【蛇蝎兇次郎の憂鬱な昼】


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 中等部と大学の敷地の境目には、小さな休憩所が存在する。
 茂る草木は季節折々の色を鮮やかに映し、椅子やテーブルなど設備の状態も手入れが行き届いている。それでいて人が訪れることはめったになく、世俗の喧騒と切り離された時間が、休むものに確かな癒しを与えてくれる。まさに知る人ぞ知る休憩スポットである。
 蛇蝎兇二郎は、そうした利用者の一人である。
 この静かな休憩所で昼飯を食らうことは、蛇蝎にとって密かな楽しみであった。
 しかしながら、この日この休憩所を訪れた蛇蝎を出迎えたものは、工事車両の出入りする轟音であった。
 耳を疑い辺りを見回し、本来四阿のあった辺りに工事用の遮蔽を見出した蛇蝎は、あふれ出た怒りをそのまま罵声として解き放った。
「な、なんじゃあ、こりゃあ」
 たぎる怒りは非凡といえども、出てきた言葉はありきたりである。
 近寄ってきた現場監督官に眉をひそめられ、蛇蝎はすごすごとその場を後にした。


 蛇蝎兇次郎を知る者は二度驚く。一度はその不埒な物言いに、そしてもう一度はそれと相反する振る舞いにである。
 尊大な口調で傲岸な理念を振りかざし、自ら卑怯者をもって任じて憚るところがない。邪魔する者に対してはいかなる手段をも用いてでもこれを引き摺り下ろし、完膚なきまでに踏みにじっては高笑いを上げる。お世辞にも人好きのするとは言いかねる人となりである。
 だが一方で、実際にとる行動だけを見てみれば、蛇蝎はひどく真っ当な生徒である。
 無遅刻無欠席を身上とし、学業は常に学年上位をキープ。優良な成績によって学費を免除され、奨学金とバイトで食いつなぐ苦学生活を送り、高校卒業後はそのまま大学への進学が決定している。たまに飛び出すアジ演説を除けば、素行もきわめて普通そのもの。言行不一致という言葉がこれほど似合う人間もなかなかいない。
 蛇蝎はこのように変わり者であるから、クラスでは非常に浮いている。痩躯をピンと伸ばして教室最後部に陣取る蛇蝎に話しかけるものは稀であり、そうした酔狂者も、すぐさま不遜な言葉を投げつけられて退散を余儀なくされることがしばしば。多くは蛇蝎をただ敬じて遠ざける事を選んでいる。なにぶん遠くから見ている分には、蛇蝎はそれなりに面白い存在なのである。
 蛇蝎はそうした周囲の扱いに不満を覚えることはない。そもそも、興味を向けることすらまれである。
 蛇蝎が目しているものはただ二つ。世界征服と、その足がかりとなる双葉学園の支配である。


 飯をどこで食おうかとしばし悩んだ末、蛇蝎は学生食堂に足を延ばすことにした。長く歩くことになるが、その辺りで食うよりはマシだと考えたのである。
 すきっ腹をなだめながら食堂に歩みを進めつつ、蛇蝎は醒徒会に対する怒りを新たにしていた。お気に入りの休憩所を奪われた痛みが、縄張りを荒らされたかのような不快感となって蛇蝎の中に凝っていた。
 ――工事が必要だったとは思えない。あんなすばらしい場所のどこをいじる必要があったのか。
 蛇蝎は驚きのあまり、工事理由を記したパネルを確認する事を忘れていた。そのため工事の理由は定かではないが、出入りしていた車両の規模から察するに大規模なものであることは間違いない。手入れが行き届いていたことは事実であるから、これは奇怪である。 この工事は不必要であり、不必要な工事を行うことは、学園管理者の怠慢のなせる業である。蛇蝎はそう結論付けた。
 やはり他人には任せておけない。一刻も早く、この学園を支配下におさめなければ。
 蛇蝎は心中怪気炎を吐くとその足取りを早めた。学園支配も焦眉の急だが、今はとにかく腹が減っていたのである。


 昼休みも半分ほどすぎたとあって、学生食堂のテラスはそこそこすいていた。
 その一つに席を占めると、蛇蝎は急いで弁当を開いた。しょうが焼きに煮卵、たけのこの煮しめは自信作だ。節約のため、昼飯はいつも自炊である。勢いよくかきこんで人心地付くと、蛇蝎は満足して息をついた。過ぎった雲が太陽をさえぎり、テラスに薄い影が降りた。
 学園征服はいかにも遠い。
 辺りにさざめくおしゃべりに眉をひそめると、蛇蝎は空を仰いだ。
 征服とは、力による支配である。抗うものを力でねじ伏せ、有無を言わさぬことがその要諦だ。
 では自分はどれほどの力を持っているというのか? 蛇蝎はそう自問した。
 愚問であった。蛇蝎は金を持たず、権威を持たず、暴力も振るえなければ情報にも疎い。無力でやせっぽちなただの高校三年生である。もちろん魂源力《アツィルト》によって獲得した異能は持っている。すなわち驚異的な観察眼と、それに立脚した高精度未来予測能力である。この力は大いに助けとなっていたが、何事につけても客観性を失わない視点は、己の苦境を浮き彫りにすることにもつながっている。自身をよく理解するがゆえに、蛇蝎は大いに悩むのである。
 醒徒会選挙に落選したことは蛇蝎にとって痛恨の出来事であった。当選すれば容易く手に入れられるはずだった学園を支配するための力が、土壇場のところで手をすり抜けていった。当選した者たちは着々とその地盤を固め、一方蛇蝎はといえば、たかが工事に大事な縄張りをあらされる始末である。勢力の差は、もはやアリと巨人のそれである。
 だが蛇蝎には、学園征服をあきらめるつもりなど毛頭無かった。
 力が無いなら集めればよい。
 その一心が、蛇蝎の心を焦がしている。
 理念を語って友を得れば、その腕が蛇蝎を王座へと推し上げる。金も、権威も、暴力も、情報も。征服という事業に必要な全てのものは、人を押さえれば自然と得られる。必要なのは人脈であり、指揮に従う集団であり、そしてそれらを束ねる蛇蝎の強い意志である。
 蛇蝎の胸元で学生証が震えた。学生証を開いて新着メールを覗いた蛇蝎は、その内容に笑みを深めた。
 手ごたえはあった。蛇蝎が密かに立ち上げた暗黒醒徒会のもとには、わずかながらひとが集まりつつある。少数ながら、そのいずれもが一騎当千のつわものたちだ。
 無論、醒徒会を組み敷くことはまだ出来ないだろう。だが、勝利はあきらめぬものの頭上にこそ輝くものであるはずだ。学園の支配権を手に入れた暁には、思うが侭に大鉈を振るい――そして、あの休憩所を己がものとしよう。支配者の密かな楽しみとして、それぐらいは許されていいはずだ。
 雲が流れ、テラスに昼の日差しが落ちた。まぶたをぬぐって弁当をたたむと、蛇蝎はゆっくりと席を立った。
 午後の授業までは、後十分というところである。


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