【金色蜘蛛と逢魔の空 2 】


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5 裏切りと罠

 気がつけば、すでに授業は終わっていた。
 だけど、午後の授業を受けたわけではない。
 転校初日から授業をさぼり、私はあてどなく歩いて、そして校舎裏の庭にいた。
 そこから学園都市を見下ろす。

 間違っていたのは、私だ。
 私は、たぶん。大切な人を作ったらいけないんだろう。
 考えてみれば簡単なことだ。
 大切な人が馬鹿にされると怒り狂うなら、そういう人がいなければいい。
 そうすれば、誰も彼もが平和でいられる。
 そうすればいい、最初からそうすればよかったのに……

「でも……っ」

 でも嫌だ。
 私は、そんなふうに賢く立ち回れるほど大人じゃない。
 そんなふうに割り切れない。達観してない。ただの子供だ。無力なただの馬鹿だ。

「そんなの……さびしぃ、よぅっ……」

 涙が零れ落ちる。後から後から。
 まただ、また壊した。自分から。注意していたのに。なのに。
 なのに……っ

「へぇ、そんなに寂しいなら俺らが遊んでやるよ」

 複数の足音が、じゃり、と耳に入る。
 顔をあげると、そこにはいかにも不良といった感じの連中が立っていた。

「なによ、あんたら」
「何よじゃねぇよ。姉さんを痛めつけてくれたそうじゃねぇか」

 ……ああ、その口調からして、いわゆる報復という事か。
 それも仕方ないだろう。
 私は報復されて当然の事をしてきたわけだし。

「犯した後で顔面ボコボコにしてやる」
「いやもったいないだろそれ」
「だな」

 言いながら、男達は近づいてくる。
 これが私の罰か……

 ん?
 なんか、男達の中に、知ってる顔があったような。
 ……ていうか、あいつだ。逢馬空。
 なにしれっと混ざってるんだ、あいつは。影が薄いからか。

 そして平然とそいつは男達の群れからするりと出てきて、

「行くよ」

 そう私の手を取って、駆け出した。

「……なんだてめぇ! 何処から出やがった!」

 男達が叫ぶ。
 いや、つい今しがたまであんたの前にいたよ、この影の薄い空気男は。

「追いかけろ!!」

 そして男達が駆け出して、

「ぎゃっ!?」

 いきなり、落とし穴に落ちた。

「引っかかったようだな」

 ……これはあんたの仕業か。そうなのか。
 気づかれずにそんなもの仕掛けるなんて、どれだけ影が薄いんだろうこの男は。
 ともあれ、私はソラに手を引かれてこの場を脱出した。






「はあ、はあ……」

 私は肩で息をする。ちょっと走りすぎた。
 あの手の連中がしつこいと言っても、旧校舎まで逃げてくることは無いだろうとは思う。

「もう彼らはこないようだな」

 さすがは男の子というべきか、ソラは対して疲れていないように見える。
 というか汗一つかいてない。
 実はかなりスポーツマンとか何か?

「しかし間に合ってよかった。ここなら誰も来ない」

 ソラが振り向く。
 窓の外の夕日に照らされて、その顔が影になっていて、よく見えない。
 だから、妙な胸騒ぎがした。

 恐い。

 私の心の奥底で、何かが蠢動し、恐怖に震える。
 そんなのは気のせいだ、錯覚だ。
 だって彼は、私を助けてくれたじゃないか、さっき。

「彼らに……先に手を出されると、美味しく食べられないからね」

 そう言って。
 気がつけば彼は私の眼前にいて、私を見下ろして。
 そして、私の体を押し倒した。

「……あ」

 そんな気の抜けた声しか出ない。

 ……なんだ、そうか。そういうことだったのか。
 結局……やっばり私には、もう何も残っていなかった。
 私は犯されるのか。
 でも……もうどうでもいいや。
 最後に信じた人にも裏切られた。でも、怒りも悲しみも感じられない。
 もう、どうだっていい。



 そう思っていた。
 その言葉を聴くまでは。


「君のこれを動画に撮って、それで秋村を呼び出して一緒に犯る……というのも、いいね」


 平然と。
 乾いた空気のように感慨もなく口にしたその言葉に――
 私の中で再び炎をともした。

 ふざけるな。

 今何と言った? あの子を呼び出して、一緒に……
 黙れ。
 黙れ、このクソヤロウが!
 殺してやる。潰してやる。どうせもう私の居場所なんてないんだ。
 だったら、彼女に手を出す奴らすべてを殺してやるぁ!!

