【時計仕掛けのメフィストフェレス 劇場版第二部「煉獄編」3】


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 A.D.2019.7.10 20:02 東京都 双葉学園 第八封鎖地区


「決着はついたな」
 孝和が勝ち誇る。
「何もしてなかったけど」
「いやしてたでしょ! 功労者ですよ俺!?」
 真琴の突っ込みに和孝が反論する。
 確かにそれは事実だ。和孝が速やかにスリーパーホールドで締め落とさなければ、戦局は全くの逆になっていただろう。
「……とにかく、これ以上の戦いは無意味よ。みんな、ここを通してくれるよね?」
 勝軍の将、というにはあまりにも沈んだ顔で、春奈が言う。
 判っていた事だ、だが見たくは無かった、こんな光景は。
 双方共に、傷つきすぎた。
 治癒の異能者が双方にいるし、学園には他にも治癒能力者がいるから、この戦いの傷は後遺症があとを引く事も無いだろう。
 ……だがそれは、あくまでも肉体の傷だ。
 生徒同士戦った。潰しあった。その事実だけは消えない。
 自分がそうさせたという事実も、永劫に消える事は無い。
 それは人間相手の話だけではない。ラルヴァと戦うための作戦でもまた、彼女の指揮で戦い、傷つく生徒達がいるという事実。
 相手が人間で無いとしても、命を奪わせる事を強いているという現実。
 その傷が、春奈を苛む。
 だがそれでも、今は進まなければならない。
 後悔は――あとで出来る。

 そうして、進もうとした時――
「“鉄格子が落ちてきて壁となり立ち塞がる”」
 声が響いた。そして、それと同時に……
「っ!?」
 空中から文字通り落ちてきた鉄格子。
 それが春奈たちの行く手をさえぎった。
「……これ、まさか文章具現化……っ!?」
 その能力に、二礼は心当たりがある。
 そしてその予想通りの人間が、鉄格子の向こうに現れた。
「すごいわね、みんな。よくもまあそれだけ戦えるわ」
「束司センパイ……っ」
 二礼がその少女を見て、言う。
「その腕章……風紀委員かよ」
「ええ。そこの見習いさんと違って、正規のね」
「傭兵の次は本物の戦力が出てきた、って事か」
「そうね。でも戦う前にひとつ、いいかしら。
 あなたたちは何を思ってこんな事をしでかしたの?」
「何って……そりゃ」
 言うまでも無い。
 仲間の救出、だ。
「成るほど、ね」
 文乃は言う。判りきっていたことだが、確認のためだ。
「貴方達の考えはわかった。そして間違いがふたつあるわ。私達は彼をD.A.N.T.E.に引き渡すつもりは無い。
 ここには特別矯正施設があるから、そこに彼を放り込んで教育し直すだけよ」
「は? いやでも確かに……」
「誰に聞いたの、それ?」
「それ、は……」
 二礼は言葉に詰まる。
 確かに風紀委員の話を聞いた。だがそれは誰だった?
 少なくとも、自分は見たことも無い相手だった。白い制服の女と少年。
 いやそもそも――あれは本当に風紀委員だったのだろうか?
「そして、間違いそのに」
 文乃は言う。
「世界を滅ぼすかどうか、そうね確かにそうとは決まっていないかもしれない。
 でもあの狂信者どもは別にしても、何故私達が、彼を拘束し矯正させようとしたか、その根拠がちゃんとあるの。
 そう、彼の犯した罪――私も知って驚いたわ。
 でも彼は未だに野放しにされ、何食わぬ顔で青春を謳歌している。罪に問われることも無く。罰を負う事も無く。
 ねえ、それっておかしくないかしら。
 そう、罪は償わなければならない。
 春奈先生や敷神楽先輩、あなた達には心当たりがあるはずよ」
「――!!」
 その言葉に、二人は凍りつく。
 時坂祥吾を、捕える理由。処罰する理由。
 それは――――
 これから先に起こる事でないのなら。
 かつて起こった、罪に対するものだというのなら、それはひとつしかない。
 そして、春奈は直感する。
「みんなっ! 今すぐその子を倒してっ!!」
 自分らしくない言葉が口を突く。
 だが、それでも――その言葉を言わせてはならない。
 なぜなら。
 なぜならば。
 彼のその罪を知ってしまえば――彼ら達は、今までどおりに戦えるのか、わからない。
 それは――
 その罪とは――

「黙れぇええっ!!」
 鶴祁が走る。
 その口を塞がねばならない。
 汚すな。
 それは、確かに罪だ。だが彼だけの罪ではない、私の、そしてあの人の罪だ。その罰だ。
 それを――そんな駆け引きで、泥を塗るな。あの人が何を思い何を背負ったかにすら、思い至らないくせに――!

