【スカイラインピジョン02(後半)】


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「どこ行ったんだ・・・・・・!」
 青空はひかりを捜しに、街へと出ていた。
 泣きながら学校を出て行ったかわいそうな彼女のことを、一度は放っておいて家路についた。だが、ひかりに言われたあの言葉が胸に突き刺さっていた。
『センパイはセンパイじゃなくなったんですね』
 結局放っておけなくなり、今になって捜しに出たのである。もしも心を病んでいなかったら、すぐにでもひかりを追ってその肩をしっかり掴んでいたというのに。
 繁華街の大通りを歩く。きょろきょろ左右を伺い、後輩の小さな背中を捜していたときであった。後ろから警官が一人、青空を追い越していったのだ。直後ばたばたと五人ぐらいが続いていったので、彼はぎょっとする。
 一人が「こっちか?」とわき道に指を差すと、警官は全員そちらの方向へ言ってしまう。二手に別れればいいのにと、青空は彼らとは反対方向の道へ逸れていった。
 賑やかな町から離れると、すぐに静かな住宅街へと景色は変わった。
 赤く染まった西の空を背景にして、電線が複雑に張り巡らされている。どこかへ飛んでいくカラスが黒い点となって、くっきりと目立っていた。
 そんな光景をぼんやり眺めていた青空は、ふと視線を下ろす。
 携帯電話が落ちていた。
 開きっぱなしの状態だった。
「・・・・・・?」
 じゃらじゃらと妙にストラップの多い、ピンク色の携帯。青空はそれに見覚えがあった。
「ひかりちゃん・・・・・・?」
 駆け足で携帯電話のもとへ寄り、拾い上げる。
 そうして画面を見た瞬間、青空は硬直する。画面いっぱいに「血」が付着していたのだ。
 悲鳴を上げる間もなく、青空は気がつく。携帯はメールの編集途中であった。恐らく何者かに襲われて傷つき、恐怖に戦きながら必死にこの文面を打っていたに違いない。
『センパイ、たすけ』
「ひかりちゃん!」
 ぞっとして叫んだ。
 もしかしたら先ほどの警察も、ひかりの危機と関連しているかもしれない。
「どうすれば」と慌てふためく。ひかりを捜し続けるべきか、警察に連絡するべきか、学園に通報するべきか。いったい自分がどういう行動に出ればいいのか、青空は適切な判断ができなかった。
 そうして慌てていたときだ。彼は地面に何かが付いているのを発見する。
 それはあまりにも小さかったので、すぐには見つけることができなかった。でもよく目を凝らして見てみると、それは大きな間隔を保って続いていた。
 血痕だ。
 背筋を流れていった、大粒の汗。彼はぶるぶる震えながら、それを辿っていく。
 恐らくひかりはあの場所で軽傷を負い、それから逃げ続けたのだろう。必死の形相で逃げ惑う光景が、容易に目に浮かんだ。血痕の間隔が大きいのがその証拠である。
 やがて、血痕は途切れた。
 家屋の列は途切れ、開けた場所に到着した。右手に空き地が広がっていたのである。彼は立ち止まり、中のほうを見る。
 青空が目にしたのは、こちらに背を向ける黒ずくめの人物であった。後ろ髪が奔放に伸びており、太もものあたりにまで達している。女性であることは間違いない。
 そいつは左手に何かを持っていた。初め、それが何であるのか把握できなかった。子どものころ夢中になって憧れた、赤にきらきらと輝くカラーホイルの折り紙のようである。
 しかし、それは血に濡れた出刃包丁であった。
「・・・・・・!」
 言葉を失う。しかも、そいつの前で何者かの「手」が転がっているではないか。
 まさか、まさか。
 青空は足がすくんでしまい、ざっと音を立ててしまった。黒いコートを羽織った不審な人物は、ゆっくりと振り向く。