 そして、その破壊衝動が再び発露する。
 手が熱くなる。
 その熱を、私はソラにぶつけようと、手を動かし……


 金色の蜘蛛の巣によって、その腕は絡め取られた。

「な……!?」

「なるほど、「自分の危機」では駄目で、引金は……やはりこっちか」

 ソラが私の体から離れる。
 気がつけば私の体は金の蜘蛛の巣によって拘束されている。動かない。
 この炎でも、この黄金は焼き切れない。溶かせない。
 私は歯を剥き出しにして唸り、叫ぶ。破壊衝動を、殺意を!
 殺してやる!
 邪魔だ、この糸が邪魔だ!
 だがこの拘束は解かれない。


「彼女自身の言ったとおり、大切な物を侵される事で……そいつは出てくる」
『ということは、アイツだな、兄弟』

 ソラとは別の声が響く。
 何処からだ?
 此処には誰もいないはず、私と彼以外は誰にも。

 ……いや、違う。
 蠢いている。彼の肌の上に。
 あれは……朝のあれは見間違いじゃなかった?
 肌の上を這いずり回る、黒い……蜘蛛のタトゥー。
 いや、それは影だ。タトゥーと見間違えた、蠢く影。蜘蛛の影だ。
 それが這い出てくる。
 二次元から三次元へ。
 質量を得て、影絵が金色の蜘蛛へと。

 ああ、これがコンジキグモ。
 出会った者は生きては戻れない。
 隷属か、或いは死か。
 そんな怪物が――実は身近に潜んでいたなんて、まったく三流ホラーにもほどがある。

 そして。

 その怪物が、コンジキグモが……その脚を伸ばし、

 私の体を――貫いた。








6 黄金蜘蛛

 影から飛び出る黄金の脚。
 それは私の体を貫く。
 ああ、死んだな私。でもこれでよかったんだ。
 身を灼く怒りも憎しみも破壊衝動も、嘘のように引いていく。私は私を取り戻す。
 そして、次の瞬間に来るであろう死を、意識の途絶をむしろ待ち遠しく感じて――

 ……。
 …………。
 あれ?
 私はまだ生きている?
 そういえば……
 胸を見下ろす。
 確かにその黄金の脚は、私の胸を貫いている。
 だが、ただそれだけだ。
 血も出ていないし、痛みもない。
 考えてみたらそれはそうだ。
 影に刺されたところで、死ぬわけがない。
 むしろ異常は、私の背後。
 そこから、熱を感じる。とても嫌な感じの熱さ。そう、ついさっきまで私の胸の奥で燃えていたかのような……

「!」

 私は、なんとか動く首だけで後ろを見て……そして驚愕する。
 そこには、半透明の、まるで幻影のような、巨大な悪意がカタチをもって存在していた。

 巨大な鴉の頭部を持った、全身がいびつにねじれた、醜悪な天使――といえばいいの?
 いや、鳥の翼を持つから天使、ではない。あれは堕天使。
 ――悪魔、だ。
 私はそう直感する。そしてそれは、そう……私の体から出ていた。
 正しくは、私の体を貫く黄金蜘蛛の脚によって、私の体から引きずり出されていた。

「やっと出たな」

 ソラがその悪魔を見据えて言う。

「たいしたものだ。大切な者のための怒りによって現れる。
 実に皮肉が利いている。
 それで暴れて人を傷つければ、守ろうとしたものに傷をつける。
 そして不和と不信を引き起こし、人間関係を破壊する。
 ――曰く、不和の公爵アンドラス」

