【壊物機 第二話】


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壊物機 第二話 『アルフレド』



 私には力がある。
 私自身という力がある。
 けれど、今の私はあの人を守れる力だろうか。
 私の我儘で渦中へと引きずり込んでしまったあの人を。
 私は、守れるだろうか。

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

「了承しかねます!」
『なぜかね? アスフォルト君』
「友であるアントワーヌの仇を討ち、あの機械を取り戻すのは私の役目であったはず! それを……外様のフリーランサー如きに任せるなど! 私と『鋼鉄魚群』の力が信用できませんか!」
『君の実力を疑ってはいないよ。けれど、こういうことは確実に処理すべきだ。より高い実力と実績を持つ人物に任せるのが自然だろう?』
「ッ! そのフリーランサーの実力と実績が私より上だとおっしゃるのですね?」
『ああ』
「失礼させていただく!!」

『やれやれ、怒らせてしまったか。ここはどうにも貴族思考というか、プライドと気位の高い輩が多すぎる』
『左様デスネ』
『あの様子では今回の件に介入してしまうな』
『止メマスカ?』
『構わないよ。もはや今回の件に関するもののどれが壊れても私が困りはしないのだから。
 数年前ならまだしも、今となっては野に放たれた永劫機はウォフ・マナフだけではない。あれが壊れるのならば別の個体を押さえればいい』
『ハイ』
『だがそのことをおいても永劫機、『鋼鉄魚群』、そして“最強のフリーランサー”が関わる今回の一件。どういう結果になるか興味は尽きない』
『デスガ』
『彼は生き残れないだろうなぁ』

 ・・・・・・

 ウォフと出会って一週間。俺は合衆国を離れ、出資している日本の学園都市を訪れていた。
 出資と言っても寄付金の類ではなく、銃器や防弾着の無料提供だ。この時点でこの学園都市、双葉区及び双葉学園がまともじゃないのは明白だ。
 なんでもこの学園は異能力者の子供を集め、異能の制御とラルヴァと戦うための術を教えているらしい。ま、制御できない異能力者はテロリストより性質《たち》が悪いから必要なことではある。
 そんな事情から国中の幼い異能力者を集めているだけあってコネクションが中々に広い。有名な異能力者一族の末裔なんかも多くいる。コネを作るには良い場所だ。ここへの出資を始めたのは先代の親父だが、そのとき俺が経営者でも出資していただろう。
 で、どうして俺がこの学園にやってきたかと言えば……。
「御主人様ぁ、駄目みたいです……」
「半日探した程度でホイホイ見つかるような情報じゃねえってことだな」
 ウォフの、というか永劫機の手がかりを掴むためだ。
 うちで永劫機を真似た兵器を創るにしても、基となるのがポンコツのこいつじゃどうしようもない。第一、技術的な問題で引っかかって実現不可能だ。
 なら直接、とウォフを作った連中と交渉したかったが、どうもウォフは自分を作った連中のことを覚えてないらしい。
 だから情報の集まりそうなここで永劫機と永劫機を作った連中の情報を得ようと思ったが、当てが外れた。
 学園から提供された超科学系の資料を斜め読みしても該当なし。事前に学園内に忍び込ませてあるうちの息のかかった人間からの情報もなしのつぶてだ。ま、これだけのために日本に来たわけじゃねえからいいんだけどよ。あまり長居もできねえし、この国での情報集めは部下達に任せるしかねえか。
「ここが駄目ならEUのガーデンに行く手もあるが、この分じゃそっちも望み薄だな」
「御主人様、どうして近いEUより先に、こっちに来たんですか……?」
「ロボットと言えば日本だ」
 なにせ異能力者やラルヴァと何の関係もない自動車メーカーや家電メーカーが大真面目に人型ロボットを創っている国だ。永劫機の製造元なんてこの国以外に考えられるか。
「永劫機が多脚戦車や戦闘機だったら合衆国産だったろうけどな」
「ろ、ロボットって国ごとに特色あるんですね……」
「それをお前が言うと途端にシュールになっちまうぞ」
 お前純度百パーセントのポンコツロボットだし。
「っと、そろそろ三時か。休憩の兼ねて喫茶店で茶でも飲んでいくか」
「はい!! あ、あの……ケーキって頼んでもいいですか?」
 随分とハッキリした返事だなぁおい。つうか食う気も満々か。
「この一週間、三度の飯のたびに思うが糞もしねえのにどこに収まってんだろうなぁ。そもそも何で飯食えるのかが謎だ。錆びたりしねえのか?」
「え、えーっと……何ででしょう? あ、あと女の子の前でその、く……とか言わないで欲しいんですけど……」
「うっせぇポンコツ。行くぞポンコツ」
「ぽ、ポンコツポンコツって……この間は相棒って言ってくれたのに……」
「相棒と書いて、ポンコツと読む」
「衝撃の真実です!?」

