【成宮金太郎の面倒な朝】


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 朝礼をサボって飲む缶コーヒーは、成宮金太郎にとってお気に入りの飲み物の一つである。
 味は正直なところわからないが、なんとなく頭がすっきりするような気がするのだ。それに行事をサボって飲むという事実が加わると、これはもう中々の味わいである。コーヒーの飲みすぎはよくないとこのところ秘書によく釘を刺されていたが、こればっかりはやめるつもりはなかった。
 残りを一気に飲み干すと、金太郎はゴミ箱の方に向かって缶を投げた。
 外れた。
 缶は勢いよく打ちっぱなしのコンクリートの上を転がると、自販機の下に食い込んで止まった。
 的を見もせずに投げるのはやっぱりよくないかと金太郎はいたく反省したが、よく見てみれば、今回はひどく分が悪い勝負だったことがわかった。そもそもゴミ箱がなかったのである。
 昨日までゴミ箱があった場所には、いまや何もない。辺りをどれだけ探しても見つからなかったから、どこかに移されてしまったわけでもない。いまどき珍しいタイプの金属製ダストシュートが、跡形も無く消えている。
「おいおい」
 どういうことだと、金太郎はため息をついて缶を拾い上げた。
 中等部と大学のちょうど境目辺りに設けられた小さな休憩所。きれいなベンチにちょうどよい高さのテーブル、日差しをさえぎる屋根まであって、おまけに場所が悪いのかあまり人が訪れない。入学当初に敷地内を探検していて見つけたときは、おもわずガッツポーズをしてしまったほどだ。別に人嫌いというわけではないが、大勢の人間が視界内にいると、どうしても気持ちが休まらない。だから、ここは金太郎にとってお気に入りの場所だった。
 お気に入りの場所だけあって、どこに何があるかは大体把握している。だからゴミ箱が見つからないというのは妙な話だった。
「……そろそろ戻るか」
 金太郎は腕時計に目をやった。朝礼はもう終わった頃だ。
 ゴミ箱が消えたのは気になるが、かかずらっていると朝礼から帰る生徒に紛れ込むのが難しくなる。金太郎は疑問に蓋をした。どこに文句を言ったものかと思案しながら、缶を逆さに振ってしずくを捨てる。この近くに他のゴミ箱はあったっけと、金太郎は視線をめぐらせて――
「こんなところにいたのか」
 ――青いサングラスと目が合った。


「うげ」
 金太郎は眉をひそめたが、相手はそれを気にする様子もない。2メートルに迫る長身はずかずかと距離をつめると、金太郎の顔を上から覗き込んだ。青いマッシュルームヘアーに同じ色のサングラス。この格好を見るたびに、金太郎はいつも服装規定のことが気にかかってしまう。
「探したぞ」
 マッシュルームヘアーの男――エヌR・ルールは鋭く言った。
「朝礼に参加するのは生徒の義務だ。逸脱することは許されない」
「勘弁してくれよ。面倒なんだよアレ。大体、今日のはもう終わってるだろう」
「その主張には賛同できない。だがそれはこの際おいておこう。先だって行われた化学廃棄物処理業者の入札についていくつか質問がある。誠実な回答を要求する」
 金太郎はルールの横に浮かぶ数字を見た。昨日見たときから一切変化していない。その横に踊っている記号は-。当面の金運には変化なし。ついでに、その表情もさっぱり読めない。青いレンズで瞳が隠されていることも、顔の読めなさに一役買っている。
 金太郎はベンチのところまで戻ると、どっかと腰を下ろした。
 面倒くせえことになった。
 腹のそこからため息をつくと、金太郎は力なく宙を仰いだ。


