【騎士の出張・パンプキンバスター > おいでませ双葉学園】

 時は西暦2019年、場所はロンドン市中。
 イングランド南部ではあまり大々的には行われなかったハロウィンだが、99年以降不可思議事件の頻発が
見られるようになって世界的にモンスター・SFの流行が席巻したのも関連もあったりするのだろうか、
近年では毎年行われるようになっていた。

 市中がカボチャの装飾とパンプキンヘッドに溢れ、一見するとラルヴァと間違えてしまいかねないコスチュームに
身を包んだ老若男女が闊歩する光景を、ビッグベンのてっぺんに突き刺さる超巨大ジャック・オー・ランタンが見守る。
 中世の犯罪者に見立てた人形を市中引き回しの上火刑に処す祭はすっかり途絶え、ビッグベンの頂からロンドンを見下ろす
カボチャの不適な笑みは、世界的にこの時期のロンドンを象徴する風景、風物詩として認知されていた。

 そんなハロウィンで活気付く中を、とあるオフィスビル目指し歩く女性の姿があった。鮮やかに艶めく、
腰まで伸びた銀髪を靡かせ颯爽と歩く姿は、カボチャメットの男性たちの目を余さず引き寄せる。
 当の本人は、そんな目線には何処吹く風、唯只管に目的地へと足を進めていた。

 目的地のあるビルにたどり着く。エレベーターのランプが上へ上へと明滅を繰り返す。
 やがて、上層のとある階層にて扉は開き、彼女はフロアへ躍り出る。

 そこには、「万相談承ります」と何故か日本語で書かれた看板と、出入り口の上にて
 ――― Honi soit qui mal y pense ―――
 という文言が刻まれたプレート*1が出迎える、ひとつのオフィスがある。
 屋号も何もないそのオフィスは、勤め人のほかには、たまに来客があるだけ。だが、EU圏にあって
「その筋」で生きる者達であれば、そのオフィスと主の事を知らぬものは、恐らく居ないであろう。

 今日もこの職場で働けることを喜びに思う、そんな表情でオフィスのドアを開けた女性は――――――





 ――――――オフィスの主と、彼と談笑する少年目掛け、愛用のハンドバッグを全力投球した。



―――※―――



 オフィスに設えられた、大画面ワイドテレビ。その前で、若い男性と、快活そうな少年が話し合っていた。
 画面に映るのは、青白い炎のようなラルヴァが三体と、上下には戦況を表示するウィンドウ。ウィンドウの縁取りは赤い。
「うぉあああああ! 何だよコレ! ここまで来てザラキ連発とかありえねぇよ!」
「はっは、何を言うかねクロガネ君。最大までレベリングしてもなお死と隣り合わせ、これこそ白き絶望の大地の
 魅力じゃないか」
「ありえねぇ、ありえねぇよ……何だよこのいい加減な調せ、あ、逃げれた」
 クロガネ君と呼ばれた少年は半泣きになりながらも手にしたコントローラーを繰り続け、
「や、った……やったよサー! ついに祠に辿り着いたよ!」
「はいはいよくやったよくやった。ちゃんと復活の呪文とっとけよー」
 サーと呼ばれた青年は空気を読み、ここからルビスの守りを取りに戻らないといけない事については口にしないでおく。
 誤って下界で復活の呪文を聞いて、もう一度洞窟を抜けるのも精神修養の一環になろう。
「よし、ここでケータイをスタンバって、と……よしこれで」
「あ、危ね」
「へ? うわぁぁぁ!?」
 オフィスの入り口から飛来したヴィトンのバッグ(秋の新作)が、危険を察知し身を傾けたサーの側頭部を掠めて疾駆、
クロガネ少年の後頭部に激突。少年はそのままもんどりうってレゲーの山に突っ込み埋もれてしまう。
 さらに、少年の手から零れた携帯が黄色く変色したゲーム機に落下。その衝撃のせいか、テレビからは、 
プェ―――――――――――― という単音のみが流れる。
「ま、もっかい頑張れクロ」
 サーの慰めの言葉は、レゲーのカードリッジに埋没したクロガネ少年には届かなかった。


