【とらとどらの事件簿 四冊目】


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 二つの大きなテーブルに、十人ちょっとのグループが二つに分かれて集まって座っている。皆でノートを広げたり本を広げたりしているせいで、テーブルの上はほとんど一杯だ。
「駄目だ、俺にはわからん」
 その中で俺は、力尽きてテーブルに突っ伏してしまう。いちおう周りに倒れそうなものが無いかどうかは確認済みだ
「いや、まだこれ二問目ですよ……」
「というか、公式丸暗記だけでいけるだろ、このレベルだったら」
 横から、二人の男の声が突っ込みを入れているのが聞こえる。片方はまだ声変わり前だ。分からないものは分からないんだから仕方ないだろう……
「立浪ー、ここ教えてー」
「え、私!? えーと、どこですか?」
「なんとなく、声掛けやすかったから。ほら、ここなんだけどさ……」
 ラフな口調の少女が、微妙に離れた席に座ってる大人しそうな少女に色々と聞いている。というかそっちの子、休学明けなのに大丈夫なのだろうか
「トラー、適当に食べるの頼んでもいいっすよねー?」
「金は自分持ちな、つーかなんで俺が仕切り役になってんだ」
「んじゃ、俺ハンバーグステーキ」
「えっと、カルボナーラを」
「まったく、二人とももうすこし勉強を……」
「リムー、次の問題行くよー」
「……すぅ」
「姫音、起きろ。次行くぞ」
 ぴと。
「ひゃう!!……あ、うん」
 首筋に氷でガチガチに冷えたコップを押し当てられた少女が、ビックリした声をあげて目覚める。起こしたのは俺の相棒だ。心なしか少し声が固い
 普段はヤツの視線で語っている話だが、今回はヤツが忙しいのとその他の理由により、俺、錦 龍《にしき りゅう》、通称ドラの視線で語らせてもらうことにする。
 なお、特に事件に巻き込まれたりはしないから、そこら辺は安心してもらっていい。タイトルに偽りアリだが、気にしない





 とらとどらの事件簿
 四冊目「大勉強?会とトラの異能」





 事は、今日の昼休みまでさかのぼる。昼飯を終えた俺と、友人である中島虎二《なかじま とらじ》、通称トラが教室でグダグダしてたところだ。
「ヤベー、そろそろ中間だ……」
「何もしてないのかよお前」
 双葉学園は、異能者を育てる学園であると同時に、ちゃんとした教育機関でもある。高等部では、中堅クラスの高校と同じレベルの教育を提供している……みたいな事をパンフレットで見た記憶がある。いや、公の入学パンフに異能云々は書いてないから、どのぐらいのレベルかってだけか
 という事は、必然的に学生の悩みであるテストもある訳だ。テストの予定がある学生は、ラルヴァ出現時のシフトから外されるうえ、やむを得ず緊急に出撃した時なんかは、ちゃんと代替日を用意してるとも言っていた。要するに、学生なんだから一応まじめに勉強もしろ、という事なんだろう
「ユーウツよね、何にしても」
 俺の横から、小夜川嵐子《さよかわ らんこ》が口を出す。こいつも高等部からの編入、かつ格闘技をやるということで微妙に話が合う
「だろ?」
「アンタほどじゃないけど」
「おい」
 しかしこいつには要領がいい所があり、赤点を取るようなことは滅多にしない。似たもの同士の筈なのに……!!
「お、伝馬。お前中間の勉強どうよ」
「ヤバいな、正直」
 丁度教室に戻ってきた伝馬京介《てんま きょうすけ》に、トラが声を掛けた
「もうちょっと勉強しねーと、追試ぐらいはあるかもな」
「そうだね、出撃続きでぜんぜん試験勉強できてないし」
 後ろから、奴とチームを組んでいる一人である姫川哀《ひめかわ あい》も顔を出す。彼らプラス一人の『デルタ』チームは、高等部一年でも有力なラルヴァ討伐チームだが、その分授業に出られなかったりする事が多い
「なんか、リムにとっては恐ろしい話してるね……私は大丈夫だけど」
「んにゅ……うん」
 横からその話に割り込んできたのは、相羽呼都《あいば こと》、姫音離夢《ひめね りむ》の二人だ。相羽の方は勉強が出来ないって話は聞かないが、姫音はその異能のせいで、授業中だろうが何だろうが基本的に寝ている。通称『眠り姫』であり、いつの間にかクラスで移動教室中にコイツを連れて行く『眠り姫係』が出来るほどだ。よって、成績はすこぶる悪いらしい……先生も分かっているのかあまり言わないが、つけられる成績は正直にして非情だ
 全然関係ないが、姓の頭に『姫』がつく奴が二人も居るので、ここからその二人は名前で区別する事にする。呼ぶときは苗字だけどな
「恐怖を克服するには恐怖になるしかない、つまり試験を克服するなら出す側にならないと駄目っすよ」
「いやそれは無理だろ」
「なら、怖くならないぐらいに勉強するしか無いっすね。もしくは完璧に諦めるか」
 俺の横からひょっこりと顔を出したグラマーな女は外道巫女、本名|神楽二礼《かぐら にれい》。勉強についての話はあまり聞かないが、多分普通なんだろう
 ……そう、俺達学生が試験の恐怖から逃れるには、試験が怖くならないぐらいに勉強するしかないのだ