 だが、その思いすら届かず。
 文乃は、ただ無慈悲に冷酷に、その罪を突きつける。



「人殺し。彼は、時坂祥吾は――双葉学園の教師を殺害した」



 それが。
 その言葉が、その事実が――

 仲間を救うために集った少年達の、

 敗北の瞬間だった。




「それ……本当なんですか、春奈先生」
「……」
「聞いてないっすよ、敷神楽先輩ッ!」
「……っ」
 二人は黙って俯く。
 そう、それは事実だ。
 たとえそこにどんな事情があったにせよ、だ。
 そして――春奈には、その事情を伝える事は出来ない。
 双葉学園の教職員として、緘口令が敷かれているのだ。
 それは当然だろう。
 双葉学園の教師が、生徒を襲い、喰らい、殺そうとしたという事実を――公に出来る訳が無い。
 そして、時坂祥吾はその暴挙に遭遇し、そして戦っただけに過ぎない。大切なものを守ろうとして。恩師を止めようとして。
 その教師、吾妻修三もまた、己の信念が、正義感が暴走した結果だった。
“非能力者は、守られるのが当然なのか。異能者は、戦わなければいけないのか”
 吾妻は常々そう漏らしていた。彼がその人生で何を見て何を感じたのか、知る物は少ない。
 だが、絶望と切望の末に――その意思が暴走したのは事実だろう。それは決して、どんな理由があろうとも許されることではない。
 そして、衝突し――吾妻は死んだ。戦いの末、死に至った。
 その事実は全て、一部の人間を除いて隠蔽され、緘口令が敷かれている。
 異能者を育てるべき異能者の教師が人を襲い殺そうとした、という事実はあってはならないのだ、と。
 なんという汚い、大人の事情だ。だがそれは、本当に仕方が無い事だろう。
 この世界を、守るために。
 だから――春奈は黙るしかない。
「そんな……マジかよ……」
 孝和が膝を突く。
 助けなければいけないと思っていた。
 助けるべき相手だと思っていた。
 だが、その現実は――教師を殺し、それを隠して平然としていた……そういう男だった?
 守る価値の無い男だったと、人殺しだったと、そういうのか。
 それが……現実なのか。
「騙されていたのよ、貴方達は」
 文乃は言う。
「まあ、彼にも言い分もあれば酌量の余地もあるのかもしれない。少し話したけど、私利私欲で人を殺すような悪党とは思えないしね。
 大方、言い合いから戦いに発展しての過失致死、って所かしら。馬鹿っぽかったし。
 そこは調べ上げてから処分を下す事になるでしょうね。
 でも、D.A.N.T.E.に引き渡すつもりは無いわ。
 これから犯す、世界を滅ぼすという罪状? そんなのは私たちにとってはどうだっていい。
 もしそれを起すのなら起さないように矯正すればいいだけの事だし、大切なのは、彼の犯したその教師殺しの罪を裁く事。
 罪は罪、そして罪は償わなければならない。当然よね? 彼はラルヴァじゃない、人間だもの」
「……っ、それは……っ!」
「先生。学園が何を思い何を隠しているのか、私はまだ知りませんが」
 それは事実だ。
 文乃が知らされたのは、祥吾が吾妻と戦い、死に追いやったという事実とその証拠のみ。
 秘匿ファイルを彼がいかにして入手したのかは知らないが……それはこれから暴けばいい。
「真実は、正義の元に暴かれます。そしてそれまで、彼は、時坂祥吾は守られなければなりません。
 彼を一方的な傲慢で断罪しようとする、D.A.N.T.E.の手から。
 ……わかってくれますね、皆さん?」
「……」
 反論は無かった。彼女の言い分は正しい。
 時坂祥吾は人殺しであり、それは春奈たちの無言の肯定が何よりの証言となっている。
 罪は裁かれねばならない。これから犯すと言われた言いがかりにも近いものではなく、かつて犯した確かな罪ならば……
 もはや、それを止め、彼をここから奪い返す正当性など、存在しないのだ。


 そして、誰とも無く、踵を返す。
 ここに留まる理由は無い。
 進む理由など、もっとない。
 ただ、帰ることしか、彼らには出来なかった。

「お姉さま……」
 綾乃が鶴祁の顔を伺う。
「……大丈夫だ。いつかこうなるかもしれないと、私は……知っていたのにな」
「……大丈夫ですよ。時坂先輩、きっと綺麗な身体になってお勤め終えてきます! 未成年だし、大丈夫!」
「ああ、そうだな」
 問題が些かずれている気がするが、しかしその気遣いは嬉しい。 
(……私には、もうどうすることも出来ない、か……口惜しいな。君は、先生を止めてくれたというのに)
 鶴祁は、鉄格子の向こうを見る。
 今頃彼は、何を思っているのだろうか。
「……行きましょう。鶴祁さん、綾乃さん」
 春奈が声をかける。
 それに促されて、二人もまた引き返す。
「?」
 ふと、春奈は気づいた。
 誰か……いないような気がする。
 そしてそれは……