 入り口からは、ヴィトンのバッグの投擲主である女性が、むくれっ面で歩いてくる。
「クロガネ君、何でオフィスに篭って古臭いゲームなんてしてるの! ノーディオ卿も、クロガネ君をオフィスに泊めないで
 家に帰らせてくださいって、何度お願いすれば分かってくださるんですか!」
「うむ、すまないねぇクレリア君。いやだって、クロとレゲーの話すんの楽しいんだもんよ。
 クロ学校休みだしええやん」
「何ですか、その子供じみた言い分は……絶対すまないって思ってませんよね、ノーディオ卿?」
「はっはっは、そんなことはないぞぉクレリア君」
 全く悪びれる様子もなくはっはと笑いながらデスクへ向かうサー、もといノーディオ卿。
「……私、こんな人が名高く気高きテンペスター子爵の懐刀で、KG勲章とヴィクトリア十字勲章を賜った
 栄誉ある騎士候と同一人物だなんて、今でも信じられないです。お仕事の最中は、マジメでカッコイイんだけどなぁ……」
 女性の呟きは、クロガネ少年がレゲーの山の中から這い上がる音にかき消される。


 仕事がないときのオフィスの日常は、凡そこんなものである。
 英国王立異能者養成学園『ガーデン』の学生でもありオフィスの事務方見習(バイト)でもあるクロガネ=ヴィッセル(17)と
クレリア=フェンドラウン(20)の両名に、オフィスの主である勲爵士(ナイト)シズマ=ノーディオ卿(23)の3名にて
このオフィスは運営される。そこにマスコットが二名ほど加わることでオフィスのメンバーが全員揃うのだが、
その二名は今お菓子回収に魂源力と情熱の全てを燃やしているという話だ。


―――※―――


 クレリアが紅茶の用意を始めつつ、投擲したものとは別のバッグから包みを取り出そうとしたとき、オフィスの扉が
勢い良く開かれ、元気溌剌オロCな声がオフィスに響き渡る。
「とりっくおわとりーとぉー! さぁお菓子を出すのです! さもないとぉぉぉ……」
「あらいらっしゃい、トラリー。はい、自家製パンプキンパイよ。これあげる」
「ひにゃあぁぁぁ……カボチャは苦手なのですよ……」
 パンプキンパイを見せられた瞬間萎縮するのは、マスコット一号、もといイストラリア=テンペスター(14)。
 ノーディオ卿のパトロンでもあり浅からぬ仲と噂されるが実は全くそんな事はない貴族、テンペスター子爵のご息女である。
「う~ん、甘くておいしく出来たんだけどなぁ。食べてみればトラリーも気に入ると思うんだけど。
 あ、クロにシズマさんもコレ、どうですか?」
「先輩すまね、オレはパス。カボチャはもう食い飽きたぜ……妹がランタン作りたくてカボチャ6つも
 刳り抜きやがったから、昨日の晩からカボチャしか食ってないんすわ~」
 ようやくレゲー山脈から身を起こしたクロガネは、全力でカボチャを遠慮する。理由を聞いてしまえば、
自信作を持ってきたというクレリアも引き下がらざるを得ない。
「うむ、俺は戴こうかな……ふむ、コイツはいけるな。うまいぞトラリー、いいから一口食ってみるといい。
 いつまでもカボチャ嫌いじゃ駄目だぞ」
「むー、シズマ兄さんは厳しいのです」
「仕方がない、アメちゃんをやろう」
「む、そういう言い方でシズマ兄さんがアメちゃん差し出すときは大抵ハッカ味だ、って母様が言ってました。なのでいりま」
「じゃあしゃあない。ほいクレリア、お返しに、残念なことにハッカは種切れなんでミックスベリーのアメちゃんだ。
 テレビにイタズラされちゃ敵わんからな。な?」
「あら、有難う御座いますシズマさん。でもゲーム機は、片付けておきますね。ね!」
 お互いにトリートを交換した後、クレリアは有無を言わさずゲーム機を全て片付け始める。
 だがしかしあまりに多い配線に辟易し、結局散らばったレゲーのカードリッジをクロガネと二人で元に戻す作業だけする。