『貴様……!』

 私の背後で悪魔……アンドラスが吼える。

「悪いが、それは僕の友達だ。出て行ってもらう」
『この俺を、人間から引き剥がせるだと……!? 貴様ら、何者だ!』

 そのアンドラスの叫びに、ソラと蜘蛛はおびえたふうもなく応える。

「ただのどこにでもいる悪魔(ラルヴァ)と魔術師(いのうしゃ)だよ。一心同体、いや二心同魂の、かな」
『ただし、二人三脚のな』
「脚が多すぎるけどね。二人……九脚?」
『ダセぇだろソレ!』
「事実をありのままにいっただけだよ」
『脚色を許さぬ人の世の無常さに絶望した! 夢も希望もありゃしねぇ!』

 なんなんだろう。
 緊迫した事態。ありえぬ異常において、ソラと……ソラの影から這い出てきた蜘蛛は、それが日常であるかのように、くだらないかけあいをしてい

る。
 そしてそれは、とてつもなく異常で……頼もしかった。
 そしてソラが、私の背後の悪魔に向き直る。

「いい夕方だ。逢魔ヶ刻に相応しい、金色の夕闇。
 そして此処は僕の巣だ。お前に逃れるすべは無い。
 さあ、支配を始めようか」

 ソラの足元の影が躍るように動く。
 その色が黒から変わっていく。

「まずは、お前をそこから練成する(ひきずりだす)」

 あれは……
 黄金の――影――!?


「我は汝、精霊アンドラスを呼び起こさん。
 至高なる神の力を得て、我は汝に強く命じる、
 我は汝を召喚する、汝を呼び出す呪文によって」

 ソラが歌うように呪文を唱える。

「そして全能なる神の力を得て、我は汝に強く命じる、
 語り、それを果たした、全ての創造物を従わせる彼によって。
 アドニー・エール・エロヒーム・エーヘイエー・アーシャアー・エーヘイエー・ツァバォト・エルオーン・テトラグラマトン・シャダイ。
 最も崇高な主なる神 の名によって、
 我は汝を召喚し、そして汝に力強く命じる」

 その言葉に呼応するかのように、背後のアンドラスが身をよじる。
 その苦痛が私にも伝わる。
 だが、私は声を上げない。我慢する。
 私にはわかる。これが――ソラが、彼が何をしようとしているのかを。

「我は汝に強く命じる、
 その名を耳にした四大元素は打ち倒され、
 大気は震わされ、海は引き戻り、火は静められ、大地は揺れ動き、
 そして全ての天界、地上、地獄の万軍は共に恐怖に脅え、
 さらに苦しみ、混乱に陥る」

 その苦痛が消えていく。
 だがそれは、アンドラスへの苦痛が治まっているわけではない。
 私と、この悪魔との繋がりが小さくなっている――
 つまり、引き剥がされているのだ。

「それ故に汝よ、来たれ、おお、悪魔アンドラスよ。
 直ちに、遅れる事なく、世界のあらゆる場所より、汝が何処にいようとも、
 そして我が汝に求めるあらゆる事に対し、合理的な答えを示せ」

 そして、ソラの呪文が完成する。

「汝よ、来たれ。
 直ちに、そして遅れる事なく、我が望む通りに」

 その最後の言葉と同時に、私と悪魔の繋がりは完全に断たれ、そして――

 悪魔アンドラスが、実体化した。 
 いや、させられた。


「!?」

 急に視界が動く。というか、私の体が。
 体に巻きついた金色の糸が数本を残して千切れ、そして残った糸が私の体を教室の隅へと運ぶ。
 そして叩きつけられる。かなり痛い。

