【眠り姫の見る夢 -Koto- 後編】





 ◇三


 それはまるで母の後をついて回る子供のように、形を成さない黒い何かが空中を漂いながら追いかけてくる。対抗しうる異能力を持っていない私は、それに脅えながらただただ逃げ回ることしかできなかった。
 走って、ひたすらに走って。
 早くそれから離れたいのに、両足が鉛のように重く、体が言うことを聞かず、焦りと不安と絶望感で心が潰されそうになる。
 私は、涙が止まらずぼろぼろになった顔で天を仰ぎ――

 うす雲が広がる淀んだ空に、学園指定の制服を纏《まと》った人影が宙に浮いていた。
「――リム……?」
 すっと私の隣へ降り立ち、ふわふわと漂う黒い何かを睨みつける長身の少女。間違いない、リムだ……だが。
 普段のぼんやりとした雰囲気と異なり彼女は鋭く凛とした表情で。また八重歯や爪が獣のように尖っており、目鼻立ちもどことなくくっきりしているようにも見える。
 そして何よりもあの綺麗な長い黒髪が、赤茶けた色をした緩《ゆる》いウェーブがかった髪となっている点が強い違和感として残る。
 その、私の眼前に佇み黒い何かと対峙する、記憶と明らかに異なるリムの姿。

「やっぱり。予想通りだったみたい」
 リムは私へ振り向き、いつも見せるような微笑みを浮かべた。
「コト。助けに、来たよ」

 ――そうか、これは私の夢なんだった。

 これが夢であるという認識と同時に、私はリムが下校時に口にした言葉を思い出す。

『大丈夫、いざとなったら私がコトの夢へ助けに行くから』

 こノ言葉は、こういうことを意味していたのか?
 私は即座に強く首を振って自分の思考を否定する。
「ははっ。助けに来たとかありえないよ。こんなの……私の記憶や願望が夢としてそう見せてるだけ、そうでしょ?」
 乾いた笑いをあげる私を、リムは表情を陰らせながらも、
「んー。私は、私の意思でコトの悪夢《あくむ》を退治しに来たんだよ」
 それは、いつもの優しいリムの声で綴られた。
「リムの意思……私の悪夢?」
「そう、私の意思で、私の能力で」
「リムの能力って。リムはただの『眠り』の異能者じゃないの?」
「表向きは確かにそう、だね。学園にもそう登録されてる、はず。それに、外から見たらただ眠ってるだけにしか見えないし、今も、私の体は寮室でぐっすり寝てる」
 ふふっとリムが微笑むとすぐに、その胸にそっと手を当て真顔で私を見つめ、
「えーっと、……私自身の夢を操作し、他者の夢へ干渉、同調する。そして私の夢は、現実の意識と感覚をもってその相手の夢へと侵入、共有することができる。それが、私の能力、なんだよ」
 私は眉をひそめた。それを察したのか、リムが続ける。
「うーん、そうだね……。単純に『今、私がコトと同じ夢を見てる』ってのがわかりやすい、かな」
「同じ夢……でも何故そんな能力を、何のために……まさか――」
 ――まさか。私は肩の上でふわふわ浮かぶ黒いそれへと視線を向ける。
「……そう、それは人の心に巣食いその寄生主の夢へと擬態し、負の感情を増殖させるラルヴァ『悪夢《ナイトメア》』」

 これが、ラルヴァ……?

 それってつまり、私の中に、私の夢の中にラルヴァがいるってこと?
「カテゴリーエレメント、上級Cノ1。こいつだけならまだ嫌な夢を見させるだけの、人の夢の中で悪ふざけしてるだけのラルヴァだから。ちょっとだけ嫌な気持ちが続いたりするけど、直接的な実害はない、はず」
 突如知らされたラルヴァの存在に怯える私を見て、リムは微苦笑を浮かべる。
「今日の放課後にコトの夢の話聞いて、まさかと思ったんだけど。でももう大丈夫、私に任せて」
 不安がる私の表情を察してか、リムは鋭い爪を備えた手でそのラルヴァを掴むと、
「さて、さっさと退治しちゃうね」
 そして、何の躊躇いもなく、
「それじゃ、いただきます」
「食べちゃうの!?」
 あたかもおにぎりを食べるかのように、そのラルヴァを口へと運んだ。
 黒い『悪夢《ナイトメア》』は抵抗する素振りをまったく見せることなく、徐々にリムの胃袋に収められていく。
 そして、最後の一飲みと同時にリムが満足そうに「ふぅ」とため息をつき、両手を合わせ、小さくお辞儀をした。
「ごちそうさまでした」
「……ラルヴァって、食べても大丈夫なものなの?」
「うーん、えーっと……。これは夢だしイメージの問題、かな。食べてなくなれば『もうないよ』ってわかりやすいし、これも私の能力の一つだから。ほら、ひとまずこれでもう安心だよ」
 面《おもて》を上げたリムの表情は、いつもの緩んだ微笑に戻っていた。
 意表を突かれるとは正にこういったことを指すのか。もうわけがわからない。ラルヴァってもっと恐ろしい存在じゃないの? 
 私はこの夢の内容に頭を抱え込んだ。
 リムが私の夢の中に助けに来て……私の中にラルヴァがいて……リムがそのラルヴァを食べて消しちゃって……で、それがリムの能力?

