【mono-i target 後編】


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 四人、夜闇の中をひた走る。
 山麓を東へ向けて、先頭は弘明だ。流石に山腹ほどでないとはいえ、それでも不規則な
地形と群生した木々のさなか。窮めて走破性が悪く見通しの効かぬ道程を、しかし弘明は
殆ど迷わず先導していく。
 これもその能力のなせる技だった。
「戦闘系じゃないとは聞いてたが……意外だな」
「外見が外見なんでみんなそう言うんすよね」
 鷹見弘明の異能。それは生体ソナーとでも言うべきものだ。ソナーといっても発する
のは音波ではなく何かの感知伝導で、遮蔽物のある地上でも問題なく走査できる。死出蛍
の跋扈を逸早く察知したのもこの力だ。地形や周辺環境の把握半径は数百メートルから、
条件によっては数キロメートルにも及ぶ。
 正確さは距離に反比例し、森のように障害が多い場所では精度の低下率が増すが、
それでも今のような状況では移動力への貢献は高かった。
「ヒナタ。アンタ腕、平気なんか?」
「……正直、痛ェ。加減間違えたかな」
 肘と手首の中に疼痛がある。
 阿酉は空圧。弘明は測的。そしてオレの異能は、"火力"に作用する性能強化。
 威力の増加・射程の延伸・反動の軽減。この三つを行うことができるが、これらには
三すくみの関係があり、威力増加には反動の増加。反動軽減には射程の短縮。射程延伸に
は威力の減少が、漏れなくマイナス面としてついてくる。
 オレのように体格に恵まれない者が、榴弾銃などを容易に扱える理由がコレ。先ほどは
閃光弾を強化したことで炸裂する光を強め、死出蛍の囲いを脱出したというわけだ。直接
の攻撃力ではないが一応"威力"にあたるため、増した反動が腕を痛めた。
「でも、それだけの効果はあったろう、よ」
 肩越しに後方を注意しながら、しんがりの先輩が言う。
「奴ら、お、追ってこない。あれだけ凄い、光だったんだ、倒しちまったん、じゃ、
 ないのか? ……て、いうか、まだ来ると困る。お、俺マジ疲れてき……うっ」
「センパイ、ほんまに運動不足なんですな……ええ体格してはりますのに」
 まったくだと、汗ぐっしょりの先輩を見て思う。身長とか羨ましくてしょうがない。
「で、先輩。まだ連絡つかないんですか? 本隊」
「ダ、ダメだ……な。はぁ、何度もやってるが繋がら、ねー。故障が、ないのは、か、
 確認したんだけどっ、な……!」
 実は閃光の撃ち上げを既に提案したのだが、却下になった。敵の察知を避けることと、
数発しかない残弾も温存したいという理由からだ。いくら異能で強化しても先の地ベタの
照明で本隊が気付くとは考え辛いので、連絡は無線に頼ることになったのだが。
「マジすか……弘明、敵の方はどうよ?」
「離れててうまく感じ取れない。だが、追って来ているように思える」
 全員の顔に陰が差す。走ってさえなければ溜息が合唱していたところだろう。
「なんだってあんなに増えてんだ、あいつら。そんな餌もないハズなのに異常だぞ」
「火山帯だからかもしれない」
 眉を顰めた三つの視線を背中に受け、弘明は首を振った。
「通常、その種にはない増殖や大型化が、火山湖などで発生する例がある。陸地でも水棲
 ほどではないにしろ、地熱や土の含有成分の影響で、同様の変化をしばしば起こす」
 弘明は遠くそれを眺めた。夜空の中に輪郭を聳えさせる、山の威影を。その頂上へと。
「浅間山は、火山だ」
「……じゃ、ありゃ火山帯の影響でバカっ増えした死出蛍だってのか? そんなこと
 あるのかよ!?」
「仮説だ。でも環境は無関係ではないだろう。火山帯では電磁波も異常をきたすから、
 通信機が使えないのもきっとそのせいだ」
「そっ、そういう……ことか……」
 舌打ちして通信機をしまう先輩。
「……お喋り、その辺にしといた方がええよ。お出ましや」
 阿酉が顎をしゃくった先、斜め上空。流れる木々の隙間から全員が夜空に目をやる。
 月明かりの下――夜気の海を泳いでいる蛟(みずち)があった。
『!?』
 尾を棚引いて、光がうねりをあげている。何かとてつもなく巨大な発光体が、龍のよう
に太く長い形を成して、夜空を悠然とたゆたっていた。
 いや。印象としては、龍というより長魚だろうか。あまりにも強い輝きは、闇の中で
滲んでかえって存在の境界が得難い。細長いものが濁った泥川の上澄みを潜んでいくよう
な、そんなおぼろげさも伴う夜光。
 オレは思い返していた。そもそもの任務内容を。
 ――目撃されたのは、宙を泳ぐ光条……!