 選んだ喫茶店は割合洒落た店構えのオープンカフェだった。
 しかし紅茶が紅茶、コーヒーがコーヒーとしか書かれていないのは減点要素だ。紅茶にしてもコーヒーにしても種類があるだろうよ。
 加えて『スーパーデリシャスストロベリーパフェデラックス』なんて若干頭の悪そうな名称のデザートが並んでいる。
 まぁ、メニューに不安はあるが店を変えるほどでもないか。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「コーヒー一つ」
「スーパーデリシャスストロベリーパフェデラックスをお願いします!」
 …………。
「楽しみです。スーパーです。デリシャスです。デラックスです」
「……別にいいけどな」
 注文した食べ物はオーダーしてからわりと早くテーブルの上に並んだ。味はそれなりだった。ただ、こっちが胸焼けしそうな量のパフェを吐き気がしそうなスピードで食うポンコツだけはいただけない。
「モグモグ……そういえば御主人様モグ、ここって学生さんの街だって聞いてましたけどモグ、子供ばっかりですねモグモグ」
「食いながら喋るな。語尾がどっかのRPGのマスコットみたいになってるぞ」
 行儀はともかく、ウォフの言うとおりではある。道路に面したオープンカフェなので辺りを通る人間の姿がよくわかる。それらの大半は下校時間になって帰宅する小学生程度の年齢だった。
「異能力者のための学園だからだ。異能力者が急増したのは十年前、自然と子供ばかり集まるのさ。例外もいるけどな」
 そう、例外はいる。例えば先刻この通りをバイクで駆けていった赤青銀のトリコロールカラーのHEROや……この学園都市に入ってからずっと俺達を監視している奴だ。
 出資者の一人とはいえ武器商人が奇妙な伴を連れていきなりやってきたんだ、監視されるのも無理はない。長期滞在も許可されなかったしな。
 再度、俺達を監視する奴の様子を伺う。監視者は青年、日本人の年齢はわかりにくいが二十代前半から後半。異能力者だとしたら急増後に生まれた世代ではなく、急増前からいた少数派の異能力者だろう。
 ま、監視されて後ろめたいことがあるわけでもなし。別に気にするほどのもんでもない。
「……監視よりむしろ衆目の視線が気になるねぇ」
 通り過ぎる大人は横目でちらりと、子供は隠す様子もなく興味津々に俺を見ている。あぁ、違う。たしかに外国人の俺はそれなりに珍しいかもしれないが、目を引いているのはウォフだ。
 なぜ注目を集めるのか。顔の造詣、ではない。右目の眼帯や、骨組み丸出しの右手を隠すための手袋もこの街ではさほど目立つもんじゃない。衣服だ。こいつの着ている衣服が注目を集めている。
 なぜなら今現在こいつの着ている衣服は。
「ときにウォフ。突っ込んだら負けかと思って何も言わなかったが……何でメイド服を着ている? たしか昨日まではもうちょっとまともな服だったはずだぞ」
 メイド服。それもヨーロッパの正式なスタイルではなくこの国発祥のMOEなる概念により二十年ほど前にデザインされたものの流れを汲むメイド服だ。
 普段のアホかと思うほどフリルのついたドレスもあれだったが、こっちは認知度がある分余計に恥ずかしいことになっている。
「昨日、この国のホテルで読んだ本にですね、御主人様に使える正式なユニフォームはこれだ、って書いてあって……」
「流石はロボットとMOEの中心地だな」
 ロボットメイドここに誕生。いや、日本のことだからもう何体も誕生してるか。
「え、えっと、この格好、駄目ですか?」
「駄目。脱げ」
「ええ!?」
「冗談だっての」
「……冗談には聞こえませんでした」