 鋭い目つきの女性だった。ろう石みたいに白い肌、青い唇。そして全身に浴びた返り血。そして、彼女の手にかけられてしまった哀れな人物の姿が露になる。
 双葉学園のスカート。とても見慣れた髪型。女の子は血の海に浸されている。
 河原ひかりだった。
「う、うわぁ!」
 青空は絶叫し、膝をついてしまう。
「何てことを!」
 口を開けたまま、がたがた震える青空。
 女はにたりと微笑み、出刃包丁を夕日にきらめかせる。
「見たわね。殺してやる」
 女は地面を蹴り、どっとものすごい勢いで襲い掛かってきた。ひゅんと包丁が空を切る。腰の抜けていた青空は、とっさに横に飛んで避けていた。持ち前の反射神経だ。
「絶対に生かしておかない!」
「冗談じゃねえ。ひかりちゃんが何をしたっていうんだ!」
「むしゃくしゃするから刺したのよ。そんだけよ」
 理屈なき暴力。そんなものによって、ひかりは惨たらしく傷つけられた。
 青空は怒る。頭上の夕焼け空のごとく、彼の視界は熱い色で染まり渡る。それは人として当然の感情だ。
「殺してやる!」
 青空は果敢にも女に向かっていった。なぎ払われた包丁を紙一重のところで避けて、女の手を取る。骨を握っているのかというぐらい冷たくて硬くて、細い手首だった。
「離しなさいよ!」
 女から包丁を奪い取り、逆に刺し殺してしまうつもりだった。ところが、なかなか包丁を奪うことができない。
 青空は日ごろの戦闘訓練を真面目に受けていなかったので、戦闘を生き抜くスキルがなかった。学園生であれば身につけているはずの、必要最低限の技能や実力も持っていない。相手の力が彼よりも勝っており、振りほどかれてしまうのは時間の問題だった。
 女が冷静さを取り戻し、ニヤリと笑ってみせる。
「あんた『弱っちぃ』じゃない」
「なっ・・・・・・!」
 弱い。それは青空が最も苦手な言葉。
 異能者のくせに役に立たない。双葉学園生のくせに異能者らしくない。
 ゆえに中田青空は弱い。使えない。かっこ悪い。
 これまで受け続けた心無い風評が、まざまざと蘇ってきた。怒りに燃えていた感情が、引いていった。その結果、ついに握っていた手を振りほどかれてしまった。
「あっ」
 上ずった声を出したときには、完全に隙を突かれて包丁を振り下ろされていた。青空はなりふり構わず横へ飛んだが。
「ぐっ・・・・・・!」
 左腕を切られてしまった。
 右手で傷に触れる。そしてその手を見る。青空がこれまで見たこともないぐらい、おびただしい出血だった。彼はそれに愕然としてしまった。
 その隙を突いて女は青空を押し倒し、喉元に刃先を突きつける。彼は痛みをこらえながら女の手を押さえ、必死に抵抗する。
「ぐぐぐ」
 歯を食い縛り、うめき声を上げた。女は血走った三白眼をして、ぼさぼさの髪を乱しながらぐいぐい包丁を押し込んでくる。青空は今になって、こいつが学校や寮で話題になった「通り魔」だということを察した。
 少ない体力を懸命に振り絞り、抵抗を続ける。ところがだんだんと力が抜けていく。彼の身体能力は高等部生の平均を大きく下回っていた。それは努力することで十分に埋められる差であったが、彼はずっと訓練を怠ってきた。
「ほらほら、死ね、死ね!」
 死んでたまるか!
 女を睨み返す。この女だけは殴り殺してやらないと、どうしても気がすまない。
 そんな怒りの気持ちでいっぱいなのに、青空は抵抗をするだけで他にどうすることもできない。戦っていくための力がないから、対抗できない。
 そして、青空は大事なことを学んだのである。
 こういうときのために、異能者は双葉学園で頑張っているんだということを!