「痛っ! ちょ、もっと丁寧に……っ」
『悪いな小娘。我慢しろや』

 私の抗議に答えたのは、蜘蛛の方だった。

「ゴルト。今はもう彼女にかまっている暇は無い」
『わぁってるよ兄弟。余裕持てっての、王の貫禄ってヤツをよ』
「僕は王じゃない」
『今は、な』

 そう話している間に、実体化させられたアンドラスは床を踏みしめ、そしてソラを睨む。

『流石はソロモンの喚起呪文を乗せた黄金練成。完璧に実体化したな。
 ……来るぜ兄弟!』
『ぐぉあああああっ!!』

 アンドラスが剣を振りかぶり、そして叩きつける。
 そしてソラの体が切り裂かれ、燃え上がる。
 だが――

『おーおー、さすがは猪突猛進、破壊衝動の権化。単純すぎるぜ』

 蜘蛛――ゴルトが笑う。
 ソラは、糸をまるでターザンのロープのように伝い、反対側に移動していた。
 そして切り裂かれたそれは、糸で編まれた偽者だった。

『だがこのままじゃ埒あかねぇ。行くぜ兄弟!』
「ああ、行こう、ゴルトシュピーネ」

 そして、ソラは呪文を唱える。
 先ほどのものとはまた違う呪文。
 それに従い、足元の影が黄金色に輝き、そして円を描く。
 あれは――おそらく、魔法陣という奴だろう。



 我告げる、汝を統治せん(OL SONUF VALOSAGAI GOHU)

 原始混沌のドラゴン・イーグルが(VOUINA VABZIR DE TEHOM QUADMONAH )

 我は原初のアエティールに住まう、最初にして至高の存在なり(ZIR ILE IADIA DAYES PRAF ELILA)

 我は地上の恐怖なり、死の角なり(ZIRDO KIAFI CAOSAGO MOSPELEH TELOCH)

 地上に生命の炎を噴き出さん(PANPIRA MALPIRGAY CAOSAGI)

 ザザース・ザザース・ナサタナータ・ザザース(ZAZAS ZAZAS NASATANATA ZAZAS)



 そして呪文と共に、黄金蜘蛛の体が変貌する。
 それは……鎧だ。
 黄金に輝く、蜘蛛の意匠を凝らした、荘厳な鎧。

「――憑依召喚」
『――黄金練成!』

 そして、力ある言葉が紡がれる。

 そこに立つのは、黄金の鎧に身を固めた戦士。

 そしてアンドラスは、畏怖を込めてその姿を呼ぶ。

『馬鹿な……バアルの鎧……暴君(デュラン)……!?
 有り得んッ! 人間ごときが、魔術師風情が、バアルの鎧を召喚し、纏うだとッ!?』

『現に有り得てんだよ、てめぇの目の前で。
 それにこいつはただの人間じやねぇ、オレとひとつの魂を共有してる。
 だから、この鎧を纏える』
『なん……だと!? まさか、まさか貴様はッ!?』
『そう。オレはバアル……まあ、その一欠片にすぎねぇがな』
『い、いや、ならば逆に……なおさら有り得んッ!
 欠片風情が、残りカス程度が、バアルの鎧を……ッ!』
『あーいちいちうるせぇなバカヤロウ!
 てめぇも爵位持ちの悪魔ならベラベラと雑魚っぽくペラ倒してんじゃねぇ!
 お里が知れんだよこのタコ!
 いいからかかってきやがれ!』