「……神無さん?」

 その言葉に答える人間は、いなかった。






 A.D.2019.7.10 19:00 東京都 双葉学園 第八封鎖地区 特別矯正施設「地獄門」


 目隠しとヘッドフォンといういたせりつくせりで、時坂祥吾は案内された。
「ここは……」
 そこは広い、そして白い部屋だった。
 巨大なテーブル。まるで会議室のようだった。
「……」
 無言で風紀委員が祥吾の方を掴み、祥吾は椅子に座らされる。
「痛い、痛いっての!」
 その祥吾の抗議に風紀委員達は反応せず、黙って後ろに下がる。
(なんだよこいつら、ロボットみてぇに……)
 腹がたつものの、ここで逆らってもいい事はない。
 こうなったらなるようになれ、と現状を見極めてやろう。動くのはそれからでも遅くない、と祥吾は開き直る。
 これからどう動くか、だ。
 文乃もまた、後ろのほうで鉄面皮で黙っている。我関せず、というか、そもそもこちらを人間として見ていないかのように無視だ。
 このメガネ風紀委員は、自分をD.A.N.T.E.に引き渡すつもりは無いと言った。それを信じるかどうかだが……
(信じようと信じまいとまあ変わんないか)
 どっちにしろ、相手の腹積もりしだいである。考えていても仕方ない。
 それよりも、この手錠とかが厄介だ。
 そう考えていると、向かいの壁の扉があいた。
「……?」
 そこから現れたのは、見たことのない男だった。
 長身の中年。濃紺のスーツに身を包んだ紳士、といったところだろうか。
 そして。
(――!?)
 彼をみた瞬間、彼を認識した瞬間、祥吾の背筋に言われもない悪寒が走る。
 やばい。
 危険だ。
 こいつと出会ってはいけない、そう直感する。もっとも、それはすでに時遅しなのだが。
 そして男が口を開く。
「初めまして、というべきかな、時坂祥吾君」
「……っ」
 ただそれだけのなんでもない挨拶で、気圧される。


「君は世界を滅ぼすと……そういう話らしいね」
「っ!」
 我に返る祥吾。
 そうだ、変に気圧されているばかりじゃいけない。
「どっからそういう話が出たんだよ」
「どこから、とは?」
「とぼけるなよ! そんな出鱈目な話、誰があんたらに吹き込んだのかって聞いてるんだ。
 いきなり振って沸いた話じゃねぇだろ」
「ふむ、なるほど。君はそれを信用できない、と」
「出来るかっ!」
 祥吾は叫ぶ。信用できないし納得などできるはずがない。
「まあ、そういうだろうとは思っていたよ。
 何人かの予知系能力者、観応系能力者、それから夢見系の能力者が、「世界の崩壊」を予知している。
 未見君などは、何度もそれを夢に見ているらしいよ」
「……理事。個人名を出すのは」
「おっと失礼」
 悪びれた様子もなく、口のみで謝罪する。
「学校で習ったけどな。予知能力は、絶対じゃない。未来を変えるためにこそ存在する、それがその能力の存在価値だ、って」
「正論だな。未来は変えられる、か……なるほど」
 一息ついて、男は言った。
 嘲笑と憐憫と侮蔑と、そして微かな怒りを込めて。
「それは、未来を知らぬ者の言葉だ」
「……どういう、ことだ?」
「そのままの意味だ。そして、私は知っている。未来など、無いと」
「……理事? それはどういう」
 黙っていた文乃が口を挟む。
 おかしい。話の方向が変だ。
 彼が世界を滅ぼし未来を閉ざす、などという言はD.A.N.T.E.の戯言だ。そのはずだ。
 自分も風紀委員会も、それを完璧に信じているわけではないはずだ。その可能性があるということは認める。だからその可能性を消すために彼を捕え矯正する、それはいい。
 だがこの男の言葉には違和感がある。まるでそれが確定事項かのように……
「そのままの意味だ。……と、ちょうど特別ゲストがこられた様だ。
 君が世界を滅ぼす、その証拠の一つだ」
 その言葉と共にドアが開く。
「! お前は……」
 そこにつれてこられたのは、稲倉神無。
 そして……彼女を連れてきた人間、いやその服装を見て、文乃は瞠目する。
「その制服、D.A.N.T.E.……!? 何故!」
 文乃は聞いていない。D.A.N.T.E.はこの学園にまだやってきていないはずだ。仮にいたとしても、ここに……風紀委員特別矯正施設に、立ち入ることが許可などされるはずがない!
「……! 時坂さんっ」
 神無が祥吾に気づき、声を上げる。駆け寄ろうとしたが、神無をつれてきた女に腕を掴まれる。
「あらあら、おイタは駄目よ?」
「……どういうことだ、一体何が」
「まだ判らないのかね。いや、そうだったな、無知にして愚かにも過ぎる、ああ、相変わらずだ」
 男は立ち上がり、神無のそばへと歩く。
「っ、何を……っ!」
 祥吾が立ち上がり駆け寄ろうとするが、後ろにいた風紀委員がそれを押さえる。
「その様子では、君は彼女の正体すらも気づいていないのだろう」
「? 何を……」
「おかしいとは思わなかったのか? 時を消去するという能力……それをただの人間が持つと思うかね?」
「!?」
 傷を負ったときの時間、を消し去り、傷を治す治癒能力……
 それは、本当に治癒能力なのか?
 それはつまり……その、時間を操る能力とは、まさか……
「そう。永劫機(アイオーン)だよ、彼女はね」
 男はその事実を突きつける。
 だが祥吾は……
「だから何だ」
「ほう?」
 言ってのける。それがどうした、と。
「永劫機だからなんだってんだ。んなこたどうでもいい、そいつを、神無を離せ!」
「時坂さん……」
 その祥吾の言葉に、男はしばし黙り、そして笑う。
「く……くっくっく、ははは、あっははははははははは!」
「……っ、何がおかしい」
「いや、おかしいとも、ああおかしいさ! 愚鈍、愚物、愚考!
 ここまで、ああここまで、物分りが悪く察しが悪いとは、我ながら笑いが止まらない!!」
 狂ったように男は笑う。 
 いや、違う。
 この男は狂っている――
 祥吾も、神無も、そして文乃も、そう直感した。
 狂った人間にしか出せない、常軌を逸した狂笑だった。
「無知とは! なんと! なんと滑稽で愉快でそして憎ましい!
 わからないのか、此処に至って、この私と対面して尚、まだ理解に至らないというのか、時坂祥吾!」
「お前は、何を」
 当たり前だ。
 理解してはいけない。お前の存在なんか理解してしまったら、俺が終わってしまう。
 だから言うな。
 それ以上言うな。
 だがその祥吾の焦りもかまわずに――
「!」
 文乃が息を呑む。
 彼は、自らの首に指をつきたてた。
 そして――皮を剥ぐ。
 血が吹き出る。いや、それは血か、それとも糊か?
 その皮膚を引き剥がし、脱ぎ捨てる。それは仮面だった。双葉学園理事の中年、その姿を通すための覆面。
 そして祥吾は見た。
 その顔。
 その姿。
 知っている。今まで一度も、この目で見たことはないが、知っている。
 そう、近すぎてこの目で見ることの出来ないモノ。
 あれは――
 あれは――――
 信じられない。信じたくない、だがそれでも理解した!
 あれは――――――!!