 捻くれた態度で日々を過ごし、そういう努力をしてこなかった青空は、もう今更どうにもできないのだ。後輩のひかりは守れない。相手に一矢を報いることすらできない。みっともなく返り討ちに合おうとしている。彼は自分の本当の弱さに絶望し、わっと泣き出した。
「怖いの? でももう駄目。死んでしまえ!」
 きちんと双葉学園生として、努力していればよかった。
 後悔の気持ちでいっぱいだった。自分がもっとしっかりしていれば、ひかりをこうして見殺しにすることはなかっただろうし、この女を倒すこともできただろうに・・・・・・。
 もはやどうにもならない中田青空は、強く願った。
(神様、もう一度チャンスをください)
 それはとても愚かしい負け犬の発想。でも彼はそういう気持ちでいっぱいだった。
 もう二度と自分を見捨てたりしない。
 もう二度と自分は駄目だと自虐しない。
 学業も訓練も真面目にやる。自分を慕ってくれる人のために、一生懸命生きたい。
(どんな努力もしますから、もう一度俺にチャンスをください・・・・・・!)
 目を強く瞑りながら、そう念じる。彼は後悔の涙をたくさん流していた。絶望的な状況だからこそ、ようやく前向きな気持ちになれたのである。
 女は口をぱっくり「耳元」まで開き、けたたましい哄笑を浴びせつけながら包丁を力いっぱい押し込んだ。青空は首を掻っ切られて、殺されようとしていた。
 そう、これが現実なのだ。
 負け犬の最期なのだ。


「そこまでよ」
 ぐいぐい掛かっていた乱暴な力が、消えた。
 聞き慣れた女の子の声を耳にし、青空は目を開ける。
 権藤つばめが女の襟首を掴み上げていたのだ。女は突然のことに目を丸くしており、声も出ない様子である。
「カテゴリー・デミヒューマン。下級Aの4。『口裂け女女カオル』」
 探偵が真犯人を突き止めるかのよう、淡々とこの女の正体を暴く。
「ご、権藤つばめ・・・・・・」
 つばめは青空に微笑みを投げかけ、飛び上がった。大量の砂埃を巻き上げ、真上へ突き進んでいく。
 いきなりのことにびっくりしたが、彼女の背中から流れる赤のビロードを目にして、全てを理解する。「フライハイユニット」だ。
 打ち上げられた花火のごとくつばめは上昇する。口裂け女を掴んだまま一つの点となり、夕焼け空の頂点を目指す。やがて速度が落ちたかと思えば、回転して頭を真下に向け、真っ直ぐ落下してきた。フリーフォールを思わせる一連の動きだ。
 その勢いを存分に活かし、地面に口裂け女を叩きつける!
 恐怖に歪む女の表情がはっきりうかがえた。敵はそのまま空き地の地面に激突し、とてつもない轟音が上がる。青空は濃厚な砂煙に巻き込まれ、たまらず両目を右腕でかばい、げほげほ咳き込んだ。砂によって左腕の傷が強く痛む。
 一方つばめは、落下で得たスピードを利用して再び上昇、そのまま宙返りをして勢いを殺し、ゆったり、ふんわりと青空の正面にて着地した。
「すごい・・・・・・」
 フライハイユニットを使った戦いを見て、青空は握りこぶしを震わせる。興奮だ。
「青空くん、大丈夫?」
 つばめは真っ先に青空のところにやってきて、彼の血に染まる左腕を取る。それから立ち上がり、いったんフライハイユニットの翼を消去して本体を地面に置き、豪快にブレザーを脱ぎ捨てる。
 そして彼は信じられないものを目にする。つばめが制服のブラウスを破り、青空の腕に巻きつけたのだ。
「お前!」
「何度も言ったじゃない。死なないでって!」
 その微笑を目にしたとき、彼の心がきゅんとときめく。昨晩の出来事も目に浮かんだ。
 ブラウスを破り裂いたため、細くて白いウェストとへそが露になった。非常事態であるにも関わらず、青空は「きれいなお腹だな」と思ってしまう。つばめはそのままフライハイユニットを背負おうとするが。
「あっ!」
 突如、つばめが崩れ落ちたのだ。ユニットが地面に落ちる。かかとを押さえている指の隙間から鮮血があふれ出ていた。足元に、真新しい血液の付着した包丁が落ちている。
 穴から這い出ていた口裂け女が、歯をぎりぎりかみ締めて底知れぬ憎悪を向けている。女は出刃包丁をつばめの足に向けて投げつけたのだ。不運にもつばめはかかとを負傷してしまい、立てない。