 休憩と腹ごしらえをした俺達はもう少しだけ学園都市の中を見て周り、時間になったら前もっての予定通り帰途についた。
 移動用のリムジンが学園都市を出てからしばらくしたころ、俺は車中で衛星通信式のノートパソコンを立ち上げ、USAや日本の別地域にいる部下からの報告に目を通していた。
「こっちも駄目、か」
 それらの報告にも永劫機に関するものは何一つなかった。それだけよく隠れているのか、見つけた部下は消されたのか。どちらにしても情報は未だ俺の手にない。
「早いところ永劫機関連の技術者か、永劫機そのものを何とか手に入れたいところだってのに。敵がいつ手を打ってくるかもわからねえんだしな」
「だ、大丈夫です……どんな敵が出てきても勝てますから!」
「根拠も説得力も皆無の力説ありがとよ」
 どんな敵でも、か。俺達を襲ってくる敵ってのはどんなのが来る?
 まずはマスカレード・センドメイルの異能力者。あいつらはこいつを取り戻しに来るだろう。
 次にラルヴァ。異能やら魂源力はラルヴァを惹きつけるらしいからこいつを狙ってくるかもしれねえ。
 そして、こいつの開発者達。こいつを手放した連中だが、事情が代わって回収しに来る可能性もないとは言えない。
 どいつもこいつも面倒な上にやばそうだ、…………って。
「どれ一つとっても俺は関係ねえなぁ相棒《疫病神》」
「ご、ごめんなさい……」
「許さん。脱げ」
「……じょ、冗談ですよね?」
「いや本気。脱げ」
「う、うぅ……はい……」
 メイド服の襟に手を掛け、車内ストリップを始める。
 そうしてウォフが脱ぎかけたタイミングで、
「彼女の裸体に多少の興味もあるけど、ちょっと話をしたいからやめてもらってもいいかな?」
 車中に見知らぬ闖入者が現れていた。
 そいつは何食わぬ顔で俺の対面のシートに座っている。
 仕立てのいい燕尾服を着込み、埃や糸屑一つないシルクハットを被った言いたかないが美少年。そいつはどうにも品が良く、むかつくことに持ち主の俺よりもこのリムジンに似合っていた。
「1.マスカレード・センドメイル
 2.ラルヴァ
 3.このポンコツの開発者
 お前どれだ?」
「ズバリ二番。君、思ったよりも驚かないねぇ。逆にこっちがびっくりしちゃうよ」
「こいつが厄介を運んでくるのは分かりきってたからな。覚悟だけはこの一週間決めっぱなしだ」
「あ、あうぅ……。って、御主人様! ラルヴァですよ! ラルヴァ! 戦わないと!」
「勝てんのか?」
「……駄目元で」
「なら、やめとけ。こいつは戦いに来たわけでもなさそうだ。こないだの芸術家モドキよりはよっぽど紳士的だろうよ」
 ま、性格は遥かに捻じ曲がってそうだけどな。
 ……強さも遥かに上なんだろうぜ。
「賢い判断だね。さて、それじゃあ出向いた僕の方から自己紹介といこうかな。僕の名前は【ナイトヘッド】。人間に言わせればワンオフの一体さ」
 ワンオフ、ねぇ。どっかで聞いた気はするが何だったかな。
「俺の名前はラスカル・サード・ニクス。こっちは相棒のポンコツだ」
「よろしく、ラスカルにポンコツちゃん」
「ポンコツ、うぅ……」
 ウォフがまたいつものように落ち込み、今回はシートの上で体育座りを始めた。……リムジンに土足で体育座りするなよ。
「で、ナイトヘッドっての。あんたは一体何の用があるんだ?」
「君達。僕の部下に」
「断る」
 そして車内は沈黙に包まれた。
 二分ほどしてリムジンが山中のトンネルに入ったころ、ようやくナイトヘッドが話し出した。
「…………。これまで僕の頼みを断った人間は……結構な数いたけど、君ほどの即答は初めてだね」
「即断即決できる内容だったからな」
「拒否理由は?」
「一つ、怪しい。二つ、俺達を部下にしようってのがおかしい。三つ、あんたがどの程度の実力者かわからん」
 実際は三つなんてもんじゃないが。
「一つ目は否定しないよ。三つ目も初対面だし仕方ないね。二つ目は?」
「俺達をスカウトするメリットなんざないだろ」
 全くもって、これっぽっちもない。
 ウォフは自他共に認めるポンコツの失敗作で永劫機中最弱。こいつをスカウトするくらいなら他の永劫機のとこに行くはずだ。
 俺は俺で武器商人といっても業界トップってわけじゃないし、そんなにデカイ発言力があるわけじゃない。それに異能の世界に首突っ込んだ商売をしちゃいるが抱えてる技術系異能力者も少数で大したレベルはいない。
 で、俺とコイツのコンビで考えてもこれまで倒したのは先週のゴーレムだけ。
 セールスポイントがない。俺だったらこんなのは選ばない。
「そう? とても有望株に見えるけど。特にポンコツちゃんはね」
「目が腐ってるぞ」
「君はポンコツちゃんに厳しいねぇ。あれかい? 好きな子に意地悪したくなっちゃう少年時代ってやつ?」
「ウォフ、明日から思い切り可愛がってやる」
「え? え? 嬉しいけどそれどういう意味ですか御主人様!?」
 俺達のやりとりがよほどツボに入ったのかナイトヘッドは腹を抱えて大笑いした。
「アハハハハ、君達は本当に良いねぇ。今日部下にできなかったのは惜しいけど、そろそろみたいだから今日のところは引き上げようかな」
 何が「そろそろ」なのか気になり車窓の外を見れば、そろそろトンネルを通過し終えようとしているところだった。
「帰れ帰れ。ウォフ、塩持って来い」
「あ、あの、車の中だからお塩ないです……」
「泣け。泣いて塩作れ」
「は、はい、シクシク、シクシク……」
「塩分混じった涙なんか流したらポンコツちゃん錆びちゃわない?」
 それもそうか。じゃあこいつの涙って何だ? ロボットだし冷却水かオイルなのか?
「あ、そうだ。帰る前に置き土産、ってわけじゃないけど二つほど忠告してあげるよ」
 忠告?
「一つ、他人が言ったことを鵜呑みにしちゃいけません。相手が嘘偽りを交えて話してる可能性も考えましょう」
「一番信用ならなそうな奴がそれを言うか」
「僕のことじゃないけどね。ま、よく考えてみてよ。それと、もう一つはね」
 ナイトヘッドは人差し指をスッと立て、上を指した。ナイトヘッドが指したのは車の天井、いや……空?
「頭上注意」

 トンネルを抜けた直後、空から降ってきた何者かによって俺の車は破壊され、爆発した。

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

「下賎なフリーランサーめ、私より先に仕掛けるとは……!」
 マスカレード・センドメイルの使徒、『鋼鉄魚群』のアスフォルト・スタンフォードは山中からトンネルの出口で濛々とした煙を上げながら燃えるリムジンを見下ろしている。
 アスフォルトはフリーランサーがラスカルらを攻撃する前に仕掛け、先に彼らを始末する算段だった。
 だが、アスフォルトの想定よりも早いタイミングでフリーランサーの攻撃が始まり、目論見は御破算になった。
「このままでは……ん?」
 炎上するリムジン、その近くに巨大な影が見える。
 揺れる炎に照らされた陰影の他に鉱物の陰影を宿したそれは縞瑪瑙。瑪瑙で出来た巨人が燃える車の近くに立っている。その傍らにはスーツを着た男が一人。
「まだ死んではいないか……ならば良し! 鋼鉄魚群の牙を以ってその首、噛み千切ってくれる! 往け!」
 命令を受け、地面が動き出す。
 彼の足元の地面が彼を乗せて滑るように地面を割って走っている。否、“泳いで”いる。
「フハハハハ、我が友を殺した怨敵共よ! 鋼鉄魚群の恐ろしさをその心身に刻みつけてくれよう!」
 鋼鉄魚群に乗ったアスフォルトは勝利の光景を微塵も疑わずに夢想しながらラスカルらのもとへと進んでいく。
 後に待つ展開も知らずに。

