【金色蜘蛛と逢魔の空 第二話 1】


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黄金蜘蛛と逢魔の空 第二話

雪色の宝石


1 青天の霹靂

「先日は申し訳ありませんでした、鍔姫さん。私の不徳で不快な想いをさせてしまい……」

「はひ?」

 朝っぱらから、私こと浅羽鍔姫は素っ頓狂な声を上げる。
 ばさばさっ。
 ついでに、先生に言われて運んでいたプリントの束を廊下に落とす。
 ていうか、ぶちまける。
「あ、落としましたわ」
 目の前のその女は、私の落としたプリントをしゃがみこんでそそくさと拾う。
「え……と、これで全部ですわよね? はい、どうぞ」
「……」
 なにこれ。なんだこれ。なによこれ。
 目の前の、とても人のよさそうな笑顔を浮かべる女は、忘れもしない、私の実家の本家筋の娘。
 名前を、媛ヶ崎咲螺(ひめがざきさくら)。
 分家筋の、さらに愛人の娘である私を侮蔑し嘲笑してきた、すごく嫌な女……のはずだった。
 それが、超友好的に接してきている。
 演技? 何か企んでる? いやいやそれはない。
 私は、そういった悪意に関しては敏感なたちだ。なのに彼女からはそれが欠片も感じられない。
 いや、違和感は他にもある。
 顔に傷が何一つ無い。そう、私のつけた傷がない。
 私は――あまり思い出したくも無いが、悪魔に取り憑かれていた。
 その悪魔は、私の怒りに反応して発露し、無差別かつ強力な破壊衝動を解き放つ。
 そしてそれは、炎を出すという異能の力まで伴って。
 その炎で、私は彼女の顔を焼いてしまった。
 そう、私が悪い。悪口を言われた程度でそんな大それたことをしてしまった私が悪い、それは明白だった。
 だから、謝らなければならないと思っていたのだが――
「? どうかされましたか。ああ、やはり私を許してはくれないので――」
「い、いやむしろ謝るのは私のほうだしっ! ていうかねその、あれ、え!?」
 全く理解できないわからない。
 というか、咲螺は目尻に涙さえ浮かべている。
 これなんか私が一方的に悪者なんですけど!? いや確かに悪者だけどさ!
 周囲を見るとひそひそと私たちを見てる視線の数々。
 ああ、なんかすごくやばい。
 ここは……
「いい、ちょっと待ってて!」
 そういい残し、急いでプリントの束を持って教室へ。
 叩きつける勢いで教卓にプリントの束を置き、華麗なるターンを決めてそのまま廊下に飛び出し、咲螺の元へと戻る。
 この間わずか25秒。
 私、陸上部に入るべきだろうか。
 そんな事を考えつつも、とりあえず彼女の腕を掴んで走る。此処だと人目につきすぎるし。
 HR開始までまだ20分ある。
 今のうちに適当な場所でとっとと話を済ませてしまおう。
 そう思って私は、とりあえず屋上へと咲螺を引っ張って走ったのだった。