「シズマ兄さん、私にもあま~いアメちゃんをくださいなのです! でないとイタズラしますよぉ……」
 やれやれ、といった表情でシズマは懐からリンゴ味とミルク味の飴を取り出し、トラリーの手の平に乗せてやる。
「わーいやったですー! やっふー!」
 元気良くぴょんこぴょんこと跳ね回るイストラリア。飴ふたつでここまで大喜びできるのは天賦の才だろうか。
 彼女の母親も飴を上げると喜んでいたものだが、それ以上だ。


「で、だ。トラリー、マイネは一緒じゃなかったのか?」
「マイネさんなら、お菓子をくれた男の人にホイホイ付いて行っちゃったのです。兄さんに叱られるよ、って言ったのに
 そんなのかんけーないもーんってあいたー!」
 トラリーの後頭部を突如、手の平大の甲虫が強襲。軽く衝角で一突きして飛び立つと、トラリーの背後から現れた少女の
両手の中に納まり、そのまますぅっと消えてしまう。
「トラリー、嘘は良くない。小父様、只今帰りました。戦果のご報告については後でも宜しいでしょうか」
「おう、おかえりマイネ。レポートは別に急がなくてもいいからな」
 まずはシズマにぺこりと一礼、それからクレリアとクロガネに一礼しパンプキンパイを受け取り、
最後に後頭部を押さえてうずくまるトラリーをスルーして、オフィスの奥に設えてあるノーディオ家に戻る。
 そんな彼女はマイネスィーレ=E=グリアノール(15)。『Members in 1999』の一人とも、現代に残る数少ない
『本当の魔女』とも称せられたグリアノール老の、最期の弟子にしてグリアノール姓の継承者でもある。
 夏には着れないコートと共に託された遺言に従いシズマが保護したが、法的にはテンペスター家の養子となっている。

 マイネの帰宅によって、主とバイトにマスコット、オフィスのメンバー5名が全員揃ったことになる。
 ロンドンの一角にある『オフィスKGC』の日常は、ハロウィンに活気付く街の中にあってそう変わらない様相を呈していた。


 ……とある依頼のメールが飛び込んでくるまでは。


―――※―――


「さて……受けたはいいが、こいつはまためんどくさい依頼だなぁ。ここまで礼を尽くされたら断るわけにもいくまいが、と」
 モニタに映し出される依頼メールの内容を、シズマは頬杖を付きながら眺める。依頼メールの内容は、
 『最近ハロウィンで活気付く世間にあって、まだまだその裏にある危険性について認識が甘い、ハロウィンの歴史が
 浅い国が見受けられる。そこで、ハロウィンの裏に潜むラルヴァの脅威についてレクチャーしてきて欲しい』
 というロイヤルオーダーがあった上で持ちかけられたものだ。
 言いたいことは良く分かる。
 ハロウィンの影には、エレメント『ウィル・オー・ウィプス』とデミヒューマン『ジャック・オー・ランタン』が
常に付きまとっていると言っても過言ではない。
 この二種のラルヴァはハロウィンとは切っても切れない関係であり、「ハロウィン」という行事の象徴であり、
そして現代のハロウィン行事にあって危険なものでもある。
 元々は「精霊の門」と呼ばれる霊場との関係が深いアイルランド及び英国、ひいては欧州を中心に、ウィルとジャックは
細々とラルヴァとしての活動をしていた。その後ハロウィンが世界に拡散すると共に世界中でウィルとジャックの活動が
散見されたが、99年以降、そしてハロウィンの世界的大流行によって、ウィルとジャックの活動は過去に類を見ないほどに
精力的となっている。

「というわけで、明日から4日ほど日本まで旅行に出ても大丈夫、というヤツは挙手。ただしトラリー以外」
「なんで私はダメなんですかぁ!?」
 明日というのも急な話、と一同は顔を見合わせるが、当然名指しでダメ出しされたトラリーはいい顔をするわけがない。
「テンペっ……スター子爵がいい顔しないからな。今日の小テスト、3枚とも全部満点だったら子爵に掛け合うが?」
「うぁぁぁんクレリアせんぱぁい! 兄さんがいじめるですぅぅぅ!」
 ハロウィン休暇前ということで行われた今日の小テスト、学力中の上なトラリーが大の苦手とする科学がある時点で
要求を達成する可能性は限りなくゼロに近い。
 さらに言えば、結果が分かるのは仕事も終わったハロウィン休暇後。
 たとえ満点でも結果の提示を今することは出来ないのだが、それに気付いているのは条件を持ちかけたシズマと
泣きつかれたクレリアだけで、持ちかけられた当人は全く気付いていないのであった。


