【めしや☆まさゆきのにちじょう】


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 図書館へと向かっていた召屋正行《めしやまさゆき》の目の前に、一冊の美しい装丁の本が落ちていた。
「何だこれ?」
 恐らく、誰かの落し物なのだろう、召屋はそのまま放置するのも悪いと思い、いかにも高そうなその本を拾い上げ、裏になっていた表紙を反し、何気なくタイトルを読む。そこには可愛らしい文字でこう書かれていた。
“ヘンシェルちゃんのラヴ☆ダイアリー”
「ラヴっておい…………」
 高級な日記帳だけに、女の子らしい丸文字で書かれたタイトルが色々と痛々しい。
 まあ、この表紙の時点で色々と危ない電波をキャッチする召屋だったが、怖いもの見たさなのだろう、興味がそれに勝ってしまう。
 一呼吸おいてから周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。そして、ゆっくりと日記を開く。
(やっぱり、こういう人の秘密を覗き見るのはドキドキするな)
 気分は、ワイドショーでゴシップニュースを見る有閑マダム、もしくは河原でパリパリになったエロ本を覗き見る小学生そのものであった。
 えもいわれぬ背徳さと背筋がゾクゾクするような快感、各々が頂点に達しようというその時……。
「ちょっと、そこのあなた」
 突然後ろから掛けられた女性の声に、召屋は思わずビクリとする。
「この辺りでスケジュール帳というか、あの……本のようなものを見なかった?」
 一気にいやな汗が噴出す。
「えーと。こ、これかな?」
 恐ろしくぎこちない動きで、時間を掛けながらゆっくりと女性の方へと身体を向ける。
(ヤバイ、また、面倒ごとに巻き込まれる)
 召屋がこの学園で長年培ってきた厄介ごとセンサーが警告音を鳴らしていた。しかもそれは命に関わりそうな危険レベル。
 明るい未来を夢見つつ、この場をどうやってしのぐかを考えながら、無駄に長い時間を掛けて召屋が振り向き終わる。
 すると目の前には、アッシュブロンドの美しい髪を小さなリボンで飾った透き通るような白い肌をした外国人の少女が立っていた。
 少女は、召屋が手にしてる本を見て、パッと明るい表情になる。ただ、それも一瞬。すぐさま顔を真っ赤にし、召屋の方を強くにらみ付ける。恥ずかしさと怒りが入り混じった表情だった。
「中身を見たわね?」
 残像が見えるほどのスピードで首を横に振り、それを否定するが、全く説得力がない。
 何故なら、召屋が手に持っていた彼女の日記は、しっかりとあるページが開かれていたからだ。
「読んだわね?」
 ヘンシェルが前に一歩進む。
「開いたけど読んでないっ!」
 この瞬間、召屋は確実に殺《や》られると本能的に感じ取る。彼女から放たれる殺気が、明らかに素人のそれではなかったからだ。厄介ごとに巻き込まれるのは慣れているからまだいいが、殺されるのは真っ平御免だ。そう思い、逃げようとするも、その殺気に中てられて身体が動かない。
「正直に言いなさい。どこまで読んだの?」
 また一歩進む。
「い、いや、殆ど読んでないって!!」
 滝のように流れる汗。きっと、鏡で自分の姿を見ているガマ蛙はこんな感じなのだろう。
「殆ど!?」
 さらに一歩。
「あー、えーと。そう! 俺、どっちかというとティーガーⅠはポルシェ派だから、フェルディナントとかエレファントが好きだからっ!!」
「あの、ちょっと……。あなたの言っている意味が分からないのだけど」
 可哀相な子を見るような目で召屋を見上げるヘンシェル。ただ、相手を威圧する殺気だけは微塵も減じてはない。
 この場に誰もいないからいいようなものの、自分の胸程度の身長しかない少女に気圧されている大男というのは、なんとも情けない姿だった。
「もう一度聞くわ。どこまで読んだの?」
 召屋は、脂汗を大量に流しながら、なんとかこの場を逃れるための言い訳、方法を考える。
「あの、えと、うん。ホント、本当に読んでないんだって!」
 召屋を見つめる少女の冷徹な目は、その言葉を一切信じていないと断言していた。
「――――いや、正直言おう。確かに俺は読もうとした」
「やっぱりっ!」
 少女の放つ殺気が更に強まる。
「そんな目で俺を見るのもしかたないよな。なんたって、俺は他人の秘密を盗み見るような俗物的で矮小な人間だからね。けど、これだけは信じて欲しい。読む前に声を掛けられたんだ。君にね。そう、君のおかげで俺は、君の日記を盗み見るなどという大罪を犯さずに済んだワケだ。本当、君に感謝しているよ! 今、目の前にいる君はまるでマリア様のようだよ!!」
 召屋は、キラキラと目を潤ませて、まるで神の御前に膝をつき祈る聖人のような表情でヘンシェルを見つめる。身振り手振りも大げさで出来の悪い三文芝居のようだ。だが、あまりのピュアな表情と勢いに、逆に今度はヘンシェルが気圧されてしまっていた。
「ほ、本当なの?」
「ああ、本当だとも。神に誓ってもいい」
 そう言って、開いていた日記をパタと閉じ、目の前にいる少女にそっと渡す。そのまま彼女の横を通り過ぎ、その場から立ち去ろうとする。
「あら? でも、さっきは『殆ど』って言ってなかった?」
 その瞬間、召屋の動きが固まり、ヘンシェルの目が鋭くなる。
「え、えーと………あーっ!」
 突然、召屋が校庭の方を指差し、大声で何事か騒ぎ始める。
「校庭で、龍河さんがロニー・コールマンばりのモスト・マスキュラーを決めてるっ!! すごいぞ、見ろよ、ミスターオリンピアも真っ青の筋肉キレまくりだぞ!」
 ヘンシェルは、召屋の言っている言葉の殆どは理解できなかったが、その中のひとつの単語に即座に反応し、窓から落ちんばかりの勢いで張り付くと、憧れの君を探して校庭をくまなく見渡そうとする。
「えっ!? どこ、どこ、どこ、どこ? 龍河様はどこ? ここからだとちょっと見えないわねえ。やっぱり、今すぐ階段を下りて、少しでも近くで見た方がいいかしら? でも、でも、ちょっと恥ずかしいしい……。ねえ、あなた、龍河様がどこにいるのか詳しく教え、て……ってあら?」
 恋する少女らしい上気した表情で振り向くが、そこには誰もいなかった。