「先に言っておくわ、悪いのは私の方。だから謝る事は無いわよ」
 開口一番、私はそう言う。
 確かに普段からいがみ合ってたしお互い嫌いだし、馬が合わないのは事実だ。
 でも、この間の件は私が悪い。やりすぎなのは事実。ラルヴァに取り憑かれていたせいだから、と言ってそれで済まされるはずが無い。
「ですが……」
「いいの!」
 私はぴしゃり、と言い放つ。
「お互い様って事。お互い色々とあるでしょうけど。せっかくの新しい学園生活、私は思いっきり楽しむ事にしたの。
 だから、その話はそれでおしまいにしましょうよ」
 それもまた、私の本音だ。過去の事はあまり触れられたくないし引きずりたくも無い。
「……鍔姫さんがそういうのなら、私はそれで」
「……ていうか、さ」
 とりあえず本題に入ることにした。
「……どういう心境の変化? 何があったの、あんた」
 なんというか、しつこいようだがまるで別人なのだ。
 私のある意味ものすごい失礼な質問に、彼女は静かに答える。
「はい、そうですわ。なんと説明したらよろしいでしょうか……」
 咲螺は手すりに手をかけ、屋上から見える学園都市を見下ろす。
「とある方に出会い……」
 それで改心したというわけだろうか?
 私があの直後にあの事件にあったように、彼女もまた彼女で何かの出会いを体験し、そして心境の変化が……と。
「食べられてしまいましたわ」
 ……。
 はい?
 タベラレタ? それってどういう……
 私の疑問に、彼女は向き直って答える。
「文字通りですわよ。もっとも食べられたのは肉体ではなく精神……魂、といったところでしょうか」
 そして彼女は、襟をぐいっ、と引っ張り、首元を私に見せる。
「……っ」
 私は息を飲む。
 そこにある傷痕の意味を判らない人間は、たぶん何処にも居ないだろう。
 それほどに有名な傷痕……首に二本の穴、噛み痕がそこに記されていた。
「吸血鬼……?」
「ええ、そうですわ」
 襟元を正しながら、咲螺は言う。
「吸われたんですの。私の精神、あの家で培ってきた見栄、プライド、傲慢さ、そういったモノを……血と共に」
「そんな、吸われたって、吸血鬼に……!? あんた、大丈夫なの、それ」
「やさしいんですのね、鍔姫さん」
 咲螺はそう言う私に対して笑顔を向ける。
「でも大丈夫です。私、そういった私の中の醜いモノを全部食べられてしまい、生まれ変わった気がします。
 そうですわね、しいて言うなら今の私はさながら脱皮した蝶のよう!
 醜い芋虫のようなグズグスと爛れた蛹から羽化したこの私は新生ネオ媛ヶ崎咲螺、パピヨン・サクラとでもいうべきですわ!」
「……」
 ああ、確かにいい人になったかもしれない。
 でも変な人になっちゃったよこの人!? 何だパピヨンサクラって。あと新生とネオが重複表現してるってば。頭痛が痛いレベルで。
 ……咲螺の言葉を真に受けるなら、これがあの家で仕込まれた教育や人格を取っ払った本性……
 いやまあ、わかる気は確かにする。
 あの媛ヶ崎の家や、私の旧姓の鬼媛の家……『媛宮』の家系。
 古くから伝わる厳粛な旧家だか知らないが、あの硬く軋み、かつ淀んだ空気は最悪だ。
 旧態依然とした男尊女卑に差別主義。本家と分家で激しく区分けされ、下のものが逆らう事は許されない。
 古臭いにもほどがある。
 私は分家のさらに外だからまだよかったけど、その渦中の本家筋に生まれた女子として、そういった教育を受けてきたのなら……
 なるほど、本当はどういう人格であれ、歪んでしまうのは無理は無い、
 かくいう私だってちょっと歪んでる自覚はあるし。
 それを、吸血鬼が吸い取ってくれた……?
「まあ、そういうわけですわ。
 ああ、安心してくださいまし。私、吸血鬼になってはいませんから」
 そう、咲螺は朗らかな笑顔を私に見せた。




2 悪魔と吸血鬼

「……という事があったんだけど」
 教室で、私は本を読んでいる前の席の男子生徒に話しかける。
 いつも存在感が薄いというか影が薄いというか空気というか透明な存在というか、そんな彼は今日も机の上に腰掛けられていた。
 ほらあるでしょ、誰も居ない机の上に腰掛けて駄弁る事とか。まあ腰掛るといっても、思いっきり座るってのじゃなくて、よりかかる程度だけど。
 普通は、人がいる机でそういうことはしない。迷惑だし失礼だし。
 でも彼は、女生徒にそうされていた。机の上に腰掛けられていた。
 ここで注釈しておくと、彼は別段いじめられているわけでも、無視されているわけでもない。
 そう、普通に気づかれていないだけなのだ。
 その証拠に、私が声をかけたことで、机に座っていた子は初めてそれに気づき、慌てて机から降りる。
 私が転校してきた初日もこんな感じだった。いることに気づかずに私は……
 いや、そのことは忘れよう。忘れたい。よし、忘れたんじゃこのやろー。
 話を戻す。謝る女生徒に、彼は気にしてないから、といつもどおりの笑顔で答える。
 ……もしかして、こいつ。
 本を読んでるふりをして、机にこしかけてる女の子のお尻眺めてたんじゃないでしょうね。
「なるほど」
 それが終わって、私に振り返るその男子生徒の名前は逢馬空。そらと書いてウツオと読むらしいが、クラスのみんなはソラと読んでいる。
 だってウツオだと欝男になるし。
 さて、私がそんな荒唐無稽な話を彼にするのは理由がある。
 何故なら、彼もまた荒唐無稽だからだ。
 いや荒唐無稽といえばこの学園都市そのものが当てはまるんだけど。
 異能者の教育機関、双葉学園。
 そいう場所だからこそ、悪魔に憑かれた私でもここに来れた。
 そんな中でなお、眼前のこの男はある意味さらに荒唐無稽かもしれない。
 その正体は、魔法使いにして、都市伝説の怪物だったりする。
 そう、魔法使い、だ。
 異能者たちの居るこの双葉学園でも、魔法使いは、とりわけ西洋の魔術師は珍しい。
 いない、というわけではない。
 彼らの大多数は、その存在を隠しているらしい。
 魔術師の大前提として、“神秘は秘して隠すもの”というものがあるらしいのだ。
 異能者が大手を振って存在しているこの学園では、その魔法がばれたら即迫害や死に直結するわけではないので、絶対に守り通さねばならぬものでもない……らしいが、それでも習慣というか伝統というか。そういうわけで魔法使いたちは自分の存在をおおっぴらに言う事は無い。
 であるのだが、それでも事件が起きたりすれば当然その力を使うわけで。
 そして私と彼は出会ってしまったわけである。