 予想外の事態になってしまった。つばめが急所を突かれて戦闘不能に陥った。このままでは自分もつばめも殺されてしまうだろう。青空は焦る。
「青空くん」
 脂汗を流しつつ、つばめがきいてくる。
「戦える?」
「・・・・・・」
「きき方を変えるね。戦う?」
 もう覚悟は出来ていた。
 もし青空がひかりを引き止めていたら、彼女は心も体も深く傷つかなかった。日ごろの訓練をこなしていたら、自分の手であの女からひかりを守ることができた。
 そう思うと彼は泣き出しそうなぐらいに後悔する。そして強く願う。「もう一度チャンスをください」。
 青空はしっかりつばめの目を見て、宣言した。
「戦う!」
 燻っていた彼の両目に、再び火が点った瞬間である。
「だから、俺にユニットを貸してくれ!」
「わかってるじゃない」
 つばめは嬉しそうにユニットを拾い、彼に手渡した。もう彼には自分のやるべきことがわかっていた。負傷したつばめの代わりに、青空が翼を背負って戦うのだ。
 急いでフライハイユニットを装備する。リュックサックのように背負うだけなので、装着はとても簡単だ。思っていたよりもずっと軽い。機材が背中に密着したとたん、いよいよ眠れる魂源力とのリンクが始まる。
 口裂け女をじろりと睨む。戦闘に出る緊張や恐怖より、あの憎たらしい敵を自分の手で倒したい気持ちのほうが強かった。。怒りで気持ちが昂ぶり、鼓動が早くなる。そしてついに、ユニットに内蔵されたアツィルトコンバーターが青空の魂源力と同期した。
 つばめは片足を引きずり、ひかりのところへ向かう。新たな力を手に入れた青空は、改めて憎き宿敵と向き合った。
 女はその辺に落ちていた木の棒を手に取り、奇声を上げながら突っ込んできた。殴られたらひとたまりもないだろう、かなり重たい棒を振り回して殴りかかってくる。それを確認した彼は、口裂け女の真横を狙って回り込もうとした。
 その瞬間、背中から真紅の翼が開かれた。彼は驚異的な速さでスライド移動を開始し、真横を行き過ぎて口裂け女の背後に回り込んでしまった。女はまだ棒を振り上げたところである。
 そのまま、青空は後ろから木の棒を掴んでしまう。一瞬で回り込まれてしまった口裂け女は、驚愕の表情で振り向く。本当にあっという間の出来事であった。
(この感じは・・・・・・あのゲームだ!)
 常人ではとうてい到達することのない圧倒的スピード感が、まさに青空の好きなロボット対戦ゲーム「ベルゼブブ・アーマーズ」と同じである。
 口裂け女は棒を取り返すと、もう一度青空に殴りかかってきた。しかし彼はまたも高速移動で左方向に回りこんでしまい、背中を取ってしまう。
 すぐさま、不安定な体勢になっていた口裂け女を蹴っ飛ばした。敵はえび反りになって吹っ飛んでいく。青空はそれを見てあんぐりしてしまう。
「何、この力!」
「フライハイユニットは動きを速める効果があるわ!」
 ひかりに応急処置を施していたつばめが、青空にそう叫ぶ。
 ユニットがもたらす高速移動効果は、飛行するための力を地上移動にも活用することで実現している。そのため青空の不器用なキックでも相手を吹き飛ばすことができた。
「でも気をつけて。ただ動きが早くなっただけだから!」
 完全に理性の吹き飛んだ口裂け女は、棒を縦横無尽に振り回して迫ってくる。確かに派手だった割には全然利いていないようだ。だがフライハイユニットを身につけた青空は、女の猛攻を素早い動きで連続回避できる。
 それは「ベルゼブブ・アーマーズ」と同じ感覚で動けるからという理由もある。だが、青空には反射神経や集中力があった。攻撃がかすりもしない女は、まずます頭に血が上り、獰猛な野犬のごとく吼えた。
 そして青空は、「フライハイユニット」抱える弱点にすぐに気づく。
(俺にできるのは回避だけか・・・・・・)
 大体読めた。自分やつばめはフライハイユニットを使うことそれ自体が異能となっているから、特別な攻撃手段は存在し得ないのだ。
「知恵を絞って! 倒すすべはあるから!」
 難しいなそりゃ、と悩む。これがあのロボットゲームだったら、装備であるビーム兵器でダメージを取れるのに。青空はベルゼブブ・アーマーズにおいて、離れた位置から直線的な光線をヒットさせるのが得意技であった。まるで矢を的に命中させるかのように。
(・・・・・・それだ!)