「……奴ら、一個になりやがったのか」
 もはや規模としても下級のラルヴァとは言い難い。蛍龍とでも言うべき集合体だ。
 波打つ光の帯が、遥か向こうの空からこちらへ舳先を傾ける。オレの呟きに応じたかの
如く、鎌首を正確にこちら側へ向けて。
 霞むほどの空間を隔て、あるはずのない奴の『目』とオレの視線が、瞬間、重なった
ような気がした。
 来る――空を滑るように――。
 来た。
「どけっ!!」
 一瞬だ。
 文字通り光速で距離を無とした龍に、報いを成したのは召屋先輩だった。
 景色が歪み、ひび割れる。ギリギリとくびきを捻るような音が続き、やがてガラスを
そうするが如く空間を突き破って、何もない所から一体の巨影が姿を現した。
「これは……!?」
 どこかから割り込んだというより、まさに湧いたという出現だ。
 背の稜線を力強く波打たせる背筋が、堅牢な鎧を彷彿とさせる胴体。だがそれにも
増す強靭な筋肉を束ねるのは四肢だ。一本がナイフ程もある五指の爪で押さえ込むよう
に地を掴み、自身の莫大な重量を支えてなお余りある膂力。それらを包む肌と体毛は、
漆黒という鋼鉄の色を持つ。
 豊かに蓄えられてなびくたてがみに縁取られた顔は、獣王。
 獅子だ。
 身震いと共に発せられた黒獅子の咆哮は、阿酉の異能に勝る圧力で空を震わせた。
 その痛みにオレ達が耳を庇う暇もなく、次の瞬間に獣は殴るように地を蹴って宙へと身
を飛ばしている。
 龍への突撃だ。
 砲撃のような跳躍は、己より遥かに大きなモノをも恐れない。
 大きさに何倍もの差を持つ双魔の激突は、しかし凄まじい激震で蛍龍を拡散させた。
「召喚……これが」
 変態はともかく、召喚は冗談ではない。それが召屋正行の異能。理屈はわからないが、
想起と仮構によって形成される、文字通り『何か』を喚び出す能力なのだという。
「充分戦えとるやないですか!」
 年上に集中する敬意の視線。その中で得意げに唇の端を吊り上げる先輩。反面、何故か
困ったように眉尻も下げ、その妙な表情の理由を彼は、
「まあ……制御、できないんだけどな?」
『マジで!?』
 微妙な半笑いの向こう、飛翔奔騰した獅子はあえなく光の群に絡め取られ、もがき
苦しみながらその体躯を縮めていった。
 比喩ではない。死出蛍は接触した対象の生命を奪う。獣王はみるみる内に精彩を失い、
力を吸い取られて弱々しくしぼんでいく。
 その様子をまた、苦渋とも安堵ともつかぬおかしな表情で先輩は眺めていた。
 横顔にその意味を問うより早く、
「とにかく今のうちだ、行くぞ!」
 そこから先は逃走の連続だった。
 基本的に防御は先輩頼み。召喚という壁を用い、防ぎ漏らしは阿酉が全力で弾き、
どうしても避け切れない時だけオレが引き金を引いた。
 不利のさなか。後続する先輩を見て、しかし、と感嘆する。
 ――慣れてやがる。
 非常事態に。そして異能にも。
 見たところ召喚自体の消耗はないようだが、出力に具象的な発現を持つ異能は、集中に
相当なストレスがかかると聞く。自称運動不足の体も限界に近いハズだ。滝のように滴る
汗が、そのまま失われる体力の様子だった。
 それでも彼はなお異能を行う。
 巨光が伸び、襲い来る。
 それを先輩が肩越しに睨みつけると、こちらとしては絶対の防御、死出蛍の群には
絶対の障害となる絶妙のタイミングを計らい、次々と新たなラルヴァが召喚される。
それは壁として敵を散らし、更に贄となって代価にオレ達へ時間を与えた。
 途中、異能がバグったのか全裸際の黒面巨漢とか呼び出されたりしてたが、無事に
干からびてくれたのでまあそれは良しとしよう。
「そ、その先、だっ!!」
 息も絶え絶えに叫ぶ先輩が、示す先は一つの窪地だ。
 駆ける視界の先に折り重なる幹。その更に向こう、緩やかに窪んだ円形の空間が覗く。
周辺の傾斜から伸びた木枝が薄く上を覆っているが、風通しの良さそうな開けた場所だ。
 微かな明かりと、その狭間に天幕も見える。
「ほ、本隊の設営地……あそこなら……ゴホッ」