 ・・・・・・

 数億は軽くするリムジンが派手に燃えていた。
「……お前が来てから出費に事欠かねえなぁ」
『す、すみません……。あ、あの大丈夫ですか御主人様?』
「お陰様でリムジンと運転手以外は無事だ」
 ナイトヘッドが忠告した直後にウォフは俺を抱えて車外へ飛び出し、永劫機ウォフ・マナフを召喚して着地した。あの反応の早さはポンコツとはいえ流石に兵器ってところか。
 で、忠告した当人のナイトヘッドは消えていた。あれで死ぬような奴にも見えなかったので自分だけさっさと遠くに逃げていったんだろう。
『御主人様、一体何が起こったんですか?』
「降って来たんだろうよ」
『ふってくるって、ミサイルか何かですか?』
「違う」
 耳を澄ませばリムジンが炎上する音の他に、絶え間なく空気を打つ音が空から聞こえる。ヘリコプターのローター音、やはり空から飛び降りてきたみたいだな。
「降って来たのは……人間だ」
 俺が『答え』を言うと、『答え』が燃え上がる炎の中から歩いて出て来た。
 普通なら火達磨になる炎の中で火傷一つ負わず、空から着地したのに傷一つ負わず、そいつは五体満足に炎の中から現れる。
 どこにでも売ってそうなYシャツとジーンズ、その上に羽織った黒く分厚いコート。無造作に伸びた黒髪と、両目を隠すバイザー型のサングラス。
 あぁ、まったく変わっちゃいねぇ。

 “最強のフリーランサー”アルフレドは以前会ったときと全く変わらない出で立ちで俺の前に立っていた。

 ・・・

 数ヶ月前、異能やラルヴァに関連した情報を扱う情報屋のネットワークが身内であるアンケートをとった。
 それ自体は特に意味もないお遊びのようなもので、自分達のネットワークがどれだけ世界の裏側に通じているのか、また自分達の認識の大枠はどうなっているかを知るためのものだった。
 アンケートの内容は『最強の異能力者を十人選べ』という子供じみたもの。
 最強なのに一人でないのは認識が不明瞭になるのを避けるためだ。ネットワークと言っても裏側を知る情報屋はそう多くない。精々で百人、彼らが一人ずつ選んでも票数は割れ、誰が最強かという認識は曖昧になる。だが十人選ぶのなら、凡その最強候補は見えてくる。
 そうして行われたアンケートの回答は様々なものだった。
 ある者は強力な式神を駆使する藤神門の老婆や『本当の魔女』グリアノール老など古き異能力者達の名を挙げ、またある者はマスカレード・センドメイルなどの秘密結社で幹部の地位にいる者の名を挙げ、さらには一九九九年のエンブリオ戦に参加した勇士達の名を死者も含めて挙げる者もいた。
 一九九九年以降新たに増え始めた異能力者もまだ成長段階にあるこの時代、集まったアンケートで選ばれた十人は自然と組織のトップや裏側での重要人物、英雄であった。
 その中にただ一人、例外がいた。
 彼はどの組織にも属していなかった。
 彼は重要人物などではなかった。
 彼は英雄ではなかった。
 依頼さえあれば金額次第で何でもやる誇りなきフリーランサー。
 彼自身の定めた三つのルールが守られる限り百%の確立で依頼を成功させる男。
 それゆえに依頼があれば情報屋でも殺しに来るため、自然とネットワークからも敬遠されていた。
 しかしそれでも彼は十人の中に選ばれた。
 例えば、最強を一人選ぶのであれば彼は名前さえ挙がらなかっただろう。三人でも、五人でも彼はその中には入れなかったに違いない。
 だが、十人。思いつく限りの最強の名を連ねても少し足りなくなったとき、情報屋達の脳裏に浮かんだ名前は恐れるべき彼の名前だった。

 アルフレド

 本名不明。国籍不明。『超人武器庫』、『戦塵』、『黒のアルフレド』、『ダーティーアルフ』の異名で呼ばれる恐るべきフリーランサーはそうして最強の十人の一人と呼ばれるようになり……“最強のフリーランサー”となった。

