【X-link 2話 part2】


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Xーlink 2話 【Kiiller Queen(s)】part2


土曜日の朝7時。音羽《おとわ》繋《つなぐ》は双葉学園の校門前に立っていた。
 彼女の服装は長袖のTシャツにジーパン、それにトレッキングブーツを穿き、背中にはリュックサックを背負っていた。何故彼女がこのような服装をしているかといえば、それは彼女が今日、登山をすることになっているからである。


 きっかけは2日前の放課後の事だった。
 例によって騒ぎを起こした天地《あまち》奏《かなで》に『真空地獄車(繋のファンBが命名)』を炸裂させて沈黙させた時である。
「あの、音羽さん、天地さん、これからお時間よろしいでしょうか? 」
 繋に話しかけて来たのは醒徒会副会長の水分理緒である。それで彼女は要件を察した。
「ああ、醒徒会室に呼び出し? いいけど、準備するからちょっと待っててね」
「はい。それにしても音羽さん、対応が慣れたというかなんというか………」
「まあ、もう何度か行ってるからね」
 そう言いながら、繋はてきぱきと自分の荷物をまとめ、奏をコンパクトに畳むと、紐で縛った。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
 繋は荷物を持って奏についた紐を引きづりながらさっさと歩き始めた。
 もはやそこに醒徒会棟の前に立つだけで緊張していた音羽繋の姿はなかった。人間環境に適応していくものか、それとも繋は元来図太い所が有るのかと理緒は考えながら後を追った。
 すると繋が降りている筈の階段からガツンガツンという断続的な音、それと声がする。

「ハハハハハ! いい目覚めだな。おはよう、お嬢ちゃん。て、俺はなんで縛られてるんだ? とっとと解いて………て痛い!階段を降りる度に俺の高貴な頭が、灰色の脳細胞が痛むじゃないか! だから痛いって!主役の第一声がこれじゃしまらない………あれ、お嬢ちゃん今日は水色の縞か。高校生らしくていい………」
 そこまで声がしたところでドガッ!! というひと際大きい打撃音がして、声が止んだ。理緒は溜息を付くより他にない。

 水分理緒、そして音羽繋と天地奏の3人が醒徒会室に到着したのはそれから10分後の事だった。
「音羽君に、天地君、よく来たのだ。………天地君、その頭は………? いや、いい、大体わかった」
 憤慨した様子の繋と頭を抱える奏を見て、何かを理解した醒徒会長・藤御門御鈴は咳払いを一つつくと、話を切り出した。
「うん、今日呼び出したのは他でもない。天地君の事についてだ」
「俺の?」
「ああ、喜多川博夢教授は知っているか? 」
「知らん」奏は一言で切って捨てた。もちろん記憶喪失の彼が知っているわけもない。
「私は知ってますよ。有名人ですよね、『バースナイン』の喜多川博夢って。あの天才少女が双葉に来るって時はえらい騒ぎに………」
「うむ、その喜多川博夢だ。彼女が天地君に興味を持ったらしい」
「俺に?なんで?」
「それを言う必要があるのか?天地奏」黙って話を聞いていたエヌRルールが冷たく言い放つ。
「ああ、そうだよな。俺の顔と演奏の才能に興味を持ったってことか。確かにわざわざ言う必要はないな。ハハハハハ!いやこの天才とした事が」
 何故か照れたように頭を掻き始める奏に周囲は彼が如何に『馬鹿』であるかを改めて思い出し一様に俯く。
「そうじゃないだろう。君のあの力、『アールイクス』についてだ」
 めげずにルールは話を進める。彼でなくてはこうはいかないだろう、頑張れ人造人間、と繋は心の中でエールを送った。
「ああそう。で、なんなの? この天才に何の用だって? 」露骨に興味を無くしたという態度で奏が答えた。
「君を調べたいという事らしい。もちろん、醒徒会として許可を出したから君に拒否権はない」
「はあ?人の意見も聞かずにそんな事を……」
「でもね天地さん。喜多川先生はあなたの身元引受人になった上にあなたの学費も全額出してくれるそうなんですよ。悪い条件じゃないと思いますけど……」
「うわ、太っ腹……」繋は思わず声を上げる。
「喜多川博夢は『このくらいの出費なら安いものだ』とか事もなげに言ってたぜ。まあ、奴が特許やらで得る収入を考えれば本当に安いんだろうがな」
 何故か憔悴しきった顔の会計・成宮金太郎が答えた。何があったのかと繋は思ったが、踏み込んではいけない気がしたのであえて黙る事にする。
「と、いうわけで天地奏。君に拒否権はない。これからは喜多川教授の指示にも従ってもらうぞ」ルールが断定する。
「い・や・だ! この天才はそういうので誰かに無理矢理意思を曲げられるのが何よりも嫌なんだよ。お断りだね〜」
 ひらひらと手を振りながら奏は答える。ルールは鼻白むが、これは紫穏にとっては予想範囲内の事だった。彼女は切り札を出す事にする。
「ねえ、喜多川博夢ってさあ、すーごい美人だよ?ねえ、龍っつぁん」
「ああ、スタイルもとびきりいいしな。おまけに、あの切れ長のクールを超えて冷たい瞳がまたたまんね………」
 そこまで言った所で、龍河は周りの冷たい視線に気づき、言葉を切って咳払いをした。
 龍河は言い過ぎたようだが、紫穏の目論見は成功したようだ。奏は先ほどまでとうってかわって目を輝かせている。