「吸血鬼、ね」
 ソラは静かにその名前を反芻する。
「まあ、いるんじゃない?」
「いや、そう素で返されても困るんだけど」
「そう言われても、彼女が会ったと言うんなら居るんだろ」
 わあ、この人まったく疑ってないよ。
『そうじゃねぇよ兄弟。半信半疑だから、否定なり肯定なり欲しいんだろ』
 ソラの机の上に落ちた影から声が聞こえる。
 見ると、その空の影が蜘蛛の形になり、そして喋っている。
「だから肯定してるじゃないか」
『いやそうじゃねぇ。アレだ、人間ってヤツぁ理屈が欲しいんだよ。そうだろ小娘』
 小娘、という言葉にかなりムカつくが黙っておく。
 この影は、ゴルトシュピーネと名乗る、悪魔……らしい。
 ソラと魂を共有している存在で、普段は彼の影に潜んでいる。
『理屈、ってぇより安心か? 「こういう理屈だから吸血鬼はいる」あるいは「こういう理屈だから吸血鬼は居ない」ってヤツだ。
 悪魔(オレ)だって似たようなもんだ、そうやって定義されて存在付けられる。
 得体の知れない未知は即ち恐怖。だが既知は安心だ。
 正体の知れたものは恐くない、安心できる、ってヤツだ。
 たとえそれがどれだけ口だけのおためごかしだろうと、それで人間は安心する』
「そういうものなのか。知らなきゃ知らないで問題ない気はするけど」
『そういうもんだよ兄弟』
 ……なんかコイツの方がよっぽど人間心理がわかってる気がするよ。
「詳しいじゃない、ゴル吉。心理学でも勉強してんのあんた」
『こんくらい常識だ……って、何だよそのゴル吉ってのは!』
「あんたの呼び名。ゴルトシュなんとかじゃ長いじゃない」
『だからってゴル吉はねぇだろゴル吉は!』
「じゃあゴル山」
『こんの小娘ぇ……っ!』
 私とゴル吉の視線がぶつかり、火花が散る。
 たしかにこいつは助けてくれた恩義とかあるけど、それはむしろソラに対して感じる恩義だ。
 なんというか、初見で私を小娘呼ばわりしたのがすごく気に入らない。第一印象最悪だ。今も小娘呼ばわりしているし。
 身長低いの気にしてるのよ私は。せめて150センチは欲しい。あと5センチ。
「それはともかく」
『ともかくじゃねぇっ!』
「彼女の言ってる事、本当なのかしら」
 ゴル吉を無視しつつ、紙パックの牛乳にストローをさしながら私は言う。
「まあどちらでもいいんじゃないかな」
 ……いやだから、あのゴル吉のフォロー聞いて尚それかい。
「本当のことを言ってるなら、その吸血鬼に害はないだろ。嘘を言ってるなら、騙されてあげればいいんじゃないかな」
「いや、騙されてあげればって……」
『反省したけど素直に言うのは恥ずかしい。だから吸血鬼のせいにしました、ってか?』
「そんなことまで知らないけど、まあ事情があるんじゃない?」
 事情、ねぇ。
 正直、あの女が普通に改心することなんてまず有り得ないと思う。
 それくらい私達の問題は根深いものだったはずだ。洗脳レベルじゃないと無理だろう。
 ということは、やはり吸血鬼のしわざだと彼女の言葉を信用したほうが、筋が通る気がする。
 でも……
「吸血鬼なら、醒徒会とかに報告したほうがいいんじゃないの?」
 私は言う。
 吸血鬼ということは、即ちラルヴァだ。学園にラルヴァが入り込んでいる、しかも吸血鬼なんて……
『いらねぇだろ』
 だがゴル吉は、私の言葉をあっさりと否定する。
『危険なヤツだったら、お前今頃死んでるか、下僕にされてるよ』
「……っ」
 そして物騒極まりない事を言ってのけた。
『なあ、吸血鬼の一番の恐ろしさって何かわかるか?』
「えっと……」
 そんなこと、いきなり言われても。
 私は小説や漫画などの吸血鬼像を思い浮かべる。
「血を吸う、仲間を増やす……とか」
 実にテンプレな回答。自分の語彙や知識のなさが恨めしい。
『まあ、いろいろと脅威だな。だが一番恐いのは、連中のその狡猾さだ』
「狡猾さ?」
『ああ、あいつらはずる賢い。よくハンターに退治される連中は、頭の足りてないバカどもなのさ。
 本当に狡猾な連中は、自分の存在を外に出さない。
 出る杭は打たれる、ってヤツをよぉく弁えてる。
 もしその女が吸血鬼の下僕と化してるなら、そういう事を話した相手を放置してるわけねぇ。
 つまり、お前が放置されてる理由は……』
 ゴル吉は言う。
『よほどのバカか、あるいは人を餌食にしないタイプだ』
「餌食にしない……?」
『吸い殺したり、屍食鬼(グール)や同族を増やさないタイプだよ。血を吸うことはあっても被害を出さない。
 ただ吸われただけなら、蚊に食われただけと同じだからな』