 ・・・

「よう、久しぶりじゃねえか。アルフレド」
「…………」
「で、今日はマスカレード・センドメイルあたりの依頼で俺を殺しに来たってわけか。変わらねえなぁ。依頼があれば何でもやる、フリーランサーの鏡だぜ」
「…………」
 相変わらずのだんまりか。
『あ、あの御主人様、この人、さっきからうんともすんとも言わないんですけど……』
「こういう奴なんだよ。昔っからな」
『そうなんですか……あれ? お二人はお知り合いなんですか?』
「何度か護衛を依頼した。個人的にも古い友人と言えなくはねぇ」
『だったら……』
「ああ、そんなの関係なく殺しにくるぞ」
 そう言った瞬間にはコマ落としのようにアルフレドが目の前にいた。
 あまりの速さに俺が時間狂化をかけられたような錯覚を覚える。
 だが奴の速度は錯覚でもなんでもなく、奴は即座に俺の首を右手で――そこで停止する。
 ウォフ・マナフの時感狂化が奴を捉え、その時間感覚を狂わせ動作不能に陥らせる。
『たぁぁぁぁ!!』
 永劫機の中では非力で脆いとはいえ乗用車の衝突程度の威力はあるウォフ・マナフの巨大な右拳がアルフレドを撥ね飛ばし、アルフレドはトンネル脇の山肌に激突する。激突の衝撃で土砂が崩れ、アルフレドは土砂の下に埋まった。
「……っぶねぇな。やっぱ本気で殺しにきやがった」
『な、なんですかあの人!? 友達なんですよね!?』
「友達だよ。ただし、俺はどっかの誰かさんのせいで命を狙われてて、あいつは依頼があれば殺しもやるフリーランサーだけどな。おまけに」
 狙われる側にとっては最悪なことに。
「アルフレドはこの程度じゃまず死んでくれねぇ」
 アルフレドを下敷きにしていた土砂が爆発し、土煙の中でアルフレドが立ち上がる。その体は多少煤けてはいたが、ウォフ・マナフに弾き飛ばされ山に激突したというのに全くの無傷だった。
『な、何で無傷なんですかあの人!?』
「……爆発反応装甲《リアクティブアーマー》って知ってるか?」
 爆発反応装甲。
 戦車などの装甲の上に貼り付ける鉄板の間に爆薬を挟んだ特殊装甲であり、敵弾が着弾した瞬間に爆発して爆発力で敵弾の威力を相殺する。
 アルフレドがやったのも同じことで、ウォフ・マナフに殴られる直前にウォフ・マナフの右拳に向けて爆発を起こし、威力をほぼ相殺。ダメージなしで吹っ飛んだ先でも山肌相手に同じことやって無傷だったってわけだ。その証拠に、ウォフ・マナフの右腕装甲が爆発の衝撃で少し剥げている。
 ヘリから飛び降りて無傷で着地したのも同じ手口だろう。
『爆発反応装甲って……じゃああの人は』
「自分の魂源力を爆発力に変換する|爆発系異能力者《エクスプロジスト》。ありきたりの能力だからって甘く見るなよ。こいつ、爆発系で一番強いぞ」
 アルフレドが右足を踏み出す。
 次の瞬間にはまたコマ落としのように奴の姿はウォフ・マナフの頭上にあった。
 奴がさっきからやってるこの芸当も爆発能力の応用。名称は縮地。
 縮地と言っても武道の達人がやるあれとは少し違う。踏み出した足の設置面で指向性爆発を起こし、その勢いで跳んでいる。
 装甲にも言えるが自分の体の表面で爆発など起こせばただじゃ済まない。それをあいつは爆発の指向性・威力を完全に制御し、その上で自分の体との間にクッションとなる別の小規模爆発を起こしているから無傷で済んでいる。もちろん言うほど簡単ではなく、一歩どころか半歩間違えても死ぬ離れ業だ。
 何よりトンでもないのはそれらの芸当があいつに異能として最初から備わっていたのではなく、単に『魂源力の爆発力への変換』だけだった異能をあいつが研鑽して習得したものだってこと。
 ……ああ、こんなのと戦いたくねぇ
『時感狂化!』
 ウォフ・マナフが時感狂化を発動させる。
 時感狂化が空中のアルフレドを捉えてその動きを拘束する――直前にアルフレドが空中で『縮地』を使用。時感狂化にかかったままのアルフレドは一瞬で距離を開け、アルフレドを狙ったウォフ・マナフの拳は空振りする。
 一回で対応されちまったな。その一回目にしても……。
「おいウォフ、お前の時感狂化ってなんか制限あんのか? 強い異能力者やラルヴァほど効果時間が短くなるとかよ」
『し、知りませんでしたけど多分……』
 アルフレド相手の時感狂化はこないだのゴーレム戦と比べて明らかに効果時間が短かった。だから装甲に対応されちまったわけだ。
「おまけに二回目以降は発動を察知されて直前で距離を空けられちまう。どうしようもねえな」
 今は『ドラゴンキラー』もねえし、身一つでやらなきゃならんのにこれじゃ手の打ちようがない。……あってもどうしようもないのは同じか。
「…………」
 既に時感狂化の解けているアルフレドは何の支障もなく空中で一回転して道路に着地する。
 だが着地したあとのアルフレドはなぜか追撃をせず、その動きを止めていた。
 そういえば、飛び降りてきたときも山に激突したときもこうだった。
 今日のアルフレドは妙にやる気がない。攻撃が単調だし、すぐに手を休める。本来なら畳み掛けるような連続攻撃や十八番のアレでもうケリはついているはずだ。
 友人の俺相手だから乗り気でないのか、別の理由でもあるのか。