 猛烈な勢いでその場から走り去った召屋は、彼女との十分な距離を保ったことに安心すると、完全安全空間である男子トイレの個室に隠れながら、人間はその能力全てを使い切っていないという話は本当だったんだと納得する。
 ほとぼりが冷めるまで、ここに潜伏しようと決め、便座に座り込み、図書館に返すはずだったマイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』を読み返すことにした。
(ところで、ヘンシェルって誰だっけ? あとで委員長に訊いてみよう)
 自分の周り以外には全く興味のない召屋だった。
 便器に座り、のんびりと小説を読み返している召屋だったが、そんなお気楽さとは間逆に、ゆっくりと気分が悪くなっていく。
(あー、なんかちょっと熱っぽいような気もするし、吐き気もあるなぁ、心なしか腹も痛いような……)
 脂汗が額にじわりと滲む。確実に自分の体調がヤバイと感じ始める。
 だか、感じた時にはもう遅かった。あらゆる苦痛が身体を責め始めていた。
 意識が朦朧となりながらも、男子トイレから這い出るも、そこで、体力の全てを使い果たし、意識を失ってしまう……。



――BAD END―― 


「何だこれは?」
 人気のない第四科学部の部室内で、PCのスクリーンを指差しながら、全くもって理解できない様子で、召屋正行は横に立つ松戸科学《まつどしながく》の方を向いて文句を言っていた。
「ギャルゲー」
「は!?」
「だから、ギャルゲー」
 合点しない召屋を見て、ちょっといらついた様子で松戸が言葉を続ける。
「だから、ギャルゲーなんだよ、双葉学園を舞台とした。登場人物は百数十名! しかも、しかもだよ、どのキャラクターでも主人公、ヒロインになれるって代物なんだよ? 徹底的な情報収集と姓名判断や血液、星座占いに手相に四柱推命といった古今東西の占いをぶち込んでそこに昨今のカオス理論と人工無能を駆使して、あらゆる状況や組み合わせにおいても対応できるって斬新なシステムを作り上げたんだ! どうだい凄いだろ?」
「だからって、何で、俺が、この、ヘンシェルとかいう子? と出会って、数分で死ななきゃなんねーんだよ?」
 松戸が残念な子を見つめるような冷たい視線で召屋を見下す。
「そりゃぁ、召屋の選択が悪いからだよ」
「あぁ!? 意味がわかんねーよ。普通に目の前に何か落し物があれば拾うだろうがっ」
「不味いのはその後の選択だよ」
「知るか!! ところで、これって登場人物に許可取ってるのか?」
 その質問に松戸は青白い顔をわずかに微笑ませる。
「はっ、まさか、そんなことするわけないだろ。アングラで流すんだから。活動資金に枯渇する様々なマイナー部の技術と怨念を結集した大作だぞ! 学園のアイドルはもちろん、クラスのアイドル、人気の子まで全て網羅だっっ!!」
 それを聞いた召屋は、大きくため息をつき、松戸の両肩を掴む。
「と・り・あ・え・ず、俺と、有葉《あるは》と、春部《はるべ》と、委員長は削除しろ。でないと、俺が殺される。確実に、東京湾の藻屑になるから!」
「じゃあ? 拍手とイワンと瑠杜賀さんはいいのかい?」
「あ? あいつらは別にいいよ、どーでもいいし」
 恐ろしく心無い捨て台詞を言うと、第四科学部部室の扉を開けながら、召屋は松戸にバイバイとばかりに手のひらをふらふらと振って廊下へと出ていってしまう。
「まあ、絶対に削除しないけどね……ふふっ」
 そう言って松戸はPCの前に座りプログラムを修正し始めるのだった。


 松戸の作った馬鹿らしいゲームの試験プレイに辟易し、本来の目的であった借りていた本を返そうと図書館へと向かっていた召屋正行の目の前に、一冊の美しい装丁の本が落ちていた。
「何だこれ?」
 恐らく、誰かの落し物なのだろう、召屋はそのまま放置するのも悪いと思い、いかにも高そうなその本を拾い上げ、裏になっていた表紙を反し、何気なくタイトルを読む。そこには可愛らしい文字でこう書かれていた。
“ヘンシェルちゃんのラヴ☆ダイアリー”
 その言葉を読み取った瞬間、召屋は色々と嫌な脂汗をかくのだった。
「えっ!? あの、その? えーと、これはどういう選択をすればいいんだ?」
 その瞬間、召屋は選択に迫られていた。




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