「時坂、さんが……二人?」

 神無がつぶやく。
 正確には、細部がかなり異なるだろう。
 ひとつは背丈、彼は一九〇近い長身だ。
 ひとつは髪、背中まで伸びている、脈打ち流れる長髪だ。
 そしてひとつは年齢。
 彼は、二十代後半から三十代前半と言ったところか。

「理解したかね? 私は……お前だ」

「嘘だ……」
「嘘ではない。自分を騙す事は難しかろう。素直に受け入れるがよい……ああ、そうか、難しいのはそちらのほうか。
 お前は昔から、認めることが何よりも恐ろしい、そういう人間だ。
 だからこそ思った。
 時が、止まってしまえばいいのに、と」
「……!」
「ようやく理解したか。
 そう、私はお前でお前は私だ。
 だがそれでも私は、ここでは別の名を名乗っている。
 同じ人物が同じ名前を名乗っていては不都合が多かろうよ。
 では自己紹介しよう。
 時逆零次――双葉学園理事の一人にして、国際風紀委員連盟D.A.N.T.E.局長、時逆零次だ」
「んなっ……!?」
 その名乗りに文乃が叫ぶ。
 馬鹿な、在り得ない、そんなこと……!
 だが文乃の焦りをよそに、いや、そこにそんな者などいないかのように零次は話を進める。

「自分が世界を滅ぼす、それが信じれぬと、お前は言ったな」
 一歩、零次は前に足を踏み出す。
 祥吾は逆に後ずさった。
「さもありなん。確かにそう言われて素直に信じる者は少ないだろう。
 だが、証拠がある。そう、この私こそが証人だ。
 わかるだろう? 同じ時に同じ人間が二人いるという矛盾。その理由を紐解くならばひとつしかない。
 そう……私は、未来から来た時坂祥吾なのだ。故に知っている、私が世界を滅ぼすと言う事を」
「……う、嘘だ!」
「悲しいな、未だにそこまで拒絶されると流石に私も傷つくよ。
 良かろう、論より証拠、百聞は一見にしかずと言う。
 見せてあげようではないか、未来の映像を。既に確定してしまった、これから起こり、起きてしまった悲劇を――」


 零時が懐から懐中時計を取り出す。
 それを弄ると、時計盤から珊瑚色の輝きがあふれ、そして視界を、世界を包む。


「! これ、は――」
「時間の共有。三時の天使の能力だ。時間とは二つ在り、それは外的な時間と内的な時間である。
 その内的な時間を、私と一時共有し、君は見るのだ。私の体験してきた、これから起きたまだ見ぬ現実を――」