「どうしたよアルフレド、随分とテンション低いじゃねえか?」
「…………予感がする」
 ボソリと、アルフレドが呟いた。
『しゃ、喋りました!?』
「そりゃ喋るだろ」
 “仕事中”に喋るのは珍しいけどな。
「で? 予感って何の予感だ? アルフレド」
「……タダ働きの予感」
 アルフレドは陰鬱げにぼやいた。まるでそうなるのが確定していて嫌になる、とでも言うように溜め息までもついた。
「タダ働きねぇ…………ん?」
 音が、聞こえた。
 目の前のアルフレドからじゃない。全くの別方向から重機が岩を削るような音が聞こえてくる。
 次いで地面から足に微弱な振動が伝わり
『御主人様!』
 ウォフ・マナフが俺に向けて右腕を伸ばすのと同時に――地中からバケモノが飛び出した。
「!?」
 コンクリートで舗装された道路を食い破って現れたバケモノは牙を剥き出しにして俺を庇ったウォフ・マナフの右腕に齧りつく。
 バケモノはウォフ・マナフの右腕に噛みついたままジタバタと跳ねる。それでようやくバケモノが何なのか理解できた。
 それは魚だった。
 体は鋼鉄の鱗で覆われ、齧りついている牙はこの妙な光り方から見て合金ってとこか。ラルヴァか、人工物か。どっちにしてもまともな魚じゃないがこいつは恐らく、
「マスカレード・センドメイルの刺客かよ……!」
「然り!」
 隠れるつもりもなかったのか、そいつ……このバケモノ魚の製作者は悠々と山の上から歩いてきた。いや、歩いてはいない。そいつではなく、そいつの足元の地面が動いている。微かに覗く背鰭から見て、このバケモノ魚と同じ型の機械の背中に乗ってるってところか。つまり、敵は最低でも二匹いる。
「名乗らせて頂こう! 私はマスカレード・センドメイルに属する芸術の使徒、アスフォルト・スタンフォード! 『鋼鉄魚群』のアスフォルト・スタンフォードだ!」
「…………」
 内心、「またか……」と思った。どうもマスカレード・センドメイルの構成員は大仰に名乗らないと気が済まないらしい。おまけに感嘆符が多いのも共通点なんだろうか?
「今宵は貴様らに敗れ死んだ我が友の敵討ちに参上した! さぁ! 我が『鋼鉄魚群』の裁きを受けるがいい!」
「やなこった。ウォフ!」
『はい!』
 ウォフ・マナフが齧りついたバケモノ魚ごと右腕を振り上げ、重力と力任せに地面に叩きつける! 激突によって道路が粉々に砕け散る。
「甘いな!」
 だがバケモノ魚自体は無傷だった。それどころかより深くその牙を右腕に食い込ませている。
 直後、バケモノ魚の牙が高速で回転し始める。まるで削岩機のように回転する牙は瞬く間に瑪瑙の装甲を歯型の形に食い千切っていきやがった。
「痛《ツ》ゥッ!」
 右腕の装甲を持ってかれた分のダメージが俺の右腕にも伝わる。……肉食魚に噛まれる感触なんざ味わいたくなかったぜ。
『御主人様!』
「我が『鋼鉄魚群』の牙の味はいかがかな? 超合金の牙はあらゆる岩盤を掘り進み、鋼鉄の皮膚はいかなる岩盤の中を通ろうと壊れない。攻撃力と防御力、さらには人類不可侵の地中での機動性までも兼ね備えた我が傑作! 貴様ら如きでは敗れまい!」
「言いたい放題言ってくれるぜ……」
 が、否定もできない。こいつはこの間のゴーレム使いよりも強い。素手で勝てる相手じゃないだろうが、武器は手元にないし手に入れるアテもない。
 万事休すか……、
「冥土の土産により深く絶望させてやろう! 我が『鋼鉄魚群』の数は十二体! さらにその内の一体、『大鋼魚』は他の十一体全てを上回る我が最高傑作! 貴様らの勝算は零だ!」
 …………だから、さぁ。
 何でベラベラ手の内を喋るんだとか、お前らどんだけ冥土の土産好きなんだとか言いたいことは色々あるけどさぁ……それ、フラグだって。
「…………すみません」
 アス某が高笑いし、俺が若干呆れながらそれを見て、ウォフが緊迫している脇から、バケモノ魚の登場以来フェードアウトしていた奴がアス某に話しかけた。
「む、貴様は……例のフリーランサーか」
「……あなたはマスカレード・センドメイルの構成員のようですね……。あなたの気配はヘリから降りてからずっと感じてました……。ですが、今回の仕事は僕に一任されていたはずでは……?」
 やっぱマスカレード・センドメイルからの依頼だったか。
「フン! 貴様如きの手に任せる仕事などない! 現にこの程度の輩を未だに倒せていないではないか! こやつらは私の『鋼鉄魚群』が倒す! 貴様は去るがいい!」
「……あなたの好戦的な気配から、こうなる予感はしていました……。ですが、仕事を依頼された以上は完遂して、報酬をもらわないと……」
「構うな! 此奴らは私の獲物だ! いいからさっさと」
「……でしたら、無事に倒せるようにあなたの補佐でもしましょうか……?」
 本人には悪気はなかったんだろうが、アルフレドは傍から見ていると一目瞭然の地雷を踏んだ。こういう無駄にプライドのありそうな奴に、そういう発言は禁句だ。
「ッ! 去れと言ったのが聞こえなかったか! 無礼者が!!」
 案の定アス某は激昂した。
 そして怒りのままにアルフレドを、攻撃してしまった。
 アルフレドの足元から地面を割って巨大なバケモノ魚が現れ、巨大な口がパクリとアルフレドを飲み込んだ。