「会長殿! 」
「ん、な、なんなのだ?」
「私、天地奏はこの優れた顔と能力をさらに活かすべく、喜多川博夢教授に協力します! 」
 だから、喜多川博夢の興味は『アールイクス』だよ!と全員が心の中で突っ込んだが、皆言っても無駄だろうから言葉を飲み込んだ。
「まあ、うん。わかればよいのだわかれば」御鈴は無理矢理に鷹揚に頷き、威厳を演出してみせる。
「では、さっそくだが天地奏、音羽繋。2名は明後日の土曜日、喜多川博夢教授の実地調査に同行してもらう。要するに、助手だな」
「はあ!? なんでわたしまで! 」繋は素っ頓狂な声をあげた。自分は関係ない筈だ。
「何を言っている?音羽君は天地君の世話係だろう?ついていくのは当然なのだ」御鈴は何故そんな事を聞くのかわからないという顔をしている。本気らしい。
「そういう事だ。なお、山に登るらしいからそれに適した服装をしていくように。集合は土曜日の午前7時に校門だからな。遅れるなよ」
「はいはい、わかりました」
 あんたは遠足の引率の先生か。と心の中で毒づきながら繋は適当な返事をする。どうやら今週の週末は何もできないだろうな、と覚悟を決めた。この切り替えの速さも彼女の特徴といえば特徴だった。


 と、まあ上記のようないきさつがあり、音羽繋は今、登山に適した服装と装備で校門前に立っていた。適当な所がある割には彼女は時間には正確だった。だが、問題は天地奏のほうだ。彼は基本的に朝に弱く、登校はいつもぎりぎりか遅刻。おまけに午前中の授業は寝ている事もあるという非常に低血圧な男だった。そんな男が土曜日の朝7時に集合出来るのだろうか。いや、出来るはずはない。
 そのようなわけで、繋は事前に手を打っておいた。奏の隣人であるアフリカ系アメリカ人留学生のボブを買収したのである。
 筋書きは単純だ。
 まず、前日にボブが奏に寝袋を渡し(これは繋の私物なのだが)、奏に寝袋で寝るように勧める。好奇心の塊のようなあの男は喜んで寝袋を使ってねるだろう。そうしたら翌朝、ボブが奏の部屋に乗り込み、彼を担いで校門まで運ぶ、というわけだ。
 最初この計画を持ちかけた所、ボブは「ダッタラ彼を起こせばいいだけのことでしょウ」と言ったが、仮に起こしても校門まで来ないだろうと言ったら案外あっさりと承諾してくれた。彼は朝の奏の駄目さを身を以て知っている。何より彼には成功報酬の藤子不二夫全集の貸与というものが相当魅力的に映ったらしい。

 計画は無事に成功し、みの虫のような状態の天地奏は2mを超えるボブの肩に担がれてやってきた。ボブは成功報酬である藤子不二夫全集を繋から借りると「アリガトウ、アリガトウ心の友ヨ! 」と言い、歓喜の涙を流しながら帰って行った。