 そう、それは誰が悪かったというわけではない。
 しいていえば、間が悪かったのだ。

 今の、お前の時間から逆算して二十年前……かつてこの世界に、巨大なラルヴァが出現した。
 エンブリヲ、そう呼ばれたラルヴァの母体というべきかな? 無論、それが全ての元凶というわけではないが。
 そしてそれが再び現れたのだ。
 双葉学園は当然の事ながら討伐隊を編成し、そして私も……時坂祥吾もまたそれに参加した。
 熾烈な戦いではあったが、それでも決して絶望的な戦いではなかった。
 一人、また一人と倒れていったが、死者は出なかった。

 そしてエンブリヲは無事に倒された。
 最後のとどめを、クロノスレグレシオンにて刺し、エンブリヲは消滅しそして事件は終わったのだ。
 だが当時の誰もが、気づいていなかった。
 それが決定的な、そして致命的な過ちだったということに。

 エンブリヲは、いうなればラルヴァの母体、母艦だ。
 無限にラルヴァを生み出し続ける存在である。
 そして、永劫機メフィストフェレスはそれに止めを刺した――そう、その時間を食らってしまったのだ。
 無限に生まれる時間、増える時間、それを体内に、機関に取り込んでしまったメフィストフェレスは――やがて暴走を引き起こすことになる。
 見るがいい、その無惨な姿を。


 視界が切り替わる。祥吾の眼前に世界が広がる。
 それは、停止した世界だった。
 時間堰止結界(クォ・ヴァディス)の暴走。
 異能者と中級ラルヴァ以外の全てが、完全停止してしまった世界。
 暴走はもはやメフィストフェレス自身にも、祥吾にも止める事は出来なかった。
 無限にその範囲はひろまり、地球全ての時が、完全に停止してしまったのだ。

『当然、残された者たちの結論はひとつだった。そう、時坂祥吾に止める事が出来ぬのなら、もはや方法はひとつしかない。
 永劫機(メフィストフェレス)の破壊……至極当然だろう?』

 そして、全世界の異能者、知恵あるラルヴァの全てが永劫機メフィストフェレスを破壊するために動く。
 だが、メフィストフェレスの完全破壊と死、それはすなわち、彼女によって生きながらえている時坂祥吾の死を意味する。
 だが――

『六十億に達する人命、世界と引き換えだ。ただ一人の命など、天秤にかけるまでも無いだろう』

 それが結論。どうしようもない結論であった。
 だが仕方が無い。誰だってそう考える。それは本当に、仕方の無い現実であった。

 そして、一人の男が、祥吾の前に立ち塞がる。

 それは、一言で言えば道化師であった。
 世界の敵(きみ)を殺そう。その力を殺し、この凍りついた世界を開放しよう。
 そう道化師(ジョーカー)は告げる。 
 手には一本のナイフ。
 それが、祥吾の胸に突き立てられ――


 祥吾の力によって抑えられていた限界を、越えた。


 契約すら断ち切られた永劫機をもはや止める事はできなかった。三位一体を砕かれたそれは、より力を暴走させて易々と臨界を超える。
 すなわち、発動される時空爆縮回帰呪法(クロノスレグレシオン)。
 世界の全てが、時間の崩壊に巻き込まれ――
 そして、
 消滅した。


『そう、間が悪かったのだ』


 後には――何も残らなかった。




 だが、ここにひとつの奇跡、いや呪いが残る。
 私は、メフィストフェレスだけではなく――また別の永劫機の力も手に入れることになっていてね。
 まさに運命の悪戯だ。
 だが……そこにこそ希望(ぜつぼう)があった。
 その力で、気がつけば私は、私が生まれた時間に戻っていた。
 もっとも、それに気づいたのは、物心がついたころの話ではあるがね。
 そう、私は再びやり直す機会を得た。その事実に歓喜し、居もしない神に感謝したよ。

 だがそれは、更なる苦痛の始まりにすぎなかった。

 時が来た。私は、エンブリヲ討伐に参加しなかった。
 メフィストフェレスがエンブリヲの時を食わなければ、世界は滅びない。

 だが――ある日唐突に世界は止まった。
 戦っていない、倒していない、なのに……メフィストフェレスはエンブリヲの時を喰らった事になっていた。
 そして全ては繰り返された。
 世界は停止し、全ての異能者やラルヴァから命を狙われ、そして道化師によって契約は断ち切られ、再び世界は滅び――私はまた生まれなおした。

 おかしいとは思わないかね? エンブリヲを倒していないのに、何故こうなる?
 幾度もの繰り返しの中で、とにかく私はその滅びを回避しようと懸命に動いたよ。だが常に、大局は変わらず、変えられず、幾度と無く世界は滅びる。いや、私が世界を滅ぼす。
 私は考えた。そして結論に達したのだ。