 理解できずに脳内でパニックを起こしている自分に対して、やけにこの不可解な現状を、さも当たり前のように振る舞っているリムの姿に疑問が浮かんだ。
「もしかして、リムっていつも、ずっとこいつを……?」
「うん、寝てるときはだいたい、世界中の誰かの夢の中へ……『悪夢《ナイトメア》』に侵された人の夢の中へと出かけてる、かな」
 言って、はっと何かに気づいたのかリムが口早に続けた。
「あ、もちろん全員が全員『悪夢《ナイトメア》』に悩まされてるわけじゃないよ。取り付かれやすい人もいれば耐性の高い人もいる。中には『夢を全く見ない人』もいたりするし」
「え、それじゃ私はもしかして……」
「うん、コトはどちらかというと取り付かれやすい側、なのかな。でもそういう人達のためにも、私はいつも……ね」
 リムは、照れ臭そうに頬を掻きながら、
「これが、このラルヴァから皆を守ることが私に出来る唯一の……たぶん、私にしか出来ない仕事だから」
「リムにしか出来ないって、じゃあ今までずっと一人で……?」
 考えたくもなかった事実が脳裏をよぎる。
 昼も夜も、一日のほとんどを睡眠に費やしているリム、その夢の中で他者の夢へ次々と侵入していき、自分にしかできないからと単身ラルヴァ『悪夢《ナイトメア》』を追い続けているということは、つまり……。

 リムは今までずっと、たった一人で『悪夢《ナイトメア》』を討伐してきたってこと?

 一瞬だが、ふっと立ち眩みのように視界が陰った、そんな気がした。
「リムが……リムがこうやって一人でラルヴァを倒し続けてること、他の人は知っているの?」
 私の問いに、リムは顎に指を当て首を傾げる。
「うーん。ほとんどいないはずだよ」
 そして、反対の手の指を折り数えながら、
「私が把握してる限りでは……一、二、三……四人、かな」
「たった四人……、なんで? ずっと続けてきてたのなら、このラルヴァのことやリムの能力のことを知ってる人はもっとたくさんいるはずじゃないの!?」
「それは、無理、だよ。コトも今までのみんなも、目が覚めたらこの夢のことは綺麗すっきり忘れて『夢は見てなかった』ってことになる」
 リムは俯《うつむ》き、お腹を撫でながら、続けた。
「だって、私がこの夢を……この夢を生んだラルヴァ『悪夢《ナイトメア》』を食べちゃったから」
 何故かリムの言葉に深く心が痛んだ。
 リムはみんなのためにこんなに頑張って、たった一人でラルヴァを倒し続けているというのに、誰にもそのことを覚えていてもらえないなんて。
 それどころか、周りのみんなはリムを『眠り姫』と囃《はや》し立て、寝てばかりの役立たずな異能者というレッテルを貼っていたのだ。


 ――そう、私も含めて。


 悔しさが、情けなさが、恥ずかしさが、申し訳なさが、再び私の視界を陰らせる。それでも私は目が霞むのもお構いなしに、リムを見上げ、叫んだ。
「おかしいよ、そんなの絶対おかしいよ! ……リムの異能もなんかちょっと変だけど、じゃあリムが一人で倒さなきゃならない『悪夢《ナイトメア》』って一体何なのさ!?」
「んーと、さっきも言ったよ? 嫌な夢見させるだけの、夢の中に居るだけのラルヴァだって。こいつだけならまだ……」
「そんなん聞きたいんじゃない!!」
 リムの言葉を遮《さえぎ》り怒鳴り返す。リムが小さくビクリとし、困惑した表情で私を見下ろした。
「コト、こんなのでも人に悪さするラルヴァだもん。退治できる人が退治しなきゃ駄目、だよ」
 心がちくりと痛んだ。
「だけど、さ。他の異能者たちも前線に出て頑張ってるし、非戦闘系異能者の人だってその能力をもって評価を得てるじゃん。リムもこうやって頑張ってることをもっと知ってもらえば他の皆だってをもっと……」
「でも私の異能は……、ううん。私はあまりこのことを人には知られたくないから、このままでいいの」
 リムが呟《つぶや》き、私から視線を逸らす。その仕草が何故か妙に癪《しゃく》に障《さわ》り、私は激昂《げっこう》した。
「なんで!? それじゃあ他のみんなはリムのことをこれからもずっと……、田中さんや鈴木さんなんて今日、散々リムをバカにしてたんだよ!?」
「えっと、違うよ、コト。あの二人も本当は……」
 まるでその二人を庇《かば》うかのようなリムの言葉が、私の心の底に黒い感情を芽生えさせた。そして、それが私の心を強く締め付けてくる。
「私はリムの親友だと思ってた。まだ出会ってからたった数か月だけど、それでも一番仲のいいクラスメイトだと思ってた。それなのに……」
 こみ上げてくる得体の知れない黒い感情が無意識に強い怒りへと置き換わっていき、私はリムの胸ぐらを掴みあげた。身長差もあってか、私の両肘がリムのふくよかな胸を押しつぶす。
「私よりあの二人の肩を持つっての!? それに、どうして今まで何も話してくれなかったのさ!?」
 大声で怒鳴る。自分でももう何を言っているのか、何をしてるのかわからなかった。
「もうわけがわからないよ……。リムが助けにきてくれて、リムの本当の能力も教えてもらえたのに……それを忘れなきゃならないなんて……」
「コト、お願――ち着いて。でな――」
 視界はどんどん暗くなり、耳すら聞こえ辛くなってきた。しかし、それでもなお心を覆いつくすほどに湧き上がった感情を私はもう止めることは出来なかった。
「それなら……それなら私は毎晩|悪夢《あくむ》にうなされたっていい! リムのこと忘れないから、忘れたくないから、私の『悪夢《ナイトメア》』を返してよ!!」
「――!! ……――!」
 もう何も見えなかった。リムの声も届かなかった。リムの胸ぐらを掴んでいた両手の感覚も、肘に触れていた柔らかい感触も、何もかもなくなっていた。

