てる程度だが。
「その根拠は?」
「理由が無い。今の時期は山でも木の実などの作物が豊富だし冬支度には早すぎる。それに貴方は昔から山の主としていたのだからそんな安易に事を動かすようにも思えない」
 それは殆ど直感近い感覚だった。
「その通りじゃ。だが儂も老いぼれでな。一部の若衆を追い返すだけで精一杯じゃったわ」
「その若衆というのは…」
 そこまで言って、遠くから獣の咆吼が響いた。
「イカン、あやつら…」
 そこまで言って白梟は口を噤む。
「今のがその若衆の?」
「そうじゃ、さっきの銃声で儂が死んだと思ったのじゃろうて」
 その口調には諦めの成分が含まれているように思う。
「その若衆は何処にいるかわかるか?」
「そのフラフラな身体でそんなことを聞いてどうするつもりじゃ?」
 俺はその問いに微笑みながら答える。
「もちろん、それが俺の仕事だからさ」

 白梟はザックの上に掴まってもらい俺は急いで単車の元に戻る。
 白梟<<おきな>>の答えた距離はここから直線で十数キロの距離だった。今の俺の状態では追いつけそうにない。
「おい、一体どうするつもりじゃ!?」
 白梟が叫ぶ。
「落ち着いてくれ、我に策あり。だ」
 此処まで来るのに使った愛車に取り付けっぱなしだった荷を解き学生手帳を取り出し番号を短縮番号をコールする。出てくれよ…。
『もしもし』
 出た!
「もしもし。田中か?こちら鷹津だ。ラルヴァがそっちの方に向かった。多分…、もう手遅れだ。頼む」
 事前に打ち合わせていた通りの内容を伝える。
『わかった。』
 簡潔な返事のみで電話が切れた。
「今のはなんじゃ?」
 白梟が問いかけてくる。
「もしもの為の保険だ。もし俺の推測が当たっていたのなら、今まで田畑を襲っていたラルヴァは歯止めが効かなくり田畑だけでなく農家の人にまで被害が出るかも知れない、と思ったんで仲間に農家の近くに待機してもらっていたんだ。」
 おそらく今頃は既に宮城や内藤達と共にラルヴァの討伐に当たっているだろう。
「そうか…、儂ももう此処にいる意味が無うなってしまうのう」
 虚し気に白梟が呟く。
「なら爺さん、良ければ家に来るかい?」
 気がつけばそんな事を口走っていた。
「それもいいかもしれんのう。よろしく頼むぞ若いの」
「よろしく頼む。そういえば爺さん、貴方の名前は?俺は鷹津尚吾だ」
「尚吾…、いい名前だな。儂の名は風浪丸という」
「改めてよろしく頼む。風浪丸」
 空を見上げる。そこには中秋の名月が浮かんでいた。

 そして一週間後、俺は再びアリス本部のオフィスにいた。
「俺は君に白梟を討伐しろと言った筈だが?」
 平沢さんはまた煙草を吹かしながらこちらを睨みつける。
「俺は白梟を倒せとは言われましたが殺せとは命令されていませんでしたから。それにB県C山での一連の被害は彼は首魁などでは無く、むしろ被害抑える為に奮闘していました。詳細はそのレポートに有るとおりです」
「分った。それはいい。だがしかし、何故その白梟がお前の肩に乗っかっているんだ?」
 しかし、平沢さんは機嫌が悪そうだ。原因はこちらにあるのだが。それにしても相変わらず煙草が臭い。此処は本来禁煙の筈なのだが。
「彼は俺の独断で無害と判断し、治療の為にこちらに来てもらいました。そもそも彼が原因で無かった訳ですしね。」
「なら、その傷が完治すれば保護区に入ってもうか元の地に戻すのだろうな?」
「儂は戻るつもりなぞ無いし、保護区なぞという下世話な所にも行かん」
 風浪丸が口を開く。
「なんだと!」
 平沢さんが怒鳴りそうになる。
「落ち着いてください。この件に関しては既にラルヴァ保護課の方にも申請書を出してますし、白梟のカテゴリランクも2から0に落とすように申請中です。向こうの担当者の話ではまず通るだろうとのことです。あと、風浪丸も年甲斐も無く煽ることを言うんじゃない」
 俺は平沢さんと、風浪丸をたしなめる。
「それを先に報告してくれ…。以上。行ってよし」

 そして俺たちアリス本部を出る。そこで後ろから声を掛けられた。
「尚吾、聞いたわ。この間のミッション、いつもと同じだって言ってたけど嘘だったのね?」
 美保がすごい形相でこちらに迫ってくる。
「あ、いや、それはだな…」
 咄嗟に何か言い訳をしようとするがいい案が浮かんでこず、曖昧な返事になってしまう。
「さっき、こっちに来た祐子ちゃんから事情を聞いたの。本当聞いたときは肝が冷える思いだったわよ」
「すまんな…」
 俺は素直に謝る事にする。
「なんだ、尚吾。お主嫁に尻に敷かれとるのか。だらしない」
 風浪丸が余計なことを言う。
「あら、可愛い。それに嬉しいこといってくれるじゃない」
「俺たちはそういう関係じゃない。美保もノるな!」
 思わず俺は怒鳴っている。
「ほう、そうか。しかし尚吾よ、その年で嫁も娶っておらぬのか。なんなら儂の曽孫を娶るか?」
「断る。梟を嫁にするほど特殊な性癖はしていない。」
「言っておくが曽孫は人として生活しとるぞ?」
「なんだって!?」「なんですって!?」
 俺と美保は同時に叫ぶ。
「明治の世の時代にな、人に化ける事の出来ることの出来る妖は大半が人に紛れていってな。儂の倅達もそうじゃったんじゃよ」
 風浪丸は少し懐かしむ様に話す。
「だとしたら、もしかするとこの学園にもそういうのが何人かいるかもしれないな」
「そうね。……の…嫌…」
 相づちを打つと共に美保が何か呟く。
「何か言ったか?」
「え?いやなにも言ってないわよ!?それより尚吾。私に嘘付いた埋め合わせはしてもらうからね」
「わかったよ」
 そう返しながら財布の中身を確認している。今月はエンゲル係数が極端に低くなりそうだった。
 大丈夫だろうか、俺?




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