 あーあ、やっちまったよコイツ。

『ご、御主人様! あ、あの人、食べられちゃいましたよ!?』
「そうだな。でもま、これで助かった」
『え?』
 巨大バケモノ魚の中からは咀嚼音のように何かを砕く音が聞こえる。
「馬鹿め、キジも鳴かずば撃たれまいに」
「触らぬ神に祟りなしと返しとくよ。ご愁傷様。勇気あるなぁあんた」
「……何?」
 やっぱり知らなかったらしい。だろうなぁ、知ってたらやらねぇよなぁ。
「曰く、“最強のフリーランサー”アルフレドは三つのルールを定めている」
 奴は金次第でどんな依頼でも受けるが、同時に三つのルールを依頼者に遵守させる。別に何もおかしいもんじゃない。むしろ普通過ぎるルールだ。
「一つ、依頼者が約束を違えない。二つ、依頼者が依頼内容で嘘をつかない。
 ――三つ、依頼者がアルフレドに危害を加えない。
 三つの内のどれかをやらかした時点で依頼は破棄。そして金輪際そいつらからの依頼を受けない、ってのがアルフレドのルールだ」
 当然と言えば当然。俺に言わせれば随分とぬるい契約だ。
「それがどうしたというのだ? 死人のルールなどもはや関係ないだろう」
「ちなみにそれと八割方同じ台詞はいた奴は死んだぞ。三つ目に関しては実行犯の全殺しってのも入ってるからな」
「だから奴は死んだと」

 アス某がその言葉を言い終える前に巨大バケモノ魚が爆発、炎上した。

「!?」
「あの程度で死ぬようなら“最強のフリーランサー”なんて呼ばれてねえって」
 デジャブのように炎上するバケモノ魚の残骸の中から傷一つなくアルフレドが出てくる。さっきとの違いは煤け度合いが大きいことくらいか。
「…………やっぱりタダ働きになった」
 アルフレドはまたぼやき、ブーツをコツコツと鳴らしながらアス某へと歩き出す。
「……アスフォルトさん、でしたっけ……。僕のルールに従って、これからあなたを殺します……拒否されるなら、最高傑作だとおっしゃられた『大鋼魚』も出して応戦することを推奨します……」
「アルフレド。今壊したのが大なんちゃらだと思うぞ」
「……そうだったんですか…………それでは………………」
 それだけ言って、アルフレドはまただんまりになった。
 臨戦態勢に戻ったってわけか。
「おーいウォフ。もう永劫機しまっていいぞー。代わりにアルフレドがやってくれるからなー」
『え? ええ!? あ、あの、いいんですか!?』
「素手のお前じゃ魚一匹倒せねえしもう関係ねえだろ。それより腹が減ったから夕飯の算段でもしたほうが有意義だ。お前は何食いたい?」
『あ、それじゃあ折角日本に来たんですしおスシやテンプラやスキヤキが食べたいですねぇ』
「よし。夕飯はジャンクフードにしよう」
『真逆!?』
 などというやりとりを俺達がしている間にアルフレドとアス某の戦いは始まった。
「巫山戯おって……!」
 ま、ふざけてたのは否定しないが、そんなことを言う暇はないと思うぜ、アス某。
「死ぬがいいッ!」
 アルフレドの傍の地中からバケモノ魚が奇襲攻撃を仕掛けてくる。さっき俺がやられたのと同じ手口だが、俺には効いてもアルフレドには効かない。
 事実、アルフレドはそちらには目もくれずに拳だけをくれてやり、アルフレドの拳に殴られたバケモノ魚はその自慢の牙ごと頭部が消失した。
 アルフレドは涼しい顔で一歩一歩アス某へと近づいていく。
 アス某の顔から余裕が少し消え、焦りの色が浮かぶ。その焦燥を証明するかのように今度は三匹のバケモノ魚が時間差で三方からアルフレドに襲い掛かる。
 それをアルフレドは両手と右足を振るい、まるで映画のアクションスターのような体捌きでバケモノ魚に叩きつけ、先立って破壊したものと同じ末路を辿らせる。
「あの、御主人様、アルフレドさんって身体強化じゃなくて爆発能力者ですよね? 何で叩いたり蹴ったりしてるだけなのにあんな威力があるんですか?」
 永劫機を戻したウォフが不思議そうに尋ねてくる。俺は「何か小さい子供と一緒にプロレスかボクシングの試合を見に来た大人のような気分だなぁ」とか思いつつ解説をしてやる。
「そりゃ叩いたり蹴ったりしてるだけじゃねえからだよ。あれも爆発の応用だ。ま、分かりやすい例で言えば鉄砲だな」
「鉄砲ですか?」
「鉄砲は少量の火薬の爆発力を一方向に集中させて弾を飛ばす代物だ。少量の火薬でもそうやって集束させれば容易に人間を殺傷できる威力をもたせられる。
 で、あいつは爆発の指向性や威力を完全に制御しちまってる異能力者だからな。本来なら頑丈な鉄の筒がなけりゃ集束できない爆発力も自由に集束できちまうし、爆発力も鉄砲の比じゃねえ。おまけにモンロー効果だかなんだかも合わさって一撃一撃がアホみたいな穿孔力をもってやがる。
 言ってみればあいつの拳の一撃が『ドラゴンキラー』並みかそれ以上の威力をもってるってことだ」
「わぁ、すごいですね……て、私の必殺技ってあの人のパンチ一発分なんですか!?」
「今度から弱パンチって呼んでやるよ、弱パンチ」
「せ、せめて強パンチに……」
 ナイトヘッドがいたらまた腹を抱えそうなやりとりを俺達がしている間にアルフレドはバケモノ魚をもう二匹ぶっ壊していた。アス某が嘘を言ってなければ丁度半分壊し終えたところだ。
 アス某は怒りと驚きと悔しさが半分、そして恐怖が半分といった表情でアルフレドから距離をとる。
「み、認めよう……! 貴様は私に匹敵する強者のようだ!」
 おーい、匹敵ってなんだ匹敵って。
「ゆ、ゆえに私は研鑽を積み、いつの日か必ず貴様を倒すと約束しよう! さらばだ!」
 と、アス某は自分ではまだ誇りや威厳を保ったつもりなのだろう捨て台詞を吐き、生き残ったバケモノ魚の背に乗って脱兎の如く逃げ出した。
 来たときの逆に山の斜面を登っていくアス某をアルフレドは追わずにただ見ている。
「あのぅ、逃げちゃいましたけど……いいんですか?」
「あんなもん、逃げたうちに入らねえ。それよりウォフ。巻き込まれたくなけりゃ山から離れな」
「? わかりました」
 俺達が山から離れ始めたのと同時に、アルフレドが跳んだ。
 ウォフとの戦いでそうしたように『縮地』を駆使して宙を翔ける。爆発と等速で移動するアルフレドは先行していたアス某をものの数秒で追い抜いた。
 アルフレドが自分の前に回り込むつもりだと考えたのか、アス某が進路を変更しようとした。が、アルフレドの狙いはもうそんな段階はすっ飛ばしている。
 アルフレドは着地という段階も省略し、両の拳を振り上げ、地面に叩きつける。