「え、このまま行く!? 巻き込みますよ!?」
「連絡、でき、ないんじゃ……他にしようも、ね、ねえだろ! 今、ままっ、どうにも
 ならん……そ、それに、倒すなら……開けた場所が、いいんだろうっ!?」
「倒せるならの話スけどね――くそッ!!」
 振り向きざま、背後に引き金を弾いた。払っても払っても追い縋り、今またその顎に
こちらを銜え込もうとしていた大龍は、逆に閃光に鼻面を呑まれ幾度目かの霧散をする。
 全力で走る皆はそれを確認すらしない。最後の距離を駆け抜け、オレ達は設営地へと
駆け込んだ。
 果たしてそこには、
「――――?」


 夜の山から打ち下ろす、冷たい風を孕む空間だ。
 薄く浅い椀のように滑らかに開けた、小さな窪地。
 傾いだ樹木に囲まれた森のエアポケットには、夜の暗がりを遠慮がちに退ける照明の
点々と、そして夜闇に紛れるような黒緑の天幕、同じ色のテントらが、平たい場所を選び
まばらに設置されていた。
 それは営みの証として。しかしそこに人の姿は、
「誰も……いない……!?」
 辺りを見回す。
 気配がない。この一帯のどこにも、テントの中にすら、自分たち以外の誰かの匂いを
感じ取ることができない。どこへ行ったというのか、設備だけを置き去りにして。
 なまじ色々と設えてある分、かえって静寂は森の中に増し寒々とオレ達を包み込んだ。
「……弘明、何か感じないか?」
「辺りには何も、誰もいないようだ。夜間行軍でもしてるのだろうか」
「ま、まさか……? そんな話、聞いてない、ぞ。俺は……ごっほ、ごほっ!」
 もう召屋先輩は放っておくと嘔吐しそうな勢いだ。その背中をさするべく近寄った俺の
背後で、どさりと音が響いた。
 振り向くと、地面にくずおれ、荒げた息に重たい胸を上下させる姿がある。
「おい、大丈夫か?」
「ゴメン……アタシも、もうあかんわ……」
 無理もない。阿酉もほとんど異能を使いっぱなしでここまで来ている。体力の無い先輩
ほどバテてはいないが、相対的に見た消耗の総量なら彼以上だろう。
 二人とももはや戦える状態ではない。防御の担いが一気に失われることになる。
 しかし状況はそんな四人を待つことはない。
「日向」
「わかってる」
 べっとりと背中を湿らせた先輩を気遣いながら、弘明の促しに空を仰いだ。
 状況はオレ達を待つことはないのだ。
 見上げた夜空に、月が二つ存在していた。
「……うんざりする」
 目を凝らすが早いか、月の片方が正体を現す。
 夜の月に連なりて、しかし静かに波打つ紛い物。それは光の塊だ。輝く巨大な光球が、
身震いじみた蠕動で表面を揺らし、夜気の中に浮かんでいる。距離も手伝い、その大きさ
たるやもはや視覚の遠近調節が追いつかないほどだ。
 見上げるオレ達の視線、その遠くで、光体が表情を変えた。不意にその微動を止めたか
と思うと、球面の中心がするりと内側へ吸い込まれ、真円の凹みを形作る。発光する凝塊
のその虚の部分だけが、落ち窪んだように明るさを翳る。
 暗い瞳。光の白眼。それは全体で一つの眼球のようにも見えた。
 まるで夜空が瞼を持ち上げ、地上を、オレ達を眺め降ろしているかのような。
「龍から眼か。芸達者だな」
「言ってる場合かっての……!」
 多数の召喚獣を食らったせいか、膨張を窮めた死出蛍の一塊は大きさに似つかわしく
動きが鈍い。ぶよぶよと不定形の動きで宙を浮標している。球形に戻ったのは恐らく統合
を保つためだろう。
 ザックを漁って弾を取り出す。閃光弾の最後の一発。
 装填し、俺は皆を置いて一人、ランチャーを抱えて窪地の真ん中へと躍り出た。
 射撃姿勢を取ったオレの目と、オレを発見した目標の『視線』とが交差する。
 奴はゆっくりとこちらへ進路をとった。
「どうする気だ、日向……!?」
「ぶっぱなす」
 オレは再び得物へと魂源力を注ぎ始めた。今度は加減なしの全開で。なまなかな光では
奴を悪戯に拡散させるだけだ。乾坤一擲、やるなら全力でケリをつけるより、もはやこの
ラルヴァを退ける手段はない。