「えと、ごめん、よくわかんないんだけど」
『吸血鬼が屍食鬼や同族を作るには、ただ血を吸うだけじゃ駄目なんだよ。
 吸ったと同時に血を送り込む……毒とか言い換えてもいいか? あるいは呪いだ。
 そうやって血の交換をすることで、犠牲者は屍食鬼、あるいは同族のヴァンパイアへとなる。
 だがその女はそうはなってないんだろ? なら食われただけ、ってことだ』
 食われた、のならそれはそれで大問題になる気もするけど、そういうものなのだろうか。
 まあ、私から見たら確かに咲螺に関してなら悪いことにはなってない、というのはわかるけど。
『まあ話半分に聞いとけよ。正直、あいつら多すぎるんだよ、数が。
 だから今オレの言ったのにあてはまらない連中も多すぎるわ』
「まあ、メジャーなラルヴァだからねぇ」
『けっ。俺らの方が古いし広いっつーの』
「悪魔が?」
 私は聞き返す。
『おう』
「っていうか……悪魔って、何なのよ」
 私はかねがね気になっていたことを質問する。
『まあ、簡単に言えば……悪魔ってのは、ヒトの心が生み出した欲望の神格化、って奴だ』
「よくぼうのしんかくか?」
『前世紀最高にして最悪の魔術師と呼ばれたアレイスター・クロウリーの定義にな。
 悪魔とは人間の脳の特定部位の力であり、喚起魔術によって呼ばれる悪魔とその効果は、脳の活性化によるものだ……と。
 そう無理やり近代の心理学な当てはめをしなくても言える事だがアレだ。
 こないだのアンドラスは「怒り」や「破壊衝動」を司っている。
 他にもあるぜ、金銭欲や知識欲、性欲や恋愛、出世に地位、友情、そういった様々な願望欲望切望渇望。
 そういうモノを叶えるモノ、そして望みそのもののカタチ、それが悪魔だ。そういったモノにカタチを与えられたのがオレたちだ。
 つまり俺たち悪魔とは、ヒトのネガイのカタチなのさ』
 それはつまり……
「妄想プラシーボ?」
 私が思ったことを素直に口にすると、
『似たようなモンだな』
 意外なコトに、あっさりと肯定した。
『神々や精霊、それからこの国のヨウカイって奴ぁ、大自然の力の擬人化・神格化なのさ。
 そしてそう人間が定義して規定したからこそ生まれてきた。
 ニワトリが先か卵が先か、で色々と諸説はあるだろうがよ。
 人間が『いる』と思った、だからオレたちは『いる』のさ』
「認識が世界を作る、という話か」
 ソラが言う。私もその話は聞いたことがある。
『ああ。そしてオレたち悪魔は、古くから人間の「悪」を押し付けられてきた。
 聖職者どもの禁欲のはけ口として、「淫魔、夢魔のせいだ」ってふうにインキュバスやサキュバスが生まれたり、
 あるいは人間を襲う自然現象を悪魔のせいにして、それで黙示録の蝗アバドンとかが生まれたりな。
 恐れ入るぜ、この世で一番恐ろしいのはそうやって神々や悪魔(ラルヴァ)たちを生み出していく人の心ってヤツだよ』
 そういうのは初耳だった。
 学校で習うものは、ラルヴァとは多種多様にしてその起源は謎に包まれている、というものだ。
 だがそれらは全て、人間の心が生み出した……?
『無論、全てのラルヴァがヒトの心から生まれたわけじゃねぇ。
 生物の進化の系統樹から外れ、あるいは狂い、突然変異し生まれていった、未確認の生物、幻想種、そういったものもだな。
 つーか面倒いんだよ、人外のバケモノイコールラルヴァ、ってくくりが大雑把すぎるわな』
「まあ、確かにそうかもしれないけど……」
『で、話戻すがよ。
 吸血鬼ってヤツばどうなんだろうな? それこそあいつらは多種多様だ。
 吸血病ってヤツから発生した種、吸血鬼への憧れから人間が変質しラルヴァ化した種、悪魔たちと同じように架空から擬人化された種。
 それから人間がアストラル離脱して他人の生気を吸うアストラルヴァンプ、あとエナジーヴァンパイアってのもいるな。
 魔術師から吸血鬼に変じたりとか。色々あんだよあいつらは。
 超有名なワラキアの串刺し公(カズィクル・ベイ)ヴラド・ツェペシなんかは人間が恐怖と崇拝、そして後世の伝承によってラルヴァ化した典型的な杞憂血気だ。今も尚存在してるらしいぜ?
 同種(きゅうけつき)が多様に存在してるから【ワンオフ】には永遠になれないがありゃあ最強の部類だしな。
 まあオレ達には及ばないがな!』
「はいはい」
 この誇大妄想バカの言はとりあえず無視しておく。
 話が色々と脱線したり混線したりしまくったけど、かなりの確率であの吸血鬼話は本当だと言える、ということだろうか。
「吸血鬼、ねえ……」
 私がそうつぶやいていると、有紀がやってくる。そして、