 全てを覆い尽くす闇。完全な無。
 助けてに来てくれた親友《リム》を求めるが故に彼女を拒絶してしまった私へと、私《・》が囁くように声をかけてきた。

「私《ナイトメア》なら、いつでもここにいるよ」

 不意に、私の中で黒い感情がはじけ飛ぶ。真っ暗だった視界が急に開けた。

 ――そうか。私がずっと「悪夢《ナイトメア》」を生み続けてればいいんだ。
「あははははははははっ」

 私はリムの胸ぐらを掴み上げたまま、新たに生み出した無数の「悪夢《ナイトメア》」に囲まれ高笑いを上げた。





 ◇四


 それは不思議な感覚だった。
 全身に力が漲《みなぎ》り、視覚や聴覚などの感覚器が常識をはるかに上回る程に研ぎ澄まされている。
 まるで、心に満たされた黒い何かが全身に沁み渡り、私の肉体が、意識が、感覚が、その全てを何十倍にも増幅してくれているような。そして何より、私の心がこの力の全てを既に理解できていることに驚嘆した。
 すごい。この力があれば全てを私の思い通りにすることができるのかもしれない。私はその湧き出んばかりの力に感情が昂《たかぶ》っていた。
「コト、苦しい……」
 私の両手で胸ぐらを締めあげられているリムが呻きをあげ、苦痛に顔を歪めながら、私の左右の手首にその鋭い爪を食い込ませるほどに強く掴《つか》み振りほどこうとする。
 ……しかし、何故《・・》か《・》私はその手を緩めることはせず、むしろニヤリと唇をつり上げ更に力を込めてさえいた。
 リムはしばらく私のその手から逃れようと四苦八苦していたが、一瞬、掴む手の力を抜くと、
「んっ!!」
 両足を跳ね上げ上半身を引き落とし、まるで巴投げよろしく私の腹部を全力で蹴り飛ばして、無理やり私の両手から身を引き剥がした。

「ごめんね、コト。ちょっと形振り構ってあげられないかも」
 その場で尻もちをついたリムが、げほげほとむせ返りながらゆっくりと立ち上がる。
 少し離れたところまで蹴り飛ばされた私は、背中から激しく地面に落下した。しかし外傷や痛みは何もない。
「そっか。夢だから痛くないんだ」
 私は背中を払いながら身を起こしリムへと目線を向ける。どうやら咳《せき》は治まったようだがまだ少し肩で息をしているようだ。
「あれ? でもリムは結構苦しがってるよね」
「……うん。私は意識と一緒に感覚もこっちに持って来てるから、ね」
「ふぅん」
 リムの言葉に私は首をかしげた。
 ということは、この私の力はもしかしてさっき聞いたリムの異能よりも有能? 考えて、頬が緩み、背筋がゾクゾクした。
 そうか、今の私はきっとリムより強いんだ。
 私の全身を満たした黒い感情が、快楽をともなってそう答えてくれている気がした。
「コト、ダメだよ」
 息を整え、辺りに浮かぶ悪夢《ナイトメア》を払いのけながら、真顔のリムが私に歩み寄る。
「それは使っちゃダメ。今すぐに私が消すから、じっとしてて」
「何を言ってるの、リム? 私がようやく手に入れた力なんだよ?」 
 私は数歩下がり、腕を突き出しリムを制止する。その勢いで手のひらからポコリと悪夢《ナイトメア》が生まれおちた。
 リムはそれを見つめながら悲しそうな表情で、
「コト、惑わされちゃ駄目。それは異能なんかじゃないんだから」
「じゃあ、なんだっていうのさ」
「これは、コトの夢。しかも、悪夢《ナイトメア》が見せてる悪夢《あくむ》なんだよ」
 私たちの間をふわふわと漂っていた悪夢《ナイトメア》を掴むと、大口を開けて一飲みした。
「最悪の場合、取り返しがつかないことになる。退治して、一緒に現実に戻ろう?」
「この力を失って、全部忘れて、今まで通りの生活に戻れっての?」
 私はリムに向けて突き出していた手を強く握りしめる。指の隙間から黒いもやが溢れ出た。
「……それなら私は現実なんていらない。今の私なら何だってできる。この夢の中で、この能力で、ずっと楽しむんだ!!」
 すっと両腕を広げる。むず痒く伝わるわずかな快感とともに、私はその手のひらから無数の悪夢《ナイトメア》を産みだした。
「こんなことだって、できる」
 一つの形を強く願う。漂う悪夢《ナイトメア》たちが連鎖的にポンポンと弾け、夢を塗り替えていく。
 机が整然と並べられ、浮かびあがる黒板には、|HR《ホームルーム》でせんせーさんが板書した連絡事項が低い位置に書き連ねられてあった。
 記憶に残っている、放課後の帰り際に見た一年B組の教室。
「他に誰もいない、私とリムだけの世界。なーんてな」
 手を振りけらけらと笑ってみせる。
「そうだ、リムも一緒に遊ぼうよ。一人は寂しいし、リムも今までそうだったんでしょ? こうやって悪夢《ナイトメア》を生み続けてれば、リムはずっと私の相手をしてくれるんでしょ!?」
 悲しそうな表情のままじっと私を見つめ続けていたリムが、私の叫びに首を強く振り、答えた。
「やだ、それは絶対やだよ」
「なっ!! ひどいよリム! それじゃこのまま私を一人にするって言うの!?」
「……うーん、やっぱり、かぁ……。失敗したなぁ、今夜はコトで三人目。しかも、悪夢《ナイトメア》だけのつもりだったのにまさかこいつがいるなんて……どうしよう、かな……」
 おそらく独り言だろう。私に聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声でリムがぶつぶつと呟やく。そして、
「……もういいよ。もう、コトのふりなんかしなくても」
 リムは肩を落とし小さくため息をついて、続けた。