 急速注入により、瞬間的な飽和現象として銃器の表面が赤黒い火花を走らせる。それを
押さえ込んで、なお力を注ぎ込む。火花はやがて放電と化し、錆色にも似た鈍い赤の輝き
が、榴弾銃を覆った。
 熱と微細な振動を以って、グリップに手応えを返してくる――魂源力の臨界。
 己が身の肥大を速度に載せ、徐々に迫り来る光の眼。複数時や龍体の時のような素早さ
は見る影も無いが、それだけに切迫していく距離には凄みがある。
 撃つのは標的が寸前まで近づいた時だ。
 自分の異能でどこまで強化ができるか、やってみた事はない。武器の性質上、気軽に
試せることではないし、威力増加は対価として反動が増す。これだけの注力で行えば、
果たしてどれほどのものになるか。最悪、腕が千切れるかもしれない。
 ――命に代えられるか。
 視界の中、徐々に敵の輝影が大きくなっていく。それをただ待つ、炸裂の予感と自らに
破壊を得る覚悟を抱えて。
 本当に月が降りてきたかのような眩さだ。迫り来る輝きを、しかし眉根を寄せることで
瞳の痛みに耐える。視界が光の一色に塗り潰される瞬間。その眩しさの中央へ。
 引き金を――。
「国友待てッ!!」
「!?」
 先輩が視界の隅で腕を振った。その意味が判断できず、だが伝播した危機感はオレを
硬直させる。指が痙攣し、引き損ねるトリガー。
 それが全てを救った。
 射撃中止の直後、射線を避けるように『眼』が真っ二つに分裂したのだ。
「なにッ!?」
 粒子状になった光が舷を描いて左右に分かれていく。こちらの行おうとしていた攻撃に
対する、それは明らかな回避の所作だ。
 ――こいつら、思惟性があるのか……!?
 それを考える暇は無い。回避はすぐさま反撃に転化し、巨大な鋏を閉じるが如く、一対
の光群は互いの切っ先にオレを挟み込もうと迫った。
 風が吹く。
 湧き起こる辻風はそよぐ間も惜しく、その回旋を瞬時で竜巻とした。オレの周囲を包む
ように一瞬だけ展開した強力な旋風は、その一息で二つの光を圧し飛ばし、吹き散らす。
 死に損なった、その安堵を置いてオレは向こうへ声を飛ばした。
「アカンとか言ってて何やってんだ!? 無茶すんなよ!」
『死に掛けといてよう言うわ、アホ』
 唇からそう読むが、もう叫び返す気力もないのか、阿酉は崩れた姿勢のまま肩を揺らし
ている。
「日向、余所見するな! 元に戻るぞ!!」
「余所見はしてねーけど……!」
 四散しながら浮上し、上空に集っていく死出蛍の大群。それらは再び固まって元の
大きさと形を取り戻していく。
「――もう後がねえ。くそったれ」
 その様を睨み返して、呟いた。
 死出蛍に意志や思考の概念は確認されていない。だが炎への対処やこちらへの反応を
伺う限り、少なくともこの集合単位に関しては、それに近い指向性が散見される。
そういう習性を備えているということだ。
 甘かった。こちらは人間。相手は怪物。漠然と本能に相対するような単純さで構えて
いたが、相手がそこにああいう回避を盛り込めるのなら、まさに文字通り撃つ手がない。
ただ狙うだけでは当たらないだろう。
 右手に提げた銃口は未だ臨界の赤を保ち、しかしそれ以上何もできずオレは唇を噛む。
 と。右腕を後ろから支えるように、いつの間にか寄り添った弘明がオレの肩を抱いた。
「っ!? な、なんだよ?」
「支えなしでそんなものは撃てない。それに物見役が要る、奴を狙うための」
 鋭利さを増した目つきの悪さで空を睨む弘明。
 確かに弘明の異能なら奴の動きを捉えられる。だが……。
「分かったって当てられなきゃ意味ねーんだぞ!? 避けるんだから! あの大群じゃ
直撃以外だと拡散するだけだ、減りはしても全滅できない!!」
「わかってる。それはもう今夜、何度も見た」
「……阿酉は消耗してるし、逃げてる時みたいに後ろからせっつかれる攻められ方じゃ
なけりゃ、先輩の召喚も盾に使えない。もう一度分裂して来られたら攻撃も防御も
できずにアウトだろ……!?」
「策がある」
 策?