 そんなことがあった放課後、昼休みにだべってたメンバーに何人か加えて、ガヤガヤと学外に出る。
「この人数で勉強会って、場所あるのか?」
「こんだけの数だと、喫茶店じゃ迷惑でしょうし……」
 『俺も俺も』的に入ってきた未見寛太《みけん かんた》と、デルタチームの一人である氷浦宗麻《ひうら そうま》の二人が、学生証に出したマップを見て悩んでいる
「誰かの部屋、ってのもこの人数じゃ厳しいし……どうする?」
 そうやって一同が悩んでいる最中、何かを閃いたように、その中で一番背の低い少年が言葉を発した
「ファミレスでいいんじゃないですか? ちょっと歩きますけど」
 少年、御堂瞬《みどう しゅん》は、確か第九建築部……通称、大工部の秘書をやってたと思う、色々と気が利く少年だ
「そうだね、ドリンクバーもあるし。そうだ、みくちゃに遅くなるって連絡入れないと……」
 相槌を入れた少女、立浪みき《たつなみ~》、二学期から復学してきてこのクラスに入ってきたのを、今回は小夜川が引っ張ってきたらしい
「お前等、あんま騒ぐなよー……」
 トラが言っていたその台詞を聞いていた奴が居るかどうかは、非常に怪しい


 そのファミレスは、数ヶ月前にラルヴァが出てきたせいでボロボロになった壁や床を改修する必要があった為、つい最近まで休業していた。そのせいかあまり人がおらず、俺達が来るまでは社会人らしき一団が一組居ただけだ。
 流石に十二人も居るのに一つのテーブルを使う訳にはいかず、六人ずつのグループで分かれて座る事となった。注文はもちろんドリンクバー×12
「イヤな客の典型っすね」
「学生街でドリンクバー単品やってる時点でこうなる事は分かってるだろ。んじゃ、適当に」
「皆さん、何飲みますかー?」
「いや御堂、みんな勝手に注ぎに行くからやらなくていいって」
 酒の席っぽく御堂が集計取ろうとするのを、未見が止めた。パシリ体質なんだろうか
「そうだ、中島君ちょっといいかな」
「ん? 相羽、どうした」
「リムの勉強、見てもらっていい? 私も隣に居るけど、自分ので手一杯になっちゃうかもしれないし、リム、少し目を離すと寝ちゃうし……目を離さないでも寝るけど」
「んっ……うん、中島君、おねがい」
 既に半分寝ていた離夢が、夢うつつのまま頷く。少しは勉強しているという事をアピールしたいのだろうか、流石に許してもらえないような事情があったのか。トラは少し固まって離夢を見たあと、うなずいた
「あ……おう、りょーかい。それじゃ俺は姫音についてるから、適当にやっててくれ」