 ここ双葉学園に集う生徒たちの多くは、皆一つの共通する特徴を具えている。すなわち、魂源力《アツィルト》による超常能力の発現である。
 それがいかなる形をとるかは人によってさまざまである。多くは何らかの形で戦うことに適した能力であり、その力でもって、生徒たち=異能力者はラルヴァと呼ばれる化け物を狩る。
 だが中には、全く戦闘向きでない能力が発現した者も若干ながら存在する。成宮金太郎は、そうした異能力者の一人である。
 その能力『ハイロウズ』はきわめて特殊な部類に入る。その性能を一言で表すなら「金運の判断」である。
 何らかの形で人に出会うと、金太郎はその人物がどれほどの資産を持ち、また将来的に収入を得る可能性が有るか、または無いかを即座に判断することが出来る。結果は人の頭の横に数字と、↑もしくは↓のマークとして表示される。能力が発現してこのかた、金太郎は判断を間違えたことがない。
 双葉学園に入学してしばらくすると、金太郎は醒徒会、すなわちこの学園における事実上の執行組織役員に立候補した。会計に就任できれば、金に関する自分の能力を生かせると見てのことである。金太郎は入学に際して、自身の持つ莫大な資産の多くをこの学園都市に投資していたから、会計になって当然という思いもあった。
 行われた選挙で、金太郎は首尾よく醒徒会会計に就任することが出来た。
 だが円満就任というわけにもいかなかった。得票数は割れ、結果は大変な接戦であり、その結果として会計を二人置くことになったのだ。もう一人の名はエヌR・ルール。科学部がこしらえた人造人間である。
 二人の取り合わせはひどく対照的だ。
 露悪的でストレートな物言いの金太郎に対して、ルールのそれは礼儀正しくも回りくどい。ルールは身の丈二メートルに迫る大男だが、金太郎はそこから頭二つほども低い。規則に無頓着な金太郎にルールが抗議する光景は、醒徒会役員室に出入りする者なら誰でも一度は目にしているだろう。
 だが何より対照的なのは、会計に対する二人の態度である。
 金太郎のポリシーは単純である。すなわち、「予算を最大限に利用するためには不正な会計操作も辞さない」。もともと選挙のときにすら「三ヶ月で予算を十倍にしてみせる!」という言葉をキャッチコピーにしていたほどである。金太郎は鐘のためなら手段を選ばず、ただ結果のみを重視する。
 一方ルールは、その名の通りルールを重視する。公明正大、ガラス張りの会計を旨とし、会計委員に当選した後には自ら監査役を買って出ている。私情を挟まず不正を追求するというその姿勢は、選挙に際して多くの票を集めたという。
 不正を突っ込まれる側の金太郎にしてみれば、うっとうしいことこの上ない相手である。


 意見を戦わせること既にウン回、金太郎はルールのあしらい方を学習しつつあった。正面から組み合うのは危険、話題そらしに活路アリ、である。
「大体なんでお前が俺を探しに来てるんだよ。とっとと高等部に帰れよ」
「それに関してだが」
 ルールは一冊のノートを取り出すと、金太郎に向かって差し出した。
「これを渡すよう、君の知り合いに頼まれた。坊主頭の眼鏡だが」
「吉原が?」
 吉原とは、金太郎のクラスメイトである。
 金太郎は手を伸ばして受け取った。ノートの表紙にはでかでかと書き込まれた数学Ⅰの文字。そういえば昨日勉強を見てやったときに忘れてきたのかもしれないと金太郎は思い至った。勉強を見てやるといっても、実質は半分遊び相手になっていただけだが。
「ああ、ありがとう……何で吉原がお前に頼むんだよ。意味わかんねえよ」
「同感だな」
 ルールの返事は愛想の欠片もない。
「中等部の入り口を通りかかったときに託された。『あんたなら金太郎の居場所わかるだろ』だそうだ。知らないと答えたが聞き入れてもらえなかった。君の知り合いはなんというか強引だな」
「そりゃあいつはちょっと空気読めないところもあるけどよ。でも勘弁してやってくれよ」
「無論だ。空気を読めない奴を相手にするのは慣れている」
「ちょっと待てコラ今何つった? 誰がKYだコラ」
「侮辱する意図はない。私見を述べただけだ」
「喧嘩か? 喧嘩売ってんのか?」
「違う。立て」
「ああ?」
「立てと言ったんだ。そろそろ授業が始まる。回答は歩きながら聞かせてもらう」
 膨らみかかった怒りがたちまちのうちにしぼんでいく。うまいこと喧嘩に持ち込めれば入札のことはうやむやになるかという計算もあったが、どうやらそれもダメらしい。金太郎は鼻の頭をかくと、手に持っていた空き缶をいじった。ルールは眉をしかめて金太郎に目をやった。
「何だそれは」
「ゴミだよ。捨てようと思ったんだけどゴミ箱がねえ。あ、なあよかったら例のアレ見せてくれよ。俺まだ見たことないんだよ、缶ぐらい軽く消せるって聞いたぜ」
「断る。ぼくの能力はゴミ掃除のためにあるわけではないし、ましてや見世物でもない。いいから早く立て。遅れるぞ」
 ルールがその身に帯びる異能は、名を『ザ・フリッカー』という。肉体を微粒子にまで分解し、また自在に再構成する能力である。。その力の及ぶ範囲は自身の体にとどまらず、両手で触れた物体にまで及ぶ。缶を分解する事も、その気になれば朝飯前であるという。
 だがルールにその気は無いらしい。傲然と見下ろし、早く立てとばかりに顎をしゃくっている。歩み寄ろうとする様子も無く、態度にも取り付く島がない。
 ああほんとにもう面倒くせえなあこいつ。
 金太郎は大げさにため息をつくと、勢いをつけてベンチから腰を上げた。
 それが、金太郎の命を救った形となった。