「日本、ですか……今回はどんな依頼なんですか?」
 一通りトラリーを慰めておいたクレリアが、当然ながら気になる部分を訪ねる。
「端的に言うと、だ。日本にある『双葉学園』、簡単に言えば日本版『ガーデン』だな。そこに行って、
 ハロウィンにおける二大ラルヴァ被害に対する防犯講義、及びハロウィンラルヴァの随時討伐といったところか」
「へぇ、日本でもハロウィンってやってるんすね。あんま聞かないっすけど」
「まぁ、一般的なキリスト教圏のものとは違って、おもしろおかしい所をピックアップして編成し直した
 『御菓子ねだり兼コスプレパーティーの日』だがね。我々のハロウィン行事における敬謙な要素については、
 日本では『御盆』という別の行事が受け持っているので引き継ぐ必要がない、というのもあるが」
 簡単に日本におけるハロウィンの様子を事前調査しておいたが、自分が知っているハロウィンとは、
 規模の大小こそあれ行われる要素にそう違いはないようだ。そんな言葉をシズマは付け加える。

「要するに、ハロウィンの先輩として後輩を指導しに来て欲しい、って事っすね。でもそれなら、交流会も兼ねて
 生徒会(ダイナスティ)が行けばいいような気がするんすけどねぇ?」
 クロガネの言い分も尤もである。現に、クロガネの弁と同じ理由にて、同年代であるガーデン生徒会が行くべきである、
と一度はシズマも断りのメールを返した。のだが……
「……先方が突きつけた案件の中で、最重要点がどうしても覆らなかった。ということでこんなトラブル・コントラクターに
 再度依頼が来たわけだ」
「そりゃまた強情な話っすね。で、その『最重要点』って何すか?」
「クライアント曰く、『学園生と同じくラルヴァと戦う者の中でも、広く名が知られているナイト・グランドクロス殿に、
 この機会に是非とも御指導御鞭撻の程願いたいのだ!』だそうだ」
「あら~……シズマさん、遠く離れた日本でも大人気ですね」
 涼しい顔でクレリアが紅茶を注ぐ。
「まったく、受勲したのは一昨年の話だぜ? 一代貴族相手に今更持ち出されても困るんだがなぁ……
 ふむ、結構なお手前で」
「ありがとうございます。まだまだシズマさんには及びませんが」
 客寄せパンダとして自分を呼ぶのであれば頑として拒否するつもりであったが、クライアント筆頭として
『双葉学園』の醒(で間違いではないらしい)徒会長が生徒達の後学の為にと粘り強い交渉を続けてきたとあっては、
無碍に断るわけにもいかない。
 その醒徒会長殿は20年前世話になった藤神門のお嬢の娘さんだそうな。
 オファー先についてはお嬢の入れ知恵があるのかもしれんが、それは考えないでおこう。


「ま、受けちまった以上はやるのがプロだ。んじゃ今日はここいらで臨時閉店にして、各自で明日の準備をしておくこと」
「それにしても急な話ですね、明日だなんて。準備、今から始めて間に合うかしら?」
「一度撥ね付けたせいで、無駄に期日が迫った。小父様も、どうせ受けるのなら一度目で受ければいい」
「そんなに簡単に済まないんだよ、オトナの世界っつーのは。詰まらんことに、な」
「ま、そういう難しい話は全部サーに任せるぜ。俺らはとっとと準備にかからねーと!」
 オトナの世界の世知辛さを知るにはまだ早い一同から理解を完全に得られることはなかったが、せっかくの連休に
海外遠征、ということもあり概ね好評。
 クレリアとクロガネは早々に帰宅し準備に入り、マイネはトラリーに連れられ市街地で買い物へ。