 その挑発に、アンドラスは怒りの炎をあげる。

『殺す! その鍍金(メッキ)ごとオレの炎で叩き潰してくれるわぁあああ!!』

 床板を踏み砕き突進し、そして炎に包まれた剣が振り下ろされる。

 だが――

『学習能力ねェぜ、てめェ』

 その剣はすんでのところで止まっている。
 届かない。

 黄金の糸により、阻まれて――あと一歩、届かなかった。

 そして絡め取られているのは、剣だけではない。
 黄金の影が、蜘蛛の巣を象った魔法陣のように宙に展開し、アンドラスの全身を拘束している。

「言ったはずだ。此処は僕の巣だ。お前に逃れるすべは無い――と」

 黄金が、身を屈める。
 拳が握られる。
 その全身に力が漲るのがわかる。
 纏う黄金の影が、火花を散らし、金色の電撃へと変じていく。

『貴様ァアアアアアアアアアアアアアア!!』

 アンドラスが絶叫する。だがそれでも、黄金の拘束は解かれない。
 そして、黄金蜘蛛――デュランが、宣言した。

『決を下す。貴様は隷属に値しねぇ』
「故に僕らはこう言おう」
『地獄へ還りな――!』



    Abreq Ad Habra
「“汝が稲妻を死まで送り込め”」




 拳が放たれる。
 電撃を纏ったそれは、アンドラスの身体を撃ち貫く。
 その一撃が致命傷なのは、容易に見て取れた。

 黄金の蜘蛛の巣が砕け散り、金の欠片が夕日に照らされて幻想的に舞う。
 その中で、悪魔アンドラスは、崩れ落ちた。






『ガ……ァ……!』

 アンドラスの身体はボロボロで、残されているのは上半身のみだった。
 それもすぐに崩れていく。
 その中で、アンドラスは黄金を見上げる。

『クソが……有り得ねぇ、何モンだてめぇ……』

 その言葉に、アンドラスの前に立つ彼らは、威容のままに言った。

『コイツは、いずれ王となる。ラルヴァを統べる王だ』

 ……!?
 それは常軌を逸した答えだった。
 ……だがまあそれでも、この一連の戦いを見たなら、不思議と私には納得できた。
 あまりにも平然と言われたので、そのまますんなりと。
 いやまあでもソレ以前に、あんた人間でしょうが。 

『馬鹿な、貴様正気か――!?』

 アンドラスも瞠目して叫ぶ。
 いや、確かに気持ちはわかるよ。

『小娘一人を破滅させて喜ぶ小者にはわかんねぇよ。
 てめぇらは知らねぇ、人間の可能性(おそろしさ)ってヤツを。
 ああ、悪魔(おれたち)にはわからねぇ理解できねぇありえねぇ!
 自ら変われる、その強さと恐ろしさ!
 オレはな、なによりも近くでそれを見届けてぇのさ』
「僕はずっと拒否し続けているんだが」
『イヤよイヤよも好きのうち、ってなァ! 諦めろ兄弟』
「既に説得は不可能と諦めた。
 一心同体、いや二心同魂なのに相互理解のこのむずかしさ、恐れ入るよ」

 鎧の中で肩をすくめるソラ。
 まるで一人二役で寸劇をやっているように緊張感が無い。
 そしてそれが、アンドラスには一層空恐ろしく感じられたのだろう。
 もはやさの顔にも声にも、怒りや憎しみの響きはなく、ただただ恐怖と困惑のみがあった。
 崩れ落ち消滅していく中、最後にアンドラスは訴える。

『狂ってる――貴様、貴様ら、何なんだ!?』

『言っただろう。オレ達は――』
「ただの、怪物と人間さ」





7 第一歩

 かくして、事件は終わった。
 色々と言いたいことは山のようにある。
 まさか、あの空気男が、都市伝説のコンジキグモの正体だったとか、まあ色々とあるけれど。
 転校初日でなんとまあ、とても濃い一日だった。
 何よこれ。

 そして私の隣で平然と歩くコイツ。
 あんな異常かつ非日常な光景を私の前で、よくも平然としていられるものだ。
 何か言ってやろうと思ったその時、 

「困ったな。うまく言葉に出来ない」

 足を止めて、そう言った。

「? 何がよ」
「謝罪の言葉だよ。色々と考えていた、どうすればいいかと。
 結論として……無理だ。だからシンプルにこう言おう」

 彼は、私に向き返る。

「ごめんなさい」

 その顔は、相変わらずの空気のような、淡々としたものだったが……
 それでもどこか、違って見えた。

「アンドラスを実体化可能なレベルに引き出すために、君の異常を発露させる必要があった。
 そして君の怒りを引き出すにはあれが最適だと判断した。
 それは謝っても許されることじゃない。
 僕は僕たちの目的の為に君を利用し傷つけた、それは変えられない事実だ。
 故に、君の気の済むまで殴ってくれていい」

 ……えーと。
 それはつまり、あの時、私を押し倒したときの事か。
 やばい、その後の光景のインパクトがビッグバン級だったので、すっかり忘れてた。
 ……そして、殴れと?
 そんなことをずっと考えていたのか、この男は。