 だから今、ここにいるのは繋とぐっすり眠っている、みの虫男の2名となっている。ルールの話だと、もう1人自分たち以外にも醒徒がいるらしいが………
 繋がきょろきょろとあたりを見回すと、校門の外から近づいてくる複数の人影が見えた。
 一人はおそらく、繋とおなじくらいの、身長一六五センチメートル程度の男性。女顔で気が弱そうだが、高校生だろうか。
 もう一人は身長は一五〇センチメートルもないだろう女の子だ。中学生くらいに見える。
 そして最後の一人は一五〇センチ台の女性。繋と同年代に見える。
 3人は繋に気がつくと慌てた様子で駆けてきた。
「あの、すいません、お待たせしてしまったようで……」女顔の少年が頭を下げる。
「もう、雅が悪いんだよ。グズグズしてるからさ〜」
「いや『メフィ』の体調が良くなかったからちょっと心配でさあ」
「まったく雅は過保護だから……」
 何故か口論?のようになっている2人を見て繋は少し慌てる。というかこんな小さい子に一方的に言われてるのがすこし他人事ながら悲しい。
「まあまあ、私たちもちょっと前に来たばかりだし、気にしないでよ。えーと、私の名前は………」
 繋が名乗ろうとした時の事だった。

「おはよう仔猫ちゃん、初めましてだな。俺の名前は天地奏。天と地に俺の音を奏でる10年に一人の天才だ。よろしくな!」
「あうう〜。なんですかこの人。ていうかなんでパジャマなんですかぁ? 」もう一人の同行者は奏の怪しさと勢いに完全に圧されていた。
「はははは! 人見知りなのかな仔猫ちゃん。では緊張を解きほぐす曲をプレゼントしようじゃないか! 」
 パジャマの懐からフルートを取り出し、奏は演奏を始める。この馬鹿いつの間に!と繋は思い、彼が寝ていたはずの寝袋に目をやると、そこは既にもぬけの空だった。起き抜けでナンパとはやはり度し難いというかなんというか、繋は頭を抱えた。彼らに対しての第一印象は最悪だろう。

 ほどなくして演奏は終り、気の弱そうな少年は素直に拍手した。小さい子は最初はポカンとしていたが、ほどなくして我に返り、猛然と奏に食って掛かる。
「何、いきなりうちのお姉ちゃんナンパしてるのよこの寝癖男! 」
 言われてみれば奏の髪は寝癖でボサボサだ。寝ている所を持って来たのだから無理からぬ、というよりも当然の話だが。
「おやおや、かわいらしいお嬢ちゃんだ。どこから来たのかな?」そう言いながら奏は腰を落とし、女の子に目線を合わせて頭をなでた。
「子供扱いすんなこのパジャマ! 」女の子は怒って奏の顔を引っ掻いた。
「お前、この美形に何を………」
 奏が言いかけたところで繋は彼の首を掴んで引きずり倒した。
「はいはい、年下の女の子と喧嘩しない。えーと、申し遅れたけど私は音羽繋。それでこっちの馬鹿は天地奏。よろしくね。ちなみに二人とも高2だから」
 繋はなかなか無理矢理に笑顔を作ってみせた。
「あ、どうも。僕は大学1年の遠藤《えんどう》雅《まさ》です」女顔の少年が答えた。まさか大学生とは思わなかったので繋は衝撃を受ける。
「あの、私は立浪《たつなみ》みきっていいます。高校1年です」
「わたしは立浪みく。初等部の6年。よろしくね」

「あれ、私たちの他に来るのは1人って聞いてましたけど? 」相手が年上とわかり、慌てて口調を変える繋であった。
「ああ、本当は僕だけ来る予定だったんですけどね。どうしても付いてくるっていうから」
「だってさ、今日はハイキングに行くんでしょ? マサだけ行くなんてズルいじゃん! 」みくはさも当然といった調子で言い放つ。
「私は、みくちゃが出かけるっていうから………」
 みきと名乗った子は何故かおどおどとして、こちらをうかがいながら話す。ここまで来て、繋はふと、自分がこの立浪みくという少女に見覚えが有る気がした。そういえば、立浪っていう名前、どこかで聞いた事が有るような……。
「ああ、そうなんだ。ところで三人はどういう関係なんですか?立浪さん達は姉妹だよね」