「私の知ってるコトなら絶対にそんなこと言わない。今のあなたは、コトだけとコトじゃない。ただの……ラルヴァ」

 誰もいない殺風景な教室で、二人の間に不穏な空気が漂う。
「何を言ってるの? 私が、ラルヴァだって?」
 リムは真顔で私を指さすと、
「今のあなたはコトの意識を乗っ取った『悪夢《ナイトメア》』の圧縮集合体。自身を分裂させて、あたかも悪夢《ナイトメア》を子供のように産み落とすラルヴァ『|子持ち悪夢《ナイトメア・プレグナント》』」
 私が、ラルヴァだって……?
 リムの言葉に、私は俯きニヤリとしてみせた。再び数歩下がり、間合いをとる。
「……へぇ。なんだ、知ってるんだ」
「まぁ、初めてじゃないし、ね。前にも一度『子持ち悪夢』とは遭遇したことあるから」
 リムは再びため息をつくと、困ったような泣き出しそうな表情で続けた。
「でも、あの時は……、このままの私じゃ手も足も出なくて結局……」
 それを聞き、私は大いに吹き出した。
「あはははははっ、それは不憫だ。それでも|こいつ《・・・》をを助けるつもり? 諦めた方がいいんじゃない?」
「ううん」
 急にリムが凛とした表情になり私を見つめてくる。ウェーブがかった赤黒い髪が、心なしか更に巻き上がったように見えた。
「私は私のまま全力をもって|あなた《プレグナント》を消して、コトを助けだす。それは、変わらないよ」
 強い意志を込めた表情で私を見つめてくる。弱いくせに、全然大したことないくせに。私は苛立ちを覚え、怒鳴り返した。
「そんな『眠り姫』のリムが、今のこの私に敵うわけないじゃない!!」
「確かに、私は現実じゃただの役立たずかもしれない。でもここなら、夢の中でなら……たとえ私が戦闘型じゃなくても、誰も私には並ばせない! 返してもらうよ、私のコトを!!」
 叫び、そして私に向ってリムの両足が地を蹴った。





 ◇五


「ふっ」
 リムが私へと一気に駆け寄る。
 私は両手から『悪夢《ナイトメア》』を無数に生み出すと、迎撃するかのように迫るリムへとそれらを放った。
「くっ……!!」
 黒い塊を右へ左へ弾き飛ばし、真正面へ飛んでくる避けられない『悪夢《ナイトメア》』を咥え込み、机をなぎ倒しながらもリムは減速することなく、私の体を押し倒した。
 仰向けの私の胴へ馬乗りになり、その両腕で私の右手首と左肩を抑え込み、リムが必死の形相で私を見下ろしてくる。
 現実のリムとは異なる赤茶けた長い巻き髪が私の頬を撫で、そして、いつもと同じリムの仄かな香りが鼻をくすぐる。
 私は身動きを取らずリムを見上げたまま、リムも歯噛みした表情で私を抑え込んだままの体勢で動かず、互いに睨み合う。

「あまいっ!!」
 私は空いた左手でリムの襟首をつかむと、強引に引き剥がした。自分の予想以上の腕力でリムを放り投げ、そのまま反動で転がり起きる。
 なるほど、悪夢《ナイトメア》で夢を書き換える以外にも、願ったことや考えることを自分自身の力に変換できるのか。
 遠くの方でリムが見事にヘッドスライディングで着地していた。