 ああ、やっぱりバカよね、こいつ。底抜けの。

「……ねぇ、あんた魔術師なのよね」
「そうだけど」
「こういう場合、記憶消したりとかするのがセオリーなんじゃない?」

 変身ヒーローの正体を知られると記憶を消すとかはお約束だ。
 特に、言を信じるならさらに魔術師であるわけだし。さらには都市伝説の怪物だし。

「……その発想はなかったな」
「ないんかいっ!」
「というか、記憶を消すとかひどいと思うよ。物騒だ。
 まあ君なら人の頭を記憶が飛ぶまで殴り倒しそうだけど」
「あんたね、私のイメージどんなのよっ!?」
「転校早々、僕をホームランさせるような女の子」

 ああ、やっばりこいつ大バカでさらにはアホで唐変木だ。
 すごい実感した。
 ……殴るか。

「じゃあいくけど。届かないわよ。しゃがみなさい」
「わかった」

 ソラは黙って、私と同じぐらいに身を屈める。

「でかいの行くから歯ぁ食いしばって目ぇとじろ」
「了解した」

 黙って従うソラ。
 さあどうしてくれよう。
 そして私は……両手で軽く、ソラの頬をぱちん、と叩いた。
 それで、おしまい。といっても、両手はこいつの顔面を掴んだままだが。

「……あまり痛くない。これでは君の気持ちが晴れないんじゃ」
「晴れたわよ。これで勘弁してあげる」

 そもそもそんなに怒っていない。助けようとしてくれた事は事実だし、ああしないとあのラルヴァは私の中から出てこなかった。
 というかそもそもあんたが言い出すまで忘れてたっつーの。

「君がそう言うのなら、それでいいけど」
「いいのよ」

 そして私は手を離し、歩き出す。
 ……色々と終わってみて、改めて考えたら、やっぱり少し気は沈む。
 確かに、私の異常の原因である、私に取り憑いていた悪魔は倒された。
 だけど、私が行ったあの事実は消えない。
 もう、クラスに、この学園に私の居場所は無いだろう。
 だから私は……

「考え事しているところ悪いけど」

 ソラが私に声をかけ、思考を中断させる。
 だから空気を……いや、もういいか。諦めた。

「何?」

 そう返事する私に、彼は笑顔で言った。

「迎え、来てるようだね」

「え……?」

 私は、それを見る。
 そこには……


「あ、いたいた」

 先ほどの不良軍団が地面に倒れてて。
 結構傷だらけの、クラスメートたちがいた。


「遅せぇよ逢馬。何処まで逃げてたんだ、もう日ぃ暮れて暗いだろ」
「うん、旧校舎のあたりまで」
「逃げすぎだてめぇ」
「反省するよ」

 ソラが男子たちと話す。
 ええと、これってつまり。
 助けに来てくれたのは、ソラだけじゃなくて?
 みんな……みんな、こんな私を……

「よかったよ、無事で!」

 有紀が駆け寄ってきて、抱きついてくる。

「え、と、秋村さん……? ちょ、苦しいってば……」

 本当に苦しい。
 抱きつかれたことだけじゃなくて、それ以上に……胸が、苦しい。

 私は、何を勝手に……

「とりあえず、解散かな、終わったし」

 ソラが言う。

 いやだから。
 せめて本当に、空気読んでってば。

 いやもう、まあこれがコイツらなんだろうけれど。
 うん……やっぱり、慣れるのにはまだ時間がかかりそうかな。

 でも。

 だけど……

「うん、じゃあこれからファミレス行かない?」

 そんなの、待っていられない。
 自分から歩み寄ろう。やってやろうじゃない。
 怯えておもねって、いい子ぶるのはやめる。
 あの悪魔がいなくなっても、やっばり怒りっぽい私はそのままのはずなんだし。
 それでも、自分を恐がらずに。
 私は、この学園で、このクラスで、精一杯楽しんでやる。