 一人オフィスに残された形になるシズマ。
「日本に行くのも、一年ぶり、か」
 昔の顔馴染み数人に会いに行ったり、故郷に帰ってみたり、少年一人守るついでにラルヴァ退治したり。
 (王室依頼で米国エリア51の潜入調査に向かったところでまた会うとは思わなかったが)
 ついでに日程の許す限り方々回ってみたが、人がせっせかと用心棒やら執事の真似事をしている間に世間では
17年もの歳月が流れていて、さらに1年英国に留まっていただけあって、自然景観をウリにしているところは
さほどの変化はないが、都市部はもう別世界も同然だった。
 馴染みの店は尽く潰れ、ショッピングモールが立ち並び、宅地の景観も一軒家からマンション中心に変わっている。
 流石に自宅が跡形も無く、建物も名義も赤の他人になっていたのは軽くショックだったが、まぁこればかりは仕方がない。
「今度の渡航も穏やかに、とは行かないんだろうが、ま、しゃあないわな。これも性分ってやつだ」
 一人でいるのもつまらん。そんな気分になったところで、懐中時計から鍵を引き抜き、自室のドアに入れて捻る。
 ドアは不可思議な光を僅かに放ち、収まったところで扉を潜れば、そこは―――


「あらいらっしゃい。さぁ、壁の修理代分、今日もきりきり働いてもらおうかしら。ナイト様、よろしくて?」
「ゆっくり読書したかったんだがなぁ。へいへい、やりゃいいんでしょ、やりゃ」
 大人の世界は、かくも世知辛いものか。モップを片手にサロンへ向かうシズマにとって、キュウキュウと元気に啼いて
擦り寄ってくるチビのモフモフ加減だけが、世間の波風を真正面から受けて立つ彼を癒してくれるのであった。
「素直なのは美徳よ、シズマ。掃除の次は、あのお届け物を開封してもらおうかしらね」
「あれ、ってアレか。また来たのか、あのくっそデカい自走カボチャ。しかも二個」
 ご丁寧に目玉と口が刳り貫いてある。
 これでわさわさと歩いてなけりゃ普通のカボチャだったんだが、やむを得まい、捌くとするか。
「あれだけあれば、振る舞いのパンプキンデザートも結構な数作れるでしょう? お客様にご提供なさいな」
「まったく、オレは本を読みに来たんだっつーのに、なぁチビ?」
 キュウウ、キュウキュウ! キュッ、キュッ、キュウ!
 どう聞いても振る舞いを催促しているようにしか聞こえなかった。本当に世の中は世知辛い作りになっているものだ。
 そんなことを考えながら準備をし、あとからやってきたマイネを交えて、ささやかな茶話会を開くのであった。


―――※―――


 ヒースロー空港を昼過ぎに飛び立ちおよそ12時間半、日本では翌日の早朝9時過ぎ*2
 シズマを先頭に、クレリア、クロガネ、マイネの4名が成田に降り立つ。
(全く、日本人なのにこっち側から入国ゲート通って「帰国」じゃなくて「入国」するってのは、なぁ……)
 方々に波風立たないよう日本人・北神静馬としての戸籍を死亡のままにしているので仕方のないことなのだが。

「よしじゃあここから先は各自日本語な。必要会話を英語でしたヤツは、一回に付き罰金」
「……サー、マジすか?」
 少々時間をかけて日本語モードに切り替えたクロガネが、真っ先に不満を漏らす。
「当然だろう? こういう時のために、わざわざクレリアとクロには英語に次いで人口シェアが大きい中国語と
 特殊性の強い日本語をマスターさせたんだ。役立ててもらわな困る。言っとくけど、オレが勉強会で仕込まれたときにゃ
 罰金なんて気軽なレベルじゃなかったからな」
 グリ婆の地獄の教練は思い出したくもない。同じ思いを共有できるテンペっちゃんは遠い異国の空の下だ。