「まさかこれが全力? こんなんじゃ勢いあまってリムを殺しちゃうかもね?」
 両腕に力を込め一つの形を強く願う。むず痒く伝わるわずかな快感とともに生み出された幾多の悪夢《ナイトメア》たちが私の指にそれぞれまとわりつき、その願いどおり長く鋭い十本の鉤爪《かぎづめ》へと成形された。
 リムは立ち上がりパンパンと裾を掃うと、
「それは、困る、かな」
「それならもっと楽しませてよ!!」
 私は一気に距離を詰め、悪夢《ナイトメア》の爪をもってリムへと攻め込んだ。


 ……それはあまりに一方的な戦いだった。
 その両手のひらに魂源力を込め私の攻撃を右へ左へといなし、紙一重で避け……、それでもかわしきれず、私の爪がリムの制服を裂き、薄皮一枚ずつ傷つけていった。
 全身を徐々に切り裂かれ、それでもなおリムは反撃には出ず防戦一方を強いられている。
「ふっ、笑えるね。それでどうやって私を消そうって言うの?」
 私は満身創痍のリムへと執拗に襲いかかった。
「……私は、コトが私を信じてくれてるって信じてる、から」
「リムのことを信じるだって? 信じて何になる!」
 私の攻撃を見切ったのか、魂源力を込めたリムの両手が私の腕を受け止め、強く掴みかかった。
 一瞬、再び睨み合う。私は言葉を続けた。
「それともリムを信じて、このままリムに呑まれようか。そして私と一緒に消されて、二度と目を覚まさない植物人間みたいになることを……こいつが望むとでも思うの!?」
「そんなこと……!」
 表情を曇らせ、リムの両手の力が緩む。私はその隙に一気に両腕を引き抜き、叫んだ。
「リムに勝ち目はないよ。こいつは、この夢はもう私のものだ!!」
 リムの胸元めがけ、爪を立て大きく振りぬく! リムは避けるように咄嗟に机へ飛び乗り、後方へ高く跳躍した。
「くっ! それでもあなたなんかに、絶対にコトは渡さないんだから!!」
 涙。
 リムは泣いていた。グスリと鼻をすすり、手の甲で涙を拭う。
 その一瞬の隙が明暗を分けたのかもしれない。
「くらえぇえ!!」
 私は一気に間合いを詰めると、着地するリムの左腹部へ、鋭い爪を備えた右腕で深く抉り込んだ。
「ぅぐっ!?」
 リムが顔をしかめ呻きをあげる。

 ヌルヌルとした感触が右手を覆う。ものすごく熱い。
「ぐ……ぁ……。まだ、大丈夫……」
 リムは痛みを堪《こら》えるかのようにはっはっはっと細かく呼吸をしながら、両手で私の右腕を力なく掴み、そして覆いかぶさるようにもたれかかる。
「そう? それじゃあ……」
 私は肩に乗せられたリムの頭を空いた左手で撫でながら、
「はい、プレゼント」
 リムの腹部を貫く右手から体内へと直接、大量の悪夢《ナイトメア》を放った。
「がはぁっ!!」
 まるで電気ショックを与えられたかのようにリムの体が跳ねあがる。そりゃそうだ、絶望と苦痛という負の感情を存分に込めたんだから。
「ぁぁぁああああ!!」
 リムは激しく暴れ、自ら私の右手を引き抜くと、鮮血を垂れ流しながら地を転げ回った。

 ……ちょっとやりすぎたかな? でももうこれで、リムが私を消すことなどできないだろう。
 私は血だまりにうずくまるリムを見下ろしながらニヤリと口角をつり上げた……が。


 そんな私の思惑は、次の瞬間に脆くも打ち崩された。





 ◇六


 力尽きたのか血まみれの姿で地に伏したままのリムの体が、ビクンビクンと小刻みに痙攣《けいれん》する。
「いやだ……またあんな――になんかなりたくない。コトに、見られたく、ない……。いやだ、いやだ……いやだぁあ!!」
 左わき腹を押さえながら小さく縮こまり、右腕で強く抱き込むように顔を覆う。くぐもった悲痛な叫びが教室内に響き渡った。
「リ……ム……?」
 叫ぶほどの体力などもう残っていないはずなのに。とどめを刺さないまでも、少なくとも追撃を加えるべきだったのだが、私は踏み込めなずたじろいだ。
 それはこの悪夢《わたし》が、急変したリムの様子に対して強く「嫌な予感」がしたから。


「あぁぁ………!!」
 バリバリという音とともに、リムの細身の体が数倍に膨れ上がりボロボロの制服を引き破っていく。その全身は赤黒い毛で覆われ、まるで熊のような厚い胴が露わになった。四肢は虎のようにたくましく大地に伸び、顔には太く長い鼻が備えられ、左右の牙が太く長く反り返っていた。
 私を睨む巨躯の獣は、大型獣特有の雄々しい威圧感を持ちながらも、一概に格好良いとも可愛いとも言えない、むしろ見る者に畏怖さえ与えかねない姿で、その力強さを誇示するかのように長い鼻をひるがえし、

「ォォォオオオオオオオ!!」

 重く響きわたる雄叫びをあげる。私が生み出したこの教室という空間がその衝撃によって音を立てて砕け散る。地に落ちた悪夢の破片は霧散し、辺りはまっさらな純白の空間が広がっていた。