 しゃくった顎の向こうを追う。息を整えた阿酉が膝立ちの姿勢で何事か会話していた。
その隣で先輩が指示しながら相槌を打っている。
 小脇に抱えたドラゴンの仔は何だろう。
「来るぞ」
 耳打ちに顔を跳ね上げた先、完全に『眼』の巨影を再生した死出蛍は、再びこちらへの
進撃を開始した。
 今度は直進ではない。回避運動のつもりか、ハリボテがたわむように巨躯を右へ左へと
揺らしながら、徐々に距離をつめて来る。
 光の残像に視界が滲む。不定形に揺れる形はそれだけで蜃気楼のような錯覚を何度も
引き起こした。その度にもう目前なのではないかと、肺が震え、力が篭もる。
「まだだ、日向。落ち着け」
「わかってる……」
 銃床を肩に当て直し、手首を締める。血管が浮くほど強く握ったグリップから、
魂源力の赤い火花が散った。右肩の後ろに弘明が胸を密着させ、クッションを作ると共に
肘を支えてくれている。
 オレの仕事はあともうこれを撃つだけか。
 ならば待つ。フリップサイトの向こうに『眼』を見据えて、その機を。
「まだなのか!?」
 逸るオレの指に、無言のまま静止の手が重ねられる。だが既に『眼』は、照準を通さず
とも目視で射抜ける距離にまで及んだ。
 標的が目前まで迫った瞬間。それでも弘明は手を離さない。
 留める手を思わず振り払いかけた刹那、再び風が流れた。
「……!」
 空気が不意に撹拌され、渦を巻いて空へ立ち上っていく。急速な集束は瞬間的な
気圧差を生じ、息を詰めるのと同時に死出蛍はその引力に球体を著しく波打たせた。
 決死の隙を風に救われる。それは先の援護と全く同じ展開だ。
 だが今回はここから先が存在した。思わず阿酉の方を振り向くより早く、飛び出して
きた先輩の
「許せよ、ドラ吉!」
 脇の仔が火を吐いた。
 目一杯胸を握られた仔竜は、叫びと肺の空気とに釣られて火炎の吐息まで吐き出し、
その炎は渦高く舞う風に孕まれて紅蓮の柱と化した。
 小さな羽トカゲから吹き出ていく、出力過多の大猛火。それはオレが焼夷弾で行った
ことを、遥かそれ以上に及ぶ火力で再現する。夜空へ逆巻きに吹き荒んでいく風火柱は、
暴力的な熱波で死出蛍らを炙りやるものだ。
 ――火事にでもなったらどうすんだ!