 迎えの者を遣す、と聞いているので待たせるのは悪い。
 東京湾を埋め立てて作ったということで大体の移動行程は掴めるが、先方から交通手段の手配がされている、
というのであればそれを使うに越したことは無い。
「お出迎えも来ている事だし、ちゃっちゃと行くぞ」
「はい、了解しましたシズマさん」
「わかった、小父様」
 成績優秀で元・生徒会副会長のクレリアとグリ婆の弟子であるマイネはすんなり日本語に切り替える。
 流石出来のいいお嬢様方は違うなぁ、早速罰金カウントが進んでいるクロガネを横目にそんなことを考えつつ、
日本は初めての三人に先を急ぐよう促す。

 空港ロビーを見回してみれば、そこかしこに見ゆるは、嗚呼懐かしき日本語かな。
 基本言語が日本語の自分としては、やっぱりこの日本語に囲まれた環境がやっぱり落ち着く。
 去年は日本人として「帰ってきた」という感覚での来日だったが、今度は英国人として招待されて来ている。
 変なボロが出ないようにだけは気をつけておかねば。
 依頼メールの背景にあった双葉模様のピンズをつけた大きめの帽子とかつて見慣れた禿頭を見つけたシズマは、
日本文化との生接触に浮き足立つ一行を促し、ロビーを歩く。


「これはこれは、わざわざ御自らお出迎え頂けるとは。この度は滅多にない機会を賜り、光栄に御座います、ミス藤神門」
「こちらこそ、遠路はるばるイギリスからごそくろーいただき、まことにありがとうなのだ……でございます、ノーディオ卿」
「うなー!」
 出迎え代表として来ていた『双葉学園』醒徒会長・藤神門御鈴女史と握手を交わす。
 中学生とは聞いているが、さすがはあのお嬢の娘でバァ様の曾孫。子供らしさが抜けるには若干早い年頃ではあるが、
育ちもそうだが異能の筋もいいのが良く分かる。
 お嬢を背に乗せ戦場を駆け、未知生命体を食い荒らしまくり、紅撃白虎砲で敵一団を一瞬で消滅させていた、お嬢の白虎と
同じとはちょっとばかり思えない位かわいらしくちんまりした白虎が、護衛の如くに付いて離れないのはご愛嬌、だな。
「堅苦しい挨拶はこの辺までにしておきましょう。それでは……おいクレリア、あそこではしゃいで恥ずかしい事この上ない
 おのぼりさん今すぐ引っ張って来い」
「はい、了解しました。まったく、子供じゃあるまいし……クロガネ君、早く来ないと置いていくわよ!」
「クロは本当に子供ね。みっともない真似はやめて。迷惑するのは小父様なんだから」
「やっかましいわい!」
「ははは……申し訳ありません。身内がお見苦しいところをお見せしてしまいまして」
「いや、構わないのだ。せっかくに機会に、日本のことをよく見て聞いて、知ってもらえれば何よりなのだ。
 日程的には近場だけになってしまってすまないが、観光の時間も取れると思うので、そのときに日本のことを
 もっと良く知ってもらいたいのだ。では、時間も押しているので参るとしよう」
「うななー」
 白虎の鳴き声と共に、どう見ても白い粉が入ったジッパー付小袋を末端価格おいくら万円で売ってそうな風貌をした、
スキンヘッドにスーツの男が先導を務める。
「それでは、ノーディオ卿、お連れの皆様も、どうぞこちらへ。車を待たせておりますので」