 という具合で始まった勉強会であり、最初のほうはまだ普通に勉強していた。どうせしばらくすれば勉強しなくなるのは確実だし、少しぐらいはやっておかないとマズい。成績的に
「だから、この部分に今出した式を使って……えっと、分かりましたか?」
「おう」
「うん、分かった」
 立浪のレクチャーに、俺と小夜川が同時に頷く。横から来た御堂の突っ込みにも動じることは無い
「あれ、そこなら公式そのまま使ったほうが早いんじゃ……」
「数学の先生、時々ひねった問題を出すことがあるから『公式の作り方』から話したほうがいいかな、って」
「あー、それはあるっすね、一学期末もそれで引っ掛けられたっす」
 俺と未見、御堂、小夜川、神楽の五人が立浪一人に教えられてる形のこっち側に比べ、向こうの席はもうちょっと楽そうだ。
「イメージ通りノート綺麗だよな、お前」
「そっちも綺麗だな、何も書いてないって意味で」
「二人とも~……」
 男二人の口が悪いのは逆に仲がいい証拠なのか、伝馬、氷浦、哀の三人組は、主に氷浦が他の二人に教えている。もしかしたら普段からこんな感じなのかもしれない
「化学式ってのはな……って、また寝てる。相羽ー、これ姫音に飲ませてくれ」
「うん。これ、コーヒー? まあいいか。リム、お水だよー」
「ん……んく、んく、んく…………おいしくない……」
「起きた……アレ、何だったの?」
「アイスコーヒーのコーラ割り。とある野球選手の好物だ」
 トラが他の二人に(主に相手は離夢だが)勉強を教え、離夢が寝たら相羽との二人がかりで起こして勉強を続行している
 ……そっちを見ていた俺が振り返ると、神楽がメニューを眺めていた
「やっぱチェーン店っすね、メニューが普通っす」
「早くも飽きたか神楽」
「みーてーるーだーけーっす」
「……そういえば、部活の先輩が言ってました。同じクラスに、数学の赤点をミッションで帳消しにしてる人が居るって」
 御堂の言葉に、同席の四人が反応する
「アリなのか? それ」
「あー、それって2-Cっすか? アイツの知り合いがその先輩っすね、多分」
「……アリね」
「小夜川、基本は補習か追試だぞ。俺がいい例だ」
「ちぇっ」

 とまあ、一応試験勉強をやっていたのもこのあたりまで。神楽がメシを注文した所からなし崩しで、早めの夕食会に化けてしまった。例外はトラと離夢で、相羽の要望もあり、少しでも勉強を進めさせたいという事で続行となった
「ほら、起きろー」
「ん……あむ、辛い……」
 そっちでは、またもや眠ってしまった離夢の口にチョリソー(ソーセージの一種、日本ではメキシコ経由で伝わったせいで『辛いソーセージ』と一くくりにされている)を咥えさせて起こしている
「……けどさ、ここって普通に授業もあるし、試験もあるしで、ちょっと拍子抜けよね」
 ドリアを突っつきながら、小夜川が愚痴っぽく呟く
「俺も思った、初めて話聞いた時はもうちょっとガツガツと『人類の敵を倒すぜ』ってやってるイメージだったな」
 小夜川と同じ事は、俺も思ったことがある。特に異能の使い方を覚えた頃は『これで、俺も軍人みたいな扱いになんのかなぁ』とか考えた記憶がある。一部はその通りだったが、そのほかはあまり普通の学生と変わらない。あるいは、学年があがればまた変わるのかもしれないが、まあそれは未来の話だ
「異能だけじゃ潰しきかないっすからね、もし使えなくなって、その時異能しか勉強してなかったー、とかだったらお先真っ暗っすよ」
「一番潰しがきく神楽が言っても意味無いぞ」
 ステーキを食いながらそんな事を言う神楽に対して、グラタンに手をつけようとしている未見がつぶやく。神楽の家は神社の家系であり、いざとなったら……というか、規定路線で家を継ぐ、もしくは『後継者となる婿殿』のゲットを目的に来ているという話を聞いたことがある
「たしか、大人になったら異能が弱くなったり無くなったりする人も居るらしいですね……」
 ナポリタンを頼んで、まだ注文の品が来ていない御堂がそんなことを洩らす
「それはあるんだろうけどね、もっと戦い三昧だと思ってた」
 なおも不服そうに愚痴る小夜川に対して、シーフードサラダを前にした立浪が、ぽつりと呟く
「でも、これでいいんじゃないかな」
 ……ここで、ラルヴァとの戦いで三年の時間を失った立浪の台詞は、少し重すぎる。というか、立浪は本来大学生ぐらいの年なんだよな……
「……まあ、これはこれで楽しいし、いいんだけどね」
「そうだな、小夜川が想像するようなカツカツな場所じゃ、俺の居場所無いし」
「何よ、そのトゲがある言い方」
「何だよ」
「ふ、二人とも!?」
 小夜川と未見がにらみ合いになりそうなのを、御堂が仲裁に入ろうとしている
「そーっすね、刹那主義バンザイっす」
 口をモグモグさせながら神楽も頷いている。まあ、これはこれで良いのか