「その吸血鬼なら友達になったよ?」

 あっさりと言ったその言葉に、私は飲んでいた牛乳を盛大に吹いた。
 そしてそれはソラの顔面におもいきりかかってしまった。
『うわ汚ねぇ!?』
 ゴル吉が何か言ってるが、むせた私はそれどころじゃなかった。
「うっ、ごふっ、けほ! ちょ、有紀、吸血鬼と友達って……!?」
「んー、一昨日の夜なんだけどね」
 有紀はなんでもないことのように言う。
「夜にコンビニで早売り週刊誌買ってその帰りに……」
 道端で倒れている人を見つけて近寄ったら、それが吸血鬼だったという。
 とてもお腹をすかせて死にそうで、血をちょっとだけ吸わせて欲しいと頼まれたから……
「吸わせたんかいっ!?」
「うん」
 あっさりと返事したよこの子はっ!?
「お腹すいてる子が死にそうなんだよ? わけてあげるの当然でしょ」
「まあ、困ってる人は助けなければいけないって姉さんも言ってたし、妥当かもしれないな。軽率だけど」
 ソラも顔を雑巾で拭きながら同意する。
「いや、そういう問題じゃ……」
『そもそもヒトじゃねぇだろ』
 ごもっともだ。
「そういう問題です。困ってるなら人間もラルヴァも関係ありません」
 胸を張って言う有紀。
 関係あるよねどう考えても。いや、なんかでも有紀と話してたら私が薄汚れてるだけなのかと思えてくるよ。
「しかしお前は誰とでも友達になるな」
「別に特別なことじゃないよ?」
 どう見ても特別だわよ。
 少なくとも私みたいに、何かあるたびに否定から入ったり身構えて武装するような人間には、有紀のような前向きな素直さや、ソラのような空気読まない無遠慮さは本当に羨ましい。
 人間って、そう簡単に変われないものだなあ、と痛切に思う。
 ないものねだりばっかりだなあ、私は。