 次の瞬間――山が爆発した。


 地中貫通爆弾《バンカーバスター》と呼ばれる兵器がある。地表を貫通して地中深くにまで到達してから爆発し、地下構造物《バンカー》をブッ壊す代物だ。
 アルフレドが今しがた使った技も理屈としては同じで、名前もそのままバンカーバスター。
 あれは高密度に圧縮した魂源力を地表から地中へと送り込んでから爆発力に変換。すると殴る蹴るの通常爆発とは桁違いの爆発力で半径数十メートルに渡り地盤を吹き飛ばし、地中の鉱物・生物を粉砕する。地中に潜んだラルヴァを一掃するためにアルフレドが編み出した技だ。
 というようなことをビビってひんひん泣きながら伏せているウォフに解説していると、山から離れる前に俺達がいた辺りに土砂と一緒に鉄屑が幾つか落ちてきた。地中にいた残りのバケモノ魚の成れの果てだ。
「ひーふーみーよーいつむー……お、これで全部だな。肝心のアス某とアルフレドは、っと」
 夜空を見上げれば、月明かりに照らされて一つと半分の人影が重なって見えた。それからもう一度爆発音がして半分の人影は消えてなくなり、残った一人分は俺達の傍に降りてきた。
「…………終った」
「おつかれさん。お陰で助かった……ってのは変だな」
 元々こいつに狙われてたわけだし。
 アス某が依頼を反故にしてくれたお陰で助かったようなもんだ。
「しっかし、随分と派手なことになったな……」
 俺のリムジンの爆発炎上に始まり、そこかしこで道路が壊れ、挙句に山中での大爆発でトンネルがかなりやばそうだ。
「双葉学園に連絡して隠蔽に動いてもらわねえといけねえか。丁度いいからアス某のせいにしよう。責任追及されんのもめんどくせえし、俺とアルフレドは正当防衛ってことで」
「い、いいんでしょうか……?」
「いいんだよ。んじゃいい加減腹も減ったし迎え呼んで飯でも食いに行くか。もっかい聞くけどウォフは何食いたい?」
「え、えっと、反対だから……ジャンクフード!」
「よしジャンクフード食いに行こう。KFCとマクダネルズのどっちにすっかな」
「手のひらの上で弄ばれてます!?」
 ウォフで遊んでいると、後ろからアルフレドに袖を引かれた。
「……僕もご一緒させてもらっていいかい……。お腹が減ったけど、通貨を替えるのを忘れて……」
 アルフレドは至極真面目な顔でそんなことを言う。
 そりゃコイツのお陰で助かったのは事実だ。けど普通、ほんの数分前まで命を狙ってた相手に飯ねだるか?
 やっぱこいつもどこか壊れてるらしい。
「……ま、いいか。もうマスカレード・センドメイルの依頼でお前が動くこともねえわけだしな。飯くらい奢ってやるよ」
「……ありがとう、ラス君……」
「ラス君言うな!」
「ラス君ですかぁ、可愛いですね」
「夕飯抜きな、弱パンチ」
「ダブルパンチな仕打ちです!?」


 疫病神《相棒》のもってきた二度目の災難を運良く潜り抜け、今回もなんとか俺達は生き延びた。
 けれど思う。もしも今回、アルフレドかアス某のどちらかだけに襲われていたら、あるいは二人が協力していたら、それでもう俺達の命運は尽きていた。
 力が必要だった。
 襲ってくる災難程度ははね退けられるだけの力が。
 俺はウォフやアルフレドに軽口を叩きながら、そんなことばかり考えていた。


 ・・・・・・


 力が必要だった。
 今の私では襲い来る災難からこの人を守れない。
 私は力を取り戻さなければならない。
 御主人様にからかわれながら、私はそんなことばかり考えていた。

 壊物機 第二話
 了
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