 急に踏み込んできたルールに手を思いっきり引っ張られ、金太郎の体は宙を泳いだ。
 とんでもない力でそのまま投げ出され、地を転がされてコンクリートで頭を打つ。痛みよりも困惑のほうが先にたち、金太郎は呆然とルールを見やった。
 ルールは金太郎を見ていない。金太郎後ろ手にかばい、その目は正面を鋭く見据えている。視線の先に目を向けて、金太郎は全てを理解した。戦慄が、金太郎の背筋を這い登った。
 ほんのつい先ほどまで金太郎が腰を下ろしていたベンチを、無数の鋼線が貫いていた。取り落とされて転がっていく空き缶がそのうちの一本にとらわれ、いともたやすく握りつぶされる。引き戻された鋼線が自動販売機の下に姿を消し、そこから身を引きずるようにして何者かが姿を現した。全身から伸びた金属の触手を揺らめかせ、口器と思しき当たりから金属の軋るような音が漏れ出る。自然にあるまじきその姿は、まさに怪物そのものだ。
「ら、ラルヴ」
「カテゴリービースト、危険度はB3といったところか。学園内に出るとは珍しいな」
 うろたえる金太郎とは裏腹に、ルールは眉をわずかに持ち上げたのみである。
 鈍い光沢をもつラルヴァの体のあちこちには、なにやら見覚えのあるロゴや模様が浮かび出ている。それが缶ジュースの塗装だと気付いたとき、金太郎はなぜゴミ箱がなくなっていたのかを理解したと思った。
「フン、どうやらゴミ箱や空き缶を食べて体を作ったようだな。自販機を食べてないのは不思議だが――」
 閃いた触手が自販機に突き刺さり、それをばらばらに引き砕いた。飛び散る破片は残らず他の触手に捕らえられ、瞬く間にその口器に放り込まれて姿を消す。ほんのさっきまで猫ほどしかなかったラルヴァの身は、いまやルールの目を正面から覗き込めるほどに拡大している。
「――口のサイズの問題か」
 気のない様子でルールが肩をすくめた。ルールは醒徒会役員であり、それはつまり学園内で最強の戦闘能力を保持している事を意味する。未知のラルヴァを前にしてなお、ルールの余裕は揺るがない。
 学園最強とも目されるルールの力を持って戦闘に及ぶのだから、これほど頼もしいこともない。だがその事実をもってしても、金太郎は体の震えを抑えることができなかった。
 さっきからこの化け物がそばにいたのだ。
 冷たい事実が、金太郎の足から力を抜き取った。へなへなとしりもちをついた金太郎に、ルールは叱咤するような目を向けた。
 そうして生じた致命的な隙に、ラルヴァが大きく動いた。
 波打つ無数の触手を束ね、一本の巨大な鞭を編み上げる。蛇のもたげる鎌首のようにたわめられた触手は、次の瞬間には風を切って振り下ろされている。人の太ももほどもある豪鞭が過たずルールの脳天を直撃し――
「立て、成宮」
 ――うがたれた足元のコンクリートが、大きくひび割れて土煙を上げた。その事を一顧だにすることもなく、ルールは手をひらひらと打ち振った。
「さっさと下がれ。そこにいたんじゃ死んでも責任は取れない」
「わ、わりい。腰抜けた」
「ではもう少しだけ下がれ。危ない」
 編み上げられた触手がルールの足元でほどけ、無数の鋼線となって伸び上がった。地に咲く蓮花のように開いた鋼線が、一瞬にしてルールを握りつぶさんと閉じられた。それでもルールは動じない。全ての攻撃は幻のようにルールをすり抜け、いたずらに大気をかき混ぜるばかり。手ごたえの無さに狼狽したように、触手の群れがさっとその身を引いた。
「これが……『ザ・フリッカー』……」
 金太郎は瞠目した。話に聞いてはいたが、間近で見るのは初めてだった。
 攻撃が当たる瞬間肉体は原子に分解され、すり抜けた後に再び再構成される。肉体の全原子制御という常識外れの異能が可能にする完全無欠の防御術。学園内でも最強と目される理由はこういうことかと、金太郎は感嘆の声を漏らした
 金太郎が充分後ずさったのを横目で確認すると、ルールはラルヴァにその身を向け、ゆらりと両手を上げた。
「殺すのはあまり気が進まないが」
 ラルヴァの口から轟音がほとばしった。引き戻された無数の触手が枝分かれしてたがいにより合わさり、何枚もの網をつくりだした。全方位から押し包み、逃さず握りつぶそうとする意志の表れ。きらめく網が次々とルールに投げつけられ、また回り込んだ触手が上からとなく下からとなくルールに迫り――
 ――そのうちの一本が、ルールの両手に発止と捉えられた。
「もう少し行儀がよければ、飼ってやるという手もあったかもな」
 ため息とともに解き放たれた原子分解能力が、ラルヴァの体を跡形も無く消し飛ばした。