 一度起きた事は、変える事など出来ない、と。

 正直、絶望したよ。
 言ってみれば時とは大河だ。いくら小石を投げつけて波紋を起したところで、その流れそのものは変わらぬ。
 あるいは、電車を思い浮かべて見ればよい。
 始発と終点、それに中継駅が決まっている特急列車や快速列車だ。
 たとえそれ以外の駅に止まろうと通り過ぎようと、別の駅に止まろうと――決められたそこだけは変わることが無い。
 つまりはそういうことだ。たとえ私が時の大河を変えようとしたところで、すでに決まってしまった事、起きた事は変えられぬ。
 陳腐な言葉を使うなら――運命、といった所か?
 笑ったよ。
 ならばこの力は何のためにあるのだろうか。
 時を変えられぬなら、滅びを回避出来ぬなら、この力に何の意味がある。
 時を遡りやり直す力ではなく、ただ永劫に繰り返し、回帰するだけの力など――!
 ただの、呪いでしかないではないか?
 なんと滑稽。
 この力を実感し、やり直せる、助けられる、救えると思った私の、なんと滑稽な英雄気取り(ドン・キホーテ)よ!
 ははは、ははははははははははははははは!
 ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!





 そして、珊瑚色の光が消え、祥吾の意識は再び白い会議室へと戻る。
「……っ!」
 膝を突く。
 吐き気がする。眩暈が止まらない。
 アレが……あんなものが、未来だと!?
 自分が世界を滅ぼし、しかもそれを無限に繰り返すだと……!?
 いや、待て……

「おかしい、だろう……それじゃ」
「ほう?」
「お前の言うのが、さっきのが本当なら、矛盾するだろう。
 お前は、生まれなおして永遠に繰り返すと言った。ならなんで、俺はこうしてここにいる!?」
 そう、それが矛盾だ。
 時坂祥吾は、時坂祥吾を繰り返す。それが正しいなら、それを繰り返した時坂祥吾が、自分と別に存在するはずが無い。
「お前は、誰だ」
「……ふむ。存外と気づくか。
 そうだな、それは矛盾だ。だがその矛盾は正しい。
 私が足掻き、生み出した矛盾だ」
「どういう……」
「簡単な事だ。世界崩壊を止めるために様々な手段を講じ、探していたときに気づいたのだ。
 私は何度も生まれてしまう。
 では、私が生まれたときに私が既に居ればどうなる?
 タイムパラドックスという奴だ。同じ人物が二人居れば、片方は存在が消える……陳腐だが、試す価値はあると思った。
 故に、時を遡る永劫機を探し当て、斃し、その力を奪った。
 永劫機ベルフェゴール……契約者の娘は、ああ、霧原静久と言ったか。
 彼女は実に協力的だったが、しかし同時に邪魔だった。故に安らかに眠ってもらったが」
「な……!?」
「十数年以上も時を遡るほどの魂源力は、本来なら不可能だったろうが、そのときにはもはや私には魂源力は大量にあった。
 繰り返す時の中、大量にメフィストフェレスに時と命を食わせ。この身に取り込み続けていたからな。
 備えあれば憂いなし、というやつだ。
 そして私は、時間をさらに越えた。
 そして――私とは別に、時坂祥吾が生まれた。
 なるほど、どちらも消滅する事はなかったよ。だがこれはこれでまた新たな希望が沸く。
 時坂祥吾は世界を滅ぼす。だが時坂祥吾自身にもはやそれをとめる事は出来ぬ。
 ならば。
 それ以外の者が、時坂祥吾をとめることが出来る――!」
「それが、お前で、そして……その時坂祥吾が、俺か……!」
 つまりこいつは。
 俺を殺すことで崩壊を止めるつもりか。
 だが祥吾のその考えは、すぐに零次の言葉で否定される。
「否。短慮はいかんな、まだ話は終わっておらん。
 そう、私は歓喜した。これで世界を滅びから救えるのだ。
 だが、そうはならなかった。
 私は時坂祥吾を殺害した――だが、それでも。
 それでも、世界が滅びるという確定事項は覆す事ができなかったのだ。
 そう、別の時坂祥吾が世界を滅ぼした」
「な……!? 別の、だと……!」
「そう。死した時坂祥吾の代替。世界を滅ぼすという運命を背負った同位別存在。
 それは――」
 そして。
 零次の瞳が、憎悪に一瞬だけ染まる。
 それは――世界に対しての憎悪の色。
「時坂祥吾に最も近い存在」
「!!」
 まさか――
 まさかそれは――!
「時坂一観。彼女が世界を滅ぼした」
「――――」
 祥吾の視界を絶望が黒く染める。
 馬鹿な。そんな馬鹿なことがありえるはずが無い。
「ああ、まったく、ここまで悪質な運命だとは思わなかった。
 自らを殺したくなったよ。だが、殺す前に――また私は再び戻ったのだがね。
 だが今度は、また同じく、時坂祥吾が生まれる前に戻ってしまった。
 永劫回帰の呪い(システム)が狂ったのか、それとも最初からそういう呪い(システム)だったのかは知らぬが……」
 零次は自嘲する。
「結局、悟ったことはただひとつ。何をしても、時の流れは変えられぬという事だ。
 そして結論に達する。
 時の流れを変えられぬのなら――消してしまえばよい。
 それが私の結論だ」
「消す……だと?」
「そう、起きてしまった事は変えることが出来ない。ならば、それそのものを消せばいい。
 違うか? そしてそれが実現可能なことは、お前がその身をもって体験したはずだ。
 そうだろう、神無。君が彼に行った。傷を受けた時を消した。
 一度おきたことが変わらぬなら――その傷は再び刻まれよう。だがそうはならなかった。
 つまり、この二十年を消去すれば――
 世界は、新たなる別の時間の流れを刻む」
「な……!?」
 それは……正気か? 
 今の時間をどうにもできないから、消す。
 なんという無茶な論理だ。そしてそれが可能というのか。
「試してみる価値はある。いや、試さねばならない。
 そしてその為に私は、繰り返される時間の中で永劫機を探し続け、倒し続けた。
 そして、その為の我が手足となるべき組織も造り上げた。それがD.A.N.T.E.だ」
 何のことは無い、国際風紀委員連盟と名乗っておきながら、それはただの私設組織に過ぎないと、零次は言う。
「そうでもしなければ――私は、世界は、延々と滅び続ける」
 その言葉に、祥吾は――