3 雪色の宝石

 なんと有紀は、私たちにその吸血鬼を紹介すると言ってきた。
 ……本当に友達気分というかなんというか。いや、恐れ入るよ本当に。

 その話に興味があるというE組の人間、計十一名。
「ヒマ人ばかりというか物好きばかりというか」
「ちゃっかり来てる人間の言う言葉じゃないと思うよ」
「まあ、そりゃ気になるし」
 気になるし仕方ない。他人事じゃないわけだし、一応は。
 そんなわけで私たちは、中庭に案内される。
 その一角は、不思議と人が居ない。
「人払いの結界か。まあ吸血鬼ならそのくらいするんだろうな」
 そうソラが言う。なるほど、そういうものなのだろうか。
「でも結界とか張ってバレないの?」
「バレないための結界だよ」
 ……言われて見れば確かに。
 結界を張ってることがバレてしまうのならそれは結界の意味をなさない、ということなのだろう。
「どんなのなんだろうなー」
「吸血鬼ってぐらいだから美形なんだろやっぱ」
「いやわかんねーぞ、怪○くんに出てくるよーなのだったりして」
「古っ! 知ってる奴いねぇよ!」
「これで実は蚊の怪物というオチもあるとか」
「いや人間サイズのノミ」
「もう血ぃ吸うぐらいしか共通点ねぇうえに普通に恐えぇよ!?」
 ……みんな好き勝手言って騒いでいる。うん、まあ緊迫感足りないのがいいんだか悪いんだかこのクラスは。
「ここよ」
 有紀が一本の木の前で足を止める。
「では紹介します。新しい友達の、吸血鬼さん。
 シュネーヴァイス・エーデルシュタインさんよ」
 ……。
 ええっと、木?
 吸血木ってオチですか?
「上」
 ソラが言う。
 私は上に視線をずらす。
 上、つまり木の枝。
 ひときわ太い枝の上に、その少女は腰掛けていた。
 木陰の中、さらに白い日傘をさしている。そして服も白い。その中で黒いストッキングがアクセントとして映えている。
 ゆっくりと私たちに振り返り、木陰から見下ろす。
 年のころは私たちと同じ、16、7歳あたりだろうか。少なくとも外見は。
 その瞳は美しく澄んでいて、まるで宝石のようだった。蒼く深い、サファイアのような瞳。
 三つ編みにした長い白銀の髪の毛、そして白い肌が印象的な、ものすごい美少女だった。
 周囲から感嘆のため息が漏れる。
 ……やばい。女として完璧に負けてる気がします。
 人を恐れる小鳥が、まったく怖れずにその肩や指先に止まりさえずっている。
 幻想小説や御伽噺から出てきたような、芸術的絵画のような美しい姿がそこにはあった。