「関係?マサはね、私の『ご主人様』なんだよ! 」

 みくはとびきりの笑顔で事もなげに言い放った。繋には一瞬、この目の前の小学生が何を言ったのかがわからなかった。
 ゴシュジンサマ?
 ご主人様?
 小学生にご主人様だと!?
 目の前の、この女顔というか童顔の人畜無害で気弱そうな男は小学生に自分をご主人様と言わせているのか!?大学生が小学生とだなんて明確に犯罪ではないか。双葉区は東京湾に位置する以上東京都の条例が適用される。東京都には立派な淫行防止条例がある。それはニ〇一九年の現在でも変わりはない。
 繋の頭を義憤が支配した。
「奏! 」
「ああ、みなまで言うな。気持ちは同じだ」そう言うと奏はフルートのボタンとレバーを操作し始める。するとフルートが発光をはじめた。
「何を言ってるんだよみく! いや、2人とも目が怖くないかな?これには理由があって……」
「酷いマサ! 違うとでも言う気!? 昨日だって一緒に寝たじゃない!」

「「一緒に寝た!? 」」繋と奏の声が奇麗にハモった。

 一瞬動きが止まった奏だが、気を取り直すとフルートに口をつけ、息を吹き込む。奏の周囲に光の玉が浮かぶ。
「え、何?何をやってるの彼? 」
 雅が言った次の瞬間、奏から凄まじいまでの光が放たれた。前が見えなくなる。
「うわっ、眩し……」
 思わず目を瞑った立浪みくが目を開けると、彼女の前には白く輝く鎧のようなものが立っていた。顔の赤い目と金色の大きな角、そして腕と胸に施されたフルートのボタンやレバーを模したような装飾が特徴的だ。

「何なんだい、コレは? 」
「黙れ、このペド野郎! 」

 白く輝く戦士=アールイクスはビシっと雅を指差して言い放つ。
「お前の性癖は犯罪だ! 」

「何よその言い方は! 私と雅は愛し合ってるんだから! 」みくは猛然とアールイクスに食って掛かる。
「目を覚ますんだ! 君はその男に騙されている! そこの男は君を欲望の対象にしている、許される事ではない」
「マサに酷い事言うとただじゃすまさないわよ………」
 みくの瞳が剣呑に輝く、まさに一触即発という展開だ。

「おい、もうそこまでにしとけって! 」
 声の主は学校の方から近づいてくる。最初にそれを見たとき、繋は人とはわからなかった。なぜならそれはあまりにも多くの物を担いでいたからだ。まるで大きな塊が移動してくるようで非常に不気味であった。
 よく目を凝らして見ると、それは醒徒会広報・龍河弾だった。何故彼はこんな時間に、こんな大きな荷物を持っているのだろうか。
「龍河先輩!? どうしたんですかそれ? 」
「ああ、これな。荷物運びだよ。俺は醒徒会の仕事があるからここまでの荷物運びで勘弁してもらったんだ」
「どうゆうこと……」
「それはいいとして。やめておけ天地も音羽も。聞かずともだいたい事情はわかるから」
 荷物を降ろしながら、龍河は言う。どうやら彼はこの3人組と面識が有るらしい。
「醒徒会が何を言うか!これを悪と言わずしてなんという!」奏は全く引かない。
「色々事情があるんだよ。別にやましい事があるわけじゃないから2人ともここは俺に免じて引いてくれ」

「まあ、龍河先輩がそこまで言うなら……。奏、おさえて」繋は完全に納得したわけではないが、そう奏に呼びかける「しょうがねーな」と言って奏は身を引いた。
「みくちゃももうやめて、ね? 」みきはみくをなだめようとする。彼女にしても繋と奏の反応は理解できる、初めに遠藤雅を紹介された時は衝撃を受けたものだった。
「助かりましたよ、先輩。先輩がいなければどうなってたか」
「ああ、まあ気にするな。いや、待てよ………お前本当にやましいことないよな? 」
「え、先輩まで何言ってるんですか。僕は別にそんな………」
「小学生と一緒に寝る事の何がやましくないと言うんだこの野郎!」奏は一応引いたが、まだ怒りは収まっていない。
「遠藤!? 俺はお前の事を信じていたのに………! 」
「先輩? あれ、何してるんですか?服が破けていきますよ? 」
「もう何も言うな遠藤。悪いな、音羽、天地。お前らの方が正しかったらしい」
 奏、繋、龍河の3人は無言で頷き合う。3人の心が一つになる。すると、どういうわけか3人の身体が光った。
「なんかわかんねーけど、力が湧いてくるじゃねーか!覚悟しろよ遠藤」
「いや、そんな、誤解ですって」
「うるさい! 事情が有るならおまわりさんに言うがいい! 」
「あんたらよってたかってマサを! 2人まとめて相手してあげるよ! 」みくも再び臨戦態勢に入る。
「あうう〜。みんな落ち着いて〜」


