【キャンパス・ライフ2+ 第1話「ショウ・マスト・ゴー・オン」】


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「にゃんにゃかにゃんにゃん」
 立浪みきは鼻歌交じりに校門を出た。
 地獄のような日から解放され、早くも一ヶ月が経とうとしていた。絶望に打ちひしがれていたあの頃では想像もつかなかった、充実していて楽しい学園生活をみきは送っている。
 担任である春奈の支えもあり、学業も戦闘も本調子を取り戻しつつある。まるで、三年前の夏前に戻ってきたかのような幻さえ目に浮かぶ。
『あはは。そりゃいいことだよ、みき!』
「そうですね、姉さ・・・・・・」
 そう、みきは立ち止まって、左を向いて言ってしまった。
 閉店のため、シャッターを下ろしていた店主と目が合ってしまう。彼はものすごく怪訝そうな顔をして、奇妙な独り言を呟やいた女子高生を見ている。
 シャッターが床面に衝突する乾いた音が、寂しく秋の夜の商店街に響いた。みきは少し涙ぐみながら、とぼとぼ歩き出した。
「秋の夜風はいじわるです」
 そう。何も、かつての幸せな日々が帰ってきたわけではないのである。


 やはり、立浪みかの存在は依然として大きかった。
 みきは今でも、登校するときに空になった部屋や、お風呂に入っているときの誰もいない脱衣所に、姉猫の気配を感じるという。ずっと一緒にいた姉妹がいなくなってしまった事実を、まだまだ感覚が受け入れていないのだろう。
 みかは三年前の事件の結果、「戦死」した。今年に「血塗れ仔猫事件」が醒徒会の手によって全面解決されてから、彼女は2016年の事件の際に「与田光一の手によって殺害された」と正式に認識された。
 与田光一が、立浪みかを殺した。
 彼が2016年に犯した殺人罪が、とうとう2019年の秋に問われることとなったのだ。数ヶ月前に起こした遠藤雅の拉致事件で、すでに醒徒会や風紀委員の監視下に置かれていた彼は、とうとう完全に浮かばれることはなくなったのだ。
 戦いは終わった。悲劇は幕を下ろした。
 それでも、もう二度と立浪みかの人懐っこい笑顔や、勇ましい戦いぶりは見られない。
「姉さん。あの与田光一が、殺人罪に問われることになりましたよ」
 そう、みきは左隣にずっと感じている、優しくて頼もしくて大きな影に呟いた。
「誰も、姉さんのことを悪く言うやつなんていなかった。悪いのはみんな、あの男だった」
 本日みきは醒徒会に呼ばれて、会長からじきじきにその報告を受けてきたのだ。
「私たちは何も悪くなかったんです・・・・・・」
 自分たちは、双葉学園にいてはいけない害悪だとさえ思っていた。
 双葉学園の生徒の全員が、私たちを敵視しているとさえ思い込んでいた。
 この素晴らしい報告を、本人の目の前でできたら本当によかっただろうに。みきはため息をつく。みかは学園を愛していた。生徒たちが大好きだった。彼らのために戦い続けてきたみかにとって、三年前のことは辛すぎる出来事であった。
「どうか安心して、これからも私やみくちゃ、そして学園のみんなのことを天国から守っていてくださいね・・・・・・」
 そうみきは姉猫の定位置だった、左のほうを向いてから言った。みかがみきの左を歩いていたのは、彼女が左利きだからである。学園前の商店街を離れたみきは、海沿いの道を一人で歩く。住宅の押し寄せた、島の外周道路を進んで下宿先に向かっていた。
 姉を亡くした今、彼女は人気のない夜道を一人ぼっちで歩いている。