「だから絶望したのか」
「ん?」
 ふざけるな。
 祥吾は身を起す。
「見損なったぜ、お前は俺じゃない。
 俺なら――何度繰り返したって諦めない!」
 絶対に諦めない。
 何度世界が滅びたって、それで諦めてたまるか。そんなの、諦める理由にはならない!
「百回世界が滅びようと、その次で――それでも駄目ならその次で、絶対に救ってみせる。
 お前だって、最初はそう思って戦ったんだろう!」
「そう、その通りだ」
 零次は冷笑を浮かべて言う。
「気づいているか? そしてそれは、「百一度めで世界を救うために、百度世界よ滅びてしまえ」といっていると同じなのだ」
「ち、違う!」
「違わぬよ。ああ、私は世界が滅びるのが許せなかった。世界を滅ぼしてしまう事を認められなかった。
 そして永劫回帰の繰り返しの中で、次に世界を滅ぼさぬための方法を探し続けた。
 ――判らぬか?
 それはつまり、次の繰り返しのために、今が滅びる事を容認するという消極的な世界抹殺にほかならぬ。
 もっとも、それに気づくまでに私は幾度世界を見捨て滅ぼしたか、もはや覚えておらぬが」
 零次は嘲笑する。
「滅びを食い止めるために滅ぼす。なんという矛盾か。だが何もしなければどの道滅びるなら――来るべき救済のためにその矛盾を見過ごそう。友を、仲間を、見捨てよう。そしてその罪咎は全て背負おう、その悪を甘んじて受け入れよう。
 それが――私の結論だ。
 ああ、つまりお前は十分に私だ。諦めぬ。絶対に諦めぬ、諦め切れぬのだ――
 私が諦めてしまえば、今まで滅びていった全ての時間軸が無意味なものとなる。それだけは許せぬ。許せぬのだ」
「……黙れ」
「何故黙らせようとする? ああ、それはつまりお前は実感し確信しているからだ。
 私の言葉が真実だと。故に耳を閉ざす」
「うるさい……!」
「そうだ、お前はそうやって現実を受け入れずに生きている。
 諦めない? 違うな。認めない、のだ。私たちは。
 現実を認めず、受け入れず、覆そうとする。
 それでいいのだ、そうでもしなければ――受け入れてしまえば――心は折れる。
 そうだろう? お前は、だから……」
「黙れっ!!」
「妹の死を認められずに、恩師を殺して、その現実すら覆した。
 その奇跡。強き想いが引き起こす奇跡……
 それと同じ事を、私はまた行うのだ、繰り返すのだ。
 残酷なる現実を覆し非常なる現実を否定し無惨なる現実を回避し過酷なる現実を打倒する。
 繰り返すのだよ、ただそれを。
 それこそが永劫回帰の宿命――」
「黙れぇええええええええええええっ!!」


 祥吾が絶叫する。
 電撃が走り、祥吾を押さえていた風紀委員達がその電撃で弾かれる。

「っ……! まさか、無理やり異能を……!」
 文乃がそれを見て言う。
 魂源力に反応して電撃を起す手錠。だがそれは、異能そのものを封じるわけではない。
 ただ異能の発動を、電撃によってその異能者の集中阻み、疎外させるだけだ。
 理論上でいえば、それを無視して発動することも確かに可能だ。可能ではある、が――
「無理よそんなの、耐えられるはずが――!」
 だが、それでも。
 祥吾は絶叫し、そして無理やりに引き出す。
 永劫機を。
 時計仕掛けの悪魔を。
 こいつを――眼前の自分自身をこのままにしておいてはいけない。
 だから。
「うぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 全身全霊で、引きずり出す。
 そしてそれは、顕現した。
  全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる黒きクロームの巨躯。
 黒く染まる闇色の中、黄金のラインが赤く脈打つ。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 背中からは巨大な尻尾。
 頭部にせり出す二本の角、全体の鋭角的なシルエットからはまさしく竜を連想させる。
 それはモデルとなった悪魔――地獄の大公の姿ゆえか。