 その時だった。いきなり、龍河と奏の頭に水がかった。空は雲一つなく晴れている。絶好のピクニック日和、秋晴れという奴だ。空から水が降ってくるなどという事はありえない。びしょ濡れになった二人は、文字通り「冷や水をかけられた」。という格好だ。奏=アールイクスもびしょ濡れで呆然としているように見えるし、龍河は全裸に水浸しという格好だ。非常に目の毒なので繋は思わず目をそらす。まあ興味が無い訳ではなかったが。
 ああ、なんかコントみたいだな、繋は考える。その彼女の前にいきなり人が現れた。歩いて来た、とか走って来たとかではない。文字通り、現れた。
 その人こそ、今日繋達をここに集めた張本人、喜多川博夢教授その人であった。繋は思わず彼女に目を奪われる。白衣の下はYシャツ、それにジーパンというあまりにも色気のない格好だが、それでもそのメリハリのあるスタイルは容易に見て取れ、整った顔立ちと怜悧な刃のような切れ長の瞳、そして口にくわえた煙草もあって、彼女には服装のハンディを全く感じさせないほどの色気が、女性の繋から見てもあった。
「全く、朝からよく騒ぐなものだな。ああ、龍河君、君の仕事は終りだ。もう帰って良いぞ」
 喜多川博夢は表情一つ変えずに淡々と喋る。
「いや、あの先生、これは……」龍河は大事な所を隠しながらおろおろしている。
「だから私は帰って良いといったんだ。これで君のこれまでの欠席は不問にしてやろう。早く行け、君のその粗末な物を晒す方が余程子供にとって害悪だ」
 やはり博夢は表情を変えずに、煙草で龍河の股間を指す。
「ああ、そうですかそいつわどうも。それじゃ俺はこれで……」
 早口でそこまで言うと、醒徒会広報・龍河弾はそそくさと学校の方に消えて行った。学園最強の醒徒会の一角があれか……。それが繋には少しだけ泣けた。

「ところで……」消えて行く龍河が見えなくなると、博夢は奏=アールイクスの方に煙草を向ける。「君が天地奏君か。そしてそれが例の『アールイクス』だな」
「ああ、そうだとも。俺の顔と能力を調べたいんだろう? さあ調べたまえ、じっくりと調べたまえ! 」美人の出現に奏のテンションは無闇やたらと高い。
「いや、今日は君を調べる為に来てもらったわけじゃあない。変身を解いても構わないぞ」
「それは残念だなあ……」
 喜多川の素っ気対応に、奏は変身を解いた。繋にとって衝撃的だった事は、博夢は奏の発言に動揺する素振りもなく、事も無げに接しているという事だ。今まで、どんな人でも奏の奇人変人ぶり、そして奇行や突飛な言動に衝撃を受け、ペースを乱されて来た。それはあの醒徒会にしたところでそうだ。ところがこの喜多川博夢はどうだ。龍河弾の全裸にも全く動じず、奏の発言も全く意に介さず会話をしている。
 もう一つ繋にとって衝撃なのは、奏が喜多川博夢の言う事を素直に聞いた事だ。元から美人に弱いという事に関しては議論の余地がない男だが、ここまで素直になるとは。何故だがわからないがイライラする。なんだこのイライラは?

「それに、君が音羽繋くんか」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「で、遠藤はともかくとして、君たちが立浪姉妹か」
「あ、そうです。今日は突然付いて来てしまってすいません」立浪みきは頭を下げる。なかなか礼儀正しい子らしい。
「いや、構わないよ。遠藤君に指示を出した時点で君たちが付いてくることは想定していたからね。むしろ付いて来ないとマズかったかもな……」
 そこまで言うと、博夢は煙を吸い込み、そして吐き出す。携帯灰皿に灰を落とす所まで含めて、無闇に絵になるなあと繋は思う。
「あの、喜多川先生。私たちの事は……」みきは不安そうな顔で喜多川の顔を伺う。
「ああ、君たちの事情はなんとなくだが知っている。だがまあ、私がこの学園に来たのは君が休学した後だからな。詮索するつもりは無いし、誰かに言うつもりもないよ」
「はい、あの………ありがとうございます」
「礼は必要ない。今日の君たちは純粋にボランティアだからな。じゃあ、早速仕事してもらおうかな」
「仕事?仕事ってなんですか?それ以前に私たちは今日どこに行くんですか?」繋は2日前から疑問だった事を聞いてみる。
「ああ、簡単な仕事だよ。君たちの仕事は荷物運び。そして今日これから行くのは西日本の網里町だ。さあ、早く荷物を持ってくれ、リニアの時間まであまり余裕が無い」
 そこまで言うと、喜多川博夢はとっとと駅に向かって歩き出す。後に残された繋達はそのあまりのマイペースぶりに呆然としていたが、我に返るとそそくさと荷物を担いで、博夢の後に続いた。