「そんな……何、その姿……。これじゃまるでリムの方が化物《ラルヴァ》みたいじゃない!!」 
 まったく予想だにしないリムの変貌に、私は本能的に心底脅えきっていた。

 ――おかしい。異能者は一人一系統のみのはず。それなのに……。
 私の知る限りリムはすでに異なる四つの異能を発現させていた。
 現実世界での「眠り姫」のリム、人の夢に入り込み、悪夢を食らい、そしてこの厳《いか》つい獣の姿に変身する。
 ありえない、これってつまり……、
「……つまり、夢喰いの『獏《ばく》』への身体変化がリムの異能の本質ってわけ?」
 低いの唸り声をあげながら、二メートルを超える巨体の獣がのそりのそりと私へと歩み寄る。私は間合いを保ち、後ずさった。
 うぅむ、これが動物園で見た白黒のマレーバクのような、ずんぐりむっくりした姿であればまだ愛嬌もあっただろうに。
「ふ、ふん。でもいいの? 今の私は|こいつ《・・・》と一蓮托生。こいつの肉体が滅びるまでこの夢の中でずっと一緒なんだ! このまま私を消したらこいつだって……」
 喚き散らす。しかし、リムは聞く耳持たずと言わんばかりにその脚を止めることなく、その瞳が鋭く私を睨みつける。
 ……さっきの変身することへの怯えようといい、まさかこの姿では理性を失うとか、自身を制御できなくなるとか……?

「くっ。消されて、たまるかぁあ!!」
 脚力強化をイメージ。獏に変身したリムと対峙したまま、私は後方へと高く飛び退く。間合いを取り出方を伺うべきだ。こんなのは私の知るリムじゃない。しかし、
「速っ!?」
 さっきまでのリムの動きとは全く違う。たったの一歩。獏は一歩高く跳躍するだけで、私が脚力強化してまで稼いだ間合いを一瞬で眼前まで詰められてしまった。
 このままでは着地して再回避するまでに、その巨体から逃れる術なく突進を食らってしまう!?
「くそっ!」
 私は両手を突き出し、触れば致命傷レベルの激痛をともなう程の負の感情を込めた悪夢《ナイトメア》を、迫る獏の顔面に撃ち込む。
「ガァァァァアアアアアッ!!」 
 しかしその渾身の一撃も、込めた負の感情など関係ないとばかりに、いとも簡単にその大口で一飲みに嚥下されてしまった。
「うわぁあ!!」
 そして次の瞬間、獏の鋭い牙が私の首筋を深く抉り込み、そのまま地面へ叩きつけられてしまった。

 熱い、噛みつかれている首筋が熱い。
 リムの舌が、肌に触れる口腔内が、皮膚を穿つ獏の牙が「リムに食べられた夢は消える」というリアリティを私に植え付ける。
 しかし、リムはその体勢のまま噛み千切ることはせず、むしろリムの口を通して私の首筋から体内へと、何か更に熱いものが流れ込んでくる感触があった。

 これは……魂源力《アツィルト》!? そうか、しまった!!

 私はリムを振り落とそうと全力で体を揺さぶった。しかしリムの牙は深く首筋に食い込んだまま離れることはなく、むしろ暴れるなと言わんばかりに、太い前脚で押さえ込まれてしまう。
 まさかのリムの機転に私は動揺した。理性を失うとか制御できなくなるとか勘違いも甚だしい。その姿になって尚、リムは十二分にしたたかだった。
 流れ込むリムの魂源力が私の心を引っ掻き回す。私とこいつの意識は共に攪拌《かくはん》され、心の内側から徐々に消滅させられていく……

『私は、コトが私を信じてくれてるって信じてる』

 消えゆく意識の中、ふとリムの言葉が脳裏をよぎり、同時に私の中に抑え込んでいた私《・》が叫んだ。
「リぃムぅぅぅう!!」

 ……私はリムを信じる。そう、私が間違ってたんだ。
 リムの気持ちも考えないで、悪夢《ナイトメア》にそそのかされて好き勝手に当たり散らして……こんな酷いことをした私を、リムはそれでも必至になって助けようとしてくれてるんだ。 
 このまま|子持ち悪夢《こんなやつ》と一生を共にするくらいなら……、その結果がどんな運命であろうと、リムを信じよう。
 リムの魂源力によって、私という存在が消え去さってしまうよりも先に、悪夢《ナイトメア》が消滅されることを。

 私はリムを信じるんだ。
 ふっと体の力が抜ける。視界は眩いほどに白い光に覆われ、音も全く聞こえず。全身の感覚が末端から薄らいでいく。噛まれていた首筋の感触だけが最後まで明確に残っていたが、それもいつしか消えうせていった。


 全てを覆い尽くす光。完全な無。


 そして次に私が覚えていた記憶は、一糸纏わぬ人の姿に戻った黒髪ストレートのリムが私に抱きつくように覆いかぶさり、いつも通りすーすーと安らかな寝息を立てている姿だった。





 ◇七


 私はゆっくりと瞼《まぶた》を開いた。

 体を起こし、ボーっとした思考のまま辺りを見回す。うん、見慣れた自分の寮室だ。枕もとの目覚まし時計は四時半を指している。
 んーっと両腕を上へと体を伸ばし、再びベッドへ倒れ込み大あくびを一つ。

 ――何か今、すごくとんでもないことを忘れてるような気がする……?