 次の刹那、誰かの学生証が着信を告げる振動音をあげる。誰の着信だ、と思いつつあたりを見回すと、トラが自分の学生証をポケットから取り出しているのが見えた
「っと、相羽、姫音の耳に息吹きかけてやってくれ……はいはい、もしもーし」
「あ、うん……ふぅー」
「ひゃうん!!……あれ、みんな、ご飯食べてるの?」
「リムはもうちょっと勉強しなきゃ駄目だよ」

 この時のトラに、違和感があった。いや、その違和感は夏休み前ぐらいからあったんたが、はっきりしなかっただけだ。
 奴が離夢を起こすのに使ってる手段は、そんなに多くは無く、いくつかのパターンを使いまわしているだけだ。しかし、その全てがズバズバ決まり、そのたびに彼女を起こしている。まあ、すぐにまた寝るから対処療法にしかなってないんだが。それでも『全部決まっている』のは凄いことだ
 最近のトラは、妙に冴えている。元々頭は良い奴だが、最近は打つ手打つ手が全て決まっているようなイメージすらある。夏休みラストの豊川《とよかわ》もこ騒動といい、今日の離夢起こしの手段といい、奴は『選択肢を外していない』。その点で奴を見れば、その異常さが際立つ。
 前に、トラから聞いたことがある。何か物事を決めるとき、何を考えているのか。奴は『頭の中でいくつか選択肢を作って、どれが正しい答えかを考えて、選んでる』と言っていた。
 トラは、まだ自分には異能が無いと言ってはいるが、もう覚醒していて、他人が……もしかしたら自分すら気づいていないだけじゃないか。そして、『自分で作った選択肢を外さない』のが、奴の異能なんじゃないか
 奴はじゃんけんやクジ運はそんなに強い方じゃないから、多分完全に運任せの出来事や、他人に用意された選択肢には効果が無いんだろう。あくまで、自分で考えないと効果を発揮しないとか、そんな所だろうか

「……ま、どうでもいいか」
 そこまで考えて、そんな結論になった。奴が異能に目覚めてるならめでたいし、意識せずに使えてるなら、下手に教えたりするとややこしい事になるかもしれない。第一、俺にとっては『もう一つの違和感』の方が重大だ
「おーい、みんな聞けー」
 誰かとの電話を終えたトラが、そういって全員に声を掛ける
「今春奈先生から電話があった、何かは知らないが、あと一時間経つまでに全員外に出てくれ、だそうだ。お詫びとして金は全部学園が出す、ってのも」
 おおー、という歓声が湧き上がった。時間制限という不運よりも、タダ飯の幸運の方がうれしいのは、ほぼ全員共通のようだ
「これ、学園イコール春奈せんせー、ってのは無い、よね?」
「先生意外としたたかだから、ちゃんと別のところから払わせてるんじゃないか?」
 心配しつつメニューを開く立浪に、未見が返した。まあ、どっちにしてもあんまり関係ないが

 時間いっぱいまで粘ってたらふく食った俺達は、既に話が行っていた会計で「もう払っていただきました」的な返事をされて出てきた。途中で春奈先生他数人のチームとすれ違ったが、軽く手を振るだけ
 後から聞いた話だと、俺達のほかに居た社会人の一団が、全員ラルヴァ……しかも、社会に潜伏し、人に対する敵対性が強い、かなりヤバい一団だったらしい。俺達のメシ代は、学園がファミレスに払った見舞金とか、そんな感じの中に含まれていたらしい。
 なお、そのラルヴァは前にも同種が同じファミレスにたむろっていた所を排除されたらしい。何やってるんだか

 秋の日は何とやら、まだ夕方を過ぎたぐらいの時間のはずが、もうあたり一面真っ暗だ。しかもこの面子、基本的に住んでるところがバラバラと来た。ほぼ皆、寮生活のはずなのに
「今日は、ありがとうございました」
「また明日~」
「じゃな」
「お疲れ様でしたー」
 俺達の席に居た四人は、いちおうバス停までは一緒なのか、連れ立って歩いていった。
「それじゃあ、僕等は相羽さんと姫音さんを送っていきますので」
「一応中島も連れて行くぜ、じゃーなー」
「では、また明日」
「また明日ね、ほらリム、起きて歩いた」
「うん……またねー」
「それじゃ、俺も先に行ってるぜ。じゃーな」
 相羽と離夢、ついでに非戦闘員のトラの三人は、戦闘力のある伝馬達が送っていくことになった。通り魔とかの噂は最近聞かないが、用心するにこしたことは無い
 残ったのは俺と神楽の二名
「あー神楽、ちょっと待て」
「はい? 何か用っすか?」
「ちょっと話がある、ついでに送ってやるから一緒に行くぞ」
「一緒に帰って、友達に噂されると恥ずかしいし……というのは冗談で、そんなに言うなら送られてやるっす」