「ツ・カ・マ・エ・・・・・・」
 そんなみきの右の側頭部に、男性の巨大な手のひらが当てられる。
「タぁー!」
 刹那、みきは左側のブロック塀に叩きつけられた。
 ズゴンと硬い壁に穴が開き、華奢な女子高生は強引に埋め込まれてしまう。隙だらけの相手にまるまる食らわせた改心の一撃に、男子生徒はへっへっへと気持ちよさそうに笑った。
 両足がすらっとしていてかなり長く、顔立ちの整った美青年だ。
「お前が三年前にでっけえ騒ぎ起こした血塗れ仔猫か。申し訳ないが、少し相手しやがれ」
 青年はわざとらしく声を張り上げて威圧すると、ワイシャツをその場で脱ぎ捨てる。
 学園指定のワイシャツだ。彼は双葉学園の生徒であった。
 何と男子学生の胸部に、太い鉄製の筒が露出していた。筒のようなものはぐるぐると回っている。何かが彼の体から、真っ直ぐ飛び出ている。
「これも仕事なんでなぁ、しゃあぁァツ!」
 彼は横に倒れているみきを目掛けて、躊躇なく胸部のバルカン砲を叩き込む!
 瓦礫が、地面が、ものすごく濃い砂煙を縦に吹き上げる。裏が表にめくりあがるかのように、吹っ飛んでいく。それでもこの男は弾幕を止めようとはしなかった。
 形あるものが粉々に散っていった。この男――『グリッサンド』の大好きな遊びだ。
「おいてめぇ。ほんとはこんな程度じゃ死なないんだろ? なぁ?」
 気が済んだか、ようやくグリスは攻撃の手を休めた。バルカン砲はモーター音を振動させながら、くるくる回転している。回転を保ちつつ、いったいその体の中にどうやって納まっていたのだろうか、それはなおも体内から出てきてどんどん全長が長くなっていった。
「それでも俺たちのような改造人間に勝てっこないんだよ。いいか、殺されたくなかったらおとなしく俺の言うことを聞くんだ」
 聞いてんのかよザコ、とグリスは足元の石ころを蹴っ飛ばして瓦礫の山にぶつけた。
「俺と一緒に来るんだ。ちょっとした研究材料になって、俺と同じような存在になるんだよ。楽しいぞ? きもちいぞ? 他人を圧倒する強さを手に入れるのは――」
 そこまで言ってグリスは、突如後ろを振り向き、腕を交差させる。
「そこまでだ!」
 何者かのかかとが背後に突っ込んできたのだ。それは反動で後ろに飛び、一回りをしてから着地する。グリスはそいつを嫌そうに睨みつけた。
「もう嗅ぎつけてきやがったのか!」
「その子を誰だと思っている。ラルヴァの血が流れている神聖な存在だぞ!」
 グリスに蹴りを入れたセミロングの女の子もまた、双葉学園のブレザーに身を包んでいた。そして、恐らく金属でできているのだろう、とても無骨な靴を履いている。彼女はかかとから「鎌」のような刃先を展開させると、こうグリスに言った。
「お前たち『オメガサークル』の手には渡さない。この子は私たちが保護させてもらう!」
「冗談じゃねぇぞカスが。こいつは人間とラルヴァの、両方の血を持っているんだ。こんな実験材料、放っておけねぇんだよ」
 グリスは銃口を彼女に向ける。しかし、彼女のほうがワンテンポ早く飛び上がっていた。
 彼女はバルカンの雨を回避して、そのままかかとの鎌でグリスに斬りつく!
「ちぃっ!」
 射撃を止めて守りに入らざるを得なかった。グリスが真横に飛んで回避すると、飛びついてきた彼女のかかとがアスファルトにドスンと刺さった。
「この『ストライカー・スカイラーク』の蹴りを見切るとは、さすがは厄介な改造人間だ」
「足技の殺し屋か。ったく、『聖痕』さんとこはロクでもねぇやつらを囲ってやがる!」
 グリスはバルカンを作動させた。横に、上に、軽やかな回避を見せているスカイラークに、容赦なく鉛のシャワーを浴びせてやる。
 戦況はしばらく五分五分を保っていた。スカイラークは左手の腕時計を見た。
 二分二十八秒経っていた。そろそろ住民が騒ぎを聞きつけてやってくるだろう。
 潮時か、と彼女はこぼす。くるぶしに装着されているツマミを回すと、黄緑色の鎌がいっそう大きくなり、毒々しい発光を見せた。
 一方、グリスもこめかみに血管を浮かび上がらせ、異能力の全てを、己に埋め込まれたバルカンに注ぎ込ませていた。
「もう甘くしねぇぞ! 周りの人間、巻き込んじまうぜッ!」
 と、グリスが全身の肌を赤茶色に染め、最大出力を展開させながら言う。
「多少の犠牲など我々は気にしない。目的のためであればッ!」
 と、スカイラークがこつんこつんとステップを踏み、縦に跳ねながらタイミングをうかがっている。
 ここで、静かだった東京湾の波がぴちゃりと跳ね、しぶきを上げた。
 その瞬間二人は闇夜に紛れ、本気の殺し合いを始めようとしたのであった。