「……トイレ」
 誰に伝えるわけでもなくぼそりと呟き、ベッドを下りる。
 一人部屋の寮室はたいして広くない。四畳半くらいだろうか、ベッドと机と小さなテーブルと、あと隅に簡単な棚が備え付けられてあり、エントランス側に小さなキッチンと狭いユニットバスがある程度。
 まぁこの高等部女子寮においては、寮費のお手ごろさと一人部屋であることを加味すればこれで十分なのだが。
 寝ぼけ眼《まなこ》でふらふらとトイレへと向かう途中。
 ピンポンピンポンピンポーン!!
 けたたましくインターホンが鳴り響いた。
 誰だこんな時間に近所迷惑な……。深夜は寮の正面玄関の鍵が掛けられているので、この訪問者が高等部生女子なのは間違いないだろうけど。
 私は寝起きでボサボサになった髪を掻きながら「はーい」と呻くように返事した。
 そして、鍵を開けドアノブに手をかけ、

「――コトぉぉお!!」

 ドアを開けるなり、大声を上げて飛び込んできたリムに抱きつかれ、押し倒される形でエントランスに尻もちをついてしまった。
「よかったぁ……コトが起きてたよぉ……」
 ちょっと、そんなに強く後頭部を抱きかかえられると、リムのいい匂いと柔らかい感触の先から感じられる、トクントクンという振動が右頬に響くのですが。
「リム? 何、どうしたの? 嫌な夢でも見たの?」
 気持ちいいので姿勢をそのままにしばらくじっと……裸じゃなくていつもの淡い桃色パジャマ姿か。ってあれ? なんだこの記憶?
「ぐすっ……なんでもない、よ。でももうちょっと……ひくっ、こうさせてて……」
 私の顔はリムの胸に挟み込まれるように強く押し付けられていたので、見上げて表情を確認することは出来なかったが、リムは泣いていた。
 いったい何があった? 私が起きてて、よかった?
 考えるが思い当たる節がまったくない。
 エントランスに二人で座り込んだまま、ぐすぐすと嗚咽《おえつ》を漏らすリムとなにがなんだかもうさっぱりわけがわからない私。

 そしてリムが泣き疲れて寝落ちるまで、私たちは結局そのまま抱き合っていた。





 ◇終章


「それじゃ今日はここまでー。小テスト半分取れなかった子にはいつもの嬉しいプレゼントを用意するので、楽しみに放課後のHRを待つように。では号令ー」
 担任のせんせーさんの言葉に教室中がクレームの悲鳴で溢れた。なんてことはない、プレゼントとは宿題の追加課題のことである。
 クラス委員がやる気がない起立、礼、着席をこなし、教室内が昼休みの喧騒に包まれた。