「いいね、行こうよ」
「あー賛成。運動した後腹減るし」
「つかテーブル開いてるかな」
「じゃあ別のところとか?」
「行きながら決めようぜ」

 みんな口々に乗ってくれる。

「うん、じゃあ行こうか」

 そして私は歩き出す。
 この双葉学園都市での生活の、第一歩を。





 了






■登場キャラクター

  • 逢馬 空(おうま うつお)/ソラ
 本編の主人公。旧校舎に住む逢魔ヶ刻の魔術師。
 透明な存在。淡々としてどこか抜けている。天然。透明な空気のような少年。
 本名はウツオだが欝男と誤解されるのでみんなはソラと呼んでいる。
 幼い頃に事故で瀕死になり、姉によってゴルトの魂を得て命を取り留める。
 以後ゴルトと二心同魂になる。
 趣味は食事。作るのも食べるのも好き。
 その異能の力は「影使い」で、影を操り実体化させる魔術系異能。
 ソラの魂源力を込められた物質化された影は、黄金色の輝きを宿す。
 それゆえに「黄金練成」とも言われる。
 また、カテゴリーエレメントのラルヴァを影を通じて実体化させる事も出来る。
 その魔術の発動キーワードは、
“汝が言のままに創造せん”(ABRACADABRA)
“汝が言葉のままに退去せよ(ABHADDA KEDHABHRA)”
 魔術名は逢魔ヶ刻の黄金蜘蛛(Abenddammerung GoldSpinne)(アーベントデメルング=ゴルトシュピーネ)


  • ゴルトシュピーネ/ゴルト
 ソラと魂を共有する二心同魂の蜘蛛のラルヴァ。自称、悪魔の王バアルの砕かれた一欠片。
 ソラを「兄弟」と呼び仲がいい。ソラの魔術の師匠とも言える。
 悪魔は変わらない。悪魔とは現象でしかないから。
 故に故に自ら変わり成長できる人間を、憧憬と嫉妬の混ざった感情で愛している。
 ソラと魂を同一化しており、彼の影使いの異能によって実体化している存在。
 普段は刺青のようにソラの体に張り付いているか、ソラの影に潜んでいる。
 その目的は、多くのラルヴァを斃し、支配し、ソラをラルヴァの王とする事。



  • “迅雷の黄金帝(ブリッツカイゼル)”デュラン
 ソラが影使いの異能により、ゴルトシュピーネを鎧として黄金練成し身に纏った姿。
 必殺技は影を雷へと練成して叩きつける、“汝が稲妻を死まで送り込め(ABREQ AD HABRA)”
 デュランとはドイツ語で「暴君」を意味する。
 双葉学園では都市伝説的な存在として語られている。
 それは旧校舎、或いは建築途中の校舎に巣食う黄金の蜘蛛。
 その蜘蛛に出会ったものは、二つに一つ。隷属か、それとも死か。



  • 浅羽鍔姫(あさば つばき)
 転校生。怒りっぽい女の子。
 家は旧家の金持ちだが、傷害事件を起して半ば勘当。母方の姓を名乗る。旧姓、鬼媛。
 過去に障害事件を起し逃げるように転校してきた。
 大切なものを馬鹿にされると我を忘れ破壊衝動に支配され、そして炎の力を発現する。
 実はそれは彼女に取り付いたラルヴァ、悪魔アンドラスの仕業であり、彼女自身は異能者ではない。


  • 秋森有紀
 二年E組の委員長。
 誰にでも優しく接し、明るいので人気者。
 空いわく、“遠慮がなく他人の領域に入り込んでくる”タイプ。






【名称】   :“不和侯爵”アンドラス
【カテゴリー】:エレメント
【ランク】  :中級S-3
【初出作品】 :金色蜘蛛と逢魔の空
【他登場作品】:-
【備考】   :30軍団の悪霊を預かる公爵。
        その姿は大鴉の頭を持った天使。
        手には炎の剣を持つ。
        性格は非常に破壊的かつ凶暴。
        不和の扇動者と言われ、
        不和侯爵の名の通りに不和を引き起こす。
        能力は不和の火種を撒き散らす。
        彼が内に秘める無限の破壊衝動は
        容易く人々の精神を捕らえ、
        すぐさま同化への道を辿る。
        そしてそれは召喚者とて例外ではない。



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