 電灯がついた道を、二人で並んで歩いている。何も知らずに目撃されると誤解されるだろう場面だが、俺の趣味と神楽の性格を知っていれば誤解も何もあったもんじゃないだろう
「……で、話って何っすか? 愛の告白ならノーセンキューっすよ」
「トラのことだ……神楽なら、気づいてる気がするが」
「あー、分かりづらいっすけど、完全に患ってるっすね、恋する乙女の瞳で見れば一発っすよ……まさか」
「んな訳あるか。流石に十年以上ダチやってれば、様子が変なのぐらい分かる……しかし、恋する乙女って」
「そっちも誤解するんじゃないっすよ、単に前々から怪しいと思って見てただけっす。けどやっぱりそーっすかー、トラがリムに、ねぇ……」

 俺がトラに抱いた『もう一つの違和感』、妙にあのリンゴにこだわる所を見せたり、異能やらラルヴァの勉強をはじめたりしてたのも、気を紛らわす為か、それとも何か『普通じゃない人間』にでもなりたかったのか……少なくとも、前までの無気力人間とは思えない。それが離夢に関係しているのは間違いない、今日のあいつの様子を見て確信した。今日のあいつは、動きが全体的に固かった
 神楽が、くっくっく、とどこかの犬キャラのような笑い声をあげている。こいつの真意は俺みたいな脳味噌筋肉男にはさっぱり読めない
「言っておくけど、原因お前な」
「何故に!?」
「あいつ焚きつけたことあっただろ、確かありゃ……七月ぐらいだったか、寝てる姫音の横で。あれからっぽいんだよ、あいつが意識し始めたのって。姫音、見かけは完璧に美人だし、トラにも思うところがあったんだろ。もしかしたら他にも何かあったかもしれないが、そこまでは知らん」
「?……あーあー、思い出したっす。けどアレで!? アレで意識するって、小学生っすか!?」
「耐性ねーんだよあいつ……少なくとも、あいつの色恋沙汰を俺は聞いたことが無いし、あんな様子になるのも初めて見た」
「そっちの方が驚きっすよ……それで、私に何かしろって事っすか? 手伝い?」
「逆だ。何もすんな、あと下手に言い回るな」
「つまんな……じゃなかった、わーってるっすよ。いくらなんでも、そこまで酷いことできる訳無いじゃないっすか、これでも純情なオトメっすよ?」
「死ぬほど胡散臭い……お前にばれたぐらいだから、知らない間にクラスの常識、とかになんねーかが心配だ」
「まあ、他の人にはそうそう気づかれないんじゃないっすかねえ。それこそ『恋する乙女』の瞳でもない限り」


 言いたいことも言い終わったので、微妙な空気のまま帰路に着く。横で神楽が、相変わらずの口調で話しかけてきた
「で、どうなるんすかねー、あの二人」
「どうにもならないだろ、トラは積極的に前出るタイプじゃねーし、姫音の方は気づく機会すら無いだろうし……それに、下手するとトラが、自分の気持ちに気づいてない可能性すらある。さっきも言ったが、俺の知る限り、ヤツは恋愛経験ゼロだ。それこそ好きな子にイタズラしかねない」
「ますます小学生じゃないっすかそれ」
「それは冗談だ、さすがにイタズラとかはしないだろ。っつー訳だから、適当にスルーしてやってくれ」
「それじゃあ、生暖かく見守ることに……あ、このあたりで大丈夫っすよー、また明日っす」
「おう、またなー」
 そう言って、神楽とも別れた。残った俺は、一人ごちる


「……不安だ……」
 俺がトラの心配をするなんて何年ぶりだろうか。小学生の頃以来なのは間違いない。そしてその秘密をあの外道巫女に握られてるのも不安だ。いや、そこは自重してくれるだろう……多分

 得体の知れない異能だとか何だより、目の前の青春のほうが大事。俺達ぐらいだと、そんなもんだろう、多分
「……もう少し勉強しとかないと、まずいかもしれないな、俺……」
 俺にとって目下の心配は、中間試験である


(五冊目があれば)続く



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