「リム起きて、もうお昼だよ。一緒に学食いこう」
 昨日と同じく、私は登校からずっと机に突っ伏したまま居眠りし続けていた彼女を揺り起こす。この子、また小テスト白紙のまま提出――もとい、回収されたんだろうな……。
「うぅ……ん。あと五分……」
 もぞもぞとその長身を縮こませながら彼女が小さく呻くと、近くにいた茶髪ギャル系な鈴木さんと田中さんがそれを聞き「くすくす」と小さく笑みを零した。
「姫音さんって、いつもどんな夢見てるのかな」
「現実でコレだもんねぇ。夢の中でくらい強い異能者になってラルヴァと戦ってたりするんじゃない?」
「そうであればいいのかもね。それなら少なくとも『役立たず』ではないわけなんだし」
「うんうん、陰で人知れず戦うオンナノコとかカッコいいかもぉ」
「ほんとにね。頑張れ、眠り姫」
 昨日の悪態は何処へやら。二人はリムの頭を軽く撫でると、小さく手を振り別の話題で談笑しながら私たちから離れていった。
 私はその二人の後ろ姿を首をかしげながら見つめていると、
「――まぁ、もしかするとあの二人が言うこともあながち間違いじゃないのかもしれないな」
「え?」
 声に振り返る。
 クラスメイトの未見君が傍らに立ち、私と同じく教室を出ていく二人を見つめていた。
「それって、リムの異能が本当は……ってこと?」
 実際、今まで未見君と話をしたことは数えるほども無かった。彼は何か訳有りといった表情で、リムへと視線を落とすと、
「可能性としてね、俺もたまーに、変な夢を見ることがあるもんでさ……あ、いや。別に姫音がその夢に出てきたってわけじゃないんだけど」
「ふーん……」
 夢……か。ふと何かを思い出しそうな感じがしたが、結局もやもやとしただけだった。
「相羽さーん、姫音さん起きた?」
「早く学食行こーぜ……って、あれ? 未見と相羽ってなかなかレアなカップリングだな」
 再び別方向からかけられた声に振り返る。
 昨日は出撃命令で断っちゃったからと、お昼を一緒に食べようと声をかけてくれた姫川さんたち三人組の姿が。
「「カップリング言うな」」
「息もぴったり揃っちゃって、まぁ」
「「だからそんなんじゃ……」」
 再び口を揃えて同じセリフが出てしまい、互いに顔を見合せた。
「それにしても、これだけ周りに人が集まっていても、相変わらず姫音さんって眠り続けることできるんですね」
「だなぁ。どうすりゃサクっと起こせるんだろうな」
「あ。それならほら、やっぱり……眠り姫を起こすには王子様のキス……とか?」
 照れ照れと語る姫川さんを相手に、男子三人が明らかに絶句しているのが見て取れた。
「イグザクトリィっす」
 更に後ろから、長髪の毛先を赤いリボンで結んだ少女が、両手を腰に当てその大きな胸を張り、二人の間を割って入ってきた。
「ね、そうだよね。神楽さんもそう思うよね?」
「当然っす。鬱蒼と繁茂した茨の古城を突き進み、麗しきお姫様を百年の呪いから救い出す王子がいてこその眠り姫、茨姫、眠れる森の美女っす。――というわけで……」
 神楽さんが、氷浦君と伝馬君、未見君を順に見定めると、何かを思い出したかのようにぽんと手を打ち、
「……氷浦王子、さぁこの眠り姫の唇へと熱い口づけを、さぁずずいっと」
 手のひらで「どうぞどうぞ」と促す。
「あれ!? 今こいつと俺らのこと見比べなかったか!?」
「外野は引っ込んでろっす」
「うわひでぇ!!」
 伝馬君の抗議を鼻で笑い飛ばす。陰で呼ばれる外道巫女の二つ名は伊達じゃないな……。
 そんな二人を尻目に、氷浦君が口を挿む。
「そういう基準なら僕なんかよりも適任がいるだろうに……なぁ、トラ?」
「んぁー、何?」
 近くの席で、深々と頭を下げる錦君に左手をひらひらと見せながらノートを手渡す中島君へと氷浦君は声をかけた。……なるほど、錦君はまた小テスト赤点なのかな。
「あー、確かに。中島君と姫音さんなら美男美女セットっすね」
 顎に手をあてニヤリとする神楽さん。
「気に入ったっす。こっちに来て眠り姫にキスしていいっす」
「……何かよくわからないんだけど、いいの?」
 中島君がリムを中心にした輪に加わり、私に向って確認を求めてきた。……って何故私に?
「でも、私にもその決定権はないと思うんだけど」
 きょろきょろと皆の顔を見回しながら答える。何故か頬が熱くなっているのが自分でわかった。っていうか、何故皆揃って何かを期待するような目で私を見ますか。
 ……陰で氷浦君がこっそりと、矛先が離れたことへの安堵のため息をついていた。
 そこへ、中島君のノートを鞄へとしまった錦君もまた、私たちのもとへ歩み寄り、
「なー、何の話? 俺は? 俺は?」
「おい待てドラ。お前じゃねぇ座ってろ」
「ちょっと、キョウちゃん?」
「んだよ、哀。裾引っ張んな」
「さぁ中島君、周りは無視して遠慮せずズキューンとやってのけるっす」
「未見ー、ちょっと助けてくれー」
「えー、じゃあここは俺が……」
「ふっふっふ。埒が明かないといった様子ね。では不肖この加賀杜紫穏さんが眠り姫を起こしてしんぜようぞ」
 私たちのやり取りを覗いていたのか、加賀杜さんが未見君の言葉を遮り、にやにやしながらリムに近づいてくると、
「リムっちー。ほれほれほれ」
 どこから持ち出したのか、猫じゃらしでリムの鼻先をくすぐりだした。
 ――あれ? 加賀杜さんが猫じゃらしなんか使ったら……?
「へ……へ……っくしっ」
 可愛らしいクシャミを一発。リムは何事かと鼻を擦りながら辺りを見回した。
「んー、あれ? みんな集まってどうしたの?」
 確かに、目が覚めたらクラスメイトが十人近くも自分の周りに集まっていれば不思議に思うだろう。
「ほらリム、もうお昼だよ。一緒にご飯に行こう」
 私は腕時計をリムに見せた。そろそろ出発しないと席が取れない可能性のある時間へとさしかかっている。
「さて、では学食へ向うとしましょう」
「腹減ったー。トラとドラも学食だろ? 未見も神楽も加賀杜もほら、一緒に飯行こーぜ」
「え? あぁ」
「いいっすよー」
「アタシも? おっけーおっけー」
「ドラ、今日のノートの分を早速おごってもらおうか」
「……A定な」
「相羽さんも姫音さんも、さぁ行きましょう」

 今日も相変わらずいつもの「鋼のB組」メンバーだ。
 私はリムの手を取り立ち上がらせると、皆とともに学食へと向かった。



 高等部一年B組、窓から二列目、前から三番目の住人は、その名をもじって「眠り姫」と呼ばれていた。
 彼女は名を|姫音《ひめね》|離夢《りむ》という。
 本人から詳しく聞いたわけではないが、私が知る限りリムは『眠り』の異能者である。





 【眠り姫の見る夢 -Koto-】 終












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最終更新:2009年10月14日 02:00
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