 そして私の隣では、人を恐れる小鳥に木か何かと勘違いされ頭の上に巣作りのための枝を突き刺されているソラの姿があった。
 鳥にまで空気扱いだった。



「こほん。改めて。
 シュネーヴァイス・エーデルシュタインさん。
 私はシュネー、って呼んでる」
「……」
 木から下りてきた、シュネーと名乗る吸血鬼さんは、有紀の紹介にあわせてしずかに首をこくこくと縦に振る。
 無口っ娘さんのようである。
 なるほど、儚げな雰囲気に似合う、物静かで小さな動作はとてもかわいらしい。
 うん、ああちくしょー、外見だけでなく内面まで負けてそうな。
『エーデルシュタイン……マジかよ』
 ソラの首元で、小さくゴル吉が唸るのが聞こえた。
 私はこっそりと聞き返す。
「何、知ってるの?」
『ああ。エーデルシュタイン、それはとある吸血鬼に与えられた称号だ。いわく、宝石。
 だが名前は違うな。となると、血盟か。ドーター……?』
 専門用語ばかりでちんぶんかんぶんだ。
『ドーターってのは、娘って意味だよ。ドーターヴァンパイア。
 つまり、吸血鬼に噛まれて血契を交わし、吸血鬼となった人間だ。その中でも、名の一部を与えられたり、同じ称号を名乗る事を許されるものは。その吸血鬼の家族として認められてることになる。
 宝石のラヴィーネ……ラヴィーネってのは「雪崩」って意味だよ。
 ラヴィーネの娘でシュネーヴァイス……「白雪」か、なるほどな。名前まで継いでやがる、ありゃ間違いなく宝石のラヴィーネの娘(ドーター)だな』
 よくわからないが、なんとなくわかった気がする。
「そんな大物、大丈夫なの?」
『問題ないだろう、あのラヴィーネの娘ならな。強力な固体だが、アレは穏健派って奴だ。
 人間を食料にはするが殺さないし仲間もほとんど増やさない。下僕も作らない。殆ど無害な奴だよ』
「そうなの?」
『ああ。オレの知る限りな。人間ともむしろ協力関係にあることも多いらしい。
 その娘なら、確かに人をむやみに襲って殺す事はないだろう。
 お前の話どおり、アレに血ぃ吸われたっていう女や、あとイインチョも問題はないはずだぜ』
「そう。それなら別にいいんだけどさ」
 しかし、それにしても……本当に綺麗だ。
 ああ、いや大丈夫だもん。
 外人さんは年取ると劣化するって聞いたもん。ウブゲがすごいって聞いたもん。
 名前からしてドイツっぽいし、あっちの国の人はすごく恰幅のいい肝っ玉母さんな感じになるって聞いたから、長い目で見たら私の勝ちだもん!
 ……いやまて。あの子は吸血鬼だから年をとらない……? 今のまま?
 負けじゃん完璧にこんちくしょー!
 どっせーい!
 ……落ち着け私、深呼吸。
 私がそんな葛藤と戦ってる間に、シュネーはすっかり人気者になっていた。
 手を握ろうとする男子を、有紀が止めたりしている。
「あー駄目駄目、シュネーは潔癖症だから、触るの駄目よー。触られるの嫌がるから、特に男子からは」
「えー、残念」
「いやそれがいい! そーいう障害を越えてこそ愛がげぶっ!?」
 あ、殴られた。後ろから女子に。
「すごい人気ねー……」
 私はその輪から一歩離れてつぶやく。まあ人気なのはすごくわかる。
 というかこれだけ美少女だと嫉妬の念すらわかないわこりゃ。
「まあ、吸血鬼は人を魅了するって昔から言うからね」
 ソラが言う。
 ちなみに小鳥は頭に巣を作るのを諦めたらしい。まだ名残として枝は突き刺さったままだけど。
「魅了の魔眼って奴?」
「いや、そういうモノらしいよ。魅了の魔眼を持ってる吸血鬼も多いけど、大抵は外見や雰囲気で人を魅了する。
 あるいはおぞましくて人が逃げるか、どっちかに分けられるらしい」
 ちなみに日本の吸血鬼は後者だね、とソラは付け加える。
 というか日本原産の吸血鬼がいたなんて初耳だ。
「いるよ? ヒルの妖魔とか、蝙蝠の化生とか、あと血そのものじゃないけど生気を吸うタイプとか」
「それこそ血を吸うだけじゃない」
「そういうものさ」
 大雑把なんだなあ、吸血鬼。そりゃ種類も多種多様になるわ。
「で? あんたはどう思うわけ?」
「というと?」
「あの子よ。あの吸血鬼美少女」
 人の輪の中で、少し怯えたように、でもおっかなびっくり嬉しそうに笑うシュネーを私は見やる。
 ……正直、さっきの宝石のような澄んだ、「綺麗なだけ」の美しさよりも、今の顔の方が彼女には似合っている気がする。
 今までは綺麗だとか美しいだとか完璧だとかいう感想しかでなかったけど、うちのクラスの遠慮のないバカどもに囲まれてるあの姿を見て、私は初めて「かわいい」という感想を持った。
 吸血鬼、という言葉で勝手にイメージを作ってたけど、彼女もちゃんと生きている一人の女の子なんだと思った。
「まあ、かわいいな」
 ソラも私と同じ感想を持ったようだ。
 なんかすげぇムカついた。とりあえず脛を蹴り飛ばしておく。
「痛い」
「そりゃそうよ」
「蹴られる理由がない。質問に素直に答えただけなのに!?」
 もう一度蹴っておいた。
「不当な暴力は良くないと抗議する!」
「うるさい。で、聞きたいのはそういうことじゃなくて、危険かどうか、これからどうするのってことよ、魔法使いさん」
「質問は明確にしてくれ。というか最初の質問と今の質問は内容が違痛い!」
 再度蹴っておいた。
「……抗議はとりあえず置いておく。
 ゴル吉も言ってた通り、まず問題ないだろう。それはあの風景を見ればおのずと答えは出るさ」
「……そうね」
『というかさりげなく兄弟にまでゴル吉と呼ばれたオレ!?』
 ゴル吉の名が決定した瞬間だった。
 まあ、それは心底どうでもいい事だ。胸に懐いた微かな勝利感はとりあえず置いて、私はソラと一緒にその光景を見る。
 ……先日、私が転校してきて、はじめてみんなの輪に入れてもらったときも、傍から見たらこんな感じだったのだろうか。
 そう思うと、嬉しくなる。
 きっと彼女も、うまく輪に入って仲良くやっていけるだろうと、私は確信していた。