 元気よく歩き出すお嬢の娘の背中を見やりながら、ロストしたら面倒になる連れの面々を先に歩かせる。
 シズマは先導役である、居丈高を黒のスーツでびしっと包み込んだスキンヘッドと並んで歩く。
「その格好、どう見ても今日からヤの付く自由業にしか見えねぇっての。はっきり言って決まりすぎだぜ、堂雪上人?」
「煩いぞ、静馬。貴様こそ、相変わらず勲爵士の称号が似つかわしくないな」
 冗談交じりに1年ぶりの再開となる戦友と挨拶を交わしつつ、日英の現状に関して情報交換を行う。
 話を聞く限りでは、『双葉学園』の学生たちはどちらかと言えば随時発生型よりも古来土着型のラルヴァの発生率が高い
極東圏にあって、かなりの大規模作戦を何度も経験しているようだ。
 レポートを『ガーデン』から回して貰って読んだこともあるが、あとで現地レポも手配してもらって見ておこう。
 双葉学園では藤神門宗家の屋敷みたいなスパルタンなことをやっているのかといえばそうでもなく、ガーデン教育部と
同じことをしているようだ。だがしかし、同じことをしているという割には戦果も教育の行き届き具合もかなりのもののようで、
所用で訪れただけなのに3時間あれば1度か2度は気位が高くて喧嘩っ早いのに絡まれるガーデンとは大違いのようだ。
 逆に英国ガーデンはといえば、北極点に根城を構えており90番ほど先輩に当たる『絶対零度の雌豹』
ヴェイラス・ティルムスの進行や相も変わらず半強制冬眠中のドームドドレイクといった眼前の脅威に対し、
アイスランドの第一次前線基地、スカンジナビア半島北部海岸線の第二次前線基地に次ぐ戦術拠点な訳だが、
「腕が立つメンツが多いのはいいんだが、何分お坊ちゃんお嬢ちゃんが無駄に偉ぶってるし、実戦経験あるやつと
 ないやつの差がありすぎて、時たま危機感足りねぇんじゃないか、って思うときがあるんだよなぁ……」
 恩義があるとはいえ一応日本人の俺が、何が悲しくて鉄鋼神馬機(アルスヴィズ)に跨って北極点くんだりまで
停戦交渉に行って篭絡紛いのことをされなきゃならんかったんだ、そんなボヤキは空港の喧騒にまぎれて消えてしまう。


 空港を経ち、送迎の車に揺られること数時間。東京湾上に浮かぶ巨大洋上都市《メガフロート》双葉区、
そこに今回の目的地『双葉学園』がある。
 そろそろ湾上にかかる通称『双葉大橋』へさしかかろうかというところで、御鈴女史が話しかけてくる。
「そういえば、卿は日本に来られたことはあるのか?」
「去年に一度。ちょっとした野暮用で」
「ほう、そうだったのか。それにしても、卿は日本には随分と慣れているようだし、まるで日本人のように日本語が達者なのだな」
「ええまぁ、昔いろいろありましてね」
 母親に似て目聡いことで。そんな話をしつつ、そこかしこにカボチャの飾りが目立ち始める双葉島へ向かう。

 軒先に飾られたカボチャの飾りつけを見やりつつ、あれこれと話をしながら進む車中。
 シズマは「あるもの」に気付いて声を上げる。
「ちょいまち。そこのヤク、じゃなくて運転手さんストップ」
「どうかされたか、ノーディオ卿?」
 運転手のスキンヘッドもとい堂雪は静馬をキッと睨むが、シズマの方は何処吹く風。
「すぐ終わるので、ちょいと失礼、っと」
 車が止まるやすぐさまドアを開けてシズマが向かった先は、中身を刳り貫いて目と口の穴を開けた、
ハロウィンによくあるカボチャの飾りつけ。手近な表札に「時坂」とあるのには、辛うじて気がついていない。
 数多掛けられているプラスチック製のカボチャ飾りの一つに向かうシズマは、居合の如くに一閃。
 一瞬顕現した刃の照り返しだけを残し、カボチャの飾り、もとい飾りに擬態した「ジャック・オー・ランタン」を討ち果たす。
 ジャックが雲散霧消する様を見届けることなく車へ戻るシズマに対し、お見事、と御鈴女史が声をかける。
「流石の腕前、というやつなのだな」
「ま、頑張ってるメンツの手間が若干省けただけ、ですけどね」
 再出発した車の横を、学園生が数人チームを組んで、先ほどのジャックが討たれた所へ駆けていく。
 その光景をバックミラーの端に残し、一向を乗せた車は学園へと向かう。


―――後半へ――――――続く―――



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最終更新:2009年10月19日 03:10
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ヘルプ / FAQ もご覧ください。

*1 「思い邪なる者に災いあれ」 一三四〇年頃のエドワード3世の言葉より。英国最高位騎士団であるガーター騎士団勲章に刻印された文言でもあります。

*2 日英の時差は九時間ありますので