 青空は後ろに下がり口裂け女と距離を取る。フライハイユニットを使用しているだけあり、馬鹿みたいに高速な動きをして大きく離れることができた。
「つばめ、ひかりは『ゴム弓』を持ってるはずだ」
「ふぇ? あ、これ?」
 突然呼び捨てで呼ばれたつばめは、一瞬だけ目をぱちくりさせてから、ひかりの近くに落ちていたゴム弓を拾う。オレンジ色の大型ゴムは血に汚れておらず、綺麗なまま。
「それを俺にくれ!」
「わかった、はい!」
 飛んできたゴム弓を受ける。久しぶりに持つ、弓具の感触。
 思い切り胸を開いてゴムを伸ばし、長いこと弓を引くことを忘れてしまった全身の筋肉を覚醒させる。右手を離すと、硬いゴムはバシンと大きな音を立てた。
「おのれぇ!」
 口裂け女が棒を振り回して襲ってきた。青空はドンと赤い翼を背中に解き放ち、その場から一瞬で離脱する。
 その途中「何か」を拾い上げ、女を中心に大きな半円を描くよう回り込んだ。離れた位置にて口裂け女の背後を取る。またも青空の姿を見失った女は、慌てて索敵を始めていた。
 だから、久しぶりに「射」に集中するには十分すぎる間を得ることができた。
 青空は立ち止まると、両足を肩幅ほどに開き、腹筋の下半分に意識を集中させ、ちょっとやそっとじゃ微動することのないようどっしり構えて直立する。
(ひかりちゃん、本当にごめん)
 そう、ひかりのゴム弓を引きながら思う。
 いつまでも自分を気にかけてくれたいじらしい後輩。ひかりが青空に対して求めていたものを、ひかりが本当に見たかったものを、青空はこれから演じようとしていた。
 口裂け女は、自分の後頭部に集中している「殺意」を感じ取り、しまったとばかりに後ろを振り向いた。だが、もう遅い。
「捉えたッ!」
 気の充実を迎えた青空は、右手を離した。
 女は瞠目していた。なぜなら自分の使っていた「出刃包丁」が、ぐんぐんと、自分の顔面目掛けて飛んできたのだから――。
 そして「ゴツン」という嫌な音と共に、出刃包丁の刃先は口裂け女の額に激突したのである。


    エピローグ


 口裂け女を倒した青空とつばめは、病院のロビーにいた。
 ソファーに腰掛けてうつむいたまま、動こうとしない。ひかりをあのような目に遭わせたことを非常に悔やんでいた。
「飲みなよ」
 つばめがやってきて、温かい飲み物を渡してくれた。
 彼女はブレザーの上着を着ているが、恐らくブラウスは破れたままだろう。ブラウス代を出してあげないと、と青空は思っていた。
「治癒能力者がいてよかったね」
 静かな口調でつばめは言った。バトルの轟音で駆けつけた警官の中に、治癒能力者がいたのである。それによってつばめの足はすぐ完治し、青空の左腕も治してもらえた。
 でも、ひかりを回復させることはできなかった。警官が駆けつけたときには、すでに出血多量のため危ない状態だった。それでも治癒によって一命は取り留めたものの、未だに意識を取り戻していない。
 ラルヴァ「口裂け女」が連続通り魔事件を起こしていた犯人であった。ひかりはモバイル学生証の機能である防犯信号を動作させていた。そのため警官は迅速に動くことができ、下校のためたまたま近くを通りかかっていたつばめの学生証も、そのSOSを傍受できた。
 それに比べて青空はどうだったかというと・・・・・・。学校生活を熱心に過ごさなくなってから、彼のモバイル学生証は寮でずっと埃を被っていた。
 ひかりは青空に助けてもらいたかったに違いない。自分のことを、必ず追いかけてきてくれていると信じていたに違いない。