「立てるか」
「うるせえ。ほっとけ」
「そういうわけにもいかないだろう。なんなら保健室まで背負っていってもいいが」
「勘弁してくれよ。いやもうホント勘弁してください勘弁しろっていってるだろ寄るな触るな見下ろすんじゃねえ!」
 金太郎は両手をぶんぶんと振り回してルールの手を振り払った。ルールに背負われて保健室に連れて行かれるなど、想像するだに恐ろしい事態であった。無理やり立ち上がろうとして失敗すると、金太郎はそれきり努力する事をやめて体を地に預けた。朝の日差しが目に痛い。さっきまでなら屋根があったはずだが、いまやそれは他の物同様、影も形もなくなっている。お気に入りの場所が元に戻るまでには相当な努力を要するだろう。金太郎は思いっきりため息をついた。
「なあ、なんでラルヴァだけじゃなくて休憩所もろとも吹っ飛ぶんだよ。おかしいだろ」
「あの触手を見ただろう。おそらくラルヴァはこの辺りに無数の『根』を張り巡らせていたようだな。屋根にも、アスファルトの中にも根を通して、そこから物質を吸い上げて成長しようとしていたのかもしれない。いわば周囲の物体と一体化していたということになるだろうな」
「だから全部吹っ飛ばしましたってか。おい何目そらしてんだ。これやったのお前だからな。ちゃんと責任取れよ」
「被害程度を確認していただけだ」
「確認って……確認してどうよ?」
 ルールの目がわずかに泳いだ。
「少々やりすぎたかもしれない」
「あー同感だなーやりすぎだよなーこれ」
「補修のための緊急予算が必要だ」
「おうおう、わかってるじゃねえか。金はこっちで用意しとくから、後でちゃんと承認しろよ」
「何だそれは。まだ不正な資金があるというのか」
 ルールが信じられないというように首を打ち振った。
「予算案はこちらで用意する。君は化学廃棄物処理業者の入札に関する回答をまとめてくれ。あんなやりかたは到底認められない」
「やっとく。ところでルール、ちょっと頼みがあるんだけどよ」
「なんだ」
「やっぱ手貸してくれ」
「さっきまで助けはいらないと言っていたように思えたがな」
 不満げに鼻を鳴らしつつも、ルールは金太郎に手を差し出した。だがその手をとることに、金太郎はほんのわずかにためらいを覚えた。ラルヴァをあっという間に消し去った手。恐るべき異能が宿った手。
「どうした。さっさと立て」
 そして何より、自分を助けてくれた手だ。
 力強い手に体重を預けると、金太郎は勢いよく起き上がった。
 腰を叩いて調子を整えると、金太郎はぼろぼろになった休憩所に視線を投げて苦笑いした。確かに手ひどく壊されたが、金をつぎ込んだ突貫工事ですぐ直せるだろう。ルールはごちゃごちゃ抜かすだろうが、それはいつものことだ。確かにルールは口うるさく面倒くさい相手だが、話し合えない相手でもない。なにより、ラルヴァの後始末をするのだって、ラルヴァを倒すのと同じくらい大切な仕事だ。倒すことに協力できなくても、その分こっちでがんばればいい。醒徒会の仕事を始めてこの方、金太郎は自分の成すべき事を徐々に理解しつつあった。
「ルールよう、助けてくれてありがとよ」
「礼をいうならおとなしく監査に協力しろ。昼休みまでに入札に関する資料を全部出してもらうからな」
 前言撤回。ルールは口うるさく、面倒なことこの上ない相手だ。
 始業の鐘が鳴り、ルールが目顔で早く行けと促してくる。まるで見張るかのように付いてくるルールの気配を背中に感じながら、金太郎は中等部の校舎に向かって歩き出した。
 面倒な一日になりそうだった。頬を叩いて憂鬱な気分をなんとか追い出すと、金太郎は足取りを速めた。


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金太郎 ルール

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