 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、
 時計仕掛けの――

 世界を滅ぼす悪魔。


「永劫機(アイオーン)……メフィストフェレス!」



「ほう」
 その威容を見て、零次は薄く笑う。
「懐かしいな。いつ見ても、幾度見ても懐かしい。メフィストフェレス――なんとも眩しき闇黒の光よ」
 永劫機メフィストは拳を振り上げ、零次に向かって振り下ろす。
「私を殺すか。よかろう。だが――」
 次の瞬間。
 異変が起きた。
『なっ――!?』
 宙を翔ぶメフェストフェレスの巨体が、地に落ちる。
 そして、少年の声が響く。
「駄目だよ。チカラはひとつ、それが正しいあり方だろう? 身体特性、拡大解釈、能力応用、ああ実に結構。
 だが、オレの前ではソレは許されない」
 D.A.N.T.E.の制服に身を包んだ少年が、零次の前に盾のように立っていた。
「遅いぞ、アリギエーリ」
「失礼しました、局長殿。まあいいじゃないですか、間に合ったのだから」
「お前、何をした……!」
「だから言っただろ。オレの前では、誰しもが一つの能力しか使えない。
 能力限定。
 故にソイツはもはや、「時を止める」というチカラ以外は使えねぇよ。
 空を飛ぶ? 変形? はい残念、そういった身体特性も、そして時間を止めるという能力の応用も、なにもかも駄目。
 駄目なんだよ、それがオレのチカラ――【月に吼えその身を凍らせる人(とどめるもの)】だ。
 そう、オレはD.A.N.T.E.部隊長、とどめるものアリギエーリ、限定能力者」
「っ……! だが!」
 能力を制限されたとはいえ、戦えないわけではない。
 たが――
 神無を拘束していた女が、永劫機メフィストフェレスに走る。
「ですわね。根本から無効化する必要がありますわ」
 その女は、メフィストフェレスを凝視する。
 そして、軽やかなステップで懐へと入り、手にした口紅で――胴体の部分にし印を書き込む。
「私はベアトリーチェ、【膨れ上がる視界に踊る女(みまもるもの)】と呼ばれております。
 監視能力者――私に見通せぬものはありません。ゆえに――」
 永劫機の核たる時計の場所、そして――
 位相のずれた世界に存在する、メフイストフェレスの位置さえも特定する。
 最後に、同じくD.A.N.T.E.の制服を着た、浅黒い肌の精悍な男が前に出る。
「自分は、【跳躍する黒き獅子獣(みちびくもの)】の銘を賜りし、部隊長の末席にあるもの――ウェルギリウスに存じます。
 自分の能力は転移です。
 つまり――」
 ウェルギリウスの目が輝く。
 次の瞬間、在り得ないことが起きた。
「っ……!?」
 ベアトリーチェがつけた口紅、その印の位置から――
 メフィストフェレスが、引きずり出された。
「え――!? そんな、馬鹿な……!」
 メフィストが叫ぶ。ありえない。
 別次元、別世界から無理やりに転移させられた。それも、精神世界から、無理やり――
 そして、メフィストフェレスと永劫機は同時に存在できない。
 故に、メフィストフェレスが実体化させられた瞬間に、永劫機の機体がその矛盾に耐えられず、分解消滅する。
「ほら、チェックメイトだ。駄目っつっただろ?」
 アリギエーリが笑う。
 そう、これで完全に無力化させられてしまった。
 打つ手は無い。
 だが――それでも。
 諦められるか、認められるか。ふざけるな、俺は――
「俺は、認めねぇっ!!」
 祥吾は叫び、走る。
「あくまで認めぬか、愚鈍よな。まるで過去の自分自身を見ているようでほほえましい――と、いや失礼、過去の自分自身そのものであったわ。
 ならばここで引導を渡すのもまたありかもしれぬな?」
 零次は手をかざす。
 その掌に、強力で濃密な魂源力の塊が生まれる。
「づあああああああああああああっ!!」
 叫ぶ祥吾。
 もはや猪のように吼えてただ走る。
「いや、見苦しいな。恐れを力に変えて突進するのは、まさしく赤子の所業よ。なんとも嘆かわしい、故に私はこう言うしかないではないか」
 そして掌から光が放たれる。
 その凶光の名は――

  おお、私など生まれてこなければ良かった
「“O , w a r ' i c h n i e g e b o r e n !”」

 それは呪い。自身を否定する絶望の慟哭を形にしたもの。
 それは祥吾を破壊し抹殺せしめんと襲い掛かり――

「――え?」

 祥吾の視界が染まる。
 光の白ではない。
 それを遮られ、影にて黒く染まる。 
 そう、影、黒だ。
 この色。夜の闇のように安らかに包んでくれる黒。
 それが、光と祥吾の間に滑り込み、祥吾を黒く抱擁する。




「――――――――メフィ?」




 死なないで。

 そう、声にならぬ言葉を残して――

 メフィストフェレスは、ここに消滅した。



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