 だけど青空は学生証を携帯していなかったし、その上、街に出て行くひかりを止めることもしなかった。もしも彼が引き止めていたら、こんな悲劇に繋がることはなかった。それが今、青空の心に重く圧し掛かっている。
 同じ弓道部である双子の姉――河原のぞみは、話を聞かされて、たまらず青空の頬を叩いてしまった。
『何で止めなかったんですか、ばかぁ!』
『・・・・・・ごめん』
『先輩なんか嫌い! もう二度と部活に来ないで!』
 もう、自己嫌悪しか沸かない。
 自分のせいで、ひかりを不幸にさせてしまったのだから。
 あの子は力を持たない無力な一般人。そんな彼女を見殺しにしてしまったことが、本当に情けない。先輩として、異能者として最低だ。
「俺がもっとしっかりしていたら・・・・・・」
 つばめが青空の隣に座り、寄り添ってくれる。
「ちゃんと勉強して、訓練して、部活もやっていれば、ひかりちゃんはこうならずに済んだ。俺が腐っていたからいけないんだ」
 とうとう彼は前のめりになるよう上体を伏せてしまい、夜の病院に沈痛な泣き声を上げた。
「青空くん」
 つばめは彼の肩を抱き、静かに言う。
「もう一度ちゃんとして戦っていくなら、私たちはどれだけでも協力してあげる」
 青空は泣くのを止め、自分の手のひらを見た。
「フライハイユニット」なら、自分の得意とする戦い方ができる。
「スカイラインピジョン」でなら、こんな自分でも活躍することができる。
 そして、大切な人を守ってやることができるのだ。
 もう迷いはない。あのような辛い思いはもう二度としたくないし、大事な人に傷ついて欲しくはない。そのためにも強くならなくてはいけない。
「目が覚めた。俺も戦いたい」
 頷くつばめ。青空はソファーから立ち上がり、つばめの目を見ながらこう言った。
「スカイラインピジョンに入るよ」
「うん!」
 それは卑屈なおちこぼれの少年とは思えない、力強い眼差しであった。
 彼の決意を聞いたつばめも、安堵にも似た笑顔を見せる。
「勉強も訓練も今から頑張ればいい。青空くんが頑張るなら、私どれだけでも応援するからね!」
 青空は燃えていた。いつの日かひかりが目覚めたとき、堂々としたセンパイの姿を見せてあげられるよう、努力しなければならないのだ。
「よろしくな。その、『権藤さん』・・・・・・」
「ちょ、何それおっかしい! 私たち仲間なんだし、名前でいいんだよ?」
「ふん」
「『つばめ』がいいな、さっきみたいに。そのほうが――うれしいの」
「ああもう、うるさいな!」
 やけっぱちになって大声を出す。顔が燃え出しそうなぐらい熱いのを感じていた。
 ロビーがほの暗いのが幸いし、その真っ赤になった顔をつばめに見られなくて済んだ。それでも落ち着くことができなくて、青空は手に握っていた缶コーヒーを開ける。一気に喉に流し込む。
「うえっ。これ甘くない?」
「あれ? お砂糖入ってないほうが好み?」
「男はブラックに決まってんだろっ」
「そう。ふふ、覚えておくね」
 相手がつばめというだけで、彼はおかしな緊張を起こしてしまう。青空は気まずそうな表情のまま、早足で空き缶を捨てに行った。


 二年B組、中田青空。
 本日、異能者航空部隊の一つ『スカイラインピジョン』に入隊。
 つばめは青空が席を外している間、赤い二重線の引かれた彼の名前の横に、あらためて名前を書き記した。
 一字一句丁寧に、心を込めて、「中田青空」の四文字が記されたのであった。



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