 ところが、二人の間に割り込むかのように、青いラインがびゅんと走っていった。
 それは横からレーザーを射出されたかのような、ものすごい速さと輝きを伴っていた。
「み、みき様!」と、スカイラークが立ち止まって驚く。
「あ、あの弾幕を食らっておいて!」と、グリスも大きな声を出す。
 みきは頭から血を流していた。最初にグリスによって壁に叩きつけられたときの傷だ。
「いい加減にして」
 と、二人は聞こえたような気がした。
「いい加減にしてぇ!」
 ズゴンとみきは鞭の先っぽを道路に叩きつける。びりびりと鼓膜を揺さぶった衝撃音に、二人はたまらず耳を押さえてしまう。
 その剣幕にグリスもスカイラークも、みっともない気後れを見せた。戦闘は完全に中断された。
「何なのあなたたち? いきなり現れて、暴力振るって、戦いだして」
 そう、自らの象徴である猫耳を逆立てながら、みきは怒りに震える。
「しかも関係のない人たちを巻き込もうとして! 許せない! 私、そういうの、いちばんいちばんいちばん大ッ嫌いなのぉ!」
「ちっ! ぎゃーぎゃー喚くんじゃねぇ! うっせぇんだよ!」
 グリスはチャージしておいた力を、一気にバルカン砲に流し込んだ。そしてみきの方を向く。
 ほとばしる悪意はあたかも射精のごとく、みきに対してぶっ放された。
 しかしみきは鞭を使い、瞬く間に目の前で渦巻きを描いてみせた。鞭で作った壁が、グリスの放射を全てはじいてしまう。みきはバリアーを張って防御してみせたのだ。
「オメガサークル? スティグマ? ・・・・・・・そう、あなたたちはそのよくわからない帰属意識でもって、学園で無意味な戦いをしているのですね? 平気で人を傷つけるんですね?」
 みきの青い鞭に、びっしりと実弾の破片が食い込んでいる。コバルトブルーの美麗な輝きを認めたとたん、ストライカーは「マズイ」とこぼしたが、遅かった。
「あなたたちは『双葉学園』に巣食う癌細胞だよ! 何の意味もなく生徒たちや島の人たちを殺めようとする人たちなんて、私が絶対に許さないんだからぁ!」
 みきの鞭が一際太くなった。彼女はその場で思い切り回る。
 ミニスカートを翻す。長い尻尾が遠心力で伸びる。回った勢いで鞭をしならせたとたん、無数にこびりついていた銃の破片が離れて・・・・・・。
 グリスとスカイラークに、刺々しい破片の弾幕を浴びせてしまった。
 鞭がびゅんと伸びきった瞬間、二人はそれぞれ後ろに吹っ飛ばされていった。散弾銃のごとき攻撃を喰らってしまった両者は全身からおびただしい出血を起こして、道路上で苦しそうにもがき出した。
 二人が戦闘不能になったのを見届けたみきは、悲しそうな声でこう言った。
「薄々とわかっていました。まだ、私の贖罪の日々は終わっていないんだって」
 瓦礫の山から自分の鞄を引っ張り出し、ぱんぱんと砂を払う。
 ゆっくりと歩き出してから、最後、みきは倒れたままの二人にこう言った。
「それでも、私を『血塗れ仔猫』と呼ばないで」
 あふれ出てくる涙をぐっとこらえて、しっかりと言った。
「私を『ラルヴァ』と呼ばないで・・・・・・」


 傷だらけで帰ってきた姉猫を前に、立浪みくは「オネーチャン!」と絶叫し、半ば卒倒しかけた。すぐさま遠藤雅を呼び寄せ、傷ついたみきに治癒魔法が施された。
「聖痕? オメガサークル? 意味わかんない! お姉ちゃんに付きまとおうとする奴らなんて、私がみんなまとめてグーでぶっ飛ばしてやるわ!」
 と、末っ子は八重歯をちらつかせつつそう怒鳴った。
 みきは雅によって回復したあと、一人、早めの就寝に就いた。


「・・・・・・姉さん。まだまだ、私たちの悪夢は終わっていないようなんです」
 と、みきは暗闇に向かって言った。
「あの事件をきっかけにして、何かが動いている。何かがまだ終わらずに動いている。そんな気が私にはするんです」
 と、みきは誰も使うことのないベッドに向かってそう言った。
「けれど、姉さん」
 みきは毛布をぎゅっと握った。
 ぼろぼろと涙は溢れてくるが、彼女は笑っていた。無理やり笑顔を作っていた。そんな痛々しい彼女の表情は、愛する姉猫に見えていることだろうか?
「私は生きるよ。ちゃんと戦っていくよ。もう二度と、現実から逃げ出したりしないよ」
 与田光一の起こした事件。また、自らが血塗れ仔猫となって起こした、取り返しのつかない過去の出来事。
 物事はまだまだ終わっていない。全て片付いてなんていやしない。三年前をきっかけにして始まったことは、立浪みきの知らないところでたくさんあったのだ。それは彼女の把握しきれないぐらいに。
「だから・・・・・・見ていてくださいね、姉さん・・・・・・」
 最後、力尽きるようにしてみきは眠りについたのであった。


 血塗れた宿命のショウはまだまだ続くのだ――。




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