 そして、それが決定的な間違いだと気づくのは……気づいてしまったのは、その僅か数時間後だった。




4 餓城

「シュネーの歓迎会で放課後遊びに行くんだけど、いかない?」
「行く」
 私の返答は即答だった。
 断る理由は全くない。まだ部活にも入ってないし、放課後はあいているし。
「そ、よかった。ソラ君はどうするの?」
「僕は遠慮する」
 空気読まないなあコイツ。一緒に来ればいいのに。どうせ部活も入ってないしヒマでしょうに。
「そう。教会?」
「ああ、ちょっと呼ばれててね」
 ……? 教会?
「教会って何。懺悔?」
 ていうか、悪魔憑れてる魔術師が教会だなんて似合わないというレベルじゃないと思うんだけど。
「懺悔するようなことはないよ。
 個人的知り合いに呼ばれててね」
「ふーん」
 意外な話だったけど、まあ詮索はしないで置こう。
 人には色々とあるんだろうし。いやまあそりゃ、気になるけどさ。
「シスターさんに会いに行くんだよね?」
「そうなるな」
 ……。
 ほう。
 平然と抜かすか貴様。
「へ、へぇ。友達の歓迎会よりもシスターさん見物を選ぶんだ、へぇ」
「先約だからね」
 平然と抜かすか貴様。
 落ち着け私深呼吸。前々からわかってたじゃないか、コイツがこういう空気読まない唐変木だって。今更腹を立てることじゃないよ。
 というか私は何に腹を立てているんだ。落ち着こう。こんなやつどうでもいいのだ。どうでも。
「じゃあ僕は行くよ。みんな、ゆっくりと楽しんでくればいい」
 私が唸っていると、平然とソラは言い、席を立つ。
「わかった。お土産用意しとくね」
「念のために聞くけどどんなの?」
「集合写真の右上に君の顔写真張った奴」
「それは陰湿ないじめかっ!?」
「いいえ、君がいじめたペナルティです」
「誰もいじめた覚えはないんだけどね、僕は」
「気づいてないぶん性質が悪い。まあいつものことだしね。じゃあ早く行きなさい、遅れるよ」
「あ、ああ。それじゃ、また明日」
 そう言ってソラは教室から出て行った。
 ……シスターさんに会いに。
 なんだろうね、このむかつきは。




「え、シスターって二重の意味で……ってどういうこと?」
 プリクラ、ショッピングモールなど色々と回った後でのカラオケ屋で、有紀がわけわかんないこと言ってきた。
 有紀はくすりと……いや、むしろにんまりと笑い、言葉を続ける。
「そう、二重の意味。神に仕えるシスターさんと、文字通りのお姉(シスター)さん」
「え、それってつまり……」
「うん。ソラ君のお姉さん、教会でシスターやってんの。で、用事があるみたいでさ、呼ばれてるんだって」
「へ、へえ、あー、うん、そ、そうなんだ」
 私はほっとする。そうか、そういうことなんだ。
 ……あれ?
 なんで私ほっとしてるんだろう?
 そして有紀はそんな私を見てにやにやしている。
 なんだろう、なんかむかつく。でも不思議と嫌な気分じゃない。でもやっばりすげぇむかつくんですけど。
 私は音を立ててコーラフロートを飲み干した。
 そして、次に歌おうとしている女子の横に割り込む。
「歌う」
「? う、うんいいけど」
 最初は面食らっていたが、すぐに彼女は笑顔になって承諾してくれた。
「お、デュエット? がんばれー!」
 囃し立てるみんな。
 私は、拳に力をいれ、演歌を歌った。

 ……いや、高校生のカラオケで演歌入れるのってどうよ。
 いるいる、ウケ狙いで演歌とか般若心経とか入れるバカ。
 そしてそれを普通に歌える私もどうかと思うけど。






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