 言い掛けた胸中を呑み込んだのは、弘明が天を示したがため。
 火柱が火の粉を吹き散らして消え、最初何も見当たらなかったその向こう。しかし
まるで指差す先に誘導されたかのように、煽られ散開の窮境を見た死出蛍が、そこへと
再三の集合を行っていく。
 オレは慌てて照準をつけた。
 膨れ上がっていく光の塊。狙うのは最も大きさを増した状態。かつ『眼』が完全に形を
回復する直前。全群が集結し、動作に移る前の間隙。
 波打つ飛沫の様にも似た、凝縮してゆく光の乱舞。燦爛さを瞼に堪えながら、ただ一心
に銃口をその中心へと突き付け続ける。
 限界まで密度を高めた光は身震いに一度身を膨らませ、爪弾かれてまとわり付く粒子を
無碍に払って、己が姿を安定させていく。
 その一点が暗く落ち窪み、紛い物の瞳孔を成して完成する瞬間、
「日向!」
 引き金を引いた。
 猛烈な爆音に尾を引いて、輝く眼球に突き刺さる榴弾。
 一瞬後の光の開花。
『――――』
 夜空の黒を塗り返すほどの猛烈な閃光の奔流が、視界を白無に染め尽くす。
 それが反動で気絶する瞬間、オレが見た最後の記憶だった。


「なんやったんやろなあ、アレ……」
 双葉学園の高等部棟。
 昼休みに賑わう教室で、窓の外を眺めて眼鏡の女生徒が呟く。
「やっぱりヒロの言うとおり、火山やから増えとったんかな?」
 気だるげに机に肘突く阿酉に対し、その隣に立つ弘明は深々と腕を組んだ。
「わからない。が、あそこが死出蛍の群生地になっていたことは確かなようだ。
 阿酉も聞いたろう。アレ以外にもいたらしい」
「ハ……冗談やないよ、ホント」
 息を吸い、嘆息と共に背もたれに体重をかけていく。
 反り返った胸の上で双球が山を作るが、阿酉が横目でガンを飛ばすと乳を盗み見て
いた男子諸兄の視線は散った。
「んーっ、はぁ……あんなに力を酷使したんは久々やった。疲れ過ぎて寝込むような
追試代限なんてもう二度とやりたないわ」
「ああ。まったくだ」
「な。ヒロもそうやろ? まあ、それでもアタシらよりか――」
 示し合わせた二人の視線が、無遠慮にこちらへ注がれた。弘明は気の毒そうに眉根を
寄せ、阿酉のクソッたれは愉快そうに唇を歪めやがった。
「――アンタやなぁ、ヒナたん」
「おまえ、いつか、ぶっとばす」
 腕さえ自由ならそうしていたかもしれない。それくらい苦々しい心境でオレの心は
いま、満たされている。
 浅間山の一件から一週間の時が過ぎていた。
 窮余の一撃は無事に死出蛍を倒したそうだ。四人は残されていたキャンプで朝を
待ち、翌朝下山した。と言っても失神していたオレはついぞ目を覚まさず、気がついた
のは弘明に背負われて担ぎ込まれた病院でだが。
 覚悟してのこととはいえ、四人で唯一五体満足に済まなかったのがオレだ。最大強化
した榴弾銃の反動は凄まじく、右の鎖骨・尺骨のヒビ、肘の靭帯断裂ほか、数々の憂き目
は避けられなかった。今は手術前の一次退院中だが、病室に引っ込んどけば良かったと
後悔している。サポーターでガチガチの右腕など乳眼鏡に何度笑い飛ばされたか。
 だが、これでもまだ軽く済んだ方かもしれない。全員生還の代価には安いと考えるべき
だろう。そういうことにしておく。腹立つから。ちなみにオレの背後であの射撃を支えた
ハズの弘明は、怪我といえば軽い打撲程度。体格のいい奴なんてみんな死ねばいいのに。
「……体格っちゃ、先輩の方は元気にしてんのかな」
「体格? 召屋先輩なら、日向のことを気遣っていたぞ。事後処理が忙しくて顔を
 出せないそうだが」
「そっか」
 ところで召屋先輩といえばあの仔竜。恐らく召喚の一つだったのだろうが、あれの扱い
について彼が幼女に厳重注意を受けたと小耳に挟んだ。さっぱり意味がわからないが、
その不可解な話も忙しい内に入るのだろうか。
 ともあれ。
 弘明の説も参考意見として取り入れられつつ、しかし当局も浅間山の死出蛍異常増殖に
ついて原因はわかっていないらしい。ベースに本隊の姿が見当たらなかったことに関して
は――単純に、全滅していたからだそうだ。演習を終えて戻る際、やはり死出蛍に襲われ
たのだろうと。
 後日、専用に編成された学生部隊で、調査がてら浅間山の死出蛍は一掃された。
 それでこの話はおしまいだ。
「だといいんだが」
 呟いた弘明に、オレと阿酉は渋面を作った。
「締め際に要らんこと言いなや、ヒロ……」
「あ、いや。別にそういうつもりではないんだが。相棒がいるにせよ、先輩はいつも
 あんなことをやっているのかと。ふと思った」
「そういや、そんなこと言ってたっけ」
「ああ。だからもうあれほどのことはなければいいとな」
「他人事やないよ。お互いにやろ? ――なにしろ一度は駆り出されてしもたんやから」
 項垂れる三人。
 とりあえずは怪我を治すこと。そして双葉学園にいる以上、訓練を怠らないことか。
 さしあたり、
「次の試験は、再試も追試も無しにしねーとな」

<了>



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