「ところでさ、なんで今日マサが呼ばれたわけ? 」
「うん、出席がまずくてね。今日手伝ったら欠席したぶんチャラにしてくれるっていうからさ……」
 小さな身体に大きな荷物を背負い、みくは後でこの目の前にいる男を引っ掻いてやろうと思った。

     *


 繋達の一行は双葉区からリニアトレインに乗り、東京で乗り換えた。繋が双葉区から出るのは夏休み以来だったので特に感慨は無かったが、奏は多いに騒いだ。電車を見ては凄い凄いと騒ぎ、東京駅を見てはまたはしゃぎ、と言った具合で基本的に黙っている事が無い。繋は適当にあしらい、喜多川博夢はそもそも全く動じる事も無く実にシンプルな返答で彼に対応した。初めは彼の対応に困っていた遠藤雅と立浪姉妹だったが、天地奏という男が幼稚園児みたいなものだと納得すると、繋と同様に適当にあしらった。人の良い遠藤雅は適当と言ってもなかなか懇切丁寧に奏の疑問や質問に対応する。まるで保父さんのように繋には見えた。と、いうよりも小学生のみくに適当にあしらわれているのが悲しかった。

 東京から大阪まではリニアトレインで1時間程度しかかからなかったが、問題はそこからだった。網里町は田舎もいいところで、大阪からローカル線に乗ってさらに1時間。さらにそこから喜多川がチャーターしていたマイクロバスでさらに2時間。繋達が山道を超えて網里町の入り口に到着した頃には時刻は既に昼近くになっていた。

「ああ、やっと着いた。お尻が痛い……」
 繋はぼやきながらマイクロバスを降りる。マイクロバスで走った区間はほぼ全てが補正されない道で、マイクロバスは常に上下に揺れ繋達の三半規管をシェイクした。はっきり言って気持ちが悪い。それはどうやら他の人たちも同じようで、遠藤雅と立浪姉妹も非常に顔色が悪い。
 いや、どうやら喜多川博夢と天地奏は違うようだ。喜多川の方はマイクロバスに乗ってる間から顔色一つ変えずに、ノートパソコンで何かを打ち込んでいた。何をしているのかと聞くと、学園に提出する書類を作成しているという。「よくそんな事して酔わないですね?」と繋が言うと「三半規管の感覚を『シフト』しているから、問題ない」という。何を言っているのかはわからなかったが、それ以上会話を続ける気力も無かったので繋は黙った。奏の方はバスが揺れるのも全く気にせずに外をキョロキョロと見回していた。彼の感覚はどうなっているのだろうか。

「じゃあ、荷物を宿に運んでもらえるかな。宿はすぐそこだから」
「「「「「はーい」」」」」
 喜多川が指示を出すと、5人の声が奇麗にハモり、めいめいに荷物を持ってぞろぞろと歩き出す。

 数分後、一行はひなびた旅館についた。
「荷物を置いたらすぐに出発するからな」
「「「「「えー!! 」」」」」
 またもや5人の声が奇麗にハモる。この女、血も涙もない。

「いや、あの、コイツ未だにパジャマなんですけど、どうするんですか?」
「それについては宿の人に頼んである」

 そうは言った物の、旅館に一八〇センチメートル近くもある奏の身体に合う物などはなく、靴しか借りる事ができなかった。どうするのかと思ったが奏は「いや、いい。これでいく」とパジャマに登山靴というスタイルを貫く事を頑なに主張した。繋達は説得したが最終的には根負けし、別れ谷にパジャマ男が乗り込む事になった。

「話はまとまったようだな。じゃあ行こうか」
 そう言うと喜多川はさっさと谷に向かって歩き出す。この女のマイペースさは奏に通じる物が有ると繋は思った。







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